大相撲夏場所が、旭天鵬の初優勝で幕を閉じた。
平幕の旭天鵬が優勝とは、相撲協会もよくやってくれるよと言いたい。しかも37歳8カ月の史上最年長の初優勝とは…。
昔、幕内どん尻の貴闘力が優勝をさらったことがあったが、それ以来の大番狂わせだった。
貴闘力が優秀したのは、いずれ彼が大鵬部屋を継ぐことになっていたので、引退前になんとしても1回は優勝させないとまずいと思ったのではないか。親方が幕の内優勝もしたことがないのでは、弟子はついてこない。さらにタニマチだって大横綱だった大鵬幸喜なら応援したが、大鵬の婿になっただけの貴闘力に代が替わって支援する気にはなるまい。格好がつかぬ。
だからあの貴闘力の優勝のときは、とうてい実力で優勝したとは考えられなかった。何かが動いたのだろうと想像できた。
のちに貴闘力は野球賭博に関与したことで、協会から解雇され、大鵬の三女とも離婚に至っている。
だから、実力もないのに優勝させて親方にしても、結局はダメなのである。本人も精神的に負担だったろうと同情する。裏口入学をした子供は将来成功しないのではないか。
今度の旭天鵬の場合は、現在は友綱部屋だが、本来所属していた大島部屋の親方の養子になっていて、すでに元理事・2代目大島親方から次代の年寄大島株の譲渡が内定されている後継予定者である。日本に帰化もしている。
だから貴闘力の場合と同じ条件だ。だから引退前にせめて優勝させておきたい、ということだったのではないかと「邪推」している。ご祝儀の前倒しとでも言うか…。
しょせん大相撲は興行であるから、そう思ってみればさほど目くじらを立てるほどの問題ではあるまい。
ご勝手に、だ。しかし、貴闘力の二の舞にはなってほしくないものだ。
一方で、「国営放送」NHKが、そういう特定の興行にばかり入れ揚げて、莫大な放送料を相撲協会に貢ぐとなると話は別である。
NHKが大相撲を甘やかしてダメにしてきたのである。「国技」などと実体のない持ち上げ方を煽って、相撲を甘やかしたから、力士たちは努力しなくなった。
相撲は、剣道や柔道もそうなのだが、独占企業、独占興行団体である。競争相手がいない。日本の統一組織である。NHK自体も国営でメディアを独占している。民間メディアはあるが、いわば税金で成り立っていて、その甘い汁に頼っているから、独占と同じで、だから努力がない。
ほとんどが八百長の取り組みを、あたかも真剣勝負のごとくに脚色しているのは、実にNHKが悪いのである。旭天鵬が優勝したあとも、白鵬を優勝パレードのオープンカーに同乗させたり、モンゴル力士の草分けで苦節何十年などと言ったりしてヨイショしていた。ちょうど日本・モンゴル外交樹立40周年だから、すばらしいなどとも。…そこまでやるか?
本稿で言いたいことは、話を戻して、独占はダメだという話である。
相撲と同様に柔道も剣道も、日本では単一の組織になっている。そこが空手とは違うところだ。空手は、全日本空手連盟(昭和39年発足)があって、公益財団法人を名乗って、あたかも自分たちが日本の空手の元締めのようだが、全空連に参加していない空手組織はたくさんあって、統一しきれていない。
いわばいまだ戦国時代である。だから発展の余地がある。
剣道、柔道、それに相撲は、武道としてはまったく停滞してしまった。これは独占にしたからである。
江戸時代から明治にかけては、いろいろな流派があって、まさに群雄割拠状態であった。
柔道が嘉納治五郎の強引なやり方で、講道館柔道しかなくしてしまったし、剣道も同じ轍を踏んだ。群雄割拠にしておいたら、オリンピック種目にはならなかっただろうが、武道的には今の世の中でも西郷、三船、木村のような達人や名人が登場していたかもしれないのに、残念なことをしたものだ。
剣道、柔道をやる人たちは、自分たちの組織が全国統一組織であり、それこそグローバルになっていることでご機嫌なのかもしれないが、そのためにどれほどのマイナスを生んだか考えたことがあるのだろうか?
独占は競争原理が働かないからダメなのである。
以下は増田悦佐氏の『3・11に勝つ日本経済』(PHP刊行)からの引用。すばらしく弁証法的である。
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今、日本経済が直面している危機は、「ガラパゴス化」では、さらさらない。まったく正反対に、消費者の言うことをよく聞いて品質競争を続ける日本企業全体を、より少数の大企業、疑似独占とかガリバー型寡占とかいう事実上の独占(デファクト・モノポリー)に統合しようとする傾向こそが、ほんものの危機なのだ。
企業統合を推進する連中の主張は、以下の通りだ。「日本は、主要産業すべてが寡占企業の数が多すぎる過当競争の世界だ。だから、慢性的に過剰投資体質で、低利益率にあえいでいる。寡占企業の数を絞り込んで、過当競争を脱却すれば、もっとフォーチューンの長者番付で上位を占める大企業が出て、企業利益率も底上げできる」。
これほど、最初から最後までまちがいだらけの議論はない。自由経済に立脚した市場経済の世界では、競争はつねに脱落したら退場を迫られる過当競争だ。
そして、すでにそれなりに充足している需要を横から割りこんで奪い取ることを目標として行われる投資は、つねに過剰投資なのだ。
昔、といってもそれほど遠くない昔、「ムダを省くんだから、経済成長に貢献しないわけがない」という迷言を吐いて、財務大臣から総理大臣になった政治家がいた。市場経済というのは、どんなに突拍子もないムダに見えるモノやサービスでも、とにかく市場に出して消費者の判定を仰ぐ世界だ。そこで消費者に受け入れられれば、それが即経済成長だし、受け入れられなければ退場する。
ムダな企業が必死に生き延びようとあがきつづけ、ムダな投資が行われ続けるかぎり、経済は発展する。「あの分野はあの企業が抑えているから」というような理由でムダな努力をやめたときから、経済は停滞し、退化する。
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この増田氏がいうように、大企業の数を絞りこんで過当競争を制限し過剰投資を抑制したら国民経済全体が強くなるのではなく、過当競争と過剰投資が経済を成長させる原動力である。
これがまさに弁証法的であるということだ。過当競争をなくしたほうが、ムダがなくなって良いとは、形而上学的誤りなのである。
だから、ソ連は国内産業を過当競争と過剰投資に置かなかったから失敗した。今また欧米がその轍を踏もうとしている。北朝鮮も、共産主義でいるかぎりどんなに強盛国家を目指そうと、ダメである。
ゆえに、大相撲もNHKも、独占にあぐらをかいていたから没落したのである。実力に疑問符の付く旭天鵬に優勝させなければならないおかしな事態にまで堕落した。
柔道もオリンピックでメダルが取れなくなり、もうかなり前から「お家芸」ではなくなっている。独占にしたからである。
手遅れではあろうが、相撲人気が復活したり、柔道が日本のお家芸に戻ったりするためには、群雄割拠にすると良い。
プロ野球も、巨人が独占かつ独裁的になって物ごとを決めてきたらしいが、だから人気が落ちてきたのである。少なくとも、パリーグとセリーグをまったく別のモノにして、交流戦とか日本シリーズとかはやめて、本当はどっちが面白いかを競えば良いのであろう。ルールも好きなように変えたらいいのだ。面白いほうに観客は行く。それでいいではないか。
同様に、教育界も東大を頂点とする馬鹿げたヒエラルキーが何十年と続いている。だから学級崩壊、援助交際、暴走族、モンスターペアレント、落ちこぼれ、不登校などの問題が次々に出て来たのである。そのことを見事に説いたのが『誰がバカをつくるのか?』(河本敏浩著)であるが、これについてはいずれ本ブログで取り上げたい。
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