2015年09月10日

「ミリオンダラー・ベイビー」の要諦


 クリント・イーストウッドが監督し、主演した「ミリオンダラー・ベイビー」(原題 Million Dallar Baby)は、2005年の作品。「百万ドルの娘」とでも訳すか…。

 ボクシングジムを経営する孤独な老トレイナー、フランキー(クリント・イーストウッド)のもとに、ある日31歳のボクサー志望の娘、マギー(ヒラリー・スワンク)がやってくる。マギーはフランキーの指導を受けたいとジムに通ってくるが、フランキーは女はダメだと決めつけて相手にしない。

 押し掛けられて迷惑していたフランキーだが、マギーの練習に励む姿に根負けして、ボクシングを基本から教えるようになる。やがて実力をつけた彼女は、世界タイトル戦に出場することになるのだが…。
 前半は女性ボクサーが頑固者の師と師弟関係を描き、成功の階段を駆け上がる話。後半は一転してマギーの尊厳死を巡る話。
 
 ジムの雑役夫を名優モーガン・フリーマンが演じ、フランキーとマギーと3人がとてもいい味を出している。

 さて、私が注目したのは、フランキーがマギーの境涯を知り、その情熱に負けて、指導を引きうける場面であった。あとの話は、エンターテインメントで、どうでもいい。

 ただ、タイトル「ミリオンダラー・ベイビー」の意味は、ボクサーで百万ドル稼いだものという意味はむろんあるだろうが、マギーにとってはフランキーが百万ドルの価値ある師であり“父”であったし、フランキーにとってはマギーこそが百万ドルの“娘”になった、という物語であると思う。

 マギーは家族に恵まれず、極貧でトレーラーハウスから抜け出してウエイトレスをしながら、ボクサーを夢みている。年齢的に32歳にもなっていて、上達するのはもう困難である。
 フランキーも愛する娘に疎まれて孤独な老後を送っている。情熱を傾けて弟子を指導する気力がなくなっていた。

 そういうなかで2人の出会いがあり、それを元ボクサーの雑役夫(モーガン・フリーマン)がこっそり後押しする。
 マギーは話すチャンスをつかんで、フランキーにどうしてもコーチになって指導してくれと言う。必ずチャンピョンになるから、と。

 フランキーはマギーにこういう。
「俺とやる気なら…」
「がんばってみせるわ」
「それが間違っている。オレのやることに口をはさまず、何も質問するな。『なぜ?』と問わずに、『はい、フランキー』とだけ言え。そうしたら女ってことを忘れよう。ケガをしても泣いたりするな。泣き言は聞かん。それでなきゃ俺はひきうけない」

 これは、私が空手流派に入って、じかに師の指導を受けられる僥倖に恵まれたときを思い出させた。非常によく似ていた。私も出立するには遅い年齢だったので、マギーの気持ちはよくわかる。
 指導者と被指導者の関係は、要するにこういうものである。絶対服従。疑問を挟むな。これでなければ成功しない。栄冠は勝ち得ない。

 南ク継正先生は、ご著書の中で再三、三浦つとむ氏に私淑した経緯を書かれている。三浦さんの『弁証法はどういう科学か』を何冊もボロボロになるまで読み込み、誤字すらも信じて読んだと語られている。
 「修破離」でいうなら、実力が十分ついて「離」の段階になるまでは、フランキーが言ったように「なぜ?」と疑問をはさんではならず、指導に対しては「はい」とだけ言うしかないと。それを三浦さんの弁証法修得にあたって貫徹したのである。

 だが、たいていはそれができない。
 自信があるがゆえに、師とて間違うこともあるだろうとか、多少は個性を認めてくれていいはず…と、うぬぼれる。絶対服従に穴があく。それまででおしまい。
 素直のつもりなんだが、つい「なぜ?」と聞いてしまう。師を疑ったわけではないと言いつつも、これですべてが終わる。

 プロ野球ヤクルトの山田哲人はたしか去年くらいから、一躍頭角を現してスターになった選手である。
 YouTubeで彼の特集を見ていたら、高校時代の途中までは自信満々で野球をやっていたが、あるとき授業で「素直さが大事だ」と教わり、そこから野球に対する姿勢を入れ替え、指導者のいうことはなんでも素直に聞くことにしたそうだ。

 山田選手は高校からプロ入りして2〜3年は鳴かず飛ばずだったが、杉浦打撃コーチの指導を素直に受け入れて言う通りの練習をやったら、グングン伸びた。今年は三冠王も見えてきている。 
 ミーハーレベルのプロ野球ですら、こうである。

 南ク学派を知ってはいるが、非難する人は、要するに素直になれず、ついて来られなかった哀れな人間である。自分のほうが正しいと思ったら、根っきり葉っきりそれっきり。
 世の中には、大学教授が偉そうにもの申したり、新聞や雑誌が既成の著名人の原稿を載せるから、どうしたってそれらが正統に見えてしまう。

 南ク学派? そんなもの、メディアに出てないじゃないか、と蹴飛ばす。そうして「ミリオンダラー・ベイビー」になり損なう。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☔| Comment(9) | エッセイ | 更新情報をチェックする