2015年12月03日

水木しげるよさらば


 東海子さんのブログ「頑張れ産經新聞」(12月1日付)に「漫画家水木しげるの死去」という記事があった。
 水木しげるの人生訓7カ条を政治学者・岩田温氏がFBに書いているとして、引用している。

**********************
第1条:「成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはならない」
第2条:「しないでいられないことをし続けなさい」
第3条:「他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし」
第4条:「好きの力を信じる」
第5条:「才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ」
第6条:「怠け者になりなさい」
第7条:「目に見えない世界を信じる」
**********************

 東海子さんは、水木しげるが「裕福に育ち、戦争で片腕を亡くし、戦後貧困に苦しみ、そして運良く成功した苦労人の言葉だから、説得力がある。水木氏は『ナンバーワンではなく、オンリーワンをめざせ』、といっているようだ。ただしそれは成功のためではない。成功はあくまでも結果である」と述べている。」

 褒め過ぎだ。
 私はこんな人生訓などクソ喰らえと思う。「目に見えない世界」なんて信じるなよ。
 そもそも私は水木しげるのマンガが嫌いだった。どういうわけか彼が世間の人気が出たが、画風が卑しかった。
 戦後のマンガ界は、手塚治虫氏や「サザエさん」の長谷川町子氏が牽引した。戦前は田河水泡の「のらくろ」が有名である。
 いずれのマンガも、きれいである。子供の教育上好ましいと言ったら良いのか…。

 そういう日本人の穏やかさや美意識にかなったマンガは、新聞や雑誌に掲載されていた。ところが、水木しげるはその世界では落ちこぼれ、紙芝居か貸本屋に並ぶ二流のマンガでスタートしている。
 手塚治虫や長谷川町子らは上流階級にふさわしく、水木しげるや白土三平などは庶民が好むマンガ、と色分けされていた。前者は日向のマンガ、貸本屋は日陰のマンガだった。

 ついでながら、「さざえさん」は当時はまだ一流紙とされていた朝日新聞で連載していた。
 テレビのアニメ「さざえさん」には出て来ないだろうが、主人公のサザエは女学校を出ているという設定だった。毎回のマンガでいちいち出てこないけれど、そういう教養ある女性がおかしなことをやってくれて笑わせてくれた、そういう上品なマンガである。
 だから天下の朝日新聞が堂々掲載したのである。

 昔のマンガは人が殺される場面は描かない。チャンバラも正義が勝つのだが、悪漢を峰打ちにしたものである。「赤胴鈴之助」なんかは「真空切り」で人気だったが、敵がそれで殺されるという技ではなかった。しかし貸本屋のマンガはそんなことはお構いなし。

 マンガの世界では、良貨は悪貨に駆逐されていった。いつの間にか、二流であった水木しげるや白土三平らがマンガの世界では主役になっていった。出版界もマンガの週刊誌化の流れでどんどん描ける漫画家を登用していき、貸本屋マンガに陽が当たるようになっていったのだ。

 戦後教育の質の悪さが次第に露呈してきた結果であろう。今は日向のマンガも日陰のマンガもごちゃまぜ。

 水木しげるの場合は絵がきれいでなく、不気味でもなんでも良いからと貸本レベルでは受けたのが、彼の出自であった。始めは「墓場の鬼太郎」であったし、鬼太郎は人間の味方ではなかった。
 出てくるバケモノの絵も下手だし、なんといっても鬼太郎のオヤジが、死んだのに目玉だけ生き残って手足がはえ、鬼太郎と一緒に行動するなんて発想自体が、正常な認識の所産ではあり得ない。

 そんな気持ちの悪いマンガは、親が子供に見せたがらなかった。上流を自負する家庭では、であるが…。まともな親なら、水木マンガに出てくる「ねずみ男」なんかを子供に読ませたくないものである。
 それでも子供の世界では隠れて読んでしまうものだったけれど。

 東海子さんは「水木しげる氏は漫画では面白い新境地を開いた人」と褒めはしているが、一方で「二ユーギニアの戦争体験では見張りを怠り部隊が全滅したと書いている。彼のミスで死亡した戦友達はどうなるのか。申し訳なかったという気持ちが欲しかった。彼が生き残ったのは戦友が身代わりに犠牲になったからだ。自分さえ良ければ良いという考えは彼も同意しないであろう」と書いている。

 水木しげるの顔つきの暗さは、この戦場での経験がもたらしたものだと思われる。
 彼の生涯をざっと眺めてみると、子供のころから小学校時代、大阪でのサラリーマン生活、さらに軍隊と、いずれも良く言えばマイペース。自分勝手で協調性がない。ついに社会的認識がまともに育たなかった。

 たとえば、小学校入学は親が彼の愚鈍を心配して1年遅れにしたという。しかも朝は起きられず、ゆっくり朝飯を食って2時限目から登校したそうだから、それを許した親も教師も悪い。

 社会的認識が育たないままに軍隊に入れば、大失敗をやらかすに決まっている。
 12月1日付の産經新聞「産経抄」には「最前線で見張りをしていた水木さんは、望遠鏡であちこちをのぞいているうちに、きれいな色のオウムを見つける。つい見とれてしまっている間に、隊は敵の襲撃を受けて全滅していた。爆撃にあって左腕を失っても、奇跡的に生き延びた。」と書かれている。

 こういう経験を文章にしたためたのは、ほかでもなく水木自身なのだから、本当はもっと人には言えない馬鹿をやって戦友を殺してしまったのではないか。オウムに見とれて…ではキレイ事すぎる。
 真相はついにわからないが…。

 見張りについていながら、敵の機銃掃射を浴びることになったのは、彼がまったく軍隊では役立たずの劣等兵だったからだ。社会的認識が欠如している。
 「ゲゲゲの鬼太郎」で先に紹介したように、死んだはずのオヤジが目玉だけ生き返る話は、まさに彼の戦場での経験そのもの。死んだはずの自分が生き残ったありようをカリカチュアしている。

 ねずみ男のキャラは、鬼太郎を親友だと言いつつ、自分の命や金儲けのこととなると平気で裏切る。自身の目的のためならば時には鬼太郎を殺すために手を尽くし、「ウソをついて敵の元へ誘き出す」「奈落の底に突き落とす」など、まるで支那人がモデルのようだが、実は、戦友を死に至らしめた自分の後ろめたさがあのキャラになっているのだろう。
 
 妖怪の世界だということにして、水木しげるは戦場で自分がやったことをネタにしつつ、ごまかした。彼の生涯は子供ときからダメ人間そのものであり、それをいささかも深刻に考えなかったから、軍隊に入って死ななくていい戦友を殺してしまったのだ。

 戦争で生き延びて復員してから、彼はそうした自分の身勝手なマイペースの生き方を変えることはなく、開き直ってマンガを描いた。
 それゆえに、あの奇妙な妄想世界の妖怪が活躍するマンガが描け、人気が出たために食っていけたのだ。

 そういう社会的落ちこぼれとも言うべき水木しげるが、何を偉そうに人生訓を垂れるのか。この人生訓をざっと見ると、やはり戦場での後ろめたい思いから逃避しようとし、それを正当化しようとしているように思える。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする