2016年02月10日

「あざみの歌」「山のけむり」はなぜ名曲か(1/3)


 Yuuri様から、音楽教育についてすばらしいコメントを頂戴した。
 それで、以前に書いた私の音楽論を思い出したので、再録することにした。先週書いた音楽教育論の実践編でもある。


《1》「あざみの歌」と「山のけむり」の構造を解く
 「人見知り」の認識の構造について書いたことがあった。そのプラス面として、例えば恋心をいだいたときに声をかけられないことが感情の熟成をうながす、と説いた。そしてその例として昔、伊藤久男が歌った名曲「あざみの歌」や「山のけむり」が良い意味での人みしりだということを詳しく説きたい。

 伊藤久男の「あざみの歌」は、YouTubeで聴く事ができる。
http://www.youtube.com/watch?v=SNBuMMY1-bY&feature=related
 倍賞千恵子の「あざみの歌」も、伊藤久男の「山のけむり」も一度聴いてみていただきたい。倍賞千恵子の「あざみの歌」もすばらしい。本当に名曲が伊藤久男と倍賞千恵子のおかげで、名曲中の名曲になった。歌詞はいずれもネットで検索していただきたい。

 YouTubeにある伊藤久男と倍賞千恵子の歌を聴くと、目頭が熱くなるのを禁じ得ない。彼らの歌のなかにまさに失われた日本が見えるからだ。それはまるで、亡くなった最愛の祖父母が生き返って遭えたかのような衝撃を覚えるほどのことである。「あざみの歌」や「山のけむり」…あれが日本だった。それ以外の言葉が見つからないほどだ。

 YouTubeにある伊藤久男や霧島昇の顔を見ていると、あのころは歌手でさえこんなに良い顔をしていたなと、つくづく思う。だから「あれが日本だった」と言うのだ。人間の顔は環境で創られるのである。日本という環境は、彼ら歌手の顔でさえ創る実力を把持していたのだ。いまやその実力は風前の灯。東海林太郎が有名だが、彼ら歌手はほぼ直立不動で歌っている。倍賞千恵子でさえ、やや片手を動かす程度で、大仰に動きまわったりしない。歌唱力一本で勝負できたのだ。
 あれが歌手のプライドだ。魂が直立不動にさせるのである。楽器を演奏するのも、やたらに身体をゆすったりするのは魂の不足なのである。

 ザイニチの歌手が多くなっている現在、そんな人間としての誇りを把持した歌手はいない。
 こんなことを言っても若い人には意味がわからないのではないか。
 彼らはいうなればただの流行歌手だ。

 伊藤久男なんか酒の飲み過ぎで糖尿病を抱えていたほどであったが、それなのに、日々どういう魂で何をプロ歌手として創っていたかがはっきりわかる。伊藤久男は戦時中、古関裕而作曲の軍歌を大いに歌った歌手であるが、古関裕而の魂を受け取ったのであろう。

 音楽では古関裕而が、絵画では藤田嗣治が軍部に協力した筆頭の藝術家とされ、戦後アホ丸出しの時流便乗サヨクに批判されたが、そんなことはクソくらえだ。彼らだけが本物の藝術家であった。サヨクよ、悔しかったら彼ら以上の藝術を創ってみせろ。

 さて。
 私たちは、ややもすると歌ひとつとっても社会を見ずに自分を見てしまう。だから歌を歌う、聴く、奏でるといった場合に、自分の感情が満たされればよしとしている。「あざみの歌」も自分のいわゆる心象風景と重ねるだけで聴くことはできるが、社会から見るというか社会から聴くというか、そういう関わり方がないように思える。歌も(音楽も)外界の反映であり、作者の認識の反映である。つまり外界からの反映で認識を創るものであるわけだから、社会性をカットしてはならないのだ。

 認識は希望の星にも、悪魔の星にもなる。あの清原は認識を悪魔の星にしてしまった。歌を自分の感情が満たされるだけで聴けば、まあ認識は希望の星にはならない。歌は自分の心を、魂を育て、創るために聴き、歌うものである。
 社会から歌を聴く、あるいは心を育てるために聴くとはいかなることかをこれから書きたい。

 「あざみの歌」(横井弘作詞・八洲秀章作曲)は1950年、「山のけむり」(大倉芳郎作詞・八洲秀章作曲)は1952年、戦後間もなくのNHK「ラジオ歌謡」で流され、大ヒットした。テレビのない時代である。戦争に負けた日本がもういちど立ち直ろうとしていた時代そのものを背景として、この歌は創られ、伊藤久男によって歌われた。

 作詞者、作曲者、歌手が共同して日本国民にしみいるようにと心をこめた歌、それが「あざみの歌」であり「山のけむり」だった。いずれも単に叙情歌と言って片付けてはなるまい。
 伊藤久男のこの2曲はどのように聴くべきか。

 「山のけむり」の歌詞は、青年が山に登り、一人の佳人に出会う(佳人は美人より上の女性)内容である。谷の清水を汲みあって、ヤマバトの声を聴いて、一緒に峠を降りてきた…という体験をし、その佳人と別れた先で見た景色の素晴らしさを歌っているのである。その情感が、「夢のひとすじ 遠く静かに揺れている」とか「君とともに降りた峠のはろけさよ」「淡い夕日が 染めた茜のなつかしく」という歌詞に表現されている。

 現代なら、若者が佳人と出会ったらこういう感情にはならず、即物実体論的に「じゃあ喫茶店に行きましょうか」とか、もっと露骨にどうしたらこの女性をものにできるかなどと考えることを基調にした刹那的歌詞になってしまうのではないか。それでは「はろけさよ…」という歌詞にはならない。

 例えば目の前に食べ物を出されて、でも食べてはいけないと言われて、ずっと目の前に置かれていたら、どれほどその食べ物への思いが深まり、思いが無限に広がっていくか。電車の中で美人に出会ったとすれば、いろいろな問いかけをする。年はいくつか? どこに勤めているか? 趣味は? などと素晴らしい方向への問いかけをしていくだろう。素晴らしい像を次から次に創りだし、自分の認識を創り、淡い恋愛感情を培うことになる。

 ところが、出会ってすぐに「居酒屋に行こうよ」「いいわよ」となったら、直接生身の反映になってしまう。事実をもろに見せつけられる。欠点が互いに見える。しかし、良い方向への想像を膨らませていけば、あんな素晴らしい人と付き合えたら、自分の人生も見事になるのに…と思えば、次にはそんな素晴らしい人にふさわしい自分になろうとすることになる。そうやって見事になって彼女に自分を振り向いてもらおうとなる。

 「山のけむり」は、まともな話もできない二人のまま、山奥に見事に咲いた花のように見立てて、見事に憧れそのもので対象(佳人)を見ているからこそ、その佳人のレベルで夕焼けの見事さが反映するのである。その見事な反映が「夢のひとすじ 遠く静かに揺れている」とか「君とともに降りた峠のはろけさよ」「淡い夕日が 染めた茜のなつかしく」という歌詞で表現されている。

 初めからデートして、アンミツでも食べたなら、たとえ彼女の実力が10あっても、アンミツの食べ方で3くらいしか反映しないものだ。「山のけむり」という歌は、わずか1〜2時間の出会いが、その若者の心を見事に育てるのである。もしその佳人がクラシック音楽が好きだと“錯覚”すれば、クラシック好きが嵩じてそれが人生の目的にもなる。それが「あざみの歌」である。

 「山には山の憂いあり 海には海の悲しみや…」という歌い出し。これは山の高さや海の深さよりも「私」のあざみへの思いが深まったという歌である。あざみの花とは、やはり佳人を指す。その佳人への片想いだ。それゆえ「心の花よ、汝(な)はあざみ」となる。先ほどと同じく、問いかけ的反映でますます想いは深まる。すばらしいほどの心の豊かさが培われていく。

 だからこそ初恋は成就させてはならない。初恋は想いが叶ってしまうと、この「あざみの歌」のような心の深みができず、発展がなくなる。高校生の恋愛はしてはいけない。ブタのレベルの恋愛になるからだ。人間の成長には、それなりに精神と肉体に見合った成長をさせてくれるようなものが必要なのである。

 アリスの『あの日のままで』は高校生の男の子が、片想いの彼女の思い出を歌ったもので、「言葉を交したことも、肩をならべて帰ったこともない」…そんな君の「はにかんだような君の笑顔に、思わずうつむいてしまった」…そんなボクだったというのである。この歌が流行した当時、それほど深い意味があるとは思ってもみなかった。

 そのアリスさえもが認識論、恋愛論の高みで捉えると、見事な藝術レベルになる。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(4) | エッセイ | 更新情報をチェックする