2015年12月16日

浩宮・雅子を廃太子・廃妃に(1/2)


《1》
 昨日の雅子批判の続きを述べる。
 何度か本ブログで紹介したことがある「BBの覚醒記録」に、雅子妃の写真が並べられている。「後ろ姿ににじむお育ち」とある。
http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/0fc1110db99a84c59922686d9bff9f75
 雅子妃と紀子妃の立ち居振る舞いが比べられていて、愕然とさせられる。これはみっともない惨状である。彼女の認識には皇太子妃としての自覚がまったくない。

 われわれの空手流派でも、その人の人間性は後ろ姿に顕われるのだから、後ろ姿がズンだれないよう終始気を張っていろと指導されるのだが…。雅子の後ろ姿は見るも無惨である。紀子妃は見事に品格がある。紀子妃にこそ皇后になってもらいたい。
 後ろ姿だけでも、国民は雅子にレッドカードを出さなければならない。

 浩宮と雅子の結婚が遅れたのは、雅子の母方の祖父が日本窒素株式会社会長だったからで、水俣病訴訟で一定の決着がつくまで世間の指弾を慮って先延ばしにされたのである。水俣病発生時には社長ではなく、銀行から被害者対応を依頼されて乗り込んだ男だった。宮内庁は江頭の責任を巡って慎重を期したが、まあ責任はなかろうと勝手に判断して、孫の雅子の皇室入りを認めた。

 そのチッソの江頭豊が死んだとき(2006年9月 98歳)に、あろうことか、皇太子と雅子が弔問に赴き、また告別式にも参列したのだった。
 江頭豊は、チッソの社長時代に水俣病の責任を認めないどころか、被害者に暴言を吐くなど悪辣で鳴らした男だった。雅子は身内だったから、まあ弔問に行きたい気持ちはわからないではないが、本来は遠慮すべきである。皇太子までが揃って江頭家を弔問するなどは、水俣の被害者および国民への愚弄、侮辱であった。
 水俣の被害者の神経を逆撫でして平然としていたのが浩宮と雅子。

 自分たちはやんごとなき人種だから下々のことなんか知ったことか、の態度である。
 今上天皇・皇后は被災地に行かれて激励して回ることが多いから、もう少し人の気持ちがわかる人間なのだろう。ならば息子夫婦の無神経を咎めてみろ。

 江頭豊は経営権を握った後も、チッソは自らの工場排水が水俣病の原因であることを一切認めようとはしなかった。患者といっさい交渉をもとうとしなかったうえに、そのまま66年 まで水俣湾に水銀をたれ流し続けた。
 殺人行為に加担していたのだ。株主総会に水俣病被害者が行って、「責任を…」と発言しただけで屈強なガードマンが取り囲み、殴る蹴るの暴行を働いた。自らの責任を認めたのは、水俣病発生が発覚してから10年以上も経過した1968年のことだった。
 
 これとて江頭自身の自発的な判断ではない。政府がついに水俣病の原因をチッソ廃液とする正式見解を発表したため、チッソとしても対応せざるをえなくなっただけのことである。
 こういう鬼畜の孫が皇太子妃になるとは、重大問題だった。

 雅子妃は、水俣病をまき散らした祖父の葬儀に出ながら、なんと香淳皇后の葬儀(歛葬の儀)は、夏バテだからと欠席している。
 雅子には創価学会員との噂が根強くある。彼女の父親小和田恒はもともと外務省の「大鳳会」のメンバーで、「大鳳会」とは創価学会のメンバーのことである。
 雅子の妹の礼子は池田祐久という創価学会員と結婚しているので、小和田家が創価学会と深い関わりがあることは明白であろう。

 これが公式に宮内庁から否定された形跡はあるまい。しらばっくれているのだ。
 心配事はほかにもある。
 雅子が国連大学がことのほかお気に入りで、頻繁に出かけることだ。西尾幹二氏の『皇太子さまへの御忠言』(WAC刊)から引用する。

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 ご病気はまだお治りではないのかどうかはともかく、他になにか関心をもって活動されているご様子だが、問題はその中味である。雅子妃は国連大学に足繁く出向いているらしい。国連大学というと何か立派な場所のように思えるかもしれないが、反日左翼イデオローグの集会の場と聞いている。

 もちろんそれだけでなく、環境問題とか途上国問題とかさまざまな文明のテーマに取り組んでいる所のようだが、学生のいない国連機関研究所がイデオロギーの場になり易いのは自然の理である。北朝鮮の金日成のチュチェ思想研究所の理事であった武者小路公秀氏が永らくここで副学長をして、影響をなお残している大学でもある。妃殿下が熱をあげる対象としてふさわしいかどうかは、宮内庁や警察庁がしっかり調査し、監視してもらいたい。

 私が一番恐れているのは、皇室の内部に異種の思想が根づき、増殖し、外から取り除くことができなくなる事である、妃殿下はご病気がすでに治っていて、宮中祭祀のようなご公務を拒否されるのは、すでに何らかのイデオロギーによるのではないかという疑いすら囁かれている。

 ちょうど日教組の教師が卒業式で君が代を歌うことを拒否するように、高度に宗教的で古色豊かな宮中の密儀秘祭に反発し、受けつけないのではないかという疑念である。さもなければ平成15年からいっさいの祭場に立ち入らない義務の不履行は、あまりにも目立ちすぎ、なぜそこまで拒むのか簡単に説明できない。

 この点については、私は国民に対する責任ある回答を、ほかでもない、皇太子殿下にまず求める。日本人の信仰の中心であるご皇室に反日左翼の徒ががっしりと居座るというようなことがあったら、目も当てられない。この国とこの国の文化は中核から自壊する。

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 西尾氏の危惧するとおりだ。雅子の国連大学訪問は実に平成18年から20年までに30回もあった。講演やシンポジウムを聴きにいくとか。
 国連大学の建物内には雅子のための「個室のようなもの」が用意されている、と西尾氏は書いている。この個室を宮内庁東宮職は知らなかったし、確かめてもいなかったそうだ。
 ひねくれた見方かもしれないが、そこが逢い引きの場ともなり得る。秘密にされているとはそう疑われても仕方あるまい。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(6) | エッセイ | 更新情報をチェックする