2015年11月19日

清濁合わせ呑むべき社会


 11月4日付の本ブログで「野球選手の賭博への疑問」を書いたが、その後、巨人の3選手は事実上の永久追放処分で野球界を追われた。
 巨人の代表も引責辞任だとか。
 再度言うが、私は別にジャイアンツを贔屓しているわけではないが、この処分は厳し過ぎだ。

 八百長もなく、闇社会とは何の関係もなかったのだから、二度とやるなよと叱る程度でいい。人の人生を全部おしゃかにするほどの罰を与えるとは世知辛い世の中である。

 こういう建前でキレイ事を言うやつは嫌いである。
 プロ野球でも大相撲でも、こういう興業世界はヤクザ抜きに成り立たない。清廉潔白であるはずの(?)NHKが、そうした闇社会とつながっていることが明らかな相撲や野球の中継をやっている。
 歌舞伎や演芸、繁華街の水商売、大型商業施設、もっと言えば土木建築、運輸なども何らかの形で関わりはある。

 マンションの杭打ち不正が話題になっているけれど、(私も確たる証拠はないが)土木建築界からヤクザを追放していった結果ではないかという気がしている。餅屋は餅屋だったのに、大企業や木っ端役人だけで差配するようになって、旧来の秩序(表裏がある社会)が保たれていた土木建築界が“清浄化”されて、動きが悪くなってしまったのではないかと疑っている。

 戦後、なんでも平等が正しい、個人が大事でやってきた。土木建築にはつきものの談合すら禁止し、犯罪にしてしまったために、談合で淘汰されるべき業者が生き残り、アメリカはそれらを使って侵入してきている。市場開放と称して。それがあの杭打ち不正を生んだのではないか。

 ヤクザは元は任侠の世界である。アウトローとも言えようが戦前は俠客と言った。表社会からはみ出した者で裏社会に住んでいるけれど、裏社会で生きていくためには、表社会(カタギ社会)から仕事をもらわないと生存できないわけだから、持ちつ持たれつの関係なのである。
 表社会での人がやりたがらない仕事、汚れる仕事を引き受けてくれていたのが裏社会であり、任侠世界である。

 例えば、罪を犯して刑務所に入れられた人間は、出所してもめったに雇ってくれる人はいない。それは当然だろう。で、そういう社会のはみ出し者を引き取って、それなりに糊口をしのげるようにしてやっているのが、ヤクザの世界である。そういう裏のシステムがなかったら、再犯率はもっと高くなるはずである。

 土木現場は昔から「親方」が仕切っている。親方は、表の大企業担当者とも、ヤクザとも顔が利いて、旨い具合に調整してくれていた。そういう人間がいないと、大企業が巨大な施設を建設しようとしても、サラリーマン感覚では仕切れないのである。ゼネコンのサラリーマンが背広を着て、汚れ仕事をしないで済んでいるのは、汚れる仕事、きつい仕事を差配してくれる親方がいるおかげなのだ。

 大人気を博した渥美清の映画『男はつらいよ』シリーズ、主人公寅さんはヤクザである。今は彼らも「暴力団」の一味みたいに扱われているが、誰も寅さんを暴力団員とは言うまい。寅さんはカタギの世界では困った男ではあろうが、彼らがいなければお祭りは成り立たないではないか。それでは神社や寺は暴力団と付き合いがある、ということか?

 あの映画で見られるように、テキ屋(ヤクザ)は一面では損な役回りを引き受けてくれている。
 終戦直後、第三国人が傍若無人に暴れ回ったときに、警察はGHQの指令で身動きがとれないときに、ヤクザは体を張って朝鮮人暴徒と戦ってくれた。

 焼け跡闇市も、敗戦で物流が混乱しているなか、マーケットを開いてくれたのはヤクザだ。あれがなかったら飢え死にした人は多くなっただろう。闇市には悪質な第三国人の支配するところもあったが、適性価格で物資が販売がされ、女性でも安心して買い物ができる闇市だってあった。

 食品業界なんかでも「抗菌」がやかましく言われ、とにかく菌がいたら大変だとなって女どもが神経質になった。抗菌グッズが馬鹿売れした。トイレもウォシュレットで肛門を清潔にしすぎて、却って肛門に炎症が生じたり、痔が悪化したりする。人間は菌と共生しているのが正しいのに、菌を無くしたらそれこそバランスが崩れる。

 そんなこんなで、博打はやりたくない人はやらなければいいし、遊びでやりたい人は別に止めはしない。野球選手だって同じではないか。八百長に関わるのはいけないが、友人関係で遊ぶくらいは誰でもやっている。巨人の3選手を極悪人のように言うプロ野球機構やマスゴミの記者だって、賭け麻雀や、競馬、パチンコなどやっているくせに。

 島田紳介が芸能界を追われた。あの事件もおかしなものだった。誰が見たって島田紳介がカタギの人間じゃないことは承知していたが、芸が面白ければ許されていたのだ。紳介が別に悪いことをやったわけではなかった。
 右翼団体とトラブルを起こして、それで世話になった知人が山口組の若頭だったというだけの話。刑罰を受けたわけでもなかった。

 これは国会議員が、「日本は朝鮮でいいこともした」とか「核武装の議論を始めた方がいいかも」と発言しただけで、マスゴミ挙げて大騒ぎにしてクビを飛ばすことをやったが、あれと同じである。

 それがいけないというなら、阪神大震災のときに山口組は被災地で炊き出しをやったけれど、それでおにぎりや味噌汁をいただいた人間は、みんな島田紳介と同罪になるじゃないか。
 まっとうに生きたい人間は、ヤクザに入ったり交友関係を持ったりしなければいいだけのことである。

 マスゴミは高倉健や美空ひばりを褒めちぎる。しかし彼らもヤクザと付き合いはあった。美空ひばりは山口組田岡組長の愛人とも言われた。それが許されているのだから、巨人の3選手が裏社会とかかわりがあったわけでもないのに、なんで追放すべし、になる?

 そうやっていわば社会は棲み分けができている。それは難しい言い方をすれば、世界は弁証法性だからなのである。
 冒頭に、それではあんまり世知辛いじゃないか、と書いたが、世知辛いとはどういう意味かといえば、ネットにあった解説を引用してみる。

 「世知辛いの「世知」は、本来仏教用語で「世俗の知恵」を意味し、日本では「世渡りの才」も表すようになり、さらに「勘定高い」「せこい」といった意味でも用いられるようになった言葉である。
世知辛いの「辛い」は「世知」を強めたものであるが、「世渡りの才」に対して「辛い」で「世渡りがしにくい」という意味になったのではない。
 「勘定高い」という意味の「世知」を強めた「辛い」で、世知辛いの本来の意味は「勘定高くて抜け目がない」である。
「暮らしにくい」「世渡りがしにくい」という意味は、「世知辛い人(勘定高い人)が多い世の中は暮らしにくい」という意味から派生した用法である。」


 要するに無菌状態の社会が実現したら、世渡りがうまくいかなくなる、ギスギスした社会になる、ということである。そうならないための知恵が、例えば社会を表と裏にしているのだ。
 変な正義が横溢する社会になってきたのは、アメリカに翻弄されているからでもあるし、朝日新聞を筆頭に「悪」は徹底して排除すべきだとする意見がまかり通るように持っていかれたからだ。

 ついでながら、日本でキリスト教が人口の1%低度なのは、日本人が本来「清濁合わせ呑む」の常識をまだ把持できているからで、キリスト教が建前だけの偽善で正義だけを振りかざすことに拒絶するからだ。

 共産主義は、資本家は悪だ、搾取だと道徳論で言う。「空想から科学へ」などというが、あんなものは科学ではない。彼らは共産主義国家なら善だけの社会になると妄想したのだ。そのくせ、ソ連も中共も、社会平等、搾取廃絶と言いながら、権力者はやっぱりズルをやった。だから共産主義はキリスト教徒同じだと言われる。

 サヨク日教組もそうだったし、役人も建前ばかりで動くようになった。純潔がいい、無菌がいい、正義がいい、世の中はすべて「あれかこれか」だ、などと主張してきたのが朝日新聞であった。
 「戦争は悪だ、許さない」、が暴走して、おかしな憲法9条が正義にされた。現実は無視された。軍隊は悪だとされた。

 徴兵制も良い点は無視され、あれは人権無視の苦役だと政府までが言う。体罰も戦前は有効だったのに、暴力はすべてダメとなって、禁止された。だから子供のイジメや不良化の歯止めがかからなくなった。
 ちょっとした友だち同士での賭け事すら、巨大な悪にされてしまったことと共通している。

 現実は複雑である。あれかこれかで割り切れるものではない。行き過ぎはよくないが、それは日本では世間知がちゃんと歯止めになっている。
 ところが受験勉強は、模範解答は一つしかなく、それにだけなじんで点取り虫になった秀才だけが出世して世の中を牛耳るから、こんなおかしなことになる。現実は解答は一つじゃないのに、それが許されない社会になってきている。

 「清濁合わせ呑む」という言葉があるが、「清」だけで「悪」(賭け事とかヤクザとか)を断罪していたら社会は円滑に動かないし、かえって問題が生じることになる。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする