2015年08月12日

戦後日本文学の蹉跌(2/2)


《2》
 ちょうど60年安保の最盛期に、開高健、大江健三郎、野間宏、亀井勝一郎、竹内実、松岡洋子が「中国訪問第三次日本文学代表団」として支那に行っている。
 開高以外の者たちは、行く先々の挨拶で「米帝打倒!」「日支人民の友好」などを叫んで、支那側に迎合したが、開高だけが文学の話をして、周囲を白けさせたという。

 当時、開高は30歳、大江は弱冠25歳であった。大江は大学卒業してまだ2〜3年の若さで、世間を知らない「おぼこ」だったから、開高より支那から受けた洗脳のひどさが深刻だったであろう。
 サヨク護憲派は、大江さんは味方だ、ノーベル賞をもらったほどの偉人なのだから正しいはずだと思い込むようだが、もう少し調べてから判断したほうがいい。

 支那は当時、毛沢東の「大躍進」政策の失敗で飢餓がピークに達した時期であって、死亡者の累計は4,300万人に及んだとも言われる。しかし、訪問団がそれを知る由もなかった。毎晩、大ごちそうを振る舞われ「かんぺい、かんぺい」と茅台酒をあおっては酔いつぶれていたそうだ。

 支那は自国で飢餓が広がっていようとも、将来日本を支配するための「待ち駒」として打っておくために、大江と開高という新進作家を招待したのだ。大江と開高は、見事に支那に利用された。開高の岩波書店から出した『過去と未来の国々』を読むと、その感を深くする。コロッと騙されている。

 チベットの残虐な圧政から人民を救ったのが中共軍だったとか、日本軍が南京で大虐殺をしたなどという大ボラを、蝋人形館で見せられて、信じ込んでいる。
 当時は共産党の支那についての情報が乏しかったから、まさかすべてがプロパガンダだと彼らが疑わなかったのは無理もないことであるが…。

 支那側は訪問団に過去の日帝の罪過の跡を見せつけ、一方で米国帝国主義と戦う素晴らしい日本人民、と持ち上げられた。要するに中共は、エドガー・スノウやアグネス・スメドレーなどのように日本の作家を手なずけたのだ。
 
 開高は自ら世界中を歩き、またヴェトナム戦争を見て、左翼からは距離を置くようになった。晩年には短編『玉砕ける』で、支那の共産党と文学者の不条理に言及したが、まだこの訪中時に洗脳されたアタマからは脱却しきっていないようだった。

 開高より若く、学生からじかに作家になってしまった大江は、世間が腹黒く、騙すものだというような世間知に長ける間がなく、自らの反米意識を強化し、媚中派になっていくのである。
 大江の後の政治活動を見ると、このときの中共から受けた洗脳でのアタマのダメージには深刻なものがあったといわざるをえない。

 ほかのメンバーはみんな左翼だった。野間は日共から除名されていた。亀井も若い頃はマルクス主義者だった。竹内も松岡も支那専門家として日本の論壇で活躍した。松岡洋子はスノウやスメドレーなどの中共プロパガンダのルポの翻訳者である。
 みんな手もなく支那に籠絡されたのだ。

 支那はしたたかにこういう策略をもちいてくる。開高や大江が訪中したときにも、彼らが面会し話を聞いた支那人は、みんな中共が用意した人間で、言うべきセリフもあらかじめ決められていたのだ。
 まさかそうとは知らず、日本の作家たちは支那人たちが自由に話してくれたと騙され洗脳されて帰ってきている。

 その手口は今も継続されている。媚中派の作家やジャーナリストどもは、同じように騙される。
 民主党は小沢一郎が党首のころだったか、100人もの国会議員を率いて訪中したし、最近では自民党の二階がやはり若手自民党議員を大量に引率して習近平に逢いに行っている。

 60年当時は「米帝打倒」で日本人を煽り、今は「アメリカの戦争に巻き込まれる」で日本人を煽動しているのが支那なのだと、簡単にわかりそうなものなのに、護憲派は昔と同じ過ちを犯している。

 みんな支那に籠絡されて帰ってくる。
 これが支那が仕掛けている“戦争”なのだ。
 騙されるのは、結局、自分の思うことを大事にし、そして思うことから行動する癖が身に付いていることに何も疑問を抱かない人間になっているからだ。

 人間とは何か、どういう存在かから捉え返して、どうあらねばならないか…からは行動することを自家薬籠中にしておけば、支那の計略に騙されることはないだろうに。

 自分勝手に判断して、落とし穴に落ちたり自滅したりしてきたのが、日本の作家たちであった。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(5) | エッセイ | 更新情報をチェックする