2016年10月01日

志士どもと嘘(2/2)


《2》
 原田伊織氏は、幕末の志士とか、薩摩、長州が、「何らかの国家理念を掲げて」討幕に向かったわけではない、と言う。青山繁晴氏は官許歴史を信じて、志士たちは近代国家の建設、あるいは四民平等の理想社会の実現を目指して、地位もカネも名誉も要らぬとして私(わたくし)を脱して戦ったのだと言う。

 どちらが正しいかと言えば、事実としては原田伊織氏が正しい。青山氏の場合は「解釈」である。美しい話に仕立てているから、個人がそのように捉えて、己が人生の指針とする分には構わない。しかしそれは小説だと思わねばならない。

 三条実美(さねとみ)は、明治政府で太政大臣すなわち事実上の初代首相に昇りつめた公卿であるが、岩倉具視とともに、この時期暗躍した…というかテロリスト集団に利用された。無能で陰険な男で、明治政府の太政大臣になったために、公家らしい優柔不断が国政を混乱に陥れた。公家は平安の昔から無責任、無能で通っている。

 なかには「うちの先祖は公家です」と自慢たらしく言う者がいるが、よく恥ずかしくないものよ。
 三条は孝明天皇からは「重々不埒な国賊」とまで罵られた男である。岩倉同様、公家の位も低いのに、しゃしゃり出ただけ。

 長州藩はこんなバカを担いで、尊王攘夷をネタに主導権を握ろうと図ったのだ。つまり、このことからも、奴らには「何らかの国家理念」などなかったことがわかる。あまりに無能だったから、さすがに担いだ薩長どもも、後世に三条実美の「こんな素晴らしい業績」は捏造できなかったのだ。

 NHKの大河ドラマでも主人公にはできない。
 しかたなく、とっくに死んだ坂本龍馬とか吉田松陰なら美しい話がデッチあげられるとして、官許歴史に加え、英雄として祭り上げたのである。

 さて、そのバカの三条実美は文久3年8月18日の政変(三条実美ら七卿落ち)で長州に落ちていった。
 そのころは、尊王攘夷運動が最大の盛り上がりをみせた、京都には尊攘派テロリストが集結し、「天誅」と称して反対派に対する暗殺・脅迫行為が繰り返された。
 朝廷内においても三条実美や姉小路公知ら急進派が朝議を左右するようになり、2月に国事参政と国事寄人の二職が設けられると、急進派がこれに登用され実権を握った。

 これに対抗して、会津の松平容保や薩摩藩は公武合体派といわれたが、孝明天皇が急進派の攘夷主張を嫌っていたので、朝廷内でクーデターを起こして、七卿を追放することに成功した。
 その後、すったもんだがあった後に、慶應3年10月に政治は大きく動く。慶喜の大政奉還である。

 まず土佐藩が慶喜に対して「大政奉還」の建白書を出す。慶喜はこれを承けて京都二条城に諸藩(約40藩が参加)を招集して、「大政奉還」について諮問した。形式的に諮問したうえで、慶喜は参内して幼い明治天皇に上奏文を提出した。天皇は慶喜に「大政奉還勅許」の「沙汰書」を授け、ここに大政奉還が成立した。土佐藩が建白書を出してからわずか12日後のことだった。
 
 これは官許歴史でも認めている、表の出来事であるが、裏では「尊王」の精神とも、政治的理念とも関係なく、政治的駆け引きだけが行なわれていた。
 この時点では討幕派の公卿は追放されていて、朝廷内で過激派は少数だった。そこで討幕派の岩倉、西郷、大久保らは、なんと偽の「討幕の密勅」をデッチあげた。天皇の署名も花押もないもので、原田氏はこれを「国家的犯罪」と言っている。

 これをひそかに知った慶喜側はまさか勅命が偽物とは思わず、勅命が下ってはまずいと思い、先手を打って「大政奉還」という手に出た。これなら「討幕」の大義名分を消滅させることができる。
 大政を奉還したところで、実際には朝廷にも薩長テロリストにも統治能力はない。だから実権は変わることなく幕府が握っていたのだ。

 朝廷は仕方なく、大政奉還から1週間後には、外交については引き続き幕府が担当せよと指示をだしている。内政だって薩長テロリストには能力はない。

 『大西郷という虚像』で原田氏は、黒船来航の嘉永6(1853)年から以後、「その十年間というもの、幕府はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、プロシャ等を相手にして、次々と和親条約、通商条約の締結を迫られ、独立と国益を守るべく必死の外交交渉を続けてきたのである。討幕の意思を秘める薩摩と長州の過激派は、そういう幕府の足を引っ張るだけでよかったのだ。」と書く。

 そのとおり、官許歴史では幕府が間抜けで不平等条約を押し付けられて無能をさらしていたから、近代化を目指した薩長がこれを討ち倒してご一新を果たしたのだと書いている。そんなことは嘘だった。薩長の下級武士はしょせんテロリストで、外交能力もなく、実務の実力もなく、ビジョンがあったわけはない。

 ただ、イギリス(本当はユダヤ商人)が、薩長のテロリストを唆して、幕府の足を引っ張らせていたに過ぎない。
 ただの素浪人風情の龍馬ごときに、高邁な国民国家への思いなどあろうはずがない。司馬遼太郎の創作である。

 それから「王政復古の大号令」、鳥羽伏見の戦い、江戸開城などの流れも、官許歴史で説かれるものとは、実相は違うのであって、現今の子供の教科書も書き替えるべきであるのに、間違った歴史がつづられている。東大歴史学科の徒弟制度を守るため、大衆には嘘を教えて騙していけばいい、との傾向だけが生き続けている。ずるく、怠惰である。

 原田伊織氏の維新3部作(『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』)はこれで完結したそうだ。
 できればこれらの書を手にして、本当の幕末史を摑んでいただきたいと思う。
 そうすれば青山繁晴氏のごとき、志士ロマンは打ち砕かれるだろう。

 さらには官許の「官」のなかには、東大を頂点とするわが国の歴史研究者も含まれる。
 とりわけ日本史の分野は、挙げて左翼マルクス主義集団のまま、戦後を支配してきている。奴らは後進の若い研究者に、教授などのポストを恣意的に配分し、与えることで、正しい歴史へのアプローチを禁じている暗黒集団なのである。自民党は「歴史認識は政治の場ではなく、歴史の専門家に任せる」と国会で答弁するのを常としているが、こんなマルクス主義の亡霊研究者どもに官許歴史を任せるとは、間違いである。

 本来なら、政府や文科省が、事実に基づかない歴史を垂れ流す歴史学界を駆逐しなければならないはずである。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2016年09月30日

志士どもと嘘(1/2)


《1》
 明治以降、歴史教科書は“官許歴史”であることは、本ブログでつとに指摘してきた。官許、つまり政府と役人が許している(流布している)歴史の捉え方である。
 権力側に都合が悪いことは省かれ、都合のいいように記述される。
 先に今上天皇の不当な「お気持ち」談話について批判したように、一例として南北朝時代の歴史は歪められたままである。

 今も後醍醐院が英雄扱いである。異を唱えることは歴史学会でもマスゴミでも許されない。北朝が正統であるとする意見は、徹底して排除されている。
 まして幕末から明治に至る激動の時代は、公平に見られておらず、官許歴史のオンパレードで、明治政府側に都合のいい歴史に創られている。教科書がその通りを記述しているから、国民はみんな官許歴史を信じこまされ、歴史学会でもそれしか通らない。

 例えば…として、青山繁晴氏はよく幕末の志士たちこそ、名誉も要らない、カネも地位も要らないという純粋な無私の心で時代を変えようとしたと説き、現代のわれわれも志士に倣って、後世の日本人のために身を捧げてより良い社会を創ろうではないかと訴えている。参院選の街頭演説でも語っていた。

 彼の幕末・維新の時代認識は、官許歴史そのままである。吉田松陰を筆頭に志士たちを崇めている。京都の霊山寺にある坂本龍馬や高杉晋作などの墓に詣でるといつも一陣の爽やかな風が吹くのだなどとオカルト的なことまで口走るのには、鼻白む。
 ちなみに「志士」という言葉は、後世に作られた美名であって、本人たちが自称したものではない。

 青山繁晴氏のブログ「道すがらエッセイ」(8月8日付)にも書かれている。
 
     *     * 

 幕末から明治維新にかけても、まったく一筋縄では進んでいません。
 志士たちの無私の苦闘が、大政奉還から王政復古の大号令というクライマックスに達してもなお、どれほどの行きつ戻りつがあったか。
 慶應3年10月14日 (西暦1867年11月9日) に徳川慶喜が政権の奉還を明治天皇に上奏する大政奉還となってから、同じ年の12月9日 (1868年1月3日) に王政復古の大号令へと進み、江戸幕府が廃止される、そのわずか2か月足らずのあいだに、歴史は、坂本龍馬さんが盟友の中岡慎太郎先生と一緒に京都の近江屋で暗殺されるという犠牲を求めました。 (11月15日)

 そして捻 (ねじ) れ、結び、解 (ほど) けながら明治新国家の誕生に至り、その誇りある明治国家も数多くの深い矛盾を孕 (はら) んでいました。
 現代史がスカッと分かりやすく、胸がすくように進んだりしません。
 おのおのがた、ゆめ、動転なさらぬようにという、龍馬さんをはじめ歴史の先達のかたがたの声が、天から地からたった今、聞こえます。

     *     *

 青山氏は、原田伊織著『明治維新という過ち』を書名は挙げていないが「虎ノ門ニュース」で批判的に語っていたことがある。あんなのは嘘だ、松蔭先生はじめ志士たちは立派な青年たちだったと主張する。
 原田氏は明治維新が薩長の下級武士による、主にイギリスからの支援を受けてのテロとクーデターだったと説いており、私もその見解に与する。

 松蔭や西郷らを英雄に仕立てたのは、まさに明治政府であった。
 実像は全然違う。坂本龍馬は、イギリスの武器商人、悪辣なグラバー商会の手下になっていたゲス野郎であって、死後も長いこと相手にされていなかった。たしか日露戦争のときに、突然名前が出て、やにわに英雄に仕立てられ、サヨク司馬遼太郎が『竜馬がゆく』を書いて一躍知られるようになった。

 吉田松陰については以下の「松蔭のような秀才はいかに創られるか」をご覧下さい
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/414106657.html

 青山氏は、幕末から明治維新にかけても、まったく一筋縄では進んでいないとしたためてはいるが、さらりと「慶應3年10月14日に徳川慶喜が政権の奉還を明治天皇に上奏する大政奉還となってから、同じ年の12月9日に王政復古の大号令へと進み、江戸幕府が廃止される、そのわずか2か月足らずのあいだ」と書いているが、これこそが間違った官許歴史である。

 歴史教科書にも、はたまたマスゴミの解説でも、こう書くケースが多かろうが、史実を改竄した不当な「歴史」である。
 
 では少々長くなるが、幕末の政局の流れを箇条書きしてみよう。これは島津久光が江戸に来て帰りに生麦事件を起こしたあとからである。当時は京都では尊攘過激派のテロが燃え盛っていた時期である。

文久3(1863)年
 3月 将軍家茂上洛
 4月 家茂、攘夷の実行を5月10日と奏上
 5月 長州藩、関門海峡通過の外国船を砲撃
 7月 薩英戦争
 8月 8月18日の政変(三条実美ら七卿落ち)
文久4年、元治元年
 1月 家茂、再び上洛
 6月 池田屋事変
    長州藩、伏見・天王山に布陣
 7月 禁門の変
    長州藩追討の勅命下る
 8月 四国連合艦隊、下関砲撃
 12月 征長総督徳川慶勝、広島から撤兵
元治2年、慶應元年(1865年)
 9月 長州再征勅許下る
 10月 通商条約勅許となる
慶應2年
 1月 薩長盟約成立
 6月 長州戦争開戦、幕府軍各地で敗戦
 7月 将軍家茂、大阪城で病死
 8月 小倉城落城
    徳川慶喜、長州藩征討の勅書を受ける
    慶喜、征長軍解兵を奏上
    休戦命令沙汰書下る
 12月 慶喜、十五代将軍に就任
    孝明天皇暗殺さる(長州藩による)
慶應3年
 1月 明治天皇践祚(せんそ)
 5月 兵庫開港、長州藩処分勅許
 6月 薩土盟約成立
 9月 薩摩・長州、上方出兵協定合意
 10月 徳川慶喜、大政奉還の上表(じょうひょう)提出
    薩摩・長州に討幕の密勅下る(偽物)
    大政奉還勅許
 12月 薩長による王政復古の大号令(失敗)
    小御所会議で幕府側敗れる
慶應4年
 1月 鳥羽伏見の戦い
 3月 江戸開城

     *     *

 これは原田伊織氏の『大西郷という虚像』(悟空出版)の年表から拝借し、一部を変えた。
 同書はこう書く。
 「この時期の政局とは、あくまで雄藩と呼ばれる有力諸藩の主導権争いであって、討幕を前提としたものではない。後世の薩長史観といわれる後付け史観が語るような、何らかの国家理念を掲げて、それに向かって邁進していったというような動きでは断じてないことを、改めて認識しておく必要がある。」

 「徳川将軍政権の絶対優位を認識しながら、単独では対抗し得ない有志諸藩が雄藩連合を意識し、或は現徳川政権を巻き込んだ雄藩連合を企図して、その主導権を握ろうとした政治抗争なのだ。」


 このつづきは明日。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

NHK貧困女子高生の嘘


 NHKが、こどもの貧困を取り上げたニュース番組が、捏造であることが判明しちょっとした騒動になっていた。
「またもやったかNHK」と、当の「貧困少女」の暮らしぶりがネット上で暴かれて炎上する騒ぎに。
 この番組は、8月18日夕方のニュースのなかで「特集」として紹介されたもので、私も偶然見た。
https://www.youtube.com/watch?v=kwoEjfpPnTY

 神奈川県に住む女子高校生は、母子家庭で貧困に苦しんでいると。少女は(おそらくはサヨク系の)集会で、「もっと貧困家庭に目を向けて」とスピーチをした。それを何故かNHKが居合わせて撮影し、さらに自宅に行って中の様子を取材して、放送した。

 これを見た人たちが、ネット上で「やらせだ」「あれが貧困か?」と疑問を呈しはじめ、その少女が特定されて、プライバシーまでが次々にさらされることとなった。少女が嘘つきだとしても、プライバシーをさらすのはいけない。
 NHKは厚労省の発表では、今はこどもの6人に1人が貧困家庭だと断言していたが、そんなバカな。いったいどういう統計なんだかも言わずに、一方的に嘘をバラまく。こういうバカを言うから、ネット上で炎上する。

 委細をご存じない方に事件の概略を申しあげておくと…。

 高校3年生の女子生徒は、両親が小学校5年の時に離婚し、アルバイトの母親と2人で暮らしているという。実名で登場した。
 部屋にはエアコンはなく、暑い夏は首に保冷剤を撒いて凌いでいる。自分が貧困家庭だと分かったのは中学校のパソコンの授業で、自宅にパソコンがないため授業に付いて行けなかったから。(嘘臭!)
 
 心配した母親が1000円ほどのキーボードだけを買ってくれて練習をした。絵を描くのが大好きで専門学校に進学したいが入学金の50万円が払えない。現在は就職するか職業技術校に行くか迷っている、という内容。

 少女は横浜市で学生たちが企画したイベントに登壇し、子供の貧困問題について訴える姿がNHKに放送された。偉そうに「あなたの当たり前が当たり前じゃない人もいる。こどもの貧困の現実を変えるためにまずこのことを知ってほしい」と言っている。
 
 私はまず、嘘だ!と見抜いたのは、少女が顔の色つやもよく、やや肥満だったことである。それに、ネットでも騒がれたように、部屋には物が溢れていたのだ。スマホができるのは、毎月高い費用が払えるからじゃないか。
 貧困だと言う割には、健康そのもので太っているのだから、ただちにこれはNHKと、おそらくは共産党(民青)のやらせとわかっちゃったのである。

 私の子供ころには、同級生にも本当の貧困の子はいくらもいた。着ている衣服からしてみすぼらしかったものだ。
 それを知っているから、少女が教室で弁当を広げて談笑している様子を見れば、ずいぶん豪華な弁当だとわかり、絶対に貧困なんかじゃないと見てとれる。少女の衣服も、とうてい貧困ではあり得ない。

 ついでながら、私も我が家にはエアコンはあるが自室にはエアコンがなく、炎熱の夏には保冷剤を首に巻いて酷暑をしのぐことがある。別に貧困だからではない。あまりエアコンは使いたくないのと、ただのちょっとした工夫だ。団扇で扇ぐのと変わらない。団扇で扇いだら貧困か?(笑)

 それから、この少女は将来デザイン系の仕事をしたいから専門学校に行きたいと言っているが、それならなにも専門学校に行く必要は特段はない。自力で実力を磨く世界である。専門学校に行くのは無駄な出費であって、要は本心は遊びたいのだ。
 時代が違うと言われるかもしれないが、私の父は戦前の生まれだったし、子だくさんの正真正銘の貧困家庭だから、小学校しか出ていなかったが、漫画家を本業とする傍ら、デザインの仕事もこなしていた。家庭を貧困に落とすこともしなかった。

 絵を描く実力は美大や専門学校に行かなくてもやっていけるという実例である。それと大事なのは人間性である。NHKに出ていた少女「うらら」は、進学のことより、もっと良い顔になるよう努力したほうがいい。これは美人かどうかの話ではない。もっとシャキッとした顔にならないと、どこかのデザイン事務所に入りたくても、まずは話し方や顔つきで撥ねられる。また入れても、良い仕事は回ってこない。

 デザイン界も競争社会である。良いスタートにつきたければ、専門学校よりやはり美大に行くべきで、学生の質も教員の質も違うのだから。
 だが、白痴コンサートやアニメ(ワンピース)に夢中になっているようでは、まじめに勉強して上級学校を目指しているとは言えまい。詳しいことは分からないが、スポーツをやってカラダを鍛えている様子もない。それではアタマは良くならず、良い感覚も磨かれない。カネをかけずにできるスポーツはいくらでもある。

 少女の勘違いを誰か大人が正してやるべきである。

 この放送を見た人たちの多くが、ネット上で、女子高生の部屋は物で溢れていて、2万円近くする画材道具が見つかった、などと騒ぎ出した。女子高生のツイッターが特定され、なかには1000円以上もするランチを食べたという報告が幾度もあり、有名グループのコンサートや、アニメイベントに行き、同じ映画を何度も見たとのつぶやきを発見したとし、「これを貧困というのか?」「自分よりも裕福」と騒ぎになった。

 少女自身がツイッターに嬉々として書き込んだものを見るとこれは夥しい浪費ぶりである。文章もバカ丸出し。誰が見たって、進学できない悩みを抱えていると思えまい。

 片山さつき参議院議員も問題視し、ツイッターで少女のありようを見て「おや?」と思った人もいるだろうと書き込んだ。国会議員がそんな下々のことに首を突っ込むべきではないが、誰しも変だなと思っただけのことだ。片山氏は、NHKの多数の虚偽報道を問題視しているのであって、私はそれは支持する。

 片山氏は、進学するカネがなければ奨学金制度もあると勧めている。高校3年生ならアルバイトをやってもいいんだし。母親だって、ちゃんと勤めようと思えば、娘を大学や専門学校に行かせるくらいはさほど難しい話ではない。

 この母親も、もし本当に貧困ならば、自分の家をテレビ局に映させまいに。恥ずかしいとは思わないのか? 放送されても良いとの判断は、ちゃんと物はあるし、そうみっともない家の中ではないと思えばこそ、NHKに許したはずだ。だからたぶん、母親も共産党なのではないか。こんな臭い番組を薄ら笑いを浮かべながら作らせたのでは?

 NHKは番組制作にあたって、不真面目である。こんな嘘くさい特集を流せば、疑問を招くことがあるかも、と、どうして局内で検証しなかったのか。嘘をつくならもっと上手にやれよ。弁当は「日の丸弁当」でも持たせれば、騙される人もいただろうに。
 つまりは、NHK内に共産党員がいるのである。
 集会を主催した神奈川県にも、共産党と在日は入っているのであろう。

 こうやって、貧困家庭の問題をデッチあげて、共産党や在日は活動の一つにし、国会で政府を吊るし上げようとしている。NHKだって取り上げているじゃないか、と国会で取り上げるつもりなんだろう。

 ブログ「BBの覚醒日記」も9月4日付でこの問題を取り上げている。
http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/fdb4a00c6cded4f153c110957726d773
 テレ朝がモーニングショーで取り上げたが、逆にNHKの虚偽報道を批判する視聴者たちを批判していたことを、「馬鹿丸出しの浜田敬子、玉川徹、羽鳥慎一」と出演者をなじっている。浜田敬子は朝日新聞の雑誌「アエラ」の前編集長である。玉川徹もテレ朝の社員。卑しい顔をしている。

 ご興味ある方は、動画でご覧下さい。腹がたちますけど。
 「BBの覚醒日記」では、「テレビ朝日では、左翼誌「AERA」の喋る前から何を言うか分かりきっている左翼編集長をゲストに、左翼的番組を最初から作る気で作っているわけです。
 そして、憎い片山議員を叩くという構図は、2日のウジテレビ「グッデイ」で小池百合子都知事を背後から斬りつけるのと全く同じ手法です」と主張されていて、まったく同感である。

 NHKにしろ民法にしろ、最初に結論ありきのサヨク人員集めをして、サヨク在日系の放送作家が原稿書き、それをこの連中がしゃべる。
 仕切っているが電通であり、芸能プロ。
 まじめなはずの報道番組なんかに、コメンテーターとして下品な顔の無教養そのもののお笑い芸人(在日)を登場させる、あのセンスは在日ならではである。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

日韓スワップ協定をどうする?


 日本と韓国の財務当局は8月27日、「通貨スワップ協定」の再締結に向け議論を始めることで合意した。締結までの期間については「数カ月かかる」とし、近く実務者レベルの協議を始めることになった。
 スワップ協定は通貨下落などの緊急時にドルなどを融通し合う仕組みだが、事実上日本が通貨危機になる可能性はまったくない。経済崩壊が進む韓国がドル決済できなくなるピンチを救うための協定だから、「スワップ」と言うべきではない。いったい誰の差し金だ?

 日韓の協定は2015年2月に打ち切りになっていた。偽慰安婦問題や竹島問題で日韓関係が悪化したうえに、韓国が忘恩の仕打ちをして、スワップ協定は日本から頼まれてやったとか、迷惑だったとか抜かすものだから、さすがに日本側からも協定延長がなされなかった。

 サヨク朝日新聞などは、「協定が復活すれば、両国の関係改善を表すことになる」と、韓国べったりの評価を勝手にやっている。テメエだけには言われたくない。
 今回は韓国側が、イケ図々しくも「両国間の経済協力を強化する」として提案したものだ。日本側も「地域金融市場の安定を高める」として韓国からの提案を受け入れた。

 韓国の本音は、韓国通貨ウォンの国際信用が地に落ちている現状から、信用力抜群の円の後ろ盾が欲しいだけのことである。このまま推移したら、またIMFのお世話になる屈辱をうけいれなければならなくなるのは必至で、韓国財界はかなりの危機感を抱いているようだ。
 財界の本音は、青瓦台や反日運動家に「いい加減にしてくれ」と思っているのだろうが、それを言えば袋だたきにあうだろう。

 だから水面下で日本に泣きつくのだ。
 またアメリカは、朴槿恵政権が中共への傾斜を強めるなか、なんとかいわゆる資本主義陣営に韓国をとどめさせたい思惑があったろう。もともと日本が近代化して創ってやった朝鮮半島を、アメリカが頂戴して、都合良く支配してきたのだ。だったらアメリカが助けてやれよ。
 それで韓国を締め上げてTHAAD(高高度防衛ミサイル)の配備を容認させたのだから、米国として朴槿恵政権に経済面でのご褒美を用意する、という戦略もあるだろう。

 だからアメリカは日本にも圧力をかけ、韓国に経済援助をしてやれと脅してきているのではないか。

 かといって、日本が韓国を助けてやっても感謝するどころか、余計なことをしやがってと逆恨みし、しばらく経てばもっとほしいとゴテて、無心をはじめる。あるいは偽慰安婦でさらに騒ぎたて、侮辱ざんまいをしてくるのは目に見えている。大統領が代われば、あんなことは前政権がやったことと言い出す。
 日本側に経済的メリットは皆無である。
 
 さて、さはさりながら、ということは考えねばならない。
 私も韓国憎悪は人後に落ちないし、在日特権はすべて剥奪すべきと思うが、いかにあの民族の民度が低く、認識が歪んでいるとはいえ、韓国にはまだ親日勢力もいないではないし、日韓の険悪状態を憂える人もいる。「従軍慰安婦」は嘘だと言っている有識者だって少数ながらいる。

 それに、わが国にとって、喫緊の課題は支那と北朝鮮の脅威にどう対応するか、である。その視点からの考察を無視して、感情的にのみ「嫌韓」ではまずいのだ。むろん、かといって韓国に肩入れするのには感情が許さないが…。
 韓国は政府中枢に北の工作員やシンパが入り込み、反日を職業にしている連中の中にも北の工作員が潜り込む。偽慰安婦で強硬な態度をとり、元慰安婦という怪しげな婆どもを焚き付けている挺対協はまさに北の工作員とされる。

 元々韓国は愚かにもデタラメ反日をやらかしているところへ、北の工作員がさらに火に油を注いで回っているらしい。
 西尾幹二氏が面白い譬えを書いていた。

      *     *

 韓国の近年の対日対応はとてつもなく腹立たしいことではあるが、譬えていえば、我々が一台のバスに乗ったまま、銃砲火器を構えた暴力団に包囲されている状況を考えてほしい。その時、いままで身内だと思っていた乗客の一人、十七歳の少年が突然ナイフを持ってバスのなかで暴れ出した。バスの外の暴徒を警戒する前に、身内の狂人を取り押さえなくてはならない。これは容易ではない。

 いまの東アジア情勢は、こういう比喩が当てはまるのではないか。我々は十七歳の少年犯の性格を解剖したり、彼を道徳的に非難したり、罵ったり、怒ったりしても仕方がない。彼を取り押さえ、馴致し、懲罰し、教育教導しなければこちらの身が危い。

 さて、わが国の韓国論、世に溢れる議論はそういうリアリズムに基づいて論じられているであろうか。つまらぬ悪口罵倒に耽っているのではあるまいか。「十七歳の狂人」は現実に物を考える力がなくなっているのである。自分の姿が見えないために、どうしようもなくなっているのである。われわれの議論も、そのことを直視するところから出発すべきであろう。感情的になっても仕方がない。
  (『日本、この決然たる孤独』徳間書店)


     *     *

 こういう十七歳の狂人になっているのは、韓国人自身の歴史にもよるだろうし、支那、アメリカ、北朝鮮のしからしめている仕儀なのである。みじめなものだが、身から出た錆。
 韓国は反日におだをあげているうちに、経済がガタガタになった。
 ほんま、アホやん。

 ただ、問題は、放っておけばこの十七歳の少年は、ますますバスの中で暴れるのだ。つまり経済破綻が生じれば、いよいよ暴れ、自業自得とは思わずに日本だけを恨む。それは支那や北朝鮮の思う壷である。バスの中という日米韓の連携がぶち壊れる。
 だから…と西尾幹二氏は説く。

 支那の戦略は、北朝鮮と韓国を手駒として、自らは手を汚さずとも日本を攻撃するか、攻撃するとみせかける形成をつくって日本を政治的に動かそうともくろんでいる。「複雑で由々しい構造に東アジアが陥っており、そのなかにわが國の不安な現実が存在することから片時も目を離してはならないのが、日本の論壇の課題」と説いている。

 支那が狙っているのは、韓国の軍事力であって、韓国は日本に向けて敵意をあからさまにしている。中共にとってこんな嬉しい状況はあるまい。
 なんとテロリストでしかない安重根の記念碑を支那領土内に建ててやっただけで、韓国は狂喜乱舞、なんでも言うこと聞くワとなってしまった。

 だから、と西尾氏は言う。韓国の振る舞いに腸(はらわた)が煮えくりかえる思いを日本人は抱くだろうが、彼らを責め、悪口罵倒によって意趣返しをし、理不尽を暴くことで自らの気分を爽快にしたってしょうがないではないか、と。

 もっとも大切なことは、わが国に危害が加えられないようにするにはどうしたらいいか、だ。
 真剣に、今、韓国にどういう対策をいち早く打っていくかが課題だとも。

 それも一理はあると思わなければいけないと私も思う。だから、先祖を侮辱されても耐え忍んで、日韓合意に基づいて10億円を韓国にくれたやり、スワップという名の救援措置をとるのも、致し方ないと言うべきか。
 そうした極東のパワーバランスを読んで、韓国は日本からカネも領土も毟りとろうと画策する。

 とにかく、すべては日本が「交戦権が認められない」状態にあって、まともな軍隊が持てないこと、そして核兵器を持てないことから来る、この屈辱なのである。一刻も早く、再軍備と改憲を実現しなければ手も足も出ない。
 なのにバカなサヨクは、9条を守れしか言わず、日韓の友好が大事と言い、慰安婦の賠償もしろと抜かす。

 まったく、バカにつける薬はない。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

東京都民政局長室占拠事件の真相


 8月27日の虎ノ門ニュースを見ていたところ、高山正之氏が衝撃的な“事実”を語った。1950年代に、都庁がまだ丸の内の鍛冶橋にあったころ、「解同」の連中が大挙して都庁に押し寄せ、占拠した事件があった、と。美濃部都政のころだった。占拠は3カ月にも及んだ。彼らの要求は、荒川区と墨田区を自治区にしろと言うものだった。
 しかし、後難を怖れてマスゴミは一切これを報道しなかった。さすがのサヨク美濃部もこれは受け入れなかった、とか。

 早速調べてみた。Wikipedia には、「東京都政不当介入事件」と出ている。または「東京都民政局長室占拠事件」とも言う。ただこの事件の呼称は、共産党が言っているのでも、都庁側が言っているのでもないと注釈がある。マスゴミも報道しなかったから「名前はまだない」という漱石の「猫」みたいなことになっている。
 まず美濃部都政は、1967年から1976年までの3期である。1950年代ではない。また、50年代には解同による占拠事件はなかった。

 1974年8月26日から8月30日まで部落解放同盟の構成員が東京都庁民政局長室を占拠し、「6項目の確認」の受け入れを東京都に要求した事件はあった。3カ月ではなく5日間である。これなら、美濃部都政の3期目での出来事である。

 民政局室の占拠とされるが、高山氏は、解同のメンバーは建物内の階段にぎっしり座り込んでいたという。
 5日間もこんな不届きな連中を排除しないで、座らせていたのは、やっぱりサヨク美濃部のバカさ加減である。

 解同が要求したのは以下の6項目である。高山氏が言うような荒川区と墨田区の自治要求は含まれない。

1.応急生活資金については、部落解放同盟都連を通じて申請したもの(43名)についてはただちに貸与する。その他のものについては「東京都同和対策協議会」(東京都と部落解放同盟都連だけで構成)小委員会で協議し、東京都と部落解放同盟都連で、「自覚、自立の意識」を高める教育をおこなったうえで貸与する。
2.都立産業労働会館(現・東京都人権プラザ)を、狭山闘争本部として、宿泊も含め、約1ヶ月間の使用を認める。

3.部落解放同盟代表と都知事との面会を9月10日までにおこなう。
4.狭山裁判についての決議を、都議会側と協議して、審議を促進、決議するように働きかける。
5.部落解放同盟正常化都連(現・人権連)のビラ(8月30日付)に事実と違うところがあるので、訂正したものを都が出す。
6.過去5年間の東京都の同和行政を総点検する。


 結局、この要求に対して東京都はどんな返答をしたかというと、Wikipedia には以下のように書かれている。

 第1項の生活応急資金融資については、窓口を部落解放同盟に一本化せよ、というのが部落解放同盟の要求であった。ところが都側がそれを拒絶したため、部落解放同盟は民生局にそのまま居座り続けた。そして8月30日までの5日間、民生局長室に立て篭もり、荊冠旗を窓から突き出すなどの示威行為をおこない、その結果、民生局の業務を麻痺させた。
 結局、東京都は第4項と第5項を除いて部落解放同盟の要求を受け入れた。都知事との面談も9月13日に実現した。


 しかしながら、東京都が解放同盟の行動を「都政に対する不当介入」だと主張している訳でもなく、刑事事件・民事事件として立件された事実関係も存在しない。
 高山氏は、当時の民政局長に取材したそうだが、解同との「交渉」の過程で、3度もメガネを壊されたと語ったそうだ。アルミの灰皿を投げつけられたからだ。暴力で要求を通したのだ。

 だいぶ高山氏の記憶違いはあるが、大筋ではあった事件であった。
 報道がまったくなされなかったから、国民は知るよしもなかった。
 トップに立つ都知事が解同のシンパなのだから、一介の局長クラスではとうてい拒否しきれるものではない。知事が警察を呼んで排除し、メディアも報道すればなんとかなっただろうに、これでは言いなりに屈服するしかない。

 みなさん、これがサヨクなんですよ。昨年夏に「安保法制反対」をわめいた連中なんですよ。9条を護れと言っている連中がこれなんですよ。NHKや朝日新聞などが応援しているサヨクの正体なんですよ。

 こうやって戦後、軍隊がないばかりに、在日が暴れ回ったのだ。
 高山氏は、例えば都庁の役人の家にまで大挙して押し掛けて、怒鳴って脅したと証言している。これはその通りだった。
 出版社や新聞社もずいぶんと、「差別語」をネタに解同に押し掛けられて大迷惑した。これを取り締まることは警察もしなかった。彼らは憲法を振りかざして、結社の自由とか、言論表現の自由とか、差別禁止などを楯に、暴力を振るって屈服させたのだ。

 出版社や新聞社に衆を頼んで押し掛けて、大音量で叫び、電話をかけてパンクさせ、著しく業務の妨害をやったものだった。社員はみんな怯えた。会社のほうは誰も護っても取り締まってもくれないから、屈するよりほかなかった。交渉できる相手ではない。
 サヨクに批判的な主張をする作家や評論家にも、圧力をかけて、どこからも原稿依頼がこないように妨害した。

 だから知識人は軒並み、サヨクになるしかなかった。屈しなかったのは、福田恆存氏などごく一部である。その名残りは今も続く。 
 マスゴミや学界では愛国者が排除され、日本が悪かったという自虐史観者たちが、出世階段を上がったのである。今もそういうクズがマスゴミを支配をしている。

 幸いにして、保守論壇の雑誌として「正論」「Will」「新潮45」などが登場し販売部数も増え、保守系ネットテレビもできて、サヨクに批判的な知識人にも食っていける場ができたことは大変喜ばしい。

 解同もほとんどが今や在日に乗っ取られていると聞く。今ある在日の特権はこうして役所から奪われたのである。その事実を語ると、在日やサヨクは都合が悪いので、「ヘイトスピーチだ」と言って、弾圧をかける。

 媚中・副島隆彦はサヨクシンパで、昨夏に国会前でドンチャン騒ぎをやったバカ学生を称讃したくらいだから、こうしたサヨクの狼藉には口をつぐむのだ。

 そうした傾向が大きく変わってきたのが、私は北朝鮮による拉致が暴露されて以降ではないかと思う。NHKでさえ、「北朝鮮…朝鮮民主主義人民共和国」と言っていたのを止めた。
 そして「従軍慰安婦」なんてなかったことが明らかになって、朝日新聞の信用が地に落ちたのも大きい。
 サヨクどもが、いかに嘘つきだったかを国民が知るようになった。
 安倍首相の高い支持率もうなづける。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする