2015年08月19日

人との会話が成り立つためには(2/2)


《2》
 裄V寿男氏の『バルカンから響け!歓喜の歌』には、こう書かれていた。
 マケドニアの楽団員たちに何を言っても変わらなかったそうだ。時間を守れ、連絡なしに勝手に休むな、練習中自分のパートが終わると隣りの人とおしゃべりを始めるな、人の話を聞け、と口を酸っぱくして怒ってもダメだった。

 すべて裄V氏は良かれと思って注意しても変わらない、変われない。だから「こっちが変わるしかない。そうでないと、バルカンでは仕事はできない」と悟るのだ。
 「おしゃべりするな」と頭ごなしに怒っても彼らは何が悪いと反発する。そこで、指揮者の裄Vさんはおしゃべりしている者に「あと何小節で君の演奏だよ」と言う。そうすることで演奏者も緊張感を保っておしゃべりしなくなったという。

 演奏中、テンポが遅れている者には「遅れている」と言っても正しいテンポにならない。そういう場合は「ちょっと急いでください」と言う。急ぎすぎていたら、「急ぐな」ではなく、「ちょっと遅く」と言えばいい。

 否定的に言われると受け入れないが、肯定的言回しをするだけで反応が全然ちがってきたそうだ。
 自分の評価を気にする人が多いから、いいところがあったら褒める。
 こういう例が、対象(人)のココロ、つまり認識の構造に分け入るということである。あの土地ではそれが正解になる。観念的二重化の例である。

 裄V氏は、マケドニア語を知らず言葉も通じない(会話は英語で)なかだからこそ、懸命に観念的二重化を学んだのであろう。
 これは認識論の先駆者・海保静子先生が、口をきいてくれない保育園児を対象にして苦闘したからこそ、人間の心の謎を解けたのと同じことだ。

 ただ…、裄V氏は書いていないし気付いていないのかもしれないが、コソボの人たちがかくまで非協力的でだらしないのは、単なるバルカン・メンタリティのせいだけだろうか。
 彼らにしてみれば、野蛮な国日本から来た指揮者の言うことなんか聞いていられるか、という思いがあったのではないか。

 彼がコソボの政府から与えられた住居は、まるでカプセルホテルの1室のような、三畳ほどのアパートである。これが外国からきた指揮者(コソボフィルハーモニー交響楽団首席指揮者)への「もてなし」か? いくらコソボが貧乏であろうとも?
 指揮者もなかなか認められて食っていけるようになるのは大変なのだろうが、こういう仕打ちに「しょうがない」と割り切れるのはどうかと思う。

 指揮者がもし、イギリス人やドイツ人だったら、彼ら団員はもっと素直にいうことを聞いたのではないだろうか。
 バルカンというのは、日本人にとってはヨーロッパであるようなないような微妙な地域である。日本人はヨーロッパといえば、英仏独伊西蘭あたりを思い浮かべるのであって、彼らこそ日本人の憧れであり、一方で劣等意識を強いられる存在であり続けた。

 しかし、バルト三国からベラルーシ、バルカン、ウクライナ、のあたりは「めくるめくヨーロッパ」ではない。そういう気楽さが我々にも、裄V氏にもありそうである。しかし彼らにしてみれば、野蛮な東洋の小国の人間が何を抜かすとする優越感は持つであろう。

 そして思うのだが…、裄V氏のやったことは称讃していいのだが、はたして本当にそれでいいのかは、やや疑問が残るのである。
 音楽家みずからが、コソボで民族融和の音頭取りをやる。誰も文句はつけられない。けれど、音楽家は音楽で勝負すべきものである。

 彼はYouTubeにアップされているが、新宿のホコ天でフラッシュモブをやっている。ベートーヴェンの「第九」第4楽章のサビのところを5分ほどに縮めて、雑踏の中で演奏していた。
https://www.youtube.com/watch?v=ozNv7r0aETc
 ベートーヴェンを大道芸レベルに落としてやるのは、クラシック音楽に対する侮辱である。

 クラシック音楽の思想性の高みを、いったいどう捉えているか。
 サプライズのつもりかもしれないが、フラッシュモブはあざとい。偶然演奏者がその場に現れて、演奏に参加していくなんて、バカバカしくてみていられない。偶然じゃないことはただちにわかってしまう。当人たちだけがその芝居に自己満足。

 裄V氏が新宿の雑踏でフラッシュモブをやったのはコソボの音楽家たちとの悪しき相互浸透の結果であろう。紛争の地で音楽で人の心をつないだ実績は認めるが、そのレベルで音楽を考え過ぎたのだ。
 しかも彼は、「地球市民」になろう、なんて結論を本にしたためている。愚かしいかぎり。

 コソボやアルバニア、セルビアなどは長くオスマントルコの支配下になって、抑圧された状態だった。さらに第二次世界大戦のあとはソ連の衛星国ユーゴスラビアとなって、これまた主体性を育む機会を喪失した国々である。「バルカン・メンタリティ」はその圧政の結果であろう。
 彼らは生きのびるために、自己を偽って本来の先祖からの宗教を改宗している。キリスト教だったものが支配者の指示でイスラムに変えたり、イスラムがキリスト教になったり。

 だから現地の人間は「なんちゃってイスラム」や「なんちゃってギリシア正教」となっている。
 それでさらにこじれて憎しみあって殺し合いを続けている。
 宗教がすでに人間のさまざまな悩み苦しみを救えないことがここでも露呈している。
 
 そうしたメンタリティは、おいそれと立ち直れるものではない。かの国はろくな産業がない。誇るべき文化もないと言っていい。
 金融で稼ごうという才覚もない。電気はしょっちゅう停電、水道も断水する。列車やバスを利用するにも、運行が不定期であてにならない。

 そんな環境では、音楽を鳴らしたところでたかが知れている。
 本当は何をすべきかは、彼ら自身が覚醒するしかない。
 かつて憎しみ会った民族同士が和解することは欠かせないけれど、それだけでは全体に広がるまい。

 なかなか言葉では表現しずらいのだが、コソボの民族紛争というべきか国家の自立は、そう単純にモラルで語れる問題ではない。
 それを彼らも上手に表現できず、思想としても定立できていない。
 だから「平和」なんて言葉を気安く遣うな、となる。  

 で、話を戻すけれど、裄V氏がベートーヴェンの曲を、ホコ天の大道芸レベルで気楽にできてしまう、この妙な軽さが、日本に出来してきている不思議な「空気」ではないか。
 裄V氏には西洋へのコンプレックスがない。あっけらかんと「地球市民になろう」などと言える。

 明治以来、日本人は西洋の文明を仰ぎ見て、追いつきたいと念願してきた、一方でいくらがんばっても追いつけない異質な文化に、夏目漱石や森鴎外以来、苦しんできたのである。とりわけ学者や藝術家、政治家などはそうだった。

 それが、昨今の情報化時代の到来のせいもあるだろうが、若い世代に西洋への劣等感が消えつつある。地球市民だとか、「人類みな兄弟」とかを、なんのためらいもなく信じているようだ。
 若い世代のは西洋に対してずっと日本人が抱いてきたような異質性の感覚を持ち合わせていない。
 裄V氏の活動を本で読んで、それを改めてわからされた。
 
 日本が日本である、ありたい、という気持ちは、古い時代は支那を媒介に自己を捉え、江戸時代になると支那や南蛮を外して「即自」的でやっていけたが、明治以降は「対自」になることを西洋によって強いられてきた。西洋という媒介があって、日本とは何かを意識してきたのである。

 ところが、最近の若い世代は、無媒介の認識がいわば成立しつつある。劣等感が消えるのはいいことであろうが、これは形を変えた「即自」への回帰なのではなかろうか。
 自分らしく生きれば、西洋とも支那ともアメリカとも溶け込んでいけると信じ込んでいるかのようだ。
 本稿のテーマ、人との会話がなりたつかどうか、で言うなら、西洋人と日本人は会話が成り立たないという苦しみから、われわれの先達は認識させられることから出発し、苦悩してきている。それが本筋なのだが…。

 先達は西洋と同じレベルで討論できるとか、藝術を語り合えるとか思っていなかった。それほどには覚醒していた。西洋の先進性と、日本の文化、日本人のメンタリティとどうつながるのか、先人達は必死に考えてきた。それが今の若い世代は、あっけらかん、問題の意識にすらのぼっていないようだ。つまり、旧世代からみれば実に根の浅い文化意識レベルに落ちている。

 西洋と、その鬼っ子のアメリカは、文化文明を誇りつつ、アジアやアフリカを馬鹿にし、平然と残酷な殺戮を行ない、植民地支配を行なってきて、いまも反省のかけらもない。アジアやアフリカの人たちは、西洋に対して手も足も出ない屈辱に耐えるか、慣れるかしてきているが、日本人の若い世代のような、西洋へのわだかまりが無く、あっけらかんと「地球市民」になろうよ、などとは言わないであろう。

 たとえばイスラムの人たちのヨーロッパやアメリカへの憎悪は、今後100年や200年で消えようはずがない。それが中東の紛争を複雑にし、過激にしているのは、誰でもわかることである。
 日本の若者、あるいは戦後に個性教育を受けてきた世代は、そういう深刻さ、根深さがまったく理解できない。

 平和だけが最高価値だと思い込み、9条が理想じゃないかと、現実の恐ろしさをまったく見ることなく信じ込む。
 そういうノー天気につながっている。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする