2015年11月05日

痴呆の治し方(1/5)


《1》
 知り合いの人から、「認知行動セミナー」に行って、医師の話と臨床心理士の話をありがたく聴いた、とのメールが来た。
 そんなものに時間をつぶして聴きにいくくらいなら、私のブログを読めば良いのに、と答えておいた。
 そこで、これは2010年8月に旧「心に青雲」で紹介した痴呆の治し方について、埋もれさせておくのは惜しいので、再録する。

     ◆      ◆

 天寿堂稲村さんの実践・実体験である。
 稲村さんは地域の公共施設で「武道に学ぶ健康と護身」講座を開催し、その一般参加者の一人が痴呆症状があるというので、一緒に体を動かし、帰り際に、足先、指先の簡単な練習を教えて、これを家で毎日5分ほど続けるとよいと教えた、とあった。

 さらに、同じように痴呆症に関して、永く寝たきりで、息子も娘の顔も分からなくなった身内の人を相手に、論理的な働きかけをしたところ、突然覚醒してその後は前のように普通の会話ができるようになり、身近で介護していた人は劇的な出来事に驚いていた、とも記されていた。

 この件に関して、さらに詳しく知りたいと思い、メールで質問したのである。
 空手をやっている者であれば、ボケ予防法は理解でき、自分で実践できて当たり前だが、ボケた人にどう分からせるか、それを教えていただきたかった。
 以下に概略を紹介したい。

 まず、「武道に学ぶ健康と護身」講座で、空手をやっていない一般の参加者のなかに軽い痴呆の人がいて、その方にどう働きかけたかである。

 年齢は80歳の女性。3歳下の妹さんがいてこの妹さんが今回の講座に参加し、2回目にお姉さんを連れてきた。軽い痴呆の気があり、時々ふらっと出かけてしまいどこにいるかわからなくなるということであった。
 「見たところ80歳にしては姿勢もよく言葉つかいもしっかりしているので、痴呆症とはいえ、まだ完全にボケてしまっているのではないとわかります。またこうして外に出歩いてくるだけの前向きな認識を持っているということがよくわかりました」という。

 どういう運動をしたかというと、これは跳びながらやるのだが、まず左足をだし、跳んで両足を開いて着地し、次に右足で跳んでまた両足で着地、ということをくり返すのである。子どもの遊びにある「けんけん、パ」に似ている。
 この運動が痴呆の人にはまったくできなかった。

 そこで「イチで左足をだして、ニで両足を開いて、サンでに右足を出して、ヨンでまた両足を開いてというように、それこそ手取り足取りで足を動かすようにする。できないながらも何とか足を動かそうとすること(この過程が大事)を5分ほどつづけました。だめだ、できないというのを、大丈夫! ほらできたでしょ! と声をかけながら」一緒になって指導したという。

 足を使ってタオルをひき寄せる運動では、当該女性は足先に力が入らない(神経の働きが弱い)ためにタオルは足元に集まらない。足先をみるといかにも神経が集まっていない力のない足先をしていたそうだ。

 普通ならここで処置なしとなるのだろうが、ここでどうすべきかを考え、南ク学派の措定した〈生命の歴史〉に尋ねるなら、脳細胞は手足を使うためにできたという一般論から答えを導きだす。
 そして脳細胞は脳細胞として単独で鍛えることはできないのであり、脳細胞を鍛えるには、手足使わせることだとして実践する。

     *    *    *

 「痴呆は神経の親玉である脳細胞が正常に機能しない状態であるから、要は正常に機能するように働きかけなければなりません。脳細動は脳細胞としては鍛えることはできないのであり、これは手足を脳細胞が鍛えられるように使うしかありません。

ということで、まずは神経が通わなかった足の指を動かすこと、指を上下に動かすことをぜひ続けるように話したのでした。手も護身のときに教えた相手につかまれた手を逆に取るという護身の手の使い方をやるとよいと話しました。

 本当は裸足でのアスファルト歩きがよいのですが、ただ裸足で歩けばよいといったところで1回はやるでしょうが、まずは続かないと思うのでやめておきました。」


     *    *    *

 これが第一の、軽い痴呆の人へのアドバイスである。

 次の事例はもっと重態の、永く寝たきりで、息子も娘の顔も分からなくなったお婆さんを相手に働きかけたありかたはについてである。

 「70に近くなってから、足の具合が悪くなるに従って出歩くことが少なくなり、そのうちたまに出かけると帰りがわからなくという状態になり、家族が、危ないからということで、お婆さんが外に出ることを嫌がるようになり、外に出さなくしてしまいました。ここから一気にボケが進行して行きました。」

 
 これは K支部長が教えてくださった事例で、彼が対面してみると、その状態は予想どおりますます悪く、家族の顔もわからなくなり、食事をしたことすらわからず、ものも言えない、ただ寝たきりの状態だったという。 
 そのとき彼は「人間の認識は五感器官をとおして(神経を働かして)外界の反映である」という原則(一般論)をもとに働きかけようとする。
 具体的には、いかに神経に働きかけるかである。

     *    *    *

 「まずは、締め切った部屋の窓を開けて新鮮な外気を取り入れ、布団を敷き替え、体を洗ってやりました。次は家族に話しかけるようにさせ、私は萎えた両足を丁寧にさすり(血行を良くすると共に神経が通うようにと)これはその日2時間以上おこないました。この日は変化なし。

 次の日起きると同時に窓を開け、体を拭いて、それから又話しかけながら足をさする。
 午前中、田舎の親戚回りをするというので、お婆さんを背負って一緒に外に連れだすことにしました。何軒かの親戚を回ったときには、物言わぬお婆さんに親戚の人たちが「連れてきてもらってよかったね」とか「まー、おぶってもらって」とかいろいろと話しかけてくれたのです。

 突然の変化が起きたのはこの後でした。
 いったん家に帰って昼食をとり、一休みしたあと、お祭りでやる歌舞伎を見に村の神社に行こうということになりました。
実家から神社までは30分くらいかかるので、周りの人はお婆さんは置いていくように言ったのですが、とにかく反映をさせることが必要と考え、お婆さんをおんぶして出かけたのです。

 賑やかな人通り、祭りの囃子、木々を渡る風の中、もう少しで歌舞伎の会場に着こうかとする坂道を上っていた時、これまで一言もしゃべることがなかったお婆さんが、突然に彼の名前を呼びかけてきたのでした。
 一緒に歩いた家族がおどろき声をかけると、お婆さんは家族の名前を言い返し、これから向かう先に神社があるのかもはっきり覚えていました。

 そのあとは、特に親しい親戚の所を回ってきました。みな一様に意識が戻ったことに驚いていました。
 そのあとはというと元の生活に戻されてしまい、1年半後の2月に亡くなりました。」


     *    *    *

 という次第である。
 このK支部長の一般論を踏まえた創意工夫による働きかけは、見事の一言である。
 これこそが一般論を導きの糸とした具体への取り組みである、とみなさんにぜひ分かっていただきたい。
 私はとりわけ、病人の寝たきりになっている部屋の窓を開け放った、という最初の行動に感動している。

 むろん、最初の講習会での軽い痴呆の人への働きかけも、脳とは何か、神経とは何かの一般論を媒介にしての働きかけで、K支部長の言う事がまだわかる軽症のお婆さんへのすばらしい適応であった。
 
 看護婦ならこれをやって当たり前ではあるが、ナイチンゲールと薄井担子先生の理論を学んでいない二流の看護婦には、できない芸当であろう。

 K支部長が説いている最も大事なところは、「痴呆は神経の親玉である脳細胞が正常に機能しない状態であるから、要は正常に機能するように働きかけなければなりません。脳細動は脳細胞としては鍛えることはできないのであり、これは手足を脳細胞が鍛えられるように使うしかありません」ということである。
 また手指足指を意図的に動かせない重態の痴呆の人には、脳細胞の本来的機能である反映を蘇らせることで、脳を「正常に機能するように働きかけた」ということなのである。

 これは痴呆になっている人への働きかけであるが、同じことは知識秀才に育ってしまった「若ボケ」の人間にも当てはまることなのである。また、この神経の使い方が空手の達人への道でもあると思う。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする