2015年08月29日

加藤陽子、みじめな、あまりにみじめな…(2/2)


《2》
 外交とは端的にいって、実利だけの交渉ごとではない。それぞれの国の文化や品格や誇りを賭けた戦いである。
 戦時中の満州での「五族協和」や、「大東亜共栄圏」の構想は、実利でもあるし、白人の植民地支配からの脱出を図るための思想であった。それ自体は称讃されていいし、われらの誇りである。
 決して支那人はそういう「解放」は言わなかったクズどもだ。

 加藤陽子がそういう構想はいけなかったというなら、戦後のEUも悪だし、ASEANも、支那の政治圏構想も、すべて悪だといわねばならない。
 媚中派の加藤陽子が、支那が言い出したAIIB構想は、当然、これは戦前の大東亜共栄圏と同じ発想だからやめろ、と主張したのだろうねえ?

 日本が信託統治をしたサイパンやパラオといった南洋諸島、満州の満州人や支那人がどれほど日本に感謝しているか。
 黄文雄氏が説いていたが、満州には実に華北から百万人の支那人が(無許可で)潜り込んできた。平和で安全で、商売が成り立つからだ。

 日本軍が悪辣な馬賊を退治してくれたからであった。日本軍にも綺麗事ばかりではなかったが、すべてが悪だったのではない。どちらかといえば、すべてが悪だったのは、蒋介石のほうだし、スターリンのほうだし、アメリカであった。

 作戦自体は無謀ではあったが、インパール作戦は日本がインド独立を支援する約束を果たすために敢行した。インドはそれを忘れていない。だから昭和天皇が死去したとき、長く喪に服した。

 戦争後もそうした白人支配を跳ね返して、自立した国家になろうという思想は、ヴェトナムやインドネシアに残った日本兵が受け継いで、果敢に戦い白人に勝ったのだ。それはみごとな“外交”ではないか。

 彼ら現地に残った日本兵は実利だけなら、さっさと復員すれば良かったのに、彼らはそうしなかった。そういう志や信義が害務官僚の石射猪太郎や東大に巣食って税金をふんだくる教授どもにはわからない。

 映画『ムルデカ』くらいは観てからものを言え。
 (ムルデカはインドネシア語で独立)(以下は予告編)
https://www.youtube.com/watch?v=hiUTLHjvmHI

 さて、記事のキモである加藤陽子の安保法案批判。
 引用する。

     *    *    *

 日本人が平和憲法を守ってこられたのは、在日米軍の存在があったからであり、また米国の核の傘のおかげなのだ、といった論調です。

 ただ、9条には、国内的な存在意義がある点を忘れるべきではありません。9条の存在によって、戦後日本の国家と社会は、戦前のような軍部という組織を抱え込まずに来ました。
 戦前の軍部がなぜあれだけ力を持てたのかといえば、国の安全と国民の生命を守ることを大義名分とした組織だったからです。

 実際には、大義の名のもとに、国家が国民を存亡の機に陥れる事態にまで立ち至りました。軍部は、情報の統制、金融・資源データの秘匿、国民の監視など、安全に名を借りておこなったのです。

 このような組織の出現を許さない、との痛切な反省の上に、現在の9条があるのだと思います。

     *    *    *

 在日米軍がいたから、平和つまり支那やロシアからの侵略がなかったという話はどこかにすっ飛ばして、軍部が悪かった、軍部という組織の成長を阻めたから意義があった、と話をすりかえている。
 アタマ悪いなあ。

 戦時中に、軍が「情報の統制、金融・資源データの秘匿、国民の監視など」を行なったのは、当然である。アメリカやドイツやイギリスはそういうことはしなかった、あくまで自由に、情報も全部公開していたとでも言うのか?
 これではまるで「NHK朝ドラ史観」そのまんま。

 軍が統制していてもなお、村岡花子なんかクリスチャンは、米軍の手先になったのだ。取り締まるのが当たり前ではないか。
 9条が言っていることは、国際紛争の解決には、それが直接わが国をおびやかすものであっても、武力行使はしない、だから陸海空その他の戦力も保持することは禁じる、というものだ。

 結果として、加藤がいうような「9条の存在によって、戦後日本の国家と社会は、戦前のような軍部という組織を抱え込まずに」すんだとは言える。結果としてというより付随的に、だ。
 いかにもそれで自衛隊は違憲のままで、戦前のような確固とした組織は持てなくなった。それが70年続いた平和の原因だと言い出すから、おかしなことになる。

 韓国も中共も、その他どこの国家でも軍の組織は持っている。そういうやっかいな組織を持っているのだから、加藤の言い方にしたがえば、すべてが侵略戦争を毎日のようにやっている、となる。
 戦力を持たず、軍と言う組織も持たないから平和だった、とする、サヨクのお定まりの言い分。アホか。

 ようするに加藤は支那や南北朝鮮は永遠に悪くないのだ。悪かったのも、これからも悪いのは日本だけ。無茶苦茶な意見である。
 日本はアメリカの属国だった。だから支那や南北朝鮮は、日本を占領している米軍の軍事力が効いていて、日本を侵略できなかっただけのことである。

 9条はそのみっともない実態を隠蔽するために使われて来た。加藤陽子らサヨクは、そのお先棒を担いできたのである。
 日本人は目覚めて主体性を持つようになることを阻止したいのが、支那、南北朝鮮、アメリカらである。

 東大の教授がアホになるにはアホになるだけの理由がある。一つには受験勉強の絞り滓で、知識だけはたくさん詰め込んでいるが、論理能力や生き生きした感情、厚みのある品格などはごっそり抜け落ちている。

 それに東大を4年間、大学院を経て助手から教授へと、ずっとずっと赤門をくぐり続ける毎日。
 人間が発展する、あるいは歴史性を持つためには、場所移動が必要である。Chenge of the place,Chenge of the brein.
 東大に巣食って税金をちゅうちゅう吸いつづけて何十年、そうやっていれば哀れな東大教授にしかなれない。

 いい気になって東大の椅子に座り続けた報いである。
 偏僻に執するまでになった、哀れな研究者。

 何度も言うが、中共が文化大革命をやらかしている最中は絶賛し、終息して実は無辜の民が何千万人殺されただけだったと知ると、素知らぬ顔して、自分は礼賛なんかしていないと、しらばっくれる、そういう人間になったのは、東大での対立物の相互浸透による量質転化であった。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする