2015年12月14日

野坂昭如の死、お粗末な生


 作家・野坂昭如が亡くなった。85歳だったそうだから、大酒飲みの無茶な生活ぶりからしたら、結構長生きした。とはいえ、2003年に脳梗塞になって12年間、やっぱり不摂生は祟るものだ。
 亡くなったあと、マスゴミでは野坂の「ヨイショ記事」が溢れ返っている。有名人が死んだというだけのことなのに、ほかに報道すべきことがあるだろうに、馬鹿げたことだ。

 野坂がデビューした作品『エロ事師たち』が三島由紀夫や吉行淳之介らに激賞されて、一躍持てはやされるようになった。私が大学生のころで、先輩から「読め、読め」と勧められたというよりは強要された感じで、読みはしたが、まったく面白くなかった。
 人間のある面を語っているのはわかるし、文学青年ふうの軟弱な教養主義へのアンチであったことは分からないではないが、それでどうした? というものだった。

 野坂は「焼け跡闇市派」と自称したようだが、とりたてて闇市を自慢してどうだというのか。野坂昭如は知らない人でも、アニメ『蛍の墓』はテレビで毎度8月頃に放映されてきたから、知られているだろうが、「戦争は嫌だ」の底の浅い認識でしか捉えていない作品だと思う。
 中学生の少年が幼い妹と、野原で自活するなんてことは現実には不可能である。

 ああいう救いのない小説を書くのは、要するに彼がサヨクだからである。戦前の日本がすべて悪かった、軍人がいけなかった、軍国主義に染まった庶民が悪かった、そういう結論だけが透けて見えた。
 だから毎年、テレビでくり返し放映されてきたのだ。GHQ史観そのものだから。

 野坂は晩年、毎日新聞に口述筆記で「七転び八起き」というエッセイを、たしか月1回程度連載していたが、あきれるほどの「平和主義」的言辞を書き連ねてやまなかった。9条擁護派なのである。
 野坂は田中角栄(郷里が同じ新潟県なので)に反発して、角栄を落選させるためとして同じ選挙区で選挙に出たりしたが、余計なことだった。ただの話題づくり。
 はじめから『エロ事師たち』の路線で作家をやっていればそれなりに面白かっただろうに、半端に政治に口を挟んでその浅さが馬脚を現した。

 要するに、野坂はそのときどきの「流行・売れ筋・世間の流れ」に匠みに合わせて生きた売文家でしかない。
 野坂を底の浅いサヨクと批判したが、ではもっとまともな作家をということで、井沢元彦氏を取り上げたい。

 以下は、産経新聞web版9月8日付に掲載された井沢元彦の『左翼にとって「神風」は平和憲法である』の講演の紹介である。概略を紹介する。

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 作家、井沢元彦氏によれば、人の死を忌み嫌う日本人の「ケガレ忌避」は、戦前も戦後もまるで変わっていないという。日本が主権国家として軍事力を保持することに反対する「平和ボケ」の根底にも、どうやらこのケガレの思想があるらしい。

 日本には神道に基づく「ケガレ忌避」、つまり、あらゆる不幸の根源であるケガレを徹底的に避けようという「宗教」がある。これは『古事記』に明白に語られていることだ。ケガレはさまざまな理由で発生するが、最も大きな発生源は「人間の死」である。つまり、ケガレを避けるためにはケガレに触れる職業を忌避しなければいけない。それは軍人であり、警察官だ。だから、朝廷は軍事部門と警察部門をほぼ開店休業状態にしてしまった。

 それで日本は平和になったか? とんでもない、治安は乱れ、全国は騒乱状態になった。そんな中、自分の身は自分で守るという武器を持った自営農民たちが階級として発達し、ついには独自の政権を作り、朝廷を圧倒した。これが幕府である。

 そのときから800年近く経過した現代でも、「ケガレ忌避」という先祖の宗教はわれわれ現代人にも刷り込まれている。こういう人たちは、例えば「抑止力は戦争を防止する」などという考え方を絶対に認めない。なぜなら、抑止力といえば軍事力であり、それは「悪」そのものであるからだ。

 確かに戦後70年、日本を侵略してくる外国はなかった。それはいったいなぜか。侵略を排除できたのは日米安保条約という「外部のガードマン契約」と自衛隊という「自社の防衛システム」があったからだろう。

 現実的に見れば、これが最大の要因であることは誰の目にも明らかだ。ところが、日本人だけは「軍事力=悪」と考えているから、戦後70年の平和が軍事力によって守られたとは認めたくない。そういう現実をどうしても認めたくないなら、どうすればいいか?

 お分かりだろう、平安貴族と同じことをすればいいのである。彼らは現実には鎌倉武士の軍事力で勝ったにもかかわらず、「神風のおかげだ」と言って自らをごまかし、他もごまかそうとした。同じことだ。戦後70年の平和は軍事力で守られたのではない、「平和憲法」によって守られたのだと。だから、彼らにとって平和憲法というのは神風と同じく信仰の対象なのである。

 日本国憲法は日本人に対する強制力はあるが、外国人には何の効力もない。日本を侵略しようとしている国にとって、それが歯止めになることなどあり得ない。にもかかわらず、護憲派はそのように主張する。それは合理的な主張ではなく、信仰だからだ。だからこそ、彼らはかつて、「平和憲法を維持したまま(自衛隊を解体し)安保条約も廃棄せよ」などというむちゃくちゃな主張を続けた。
 つまり、「右翼にとっての神風と左翼にとっての平和憲法」はまるで同じものなのであり、現在の日本人が最もなすべきことは、こういう歴史に早く気がつくことである。

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 野坂昭如も、この「神風信仰」の持ち主、大江健三郎もそう。
 日本は戦争しません、いかなる武力も放棄しますというのは、井沢氏が言うとおり日本人を縛りはするが、支那人や南北朝鮮人、ロシアなどは日本を侵攻する「歯止め」になるわけがない。
 まったくこれほどの不合理な主張はあり得ないほどのものだが、まさに信仰レベルだから、サヨクの人は聞き入れない。

 要するに、大学時代私の先輩が野坂昭如は本物だと騒いだが、所詮はサブカルチャーで活躍するしか能がなかった男である。井沢元彦氏のようなそれなりに歴史を勉強して、言霊信仰や怨霊信仰を踏まえた学問的な作品をものするレベルではなかった。

 井沢氏は社会の論理構造に分け入ろうとしている作家であるが、野坂はそうではなかった。
 やっぱりエロ事師の世界から一歩も出ずに、戦争は嫌いだで済ませていた怠け者であり、そうしたサヨク風潮におべんちゃらを言っていた男であった。

 平安貴族が死を扱うことを穢れとし、人を殺し合う軍人を穢れとして忌避して、軍隊を無くしたために「刀伊の入寇」では慌てふためいたのである。1019年に満州あたりの女真族の海賊が対馬や筑前に侵攻してきた事件である。
 さしたる被害が出ず、すぐに撤収していったので、ことなきを得たが、日本は防衛する術がなかったのだ。

 戦前、軍部は日本は一度も他民族(他国)に攻め込まれたことのない国だと自慢していたこともあって、刀伊の入寇はあまり語られなかった。元寇でさえ神風が吹いて侵入させなかったと誇りたいからだった。
 また、井沢氏が説くように、戦後は戦後で軍隊をなくせば大変なことが起きるという事例として俎上にあげられると具合が悪いのであたかも「なかった」ことにされている。

 今夏の安保法制審議で、サヨクが大騒ぎしてみせたが、奴らはまさに「信仰」をあげつらうだけなので、議論にならないのである。現実を見る気がないのだから、精神病の類いであった。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする