2016年01月13日

アメリカ銃社会の絶望(1/2)


《1》
 新年早々、オバマ大統領が、「銃規制の強化」を求めて、ホワイトハウスで演説した。銃の乱射事件などが頻発する銃社会アメリカの現状(惨状)を変えようと、オバマは「もっと厳しい銃規制を達成するために米議会は法律を通すべきだ」と述べた。そのときオバマは演説の途中で急に泣き出したので、その場面がニュースで取り上げられた。

 それに関連してさっそく池田信夫ブログで「オバマの銃規制は失敗する」(1月6日付)として以下のような主張をしている。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51968122.html

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 オバマ大統領が銃規制を発表した。これはマイケル・ムーアの映画にもなったおなじみの問題で、ゲーム理論でいう囚人のジレンマだが、実はジレンマではない。相手が銃を持っているリスクの高い社会では、互いに銃を持つことが唯一の合理的な戦略(支配戦略)なのだ。

 相手が武装してもしなくても、自分が武装することが有利になる。この種の実証研究をまとめた本"More Guns, Less Crime"も、中途半端な銃規制は自衛手段を奪うので、かえって犯罪が増える場合が多いと結論している。

 日本はこのジレンマを回避し、国内軍縮に成功した。中世末期までは百姓も武装していたが、豊臣秀吉が武器を没収し、徳川幕府が鉄砲の製造を禁止した。これは図2のようなチキンゲームになり、ナッシュ均衡は二つあるが、政府が武装する場合は国民は武装しないことが合理的だ。
(中略)

 だからアメリカ政府が本気で銃をなくすつもりなら、銃の所持を無期懲役とし、政府以外の銃の製造を禁止するなど、徹底的な「刀狩り」で銃所持のコストを限りなく大きくするしかない。残念ながら今回のように大統領令で既存の法規制を強化する程度では、ほとんど効果がない。

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 池田氏は、“ゲームの理論”なるものを持ち出して、銃には銃で対抗するしかないと説いて、まるでアメリカの共和党の言い分を代弁しているかのようである。むろん、結論は銃を撤廃すべきを前提としての論調だが、数値をあげつらうだけでは説得力がない。

 アメリカ人が銃をもつのを好むのは、開拓時代からの習慣だからだとか、あくまで自衛のためだとか言うけれど、それは浅い分析であろう。
 映画『天国の門』はインディアンを大方虐殺し尽くしたあとの開拓史時代のアメリカを舞台にしている。先に大陸に渡って来て占拠したワスプ連中に対して、後発で移民して来た東欧などからの移民とのせめぎ合いを描いているが、彼らが銃を手放さない理由がよくわかる。

 アメリカは全員が移民、難民の成れの果てで、現在でも、そういった民族同士のいがみ合い、差別は強く残っている。
 白人、有色人種の差別があり、白人のなかでもトップがWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)で、次にドイツ系、オランダ系、フランス系、さらにカソリック系のアイルランド系、ユダヤ系、東欧系などに細分化されて序列がある。

 有色人種のなかは序列は知らないが、日本系、支那系韓国系、黒人系、ヒスパニック系などに分かれる。アメリカの映画を観ると、その民族同士が日常のなかでも嫌いあい、バカにしあう様子がよく描かれているから、これは常識である。

 それらがアメリカ史では血で血を洗う抗争を続け、差別しあってきたので、銃を持たなければやってられない。銃で支配を確立してきたゴロツキどもだから、銃を失う事は即、身が危うくなる。日本でいえば暴力団と同じ心理であろうか。

 経済アナリスト増田悦佐氏は『いま、日本が直視すべきアメリカの巨大な病』(WAC刊)では、アメリカの銃の問題をこう説いている。

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 金持ちは健康的なものを食べることができるし、適度な運動をする時間的余裕もある。定期的な健康チェックなどもできるが、そういう予防医療はアメリカではとても金がかかるし、任意加入の健康保険でもできないことが多い。
 その意味で、アメリカでは健康も金次第であり、見た目も上流階級はスマートな体型を維持しているが、貧乏人は病的な肥満体型の人が多いのである。

 医療の問題は、白人の銃による自殺が激増していることにも反映していると考えられる。
 銃による殺人被害は若い黒人が異常に高いことが知られている。ところが、高齢者の銃による自殺は白人が激増していて、黒人は横ばいなのである。

 この事実が意味するのは、基本的に自殺とは贅沢な抗議の手段であって、本当に貧しい人は、めったに自殺しないのではないかと考えられる。それが一つだ。

 もう一つは、銃をなぜ持つのかという問題がある、プアホワイトの場合、人に使われている身分で、自分が自分のやりたいようにできる道具としては、クルマと銃くらいしか持っていないようだ。そういう意味で、白人の場合には、自由のよりどころとして銃を持つ人たちが多い。
 それに対して、黒人が銃を持つのは切実な理由であって、危ない仕事をするときの自衛の手段として持つ。自由の表現としてのプアホワイトの持つ銃と必要に迫られて黒人が自衛するために持つ銃では意味が違っている。

 黒人は、だんだん年を取って仕事も不安的になり、この先、生きていくための生活費がないからといって、わざわざ銃を使って自殺をしないのではないか。若い頃から貧乏暮らしをしてきたし、危ない仕事もしてきたという人が、突然、銃を持ち出して自殺のためには使わないだろう。

 それに比べて、白人の銃による自殺が増える理由は、アメリカでは医療費が六十代から激増する。そこで医療費が払えないときに死んでしまう。特にプアホワイトである。その自殺の手段が銃ということになるのだろう。黒人は、昔から貧乏暮らしをしているので、医療費が払えないという程度では、自殺に走らないだろう。

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 さすがにアメリカ社会に詳しい増田悦佐氏の分析である。池田氏のような“ゲームの理論”なんかの分析では真実に迫れない。池田氏だけでなく、日本のマスゴミも、こういう分析ができないで上っ面をなでるだけ。現地にごまんと特派員、駐在員を派遣していながら、無能をさらけ出している。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする