2015年10月31日

東住吉事件20年後の真実?


 大阪市東住吉区で平成7年、死亡保険金目当てに自宅に火をつけ、小学6年の長女=当時(11)=を焼死させたとして、殺人などの罪でともに無期懲役が確定した母親の青木恵子元被告(51)と内縁の夫だった朴龍晧(ぼく・たつひろ)元被告(49)の再審請求即時抗告審で、大阪高裁(米山正明裁判長)は23日、「火災は放火ではなく、車のガソリン漏れからの自然発火である可能性が否定できない」として再審開始を認めた大阪地裁決定を支持、検察側の即時抗告を棄却する決定をした。
 また、両元被告について26日午後2時で刑の執行を停止するとした。
    (産経新聞WEB版 10月23日付)

     *    *    *

 1995年の事件から20年を経ての再審とは驚きである。何が驚きといって、弁護団の執念に、である。

 被疑者が朝鮮人だからと予断を持って判断してはなるまいが、この大阪高裁の判断は果たして正しいのか。
 この東住吉事件は自白以外の直接証拠がなく、自白の信用性が最大の争点であった。確定判決は「車のガソリンタンクからガソリン約7リットルを抜き、ライターで火をつけた」とする朴被告の自白をもとに有罪を認定していた。

 一方で弁護側は、放火ではなく、風呂場に隣接するシャッター付きの駐車場にあったクルマからガソリンが洩れて引火したとする説を訴えた。

 大阪高裁は決定理由で、漏れたガソリンが風呂釜の種火に引火した(弁護側のいう)自然発火説について、
(1)類似車両4台の実車見分で、いずれも給油口からのガソリン漏れが確認された。
(2)火災直後の実況見分写真では、給油キャップが斜めになり、完全にしまっていないと指摘。
 こうした即時抗告審での新証拠を踏まえ、「自然発火の具体的可能性があることは明らかだ」とした。

 疑わしきは被告に有利にだった、悲劇の夫婦が解放されたと毎日新聞は喜んでいる。サヨク新聞らしい論調だ。そうは言うものの、問題は貧しい夫婦が何故この少女に1500万円もの生命保険をかけていたかではないのか。しかも小学6年生の子供にだ。
 保険金が入る!と知れた段階で、保険会社も警察もシビアに介入する。

 少女は母親の連れ子である。母親と内縁の夫には約200万円の借金があった。そして母親は、事件後に保険金支払いの請求を行なっている。
 内縁の夫が内縁の妻の連れ子である長女に性的虐待を行なっていたのは事実で、これは内縁の夫も後に2006年の時点で公に認めているそうだ。そういう重大な事実は、マスゴミは何も言わない。これは加害者の人権だけが大事で、被害者の殺された少女の人権は無視ではないか。
 
 借金返済のための保険金詐取目的の殺人が強く疑われる。動機を忖度すれば、被疑者は真っ黒である。
 それに場所が大阪市東住吉区なのである。誰が聞いたって、「あそこじゃあねえ〜」と言う地域はあるだろう。
 保険会社も東住吉区の貧しい電気工のザイニチ夫婦に、よくも1500万円の保険契約をしたものだ。

 検察も火事の実験をしているそうだが、事件当時とまったく同じ場所(駐車場はほぼ密閉空間だそうだが)、外気の風量風向、湿気が同一で検証できたのかどうか。
 近くに止めてあったクルマからガソリンが漏れていたというだけでは、疑惑は払拭できまいに。

 ガソリンスタンドでは、ガソリン給油口はしっかり絞めるものであって、高裁がいうように「給油キャップが斜めになっていた」なんていい加減な仕事はまずは絶対しない。締め忘れて蓋がないまま走ってしまい後で気付いたという話は聞いたことがあるが、いい加減に絞めるとは考えにくい。
 ガソリンタンクの口から洩れていたなら、やはり誰かがわざと緩めたと考えるべきであろう。

 しかも弁護側が何度かやった実験では、自然発火を否定する結果が出たこともあったというではないか。
 火事が起きたのは、少女が入浴中だった。だから逃げ遅れたとされる。そんな都合がいい(?)瞬間に自然発火が起きたのか?

 昨今は、サヨクが人権をすぐに振りかざすから、それが正しいこともあれば、行き過ぎもあるのであって、司法を妙なことでビビらせてはなるまい。
 それに司法にはザイニチが入り込んでいる。南北朝鮮や支那からカネをもらって、ザイニチ被告に有利に判決をもっていく例があるそうだ。

 悪い奴が野に放たれれば、日本がじわじわと弱体化させられる。それを支那や南北朝鮮は狙う。
 ザイニチに汚染された司法が、真実が明らかにできるのだろうか。

 さらに疑わしきは、この事件の弁護を日本弁護士連合会が全面支援していることだ。被告がザイニチだからこそ、日弁連は全面支援を打ち出したのではないか。
 ここまで保険金殺人が濃厚な事案なら、弁護士側も20年間もの執念を見せはしまい。さっさと裁判官の情に訴える作戦にして、多少の減刑を求めるだけなのに。

 普通の日本人夫婦が同一の事件を起こしていたら、日弁連は乗り出さないし、いかな無実を訴えようとも、取り上げてくれるはずがない。弁護士だって商売なんだから、とうていカネにならないとわかっているなら、無給で働くわけにはいかない。正義や親切心がどうのの問題ではない。

 日弁連はこの保険金殺人濃厚な事案に、火災実験を何度も繰り返している。支援活動が実に20年だ。そこまでやるのにどれだけカネがかかる? 当然、そうとうのカネがかかっている。そのカネはどこから? むろん、保険金が下りなくて借金もそのままの被告からは出てこない。
 全国の強制加入させている弁護士から徴収している会費が潤沢にあるからだ。

 もしも無罪になって、めでたく保険金1500万円が下りれば、この20年間の弁護費用は被告夫婦に返してもらえるのか? そんな博打みたいなことはしないだろう。
 
 日弁連は「市民団体」とかの衣装をまとった狼である。反日活動の拠点だ。連合諸国(国連)の各種機関に出向いては、例えば日本にはひどい女性差別があるとか、朝鮮で従軍慰安婦を強制連行したのに日本人は謝罪もしていないとかの嘘を平気でついてきている。全国の弁護士を強制的に加入させて、その会費を好き勝手に反日活動に使うとは。

 そんな連中が、この東住吉保険金殺人事件を前向きに担当して、20年も無罪獲得のために執念を見せることは、なんらかのよこしまな反日の意図があるはずなのである。
 またそういう卑劣な日弁連が、先の安保法案で反対の先頭にたっていた。だからいかにあの反対運動がデタラメなものだったか、自明なはずであろうに。





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2015年10月30日

龍安寺石庭の謎を解く(5/5)


《5》
 本稿の最後に、この龍安寺石庭についての論考の“成果”が自分なりのレベルで出来た理由を書いてみたい。
 実は、京都に行って長年の尊敬する友人と行動を供にした。彼は京都生まれ京都育ちで、今も京都に住んでいる。

 午前中に鞍馬山に行って、山道を歩いて貴船神社へ抜けた。午後に龍安寺に行ったのである。その夜、居酒屋で一献傾けながら、龍安寺石庭について本稿の内容を簡略にしゃべった。

 龍安寺石庭の意味は謎だというが、謎じゃない簡単に解けるとしゃべりながら、自分で驚いたのだ。
 自分でなんでこんなことが話せるのだろうと。「なんだこの程度のことで大仰な」、と揶揄されるかもしれないが、これは自分のレベルとしては、の話である。

 言ってみれば草野球で、練習でも試合でも内野ゴロしか打ったことのないヘボバッターが、初めて外野にフライを打って自分で驚いたような感じであった。
 これは端的には険しい山道を手足を使い、脳を駆使して昇り降りしたから、普段やっていない運動を強いられたために脳細胞が瞬間的に活性化したおかげであろう。

 鞍馬から貴船への道は大変峻険な昇り降りだった。予定ではケーブルカーを利用して本殿近くまで行って、頂上付近を少し歩いてみる予定だったが、なんとケーブルカーが工事中で動いていなかった。

 しかたなく歩きだしたが、本殿までなんとか行けば、あとは貴船までは緩やかな下り坂だから楽ですよ、との友人の言を信じて、じゃあ全部コースを歩こうかとなった。約2時間かかった。

 山道も険しいが、山そのものが上から下を見ると絶壁といった感じで、道はつづら折りになっている。鞍馬山は岩盤で固く、杉の木が地下深くに根をはれないので、ぼこぼこと地上に根が出てくねっている。ために歩きにくいことおびただしい。
 登山靴を履かなければ歩けないほどではないけれど、還暦過ぎた肉体で、山登りの経験は最近とんとないのだから、最後はヨレヨレ。

 でも、私はケーブルカーが工事中でやっていないとわかったとき、「これは行くしかない」と決めた。たとえて言うなら、これは祖霊・義経が、『楽をしないで奥の院まで行ってこい、経験しろ』と言っているんだろうな、と前向きに考えたのである。
 鞍馬山はニ度目なのだが、今回、どうしても鞍馬に行きたかったのは、義経の体験をもう一度考えてみたかったからだ。牛若丸の気持ちを少しでも分かりたい、と。

 牛若丸がいた当時の鞍馬山にはたくさんの僧がいた。みんなけわしい山の中で苦労して生きていたわけだが、牛若丸だけが「源氏再興」の志を抱いたからこそ、素晴らしい頭脳を創れたのである。やがてチンギス・ハーンとなって世界史を変えた。
 本稿初回に、バレエの高みはクラシック音楽の高みを目指し、ともにあったからだと説いた。

 バレエはアンナ・パブロワが創り直すまでは卑猥な踊りだったのであって、いわば鞍馬寺で寝起きしていた当時の僧のレベルと同じことだ。パブロワはクラシック音楽の高みを目指し、義経は「源氏」を高みに置いて心身を鍛えたのだ。

 ただ山の道が嫌だなと思いながら歩くのと、志を抱いて歩くのでは、脳のできあがりが違う。それがささやかながら実感できた。偉大な源義経が睨んでいるぞと思いつつ。
 それで私なりの頭脳の活性化ができたところで、龍安寺の石庭を見たので、龍安寺の謎が(私なりの推測だが)解けたのである。ケーブルカーが動いていなかったおかげであるから、京都在住の彼にも感謝、感謝であった。

 山道はきつかったけれど、少しも嫌ではなかった。私も志を抱いて昇り降りしたからである。義経=チンギス・ハーンの謎を解きたいという志だ。義経の高みを目指すのなら、弱音は吐けない。
 義経もきっと俺は源氏の子だぞ、ただの僧侶見習いじゃない、との誇りがあったから、厳しい鞍馬時代を頑張れたにちがいない。
 
 さて、もう一度龍安寺の石庭の話に戻ると、「中世の華やぎ」とは何かを考えるに、それは平安時代の社会にはなかったもの、との視点が欠かせない。
 これは藤原氏の「一極支配」社会で動きのない時代から、源平の戦い、元寇、南北朝争乱、応仁の乱、さらには戦国時代へと到る、疾風怒濤の時代へと変わったのである。

 その戦乱の社会の、一方の成果が「中世の華やぎ」であった。
 本ブログでアレキサンダー大王の出現が、その戦乱が人間の認識の質を変えたとする論考を書いたが、日本でもこの源平争乱から戦国時代に到る社会のありようが、日本人の認識を大きく変えたのだ。
 本ブログ「アレキサンダーはかく語りき」を再録しよう。

     *    *    *

 人類史の英雄たちは、アレキサンダーもチンギス・ハーンも、ナポレオンも、戦争はやった。
 戦争はいったい人類に何をもたらしたのか、もう日本人は誰も考えようとはしない。人を殺すという現象だけしか見ない低能。
 彼ら英雄は、犠牲と引き換えに、あるいは犠牲にもかかわらず、人類に「主体性」という認識をもたらしたのではなかったか。

 戦争は、生死ギリギリのところに追い込まれる。誰だって死にたくない。自分だけ傷つかずに勝利だけ得られたらどんなにいいかと内心で思ったとしても、その思いを卑怯未練と断ち切って、武器を持って戦場に突撃しなければならない。

 よしんばそこに欲得があったにしても、よほどの認識の高揚、主体性がなければ戦えない。認識のシビアさが否応なく生まれてくる。それを史上、大規模にやった英雄たちが、人類の認識を新たなステージに上げたのに違いない。
 その創成しかつ発達した主体性ある認識で、人類は立派な国家を建設し、技術を発明発見させ、見事な藝術を創作できたのである。 
 人類は戦争をしたから、サルから人間になれたと言ってもいい。それが戦争の構造論である。

     *    *    *

 平安時代以降の源平戦から戦国まで、日本社会で天下人たちや武士たちは、生死ギリギリのところに追い込まれ、かつてやったことのない運動を激しくやり、認識をフル回転させていった。そのシビアさが、今日につながる輝ける日本社会を創ったのである。

 当時、そこに真摯に向き合った藝術が、五山文学の漢詩であり、和歌では京極派による『風雅和歌集』の完成であり、龍安寺石庭であり、光厳院がつくった常照皇寺であり、また能であり…、政治では北条氏の善政で農村の生産性が飛躍的に上がったことなどの「実果」が実ったのである。

 先の大東亜戦争も、サヨクによって悲惨な面や加害者責任ばかりが強調されるけれど、今日の工業の圧倒的隆盛は戦争のゆえにシビアな体験をした日本人が、その脳細胞を飛躍的に変えたからである。
 大東亜戦争は、司馬遼太郎がある日本軍の兵士の言として紹介していたが、まるで元亀・天正時代(信長のころ)の武器だけで戦ったようなものと評されるほどにみじめな工業力しかなかった。

 戦前日本が外貨を稼いでいたのは、ほとんど生糸だけの繊維産業だった。あとはブリキの玩具が少々。
 アメリカの女たちが絹の靴下をどうしても欲したから、日本は絹を売って、アメリカから軍事物資や自動車などを買えた。
 それがアメリカでナイロンが発明されるに及んで(1939年=昭和14年)、日本は切羽詰まったのだ。アメリカが禁輸したこともさることながら、鉄も石油もレアメタルも全部買うカネがなくなった。
 
 資源だけではない、資本財も中間財もアメリカからの輸入に頼っていた。それが戦後から現在の段階で大逆転し、世界中で日本の資本財、中間財なくしては工業が成り立たぬほどになった。
 アメリカに戦争に追い込まれたとはいえ、窮した日本はインドネシアの石油を奪いに行き、ヤクザを使って支那や東南アジアでアヘンを売り、金(ゴールド)の略奪に走ったのだった。

 アジア植民地の解放は、結果論であり、末端の兵士らの志である。先に支那事変は蒋介石とスターリンに嵌められたとしたためたが、それでも戦線を拡大していったのは日本の責任である。
 そんな情けない産業力しかなかった日本が、今や世界一と言っても良いほどの工業力を実現したのは、敗戦の悔しさとかもあったろうが、戦乱のおかげで脳細胞が鍛えられ、それを真摯に受け止めた人達がいたからである。

 一方で、ヒロヒトが戦争責任を逃げまくったせいで、せっかくの戦争でのシビアな認識が誕生できたのに、わざわざ主体性を喪失する道を選んでしまったから、奴隷根性、無責任体質の政治や文化となって現れている。
 ヒロヒトには責任があったのだ。彼が最低でも責任をとって皇位を退いていたら、日本人はきっと「天皇に見倣え」とばかりにシャキッとし、あの鎌倉・室町時代のような素晴らしい文化を創造していただろうに、無念である。

 早とちりのおバカさんのために言っておくと、私はだからといって戦争を賛美しているのではない。戦争にはこういう論理構造があると述べているだけのことである。
 ヘーゲルは、国家が戦争で負けてなくなってしまうことは、人類史にとっては必ずしも悪いことではない、と述べているそうだが、これこそが部分ではなく、全体で考えることである。

 だから、戦後には理系の分野では成功してきたが、文化系では惨憺たる現実に見舞われている。ノーベル賞文学賞は川端康成と大江健三郎だから、あんなものは日本の恥でしかない。ついでながら、川端の「眠れる美女」はポルノ小説であるし、死は薬物中毒のせいであった。大江は9条の会のメンバーでわかるようにアホだ。

 戦後は石庭を越えるような藝術も出現しても良かったはずなのに、処理を間違えたがために全部失敗に終わり、あまつさえ石庭の意味をわかる脳細胞を日本人はなくしてしまったのではあるまいか。

 南ク継正先生は、人類最高レベルの頭脳を獲得された方である。その方がなぜ誕生したかといえば、戦時中に多感な思春期や青春期を過ごし、学校では教師や先輩の鉄拳制裁が当たり前の厳しい生活を送り、大学以降は空手修行を実行されて、脳細胞を極限にまで鍛えあげたからである。

 私がほんのわずか鞍馬山を歩いた程度でも脳細胞が活性化したが、南ク先生は日常的にそうした運動を何十年と続けてこられている。だから、数々の学問の世界で世界的発見を続けておられる。
 それはちょうど日本の中世が源平争乱から戦国時代に到る厳しい社会で華やぎを獲得したように! 
 
 サヨク護憲派どもは、仮にこれから戦争がなかったとしてもいわば平安時代のような、のんべんだらりの社会を創るつもりか? 発展のなにもない、文化はギリシャのように過去の遺跡を外人に見せるだけで自慢している、馬鹿げた国になるのか? アメリカから支那の属国に鞍替えして、奴隷の平和を貪るつもりか。

 日本は戦争で多くの犠牲を払った。将来ある若者を多数失った。領土も失った。国は滅びた。にも関わらず、脳細胞は飛躍を遂げ、理系の分野でしかないが、世界を発展させ救う発明と技術革新を次々に生み出している。毎度いうが、だから戦争をしましょうというのではない。世界史はもっと巨大な運動なのだと知ることである。





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2015年10月29日

龍安寺石庭の謎を解く(4/5)


《4》
 さらに幸いなことに、京都旅行では次の日に宇治の平等院に行くことができた。平等院は平安時代のまっただなか、藤原氏の最盛期に建てられている。道長の別荘を息子の頼通が寺院に改修して創建したものだ。極楽浄土を現世にイメージしたと伝わる。つまりは貴族たちが死を恐れ、それを安心してお迎えが来てくれるよう願った施設である。

 貴族本人の死への恐怖もあったろうが、基本は国家にとって大事な貴族階級が死ねば、国家の大事に至るから、死者が無事に極楽浄土に行ってくれて、決して怨霊なんぞにならないようにとの配慮が、平等院建立の目的であったろう。

 一見、平等院は朱色に塗られ、黄金が飾られて華やぎがあるようだが、それは一部の貴族だけの世界で、時代としては暗い。
 貴族以外の平民はとんでもない苦しい世界に落とされていた。
 大量の賤民=被差別民がつくられ、山奥に押しこめられていた。

 それが平家、源氏、北条氏らの元は賤民と考えられる種族が台頭して、平安貴族の支配から自らを解放したのである。だからこその「中世の華やぎ」がこの時代に感じられるようになる。

 平安時代は仏教は個人の問題よりも貴族のため、国家のための奉仕が第一であった。それが当たり前の人々の認識だった。僧や武家の個人レベルの修行や心の安寧が許されていたわけではない。
 それが鎌倉時代から徐々に解禁されていく。だから中世の華やぎになっていく。
 そしてまた江戸時代になると仏教は、庶民を抑圧する側に戻っていくのであるが…。

 こうした時代(古代)を切り開いた先駆者が、源義経であったと思う。彼が志を把持しつつ、峻険な鞍馬山での運動で、平安時代の人間にはなかった隔絶した脳細胞の機能を手に入れたことで、平安時代のまだ続きであった平家の政権を打倒したのであり、時代の空気を激変させたのであった。
 
 その輝ける記憶は、今日まで地下水のように日本民族の魂として伝承されている。だからその民族的記憶ゆえに、今も義経をみんな大好きなのだ。彼こそ日本最大の英雄である。彼自身はまだ古代の人間であったろうが、古代社会を終わらせる先陣を切ったのである。

 古代社会を終わらせたから、鎌倉、室町になって個人の心のありようを真摯に問える仏教が隆盛を見せるようになっていく、それが禅の流行であったり、庶民レベルでは日蓮宗や浄土宗、浄土真宗などが登場してきたりする環境が整う。

 そうした心の自由自在が、中世の華やぎの本質となる。
 禅僧たちは、不立文字(ふりゅうもんじ)などと言いつつ、せっせと漢詩を詠んだ。漢詩が詠めると出世も早かったとか。いまだに鎌倉など五山の寺には整理しきれない漢詩が山のようにあるとか。
 不立文字とは、禅宗の教義を表す言葉で、悟りや教義の伝承は、文字や言葉によらずに、師から弟子へ体験によって伝えるものこそ真髄であるとする。

 だから当然に龍安寺石庭も言葉で意味・意義を伝承するものではなかったのだ。毎日毎日、白砂を掃除して庭を造り直すことの繰り返し自体に、その不立文字を捉えさせようとしたのであろう。
 したがって、龍安寺の石庭を、そのものとして眺めることはたいして意味もないことなのである。

 藝術の論理構造を説くならば、として以前、わが師の解くところを紹介したことがある。
 それはこうだった。
 普通は相手の書いた文章の、文章の像だけがある。音楽ならば、たいていは聴いた音楽で像ができる。たいていはこれで鑑賞したつもりである。
 しかし本当は、相手が書いた文章の、その後ろにある現実が見えなければいけない。音楽を聴いたらその音楽の向こう側の世界が見えることだ。

 作者がこんなものを見て小説を書いただろうとか、作曲しただろう、作詞しただろうという向こう側の世界を見て取るのである。
 これが本当の論理構造なのだ。
 論理構造には二重構造がある。対象の論理構造(実在)と、それを頭の中にいれた認識の論理構造とである。
 ほとんどの人は、この頭の中の論理構造で文章を書く。

 けれども、本来あるべきは、頭の中に反映したその実体(実態)の論理構造を書く(捉える)のだ。…というのである。
 これを龍安寺の枯山水にあてはめるとどうなるか。

 見えている石庭を、海みたいだなとか、飾りを極限まで省いた庭だなとか、ムーブメントがあるとかは、対象そのものを見て、それで感動しているレベルである。だが作者たる禅僧が何を見て、何を意図して作庭したのか、そして延々500年、同じものを日々造り続けたのは何を意図してかを見て取ること、観念的に二重化すること、それは至難の技である。

 それゆえ、例えば五山文学の境地とか、『風雅和歌集』とか、光厳天皇が隠居してつくった常照皇寺とかに共通するスピリットはなんなのかを探るのが一つの道である。観念的二重化の指針になる。
 わが高校時代の恩師はその共通するものを「中世の華やぎ」と捉えたのであった。

 相手が書いた文章の後ろにある現実、音楽を聴いたらその音楽の向こう側の世界を見てとる、その第一は禅そのものの理解なくしては不可能であり、また、その時代の特性を、飛鳥、平安と続いて来た日本社会やココロの過程的構造をも見てとって、やっと石庭の理解の端緒につけるのである。

 しかもやっかいなのは、当の禅僧たちはあろうことか、論理構造そのものを否定してかかるご仁たちなのである。それについては既に縷々述べてきた。対象の構造を解き明かすことで安心を得るのではなく、問題を問題としない己れを手にいれるために境地に没入しようというのだから、言葉は悪いが手のこんだ詐欺を見抜かなければならないようなものである。

 ここに、禅が、人の生きざまを説き、一大文化遺産となりながら、大きな欠陥を抱えこまざるを得なかった宿痾がある。
 不立文字(ふりゅうもんじ)などと格好をつけたことが間違いであったことである。

 不立文字とか以心伝心では、ある達人レベルで悟りの境地に達したとしても、あるいは「生死一如を極めた」としても、その人間だけの話になる。どこにも教育論・指導論がないままである。
 教育とは何かと言えば、わが流派の合宿等で説かれるのは「教育とは文化遺産の学びと、学び方を教えることである」と。

 文化遺産の自己化と、その習得法の二重構造が教育論の根幹である。だが、禅には譬え立派な生死一如を極めた高僧がいても、後進の者がそこに到る方法は教えてもらえない。その二重性がないから、禅家には「禅とは何か」が解けないテイタラクが続く。

 これは弁証法にも言えたことで、三浦つとむさんは、弁証法はどういう科学かは説いてくれたが、その修得法、学び方は説かなかった。そこまでを説き(解き)切ったのは南ク継正先生が世界初だった。
 五山文学にしろ、龍安寺石庭にしろ、ある認識の境地は表出し得たが、その高峰に昇る道(学び方)は、何もできなかった。

 ところで。
 藝術の話になったので、禅に関連して山水画と頂相(ちんぞう)についても述べておく。
 五山の詩は絵画的であるが、その理由のひとつは山水画の上に讃を書く。讃は詩だから、五山詩は山水画に書かれたものが多かったはずである。

 頂相(ちんぞう)とは、禅僧の肖像画である(あるいは彫刻)。高僧が弟子に印可を与えるときに自分の肖像画を下さる。肖像の上に「偈文(げぶん)」という漢詩の形を取った説法をしたため、これをいわば卒業証書とした。
 教科書にも出てくる源頼朝や平重盛の「似絵」は、この頂相の技法の流れである。頼朝と重盛の像は藤原隆信という下級公卿が描いたとされる。

 頂相は、対象の人物をそっくりそこに居るように描かねばならないが、ただ似顔絵を描くのではなく、その人の精神を絵に描くのである。技法は支那から入ってくるが、これで日本の肖像画のレベルが格段に上がった。頂相は禅が支那から入ってくるのと同時だった。

 禅寺では、開祖の肖像画や木像を安置して、そこに毎日一人前の食事をお供えする。生きておられるかのように。だからいつも開山が睨んでいる、見張っている、という感じになる。
 その緊張感があって、例えば石庭の掃除や手入れもあだや疎かにはできない認識になる。

 室町時代のこの頂相が、能面の誕生につながる。能面の精神性の高さは、こうした伝統に支えられている。




 

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2015年10月28日

龍安寺石庭の謎を解く(3/5)


《3》
 私は高校時代の恩師に「五山文学」の講義を受けた時に、これは中世の華やぎなんだよと教えていただいたことがあった。
 五山文学は、鎌倉期から室町の時代にかけて、鎌倉五山、京都五山で修行していた禅僧らが書き残した漢詩である。通俗的には禅の思想を説いている詩だと解説されている。

 「五山文学」の名前だけは教科書で見たとしても、中身はどんなものかを知る人は少ないだろう。知りたくとも、なにせ漢詩だから読み解くのが面倒で、古典なのに不人気で気の毒である。
 頓智話で有名な一休も、五山の僧の1人で、やはり漢詩をものしている。

 時代的には、五山文学も龍安寺の石庭もおおむね同じ時代に創られた作品である。特芳禅傑もおそらくは漢詩をものしていたであろう。そこに共通して、私は「中世の華やぎ」があると思えた。龍安寺の石庭にも「中世の華やぎ」がある、と。
 恩師・坂部裕郎先生はこう語っていた。

 「後に世阿弥の『花伝書』に顕われる『秘すれば花』という、中世の華であろう。中世の華の本質は、無常観に支えられた華やぎ、あるいは華やぎの無常観である」と。
 ではもう少し、恩師・坂部裕郎先生の説くところをご覧にかけよう。

     *    *    *

 五山文学は煩悩から超越した清浄界の文学である。
 中世の禅僧たちは多く八宗兼学的に仏教各派の教義を研究し、また、大陸に留学しては当時の元・明の仏教だけでなく、儒学をも兼習していて、広く大陸の精神文化として吸収して来た。

 中世に於いては、寺院が学府を兼ねていた事は、同じく中世ヨーロッパの教会と類似している。
 五山文学とは、広義には、不立文字とされる禅機にふれた作品も、禅境を述べた詩も、人事、花鳥、天然を諷詠したものもある。後者ほど文學性は高いが、俗人の漢詩文に比較して精神の高度であるのは、中世宗教家の作品だからであろう。

 禅境を述べた作品には、当然、日常性を否定した言語表現が用いられた。
  (中略)

 義堂周信(1324〜88)の『空華集』中の作品を見てみよう。(漢詩は略し、読み方のみ掲載)

  竹雀 (竹の雀を)

   太倉(たいそう)の粟(あわ)を 啄(ついば)まず
   主人の屋を 穿(うが)たず
   山林にて 生涯を有(たも)ちつつ
   暮れには宿(しゅく)す 一枝の竹に

 これは竹薮に遊ぶ雀を見ての作品である。草庵を囲む竹林に、俗を離れた禅僧の修行の連続の間の一時である。戒めを破らず、心の自由自在をかいまみせる作品と思われる。
 修行僧として、儒学伝承者として、また修行の中に精神の自由を見せる作品を残したのが、五山を中心とした禅僧たちであった。

 現在の仏教僧の生活を類推してはならないのである。
 五山文學が隆盛するのに平行して、『玉葉和歌集』『風雅和歌集』が伏見院、花園院、光厳院、光明院の各天皇により編集されたことも記憶すべきである。

 日本の漢詩文の歴史は、古代の大陸文化の流入にさかのぼり、支配者たちの公文書をはじめ、私的なものまで漢字が用いられた、漢詩文が男の表藝の一つであったことは江戸末期まで続く。
   (『古典の心』より)

     *    *    *

 簡略にして要を得た五山文学の解説であろう。
 五山文学を読んでみると、禅僧たちが「個人」になっていることが見てとれる。それ以前の平安時代の宗教は鎮護国家としての宗教である。天台宗、真言宗などはその典型である。

 平安期の『源氏物語』は紫式部の個人的小説ではない。あくまで藤原氏の権力維持のため、国家管理のために、政敵を残酷に葬ってきたために、それが悪霊として祟ることのないように、絵空事のなかで栄達させて怨霊を気分良くさせるためのものである。そうでなければ当時、超貴重な和紙を女に与えて物語等書かせるわけがない。
 いわば国家行事としての『源氏物語』の成立なのだ。

 ところが、鎌倉時代になってくると、仏教も個人としての信仰とか生きざまとかがテーマになってくるのである。平安時代のいわば藤原氏の「一党独裁」の安定した戦乱のない時代から、源平の争い以降、応仁の乱などへと続く戦が常態の時代に入って行き、個人にとって明日の生き死にが重大な関心になってくるのである。

 だから武士を中心にして禅が流行する。死を恐れない自分、死を越えた自分が意識されるようになるからである。
 それゆえに、五山の禅僧らは自分の気持ち、感情、考えを述べる。そのいわば個人の解放に、「中世の華やぎ」があるのである。

 別言すれば本稿初回に述べたように、「華やぎ」とは思想性であり、誇りであるとも言えようか。
 五山文学には、書いたら褒めてもらいたいという野心や見栄はない。
 禅の思想と言えば、本来の釈迦の教えに回帰させようとの意図があった。菩薩だの観音だの、加持祈祷に縋るのではなく、釈迦は自分以外を頼るなと言っている。自ら努力するだけ。それが本来的には釈迦直伝の教えであった。

 恩師・坂部先生は「心の自由自在」と述べている。そのとおりに、平安時代にはそうした心の自由自在はほとんどなかった。仏教とて、平安時代は個人的修行に没入できる環境ではなかった。鎮護国家のための仏教だったからだ。

 後述するが、私は今回の京都旅行の最初に鞍馬寺に赴いたのだが、鞍馬寺は義経の幼少期に預けられた寺ではあるが、平安時代のことなのだからあれは本質は鎮護国家の寺なのである。京の西北の鬼門に対する備えとして開山されたのであった。個人の修行のため、安寧を得るためではない。

 再三言うように、平安時代以降は義経の登場以後、日本は戦乱に巻き込まれていった。一言で言えば、武士の、あるいは野盗の跋扈する社会。禅はそのシビアな、戦闘での死を想定しながら、如何に生きるか、如何に死ぬかを彼らは直視するために、頼りにされた。
 頼りにするとは変な言い方になるが、自分自身の戦闘力や集団の武力以外に頼れるものを求めるのが、自然であろう。

 当時の武士たちは、戦闘そのものや死を、ただの野垂れ死ににしたくなかったのだ。そこに武人の精神性の高みが生まれた。貴族は宇治平等院に見るように、死というものを空想(妄想)でしかない極楽浄土を望んで、菩薩だの観音だのに縋った。先の『源氏物語』もそんな人間ばかり登場する。

 今からいえば醜態である。今日でもひたすら鉦や太鼓を連打して仏にすがる宗派があるが、みっともないことである。
 だが武人たちはそうはいかない。自分が人を殺していくのだから、極楽には行けそうもない。

 どうしたら心の安寧が得られるかは真剣、切実な課題なのだ。自分の行為を精神性の高みに置こうと考えたのである。
 その武人たちのレベルこそが、禅を高みに引き上げ、五山文学や、「風雅和歌集」や、枯山水や、能を生み、天皇ですらが光厳院に見られるように「責任」を取るまでに高まった。

 光厳院が創建した常照皇寺の“正気(せいき)”は、こうした社会を反映しているから、今日も人を圧倒する。「中世の華やぎ」がある。
 五山文学の担い手は、日本の精神界の開拓者だった。龍安寺の石庭はどうしても、そうした視点で捉えなければ、ただの砂利の庭になってしまう。

 五山文学は日本人がこの時期に人間に目覚めたことを示しているのである。
 仏教は堕落し、死んだら神様・仏様が救ってくださると、平安時代まっさかりの平等院当時の思想そのまま受け継いでいる信徒たちが今も多い。

 その意味では自分以外頼るなとの思想性を把持する五山文学に共鳴する人間、あるいは龍安寺石庭を理解する人間は今もすくないことになる。




 

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2015年10月27日

龍安寺石庭の謎を解く(2/5)


《2》
 さて、話は多少変わって、禅には「公案」がある。よく「禅問答」と称されて、普通なら理解不能な問答の、いわば定型的というか模範的というか…とされている。
 彼らに言わせると、公案とは禅の祖師達の具体的な行為・言動を例に取り挙げて、禅の精神を究明するための試験問題というか、日ごろの思索(?)のネタである。

 公案集に「無門関」、「碧巌録」などがある。 こんなものを読んだところで、一般人に禅がわかったり、悟りを開いたりすることなどあり得ない。一休の頓智話は、禅問答の庶民版のようなものである。

 ある友人から昔、面白い話を聞いた。うろ覚えだが…。
 禅の試験があった。高僧が若い者をどれだけ禅がわかっているかを試すのだ。それで、「目の前に機関車が突進してきた。これを止めてみせなさい」という質問だったかと思う。
 若い僧は、やおら高僧の前に立ち上がって、両手を広げて「わーっ!」と叫んだ。すると高僧は「よろしい、合格」と言った。

 その話を後輩が聞いてそれはいい手だと思い、自分が試験のときに、同様に機関車の質問がでたので、「わーっ!」と叫んだら、「ばかもの!」と怒鳴られたとか。真似はダメなのだ。
 最初の若い僧の逸話は、アホみたいな答えだが、自分で考えて即答したところが評価されたらしい。

 試みに、私が勝手に考えた「公案」を披露してみよう。禅家からそんなの違う、と言われそうだが…当たらずとも遠からずだと思う。
 「ここに、天から絹糸が1本下がっている。昇るためにはどうしたらいいか」とする問いがある。
 これに答えを出すのが禅の問答である。

 「そんなアホな。絹糸を摑んでは昇れまへんで、だいいちその前提がおかしいですやろ、天からどうやって糸が垂れてまんねん?」と、こういう現実的答えは禅では失格、意味がない。
 そもそも公案には「正解」はないのである。自分がどう捉えるか、自分がどう答えをだすかの人のココロだけが問題なのであり、あるいは問題を問題とするココロを否定するのである。

 で、禅の修行者は、この愚にもつかぬ「問題」を真剣に考えるのである。大仰にいえば四六時中、何年も。天から下がっている絹糸を昇るにはどうしたらいいか、と。
 むろん現実の具体的なやり方なんか、はじめからあるわけはない。
 それでも答えを出さなければいけない。いや、答えをだすかどうかも自分で決めるしかない。

 禅宗以外の宗教は、神や仏に答えを出していただき、それを信じるのだが、禅は本来は自分で問題を立てて自分で答えを出す流派である。
 
 南ク継正先生の『武道講義第一巻 武道と弁証法の理論T』(全集では第9巻)には、「悟りとは何か」とする論文が入っている。
 「禅とは何か、悟得とは何かと問われて、はっきりと解答を出せる禅師・禅学者はほとんどいない」とあるような禅の世界の住人たちのテイタラクであるが、南ク先生は見事一刀両断にその答えを解いておられる。引用する。

     *    *    *

 本来的に、禅は生きるという原点から生じる全ての問題を自らを主体と化して一気呵成に一刀両断する一大流派である。これが、問題の問題点を一つずつ解決していかんとする学的立場とは異なる分水嶺である。すなわち問題を対象から解かず、問題を問題とする己れを問題にし、問題を問題視する己れこそが問題が起きる問題点だと把握することにより、いかなる問題も問題にすることなしには主観的には問題になりえないという問題の構造を問題にして生きる問題を解決せんと欲したのである。

 (中略)
 端的には、前者が学問であり、後者が宗教である。
 認識論的にいえば、学問は自己と対象との矛盾が対象の解明によって、一つまた一つと解決し、それについての安らぎが生じることに着目した解決法といえようし、後者は、絶対者あるいは己れを信じることによって、つまり己れの常態を乱されざることが安心であることに着目しての解決法なのである。

 そして、学問でそれを主題として生き続けてきたものが哲学である、宗教で特に、ここに留意して発展してきたのが禅宗であったといえよう。

 日常語を用いていえば、アタマ(知識)が不安を起こす原因であるから、アタマを使ってその不安の元をつきとめて一つ一つと消していくのが哲学だったのである、アタマがいくら騒いでもココロさえ安定していれば、つまり周囲に煩わされなければ、何らの不安もないことを知ってココロの安定を図ってきたのが禅宗だったといえば分かりやすいであろう。

 これこそが、哲学と宗教が他に比して見事に人生を語れるゆえんである。

     *    *    *

 全文を引用したいがあまりに長くなるから端折らせてもらうが、禅に関心がある方は是非に読まれることである。
 ここに引用した部分で解いている、宗教がココロを直接に安堵させるレベルでの人生の役立ち方、禅で言うところの「平常心」は、あくまでも日常生活レベルでの論理であると、南ク先生は説かれる。

 だが「修行を重ねることによって得られる求道的な禅宗本来の平常心ではない。それはもっと質的変化を含んだ高い次元の困難に安らう心である。禅宗の人達にはこの点についても、大いなる曲解があるようである」と締めくくっておられる。
 そうだ、曲解があるから、彼らは平気で「日曜座禅教室」なんかを開催して、カネを稼いだりできるのである。

 龍安寺の枯山水とは、凡人がその庭をじっと1時間眺めているだけで何やら悟得を得られるようなレベルではなくて、本来的には「高い次元の困難に安らう心」に関わるものなのである、ということは、誰も思ってもみない。

 本来的には石庭が認識の高みで創られ、維持されてきたことが分からなければ、謎の解明の一歩にすら入れない。
 しかるに今や龍安寺は、高い拝観料を取るテーマパークのように成り変わっている。そこへ押すな押すなとやってくる観光客に、いくばくかの理解を期待するほうが間違っている。

 このように説いてくると、必ずや世間には「いや鈴木大拙はそうは言ってないぞ」とか「大森曹玄はこう言っている」とか知識をひけらかしてくる人がいる。
 そんな雑魚はどうでもいい。大事なのは、「人間とは何か」との一般論(本質論)を把持して解くことなのだから。

 南郷先生が、みごと禅の謎を解いておられるのは、人間とは何かが解けているからである。あるいは世界は物質において統一されているという唯物論から解くからだ。その全体から部分の認識や、禅を見るから解ける。禅家として著名な鈴木大拙や大森曹玄は興味を持った部分、つまり禅を禅から解こうとするから、結局解けない。

 龍安寺は臨済宗の修行の場であったのだから、室町時代にはその時代なりの問題解決のありようとして創建されたのである。
 ずっと500年間、娑婆っけを断ち世俗を排して、己れと向き合うだけ、あとは炊事洗濯、掃き掃除拭き掃除。そして愚にもつかない、石庭の白砂をならし、スジ目を入れる毎日である。

 石庭の白砂に模様を薄く描くことに世間的な価値観では意味はまったくないのである。だから観光客にわかるわけがない、「謎です」、となって当然なのだ。
 しかし、白砂にスジを入れて整えることがまったく愚にもつかぬ作業でありながら、そこに心を込め続けることの修行にだけ意味(?)がある。

 もしここにある修行僧がいて、こうした愚にもつかぬ作業を毎日やっているとする。石庭の白砂をならすのでなくても、毎日の掃除、洗濯などをこなしているとして、そのときの認識が立派かどうかが運命の分かれ目になる。名僧になれるか、愚僧で終わるか。
 愚にもつかぬ行動は、続けることはむずかしい。これがもし、あることをやれば佳人が結婚してくれるとか、大金持ちになれるとか、目的がわかっているなら頑張りようもある。

 だが石庭の白砂を掃除してならして何になる? 今なら観光客に見せて拝観料がもらえるとかだろうが、昔はまさに愚にもつかぬ作業である。誰が見て褒めてくれるわけではなかった。
 その場合に、嫌々やるとか、適当でいいやと思いながらやると、その感情で自分を創ってしまうことになる。

 ここがおそらくは修行の根幹である。愚にもつかぬ行動だからこそ、立派な感情を創るにふさわしいのだ。これは否定の否定である。
 弁証法を知らなくても、龍安寺の往時の僧らはこれを見抜いたのだから、すごいことだった。
 自分の感情でものごとを為そうとしてはダメで、禅の感情なり、その寺の開山の感情にならないといけない。

 再三本ブログで説いてきたが、人様のブログに蠅のごときにやってきて、誹謗中傷、揶揄嘲弄を投稿しては悦に入って、自分が優位になったつもりでいる者どもは、人を嘲らずにはいられない感情を創っているのである。
 それでもいい、俺は正しいんだからと主張したいであろう。
 そこが運命の岐路である。よしんばそこで正しいと自分で思えても、積み重なれば、変えようにも変えられない感情ができあがってしまう。

 禅の修行は何十年もかかるとされる。観光客が「体験教室」とか称して、胡座をかいて目をつむっていれば何か悟りが得られるものではない。坊主がときどき肩を棒で叩いてくれても、痛いだけ。
 あんなもので講習料なんかを取る寺が堕落している。あれで何か「さわやかな気分」になれるというのも、イカサマである。

 お手軽コースで何か体験できると錯覚する向きが、いくら石庭を眺めても謎は解けない。
 禅とは何かを知りたければ、南ク継正先生が解いた「悟りとは」の論文を、熟読すれば良い。

 「アタマがいくら騒いでもココロさえ安定していれば、つまり周囲に煩わされなければ、何らの不安もないことを知ってココロの安定を図ってきたのが禅宗」であるから、私が試みに出した「天から下がった絹糸を昇るには?」についても、それを問題にしないことが正解になるのであろう。

 たとえば、「絹糸を信じることです」も一つの答えである。糸を伝って空に昇れるかどうかにココロを悩ませる自分を問題にしないことなのだから。
 あるいは心の底から呵々大笑してみせるのも、答えかもしれない。

 そうしたココロの安寧とは何かを、室町時代の禅僧は、一つの答えとして、あるいは修行法として、枯山水の庭の作庭と掃除し続けることを発見したのであろう。白砂をきれいに仕上げることは、見学者を感嘆させるかもしれないし、「これは海のミニチュアか?」と思わせるかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 そうした現世的意味を否定するために、石庭があり、維持する意味がある。その「否定の否定」でココロの安寧を得ようとした。
 先にも述べたが、毎日、白砂を掃除して、真っ平らにならして、スジをつけるなんてことは、実に愚にもつかぬ行為なのである。愚にもつかぬということを何千日も何万日も黙々と続けることのなかに、ついに意味を見出さない、見出さないことに最後の答えがある。

 意味があるかどうかは、自分のココロが決めることなのだから、そうした現世的欲求をなくすためには、まさに愚にもつかぬことをやり続けることでついに悟るしかない。
 欲の塊であり、煩悩の鬼である己れを棄てるには、愚にもつかぬ営為を黙々と、しかも喜んで続けるのだ。いや、喜んで、ですらないであろう。喜怒哀楽を脱却することが狙いなのだから。

 「乞食にキリッとした顔の者はいない」と、われら流派では説かれることがある。しっかりした顔では乞食になろうとしてもなれはしない。龍安寺の枯山水が、キリッとした庭になっていることは、逆に、いかに創建した僧たちの意識が高かったか、なのである。
 そこが華やぎに通じ、「美」に通じる。

 白砂の庭を美しく見せようとしたのではなくて、その欲を棄てきったところに現れる「美」を、私たちは500年の時を経て、発見しているのである。だから最初に述べたように、創建者の禅僧が、今に生き返って庭を見たら、驚嘆するはずなのである。

 彼・特芳禅傑(どくほうぜんけつ)は、第一の否定をしようとしただけのはずであって、今日の第二の否定をなした、「否定の否定」の姿を想定していなかったのだから、驚きを持って眺めるはずなのだ。そこには500年前とそっくり同じ枯山水がある。にも関わらず、それが見事に藝術の域に達しているからだ。




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2015年10月26日

龍安寺石庭の謎を解く(1/5)


《1》
 先日、京都へ旅行していくつか寺社仏閣を巡った。龍安寺は中学の修学旅行で連れていかれて以来だから、ほとんど初見同然だった。紅葉にはまだ少し早く、その分観光客は少ないようだが、それでも大変な人出。支那人があまり来ていなくて(良かった!)、むしろ欧米人が多い印象だった。
 欧米人のほうが、「禅寺」への関心があるからだろう。

 さて、その龍安寺が入場者にくれるリーフレットには、石庭についてこんな説明書きがある。
 「この石庭は、東西25メートル、南北10メートルの空間に白砂を敷き詰め、15個の石を配したものです。極端なまでに象徴化されたこの石庭の意味は謎に包まれており、見る人の自由な解釈に委ねられています。
 室町末期(1500年ごろ)、特芳禅傑などの優れた禅僧によって作庭されたと伝えられています。」


 これでみんな納得させられているようだ。納得できないけれど、しょうがない。禅とはそもそもそんなものらしい…と。
 特芳禅傑(どくほうぜんけつ)を「優れた」と形容しているが、こういう根拠も示さずあたかも客観的評価であるような物言いは、媚中副島隆彦式と言って、よろしくない。

 石庭の意味を、この庭は海を表現している、白砂はおだやかな海、石は島だ、と言う向きもある。私はそんなことは関係ないと思う。
 たしかに創作者の解説書が残っていないのだから、「見る人の自由な解釈に委ねられている」ことになる。

 しかし、人間はそもそも目的意識的存在である。なにか行動するとか、創るとか、表現するとかするときに、何も考えずにやることはあり得ない。はじめから「見る人の解釈に委ねる」ために創るのではない。室町時代の禅僧は、何かの目的意識があって創ったのだが、それが後代においてはわからなくなっただけのことなのである。

 認識が行動を決定する。これに例外はない。自閉症と言えども、2歳児は2歳児なりに認識が外界の反映を拒絶する決定をしたのである。
 「見る人に解釈を委ねる」目的で創作した藝術があるじゃないかと言われるかもしれないが、それすらも「解釈を任せるという目的意識」がある。私が言っているのは、何も考えなくて何かを創ることは絶対にない、ということである。

 龍安寺石庭は、写真や動画で誰もが知っているが、やはり写真でわかったつもりになるのと直に本物を見るのとでは大違いである。
 縁側に座って目の前の白砂を見ていると、ただの石ころが何か人の温もりが感じられる気がしてくる。はじめに創った室町時代の禅僧から、以来、この寺で毎日毎日、白砂を掃除して白砂にスジをつける行為をしてきた人間の思いがそこには詰まっているからである。

 それが見てとれただけでも、龍安寺を見に行ってよかった。直に見たから石庭の謎が解けた。
 もしも創建した当時の禅僧が現代に生き返って、今の枯山水の庭を見たとしたら、彼は仰天するだろう。500年の時がどんな「実果」を生んでいるか、きっと想像もできなかっただろうから。

 そこにあるのは、弁証法で言えば「量質転化」の実際である。500年引き継がれて来た白砂を毎日創りなおす行為。500年前とまったく同じ景色、石、砂(砂は入れ替えたりしているだろうが)なのに「違う!」と、その生き返った禅僧が見たならば、感じ取って仰天するに違いないのである。

 ここにある日本料理の割烹があるとして、そこの主は50年もの修行をしてきた名人であって、料理を食べた人は必ず絶賛する腕だ。で、その割烹で育った弟子が修行3年でも5年でもいいが、それなりに主と同じ形で料理が創れる実力があるとして、魚や野菜も調味料もみんな主と同じ素材で料理を創ったとしたら、その弟子は主と同じ最高の味を出せるだろうか?

 そのように考えてほしい。50年の修業を積んだ主と、わずか5年の弟子では、その量質転化化の重みが全然違うのである。
 必ずそうなる。
 それが龍安寺石庭でも(量質転化が)「ある」と見てとれない人は、「謎」は謎のままなのである。
 ただ日本人なら、文化を肌で知っているから(量質転化しているから)、そうした理屈めいたことには気付かなくても、「なんとなく素晴らしい!」と感じることができよう。

 石庭の岩の配置は、美術で言う「ムーブメント」つまり流動感、躍動感が備わっている。大きさを微妙に変え、岩を置く位置をたくみに取りして、見る者が目をうまく動かすためにそうしたムーブメントは生まれる。

 そのうえ、周知のように、バックの土塀は正面から見て右へいくほどに幅が狭く造ってあって、遠近感を出すような仕掛けにもなっている。
 そういう工夫が、室町時代の昔から考えられていたことに驚く。彼ら僧は美術学校で学んだわけでもないのに。

 そういった現代美術的知識で見ても、インタレストを感じる庭であるけれど、文化風土が違う欧米人がなんぼ石庭に目をこらしたところで、これは見て取れまいし、ましてガサツの極みの支那人には絶対に無理である。
 今回、私が縁側に座って石庭を見ていると、隣りに白人の年配の婦人が座ったが、1分ほどで立ち去った。

 日本人なら何十分でも眺めていて飽きないのに、外人ではなぜそんなに長い間座って見ていられるかわかるまい。たぶん「砂で表現した海原なのか…」と思って、わかったつもりになるほかあるまい。
 別に外人をバカにしているのではなくて、石庭の意味がわかるかどうかは、国の文化風土の量質転化があると言いたいだけである。

 「藝術とは、自らの世界観、人生観を研鑽して、把持して、対象を描いて、心象風景として鑑賞に耐え得るレベルで外化したもの」とわが流派では教えてもらえる。
 しかも「鑑賞に耐える」には二重構造があって、作品そのもののレベルの高さだけでなく、鑑賞者のココロのレベルの高さが要求されるのである。

 ド素人を感動させるのは藝術ではなく、鑑賞し得るレベルのココロを持っている人でなければ感動できない、そういう高度な世界の営為なのである。端的には、自分を文化人として研鑽してきていない人には、どんな素晴らしい藝術作品を鑑賞しても、わかりはしないのである。
 石庭の鑑賞にもそれが当てはまる。

 龍安寺のリーフレットに「石庭の意味は謎に包まれている」との文言があると紹介したところから本稿を始めた。一般の観光で来た人たちにとって「謎」なのは、禅の不可思議性があるわけだが、鑑賞者のレベルの問題との二重構造なのである。

 一般の人たちは子供の頃から、学校教育で個性大事でチヤホヤされ、その学びも楽しいありかたが主流になっている。テストで間違ったからとて教師にビンタを喰らうことはない。廊下に立たされることもない。子供が興味を持ってくれる工夫に満ち、楽しい授業にドップリ漬かるから、登校拒否の子ができる。「耐える」「辛抱する」脳細胞が育たない。

 そういう教育環境で育った日本人に、「耐える・辛抱する」の際たる厳しい修行であった龍安寺の坊主の、日常も思想性も理解及ばざる世界なのである。
 龍安寺に限らず、本来的には寺の修行僧は日の出前には起床して、朝の清浄な空気のなかで修行をはじめる。
 今のたいていの若者は、深夜まで起きて勉強して遊んで、脳が疲れ果てたなかでグズグズになっているのだから、とうてい修行僧のレベルに達し得ない。

 龍安寺が創建された時代、仏教は今日のように堕落していなかった。人生そのもの、あるいは人の生き死に関して、仏教ほどの優位性をもって道を説いた観念はなかったのである。
 それが仏教の思想性の高み、誇りであった。
 そうした思想性や誇り、志が、龍安寺を創らせ、石庭を創らせ維持させたのである。

 われわれの空手では、空手は放っておけば殺し合いの術でしかないものであるが、日本文化の高峰に昇れたのは技を思想性高く、誇り高く創りかつ学んできたからである。
 バレエがレベル高くあるのは、思想性の高みゆえである。ジャズダンスではバレエのような思想性は獲得できない。バレエの思想性の高みは、クラシック音楽だからである。それも歴史に残る名曲に合わせての舞踏だから、相互浸透して高みを誇れる。

 ちなみに日本舞踊は、思想性や誇りでバレエに遠く及ばない。日本舞踊は認識の表出としてどんなに見事であっても、誇り高きにはならない。
 内輪の話だが、われわれの空手の新年会の酒席で、日舞を披露した方がいた。ご本人は良かれと思ってのことだったろうが、世界に冠たるを誇るわれわれ組織としては、はなはだふさわしくない行為であった。

 能は、世阿弥以降江戸期までは、思想性の高みはなかった。それが藝術とまで言える高みに到ったのは、明治時代になって梅若実が再創造したからであり、完成の域に達したのは昭和時代のことである。謡を思想性高く捉え返したからだった。

 バレエが、昔は卑猥なダンスであったものを、アンナ・パブロワやマイヤ・プリセツカヤらが、高みに引き上げたのと似ている。

 龍安寺の石庭の高みは、当時の最高レベルの文化だった仏教の思想性の高みがあったからである。
 むろん、現在では京都の仏教はその面影は無く、なんと祗園や宮川町の花街の客で最も多いのは坊主なのである。拝観料で稼いだカネで舞妓を呼んで豪遊している、だからもう、石庭の意味は彼らにはわからなくなったのだ。

 往時の特芳禅傑が「優れていた」と言うからには、これだけの根拠を説かねば、容易く言ってはならないのである。
 
 





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2015年10月24日

文化遺産はぶつ切りで学ぶな(3/3)


《4》
 話を戻せば、子供のころから何事も部分を切り取って部分として覚える頭脳にすると、全体に興味・関心を持てない人間になってしまう。全体を見てそこから部分をさぐるような思考は、辛くてできなくなる。

 いわば全体を知る術である弁証法は、受け入れられない考え方にされる。そんなもん知るか! なくたってやっていけるぞ、と。
 それはそうだ、ほとんどの人が部分の集合が全体だと思い、部分を極めるとか、関心を持てばそれが個性で結構な話、となっているから、弁証法はどうでもいい風潮になる。

 卑近な例でいえば、女性はハイヒールを履き、先の尖った靴を好む。それだと足が長く細く見えてカッコいいと思うらしいが、これなどが典型的な部分重視思考なのである。よしんば足はカッコ良くなったとしても、人体の健康という全体から捉えれば、外反母趾になったり、捻挫をしやすくなったりとか、骨格が歪むとか、さまざまな障碍が、つまり全体を無視したツケとして払わされる。

 それがわかりたくないから、足の体形にあわせた靴は履きたくなくなる。いくらそれはダメだよと忠告しても、女性は絶対に聞き入れないでしょ。こういう頭脳になるのである。
 社会全体から、人類全体から、教育のありよう全体から考えることをしない子供に育ち、好き嫌いが激しくなり、個性があまりに早く創られてしまう。

 だから学校で気に食わない、嫌いな同級生を過剰にイジメるようになる。イジメずにはいられない頭脳に創られてしまったからだ。
 安保法案反対をわめいた連中は、安倍首相を苛める、罵倒することだけが快感になっていた。

 韓国の場合、反日教育のせいではあるが、かの国も受験競争が熾烈だと聞く。日本と同じ全体から切り離した知識ばかりを暗記させられ、世界全体を視野におさめる思考は無視され、反日という部分的思考が最良とされるなかで、いよいよ個性化し、好き嫌いが激しくなっていったからである。

 支那人も、よく言われるように徹底した個人主義で、社会のこと、国家のことを考えない人間に育っている。共産党幹部で腐敗していない輩は皆無とされる。みんな自分さえ出世できればいい、他人のことなんかどうでもいい、金持ちになれればいい、となっている。
 これも典型的な、全体を考えずに部分だけに関心を寄せる認識のありようである。

 日本のサヨク護憲派は、それだけに国会前の抗議集会でもザイニチ韓国人や支那人と相性が良かった。同類だから、朱に交われば…になる。
 彼らはそれに世界全体のありようや流れを考えたくなくて、ただアメリカに戦争に引き込まれるぞ、とか、ユダヤの陰謀が日本を破滅させるとか、自分が興味を持ったところだけで騒ぎ立てて、国家とは何か、安全保障とはどうあるべきかなどは考えもしなくなっていった。

 違憲かどうかだけに関心が向いたまんま。
 その根幹は、子供のころから創られてしまった頭脳の働き、病膏肓になった思考回路の成れの果ての迷走であった。

 これを天寿堂の稲村さんはHPで「迷走の原因は一般論の欠如」として「神戸だいすき」さんらをたしなめている。
 稲村さんは「一般論がないためにせっかくの弁証法的な思考も体系性を欠如して、迷走を助長するまでになってしまっているのです。では、その欠如している一般論とは何かといえば、人間とは何か、人間の社会とは何か、国家とは何か、そして人間にとって自由とは何か等々です」と説かれている。

 私が今回、全体が分かっていないとサヨク人権派を批判していることを稲村氏は「一般論の欠如」と言っている。それにおおむね同感ではあるが、彼が説いていないことが、そもそもサヨクのご仁らは子供のころから全体から切り取った部分に興味を抱くことしか学習してこなかったから、稲村さんが説くところの「一般論の欠如」が何を言っているかわからない頭脳になってしまった、その過程的構造なのである。

 彼らサヨク護憲派にいくら一般論が欠如してはダメだと説いても、わかる能力がない。いまさら手遅れである。
 だから彼らは全体から説いてくれる弁証法や認識論、それに南ク学派が大嫌いにならざるを得ないのだ。

 稲村さんは、他人のブログやHPに蠅のようにやってきて、誹謗中傷、揶揄嘲弄することを喜びにしている連中に、寛容に丁寧に答えているが(私は読まない)、その善意は結構だが、「神戸だいすき」さんらの頭脳形成の過程的構造を突かないから、そういう親切(甘やかし)ができるのである。

 賽の河原で石ころをいくら積んでも、鬼が来て崩していくようなものである。

 今しか見ていない。一般論さえ彼らサヨク護憲派がわかってくれれば…と思うのだろうが、それは無理だ。
 彼らは頭脳の働きが一般論や全体を見ることができないように量質転化させてしまっているからである。しかも蠅と化した知識秀才的連中が集って、互いに「そうだ、そうだ」と盛り上がっていれば、自分たちの欠点、宿痾を反省するチャンスは永遠にこない。

 それに加えて再三述べて来たが、サヨク護憲派は、あれは宗教である。「9条信仰」だ。戦争は嫌です、と憲法に書いておけば、どこの国も侵略してこない、とはまさに現実を見たくない宗教なのだ。こんな宗教が存在し得るのは、世界中で日本だけ。

 彼らは9条を盲信している。現実は全体があって、部分がある、部分として捉えられるものなのに、自分は自分が興味を抱いた部分だけがまともで、正しくて、そうなっているのが当たり前と思い込んでいる。だから9条にこだわると、そこから抜け出せない。広い視野が持てない。

 なぜそうなるかは、一つには彼らは自分のやっていることに自信をなくしているか、過去に大きく自信をなくしたことがあるか、今なくしかけているか、であろう。
 サヨク護憲派や、9条は断固死守とする宗教を持つ人たちは、本当はそういう自信をなくしているのではないかと私は疑っている。

 自分はこんなに秀才なのに、東大に行けなかった、とか、一流大学を出たのになんで異性に好かれないのかとか、結婚に失敗したとか、学校時代にはいつも褒められたのに会社に入ったら嫌われ、無能扱いされているとか、勉強ができるから教員になったのに、生徒や学生が信頼してくれないとか…。

 そういう人間がサヨクになっていく。「失われた時を求めて」…なんちゃって。
 失われた時、とは、すなわち子供のころに、全体から切り取った部分を個性に任せて学ぶありようを習得してきたその時間なのである。

 それに加えて、天寿堂稲村さんは自分で問題を立てて、自分で答えを出そうとしている。サヨクどもはそういう脳の働きが(全体から考えることを棄てたために)できなくなっているから、妬みがふつふつと湧いて来ざるを得ない。だから部分的知識的フィールドに相手を引きずり込みたいので、揚げ足取りに精を出し、イチャモンをふっかけている。

 彼らのお粗末な認識の「来し方」を説いたけれど、「行く末」もかなり深刻である。もう引き返せない。類は友を呼ぶ、でもって、相互浸透して行くからますますアタマがボロになってゆく。
 何を見ても聞いても、部分で理解するしかできないアタマになっていく。対象の構造を弁証法で統括することはいよいよ理解不能になっていく。

 全体的思考を蔑ろにしてきたご仁が老後を迎えると、「振り込め詐欺」に簡単に騙される。なにせ、自分の身の回りのこと、家族とかお金の管理とかが、ブツ切れでアタマに入っているから、詐欺に息子を名乗られ、どうしてもカネを振り込んでくれと言われると、その部分しかアタマが回らないために、信じてしまう。

 社会全体をわかっているなら、世の中には詐欺が横行していると考え、そうした社会全体の認識で判断を下すことができるのに、個性的に生きたがために、もうそんなアタマの働きができないほどに量質転化しきっているのだ。

 他人のブログを荒らして、揚げ足取りしたり、揶揄したりしていれば、その末路は、詐欺に騙されても気付かない哀れな頭脳となっていくのである。それがひとつの「行く末」であろう。




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2015年10月23日

文化遺産はぶつ切りで学ぶな(2/3)


《3》
 教育とは人類の文化遺産の修得である。赤ちゃんは生まれたときから親の教育が始まる。人間は母乳を飲むことすら教育しなければ人間になれない。
 家庭では、文化遺産をまるごと教えていく。
 
 ところが幼稚園では様子がちがう。子供は行儀、食事の仕方、お遊戯、英語、足し算と、大事と思うものから教育を始める。すべてがわかるようにはやらない。必ず世界を切り取って学ばせはじめる。小学校以降も同じようなものだ。

 まだしも小学校は、担任の教師が1人で、学科だけでなく給食や運動や遊びといった、文化遺産の習得をまるごとに近く教えるから形としては悪くない。
 しかし中学、高校に進むに連れて、いよいよ文化遺産の習得は、ぶつ切りにされ、分化され、細部に至り…となっていくではないか。
 しかも、知識を詰め込むばかり。研究と言っても、知識を増やすばかり。

 ちなみに、わが流派では中学校か高校の教師が空手に入門してくると、学校ではまず全体を教えろと説いてもらえる。歴史であれば、最初の1時限目で、古代から現代までをざっと説く。それで、また1学期の間に古代から現代までを授業する、といったぐあいに歴史全体を繰り返して理解させることが肝心だ、と。

 その方式を真似て、私は会社で仕事をしているときに、外注、つまりある部分を社外の人に依頼するときに、必ずこの仕事の全体はどうなのかを話し、そのうえで、あなたにはこの部分をお願いしたいと説明した。これは喜ばれた。あなたのように分からせてくれる人はほかにいない、やる気も出ると。

 かように、われわれのアタマは、切り取って学ぶようにされる。本来はまるごと学んだ方が良いのはわかるであろう。
 家庭で丸ごと教えるように、同様にまるごと教える保育園のほうが幼稚園より良いのである。

 今の幼稚園は小学校の予備校と化している。小学校に上がって遅れてはならじ、算数なら掛け算割り算くらいは入学時にできていないと落ちこぼれてしまう。だって、みんながそうなんだもの、と。
 よって、幼稚園ではある部分をぶった切ったなにがしかを覚えて小学校に入学する。

 そこで私たちの脳細胞は大きくつまずき、歪むのだ。たしかに小学1年生のはじめに全員がもう、平仮名は知っているし、足し算引き算はお手の物、教師が何をやっていいか困るほどになっている。こまっしゃくれた子として入学してくる。これは果たしていいことなのか。

 そしてずっと、そういう学習=教育が終始一貫大学を卒業するまで続く。脳の働きが、いわば細切れで知識化するように出来上がっている。端的にはテレビのクイズ番組みたいに、物知り屋さんが勝つ、みたいな世界になっている。クイズ番組は、1つの問題と次の問題は、なんのつながりもない。バラバラ。

 そこにはいささかも体系性はなく、全体がわかっているとは言えない。まして、きょうびは個性が大事、の大合唱である。
 アホな宮ア駿がアニメ『耳をすませば』で、中学生のときから自分の個性だけを大事にすればいい、みたいな扇動をやらかすから、いよいよ世界全体をまるごと学ぶなどは縁遠くなる。

 そしてまた、あの安保法案にむやみに反対したサヨク護憲派どもに話を移す。彼らは国家とは何かを原初から(猿から)辿って、学問的に考究することをしない(できない)。で、自らが興味があるところ、戦争に行かなければならなくなるのかとか、アメリカが日本を引きずり込むのではないかとか、違憲なのではないかとか、そうした政治の、あるいは国家の部分的関心だけで騒ぎたてたのである。

 まるで、小学校1年生が入学した時にすでになんでも部分部分で知っているようなものだ。文化遺産まるごとを学んでいない。もっとも安倍内閣の提出した集団的自衛権容認の法案群も、そもそもポジティブリストだから、国家まるごとを考えていない点では、サヨクといい勝負である。

 紛争地から邦人を救出できる法に整備って…、それは安全保障のごく一部じゃないか。
 なのに、それすら猛反対するのは、政府もサヨクもどっちもどっちであるが、サヨク人権派の関心の狭いことは悲惨である。

 だからサヨク人権派の国会前に不法にたむろしていた連中は、いわば学校の成績がアホだったという連中の様子ではなかった。こんな教養があるはずの者がなんで? というくらいであった。
 多くの参加者が、学生時代に安保闘争を経験した世代が、定年で閑になったから来ているといった風情。

 それはすなわち、彼らが学校時代から、見事に歪んだ教育で、知識、それも細切れの、分化したものばかりを習得することが学びだと勘違いした成れの果てである証左であった。秀才だから、サヨクに同調してしまう。

 このように説くと、きっとお前は全体主義=軍国主義か! みたいなイチャモンをつけたがる信じられない愚かものがいる。私の主題を良く読めと言っておきたい。

 本ブログでゲバラを取り上げたときに述べたが、サヨクは、地主階級はけしからん、大資本家は倒さなければいけない、貧乏は悪だ、といった感情、すなわち道徳でだけでもって、あの世界という円に矢を突き刺そうとしたのである。だから革命成ったあとにみんな失敗した。
 それは共産主義者が、社会全体をまるごと捉えることに失敗したから、もっと言えば、教祖のマルクス自身が社会を抜かした理屈をこね上げたからだ。

 たまたまNHK朝ドラ「朝がきた」で、徳川幕府が倒れて新政府が出来、関西の商人が二条城に集められて、それぞれの商家に百万両のカネを醵金しろと命じられて、主人公あさの商家も腰を抜かす場面があった。
 かように、明治維新の“革命”も、薩長勢力には幕府を倒すことしか考えてなくて、あとの国家運営をどうしていいか、財政をどうしていいかがわからなかったのである。

 マルクスはユダヤ人だったから、ユダヤが作った共産党に「理論」を与えようとした。彼はロスチャイルドから資金をもらって『資本論』書いて、労働者を善、資本家を悪に仕立てた。ユダヤの本丸である金融には解明のメスをあえて入れなかったのである。ロスチャイルドが共産党の闘争方針から金融を外させたのである。

 つまりマルクスは歴史全体も、国家全体も、経済全体も解明しなかった。全体の部分だけ、経済のなかの資本だけ。で、一見道徳的な思想を提唱しただけであった。

 ちなみに、日本で共産党を創ったのは、実は後藤新平である。後藤は台湾総督府民政官、満鉄初代総裁、東京市長、震災後の帝都復興計画などで辣腕を振るったから有名である。後に共産党員になったものを殲滅するために共産党を作ったのであった。後藤は一族の佐野学や佐野碩らを使って、共産党の内部情報を公安警察に報告させた。野坂参三も一族であり、スパイであった。






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2015年10月21日

文化遺産はぶつ切りで学ぶな(1/3)


《1》
 媚中・副島隆彦が『政治映画評論』のなかで、「科学という言葉は嫌いだ、哲学という言葉も大嫌いだ」と書いていた。以前、図書館で借りたものだから正確に引用できないが、映画を評論するついでに漏らした言葉だった。
 いつものように、彼はそう言いっぱなしで、なぜそう言うのか根拠を示さない。

 単に感情的なものだと言われても仕方あるまい。
 これは雑言の類いである。哲学を巷間言われるごとくに思想とか考えとかと思っているのではないか。例えば、どこかの大企業の経営者を「誰それさんの経営哲学」とか、なんとか大臣の哲学とか、マスゴミはよく遣う。それはまったくの間違いである。

 哲学は学問上の概念であって、およそすべての個別科学を研鑽した人間でないと哲学はなし得ない、というほどで、登山に譬えればエベレスト全山の巨峰を登攀するレベルと言うべきであろう。タレント風情が個別科学の一つも学んでいないのに、ちょっと自分の信念低度を語っただけで「哲学」を持っているなどと言うものではない。

 また歴史的に「哲学者」とされる人物の考えを研究している低度の学究を「哲学者」に入れてはならぬのである。
 また媚中・副島隆彦も若い頃には三浦つとむ氏を勉強したようだから、三浦氏が哲学不要論を説いていたことに影響されているのかもしれない。

 以前ブログで書いたが、西田幾太郎、鶴見俊輔、久野収なんかを哲学者と呼ぶのはお笑いで、テレビの大喜利でいえば座布団全部剥奪である。
 
 ここに、世界というものを大きな円で黒板に描いたとしよう。球体でもいいが、今はポンチ絵での説明だから、まあ円としておく。その大きな円そのものを丸ごと捉えて、あらゆる事実から論理を導き出して、しかもそれは現在だけではなく、歴史的過程的にその円(世界)を捉え、体系化するのが哲学である。

 ところが個別科学は、大きな円という世界のほんの一部分に1本の矢を刺し込むようなものである。部分的な事実をもとにした論理構造を解くに過ぎない。
 本来の個別科学は、こうした世界全体(円)の一部の解明であることを踏まえれば、円全体、すなわち哲学がわかっていなければ、その刺し込んだ矢が全体のなかのどこに当たるか、どう作用するのかなどはわからないことになる。

 普通に個別科学とされる数学や物理、生物学などに留まらず、南ク継正先生は空手でも世界全体から解き、かつ世界全体すなわち哲学をも創出しきってしまった、という話になる。
 媚中副島隆彦は、科学が嫌い、哲学も嫌いとのたまったが、実に愚かなことである。彼は世界全体を現在だけでなく過程の複合体としても捉えるべき哲学を否定してしまった。さらには個別科学すら否定した。

 恐るべき暴挙というか、無知のなせる業である。
 まずたいていの大学に巣食う学究たちには、哲学とは学一般であることが皆目分かっていないのだから媚中副島隆彦だけの問題ではないが…。もう21世紀はそうした哲学とは何かの幕開けが起きていることを知らなければ恥である。

 媚中副島隆彦は、しばしば、俺は世界標準がわかっている日本で唯一の暴き屋だなどとカラ吼えするけれど、この世界標準とは何かを学問的にはいっさい解いていない。定義ができないくせに、日本は世界標準に従えとか、世界標準が「南京大虐殺があった」というなら、黙って従えというのだから、とうてい己らを「学問道場」などとうそぶいてはいけない。

 世界標準とは、いささかも学問的概念ではない。媚中副島隆彦のただの主観である。それもまさに媚中であり、媚欧米であるというだけの。だから平気で「科学は嫌い、哲学はもっと嫌い」などと放言できるのである。

 世界標準とは奇怪な言葉だが、本来的なあり方を言うなら、こうなる。
 「社会を説くに際しては、自然すなわち宇宙から説き起こして現在の社会に到るまでの流れを一貫したものとして説く、別言すれば、世界をまるごと対象として一貫した流れとして説ききる、ということ」(南ク継正著『武道と弁証法の理論』より)

 このようにして、ポンチ絵で言う円(世界)を一貫して捉え、まるごと対象としなければ学たり得ないのだから、そこで弁証法と認識論と、さらには南ク学派の措定した〈生命の歴史〉が自家薬籠中のもの、血肉化していなければならないのである。

 ざっくりと、こうした学問とはの基本が学べていもしない輩が、自ら哲学者でございの、俺の哲学はこうだとか、哲学は嫌いだなどと喚くものではない。


《2》
 繰り返すと、学一般が哲学である。個別の解明が物理とか政治とか空手とかになる。
 私たちは、何かに興味を持ったということは、世界のある部分に興味を持ったということだ。たとえば、どうして秋になると葉っぱが紅葉するのだろうとか。鳥はなぜ空が飛べるのか、とか。
 そうでしか持ちようがない。いきなり世界とはなにか、にはなるわけがない。目の前の五感器官で感覚したものから始まる。

 自分が世界のある部分に興味を持つと、興味を持った部分でその世界に進入していく。先のポンチ絵ふうにいえば、円のなかに自分の興味という矢を刺し込んで行く。
 物理であれば、世界という大きな円の、ほんの一部に物理論として突き込むことになる。

 実際、大学は各学部、各学科、各ディテール…のごときに分かれている。先にノーベル化学賞やノーベル医学・生理学賞をもらったお方に見るように、個別科学の、さらに個別の細かいことでのみ研究が評価されているだけである。

 だから素粒子の、そのまた細部の事実を解き明かしたところで、宇宙全体の誕生の謎が解けるわけがない。宇宙全体は宇宙の論理的解明そのものでしか解りようがない。

 しかし、学究たちは部分しかやらないから全体が解けない。
 下世話な譬えで恐縮だが、男が女を知りたいとして、じゃあ女の乳房だけ見ていたら、体全体とか認識とか、どんな育ちだったか等を蔑ろにして、生きている女が分かるわけがなかろうに。
 現代のほとんどの大学の学究は、おっぱいだけ研究して、女のすべてが分かるとでも思っているかのようだ。

 学究たちは全体なんか(円なんか)そもそも興味がない。興味はあっても、大学は徒弟制度でもあるから、指導教授がやめろと言えば根っきり葉っきりそれっきり。教授の研究の手伝いになるところ以外からはスタートできない。
 全体には手もつけられないまま一生終わる。




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2015年10月20日

脳細胞の真の実力をつけるとは(2/2)


《2》
 次はわが流派の大会で見た、別の後輩の係員の様子について。
 大会の係員は、試合に出ない若手、大学生などがやるのが普通である。大事な武道大会の担い手であるが、組織的には係員の上に実行委員会があり、さらにその上に本部組織がある。
 あるいは別の系統でいえば、係員を出すのは各支部からで、支部には支部長がいて采配をふるう。

 それで私の後輩は係員をやっていたのだが、年齢的にはもう下っ端の係員は卒業で、支部長か実行委員会入っていて当然と言える立場である。
 それなのに、係員とは何事!? と私はいぶかった。
 彼はまじめに偉ぶることなく、べテランらしい動きで係員をやってくれて、それは感謝したが、それはそれとして、もう係員ではあるまいに、と…。

 知らない学生なら、なんで支部長が係員をやっているの? と見えるだろう。
 後で聞くと、今大会では係員になる者が少なく、乞われてやむを得ず引き受けたのだそうだが…。誰が「乞う」たか知らないけれど、乞うほうが間違っている。

 しかし。
 自分はもっと上にいなければいけないという意識がなければいけない。本来なら、最低でも実行委員になっていなければなるまいに。

 信長、秀吉、家康は、若い時「おれはこんな境遇で終わる人間じゃない」という認識があったはずで、だから向上心を滾らせたのだろう。
 彼には余計なことを言って申し訳なかったが、もしかして現状を肯定しているのではないか? がんばっていればそのうち認められて…とか? と糾しておいた。

 背伸びしてもっと上の立場とか役職とか、指導者になるとかしていくべきではないか。
 地位が人を変えるとか、器が人を創るとか言う。
 国会議員で譬えれば、初当選したばかりの議員に突然首相になれと言ったら、無理ですと言うだろうが、しかし首相の実力がなくても、頑張るうちに首相らしくなるものである。

 世間には、安倍晋三はお坊ちゃんで学歴もいい加減で…と悪口を書きまくっているアホがいるらしい。いつどこでなにをしたかなんて、くだらない「知識」ばかり持ち出している。

 いかにも過去は消せない。さはさりながら、そういう奴は人は地位や肩書きが創る面を知らない。安倍晋三は官房副長官や自民党幹事長をやらされているうちに、宰相たるの実力を身につけたのだ。一度は失敗して挫折したが、再登板をしゃしゃり出て来た。だからニ度目は、国会運営や人事などで堂々たるものになった。

 むろんそれは彼のやっていることがすべて正しいとか言っているのではない。それとこれとは相対的独立の関係にあることを理解しなければならない。
 安倍首相が三流大学卒だから、人望的にも政治力も問題がある、とする論点はあり得よう。だがそれを持ち出すなら、逆に東大の受験秀才なら首相は100%任せられると言えるのか。

 先に挙げた、信長、秀吉、家康は出自も怪しく、それこそ東大を卒業しているわけじゃない。奸計を巡らしたり、殺しあいをしたり、女房を取り替えたり、男色までやった。
 それじゃあ国のトップとして失格なのか? 経国済民ができなかったのか? 今なら朝日新聞が反対のキャンペーンを張るだろうから、信長らは国会議員にさえなれない。

 しかし、そんなことは為政者のトップになる人間にはどうでもいいことなのである。安倍首相の出自が卑しいじゃないかと抜かす人間の器量の狭さったらない。認識が蚤の金玉ほどに小さい。
 くり返し言っておくが、私は安倍首相を支持しているのではない。
 彼が言った「一億総活躍」だなんて、腹が立つ。偽善だ。

 突然下世話な話になるが、プロ野球の阪神タイガースは今年優勝を逃したので監督が事実上更迭される。
 まだペナントレースが終わっていないうちから、和田監督の退任を発表しちゃっては、選手が頑張れない。

 次は阪神OBの金本が監督になるのだとか。たしかに器が人を創ることはあるが、コーチの経験もない、ただ現役選手としては一流だっただけの男にいきなり監督を任せるのはムチャである。
 それに彼は、連続出場の記録だかを持っていて、どんなにケガをしても頑張って試合に出た。それをマスゴミはヨイショするが、これはわがままである。
 同僚の選手は必ずしも金本の態度を快くは思わなかったに違いない。実力の世界とはいえ、金本の前途はむずかしい。

 人の上に立って、人を(選手や裏方を)動かしてみて、失敗して学んで、それでやっと監督になっていくのだ。
 叩き上げ、は大事なことなのだ。

 話を戻す。
 実力ある地位や役職は、階段をのぼるようにしていくべきもので、一段上がったら、そこでは次の段に上がれるよう実力を付け、また上に上がったら次の上の段に行けるよう力をつける。そのくり返しだ。

 実力より少し以上の立場に就く、そしてその地位にふさわしい人間になるべく努める。
 これは弁証法でいえば「非敵対的矛盾の創出」である。力がついたら自然に次のステップにとか立場に、と言っていたら、「百年河清を俟つ」になる。

 しかしながら、私たちはややもすれば、否、ややもしなくても日常生活が多忙で、ドップリ漬かっている。
 たとえばスキルを上げようと思ってもなかなか勉強する時間がない、などと嘆く場合が多かろう。

 どんな習い事でも勉強でも、誰しも1日24時間は決まっていて、スキル向上などの使える時間はごく限られている。
 われわれの空手の場合、空手の技として創出される過程を1日何時間持っているだろうか。手はさまざまな運動をしているから足よりは技が創出しやすいが、足は歩くばかりで愚鈍だから、空手の足にするのは大変である。

 私たちは幼児のときから、人間の足として創出する過程は一日あたり十何時間もある。自然成長的に立つこと、歩くこと、走ることがまあ技化するにはたっぷりある。

 しかし1日のうちでは、空手の足の創出練習はわずかしか持てない。いきなり仕事も学業も止めても食って行けて、プロの空手家になれるならともかく、これでは空手家の足にはならない。1日30分しか練習しなくて蹴りが上手になるわけがない。
 量で勝負したら、日常の圧勝になる。

 これはどんな習い事でもそうだ。英会話とか、ピアノ演奏とか。
 ではどうするか。このギャップをどうしたら埋められるか。それは『思想性高く! 情熱高く! 誇り高く! 躍動感を持って!』が答えになる。

 心を込めたものは、無意識でやったものより効果がはるかにある。これは目的意識性の問題である。量質転化の逆の「質量転化」の例である。
 習字をならうにも、喜んでやる者と、嫌々やるのでは上達が違ってくるのは、誰でも知っている。

 だから少ない時間でも効率よく…というと語弊があるが、それを実現させるかは、いかに『思想性高く! 情熱高く! 誇り高く! 躍動感を持って!』が脳細胞の実体の実力にできるか(できているか)が勝負の分かれ目になる。

 スマホやゲーム機で、ゲームをやっている人の側で見ていると、目をむくほどの超スピードで指を動かし、ゲームを動かしまくっている。カミワザに見えるほどだ。
 しかしそうしたゲーマーは、スマホに向かって(思想性はないが)、「情熱高く! 誇り高く! 躍動感を持って!」、対象たるゲームにのめり込んでいるから、神業レベルの運動ができるようになっている。

 もう一度言うが、安倍首相は議員になってから、俺は三流の大学しか出てはいないが、いつか首相になってやる! との志を抱いたのだと思う。ただ漫然と、6回も当選していけば大臣にはなれるかも、の程度ではなかった。
 あげつらえば彼にも欠点はあるだろうし、再三言うように彼の経済施策は賛成できないし、安保法制も不十分だ。長州出身であるのも気味が悪い。

 とはいいながら、宰相の器になったその過程は、決してバカにしてはいけない。東大には行かなかっただろうが、それでも宰相足り得たのは、『思想性高く! 情熱高く! 誇り高く! 躍動感を持って!』が脳細胞の実体の実力にできたからなのである。

 人と同じ24時間を、濃密に目的意識的に使ったはずなのである。
 これは好き嫌いの問題ではない。

 「安倍はやめろ」「ファシストくたばれ」とわめいている連中にはいくら言っても聞く耳は持つまい。
 私は、『思想性高く! 情熱高く! 誇り高く! 躍動感を持って!』が脳細胞の実体の実力にしたいと及ばずながらも願っている。 
 それが分かりたくないご仁とは会話しない方針を貫いてきている。

 他人様のブログに潜入してきて、罵詈雑言、揶揄嘲弄をコメントしては嬉しがっているおバカと遊んでいる閑もないし、相互浸透したくないから、このブログにもそうした超低次元のコメントが紛れ込んでも読まずに廃棄している。

 論争(というより揚げ足取り)してお互いやり込めあっても、意味はない。そんな無意味なやりとりは、『思想性高く! 情熱高く! 誇り高く! 躍動感を持って!』が脳細胞の実体の実力になるよう努めたい私にとっては邪魔になるだけである。






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2015年10月19日

脳細胞の真の実力をつけるとは(1/2)


《1》
 先日、わが空手流派の秋期大会があった。
 武道と自称する団体やスポーツ団体は、競技会などを開催するときには、大組織ならテレビ放映を企画する(放映権を売る)し、協賛、後援などとの名目で企業や行政からカネを集める。
 進んでひも付きになるわけだ。あるいはテレビ局や企業にたかる。

 しかるにわが流派では、派手に東京武道館なんかでは大会をやらない(武道館でやるなら莫大なカネがかかる。企業にカネをたからないと開催できない)けれど、どこのひも付きにもならず、たかりもしないで、自分たちで大会をやってきた。
 それが誇りである。

 マラソン大会なんかでは、参加者はゼッケンに企業のロゴなんかを入れて走っているが、まあ互いに持ちつ持たれつだからいいようなものだが、一抹の羞恥心くらいは持ってはどうか。あれは「企業様にたかりました」と言いふらしながら走っているのである。

 ついでに言うと、市民ランナーとか言って自慢している連中だが、街中で交通を止めて大イベントをやらかすのはどうかしている。もっと田舎のたいして市民生活に迷惑がかからない道路でやりなさいよ。熊しか通らない高速道路とかで。
 交通整理にあたる警官だって、国民の税金で公共のための奉仕が建前なんだから、マラソン団体が私物化していいとは言えまい。

 さて、と。話を戻そう。
 われらが大会で、後輩の試合や後輩の係員の様子を見ていて感じたことがいくつかあった。終わってから少々先輩としてアドバイスをしておいたことである。

 組手試合(防具をつけて実際に闘う)に初めて出場した後輩には、技術的なこと以外に、認識に関して若干注意をした。
 組手が初めてだから、下手でよくやり方がわかっていないことはしょうがない。私もデビュー戦のときにそうだったが、とにかく相手に当てたい一心になってしまう。

 それで負けて勉強するわけだが、後輩に足りないものは、まずは闘魂であり、そして認識の躍動感であると思えた。
 空手をやるのは、いざ暴力をふるわれたときに対応できるためではあるが、同時に自分の精神を鍛えることにある。
 精神を鍛えるといっても、一般の人には漠然としてわからないだろうが、さまざまある。

 後輩は試合で広いコートを存分に使わずに、畳一畳のなかで闘っていた。コートを駆け回ればいいというほど単純ではないが、あまりに組手に躍動感がなかった。
 彼は年齢が31歳だから、空手デビューにしては年齢がいっている。
 これから年をとるほどに躍動感が薄れていく。それを意識して創らないと、おとなしい組手になっていきかねない。

 組手ばかりか、自分の人生や仕事に躍動感がなくなっていく。

 もっと荒ぶる魂が発揮できるよう、日ごろから意識して認識に躍動感を持たせる訓練をしたほうがいいと注意した。例えばクルマを運転して高速道路をぶっ飛ばすとか、台風のさなかに出かけていって、海の波打ち際で駆け回ったり大声を叫んだりとか…なにかの方法で、どうしたら躍動する認識が身に付いていくかを考えたほうがいい。

 以前藝術論でも書いたが、画家は狭いアトリエでだけキャンバスに描いていては、躍動感が薄れる。広い校庭なんかで棒や箒でもって目一杯大きな絵を全身を使って描くことが大事である。

 初心者は上級者のような上手な組手ができるわけがないが、結果を恐れず突っ込まなければいけない。どうせ下手なんだからカウンターをくらうに決まっているけれど、それをも跳ねとばす勢いで闘う認識が必要である。

 この後輩は天寿堂・稲村さんの弁証法ゼミで、一時期勉強のほうで指導したことがあった。彼にはゼミでバカにされてもいいから積極的に発言しろ、論争を挑めと言ったが、なかなかできなかった。どうしていいかわからない、という状態だったと思う。初めてのゼミだからやむを得ないが。

 それから稲村さんの指導でどう成長したかは知らないが、大会の組手を見るかぎり、まだ自分が大事というか殻を破れていないような気がしたのである。
 勉強でとか仕事でとかで、正解を得る、成功させる、という実果を得たいのは当たり前のようだが、それ以上に大事なことは、一言で言って躍動感、能動性、闘魂、情熱、である。

 そういう精神性が養成できれば、よしんば目の前の仕事や入試、恋なんかで失敗したとしても、きっと挽回できるチャンスは得られる。次は初回の失敗を糧に勝てる。
 しばしば世間では、学校時代に勉強の虫で、秀才街道をまっしぐらに歩いてきた人間はいかにも超一流校に入学するが、異性に持てず異性に挑めず、何をやるにも覇気がなく、仕事も研究に没頭するならいいが、対人関係をからめると全く無能、となる人間が多い。

 しかし小学校のときから成績は二の次で、ガキ大将、あらゆる悪戯をやりまくった…なんて人間は、どんな二流三流の大学を出ていようとも、仕事はちゃんとやれるし、恋愛も盛んで、人に好かれる、となる。
 つまり子供のころに遊んでいるようでも、そこで躍動感、能動性、闘魂、情熱を養ったればこそ、そういう脳細胞に仕上がっていればこそ、社会に出て人間らしい活躍ができるのである。

 受験秀才が貯め込むような知識は、あとからでも学ぶことはできるし、今やインターネットを駆使すると、一発で知識は得られる。
 武道空手はベストだが、縦横に動き回るスポーツならいいだろう。サッカー、テニス、バスケットなどは良い。卓球やバドミントンは足の動きが少ない。

 それで骨や筋肉を鍛えるだけでなく、躍動する脳細胞にすることが最も重要である。

 だから今度の安倍総理の改造内閣でも、東大出の閣僚の少ないこと。昭和時代の内閣はほとんどが東大卒で、まれに京大や早稲田がいる程度だった。
 むろんその一例だけで語るわけにはいかないが、どうして東大がこうまで萎凋したかは、大きな教育の失敗があるのである。
 政治家以前に、受験秀才は人間的魅力が欠落してしまう。

 われわれの流派とは無縁に、関西のほうで弁証法の勉強会を真面目にやっている会に出向いて、いっとき話をしたことがあった。秀才揃いで、彼らのゼミの様子を聞くと、まあ大学の一般的なゼミのごとく、誰かが調べてきたことを報告し、他の者がそれに意見を言うということで、言葉は悪いが淡々と進めているのだった。

 例えば三浦つとむさんの『弁証法はどういう科学か』をテキストにして勉強会をやるにしても、ここで三浦さんは何を言おうとしているのか…と話し合うこと自体は必要だし、それが第一の目的のように思えるであろうが、それではダメなのである。

 私はそのとき「ゼミでは俺がこの場を支配するんだ」という魂が必要だと説いた。支配するとは、むろん怒鳴って他人にしゃべらせないなんてことではない。気魄、情熱、能動性、それに論理で場の主役になろうと、それぞれが立ち向かうことなのである。黙って人の話を聞いているだけでは成長できない。

 ゼミは空手に譬えれば組手だ。
 明日詳述するつもりだが、弁証法や認識論は、普段身についていない、また幼児のときから習得してこないものの考え方である。非弁証法的考え方が圧倒的に日常になっているだけに、よほどの「質」でもって、「量」に負けないようにしなければ、弁証法や認識論が自家薬籠中のものになっていかない。

 その「質」を獲得するため、あるいは「質」で勝負を賭けるしか、出遅れ、脳が形而上学的かつ常識的になじんでしまったテイタラクの己を変えるすべはないからだ。
 だから気魄、情熱、能動性を前面にあらわにして、ゼミのチャンスを生かさなければいけない。




 

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2015年10月17日

気象の像とはどういうものか

 
 最近は気象衛星の画像精度があがり、また高層の空気の運動状態も解明されてきて、気象予報がずいぶんと地球規模で解説されるようになった。ひまわり8号の画像で、台風の目がくっきり見えたのには感激した。
 またあの画像は、軍事目的が第一の用途に違いなく、わが国の専守防衛に大きく寄与してくれていると思うと、頼もしい。

 他事ながら、宇宙ステーションに人や物資を完璧に届けるのに、日本の技術なくしては継続できないほどになっている。どれほどすさまじい技術か、支那や韓国は宇宙戦争でも日本には勝てないと認識して青ざめているであろう。

 私の子供のころには人工衛星も飛んでいなくて、せいぜいラジオゾンデで大気の部分的観測をするか、あとは各地の観測所の気圧や風のようすで予報をしていた。予報図しなかった。隔世の感がある。

 ずいぶん以前に、私の空手道場生に気象予報を仕事にしている者がいた。
 あるとき、練習を野外で行ったとき、彼に尋ねてみた。
 今、ここに立って空を見上げるとほぼ快晴で、西の空には夕焼けが広がり、南西からの風が心地よく吹いている。こういう場合に、気象を専門とする人間はいったいどのような像をアタマに描いているのか、と。

 すると彼はとくに“像”らしい“像”は描いていないらしいことがわかった。
 「少し夕焼けがあるな、とか…」というのである。
 「では明日はどんな天気になるのかは考えないのか?」と重ねて聞くと、「予報に関しては気象庁がデータを集めて判断している」と答える。

 どうも私と話が噛み合ない。そこで私が気象の“像”とはどのようなものであるはずか…を少し説くことにした。
 この場にたって景色を眺めたとき、少なくとも現在の地球の巨大な、動いている像がアタマにできていなければなるまい。地球上の空気がどう動いているか、昨日から今日、そして明日にかけてどう変化してきているかを踏まえて、今この場における極小的な気象を見てとるのではないのか、と。

 むろん地球全体の像というからには、百万年前からの生命誕生から現在にいたる生物のありようも、気象の像に入っていなければなるまい。

 例えばテレビの天気予報を見ていると、台風からの風が吹き付けているから、だいたい南西からの風がそろそろ強くなってきていると説明している。風が吹き込んでいる、とは言うけれど、その風はどこへ行くの? 消えちゃうの? そんなことはないよね? 南西からきた風(空気)はどこに行くの? と聞くと、この風は低気圧の中心に吹いていって、そこで上昇気流になって、成層圏まで上昇したらまた上空で拡散していく…というように動いていくのです、と説明する。

 なんで天気予報ではそういうことを説明しないのかと聞くと、そんなことは予報には関係ないからだというのである。
 この説明は私にはいささか驚きであった。
 風がどこから生じてどこへ行くのかは、予報に関係ないから無視だというのだ。ある地点での風量と風向さえわかればいいというのだ。
 それでいいのか?
 
 たしかに予報さえしたらいいということでなら、風がどこへ行こうと知ったことではないかもしれないが、これでは全体の無視である。まさに弁証法のない、形而上学的捉え方であって、地球規模の空気の運動の、その一部を捉えて予報をするのではない! ということだ。

 「上空の寒気が張り出しています」とか「寒気が弱まって南からの高気圧が張り出しますから温かくなるでしょう」とか、明日どうなるか、1週間の予報はどうかならば、それでいいが、「張り出した寒気」という空気の運動は、どういう運動をして変化していくのかがないはずがない。

 寒気というものがあって、それが現れたり消えたり…なのか?そんなことはなかろう。寒気はなにかと相互浸透し、なにかの運動をして、また地球の自転公転によって今度は高気圧になったり、さらに寒気がどこかへ移動しながらもっと温度を低くしたり、の変化が、予報だけしていればいいという仕事のなかでは欠けている。

 へぼな医者や看護婦たちは、目の前の患者の症状しかみない。その患者の生活過程を見ることなどなく、この症状にはこのクスリ、効かなければまた別のクスリとやるだけ。天気予報もそういったレベルらしい。

 それじゃあ現今の医療と同じではないのか。対症療法みたいなもので、今の患者の「病名」さえ分かればよく、あとはクスリを投与するだけ…、明日の天気さえ予報できればよしとしているのか?

 彼はそのとおりだと答えた。学問的に対象を見ることはどうでもよく、明日の天気が予想できればよく、外れたら苦情がくるからそうならないように対象たる天気を見るのだそうだ。

 それではせっかく弁証法を勉強しようという意味がないではないか。地球規模の空気の運動(空気だけではないが)くらいは大づかみ捉え、そこから局所的な天気を見てとらねば、本当の運動形態はわかるまいに?
 むろんさらには地球誕生から生命体が地上を覆い、人類までの進化過程をも踏まえての「気象」を見てとるべきだが、最低でも人工衛星が撮影して地上に送ってくる地球全体の雲の動きくらいは把握していなければならないはずのことであろう。

 エルニーニョ現象とかラニーニャ現象とか、やや地球規模の捉え方がないではないが、それでもまだ局所的な見方である。
 しかし明日の局所的な天気の予報をするには、その予報に関係ないこと(地球全体など)は見ないで、役立ちそうな現象だけを見てすますのだ。
 患者に熱があれば、熱を下げるクスリを用いるだけ、みたいな話だ。熱冷ましに有効なクスリさえ見つかればいい。

 医者や看護婦が少なくとも患者という「人間」を見るべきなのに、部分的、専門的領域の症状だけ見ているのと変わらない。つまり医者に患者の全体像がないように、気象予報官には地球全体の像がないらしい。
 像で考えない、とはこのことではないか。

 地球全体の像がないとは、立体的な、かつ、運動している像がないのである。
 多少は立体的に天気図は解説されているが、まだ平面的である。
 台風の姿は50年前と同じ、真円で描かれている。そんなバカな! 気象衛星が、台風の雲の形は決して真円で動いているのではない。気象衛星で見る雲の形に、予報円が重ならないのだからおかしいと、気象庁は誰も思わないのか?

 しかも、台風場合、図に描かれた円よりはるか前方で実際は強風大雨になっているのに、円の中心(目)が陸地にかかったときをもって「上陸」と称しているのだから、奇怪である。「もうとっくに上陸は済んでいるだろうに」と。
 「台風13号は、これから四国南端に上陸する恐れが…」と天気予報で言うけれど、もう台風本体の猛威は2日も3日も前から荒れ狂っているというのに。

 国際的決まりだ、とでも言うのだろうが、いい加減にしろよ。気象衛星が主力になった時代に合わせて予報も変えなければおかしいだろ。

 これからは、テレビで気象予報をするときは、もっと工夫して立体的かつ運動的に説明してほしいものだ。
 例えば、常設の体育館のような建物を拵えて、中に50メートルほどのプール(海や湖に見立てる)の中に日本列島を実物そっくりに縮小したジオラマで作る。その上にどのくらいの高度に雲があって、どこで雨が降っていて、高気圧がどう動いているか、低気圧がどう発生したかなどを模型で動かしてみせたらいい。

 そのくらいの技術はもうあるだろう。






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2015年10月16日

かわいそうの一言が国家崩壊をもたらす(2/2)


《2》
 外国人労働者を流入させる布石のもう一つが、介護料金の引き下げであった。日本人がこんな低賃金では働けないと逃げる。その穴は外国人労働者で埋めればいいという話になる。
 医療でも診療報酬が引き下げられた。医者のなり手を減らすことで、これも日本を医師を不足にし、外人医師を導入する布石である。とりあえず、「医療特区」で実験しようとしている。

 血液検査などのデータをパソコンでみて、ただクスリを処方するなら、日本語がろくにできない医師でも務まるとの判断だろう。貧乏人はこういう病院にしか行けなくなり、金持ちたちはVIPの至れり尽くせりの豪華病院に入れる時代が来る。

 農業でも嫁のなり手がいないからと、支那やフィリピンから女性を連れて来て、安い賃金で働かせようとする。ましてTPPが発効されると、国際競争力が第一とするかけ声があがり、農産物を低コストで作るように誘導される。肉体労働を低賃金でやる外人労働者が押し寄せる。日本の農業ばかりか、安全保障すら危うくなる。
 口入れ屋の竹中平蔵ばかりがウハウハになる。

 安保法案反対をわめいたアホサヨクは、支那が攻めてくる兆候なんかないじゃないかと笑ったが、何も軍隊を侵攻させるとは限らない。じわじわと日本の産業の弱い所を狙って侵略してくるのだ。

 竹中平蔵のマインドはアメリカにある。そもそもアメリカは、インディアンを虐殺して大陸を乗っ取った。はじめはヨーロッパの貧民層を連れて来て低賃金で働かせたが、産業が発展して人手不足となり、アフリカから黒人を強奪してきて奴隷にして働かせた。それも足りなくなり、奴隷解放の気運が高まると今度は支那から「苦力」を連れて来て最低賃金で働かせた。
 さらに、メキシコやカリブ諸国からヒスパニックを入れて低コストで莫大な金儲けをやった。

 アメリカはそうやって、巨万の富を手にいれた。ヨーロッパのイギリス、フランス、ドイツなどもそうやって低賃金で働く外国人労働者を確保してきた歴史がある。
 竹中はアメリカに留学し、下僕に仕立てられ、そのカラクリを日本において実行する役回りをさせられるようになった。
 安倍首相は意識してかどうか知らないが、とまれ属国なのだから竹中平蔵を内閣の一員に入れないわけにはいかなかった。

 安倍政権は「国家戦略特区」を打ち出している。アベノミクスの成長戦略の柱なんだとか。雇用にも重点を置くと宣言している、その一例が外国人の家事代行職を認めることである。これもパソナなどの大手口入れ屋どもが斡旋して、東南アジアから女性を雇い入れる方向だ。
 こういう施策は、アメリカの年次改革要望書で押し付けられているのである。

 日本では大学も外国人導入の主要機関となっている。少子化でこれからは学生数が減るので、その穴埋めのために外国人留学生を入れている。外国人留学生には給付奨学金として年に20万円が渡される。日本人の学生にはそんな特典はなく全部自腹。

 不公平どころか話は逆ではないか。日本で学びたければ、むしろ日本人学生より高い授業料を払うべきである。そんなカネを払わなければ学生が集められないようなお粗末な授業をやっているということでしかない。ODAの一環であろうが、理不尽である。

 どうしてそこまで留学生を集めたいのかといえば、文科省の役人が出向したり天下ったりするための場所を維持するためである。文科省の出世ラインから外れても、地方大学の事務局なんかに出向して優雅にぶらぶらしていれば良い。

 加えて、新聞社やテレビ局の高給取りが天下るために大学教授や講師の口を用意するのである。
 まったく…税金だからやりたい放題だ。

 ときに、このたびユネスコが支那の賄賂攻勢に飲まれて「南京大虐殺」を歴史記憶遺産に登録したとか。
 これに対して、保守派からは日本がユネスコへの醵金を停止すべきだとの声が上がっている。それは当然のことだ。
 これを阻止できなかった岸田外務大臣の失態でもあるし、ただちに抗議してユネスコへの醵金停止に出ない安倍首相の失態でもある。

 岸田は媚中派の「宏池会」だから、わざと反日行動をとる。

 ユネスコなんてものがあること自体が馬鹿げており、その連中が「世界自然遺産」だの「記憶遺産」だのを勝手にでっち上げて、見栄っぱりの国々からカネをふんだくろうという策謀でしかないものを。
 日本のマスゴミも、ユネスコ様が認めてくださったと手放しに喜び、市民に「嬉しい、誇りだ」などと発言させては、ユネスコの思惑に乗っている。

 そのたびにカネをとられていることも知らずに…。
 日本でもあるじゃないか、「お宅様、『決定版! 日本大紳士録』に登録させていただきました。名家であるお宅様にはぜひ掲載させていただきたい。ついては賛助金として100万円ほど…」とか。病院に出向いて院長に「お宅様のクリニックは『患者に大評判! 日本名医百選』に選ばれました。おめでとうございます。そこでひとつ賛助金として少々…」とか。

 そういう手口をユネスコがやっているだけのことだ。騙されるほうが悪い。本来ならそうした虚像に警鐘を鳴らすべきが新聞の役目だろうに、一も二もなくユネスコの「たかり」商売に手を貸す。
 恥ずべき連中だ。

 要するに連合諸国(国連)は、ユダヤの世界支配の機関なのであって、下部組織のユネスコもユダヤとその取り巻きの金儲けと洗脳の機関なのである。

 ユネスコは、例えばエジプト古代遺跡が、アスワンハイダム建設で水没する危機にあったとき、世界中の国がユネスコに多額の資金を提供し、遺産の移設を助けた事例がある。こういう一見、人類の共通の文化遺産保全に役立っていることを、チラッと見せながら、本体はユダヤの金儲けである。このたびの中共の陰謀でありもしない「南京大虐殺」を登録させるとか、実に政治的意図を持った醜悪な機関なのである。

 すなわち、ユネスコは世界的遺産を保全するとか言いながら、実際はユダヤの政治的機関としての仕事をメインにしている。
 これに対して、評論家の宮崎正弘氏がメルマガで「ユネスコへの拠金を停止するのではなく、左翼のたまり場ですから、活動をおわらせるために、一切の拠金を中止するのが良いと思います。」と述べておられる。

 そのとおり、ユネスコとかユニセフとか、なんちゃらかんちゃら、善意をあてこんだ支援機関という美名に隠れて、サヨクが潜り込んでカネをふんだくっている。女性の権利を主張する、性的マイノリティーの権利を言う、家庭内DVや児童虐待うんぬん、こうした一見善意の団体、機関はたいていサヨクのたまり場だ。
 欺瞞、偽善の巣窟である。

 世の中には善意につけこむ輩がごまんといる。
 新聞記者もその一人だ。




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2015年10月15日

かわいそうの一言が国家崩壊をもたらす(1/2)


《1》
 サヨク人権派は、善意はなにものにも勝ると思っているらしい。
 サヨクだけではないが、日本人は学校教育とマスゴミの洗脳によって、人助けこそが至上の価値と思い込んでいる。
 災害がおきるたびに、あるいは海外で難民や疫病が流行するたびに、マスゴミはかわいそうな人を少しでもあなたの善意で、気持ちで助けましょう、だから募金してあげましょうと騒ぎ立てる。

 これに抵抗し否定することはなかなかできない。困っている人を助けるのは、たしかに美しい行為である。否定すれば人非人と誹られる。
 しかしそれも条件付きでなければおかしいし、度外れの人助けがいいとは言えまい。

 そもそも、善意のリレーが世界で通用して、あなたの募金が被災者や難民に届くと思い込んでいるほうが愚かである。

 かつてアメリカ大陸では平和な暮らしをしていた原住民を、ヨーロッパからイギリス人、スペイン人、ポルトガル人が偽装難民ふうに押し寄せた。見知らぬ土地で、食う物にも困っていた彼らを、インディアンたちは、食料を分け与えて助けて上げた。

 しかし一冬超したら、ヨーロッパ白人は豹変して原住民の殺戮を次々に展開して、ついには乗っ取った。
 善意が仇となった良い例である。インディアンたちは闖入してきた白人どもを助けず、水際で殲滅しておくべきだったのだ。

 もし支那から、もしくは南北朝鮮から難民や偽装難民が押し掛けて来たら、と昨日のブログで問題提起しておいたが…。国家が壊されるのである。日本人の善意が彼らを引き寄せ、居座らせる。
 世界中に散らばっている「華僑」は過去の支那でおきた戦乱の成れの果てであって、みんないったん海外に出たら元には戻らない。

 宿り木のように吸着して、やがては寄生した樹木を乗っ取って倒すのだ。好例がシンガポールである。マレーシア人が怠けているうちに、華僑に乗っ取られたのである。
 
 元に戻らないばかりか、すべてはカネ次第だから、本国からの有形無形の指令に従う。ヴェトナム、タイ、ミャンマー、マレーシア、インドネシアなどで、商売がえげつないから現地人は乗っ取られてしまう。華僑どもはそれぞれの社会で、実権を握り、原住民を下に置いて君臨し、本国と通じる。

 大東亜戦争では華僑はイギリス、フランス、オランダにシッポを振り、日本軍を妨害した。
 同じアジア人同士、などという概念は奴らにはまったく通用しないのに、媚中副島隆彦は、「アジア人同士戦わず」などと妄想をまき散らす。

 病院で見ていると、看護婦や医師らが一応善意の人であるのは良いとしても、それに甘える患者が多く見かけられる。
 病院側も患者を甘やかす。だから患者が医療にだけ頼る、自分で努力して予防するとか治療するとかしない。
 例えば簡単に車椅子に乗る。乗せる。何にでもクスリを与える、クスリに依存する。

 で、どうなるかといえば、日本の医療費が途方もなく膨らむ。
 いくら医者や看護婦を増やしても追いつかない。常に足りない。
 いかにも病気やケガに対しては救わねばならない。
 しかし、その善意がすべての発端になっている、この現実。

 以前、麻生太郎氏がチラッと、健康を維持するように日々努力している人と、怠けて酒を浴びるように飲んだり、タバコを吸いまくっている人と、同じ保険料を払うのは不公平ではないのかと語ったことがあった。マスゴミから袋だたきにあった。
 しかし麻生氏の発言は正論である。

 健康保険制度はお互いさまだ。本当に医療が必要なとき、あるいは必要な人が十分な治療を受けられるように、みなで協力しあって、普段は医療の世話になるべくならないように努力しなければならない。いわば節約しておいてこそ、いざというときのために使うのが主旨であったはずだ。

 タバコを吸う人間からは、健康保険料は倍払わせようじゃないか。
 
 介護保険も同じだ。介護保険が始まる時に予想されていたとおり、誰も彼もが手厚い介護を受けたいと、わがままを言うようになった。
 歩けなくなったら、車椅子に乗せてくれると思えば、歩く努力はしなくなる。リハビリは痛いから嫌だなどと超わがままを言い始める。ボケたふりをすればシモの始末まで寝たままやってくれる。

 それによって、ますます介護しなければならない老人が増え、介護職が不足する。分かり切っていた展開だった。だが、厚労省の木っ端役人や、選挙目当ての議員どもがはじめてしまった。
 介護は経済的には何の生産性もない。怠け者の老人はただのお荷物で、若い労働力を国力増強へ向けられない。したがって日本の経済が停滞する事態を招いた。
 ボケ老人たちが回復して社会にまた貢献するのなら、介護にも意味はあるが、そうはなるまい。

 安倍首相は「介護離職ゼロを目指す」と言った。これはとんでもない施策である。彼の自讃するアベノミクスがこれで崩壊する。
 これは後述するが、竹中平蔵の陰謀である。
 日本人の若い人をもっと介護職に振り当てたら、国の産業力なり産業人口がジリ貧になる。

 現在でも、介護職の給与は、産業平均の女性はマイナス2〜3万円、男性は10万円も低い。これではなり手がない。しかも3Kの職業である。いくら中学高校でグレて勉強しなかったツケとはいえ、誰しも今より高い給与を欲しがる。
 これは介護職で頑張っている人に気の毒とは言え、経済原則に照らせば当たり前である。介護は何の生産性もないのだから、高給が払えるわけがない。

 そのうえ、介護保険料が天井知らずに引き上げられないから、政府は緊縮財政の真っ先の施策として介護補助金を引き下げている。
 介護事業者の倒産が増えている。人手不足倒産だ。
 これをどう解決するかといえば、最も簡単なのが外国人労働者を日本に入れることである。

 そこで竹中平蔵が口入れ屋パソナの代表として、安倍政権に働きかけているのである。
 竹中がフィリピンや支那、ヴェトナムなどから介護職として人間を運んでくる。
 彼らは別に日本語ができなくてもなんとかなる。しかも低賃金でも喜んで働く。

 これで介護職の人材を安倍政権は手当したことになり、賃金を上げなくて済む。
 これは竹中の陰謀であるが、一方で介護に甘える日本の老人があえて招いた事態である。
 しばらく前から外国人労働者向けに「技能実習生制度」が始められている。しかし、これは明らかに外国人労働者を大量に入国させて斡旋料をピンハネしようとする口入れ屋による布石である。

 悪辣な官僚どもは、東京オリンピックまでの措置とか言って、実習生の期限を3年から5年に延長した。
 端的には移民拡大政策の一環である。





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2015年10月14日

難民は原則受け入れるべからず


 2010年4月に放送されたNHKスペシャル『激流中国 病人大行列 〜13億人の医療〜』は、なかなか興味深い番組だった。
 媚中NHKにしては、よく内情を追ったと思う。

 かつて中共では医療は無料だった。それが制度が一変し、医療費は利用者負担となった。健康保険制度はない。悪辣無比な支那人なのだから、もうかるところに手を出すのは当たり前だろう。医療は徹底してビジネスになった。誰がいつ医療無料化を止めたかNHKはビビって言わない。
 弱者はいたぶられ、無視され、カネがなければ簡単な検査すら受けられない。

 救急車で病院に運んでもらうと、その場でカネを請求される。
 救急治療を受けるには、手付けを払ってからでなければ何もしてもらえない。カネのやりとりは看護婦がやる。
 貧乏人は死ぬだけ。

 一方で、阿漕な医者どもは富裕層相手の豪華な病院を建てて、巨利を貪る。建前では貧乏人にも医療は提供されていないと、暴動が起きるから、巨大病院は申し訳程度に一般民衆向けの医療を行なっている。だからNHKスペシャルでは、冒頭に全国から大勢の患者が押し寄せている北京の大型公立病院の様子から始まる。

 診察前日から徹夜して病院前に並ばないと、診察券が買えない。北京の冬、氷点下になる夜を耐えなければ診察券が得られないとはもう病人は死ねと言っているに等しい。

 支那は今や人口13億以上に膨張した。いくら産児制限しても増え続ける。増えた人間を食わせていけるだけの社会的力がないから、どんどん海外に流民化させる。10年後にはアフリカに3億人の支那人が押し掛け居着くだろうと言われる。
 社会がデタラメで、共産党や行政は私利私欲の塊、結局しわ寄せは民衆に及ぶ。

 こんな支那を、媚中副島隆彦はすばらしい国だ、世界覇権国になった、多少遅れたところがあってももう彼らは日本なんか相手にしていない、胡錦濤や温家宝は立派な人間だと褒めちぎる。
 バカ言ってんじゃないよ〜♪

 精神病患者は1億5000万人、結核は潜在患者を含めて5憶人、A型・B型・C型肝炎が3億人、性病が1億人、エイズが4000万人とされる。
 支那にきれいな川は1本もないのに、その水を飲むしかない。
しかし、それをどうにかしようとする気もなければ、さして問題意識もないのが中共だ。

 そんなことより、軍拡、軍拡で軍人どもが利益を貪るほうが忙しい。軍事力の中身が相当程度ハリボテで、役立たずであっても、構わないのである。
 海外には宣伝と賄賂攻勢で押し出す。自国の経済が崩壊するならそれはそれで自分さえカネを握って海外に逃げてしまえば知ったことじゃない。

 こういう実態を、媚中左翼マスゴミは黙して語らず。サヨクの故郷の大失敗をあからさまにしたくない。
 依然として支那の経済は健全で、ますます発展しており、混乱しているかに見えるのは、アメリカやジョージ・ソロスのような悪辣な投資家に一泡ふかせているだけだと、媚中副島隆彦は論評していた。ずいぶん苦し紛れの屁理屈を抜かしたものだ。

 さて、ところで。
 やがて中共は経済が崩壊するか、習近平が暗殺されるかして政治が混乱し収拾がつかなくなる可能性は大である。
 そのときに、多量の難民、流民が発生する。

 支那の歴史はそのくり返しだったが、幸い日本が海に囲まれていたから支那の流民に押し掛けられずに済んだ。だが現代はそうはいかない。
 まず日本国内にいる支那人の留学生やビジネスマン、研修生らが帰国しないで一斉に定住の申請をはじめるだろう。

 在日支那人(台湾も含む)はざっと全国に68万7000人もいて、そのうち東京は一極集中が甚だしく不法入国も含めて30万人以上が居る。留学生が約8万人。これらが一斉に蜂起するだろう。何を始めるかわかったものではない。
 在日支那人が蜂起すれば、その属国である韓国と北朝鮮のザイニチも同調して、日本人を襲撃してくるだろう。

 日本が追い返したくても、向こうは大混乱で帰るに帰れないか、再入国を拒否するに違いない。
 そして大量の難民が旅行者を装って飛行機でやってくるか、漁船を仕立てて九州等にどやどやと上陸する。
 
 その難民どもは、先に挙げたように、多くが病人なのである。そのうえ反日教育を受けているから日本人から何を奪ってもいいという考えを持っている。
 性病や肝炎を持った病人がドッと入り込んで来て、人道上の措置を要求して病院に押し掛ける。

 となれば、大変な支障を来すのは目に見えている。日本人の患者は押しのけられ、感染症を患った不潔な支那人があちこちの病院の待合室にあふれかえるだろう。そのときに、日本人患者が優先だ、支那人は保険証もないから診察しないと、病院は拒否できるのか?
 警察力を頼んで排除するしかない。

 体育館や公民館などの公共施設にも支那難民はあふれ返る、電車は支那難民が占拠して大声でわめき、車内で子供に糞便をさせ、食い物を散らかす。
 それでも、サヨク人権派は支那人はかわいそうだ、居させてやれ、援助しろと言い続けるはずだ。

 国際社会は支那人に冷たくする日本を責めるにちがいない。
 朝日新聞、東京新聞、毎日新聞らは一斉に支那人擁護キャンペーンを張るだろう。
 漫画家やく・みつるは「支那人が攻めてきたら戦わずに素直に手を上げる。支那人支配の下でうまい支那料理を食って過ごした方がいい」と抜かしたほどだから、大喜びだろう。

 やく・みつるは日本の医療制度が支那流に破滅させられるのが想像できないと見える。
 そこで、支那人は出て行けと怒る日本人と激突するようになる。国内は分裂する。日本人どうしがいがみ合う。それが支那や朝鮮人らの思惑どおりに事が進むわけだ。

 今は支那人について述べてきたが、これは韓国や北朝鮮からの難民・流民についてもあり得る話である。むしろ朝鮮難民は、朝鮮戦争のときから主に済州島から密入国してきた連中居着いてしまっている。
 すでに深刻な難民問題を日本は抱えてしまったのだ。

 日本が難民を抱え込むことで、国力が弱まり分裂を来たし、バカなサヨクにのさばらせる戦略を、アメリカがとったからだ。
 軽薄な善意はこうして身の破滅へと導かれる。







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2015年10月13日

映画「にんじん」と教育の大事性


 『にんじん』はフランスのジュール・ルナール作、1894年発表の小説で、日本では岸田国士が昭和8年に翻訳して評判になった。
 南ク継正先生が新著『なんごうつぐまさが説く看護学科・心理学科学生への“夢”講義(6)』でも推薦されており、また映画も良いとおっしゃっている。
 
 それで思い立って、原作のほうはずいぶん前に読んだが、映画は観ていなかったのでDVDを借りてみた。
 小説は有名だから、どんな話かはおおかたご存知だろう。知らない人はWikipedia ででも調べていただきたい。

 フランスの田舎農村が舞台である。「にんじん」というあだ名の少年フランソワ・ルピックは、家族から不当な扱いを受けている。
 両親と兄と姉、それに住み込み女中の家族。
 親どうしは不仲で口もきかない。兄と姉は母親から溺愛され、甘やかされている。
 にんじんにばかり雑用が押し付けられる。母親はまるで継子扱い。食後のフルーツさえ、同じテーブルにいるにんじんには食べさせない。理不尽な母親の怒りがいつもにんじんに向けられる。父親は子供のことには無関心。

 周囲がバカ過ぎる、可哀想な境遇である。
 にんじんは自分がいささかも愛されていないことを感じ取って、ついにいたたまれなくなって自殺しようとする。父親が自殺に気付いて血相変えて探し回っていても、母親は冷酷に「どうせ悪ふざけよ」と悪態をつくだけ。

 にんじんは間一髪のところで父親が首つりを阻止して、助かる。
 そして父親は静かににんじんと散歩しながら話をする。以下がその会話だ。にんじんは「子」としてある。
 末っ子のにんじんが生まれた時に、すでに夫婦は不仲だったと告げる。つまり望まれて生まれたのではなく、生まれたときから母親に嫌われていたのがにんじんだった。
 
     *    *    *

父「家庭に必要なものは愛と理解だ」
子「気が合うこと?」
父「そのとおり。私は夫人とは性格が正反対だ」
子「家庭ではお互い愛し合わなくてはね」
父「そうさ」「わしはバカだった。母さんは私を欺き、わしはおまえを理解しなかった」

子「父さんが可哀想。ボクは子供だからいいけど。人の不幸を楽しむ人と一生暮らさなくてはならない」
父「母さんも不幸な女さ」
子「なぜ不幸なの?」
父「決まっているだろう」
子「幸せそうにボクをぶつよ」
父「だろう? それが唯一の楽しみなんだ。愛を知らずに苦しむ人もいるのさ。わしもそうだ」
 

     *    *    *

 哀しいが、いい場面であった。
 どうしてこんな映画のことを持ち出したかというと、世の中には人様の不幸や失敗、不足したところを楽しむ人がいることと、そうすることが唯一の楽しみにしている人がいる。それは愛を知らない可哀想な人だからだ、という人生の真実をルナールが示しているからである。

 これが端的には安保法制に反対して、共産党を仲間にし、プーチンや習近平を持上げる人を指しているからである。

 その話の前に。
 例えば盲導犬の訓練は大変厳しい。排泄だって人間の許可がなければやってはいけない。
 その訓練の前に、盲導犬候補の子犬は「パピーウオーカー」といって一般家庭で10カ月間、慈しんで育ててもらわなければならない。

 そこで子犬は人間の手で深く愛されることを知り、信頼関係を学ぶのである。そのうえで過酷なまでの訓練が施される。そうでなければ訓練に耐え切れないし、やがて盲人の目となり杖となって一緒に歩んでいけない。
 イヌでさえそうなのだから、まして人間においておや…、の話なのである。

 もう一つ挙げれば、人間の赤ちゃんから3歳くらいまでは、子供自身にはまだ記憶する実力がないから、その間に具体的に何があっても覚えてはいないが、感情だけは残るのである。親に放って置かれた寂しさとか、虐待された恐さとか、両親が不仲だったとか悲しさのいわば後遺症は思春期になって現れる。

 とにかく親が嫌い、憎い、だから反抗的になる。非行に走る。そういう子供は、3歳までの両親の愛情が欠落していたせいなのである。みそっかすにされた恨みは、感情としていつまでも残る。
 学校教育で、しっかりと家庭での子育てを教えないととんでもないことになる。

 だから映画「にんじん」の主人公は、小学校高学年くらいの設定であるが、ちょうど思春期にさしかかるかどうかの年齢である。
 少年は自己との内面での会話で、親に嫌われているなら生きていてもしょうがないと爆発暴走的に思い決めていくのだ。

 子供のときから親に疎んじられて育ち、感情的に親を嫌い切る認識に育っている。親を「パパ、ママ」と呼ばずに、「ルピックさん」「夫人」と呼ぶくらいだ。そこにもにんじんの歪んだ認識が表出されているのに、大人は誰も気付いてやらない。
 その上に思春期の認識・実体の論理構造ゆえに、思いが爆発的に膨らんで自殺に走るのは、よくわかる話である。

 彼が父親と和解し、理解しあう端緒について映画は終わるのだが、もし自殺しないまでも家庭で不仲のまま成長したら、それはもう非行に走ったに違いないのである。
 「家庭では愛しあわなければね」と少年は大人びた口をきくのだが、そのとおりなのだ。

 家庭のなかで、愛と理解がない中で育った人は、誠に気の毒だが、人を不幸にしてそれを喜びとする人間になる。
 以前にも書いたが、サヨクは自分の見解と違う人は糧道を断って社会から抹殺しようとするのが常態である。
 本当は愛を知らずに苦しんでいるのに、自分の足りないことを認めるのは嫌なので、不満を他人にぶつける。

 安保反対で国会前で抗議集会をやらかしたサヨクどもは、大方、こういう人間なのである。本人は国民みんなが平和になることを祈っての行動だと思いたいだろうが、ならばわずか3万人しか集まらなかった烏合の衆を12万人などと嘘は言えないはずなのである。

 まして嘘つきの民主党や共産党と共闘できるわけがない。さりとて自民党がいいというわけではないが。自民党を批判しながら、民主党や共産党をも批判しなければいけないはずが、そうしないとは、はっきりした主義主張がないからだ。

 子供のころから、親が嫌いだったとか、親にかわいがられた記憶がない、と言う人は気をつけたほうがいい。知らず知らずのうちに、自分が他人を傷つけることや、誹謗中傷することで鬱憤を晴らしている哀しい人間になっているのではないか、と。

 なんで自分は正しいことを思い、正しいことをやっているのに、人から嫌われるのか、恋人が去っていくのか、配偶者とうまくいかないのか、などは、大本の子供時代の両親との間の問題があったことによるのである。
 そこに素直に気付いて、真人間になるべく自分を変えないかぎり、不幸からは抜けだせるわけがない。

 だが、たいていはそんな子供のころのことが、大人になってからも尾をひいているなんてバカな、と思うだろうが、そういう人はまともに、認識論を学んでいないからなのだ。

 他人様のHPやブログに、人を不愉快にするコメントだけをああだこうだと投稿するしか能がない。自分で問題を立てて、それを解く(説く)実力がないくせに、揚げ足を取るだけはイッチョマエ。
 映画『にんじん』に登場する、日がな文句ばかり言って、自分は不幸だ、夫にも子供にも理解されないとぼやいている母親にそっくりである。

 自分で問題を立てて、自分なりに答えを解いてみれば、誰でもわかることながら、書いたときは十分に意を尽くしたつもりでも、後になって読み返すと、穴だらけだなとか、もっとこう書けば良かったのに、と思うことしばしばなのである。

 むろん、書いたときより認識が発展していたり、気が付かなかったことに気付いたりする。
 それは人間なら当然というか、やむを得ない。それゆえ揚げ足を取ろうと思えばそれはあるものだし、ひねくれて考えれば考えられるものである。

 自分で問題を立てて解くことを自力自努力でやったこともないくせに、人様を揶揄嘲弄、誹謗中傷することだけを楽しみにするとは、あまりに悲しい。
 安保法案の国会審議で情けない情景だったのは、野党どもがこれで国が護れるのか、国民は安全なのかを一切問うことなく、違憲かどうかばかりあげつらったことである。

 これを本末転倒と言う。というより、ただ支那と韓国から指示されたとおり、自分では何も考えずにイチャモンを付けていたことである。このことはもう何度も指摘した。
 彼らはおそらく、親に愛された過程と家庭を持てなかったのだろう。

 反日になれるサヨク人は、日本というお母さんの愛情を感じたことがない不幸を背負っている。小学校からずっと日本は加害者だった、今も悪い、先祖と自分の不幸な国を憎みなさい、支那や韓国に謝り続けなさいと教えられただけだから、いわば親の愛情を知らずに成長したようなものだ。

 またイヌの例でいうと、子犬のときから飼い主がかわいがってやり、散歩は朝夕二回、ブラッシングは欠かさず、よく遊んでやったイヌは、無駄吼えしたり人に噛み付いたりしない。人間の愛情がしみ込んでいるからだ。
 でも飼い主がほったらかしにしたイヌは、やたらに吼え、人を見たら噛み付くようになる。
 まさに国会前で他人の迷惑も考慮せずに怒鳴りちらすのは、飼い主に大事にされなかったイヌのようではないか。

 良識ある人間があのシールズとかで有名になった民青の学生の顔は、親や教師から愛情を受けて素直に育ったものではないことが見てとれる。顔つきに育ちの良し悪しは現れるのである。

 同じように、韓国人や支那人は、子供のころから反日教育を刷り込まれる。自分の国の文化や自然に包まれて愛情を感じないのは、みんな日本が悪いからだと信じこまされる。
 だから長じて火病になり、日本を侮蔑せずにはいられなくなる。





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2015年10月12日

支那事変はどうやって始まったか


 『上海陸戦隊』(1939年制作、熊谷久虎監督 大日方伝、原節子らが出演)
 支那事変の火ぶたが切られた第二次上海事件は1937年8月、蒋介石軍の無法な攻撃で始まった。
 映画はそのときの様子を、事件の2年後に国民に見せている。日米戦争は1941年12月からだから、その2年も前の映画になる。

 これは事実に基づいたきちんとした映画である。
 国際協定に基づいて上海に駐屯していた海軍陸戦隊と民間の日本人が、一方的かつ いきなり蒋介石軍に襲撃されたものであった。
 通州事件よりはるかに大掛かりな狼藉で、支那事変が本格化するキッカケとなった。

 蒋介石は戦争を拡大する企図を持って襲いかかったので、この映画を見てもそれがしっかり描かれている。日本軍に悪いところはいっさいなかった。
 日本軍はまさかの油断があったようだが、上海には陸軍はほとんど駐屯しておらず、海軍の陸戦隊がわずかに駐留していただけだったので、蒋介石軍の総攻撃を懸命に防衛しようとしたが、8月に陸軍の師団を派遣されるまでの間に全滅させられた部隊が続出した。

 それでも上海に派遣された日本軍は2週間で1万人もの戦死者と負傷者を出し名古屋第三師団は壊滅した。これは明治以降の日本の戦争では日露戦争の旅順要塞攻撃時を上回る最悪の被害だった。
 苦しい戦況を打開するために11月に別の3個師団が上海の背後の杭州湾から上陸した。すると中国軍は挟撃を恐れて総崩れとなり南京を目指して壊走した。

 結局、日本側は3ヶ月で戦者10076名、戦傷者31866名を出した。

 映画で原節子は支那人の娘役で、日本軍を憎悪している役回りが、危険を避けるために日本の租界で避難している、との設定である。それを日本軍の隊長が気を遣うという話になっている。

 当時の上海は外国人が治安を管理していた租界があった。日本租界、フランス租界、イギリス租界などがあって、自国の軍隊を駐留させていた。租界は治安が良く、ゴロツキと変わらぬ蒋介石軍や馬賊などより外国軍のほうが安全だったため、支那人が大量に入り込んでいた。
 これは満州も同じで、治安が良いし商売ができるから、支那人が大量に満州に不法移住してきた。

 戦後、「支那事変」の呼称は忌避され、日中戦争と呼ばれることが多いが、それは間違いである。
 支那事変は日本対蒋介石軍閥の戦争だったから、日本と支那全体との戦争ではなかった。
 それに日本が蒋介石軍に宣戦布告すると、本式の戦争となってアメリカの介入が起き、すぐさま対日禁輸措置に出るので、やむなく「事変」と呼称した。

 中共は日本軍は鬼畜で、人民を殺し苦しめたと抜かすが、事実は全く逆で、支那住民は日本軍を歓迎したのである。
 治安が良くなり、略奪や強姦などが起きない地帯になるからだった。また、共産匪賊にすぎなかった八路軍はほとんど日本軍とは戦闘をしていない。現在の支那共産党の戦時中の話はすべてデタラメ。

 盧溝橋事件も上海事件も、そもそもそこに日本軍が他国の領土にいたこと自体が侵略だ、とサヨク日教組は言うけれど、それはまったく当時の情勢もルールも知らないたわごとである。
 租界が設けられ、外国軍隊が支那の主要都市に駐留していたのは1901年の北京議定書による、今日言う所のPKO国際平和部隊の一部であった。

 北京で調印されたから通称、北京議定書と呼ぶ。支那側ではその年をとって辛丑条約という。義和団の乱における列国と清国・義和団との戦闘の事後処理に関する議定書で、外国軍による侵略ではない。
 盗賊集団の義和団が北京に押し寄せて、乱行のかぎりを尽くし、住民や外国居留民を殺戮したため、外国軍が治安出動したのである。

 それに義和団事件に火をつけたのはドイツだった。経緯を高山正之氏の『変見自在(習近平よ、反日は朝日を見倣え)』にある解説を引用しよう。

     *    *    *

 義和団が暴れ出した発端は布教にきたドイツ人宣教師らの傍若無人な振る舞いにあった。
 彼らは特権を笠に着て、仏教寺院を壊してはキリスト教会に建て直していった。彼らは専横で乱暴だった。

 仏教徒は怒って抗議したが、白人宣教師と中国人信徒はそれに暴力で応えた。
 争いは広がり、山西省太原ではついに230人の宣教師とその家族、尼僧らが義和団や同調する仏教徒によって虐殺された。
 彼らは北京を目指し、その道すがら家々を襲ってキリスト教徒なら火炙りにし、あるいは生皮をはいで殺して家財を奪った。
 キリスト教徒でなければ強姦と略奪だけで済ませた。
 
 (中略)
 彼(ドイツ救援軍の司令官ワルデルゼー)は義和団を蹴散らした後、ケトラーを殺した暴徒を捜し出して惨たらしく殺すと「ドイツ皇帝のための3日間の略奪」を部下に命じた。

 それが終わると彼は「自分たちのための3日間の略奪」を許した。野蛮なドイツ将兵は義和団がやったのと同じに家々を荒らし、女子供まで殺し、略奪し、北京を血まみれにした。
  (中略)

 しかしやがてナチスを生み出すドイツ人にそんな節度はなかった。市民はドイツ軍の殺戮を逃れて唯一の安全地帯だった日本軍守備街区に避難してきた。ここだけは秩序が保たれていた。
 

     *    *    *

 こんな次第なので、北京議定書を支那側が「屈辱条約」とか「植民地政策」などと騒いで「抗日」の根拠にするのは、まったくのお門違いで、歴史の歪曲である。
 以後、北京、上海には日本のほか米英仏伊も居留民保護のため戦車、大砲までも装備する部隊を駐屯させたのである。

 ところが蒋介石軍閥は日本軍部隊だけを盧溝橋で攻撃し、さらに大山中尉事件、通州事件、そして上海で挑発を繰り返した。なんとしても日本を怒らせて大規模戦争を仕掛けようとした。

 当時、蒋介石は毛沢東の共産匪賊を駆逐して、全土の統一国家を樹立させようとしていた。「支那統一の最後の5分前」とさえ言われた。その状況の中で、西安事件が起きる。
 今ではこの事件の背後にソ連がいたことが明らかになっている。
 スターリンは独ソ戦を予期していたので、東方の憂いを断っておくために、蒋介石軍と日本軍を争わせる工作をした。

 蒋介石は満州軍閥の張学良をつかって、延安に籠る共産匪賊を潰滅させる方針で、西安に赴いて張学良と最終的作戦打ち合わせるつもりだったのに、囚われ、屈辱的条件を飲まされて、毛沢東を攻撃することを中止して、攻撃対象を日本に定める。

 背後には直接にはソ連がいたが、それだけではなく、アメリカも蒋介石をつかって日本と支那を戦争させる戦略だった。ソ連やアメリカから、莫大な資金援助、軍事援助が行なわれた。

 今となってはこうした工作は、すべてユダヤ勢力が仕組んだ第二次世界大戦への道であったことが判明している。
 映画『上海陸戦隊』を見ると、当時の日本軍の将兵がこうした仕掛けを知らされることがないなか、健気に戦争を回避しようと努力するさまには、胸が傷む。

 作家トレヴェニアンの作品に『シブミ』があって、これはゴルゴ13みたいなヒーローが活躍する冒険小説。
 そこに、往時の上海の日本の防衛戦の短いが詳しい描写がある。
 日本軍の戦闘振りは、ドイツ軍のスターリングラード戦以上の勇敢さであったと評される。

 こういう事実は、戦後まったく蓋をされたが、大きな間違いである。
 ちょうど、落合道夫氏がメルマガで引用抜粋されているので、それを借用する。

      *    *    *

 引用:1937年7月7日に支那の英字紙は北京の近くの盧溝橋で日本軍と中国軍が銃撃を交わした、と報じた。上海のバンド地区の英国の実業家達は、これは迅速に手を打たないと収拾不能になる可能性があるという意見で一致した。そこで北(南京)へ急行して上海以外で抗戦してくれと蒋介石総統に伝えた。

 しかし総統は共同租界を危険にさらすことにより、外国の介入を期待できることを期待して拒否し上海で戦争することにした。
 8月9日、車で郊外(紅橋飛行場付近)の紡績工場の検査に向かっていた大山勇夫中尉と運転手の斉藤与蔵一等水兵が中国兵士に停止を命ぜられた。そして蜂の巣のように撃たれ性器を切り取られた二人の死体がモニュメントロードで見つかった。

 日本は居留民保護のために軍艦から陸戦隊一千人が上陸した。前面には既に塹壕を構築した蒋介石の数万の精鋭部隊が待ち受けていた。
 欧米の大使は、安楽な暮らしを楽しんでいた英国人らの要請で、上海を戦闘地域から外すように東京と南京に要請した。日本政府は双方が非武装地帯から撤退するという条件で同意した。

 しかし8月12日、蒋介石側は日本総領事館と商社間の電話線を切断した。8月13日の金曜日には蒋介石軍第88師団五万人が北停車場に到着し、租界から外に通じる道路をすべて封鎖した。それはごく少数の日本軍と自分たちの間に緩衝用に出来るだけ多くの一般市民を閉じ込めておくのが狙いであった。

 8月14日に蒋介石軍機(米国製)が上海地域を盲爆した。高性能爆弾がパレスホテルを直撃した。さらに31分後に別の一機が大世界娯楽センターを爆撃した。1千人以上が爆死し、一千人以上が負傷した。(注:後のライシャワー大使の令兄がホテルで爆死)

 その夜、蒋介石軍の砲兵が日本の艦船を砲撃した。蒋介石軍は支那事変中、上海で一番頑強に抵抗した。日本軍ははるかに兵力が少なかったが、支那兵を駆逐するのに3ヶ月もかかった。蒋介石は外国の干渉を誘い出すつもりで、連日空軍による無差別爆撃を繰り返した。

     *    *    *

 この引用箇所からも、いかに蒋介石がひどいことをやったかが伺える。
 習近平が、抗日戦勝70年なる軍事パレードをやらかしているのだから、本来なら日本の国を愛するマスメディアなら、史実を掲げて反論しなければならないのに、あちらに対してご説ごもっともと平伏しているのは、醜悪にして卑劣である。

 国会前で安保法案は戦争法案だなどとデマを叫んでいた者どもは、上海事件の真実すら知らないタワケである。
 マスゴミは真実をいっさい国民に知らせないが、ネットで真実が徐々に明らかにされてきており、ためにサヨク反日勢力は敗退を余儀なくされてきているのである。
 真実に勝る武器はない。




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2015年10月10日

ホーキングはいかさま師


 スティーブン・ホーキングは、Wikipedia を引用すると、「学生のころに筋萎縮性側索硬化症を発症したとされている。通常、発症から5年程度で死に至る病気の患者でありながら途中で進行が急に弱まり、発症から50年以上たっても健在でいる。現在は意思伝達のために重度障害者用意思伝達装置を使っており、スピーチや会話ではコンピュータプログラムによる合成音声を利用している。」

 大変申しわけない言い方だが、運動もできないし、外界の反映と言ってもごくわずかのホーキングには、学問は無理である。障碍がありながらも一般人の生活が(他人に助けられながらも)なんとかできているが、学的発展は図ることは超困難である。

 端的に言えば、物理も天文も実際の現実に触れる、つまり外界を五感器官で感じて脳に像を反映させることが、歪まざるを得ない。
 譬えてみれば、両脚を欠損した人は、健常者と一緒にフルマラソンができないのと同じだ。
 しょせんは空想、妄想(ブラックホールやエイリアン)でしかなくなる。

 資料の研究は他人の助けをうけてどうにかできても、学問すなわち世界的論理の発見がなせる頭脳は、健康体であることが必須条件である。
 それが以下の発言にも如実に現れている。

     *    *    *

 エイリアンが襲来し人類を滅ぼす!? ホーキング博士の警告に科学者騒然(2015年10月3日付産經新聞WEB 版)

《AI(人工知能)をしのぐ人類の大敵は、エイリアンだ?!》−。SF小説とみまごうこの一言に、多くの研究者が驚愕し、欧米が騒然となっている。何しろ警告したのが、車いすの天才宇宙物理学者で知られる、スティーブン・ホーキング博士(73)だからだ。博士はエイリアンを含む地球外生命体の探索に取り組んでいるが、人類が関わりを持つことには否定的。

 しかし、高度に文明化されたエイリアンの襲来を連想させる博士の発言だけに、対抗策などの本格的検討を促しているとも受け止められている。(SANKEI EXPRESS)
 博士の“警告”を最初に紹介したのはスペイン紙「エル・パイス」。この内容を英紙デーリー・メール(電子版)など欧米メディアが次々と報じた。

 エル・パイス(電子版)の記者は博士にこう質問した。
 「最近、銀河系で(エイリアンを含む)地球外生命体を探す非常に意欲的な取り組みを始めましたが、数年前には、地球外生命体がわれわれ人類を絶滅させる可能性があるため、関わりを持たない方がよい、とおっしゃいました。この考えに変わりはありませんか」

 これに対して博士は「エイリアンが地球に来た場合、コロンブスの米大陸上陸時のように、先住民族のことをよく知らないために起きた結果(大虐殺)になる」と述べ、エイリアンが人類を滅ぼす可能性を強く示唆した。
 エイリアンが地球など別の惑星に侵攻する理由として、博士は「高度な文明を持つエイリアンは、自分たちが征服して植民地にする惑星を探すため、(宇宙を徘徊する)遊牧民のようになるからだ」と指摘する。

 ホーキング博士は昨年12月、英BBCのインタビューで「完全なAIの開発は人類に終わりをもたらすかもしれない。ゆっくりした進化しかできない人間に勝ち目はない」と発言。AIが人類滅亡を招くとの認識を示して、物議を醸した。

 “AI人類滅亡説”は専門外の分野の発言だったが、今回は「宇宙の権威」である博士が、エイリアンの存在を前提にして、人類滅亡に触れたため、研究者への衝撃度は限りなく大きいという。
 博士は今年7月、宇宙から地球に届く電磁波の中に、どこかの惑星などから地球へのメッセージなど文明の存在を示す信号がないか解析する研究プロジェクト「ブレークスルー・リッスン」をスタートさせた。

     *    *    *

 あちらは天才宇宙物理学者、こちらはただのブロガーだから世間的には勝負にならない。マスゴミはご覧のとおり、ホーキングが言うなら本当か、と騒ぐ。ただ鵜呑みあるのみのみっともなさ。騒然となった科学者も、科学者の資格はない。

 彼の専門における過ちを語る前に、一言言っておきたい。
 「エイリアンが地球に来た場合、コロンブスの米大陸上陸時のように、先住民族のことをよく知らないために起きた結果(大虐殺)になる」と述べたとは、なんたる言い種だろうか。
 英国やスペインなどがアメリカ大陸に押し掛けて、異教徒だからと勝手な理屈で殺戮、強奪、強姦をほしいままにやったことは決してホーキングの言うような「先住民族のことをよく知らなかった」からではない。

 初めから先住民の絶滅を企図して押し入ったのである。ホーキングよ、お前はその強盗殺人犯の末裔だ。しらばっくれるんじゃない。
 ラス・カサスの『インディアスの破壊についての簡単な報告』すら読んでいないで、なにが博士だ。

 さて、ホーキングがイカサマ師なのは、ブラックホールの存在を主張しているところからも明らかであるが、今度はまたあろうことかエイリアンの存在を認めたから、呆れてものも言えない。
 ほとんどの天文学者がブラックホールなる荒唐無稽のヨタ話を信じているようだが、間抜けにもほどがある。

 そんなものがあるわけない。真空がないのと同様に理屈は中学生だって理解できる。まさにこれは「裸の王様」状態である。見えもしないのに、王様はきらびやかな服を着ていると思い込んでいる。ブラックホールを否定したら天文学界にいられなくなるから、みんな「ある」ものだと口を揃える。

 宇宙から来る電波を観測したら、ある箇所から電波が観測されないというデータはあるんだろうが、それがすなわち天文学者がいうところの、すべての物質を吸い込むブラックホールだとはならない。

 本来なら重症の病の身で大学等に就職できないところを、まことしやかにブラックホールはあるんだぜ、と大ボラを吹いて、学界などに衝撃を与えて、おまんまのネタにしている。天文学界も商売のネタがないものだから、ブラックホールの嘘を宣伝しては、マスゴミにエッセイを書いて儲けるとか、大学の教授に収まるとかしている。

 先ごろもNASAが火星に水が存在した! と発表したが、本当に彼らは平気でいかさまをやらかす。そうすることで、研究費を税金からふんだくれるからである。

 宇宙とは何かの一般論もなければ、地球とは何か水はどのように誕生したかの論理が見つからないから、血眼になって火星や月や金星なんかにロケットを飛ばして証拠を探そうとしている。そんなことにいくらカネをかけたって、水は他の惑星にはない。
 行かなくてもわかるのが学問の力ではないか。

 地球外に生物はいないが、よしんばいたとしても地球に飛来することもないと本ブログでは何度も書いてきた。
 地球上の生物は、ヘッケルが説いたとおりに「個体発生は系統発生をくり返す」のである。だから人間は、単細胞生物以来の《生命の歴史》を内包している。その内包される《生命の歴史》をたどらないと、母親の母胎内で受精卵となったときから育つことはあり得ないのだ。

 しかも、人間は人間だけで生存できない。例えば食事もそうであって、人間が食べなければ生きていけない生物も、すべてが「個体発生は系統発生をくり返す」法則を事実としても論理としても内包して生きているのである。

 つまり個人としての人間が《生命の歴史》を内包しなければならないと同時に(直接に)、エサとする動植物も、彼ら自身も《生命の歴史》を内包しているという、二重、三重の構造によっている。

 だから地球外からもし生命体(エイリアン)が地球にやってきたとしても、その地球外生物を生かす環境が地球にはない!のである。ここでいう「環境」とは、ただ現在、地球外生物がその故郷(?)にあった環境と類似したエサや水、酸素などが地球にある、というだけではダメなのである。

 今は、わかりやすく《生命の歴史》を生命体だけにかぎって「個体発生は系統発生をくり返す」のレベルから説明したが、本当はそれだけではない。生命体が地球上に誕生するまでの地球の歴史、すなわちどうやって太陽系が誕生し、太陽から地球が別れ、さらに月が分かれたかの歴史をも内包しているのが、地球上の全生物なのである。もし地球外生物がいたとしても、彼らはそうした太陽系誕生からの歴史を、まったく地球と同一の歴史をたどって内包していないかぎり、地球上で生存することは不可能である。

 地球上の水は、生命現象として誕生した。もともと水があったのではない。だから水も生命現象の一環なのだから、地球上の全生物は水なしには生きられないのみならず、地球上に今も水をその生命活動によって創りだしている。だからエイリアンはそういう水を利用して生きることはできないのだ。
 逆に言えばこうなる。人類がもし月や火星に行けたとしても月や火星ではどんなに水や酸素を運んだところで、生きてはいけない。

 その酸素も、生命体の活動によって今日の酸素となっている。生命体が誕生し、なんらかの元素が生命体によって変化されて(相互浸透して)現在の酸素となっている。いうなれば生命体化した酸素が地球をおおっている。だから仮に他の天体に酸素があったとしても、その酸素は地球上で生命体と相互浸透し量質転化した酸素とは質が異なるのである。

 地球上の生物は、酸素のある天体に行けたとしても、そこの酸素では生きられないし、地球外生物も同様に、地球上の酸素で生きていくわけにはいかない。むろん酸素だけではない、二酸化炭素も窒素も、いや鉄やアルミやなにもかもの元素が、地球だけの歴史を刻んで今日の実体になっているのである。それら全元素の歴史性を取り込まなければ、地球上の全生物(も無機物も)は生存できない。

 こうした説明は、実際は弁証法が理解できていないと、わからない。弁証法は、一言でいえば例えば一個人には全宇宙とともに狭く限定しても地球の全歴史が詰まっているとする捉え方である。地球とは、すべての無機物と有機物の相互浸透的統一体であり、過程の複合体なのである。

 デービッド・アイクは『大いなる秘密』のなかで、爬虫類的異星人レプティリアンの証拠写真のようなものを掲載しているが、こんなものは、支那人が見せる日本兵が残虐行為をやった証拠と言い張るニセの合成写真のようなものである。

 さらに、ホーキングは「宇宙から地球に届く電磁波の中に、どこかの惑星などから地球へのメッセージなど文明の存在を示す信号がないか解析する研究プロジェクトをスタートさせた」とあるが、いくら探したってそんな電波があるわけがない。きっとこれも研究者が研究費をふんだくるために、しばらくしたらそうした電波をキャッチしたと言い出すだろう。

 何が狂っているかといって、そのどこかの惑星から電磁波を出したとして、この遠い遠い地球に到達するまで、その電磁波がいささかも変化しないとでもいうのか? 電磁波をもしかして実体だと勘違いしているのでは? 電磁波はある実体の機能である。当然に宇宙空間に存在するなんらかの物質の機能に影響を受ける。歪められたり消されたり質を変えられたり…。

 ホーキングよ、宇宙についてはもう語るな、迷惑なだけだ。個人的趣味にとどめておきなさい。





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2015年10月09日

蓮見都志子の難民批判イラストを褒める


 中東の難民を批判的に描いたイラストがフェイスブックに投稿され、話題になっているそうだ。
 9月上旬、漫画家の蓮見都志子氏がイラストを投稿した。

 イラストには、薄汚れた幼い中東系の女の子がやや上目遣いに描かれ、次の文章が書かれていた。
 「安全に暮らしたい。清潔な暮らしを送りたい。美味しいものが食べたい。自由に遊びに行きたい。おしゃれがしたい。贅沢がしたい。何の苦労もなく生きたいように生きていきたい。他人の金で。そうだ難民しよう!」

 ただ、女の子のイラストは国際支援団体「セーブ・ザ・チルドレンUK」の職員で写真家のジョナサン・ハイアムズが、シリア国境に近いレバノンの難民キャンプで撮影した6歳の少女の写真と、構図や表情がそっくりだった。
 ネットで「そうだ難民しよう」と検索すれば、その絵が出てくる。

 国内外のサヨク、人権派からいっせいに「極めて差別的」などと非難が集中したそうだ。イラストは、7日に本人が投稿を削除した。
 毎日新聞2015年10月7日付 『難民中傷:日本人漫画家に批判集中 FBにイラスト投稿』の記事で私は知ったが、同記事ははじめから難民は善とでもいうバイアスをかけて報道するのは良くない。

 私は、サヨク毎日新聞が言うほど、これは差別でも難民中傷でもないと思うし、盗作というのもまったく当たらないと判断した。
 まして「ネトウヨ」という汚らしい言葉もまったく見当違いだ。
 毎日の記事は「『恥を知れ』国際的非難」と大きな見出しで報じた。
 それで、出来事を報道したあとに、以下の逆“中傷”をめいっぱいかましている。

     *    *    *

 ハイアムズ氏はツイッターで「無垢(むく)な子供の写真がゆがんだ偏見を表現するために使われたことにショックと深い悲しみを覚える。シリアの人々の苦境をゆがめて伝えており、恥を知るべきだ」とコメント。セーブ・ザ・チルドレンは毎日新聞の取材に7日、「加工の内容は、被写体である少女の尊厳のみならず、紛争の影響を受け困難な生活を強いられている人々の尊厳を傷つけるもの」と答えた。

 ネット上ではイラストが「人種差別」だとして削除を求める署名活動が今月始まり、1万人以上が賛同した。

 ジャーナリストの安田浩一氏は「根底にあるのは他者に対する想像力の欠如。平和に暮らしたいという人として当たり前の感情を否定している」と指摘。生活保護受給者らへのバッシングとも共通し「弱者が権利を主張すると手のひらを返してたたく。日本社会の一部にある気分を反映している」と語った。

 蓮見氏は毎日新聞の取材には回答せず、FBに「今回のシリア難民は『なりすまし(偽装)難民』ではないかと考えています」と投稿していた。【隅俊之、小泉大士】

     *    *    *

 イラストは投稿後からしだいに「差別的な表現である」「シリア難民の実情を分かっていない」など、公開自体を問題視する意見が多数集まったことにより炎上した。
 一時的にFacebook運営によって強制的に非公開にされたものの、投稿者自身が非公開処置が不服であると申請したところ、Facebook運営はこの申し立てを受理。再度公開され、その後は「問題ない」となった。
 「恥を知れ」とは本当は、毎日新聞に向けて投げつけるべき罵倒であろうに。

 蓮見都志子氏は本件について、「当該イラストは藝術作品です。藝術とは様々なものの見方ができるものです。ですので自分が導き出した解釈が気に入らないからと言って、作者に自分の意見を押し付け撤回させるのはナンセンスです」

 「当該イラストが色々賛否両論交わされていますが、私はそれはそれで良いと思います。日本は言論の自由があります。皆さんが法の許す範囲内で自分の主張を展開するのは実に健全な姿であると思うからです」とコメントしている。

 藝術とまでは言えるかどうか…だけれど、これは良い絵、うまい絵である。少女の表情が作者のオリジナルの表現になっているから、難民の写真をトレースしたとする写真家の指摘、怒りは的外れである。偽善的な写真への批判を込めてイラストを描いているのだから、見事に一つの作品たりえている。決して難民への差別ではない。

 写真家が、「このような邪悪な偏見のために無垢な子どもの写真が使われたことに、ショックと深い悲しみを覚えます」「シリアの人々が苦境に立たされているのにこんな間違った表現をするとは、何という恥知らずだ」と苦言を呈したというが、このおバカはまず言論、表現の自由を知らない。

 それに弱者を救えばすべて善なのかという反省もなければ、己の行為への謙虚さもない。表現者を誹謗中傷する権利はない。
 そもそも世界的にベストセラーになったグレアム・ハンコックの『援助貴族は貧困に巣食う』すら、このおバカな写真家も毎日の記者も知らないとは、呆れるばかりだ。

 こんなことは常識になっていなければいけないが、ユネスコ、ユニセフなど連合諸国(国連)機関、世界銀行、IMF(国際通貨基金)等の国際援助機関を牛耳る官僚機構及びスタッフを「援助責族」である。
 『援助貴族は貧困に巣食う』は、「援助関連ビジネス集団」に焦点を当てながら、莫大なカネが動く「経済援助」の裏側を取材し、告発したものである。

 「赤い羽根」程度でさえ、裏側では旨い汁にありつこうとハエのような輩が集まるというではないか。募金活動に参加した男がピンハネした話があった。

 奴らの実態は「ステーキを食べながら栄養失調を論じ、コーヒーブレイクに飢餓対策を論じている」国際援助機関職員や国・地域の固有性、環境、住民の人権等を無視した「構造調整融資」を行なっている。
 このたびの中東からの成り済まし難民の群れについても、当然、援助貴族が暗躍しているはずである。

 だから奴らは、蓮見氏のような鋭い人から真相が暴露され、偽善が世界中にバレるのを恐れる。なりすまし難民も偽装がバレるのが困る。
 そのために口汚く、「善意」の裏側を指摘する向きを攻撃する。

 その宣伝の一環として、蓮見さんのイラストのもととなったジョナサン・ハイアムズの写真があるのだ。
 写真を見れば明らかなように、あれは「見たもの」を写し取っただけの愚作であって、写真家の認識は反映されていないに等しい。像に力がない。

 しかるに蓮見さんのイラストは、ちゃんと作者の認識が表出された作品足り得ている。
 偽装難民少女の顔が、元の写真よりずっと美人に描かれ、目が生き生きしている。だからもう一度言うがトレースではない。

 毎日新聞も、ものごとは一歩さがって公平に見るべきである。はなから若い漫画家を「恥を知れ」と叩くのは、どうかしている。いろいろな角度から問題提起して、当該イラストへの賛否を紹介するだけにとどめるべきである。

 蓮見都志子氏は、現在話題の難民移民の多くが偽装難民だと指摘している。そのとおりなのだ。
 8月末に、トルコで溺死した難民男児が発見される事件があり、世界中の報道機関が大々的に写真つきでとりあげた。
 蓮見氏はこの事件について、家族はもともとトルコ在住であり、政府援助を受け取るために母子家庭を装って難民申請をしていたのだという意見を書き、件のイラストをつけてFacebookに投稿したのである。

 ああいうお涙頂戴の写真は、極めて八百長臭いのだ。ユダヤ勢力が報道機関をつかって世論形成を狙うのはよくあることだ。湾岸戦争のときの油まみれの海鳥とか、ゲリラに銃撃されたが助かった少女とか、後でみんなイカサマだと明らかにされたではないか。メディアはその意図的嘘の片棒をかついできた。
 
 そういう醜い実態を、蓮見氏は捉えて告発しているイラストなのである。

 話は飛ぶけれど、イギリスの下層階級の青年たちを描いた映画『THIS IS ENGRAND』(2006年 シェーン・メドウス監督)がある。
 これは1980年代のサッチャー政権時代を描いているから少し古いが、貧しい未来の見えない青年たちが右翼政党に惹かれて行く生々しい様子が描かれていた。イギリスが凋落し、労働者が豊かになれないのは、アジアやアフリカからの移民のせいだとする右翼の主張に同調していく。

 右翼政党の主張は移民難民の追放である。
 英国の(そしてヨーロッパの)本音は、移民排斥なのである。ヨーロッパにかつての豊かさはもうない。彼らはキリスト教を信仰する建前からは、移民を排除することはできない。
 この偽善的態度が、ヨーロッパ社会を暗くし、またそこにつけ込もうとする偽装難民を生んでいる。

 さはさりながら、ヨーロッパンにはこれ以上、人権や福祉を言いたてて、それこそ「そうだ、難民しよう!」とやってくる連中を食べさせる余裕はない。それは庶民感情なのである。そこに人種差別感情が再燃し、俺たちは文明人だとのウヌボレもある。

 しばらく前から、ヨーロッパにはネオナチだけではなく、反移民感情はわきあがり、右傾化してきているのである。そういう現実を前に、日本のサヨクは善意の旗さえ掲げていれば世界中が幸せになると、ノー天気に思い込んでいる。だから、単純に蓮見さんのイラストに激怒してみせている。

 移民排斥はいけない、人類は助け合おう、閉鎖的ナショナリズムはやめろ、差別はダメだ、と言うのは容易い。けれどそうした善意を巧妙に操って、「偽装難民」がうごめき、ユニセフや赤十字などの偽善欺瞞が金儲けをしている現実を、冷厳に見つめなければいけないのである。

 そして、やがて訪れる韓国、北朝鮮、支那の潰滅によって、大量の「そうだ、難民しよう! 日本に行けば他人のカネで楽して暮らせる」としてやってくる民度の低い連中の侵入が起こりうる。今のヨーロッパが抱える問題をもしかして周回遅れで日本人も直面しなければならなくなるかもしれない。そのとき、差別はいけないと太平楽を言っている奴から食い物にされていくのは間違いない。

 先きごろ、習近平がアメリカに行って、ボーイング社に300機の旅客機を爆買いしたそうだが、そんな300機に支那難民を乗せて日本の地方空港に強行着陸されたら…と嫌な予感に襲われたのは私だけか。




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2015年10月08日

映画『白いリボン』とVWの不正(2/2)


《2》
 『白いリボン』のDVDのジャケットにはこうある。「暴力、偽善、欺瞞。人間の醜さを体現する大人たち。そして「純粋の印」として白いリボンをつけることを強要される子供たち」。
 奥深い映画である。

 こういう映画を観れば、いかに日本の映画界が低劣の極みかわかる。
 日本映画はどれもこれも、チャラチャラした恋愛ものとか、荒唐無稽な未来の映画とか、かつての黒澤明や小津安二郎といった監督の重厚な作品は消え去った。
 
 この映画は、先に挙げたように、白人にすべての正義がある、善悪は白人が決めるとする「国際標準」とはいかなるものかのひとつの解答でもある。問題をただ咎めるだけではなく、己の醜悪さにも立ち向かう、まさに主体的な、能動的な作品である。

 フォルクス・ワーゲンの犯罪は明らかであるが、彼らはいわゆる謝罪はしていない。あろうことか企業トップは知らなかった、一部の社員がやったことだとトボケている。

 まだ不明のことはあるが、マスゴミはVWから広告をもらう立場だから、あまり悪くは言いたくない。下っ端がやらかしたんであって、トップはしらなかったなんてバカなことがあるかとは、マスゴミは言わない。
 グルだからだ。

 これは映画で白いリボンをつけさせられて、傷害事件やリンチを起こしながら絶対に認めない、口をきかない子供たちや知っていながら黙っている大人たちと、まったく同じ病理そのものである。

 登場する大人たちは、表向きは厳格で道徳家で、子供たちに「純潔であること」を強要する裏では、弱者を差別し、虐げ、心も体も踏みにじることを平気でやってのける。
 これがヨーロッパ白人が世界中の民を植民地にし、殺戮のかぎりを尽くしてきながら、仲間内では敬虔なクリスチャンでございますと、図々しく気取っているザマである。
 
 また現在のドイツが、VWの不正を国家ぐるみでやりながら、弱者たる中東からの難民にいかにも良い人ぶっているのと風景は重なる。
 ただここではテーマが違うから深入りしないが、ヨーロッパが世界中の富を集めたために、資本主義が発展し、産業も学問も発展して、世界史レベルでは大きな前進を果たした意義はある。道徳論だけでは解けない。

 子供たちは残酷であるが、それは閉鎖的で、嘘で固めた、弱者をいたぶる社会へのルサンチマンによっているのだ。
 その彼らがやはり長じて同じ暴力や不正に充ちた社会を生み出してゆく。思えばこの第一次欧州大戦のときに子供だった連中が、やがてナチスを生み、ユダヤを迫害し、またユダヤ人も同胞を裏切る社会を出来させたのである。

 これほど残酷ではないにしても、日本の子供たちの状況は共通する。大人社会へのルサンチマンが、イジメ、非行、引きこもりを呼んでいる。

 しかしながら、この映画の凄いのは第一次世界大戦前夜のドイツの病理を抉り出しながらも、それを道徳論で終わらせていないところであろう。映画の宣伝文句に「暴力、偽善、欺瞞。人間の醜さを体現する大人たち」とあると紹介したが、これはおそらく日本側が付けた文章だろう。そこには道徳論が下地にある。

 確かに、この映画に描かれた社会は、善悪でいえば悪に満ち満ちた作品で胸くそが悪くなるけれど、勧善懲悪や道徳論でおしまいにしたのでは藝術作品には届かない。

 「暴力、偽善、欺瞞…」という見方は現象論である。額に手を当てたら熱かった、じゃあ病気か、というのが現象論である。しかし人間はさらに突き詰めて構造に分け入ろうとしてきた。構造は、対象が事実で、家の骨組みのように見えるものもあるが、論理構造は見て取れない。見えないものを見て取るには訓練が必須である。

 『白いリボン』は、映像作品でいわば学的世界で言うところの、論理構造に分け入ろうとしていると思える。むろん学的究明ではなく、映画だから解答はないし、鑑賞者が考えなければならない。
 だから当然難解である。大衆向けの映画ではない。
 
 今回のドイツVW社の不正は、ドイツの屋台骨を揺るがす事態に発展するだろうが、ただ「汚ないことをしやがる」では現象論、道徳論でしかない。

 なぜあれほどの世界的企業が、ドイツ人の魂ともいうべきVWが、不正をやったかの論理構造に迫らなければならない。
 日本人は論理構造に分け入ることが苦手のようだ。
 例えばサヨクは、日本が先の大戦で加害者だった、侵略者だったと道徳論的に判断している(道徳論で言うなら日本は被害者だ)。その延長で、先の安保法案が戦争に巻き込まれると勘違いを起こしていた。

 『白いリボン』でも、地主である男爵も、キリスト教で支配する牧師も、搾取階級=悪として見るのがサヨクであろう。それは一面的見方である。しかし映画をよく見れば、それなりに農民も教師も食っていける社会を構成している。だから誰も叛旗を翻さない。

 さはさりながら、このドイツ社会こそがナチスを生んだのだという根源的メッセージにもなっている。そしておそらく今度のVWの不正を生んだ社会なのである。
 
 こうして見てくると、『白いリボン』はドイツの小さな村の出来事を扱いながら、実は国家とは何かを問うているとも思える。権力、宗教、経済、教育などが凝縮されている。

 ここで少しばかり、現象論と構造論のおさらいをしておこう。
 本稿で私が、どうしてVWの不正事件と、映画『白いリボン』を合わせて取り上げたかというと、マスゴミではVWの不正を(及び腰的に)現象論で捉えているようだが、本当はそうした不正を横行させるドイツ、もしくはヨーロッパの精神構造にまで分けいって明らかにしなければ、問題の所在もわからなければ、解決の糸口にもならないからである。

 「国際情勢の分析と予測」氏の見解は、感情的レベル、あるいは現象的レベルで述べている。あれでは構造論に入ってはいけない。
 そうではなく、構造に分け入るべきだとする示唆にまで踏み込んでいるのが、たまたま『白いリボン』ではないかと思ったから、例として取り上げたのだ。

 むろん、構造論は事や物の解明の部分であって、本質論にまで昇華するには、人間とは何か、歴史とは何か、といった根源を究明しなければならないが、それは今回は置いておく。
 ドイツ人社会の構造、その認識、経済、政治形態、大衆、宗教などの、見えない部分を解明するのが構造論になる。だから本質論から見れば構造論は部分である。

 『白いリボン』の中で次々に起こる事件は陰惨であるが、これが現象である。警察はこの事件の犯人さえ捕まえたらよい。それを生み出した社会の歪みといった構造については関心の埒外である。それはそれで構わない。マスコミもたいていは、犯人が誰か、いつ捕まったか、動機は何かなどの現象を報じる。

 マスコミは本来的には社会の構造にまで踏み込んでいかなければなるまいが、そんな関心は希薄で、読者の関心もないから、どうでもよくなる。おざなりに「こんな社会の歪みが犯罪を生む」低度の解説をして終わり。

 『白いリボン』では、子供による犯罪が次々に起こることを示すことで、そこにおける“共通性”を把握するべきだと鑑賞者に告げている。
 共通性を捉えることでやっと構造論に近づけるからだと、この映画の制作者は分かっているようだ。つまり1つの事件ではわからないのである。いくつもの事件(事実)の共通性、あるいは区別を見つける。初めは区別しか注意が向かない。当然、ドクターがワイヤーに引っ掛けられて落馬する事件とか、小作人の女房が転落死するとかは、別々のものにしか見えない。

 しかし、村の大衆にはなんとなくの不安が生じるが、共通性に着目しはじめるのは牧師や教師など、インテリである。見た目の共通性を捉えて、犯人は子供たちだと分かっていく、それは現象論レベルと言えよう。
 見た目の(現象の)共通性を捉えただけだと、すべての事件が同じ犯人になってしまいかねないが、あの事件の真犯人は誰で、こちらの事件はただの事故かもしれない。それは現象論では解明できない。

 さらにむずかしくいえば、構造には二重構造になっていて、@現象している実体に入る構造 A過程的(過去)をたどる構造 がある。
 『白いリボン』は、いくらなんでも映画だから、過程的構造までは分け入っていけない。現象している実体(殺傷事件)を扱っているまでだ。
 
 牧師や教師が犯人が子供たちらしいと目星をつける実力があるのは、いちおうインテリだけに、一般論を把持しているからである。人間とは何か、子供はどういうものか、男爵家と農民の支配関係とは…、そういう一般論から対象を見ていくから、見事な推理になっていく。

 これはちょうど、インドでシング牧師が「狼に育てられた少女」のアマラとカマラを発見したときと似ている。原住民は「人間とは」の一般論がないので、アマラとカマラをバケモノと言っておそれたが、シング牧師は一般論から捉えて「見た目」だけでなく観察してあれは人間の少女だと見ぬいたのだった。

 こうした緻密な論理的映画を創るのは、さすがにドイツ・オーストリア人らしい。






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2015年10月07日

映画『白いリボン』とVWの不正(1/2)


《1》
 9月初め、フォルクス・ワーゲン(VW)の壮絶なイカサマが米国で発覚した。
 ディーゼル車の排ガス規制を逃れるための不正ソフトウェア問題は、VW 単独の犯罪であるのみならず、ドイツ政府やEUが組織的に隠蔽に関与していたことが明らかにされてきた。
 これは、トヨタが数年前に欧州の規制当局に対して告発したのに、当局は黙殺しているからである。

 私もうかつではあったが、まさかドイツ車が!の衝撃を受けた。
 よく考えてみれば、白人の腹黒さは身にしみて分かっていなければならないことであるし、何せドイツはナチスを生んだ国であり、かつ戦後はナチスに責任をおっかぶせて自分たちドイツ人に罪はないとしらばっくれた奴らなのだ。
 この事件はドイツ車が高度な技術力があるという幻想を全世界で破壊した。

 「国際情勢の分析と予測」氏は10月2日付の記事でこう分析している。
     *    *    *

 これはこれから始まるコペルニクス的転換の始まりに過ぎない。これから、民主主義=正義、米英=正義、白人=正義、連合国(日本では国連と翻訳されている)=正義、グローバリズム=正義、欧米巨大金融機関=正義、英語=一流言語等の従来の価値観が全て誤りであり、これらの組織や事柄が実は犯罪そのものであるという真実が世界の一般庶民を震撼させることになる。

 その時、北朝鮮の亡命政権を中心に今も大東亜戦争を戦い続けている大日本帝国が勝利を収めるだろう。第二次大東亜戦争である朝鮮戦争は大日本帝国亡命政権と米帝の戦いであり、現在は休戦状態に過ぎない。傀儡である南朝鮮政府は休戦協定に関与していない。

 今後朝鮮戦争が再開され、大日本帝国亡命政権=北朝鮮軍が中国人民解放軍や大日本帝国の陸海空軍(米帝崩壊後に大日本帝国憲法に復帰、自衛隊が名称を改訂)、ベトナム軍・インド軍・イスラム軍・ロシア軍・独仏軍などと共にアメリカ合衆国・カナダ・豪州・NZ・英国を占領・統治し全ての戦争犯罪者を処刑するという未来を私は予想する。これは第二次世界大戦での枢軸国の勝利であり、大東亜共栄圏の鬼畜米英に対する完全勝利なのだ。

     *    *    *

 後段の北朝鮮は大東亜戦争の日本軍残存部隊だと言う話は、「国際情勢の分析と予測」氏のおはこだが、私は疑問である。
 でも前段の、「民主主義=正義、米英=正義、白人=正義、連合国(国連=正義、グローバリズム=正義、欧米巨大金融機関=正義、英語=一流言語等の従来の価値観が全て誤り)」との主張には賛成である。
 コペルニクス的転換はどうかと思うが、そうでありたい。

 媚中副島隆彦は、これら価値観こそが世界基準なのだから、黙って従えとボケをかまし続けている。こういう嘘の裏側で、白人どもがどれほど世界中で不正を行い続けてきたか。媚中副島は見てはいけない、ご主人様の言うとおりにしろとわめくのだ。
 ご主人様らが「南京大虐殺があった」というからには、それはあったことにして従順にやっていけばいいと。

 媚中副島のことはさておき、VWの不正は、彼ら白人どもが常にワルをやってきたその延長の話にすぎない。またやったか、である。
 VWはおそらく倒産するだろう。それでもドイツ政府や世界銀行などから資金を援助してもらって生き伸びるであろう。

 VWの不正で思い出したのが、ミヒャエル・ハネク監督(オーストリア人)の映画『白いリボン』(独・英合作 2009年)で、これは非常に深刻なドイツ人(あるいは白人)の病理を抉った作品だった。

 Wikipedia をもとにしながらあらすじを紹介しよう。

 1913年、ドイツ北部の名も無き村。物語は村の学校に勤務していた教師の回想によって語られる。モノクロ映画である。
 男爵とプロテスタント牧師が権力者として支配する村。最初の事件はドクターの落馬事故であった。屋敷への道に細い針金が渡されて、馬が転倒させられたのだ。重傷を負ったドクターは町の病院で療養することとなる。

 二度目の事件はその次の日。怪我によって製材所へ移されていた老小作人の妻が、そこで転落死した。二階の床が腐っていたのだ。家族全員が男爵に雇われて暮らしていたので、小作人は男爵と争うことは出来なかったが、我慢できなかった長子のマックスは数ヶ月後の収穫祭の折に、男爵のキャベツ畑を蹂躙したのだった。
 しばらくして老小作人は男爵家から解雇され、自殺して果てる。

 呼応するかのように第三の事件が起こった。男爵の子・ジギが行方不明になった挙げ句、製材所で暴行を受け逆さ吊りの状態で発見された。
 また男爵家の倉庫が放火される。

 犯人は不明のまま。
 これに対し、礼拝の席で男爵はこう告げた。「犯人を見つけ出せ。果たされなければ、村の平和はない」これによって、村には言いようのない不安が立ちこめるようになった。

 事件はまだある。ドクターの家政婦兼愛人の女の知恵遅れの子供が、何者かによって目を潰される。
 次々に社会的弱者が犠牲になっていく。

 だが、真犯人はついにわからないままに映画は終わる。
 とはいえ、明らかに犯人は牧師の子供たち(6人もいる)とその友だちと思える。
 牧師は極めて厳格に子供たちを躾けている。不正や悪戯は絶対に許さない。純真無垢の心を忘れないようにといつも腕に白いリボンを付けさせる。

 その重圧に反発してか、子供たちが次ぎ次に残酷な悪戯どころか犯罪を犯すのだ。
 しかし警察からも大人からもいくら「お前たちだろう」と責められても、子供たちは頑として口を割らない。知らぬ存ぜぬとしらばっくれる凄まじさ。それが実に不気味な映画である。

 現在のドイツ人が戦争もユダヤ人虐待も、あれはナチがやったことで、国民は知らぬ存ぜぬとしらばっくれているのと、そっくりだ。
 誰かが仲間を裏切って大人にチクれば、陰惨な制裁が起きることを知っている。そういった極限的状況を、子役たちが見事な演技をしてみせる。

 しかし父親の牧師が息子を問いつめて、映画では見せないが、真実を息子がしゃべったと思われる。同じく子供たちを疑った教師が牧師の長女と長男を問いつめるのだが、そこへ戻って来た牧師がいわば逆ギレして、教師を恫喝するのである。
 我が子と私に対する侮辱だ、お前を教師の座から追放するぞ、と。

 そして犯人不明のまま、翌年には第一次世界大戦が始まっていくところで映画は終わる。

 ところで、この映画のドイツの村は男爵家が支配している領地である。
 貴族だからこれは代々引き継がれて来、これからも引き継がれていくはずだった。
 ところが史実では、第一次世界大戦後に社会主義が勃興し、地主階級、貴族階級に風当たりが強くなっていくのだ。そしてナチス、すなわち国家社会主義党が政権を取る。

 民主的選挙によって、ナチ党による政権奪取、そしてヒトラーによる独裁がはじまり、貴族階級は形の上で打倒されて行き、富は分割されていく。ヒトラーの初期政策は社会保障と福祉を中心にした、生産力の拡大と完全雇用をめざした失業抑制政策だった。だから大衆はナチスを熱狂的に支持した。
 この映画の村にもその影が忍び寄る。それが子供たちによる凄惨な反逆である。地主階級、貴族階級は存立が脅かされはじめている。

 しかし、ナチスもそうだったが、社会主義は失敗するのである。このことはゲバラを論じたときに示唆しておいた。
 貴族階級は時代の流れで打倒されていくのではあるが、それを現代では貧しい側の立場から非難し、鬼のように嫌われ、悪の象徴のように扱われる。

 貴族階級にはそれを成り立たせている社会の論理があり、虐げられたる階級にとっては怨嗟の的であろうとも、それにはそれなりのいわば冷酷なばかりのシステムがあった。農奴階級には断固無慈悲を貫き、同情を寄せない、それが貴族である。貴族がお人良しだったら、他国からも使用人からもつけ込まれるのだ。貴族を世襲し続けていけなくなる。
 家督、家業を潰してしまっては社会が成り立たない。

 そういったありよう(大人のありよう)も、この『白いリボン』には描かれている。地主の傲慢冷酷、それは悪とだけ断じていいのだろうかとわれわれは問われている。ところがその社会を、暴力で覆したあとは、本当の意味での社会が抜けたナチスの政策は破綻し、国家滅亡を招くのであった。






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2015年10月06日

寝る前のコーヒーはなぜ眠れなくなる?


 寝る前には濃いお茶やコーヒーを飲んではいけないと言われる。
 頭がさえて眠れなくなるからだと。
 子供のころから親にそう躾けられてきたのだが、だんだん長ずるに及んで自分でお茶やコーヒーを飲むようになって気付いたことは、必ずしもお茶やコーヒーを寝る直前に飲んだからといって眠れなくなるわけではないということだった。

 眠れなくなる理由は、お茶やコーヒーにはカフェインが含まれているからだ。カフェインが神経を興奮させて眠れなくなると説明されている。
 よしんばそうだとしても、ではなぜ私のように、ちゃんとカフェインが入っているお茶を飲んでも、堂々と眠れるのか。
 友人らにも聞いたことがあるが、へっちゃらだと答えた人はけっこういた。

 カフェインを飲むから眠れなくなるとは、即物実体論であって、弁証法がない、二重構造で解けていない、となる。
 お茶を飲んだら眠れなくなる、には二重構造があるのだ。
 すなわち、お茶にはカフェインが入っているから眠れなくなるという不安、恐怖が生じるからである。つまり認識の介在を考えなければいけない。

 もし実際に床にはいってから、あ、寝る前にお茶を飲んでしまったな、これは眠れなくなるかもしれないぞ、そうなると明日は疲れたまま仕事や学校に行かなければならなくなる、大変だ、と不安が湧き出てくる。
 実際にカフェインが作用することは事実であろうが、そこに不安感がない場合は、コーヒーやお茶ではさしてカフェインが作用することがないのである。

 ひところ、マンガ『おいしんぼ』で、福島に行ったマンガの主人公が、放射能のせいで鼻血が出たというシーンが描かれ、問題になったことがある。
 福島県の原発で放射能の数値がいくらか高くても、全然問題とするには及ばなかったにも関わらず、サヨクが大仰に騒ぎ、当時の民主党政権が、世界にも稀な低過ぎる(厳しい)許容数値決めてしまったものだから、住民がすべて避難する騒ぎになり、農産物や海産物が忌避される事態に及んだ。

 そういう知識がたいていの人には刷り込まれているから、実際に福島に行ったとすると、不安一杯で乗り込むことになる。だから普段自然界で浴びている程度以下の放射能でも、鼻血が出る騒ぎになるのである。
 『おいしんぼ』のマンガ主人公が鼻血をだしたのは、そこにも二重構造があったのだ。(事実とすれば)あれは主として認識の病気である。

 試みに、社員食堂で昼のランチ定食を食べた従業員に、直後に社内放送をして、「食堂で定食を食べた方! あのなかのイモの煮っころがしからボツリヌス菌と大腸菌が発見されました! 食中毒に十分ご注意ください」と(ウソの)連絡をしたとしたら、多くの人がお腹が痛い、吐き気がすると訴え始めるだろう。

 しかし、その社員のなかでも、今夜憧れの異性と初デートする予定だとか、昇進栄転の内示を受けた人なんかは、もうルンルン気分だから、「食中毒」症状なんか出ないのである。
 あるいは、憧れの彼女がつくってくれたケーキを食べたとする。そのケーキはとっくに賞味期限が切れ、半ば腐って糸を引いている状態だったとしても(きっと黴菌がうようよいる)、食中毒になることはまずない。

 こういう風に認識は恐いものなのだ。

 安倍政権が通した安保法案で、戦争になる、人を殺す・殺される、とデマを叫んだおバカどもは、認識の病気である。事実から論理を引き出さずに、自分の感情から対象にそれをおっかぶせる。食べ物が腐っていないのに、腐っている、食中毒になったら大変、と不安になってしまう人と同じであった。

 たかがコーヒーで眠れなくなるという些細な話であっても、なんでも二重構造で考える必要がある、ということだ。
 南ク継正先生の新著『なんごうつぐまさが説く“夢講義”(6)』(現代社刊)のなかに、「恩師滝村隆一に学んだものとは−−−−すべてを二重化して捉える頭脳の働き」(88ページ)がある。そこを引用する。
 
     *    *    *

 分かりやすく説くならば、恩師滝村隆一に学んだのは、「何事かを捉えようとするならば、必ず二つに分けて考えるべし」であり、「何事かを論じるならば、実体の二重性と機能の二重性、すなわち簡単には四重性においてなすべし」という見事な教訓として捉えることを学びとったことだったのです。
 この二重性・二重化を、私は自分の専門分野への指針(コンパス)として学びとっていったのです。

 しかしながら私の恩師は、お二方とも実際の私の質問への解答は全く与えてはくれませんでした。だが私はそれでも、その無言の解答からも諸々のことを、はっきりと学びとっていったのです。
 それは、恩師三浦つとむの弁証法の三法則の学びは、『弁証法はどういう科学か』を超えるきっかけがあったからです。

 それが前記の恩師滝村隆一の「二重化を構造化して、かつ過程かとして把握すべし」の格言−金言なのです。私はこの「二重化すべし」の金言をあろうことか、まもなく恩師三浦つとむの弁証法三法則にもあてはめていくことになるのです。
 そして、それだけに対象もすべて二重化、そして弁証法もすべて二重化となっていくことになったのです。
 

     *    *    *

 私も滝村さんの初期著作『革命とコミューン』『マルクス主義国家論』で、二重権力論とか「広義の国家と狭義の国家」などの概念の新鮮さに眼を瞠る思いだった。
 大学ではバカみたいに教授どもは欧米の誰それはこう言っている、とかの知識をしゃべるばかり。「すべてを二重化して捉える頭脳の働きをなすべし」などという金言はどこにもなかった。

 だから、滝村氏の論文はむずかしいながらも心惹かれた。
 南ク継正先生は、「書物に説いてある事柄の中身に深く深く学ぶ努力をしたのではなく、自分の専門たる武道の世界に関わる森羅万象の出来事を、二重に構造化して、かつ過程として捉える努力」をしていったのだと、ご自身の学びの秘密を解いてくださっている。

 大学ではまさに「書物に説いてある事柄の中身」にだけこだわる講義でしかなかった。
 それが習慣となって、卒業後も読書はいいとしても、やたらに本を読みふけってはそれだけが、物事を分かる、知る、唯一の方法と勘違いしている人が多い。

 そういう人はどうしても南ク継正先生の著作は感情的に反発するのだろう。分からないし、分かりたくない頭脳に固まってしまった哀れ…である。

 先きごろの安保法制審議で、国会前で馬鹿騒ぎをやったサヨクは、あの法案が持つ二重性で捉えることはまったくなく、ひたすらデマでしかない「戦争法案だ!」の偏った視点にこだわったのだ。大学教授、それもサヨク色の強い連中が群れて反対決議をやらかしていたようだが、まさに物事を二重化できない頭脳となり果てたせいであった。

 それなのに媚中副島隆彦は、民青思考で物事を二重化で捉えないアホ学生を褒めちぎる仕儀となった。副島は「国際基準(欧米基準)で考えればいい、それに従っていればいい」と傲慢に言い募る評論家でしかないから、ついに二重化できる頭脳は身につかなかった。




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2015年10月05日

アリババの末裔たち


 安倍首相は国連での演説で、難民支援(教育や医療)に969億円を出すと表明した。
 日本は世界で儲けさせてもらっているから、多少のお付き合いで寄付を出すのも仕方がないだろうが、そんなカネがあるなら、日本国内に向けて使うべきではないのか。

 財務省の木っ端役人どもが財政が苦しいから消費税を上げると陰謀を企んでいるのだから、イスラム難民もしくは移民を支援するためにそんなカネがどこから出てくる? 

 あっちもこっちも腹黒い連中ばかりで何から指摘したものか迷うほどだ。
 とりあえず今回の難民騒ぎのもとは、中東を混乱させたユダヤ人、それにイギリスとフランスであり、直近ではアメリカが悪い。
 彼らが難民を支援すればいいじゃないか。

 それはそれとしても、イスラム難民もただのかわいそうな民ではない。彼らもあこぎなことにかけては白人と差はない。
 困ったふりしてどっとドイツやらイギリスやらに押し掛けても、定住すればなんのかんのと文句を言い始め、要求はエスカレートして行く。

 もっと賃金を上げろ、交通費は安くしろ、生活保護をたっぷり出せ、子供を学校に通わせろ、宗教の自由を認めろ、チャドルもニカブもかぶらせろ、豚肉を使わない料理を出せなどなど。日本に不法入国してきたザイニチどもがやってきたのと同じことになる。
 もう貧しい本国に戻る気はなくなる。

 民族が融和して国境の垣根がなくなり、世界市民になっていくなんてことが実現するわけがない。旧ユーゴスラビアの四分五裂を見れば歴然としている。それがわかっていながら、メルケルは良い子ぶりっこで中東の労働者を入植させようとした。
 ドイツで働きたければ、イスラムを棄ててキリスト教のプロテスタントに改宗するのが条件だ、とでも言うべきだった。

 高山正之氏の新著『変見自在(習近平よ、反日は朝日を見倣え)』に実体験が書かれている。
 アフガニスタンを旅行したときのことだ。屈強なガイドを雇った。その男アクバルはアフガンでゲリラに加わって暴れたが、あるとき政府軍に捕まって拷問を受けたそうだ。

 「真冬の池に漬けられ、凍え死ぬ寸前に引き出され、血の気を失った足の甲を電気コードで殴られた。気が遠くなるほど痛かった。彼らは『温めてやる』と仲間の1人の肛門に熱湯をホースで注ぎ込んだ。 もだえ苦しみ、それがもとで死んでいった。」
 と、こういう連中なのである。イスラム信者とは、である。

 さらに、
     *    *    *

 車でスレイマン山脈を越えてクエッタに向かう。杏子の花がきれいな山道を走っていたら、マントを羽織った老人と小さな子供がこちらに手を振っていた。
 乗せてほしいのかと思ってブレーキを踏んだ。助手席でまどろんでいたアクバルがそれで目覚めた。一瞬で事態を把握したのか、怒鳴った。「馬鹿野郎。殺されるぞ。ぶっ飛ばせ」。

 言われるまま加速して老人の脇を走り抜ける。老人がマントを跳ね上げカラシニコフを引き出すのが目の端に見えた。バックミラーを見ると銃口から硝煙の立つのが見えたが、車には当たらなかった。

 「この辺の連中はみんなダコイト(盗賊)だ」とアクバルは言った。
 (中略)

 (スピンボルダックの街に入って)街の広場にソ連製の装甲車があった。村人からそれを鹵獲したときの話を聞いた。装甲車の上に乗って記念写真を撮っていたらアクバルが寄ってきた。「連中はこっちを襲う気だ。さりげなく車に戻って、そのまま突っ走るんだ」。

 乗り込んで発進させるのとほぼ同時に四方から彼らが駆け寄ってきた。国境検問所の方にUターンする暇はなかった。逆のカンダハールの方向に逃げた。
 (中略)
 
 それから数年してテレビ朝日の記者が同じ街で襲われて数百万円の身代金を取られたと現地の人から聞いた。テレビ朝日はそんなニュースを流さなかった。

 系列の朝日新聞はアフガンの人はいい人ばかりだと伝え、そこで井戸を掘る日本人のことをとてもいいことのように報じた。
 その後、広島の中学の先生2人が朝日を信じてピシン峠からスピンボルダックに入り、頭を撃ち抜かれた遺体でみつかった。

 「平和を愛する諸国民」なんて日本国憲法と朝日新聞が創った嘘っぱちだ。

     *    *    *

 これはアフガンの話ではあるが、私はイラクやらシリアやらもみな同じと思う。貧すれば鈍す、であって、だれもが盗賊になるしかない。善良な人もいないではあるまいが、なにしろ『アリババと40人の盗賊』のお国柄である。あの話は古来、イスラム圏で伝承されて来たものだ。
 そんな連中が、国内の内戦や混乱を自力で終息させることもできもしないで、ヨーロッパの国々に入り込めば、とんでもないことが起きるとまっとうな人間なら考える。

 ヨーロッパはアフリカ、アメリカ大陸、アジアから富を収奪した盗賊の国々だ。いわば「40人の盗賊ども」だ。そこへ今度はアリババの子孫たちが押し寄せて、ヨーロッパの富を奪おうというのだから、まさにアリババが盗賊の隠した財宝を盗んで金持ちになった話と同じじゃないか。

 高山氏がアフガンで井戸を掘る人というのは、医者なのにアフガンに赴いた中村哲のことだが、中村は先の安保法案騒動のときに反対の声明を出している。なんだ、アホの一味か。
 朝日や毎日は中村の活動を、人間の鑑のように称讃するけれど、もとはといえば、彼も日本国民のために医者になったはずで、それも国民の税金で補助してもらい、日本の大学で医療を学んだ。

 それがなんで勝手にアフガンの人間を治療に行く? まずは日本のために尽くすべきではないのか。
 それに。日本政府もそれとは別にアフガンの砂漠緑化を推進して成功をおさめてはいるようだが、果たしてそんなことをしても、意味があるのかどうか。

 人の助けで井戸を掘り、砂漠を緑化しても続かない。
 骨がらみ盗人根性、タカリ根性なのだから、やがて井戸は誰がかが妨害して塞いでしまうだろうし、緑化した森林や畑は伐採されてしまうだろう。





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2015年10月03日

朝ドラ「あさが来た」を批判する


 NHKの朝ドラ「あさが来た」の初回放送を見る機会があった。
 途中で見る気が失せた。ドラマだから目くじら立てるほどのことはないのだけれど、相変わらずに「朝ドラ史観」を匂わせる。

 話は幕末の京都。主人公のあさは豪商今井家の次女。
 主人公は例によって朝ドラお定まりのおてんばな女の子で、長女はつは箏や裁縫が上手という設定。
 姉妹には、生まれた時から親が決めた許婚がいた。あさの許婚は、大阪の大きな両替屋の次男、新次郎だったが、遊び人であった。

 そのため、許婚との結婚に納得できなくなったあさは、「自分の道は自分で決めたい」と学問をはじめる。しかし母は「女に学問は必要ない」と叱る。

 こういうスタートである。
 たまたま3回目も見たのだが、あさの一家が大阪を訪ねる話だったが、もう不自然な脚本と演出で白ける。無理に話を作っている。
 いくらなんでもそんな偶然は起きまい、とか、いくらおてんばでもそこまで非常識はやるまいとか、あきれるばかり。

 脚本は大森美香である。駄作だった「風のハルカ」以来、朝ドラは2度目だそうだ。「風のハルカ」については以前、指摘したが、母親役の真矢みきが母親を勝手に放棄して気ままに生きることを選ぶストーリーに呆れたものだった。あのときも女房に棄てられる夫を渡辺いっけいが演じたが、大森もNHKも本当にうだつのあがらない無能な亭主を創るのが大好きのようだ。

 今度の朝ドラでも主人公の亭主はだらしない甲斐性のない設定にする。女の自由を認めないとか、女房の尻に敷かれているとか、頑迷な封建亭主であるとか。前作の「まれ」でも、主人公の父親が無能で放浪癖のあるバカに描かれていた。
 下らない、やっぱり今後は見ることはない。大森美香には脚本家の才もないし、常識もない。

 必ず、NHKは江戸時代は悪い時代、自由がない、封建的社会だったという前提でものごとを進める。
 そしてだいたいNHKのドラマでは戦前も暗黒の時代で、軍人が威張り、ささいなことで民衆を殴り、自由がなかったとする。

 つまり戦後、アメリカが日本を解放してくれて、とくに女性は職業も結婚も学問も自由にできるようになった…とする史観を根底に据える。
 ヒロインは社会の封建制と戦って、女性の自由や生き甲斐を勝ち取ったと、もう相場ができている。

 しかし、私はおおいに疑問である。 
 江戸時代が真っ暗だった、女性は虐げられ奴隷のように扱われたとする史観は、共産主義から来る。あるいはアメリカ流の社会観である。
 では本当に江戸時代に女性は差別を受け、不幸のドン底だったのか? 本ブログで何度か紹介したが、江戸時代から明治にかけて来日した外国人の記録を見れば、当時の女性たちは決して不幸だったとは言えない。

 今日の野方図な社会に比べれば、制約が多かったのは確かであるが、それと幸不幸は別である。
 もし江戸期の女性がワープしてきて、今日の社会を見たら、果たしてうらやましい、素晴らしい社会だと思うのだろうか?

 当時は当時で、皆が納得して暮らしていた社会だったのであり、女性が生まれたときから許嫁を親に決められていたからとて、暗黒だったわけではない。むろん意に染まない嫌な婚姻もあったろうが、では今日では自由で好きな異性と結婚できるからといって、すべてが幸せになるのか? むしろ、現代では好きだからと結婚したものの、失敗した! と嘆いている女性も多いではないか。

 戦後、アメリカのせいで家族制度は崩壊した。子供は勝手に独立して行く、田舎は限界集落ばかりになり、親の面倒もみなくなった。
 だから介護保険が必要になり、老人ホームが雨後の竹の子のように建ち、ために若い労働力が老人の世話という何も生産性のないことに費消されて留まるところを知らない。

 安倍首相は、介護離職ゼロを打ち出した。親の介護のために働いている人が仕事をやめなくて済むように、とご親切に言うが、いったいどうやって実現するのか。介護専門家を増やし、老人ホームを拡充しようとしている。

 安倍首相は一方でアベノミクスで経済を伸展させると言いながら、若い労働力を介護に向ければ、経済は停滞するのである。まったく矛盾した施策である。
 介護市場を拡大することが3本の矢の成長戦略か?
 介護ビジネスをやっている企業だけがウハウハと儲かるだけ。

 江戸時代から昭和初期にかけては、女はいかにも学問は授けられず、結婚は親が決め、亭主が遊郭で遊んでも文句は言えないとか…であったろうが、当時は老人介護施設もなければ健康保険もない社会である。女には家にいてもらって、子育てだけではなく老いたる親の面倒を見るしかなかったのである。

 それをNHKの朝ドラのように、今日的尺度で侮辱し非難してはなるまい。
 それに、女が教育を受けられなかったと決めつけるのも間違いである。町の寺子屋には女の子も通い、なんと先生が女性だったことも珍しくはなかった。こういう国は世界中でも珍しかったのだから、日本はずいぶんと先進的だった。

 結婚を当人の勝手にするだけでいいのか、家族の見解を入れるほうがいいのかは、そう簡単な話ではない。
 また、老人の介護にしても、すべてを政治任せにするのもよくないし、家族に押し付けるだけも良くはないだろう。役割を分担して気持ちのいい社会を創っていくしかない。伝統の家族制度を全部棄てるのはどうなのか。

 昔は姥捨て山があった。北極のエスキモーは高齢になると、1人で氷原に出て行き凍死する掟だった。そうしないと食料が限られているので孫が死ななければならない。そうしかできなかったのだ。
 今日の老人ホームの林立は、昔で言えば本来は山に棄てるべき高齢者を家に置いておくようなものだ。だから経済が停滞してしまったのだ。





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2015年10月02日

なによりダメな新聞記者


 はるか以前の新聞の切り抜きをスクラップして保存してあったのを、パラパラとめくっていたら、1988年ごろ奥谷禮子氏のインタビュー記事を見つけた。
 記事元と日付を書いておかなかったから、いつどこの新聞かは不明だが、たぶん朝日新聞ではなかったか。

 奥谷は後に労働者の過労死は「自己管理がなってない」と断じたり「労基局はいらない」「祝日もいらない」「派遣切りで文句を言うのは労働者の甘え」「格差はしょうがない」などなど大胆な口吻で相当物議をかもした。

 各方面から大変評判を落とした女性だが、この記事の当時、日航のスチュワーデス(CA)から転身して新しい人材派遣会社ザ・アールを立ち上げ、勢いに乗っている女性社長だった。
 通訳、秘書、コンパニオンなどのやや高級な人材の派遣を主にしていた。

 彼女は結婚していたが、夫から仕事を持つことを反対されて、あっさり離婚した。結婚生活は有限の世界だが、仕事は無限でチャレンジのしがいがある、と。
 私は奥谷の主張に賛成なわけではないが、政府の諮問機関などにこういう人物がいてもいいと思う。さまざまな意見を自由に戦わせてほしいものだ。

 無難な、世間受けする識者ばかり集めたって発展はない。
 さて、それはどうでもよくて、インタビューの最後の記者とのやり取りが面白かったので、切り抜いて保存しておいたのだった。

     *    *    *

 −−−−奥谷さんは「感性を育てるべきだ」とよく言われてますけど、感性って、なんですか?
「五感で何かを感じるというか、あらゆることに好奇心を持ち、仕事をするのも何するのも、そういう感性が基本じゃないかな、という気がするんです。良く女子社員が『仕事が面白くない』『もっといい仕事があるはず』と言うんですけど、手紙の書き方ひとつ見ても、感性があるとは思えない。なんか基本的なことが狂っているんじゃないか。いつも受け身なんですよね。自分を磨いて自分が変わらない限り、仕事も変わらないんです」
 (中略)

−−−−−僕たち新聞記者の感性はいかがです?
「一番遅れてるんじゃないかしら。世の中の変化をつかみきれてないみたい。新聞の考え方というのは、なんかワンパターンでね。新聞同士の競争が少ないせいじゃないのかしら」

−−−−−競争はやってますよ。特ダネ競争も、部数競争も。
「そういった物理的な競争じゃなくて、ソフトの部分での競争はどうなのかしら。第一、新聞社に電話して『だれだれさんをお願いします』と言ってもちゃんと答えられる人はいないんですもの。『いません』とだけ言ってガチャン。そういう社会常識のない人たちが社会の常識をつくるわけですからね」

−−−−−じゃあ、一度、社員教育に来てくださいよ。
「ほんとに新聞社が一番、社員教育が必要じゃないのかな。なんか悪口言っちゃった」
−−−−−いえいえ、きょうは勉強になりました。  (岩城 元)

     *    *    *

 私の経験でも、新聞社にまともな人はいるけれど、奥谷が言う社会常識のない、しょうもない奴は多い。
 まさしく世の中の変化を摑み切れていない。
 新聞社だけでなく、テレビもNHKから民放までディレクターは傲慢不遜である。
 自分はエリートだ、一流会社の人間だと言う思い上がりで膨れあがっている。

 鼻持ちならないとはこのことである。
 新聞記者多くが社会人として出来損ないであることは、昨年8月以降の朝日新聞騒動でも示された。「従軍慰安婦」などを捏造しておきながら、社長以下、謝り方一つ出来ない。欠陥人間の集団だ。
 一流大学を出て、若いうちに特殊社会に入り、世間的には高給を食んで天狗になっているからだ。

 しかし今やマスメディアはインターネット世界の広がりを受けて孤立し、馬鹿者扱いされている。それなのにまだ気付かない。
 社説なんかをはずかしげもなく掲げて、主に政府あたりに指図するかのように駄文を草する。「〜せよ」「示せ」とか命令調。
 謙虚さの微塵もないから嘲笑される。

 さらに外国の黒幕が日本の言論を支配してきた。彼等の独裁には日本のマスコミは沈黙だ。強いものを恐れる事大主義の根性無しだ。






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2015年10月01日

チェ・ゲバラはヒーローなのか(2/2)


《2》
 カストロはキューバ革命が成功すると、キューバに引きこもって、近隣の中南米に革命を援助することはしなかった。ゲバラはキューバ1国だけが社会主義になってもダメで、中南米がすべて社会主義国にならなければ、アメリカと対抗できない、人民の解放はできないと思っていたから、カストロと袂を分って、ボリビアへ行くのである。それが後編の映画『チェ 39歳別れの手紙』になる。

 「別れの手紙」とは、ゲバラがキューバ政府の要職を投げうって南米革命に身を投じる際の、カストロへの手紙のことである。
 ゲバラはそうして偶像になった。ゲバラはそれほど理想に燃えた人間だったのだろうか? その理想とはなんだったのか。

 カストロはキューバで何をはじめるかと言えば、絶対君主然となって、不満分子や自分の地位を脅かしそうな仲間の粛清をはじめる。

 Wikipedia からの引用をする。

     *    *    *

 キューバ国内ではバティスタ政権下の警官及び兵士が、殺人と拷問を含む人権侵害及び戦争犯罪で裁判にかけられた。殺人で有罪判決を受けた者達500人以上のほとんどが銃殺され、残りは長い懲役刑を宣告され収監された。

 チェ・ゲバラはラ・カバナの最高検察官に任命された。これらはカストロによる反革命活動勢力、バティスタ忠誠者達を浄化する試みの一部であった。他に多くの者が警察及び軍から解任され、旧体制の数人の高官は追放された。これに加えて革命政府は反体制派の追放政策を行った。

 彼らの多くは弁護士、目撃者および参加社会の人々(彼らの多くは検察官の求刑よりも重い刑を頻繁に要求し、しばしば残忍な要求を行った)を交えた裁判の後処刑された。更に超法規的な処刑も行われた。最も悪名高いものは、サンチアゴの占領後にラウル・カストロによって指揮されたバティスタ政権兵士の捕虜70名以上の処刑である。

     *    *    *

 つまりゲバラも、革命後にその手を血で濡らしたのである。峻烈な粛清に参加した。殺さなければ殺されるのだから、こうなるのは理解できるけれど。

 『チェ 28歳の革命』では、主人公はゲバラではあるが、最高指揮官カストロが密林の中でも君臨し、部下をアゴで使う様子が描かれている。指揮官が部下に同情していたら戦争はできないだろうけれど、革命後の粛清を想起させるような人物として描かれている。

 私も若い頃にはレジス・ドゥブレ(フランス人作家)が、キューバ革命について書いた『革命の中の革命』を読んだものだったが、今思えば彼も社会が抜けた革命論をぶっていたように思う。ドゥブレは、ボリビアでゲバラとともにゲリラ闘争に加わり、逮捕、禁固になったがサルトルらフランス知識人らの助命嘆願で釈放された。

 世界中で起きた共産革命の末路はほとんど哀しい。
 ソ連、中共、北朝鮮、北ヴェトナム、キューバなど、理想は掲げはしたが、理想社会を創ることにはすべて失敗している。
 昨日も書いたが、これはマルクスの思想そのものに社会が抜け落ちているからであろう。

 世界史は資本主義社会になる必然があった。そうでなければ社会資本が蓄積できなかったからだ。富の一極集中、すなわち貧富の格差はできたが、大金持ちがそのカネをインフラや技術開発などに投資できたから、社会は大発展し得たのである。
 そういうプラスの面を、マルクスらは見てとることなく、富の一興集中はけしからん、悪党どもだ、打倒しろとする“道徳論”で暴力闘争を起こした。

 ロシアであれば、レーニンが政権を取るのではなく、ケレンスキーが政権を取って、帝政ロシアから資本主義的国家に移行していれば良かったのだが、彼に実力がなさすぎ、またユダヤの陰謀によってレーニンに政権が渡ってしまった。

 キューバにしても、カストロの暴力共産革命ではなしに、米国の支配を脱却し近代資本主義にまずは移行するべきであった。
 カストロは、大地主や買弁資本家、アメリカ人を追い出して、労働者や農民に富を分けてしまった。一時的、国民は熱狂してカストロを歓迎したが、あっという間に富が拡散してしまったために資本の蓄積がなければなし得ないインフラ整備や、産業育成の投資ができなくなって、貧しい農業国でしかなくなった。

 それは共産主義が、やはり道徳論でしかなく、社会をどうするかが抜け落ちていたからである。
 キューバではたまたま(?)共産革命が成功したが、夢よもう一度とゲバラが向かった先、ボリビアはキューバの轍を踏むまいと身構えていたし、農民が貧困に喘ぎながらも食べていけていたのだ。だから革命は共感を呼ばず、ゲバラは食料にも事欠いて消滅して行った。

 ボリビアでのゲバラの活動は、映画『チェ 39歳別れの手紙』に描かれているが、ゲリラ部隊が農村を訪れると農民たちは戸惑う様子が見てとれた。搾取はされていても、暮らせているのだから、革命を望んではいなかったのである。
 コミュニストたちは、社会を知らないくせに、貧乏だけは知っていた。搾取さえなくせば成功すると勘違いした。それがすべての過ちの根源である。

 日本でも、共産党が民青をつかって安保法案反対のデモをやっていたが、根本的に彼らのイデオロギーには社会の概念がないから、ほらごらん、他共同体との対峙という社会の危機にどう対応するかが全く欠落している。彼らには資本家階級の代表である自民党が悪だという認識しかないから、安全保障問題が何も提言できない。

 共産政権が全部失敗したわけを、私たちは本来は学問的に解明しなければならない。現在の日本共産党みたいに、哀れ、他の野党と選挙協力すればもしかして連立政権が取れるんじゃないかと妄想しているらしいが、そんな数合わせでなんとかできると思うところに、彼らの思想の、あるいは学的実力の貧困が見て取れる。

 彼らにはどうやって国家を守るかがなく、社会もないから、自力で革命を起こそうにも、大衆の支持は絶対に得られないのである。
 大衆は生活者なのだから、コミュニストのようにいわば思想が強過ぎてはついていかない。

 北朝鮮は、もともと民族性として国家自立できないところへ、共産党独裁をやらかしたから、ほ〜らごらんナ、「先軍思想」とか「主体性思想」とか今でも叫んでいるではないか。思想は生活を成り立たせてくれないのに、無理矢理思想を掲げれば社会が成り立つと勘違いしている。
 思想だけでは学問にならない。人間がいなければものの生産ができない、つまり社会が成り立たないことを、ゲバラ自身も学べなかったのである。

 ところで、現代では中東シリアやイラクでISが跋扈している。自称革命勢力である。
 ブログ「兵頭二十八の放送形式」9月23日付から引用する。

     *    *    *

 過去700人のアラブ系英国人がISに加わろうと出国したが、うち半分は、幻滅してまた英国に戻ってきた。そこから貴重な情報が取れている。
 彼らの怒っていること。ISはスンニ帝国をつくると標榜していながら、じっさいにはスンニ派の弱者からも搾取の限りを尽している。

 もうひとつ。かれらが現地で与えられた戦場勤務は、非常に退屈なものであった。それにがっかりした。
 ほとんどのIS占領下の街には電力が供給されていない。とても「パラダイス」とは言い難い。

  ※IS占領下のシリア東部のラッカとつながっているエリアだけは、ラッカの火力発電所のおかげで、夜でも町に光があるという。つまりラッカにはどこからか燃料が供給されているわけだ。かたや、かつて殷賑をきわめたイラクのモスルは真っ暗である。

 豪華な自動車を貰って優雅に暮らせるというISのプロパガンダ・ビデオを信じて出かけた阿呆も、すぐに自分が馬鹿だったと悟った。
 大量処刑や大量レイプを手伝えといわれて、これに加わったら、あとでどこかの法廷で訴追されるのは確実だと察して逃げてきたイラク人もいる。

     *    *    *

 これを読むと、ISがならず者の一派であることが見てとれる。そうだろうなあ、と。
 キューバのカストロもゲバラも、今日のISとたいして変わりはなかったのではなかろうかと思えてくる。

 ISの場合は、油田を確保してカネがおそらく潤沢にあるのと、人身売買や身代金などで稼いでいるのだし、その実体は得体が知れないがアメリカやイギリスの民間軍事会社が参画しているはずで、背後にはやはりアメリカなりユダヤなりがいるのであろう。

 ISが宣伝するように、若者がIS軍に参加したら優雅に暮らせるとしたら、それは彼らも石油などの利益を個々人に分配してしまい、富の集約によってインフラを整え、産業に投資する考えがない、つまりそのイデオロギーには宗教はあっても社会が抜けていることを示している。

 それでは仮にISが権力を握り、新国家を立ち上げることができたとしても、必ずや大衆は幸福にはならないことは保障できる。




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