2016年01月01日

自主防衛重武装中立の妄想からの覚醒(1/2)


 明けましておめでとうございます。
 本年もどうぞ拙ブログ、よろしくお願いいたします。
 2006年から始めたブログは、今年6月でちょうど節目の十年になろうとしています。皆様の激励あったればこその感に浸ります。

   ■    ■
《1》
 高校生のころ、米軍基地に入ったことがある。わが高校のラグビー部が米軍キャンプ座間のアメリカンスクールから招待を受け、親善試合をやろうということになった。私はラグビー部ではなかったが、見学・応援に行けると聞いて、米軍キャンプ内が見られる絶好のチャンスと思って、土曜の放課後に出かけていった。最寄り駅まで電車で行って、そこからアメリカ側のスクールバスが迎えに来て、一同で出向いた。

 そのキャンプ内にあるラグビー場で試合は行われ、わが校は惨敗した。負けることは試合前からわかった。アメリカの高校生の体格の良さと動きの良さから、わかったのだ。私は敷地内がいくらかでも見られればよかった。
 いやもうその広大なこと。大仰にいえば地平線まで青々とした芝生が広がっていて、とても日本国内とは思えなかった。しかもそれは米軍キャンプ地のごく一部の、学校敷地なのであった。

 高校生ながら「これが戦争に負けるということか…」という感じにさせられた。屈辱感も覚えるし、その豊かさにうらやましくもなった。アメリカンスクールの高校生たちは、選手は上等の洒落たグランドコートを羽織り、応援の女子高生達も背が高くいい服を着ていた。

 試合で勝てないばかりか、生活レベルすべてで負けている印象が残った。1965年ごろだったから、まだ相当日本は劣っていたのだと思う。
 アメリカに劣っていると感じた体験を、戦後の日本人は味わっただろうが、そこで「うらやましい。アメリカはいいなあ」と思うか「クソ、日本をこんなに占領しやがって」と思うかで、われわれの人生の質が大きく決まったように思う。

 私の高校の同級生はほとんどが「アメリカはいいな」の感想を持ち、日米安保がどうなのかなんて政治意識はない連中ばかりだった。
 「お花畑」状態というか、奴隷の平和に安住しているというか…そんな級友と話が合わなくなって高校では困った。

 キャンプ座間の学校施設は、誰もがうらやむ広大な敷地に、立派な校舎や食堂があって、「いいなあ」というものではあったろうが、その栄華とは、大東亜戦争で多くの日本人の血であがなわれたものであり、その昔はインディアンを虐殺して土地を奪い、黒人や苦力を牛馬のごとくに使役して築いてきたヤンキーの文化文明であることを、その美しい緑の芝生の裏側を透かしてみる友だちはいなかった。

 沖縄でもそうだけれど、米軍基地はクソ面白くない。首都圏にもいくらでも基地はある。では取り戻すことができるのかというと、99%不可能である。不可能の構造は、一に支那が日本を狙っているから、日米で防衛しなければならないからだ。支那だけでなく、ロシアや南北朝鮮も狙っている。
 また一に、米軍が戦勝国の旨い汁を吸いつづけるために出ていかないからだし、一に日本国民が劣等感そのまま70年経っても「認識が敗戦国のまま」「主体性を取り戻したくないから」なのである。

 米軍キャンプ地をすべて引き払わせ、日本人の土地に取り戻すには、わかりきった話だが、もう一度大東亜戦争をやって勝つしかない。別の手として、今後はヘタレの、約束は必ず破る支那と組んで極東から米軍を追い出すのか。もっと言えば、アメリカが極東から撤退したら、支那か韓国に降伏して属国になり、どんな目にあっても黙って耐えるか、である。

 わが国が自主防衛・重武装中立を目指すのは、理想だろうが、現実にそんなことは不可能である。現実は嫌な言葉ではあるが、軽武装対米従属を掲げて、そのうえでなんとか1ミリずつでもアメリカに譲歩させて、少しでもわが国の主体性を確保していく以外に道はない。

 先日から述べてきたが、国際世界はポーカーの場である。ゲームから降りて鎖国することはできない。鎖国は理屈ではできるだろうが、日本が貿易もしないとなれば、エネルギーも食糧も外国から買えない、日本の製品も売れなくなる。

 そうなれば、日本の国土面積では極端にいえば江戸時代レベルの人口しか食わせていけなくなる。江戸時代では諸説あるが約3200万人の人口だったようだから、現在の1億2730万人をどうするのかの問題に直面する。余った人間は殺すか、餓死させるか、満州か南米に棄民するか、である。
 とうてい鎖国なんかできるわけがない。

 かといって、第二次世界大戦みたいな国家総力戦に討って出ることはもうできない。小競り合いならあり得ても、やるとなれば勝つためにはなんでもありとなって、核兵器、生物兵器、毒ガス、空爆、とてつもない大量の死がどちらの国にも生じる。

 それに、第二次世界大戦のころより企業活動や、金融活動がグローバル化し、世界経済と深くリンクし、多国籍企業も多くなり、戦争した場合の被害が自国内で留まらなくなっている。もし日米戦えば、日本企業がアメリカで現地生産していることも、アメリカにある資産も、投資もみんなパアになる。アチラ側も事情は同じだ。
 戦争したら、市民社会がこれも破壊される。だからやれない。

 譬え戦争に勝っても、被害が大き過ぎる。
 実際、イラクやシリアはムチャクチャにされて、社会が復旧できなくなっている。
 だから、支那も韓国も、北朝鮮も、戦争しないで勝つ方法を必死に考えて攻めてくる。

 戦争をやらかしたら、どこでも大量の難民が発生して、先進国になだれ込む。それも一大災難だと、2015年は世界各国が身にしみて知った年だった。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(6) | エッセイ | 更新情報をチェックする