2015年08月14日

「ファシストくたばれ」の非論理性


 国会前で歩道を占拠して反日活動を行っている連中の叫びを、YouTubeで聞いてみると、太鼓をバンバン叩き、「ファシスト くたばれ」とか「安倍は辞めろ」「戦争反対」などと、怒声でシュプレヒコールを延々繰り返している。熱に浮かされた興奮状態。
 疲れもいとわず、あれだけ怒声がずっと繰り返すことができるのは、支那や韓国からカネをもらっているからなんだろう。

 あの行為は完全に日本人のマインドではない。韓国人か支那人のマインドである。デマを叫んでいるのだから。ザイニチが主導し、それに雷同している哀れな日本人もいるらしい。

 仮に私が今回の安保法制に反対の護憲派だったとしても、あの連中と同じ仲間だと思われるのは、とてもじゃないが耐えられない。
 しかしサヨクメディアも、護憲おばさんもあれを称揚するのだから、彼らもザイニチなのである。

 国会の審議をNHKの中継で見ても、政府答弁のどこがファシストなのか…無茶苦茶である。同じ法案に反対するにしても、「ファシストくたばれ」では、意味が通じないと、民主党やサヨクメディアは仲間をたしなめることはしないのか?

 「ファシストくたばれ」では、韓国でドイツとのサッカー試合で韓国人観客が「ヒトラーの息子たちは帰れ」と横断幕を掲げたレベルである。何でもいいから悪罵を投げつけているだけ。
 ただ自分と政治姿勢のちがう相手を意味も知らずに「ファシスト」と罵っているアホさ加減。

 例えば、シンデレラのように現れた美人のタレントが、テレビ番組を席巻し、CMも出ずっぱりになった超人気アイドルになったとする。これを嫉妬した他の芸能事務所がその娘を追放するには簡単である。週刊誌にカネを払って、このタレントは暴力団と深い関係があるとか、両親が犯罪者だとか、未成年なのに男と肉体関係になっているとか、ザイニチだとか、根も葉もない噂を流せばよい。
 一気に人気が落ちるだろう。

 芸能プロはそれが恐いから、そうとう神経を使う。
 同様に、安保法制に反対する主張を掲げるなら、国会前の無法集会で怒声を張り上げる連中は排除するべきである。オウンゴールになってしまう。
 あれはほとんど拡声器による暴力である。偽右翼の街宣車の怒声とそっくり。

 なのに、反対なら共闘しようというのは愚かである。つまりあれは日本の護憲派をいっそう愚かにし、社会を見る目を喪失させ、普通の大衆を逆に嫌悪させ、日本人を分裂させる策謀とも見て取れる。そういうことを仕掛けてくるのは、アメリカであり、支那、南北朝鮮である。

 偽右翼の街宣車は、ザイニチが行なっている。日の丸や旭日旗を掲げ、大音量で軍歌を流して、善良な日本人が保守に反感を持つような宣伝行為なのである。
 護憲派どもは、誰でもいいから、何してもいいから共闘して安倍を倒そうとするのなら、それは成功したとしても、大きな汚点となって残るのである。

 結局、民衆に馬鹿にされる。決して民主党や共産党は天下をとれない。
 民主党は、国民みんなが憤った北朝鮮による拉致に、口先ではなんか言ったかもしれないが、党としてなにもしなかった。コミットしたのは松原仁だけ。むろん自民党にも、額賀、二階、森喜朗などのように、南北朝鮮との利権にどっぷりで、拉致問題に背をむけてきた者もいるが、民主党や共産党は、党として同胞救出に冷淡であった。

 その連中が、今は安保法制に反対している。これは党としても、党員としても、相当恥ずべきことだろうに…平然としている。
 護憲派の人たちは、拉致に冷淡だった人と同類なのである。
 民主党は、磯崎首相補佐官の法的安定性発言でいきり立って「辞職しろ」とわめいてみせたが、北の拉致と戦うことを放棄しているのは、これは「法的安定性」に背くことではないのか。

 護憲派や民主党は、大学に巣食う憲法研究者を持てはやして、味方だと言いたいようだが、これも相当恥ずかしいことである。
 日本国憲法の成り立ちはデタラメであった。GHQが1週間でつくって日本に押し付けた国際条約違反の憲法なのだから、よしんばそこにどんな美辞麗句が書かれていようとも、護るべきものではない。

 そんなものを拒否するのが、国家の誇りであり主体性である。
 憲法研究者だとて、憲法と自衛隊の関係について合理的に説明できるはずがない。だから解釈変更は可能か、いや可能じゃないなどと言いあっている。

 憲法の誕生の経緯はどうであれ、平和主義はいいじゃないか、戦争放棄は理想じゃないかとサヨクは言うが、それこそが「法的安定性」無視である。理想が語られているんだから法的安定性は関係ない、としているのがサヨクで、こんな馬鹿げた話はない。

 誰が考えたって、サヨク以外は、憲法と自衛隊を比べれば、憲法のほうに問題がある。
 「経済コラムマガジン」氏が言うように、「日本の憲法学者は学者ではなく、異常な思想を持つ政治活動集団である」のだ(8月3日付)。http://adpweb.com/eco/
 憲法研究者どもは、自衛隊の存在も違憲だという者が多い。
 ところが民主党やサヨクメディアは、自衛隊は容認し個別的自衛権や専守防衛は認めている。

 社民党のボケ老人村山富市が、首相になったときに安保条約も自衛隊も容認したのだ。
 なのに、民主党やサヨクは、憲法研究者(憲法学者ではない!)の異常な発言を「それみたことか」と欣喜雀躍する。そうとうみっともない話である。
 参院に審議が移ったら、泡沫政党の福島瑞穂が、ミサイルは武器か弾薬かなどと、あっと驚くような愚論を展開してみせた。

 それを称讃するサヨクメディア! 民主党も「福島瑞穂よ、アホなことは言うな」とたしなめるべきなのに、援軍だと思っているようだ。

 ファシズムがすなわち戦争をする思想や体制だと思うことは、短絡もいいところだ。
 ファシズムはファシズムであり、戦争は戦争で別物である。
 第二次世界大戦では、蒋介石の支那軍はあきらかにファシストだった。だから蒋介石のほうから上海事件を起こして戦争をおっぱじめたのだ。それを支援したのだから、アメリカもファシズムだったじゃないかと言えるのである。

 戦争は国家行為として断罪されることはない。主権の存するところ自由である。戦争それ自体を罪にすることはできない。
 ところが、そこへ主としてアメリカが、正しい戦争と悪の戦争というおかしな理屈を持ち出したのである。

 だからニュルンベルグ裁判や東京裁判の“芝居”が正当化された。
 ドイツや日本は戦争に正邪はないはずで、戦争自体を裁くことは不当だと主張した。これは正しい。
 しかし、ニュルンベルグ裁判の検事代表だったアメリカの司法長官だったロバート・ジャクソンは、「公戦における被圧迫民族の救済は可能で、刑罰戦争は正当だ」と主張し、これがナチや日本を断罪する根拠にされた。

 ならばアメリカは、黒人や支那人苦力を差別し、インディアンを虐殺し、ハワイを奪ったりしたことは被圧迫民族への罪にならないとでもいうのか。
 アメリカは勝手にシリアやイラクに介入するかと思えば、一方でチベット、ウイグル、内モンゴルなどの支那からの被圧迫民族については救済に向かわないではないか。
 こういうふうに白人はご都合主義で卑劣だ。

 そういう歴史背景くらいは知ってから「ファシスト」という言葉を遣えよ。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(5) | エッセイ | 更新情報をチェックする