2016年02月12日

「あざみの歌」「山のけむり」はなぜ名曲か(3/3)


《3》社会性の意味
 その歌の構造(作詞・作曲者の精神に内包された文化)としては、日本の歌の場合は、宮廷雅楽やら庶民のわらべ歌、浪花節や民謡、ご詠歌に声明(しょうみょう)、さまざまな音楽の伝統が複合しているところへ、西洋の音楽も加わって混合してきているけれども、「あざみの歌」「山のけむり」で説いたように、文化のより高みで問いかけてこその認識の形成、熟成という隠された構造があるのである。その歌という対象の構造にこそ、われわれ日本人は自分を合わせていかねばならない。

 何度も言うけれど、歌は決して自分が歌いたいように歌うものではなく、歌って良いものでもない。聴衆たる日本人の心にしみ込む歌とするには、日本人とその優れた社会の対象の構造に、しっかりと問いかけ(!)、自分の歌をあわせることだ。つまり比喩的にいえば対象の構造によって歌わされることである。それが、歴史性ある歌手となる道であり、また素人でも歌を通して優れた感性を目指す者の必須の道となるのではないだろうか。

 おそらくは庶民も、かかる音楽や歌の特性自体を理解していなくても、その歌、その曲が、「日本なるもの」を十分に内包したというか、日本文化の結晶となった創作者の精神に触れた思いになれるときこそ、その歌がヒットし、人の心に残るのであろう。

 「日本なるもの」と書いたが、私たちは日本の歌を聴いて、日本の文化、生活、しきたり、義理人情などが反映する。それは日本の歌、つまり演歌や唱歌でなければダメで、クラシック音楽や汚いジャズ、ロックでは反映はない。とくに若い人が流行にまどわされ、マスゴミや愚かな友人に影響されてジャズやロックを聴いて酔いしれているのは、たまのことならともかく趣味にまで嵩じては決してよいことではない。

 あんなものでは感性は豊かにならないからだ。あれらは再三言うように、自分が歌いたいように歌っているにすぎない。
 一言言っておけば、感性と感情は違うのであって、わが流派では「感性は感情の理性形態または法則レベルであって、感情を学問的にいえば感性になる」と教えられる。だからジャズなんかは感情レベルの盛り上がりにすぎない。

 私は再三、社会的認識を創らねばならないと説いてきた。その場合の社会的とは当然に「日本的なるもの」である。ここは当然に「あざみの歌」との関連で言っている。
 「日本という環境は、彼ら歌手の顔でさえ創る実力を把持していた」とか、「歌も(音楽も)外界の反映であり、作者の認識の反映である。つまり外界からの反映で認識を創るものであるわけだから、社会性をカットしてはならないのだ」と書いてきた。

 われわれは社会に生きているのだから、その対象たる社会に見合った生きざまをしていかなければならないのであって、この場合の社会の意味を「あざみの歌」をダシにして説いてきたわけだが、再度説明しておきたい。

 この社会性とは、国民どうし、あるいは家族や会社といった小社会で、互いにもたれあうことを言っているのではない。
 ひとつのエピソードを紹介する。ある人が海に入って、泳ぎ、かなり沖まで行ったところが沖は海水温も低く、流れも速く波もきついので、疲労して心臓が止まりそうになった。そこで近くをたまたま泳いでいた若い人を見つけて岸まで誘導してくれと頼んだ。若い人は「誘導するとは、どうすればいいのでしょうか?」と尋ねたそうだが、「並んで泳いでくれればいい」と言って、いっしょに泳いで岸まで戻ってきたというのだ。

 これは別に手を引いて救助されたのではない。止まりそうな心臓を、認識が叱咤激励して頑張らせたのだとその方は言っていた。人様が見ているのに、みっともないことはできないぞという認識が頑張らせたのだ、と。これが社会というものである。
 だから、今の社会は頑張れば歩ける老人が、怠けて車椅子で引いてもらっている。いかに日本がひどい社会になっているかだ。


 私が「あざみの歌」で説きたいと思っている「社会」もこれである。もたれあったり、癒しあったりする意味ではない。「あざみの歌」における社会性は、いかに叙情歌であろうと、男女もたれあいの歌ではないことはこれまで説いてきておわかりいただけたと思う。

 ここでようやく作詞家の話をしたいが、「あざみの歌」は横井弘作詞、「山のけむり」は大倉芳郎作詞である。いずれの詩も私には島崎藤村の影響を見る。彼らが島崎藤村に直接師事していようがいまいが関係なく、藤村は日本叙情詩の先駆者であった。毀誉褒貶があるのは承知しているが、少なくとも彼は詩を西洋文学の高みで捉えて、自分の試作に生かしたのだ。

 バイロンとかハイネとか、思想性の高みを誇った詩を自分もと試みたと思う。藤村はバイロンやハイネの志や誇りの詩の、その高みを感情でわかって、バイロン、ハイネの高みで試作したと言っていいのだ。その伝統というか影響を後進の詩人・作詞家たる横井と大倉は受けているのである。

 何が藤村以来の伝統だったか。そこが論理的に理解している詩人はおそらくいないだろうが、端的には、常に文芸の対象たる外界をそのレベルで反映させないで、高めて反映させることである。
 マンガでさえも学問以上に高めて読むことである。漫画家のレベルに降りればバカになる。高みによじ登っていくことである。島崎藤村はそうしたのだ。

 例えば「小諸なる古城のほとり」という有名な詩を思い浮かべてもらいたい。あれは小諸の風物を歌っているようであるが、風景に託して自分の至情や志を表出している、つまり風景を風景以上のものとして見ている詩である。

 このことを、幼児教育レベルで説いたのが、『育児の生理学』(瀬江千史著)である。
 「育児においては、どのような像を意図的に子供につくり出すか、描かせるかが大事なのです。(中略)バラの花を見せるさいにも、たんに『これはバラよ』ではなく『きれいね。ほんとうにいい香り!』と、子供がいきいきと“問いかけの像”を描けるようにすることが大切です。」と。

 このように幼児にもいきいきと“問いかけの像”を描けるようにすると同様なことが、まさに藤村が詩作で行なったことであり、「あざみの歌」「山のけむり」の作者の意図なのである。単なるアザミの花や山のけむりではないのだ。

 だから。
 「あざみの歌」の横井弘、「山のけむり」の大倉芳郎。いずれも「『これはバラよ』ではなく『きれいね。ほんとうにいい香り!』」と話いかけるように対象を捉えて作詞している。それに加えて高みによじ登ろうとする意志的な歌詞なのだ。おそらく当人たちはさほど自覚的ではなかっただろうが…。

 これは先に紹介したようにある人が沖合に泳いでいって心臓が止まりそうになったとき、若い人に並んで泳いでもらったエピソードと同様、若い人自身は救ったとは自覚せず、ただ並んで泳いだだけ、ということと同じだ。救ったことを自覚しないで救ったように、横井弘と大倉芳郎は自覚せずに偉業をなした。

 私はだから、かかる「対象たる外界をそのレベルで反映させないで、高めて反映させること」こそが本当の社会性とよぶべきものであり、それこそが日本なのだと訴えているのである。

 このような優れた社会性というか文化性は、支那人や朝鮮人にはないのだ。彼らは関わる対象のレベルをひきずり降ろしてしまう。日本の優れたところを学べばいいのに、ウソばかりついて日本を貶めることで自分らが優位に立てると錯覚する者どもである。

 かかる「対象たる外界をそのレベルで反映させないで、高めて反映させること」こそが本当の社会性とよぶべきだと言うのは、まさにもたれあったり、癒しあったりする意味での社会ではない、と理解できるであろう。
 社会とは、学校の教師が教えるような、産業があり、交通があり、政治があり、隣近所があるというだけのものを指していうのではない。ここまで教えてこそ教育ではないか。

 それゆえ、憧れの対象たる佳人に対しても、よじ登るべき高みとして捉えることになっていくのである。

 私が、歌には歌の対象の見事な構造があるのであって、鑑賞し、歌い奏でるならば自分をその構造に合わせなければならないと書いたのは、歌も歴史をひもとけばわかるように、「対象たる外界をそのレベルで反映させないで、高めて反映させること」を連綿と継承してきたからこその進歩があるのである。それを指して「対象の見事な構造」であると指摘している。単に歌い継がれる現象を指して言っているのでないことは、最後まで本稿を読んでいただいた方にはもうお分かりのことと思う。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする