2016年03月31日

日本は核武装していた!?


 日本はすでに核武装していたという衝撃的なニュースである。
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 茨城県東海村の東海港で22日、日本が米国への返還に合意した研究用プルトニウムを運搬するとみられる英国の輸送船に、クレーンでコンテナが積み込まれた。近く米国に向け出航する見通し。

 核物質の管理強化を進めるオバマ米政権の方針に基づく返還で、米南部サウスカロライナ州にある米エネルギー省のサバンナリバー核施設に運び込み、最終処分する予定。日米両政府は、核防護を理由に輸送ルートや到着時期を明らかにしていない。

 輸送船「パシフィック・イグレット」は21日午前8時ごろ、東海港に到着。海上保安庁の巡視船が警備するなか、22日午前、複数のコンテナをクレーンで積み込んだ。
 プルトニウムは米国や英国から提供された331キロで核兵器40〜50発分に相当する。日本原子力研究開発機構が東海村の高速炉臨界実験装置(FCA)で保管していた。米核施設に運び、希釈して民間利用する。(産經新聞WEB版3月22日)

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 「虎ノ門ニュース8時入り」3月28日で中京大学教授・武田邦彦氏がこれを解説していた。
 日本には事実上、核兵器があったのであり、一応この返還によって日本には核兵器がなくなったのだという。
 しかしアメリカのサウスカロライナに運んでも受け入れてくれるかどうかは未定。アメリカ政府は承知していても、地元の知事や上院議員などの反対が起きる可能性がある。そうなったら、また日本に持ち帰ることになる。

 アメリカ、イギリス、フランスから提供されたプルトニウム331キロは、頂戴した時点で日本でも報道されていたが、研究用ということでマスゴミでも取り上げられなかったのか。1960年代の東西冷戦のころのことだ。当時もちゃんと核兵器に転用できるプルトニウムだと発表してあったのだ。研究用とはいえ、原発50発分となれば、あまりの多さに絶句する。研究用とは国民への目くらましであって、実際は核兵器開発用以外のなにものでもないじゃないか。
 それが唐突に返還されるのも異様だし、いままで政府やマスゴミも黙っていたのが不審である。

 このプルトニウムは純度が高く、すぐに核兵器にできる。原発で生成されているものは純度が低いので精製する工程があって、簡単に核兵器にできない。
 今になって高純度のプルトニウムを要らないと言って返還するのは、もしかして原発からも高純度のプルトニウムを取り出すことに成功したのではないかとも武田氏が言う。

 3・11の震災は福島原発でひそかに高純度のプルトニウムを取り出す研究をしていたので、核開発を阻止するためにアメリカが福島を狙って人工地震を起こし津波で破壊したのではないかとする噂があったが、真偽のほどはかいもくである。でも既に高純度のプルトニウムがあったなら、アメリカが津波で攻撃して来る理由はなくなる。しかも福島原発からわざわざ純度の高いプルトニウムを取り出さなくても、もうすでにあったのだから。

 これまで事実上、日本に核兵器があったことは、国民には知らされていなかったが、一部の核科学者は知っていたのだ。または研究用ということで騙されたか、口裏を合わせていて問題にしなかったのか。
 さらに、1985年に日本は固定燃料ロケット「さきがけ」を成功させ、その後、全段固体ロケット、1.8トンに進んだという。
 だから85年ころには核弾頭のミサイルで攻撃できる能力を持ったのである。しかも50発も。
 非核3原則なんて、大ウソではないか。

 そうだとすればアメリカ公認の話であり、ロシアや支那、南北朝鮮は当然わかっていたから、これまで日本を攻められなかったのだともなる。
 憲法9条があるから平和だったんだとわめく、おバカなサヨクも顔色を失うであろう。アメリカの核の傘どころか自前の核の傘で守っていたのだから。

 あのにやけた評論家・伊藤貫が、さもアメリカ事情を詳しく知っているかに解説していた。キッシンジャーをはじめとして、多くのアメリカのイデオローグたちは、たとえ韓国には核兵器は持たせても日本にだけは絶対に持たせないと決めていると語っていたが、ウソじゃないか。

 日本に核兵器があるとわかれば、国民、とりわけサヨクは大騒ぎになるに決まっている。だから歴代政府とマスゴミは隠していたのだ。共産党や社民党も知っていながらとぼけていたのだろうか。
 それがいきなり、原爆用プルトニウムを返還して非核武装国になったのだから、これは仰天する。
 武田氏は、もしかすると日本にはれっきとした原爆があるのではないかとも言う。だからもらっていたプルトニウムが要らなくなったのだ、と。

 それに、今たけなわのアメリカ大統領候補になろうとしているドナルド・トランプは、日米同盟は片務協定だからやめて米軍は撤収するとか、日本と韓国に核武装させるのはやむを得ないといった発言をしている。
 彼が大統領になるかどうかもわからないし、仮に大統領がそういう意向だとしても、議会が承認するかどうかもある。けれど、今回のプルトニウム移送の話と、トランプの吼え方には関連があるのではないか。

 能天気に解釈すれば、これはオバマ大統領が自分は核廃絶を演説しただけでノーベル平和賞をもらったものだから、退任間近の今に、一つのスタンドプレーとして、日本に譲渡していたプルトニウムを米国内に引き上げて、核が拡散しないようにしました、とも取れる話だが、実際はそんなものではあるまい。

 これまで核武装していた日本が、突然、非核保有国になったなんて信じられるか。これは当然、IAEAの協定違反でもある。研究用だとはごまかしなのだから。
 なぜ核爆弾があったのに、日本がないことにしてきたかはわからないが、一つにはアメリカの軍需産業が日本に通常兵器を売りつけるためだったろう。兵器は値段があってないようなものだから、自衛隊にアメリカ製兵器を買わせれば、日本の政治家にもキックバックがあるはずで、その旨い汁を棄てられずに、日本は核を持てないことにしていたのかもしれない。

 武田氏は核保有の情報はオープンにして国民が議論しなければ民主主義ではないと言うけれど、軍事に関しては民主主義はまったくなじまない。敵を欺くためにも、核があるのかないのかはっきりさせない手もあるし、それが敵の疑心暗鬼を生むから、立派に抑止力になる。これまではそうやってきたのだ。

 私は日本の核武装に賛成している。どの国でも持つのは容認しなければならず、北朝鮮に対してだけ持つなとは言える道理がない。奴らが持つなら、日本も持つ、それだけの話である。
 われわれは「核アレルギー」は棄てなければいけない。核アレルギーですと言っていれば、周辺国が核攻撃はしてこないと主張するのがおバカなサヨク連中であって、いささかも理屈になっていない。

 日本中が核武装について議論することすら許さない風潮は薄れてきたが、まだまだ単純な拒絶反応だけ示すおバカがいるのは困ったことだ。拒絶反応だろうが、アレルギーだろうが、現実には核爆弾はあったのだから、いかに間抜けな話かがわかるだろう。

 本当に武田邦彦氏がいうとおり、日本には核があったし、もう原爆ももっているかもしれないとしたなら、これは国家論の本質に関わることである。それを悪いことだと間抜けなサヨクは言うだろう。民主的に国民の理解を得ていないとか。だが、国家がなんでもかんでも国民にお伺いを立てるのは、国家とは言えない。

 




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2016年03月30日

技の創出過程についての雑感(2/2)


《2》
 世間では(世界中で)、「才能」というものがある、と思われている。それを疑う人はほとんどいなかった。
 しかし南ク継正先生は、「才能」を観念論であるとして否定された。ほとんどすべては「創られる」のだと。だれもが創ることができると。これがわかるかどうかが分かれ目で、分かろうとしない人がまだ圧倒的に多いので、才能の有無でしか捉えられない。

 技の創出過程における「創る」と「使う」の二重構造は、とくに意識せずとも、やっているうちにうまくなるという経験を誰しも持つので、これを二重構造で捉える必要を認めない。つまり使っているうちに創ることができるのは事実だからだ。
 例えば、野球は試合を多くやればやるほど上達することができる。試合とは使い方だが使い方をやりながらでも技が創られて行く易しさがあるスポーツなのである。

 楽器の演奏では、先生の指導を受けて、「こうやりなさい」と指示されてできるようになるのは、使いながら技を創っている。それが「いろいろな流儀がある」として現象する。

 とりわけ楽器は、半ばは楽器そのものが技の実体化したものとなっていて、楽器製作者の技の上に、演奏家の技が加えられる。その分、いわば楽に技化ができる。だからヴァイオリンでいえば、ストラディバリウスとかの名器を持ちたがる。高級な楽器ほどいい音が出せるのは事実だ。
 でもそれは自分の演奏の技の未熟さを名器で補ってもらうということである。

 そういうことをやっても演奏家として認められるからこそ、演奏家からは技の創出の理論が出せないできたのではないか。
 剣道の場合は、技は竹刀や真剣が半分は創ってくれる。しかし空手の場合は、道具を用いないで、素手素足で闘うので、すべて自分の身体を素材として技をゼロから創らねばならないために、技の創出(身体の武器化)の理論が必要になった。それだけ空手は剣道に比べて、技の創出は困難であると言える。
 このことを南ク継正は『武道の理論』シリーズの本で説かれている。

 空手は素手素足で闘う。これを試合をしながら技を創るのは至難のわざだ。想像がつくでしょう。ろくに技の使い方を知らない人間が闘えば大けがをする。だから昔は、はじめからケンカが強くて、体格もいい人間しか空手はできなかった。

 でもそれでは、本当に空手が必要な弱者、女性などは永久に勝てないではないか。弱者でも空手の技を身につければ暴漢から身を守れるのでなければ意味がない。人類は、ずっと女が弱いのはしょうがない事だとしてきたけれど…。
 才能なんてない人間でも、空手が上達できる道はないのか、と研究することで、南ク継正先生は技はまず使うことをせずに、「創る」ことに専念し、徐々に「使う」レベルへ練習を移行させる方法を考え出された。

 だから理論どおりにやれば、どんなに素材の悪い人でも女性であっても、必ず初段にはしてみせることが理論の完成によって可能になった。初段ばかりではない、指導に素直に従えば、理論にのっとって誰でも達人の域に達することができる。

 技は相手がいることだから、使えば基本が歪む。自分が使いやすいように変えたり、相手の特徴にあわせた技に変化させたりする。
 そうならないように、技の創出は、使っても崩れないレベルに仕上げなければならない。空手で言うと、空手の技を駆使して試合で闘っても、技が崩れないで、空手の技として使えるレベルを初段(黒帯)とする。

 楽器で言うと、どんなボロの楽器でも一定水準の音が出せ、また、どんな作曲家の個性的な曲を演奏しても崩れない、あるいは作曲家によって得意不得意がない、というレベルの技の創出が要求されるはずだ。そうなるには、技は「創る」段階と、「使う」段階に理論的に分けて練習しなければならないとなるはずなのである。

 子供向けのピアノの先生とかのレベルなら、適当に(?)好きな曲から練習しながらやっても通用しても、世界に通用する達人レベルのピアニストのシビアなレベルに達するには、例えばバイエルの教則本に従って、脇目も振らずに練習しなければならないのだ。

 「技」はどう創らねばならないか、「使う」ことで崩れた技はどう修復するかを理論化しなければならない。一流の演奏家は、それを一流の指導者の経験則でやってきた。それを間違いだと言っているのではなく、誰もが一流になれる指導法であるなら、「創る」と「使う」の区別と連関の論理的把握が必須なのである。

 サキソフォンの独奏している様子をYouTubeで見たことがあるが、よく体を揺すりながら吹いている。身体を揺すると音が出やすい、ということは、使い方なのである。いわば個性的に崩して吹奏しているなと、私には見てとれた。
 すでにプロの域に達しているならば個性的で構わないのだが、初心者が真似していいことはあるまい。

 土台、骨、神経、感覚器官、血液などに言及したのは、それらこそ技の創出のために欠かせない「創る」の重要要素だから。土台を「創る」、骨を「創る」…であって、これは使い方では鍛えられない。
 ショパンの弾き方がいわば一流一派なのだそうだが、ショパンは自然成長的に修得した技なのであって、もう21世紀はそれではなるまい。
 理論によって誰もがショパン以上にならなければいけない。

 音楽の世界では、これまでの名人達人は百万人に一人しかなれなかった、しかも30年かかってものにした技化だった。でも、理論で修得すれば誰でもが3年で名人の域になれる。人類の進歩はそうでなければならない。それはこれまでの修得法であった、「使いながら創る」では困難である。

 本当は音楽大学というからには、こうした技の創出過程の構造を解く研究を学問として為さなければいけないのに、ただ演奏家をつくるだけなのではないか。




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2016年03月29日

技の創出過程についての雑感(1/2)


《1》
 世界中探しても、わが空手流派以外に専門分野での上達論、勝負論、技術論を理論レベルに高めた組織はないと言い切れる。
 スポーツや芸能でも、成果をあげた指導者に「哲学がある」「理論的だ」などと褒めそやす向きが多いが、嘘っぱちである。いささかも論理はない。経験的に指導で成果をあげたものはいくらでもいるだろうが…。

 一芸に秀でようと苦闘するなかで、武道家の本(例えば武蔵の『五輪書』)に真理を求めて読んでみたが何もなかった…とおっしゃるのは当然で、たいていは理論でもなければ、学問でもない。それらしきがあると、せいぜいわが流派の盗作であったり…。

 芸能やスポーツで「身体の使い方」が話題になるが、すべての技には「創る」と「使う」の二重構造がある、と発見したのは南ク継正先生をもって嚆矢とする。この理論すらまだ音楽界やスポーツ界には浸透していないのではないだろう。
 技はまず「創る」ものであり、そのうえで「使い方」である。使えば技は崩れることになる。良く言われるのは包丁は使ううちに斬れ味が悪くなると同じだ。根本の技の創り方に理論がないのだと思える。

 「創る」に理論があるなら、「身体の使い方」の前に、「身体の創り方」の理論があってしかるべきなのだ。
 「創る」が意識されていたら、土台をどう鍛えるか、心臓をどう鍛えて体力をつけるか、骨の強靭さはどう演奏に関係するか、感覚器官はどうやって鍛えるべきかが解けなければならないはずである。

 例えば、ボートに乗ってオールで漕ぐ場合、固くて強い木のオールだからしっかり漕げて、ボートは進む。しかしオールを段ボールで作ったらどうだろう。進みはするにしても弱い。じゃあとばかりに、段ボールを厚くしてスピードをだそうとしているのが、昨今のスポーツでやっている筋トレである。
 あるいは進む力が弱ければ、オールの握り方や動かし方に改良を加えるとか。それが多くのスポーツ指導の現状ではないか。
 ここで譬えているオールが骨である。

 筋肉を強く働かせるには、骨の強靭さが必須である。スポーツ選手が肉離れを起こすのは、筋肉ばかり鍛えて骨を鍛えない、そのバランスの悪さからくることもあるだろう。

 例えば吹奏楽器を吹く場合、肺の筋肉で息を調節しているようだけれど、あれもじかには肋骨の強靭さが筋肉の動きを助けるのだから、楽器を吹奏する練習だけではなかなか骨は丈夫になっていかない。全身の骨を鍛えなければならないが、とりわけ背骨や胸骨は大事であろう。骨が鍛えられていれば、女性でも楽々吹奏楽器が吹けるはずだ。

 骨を鍛えるにはカルシウムをいくら摂取してもダメで、骨に衝撃を与えなければならない。高いところから飛び降りるとか、柱に背中をぶつけるとか、肋骨を手で叩くとか。
 こういう話を演奏家にすると、返ってくる答えは、一番大事なのは息の使い方ですとか、指の使い方です、になる。

 藝術は感性の世界ではあるが、感性のみで捉えるのが主流で、論理で捉えようとする向きは少ない。まして技の二重構造(創ると使う)がわかる人は少ないので、ご理解いただくのはむずかしい。
 音楽学校で習い、世界中の常識となっていることを、それは不十分だと言われると拒絶反応を起こすのが一般的である。

 楽器演奏やスポーツは、使いながら創るやり方で実際上達できないことはないから、技の創出過程の論理化をわかってもらうのは至難の業になる。
 「使い方」に関しては、何も言う事はない。その道のプロはさすがに教え方も技も持っているのだから。

 だが、指導者が使い方だけの良し悪しで弟子を見てしまうと、結局、上達の遅い人は才能がない、で終わってしまいがちだ。

 私はその使い方の前段階とでも言うか、呼吸、指使い、足の運びなどの動きの仕方を支える骨の問題や、心臓の問題、肺の問題、あるいは血液の問題などを解けなければ理論体系はできない、と言っている。「足腰を鍛える一般」ではない。足腰の強靭さが、藝術家が演奏する音とどう関わるのか、どうすればいいのか、それを理論的に解明しないと…と思っている。

 ピアニストも一流どころは巨漢である。巨漢は体重の重さゆえに自然に土台が鍛えられる。
 私はどんな演奏家でも、さらなる高みを聴衆に届けるのなら、理論的練習が必要になるのではないかと思うだけだ。

 譬えていうなら、相撲では白鵬は現在無類に強い。しかし、かつての双葉山や初代若ノ花と比べれば、まだ大横綱にはなれていない。去年くらいからは優勝を逃す事も多くなっているが、彼が双葉山クラスになり、もう一度無敵の強さを取り戻すにはどうしたらいいかが、相撲界でも評論家にも分かっていないことを悲しむだけである。
 白鵬はモンゴルの草原で鍛えた土台の遺産が消えつつある。残念だ。相撲界にも「身体の創り方の理論」がないからである。
 
 以前に野球のバットの先端とか、箸の持ち方を例に挙げて書いたことはある。先端に意識を込めるとはどういうことか、である。
 新聞紙の破き方で説いたが、「神経力」「神経体力」という概念が必要なのだ。新聞紙は誰でも、親指と人差し指で挟めば簡単に破ける。だが、小指と薬指で挟むと破くのはむずかしくなる。これは小指や薬指に筋肉の力がないからではないのだ。では何故か。

 技の創出過程では、「創る」と「使う」が二重構造になっていると発見されたのが人類史上初のことで、南ク継正先生の偉業である。
 しかし、人類はこのスポーツでも藝術でもなんでも技の創出は「創る」と「使う」が意識されずに(意識されなくても)要するに習えばよし、努力すればよし、繰り返せばよし、としてなされてきた。
 それでどんな分野でも、それなりに一流になれるし、なれなかった場合は才能がなかった、として終わりなのだった。



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2016年03月28日

オコエ瑠偉選手の“意識”


 昨年9月10日のブログで「『ミリオンダラー・ベイビー』の要諦」と題して、指導論について少し述べたことがあった。
 『ミリオンダラー・ベイビー』はクリント・イーストウッド主演のボクシング映画だった。イーストウッドがフランキーというコーチ役で、女のボクサー志望者を指導する話であった。

 女のボクサーが指導を受けるにあたって「がんばるわ」というと、それは違う、とコーチが言う。
 「オレのやることに口をはさまず、何も質問するな。『なぜ?』と問わずに、『はい、フランキー』とだけ言え。そうしたら女ってことを忘れよう。ケガをしても泣いたりするな。泣き言は聞かん。それでなきゃ俺はひきうけない」

 被指導者は指導者のいうことには絶対服従、疑問を差し挟むなと命令する。そこが要諦なのだと書いた。だが、なかなかそうはいかない。指導者の言うことに疑問を持つことになりがちだ。そこが落とし穴である。
 「女賢(さか)しうして牛売り損なう」との諺どおり。

 一例として、昨年活躍したプロ野球ヤクルトの山田哲人選手を取り上げ、彼がコーチの言うことを素直に聞いたからの成長があったことを彼自身が語っていることを紹介した。意識の変革が成功をもたらしたのだ。
 今回はそれと似た話をする。
 今年楽天イーグルスに入団したオコエ瑠偉選手がキャンプ&オープン戦で大注目を浴びていて、テレビでもさかんに特集をやっている。

 あまりチヤホヤしないほうが彼の人生では大事かと思うが、しょうがない。昨年夏の甲子園での活躍で一躍野球ファンの心を摑んでしまった。
 とくに関東一高の初戦、オコエの第一打席での一塁ゴロを相手一塁手が弾く間に、二塁打にしてしまった快足に、みなが仰天した。
 以下のYoutubeの動画で、彼があのときの話をしている。
https://www.youtube.com/watch?v=xWfaR99P3vM
 一塁方向へ強い打球を打った瞬間に、彼は抜ければ三塁打にできると踏んで、はじめからオーバーランして一塁へ走った。

 一塁手がちゃんととればオコエはアウトになる。一塁へ全力で一直線に走れば早く到達できても、一塁ゴロならどうがんばってもアウトになる。それよりゴロが抜けることに賭けてはじめから二塁を狙って走ったのだというから、プロ並みの判断である。高校野球はそんな高度なことまでやらせるのかと驚く。もうただの部活じゃない。

 あの一塁強襲二塁打は、世間は足が速いからだ、アフリカ人とのハーフだから身体能力が高いんだと騒いだが、それは全く違うとオコエは言う。自分は世間が思うほど身体能力は高くないし、身体能力だけでできるほど野球は甘い世界ではない。
 自分より足の速い選手はいくらでもいる。だけど甲子園を湧かせた一塁強襲で二塁打にしたのは技術であり意識の持ちようなのだとオコエは語る。

 いくら足が速くても、意識を持たなければ一塁ゴロは一塁ゴロとしか思わずに走るのみになる。野球が身体能力だけで勝負できるスポーツなら、日本人はアメリカ人と野球をやっても永遠に勝てないで終わる。そこを工夫して意識を替えたから、太刀打ちできるようになったのだ。

 オコエ瑠偉選手は、高校三年の甲子園で大活躍したが、二年生くらいまではベンチ外の選手だった。レギュラーになれずに不貞腐れていたという。同級生で同じポジションの選手に対して、あいつは俺より打てていないくせに試合に出て…、とか敵視していたが、それではいつまでも正選手になれないとわかって、意識を替え、相手の良いところを見て学ぶ姿勢を自分のものにして、プラスにするような意識になったおかげで大きく成長ができたのだと語っている。

 18歳くらいの青年にしてはしっかりした考えを持っている。そのアタマとココロを持っているなら、プロ野球でも成功するだろう。
 楽天のキャンプで一軍には入れられたが、はじめは打撃練習でボールが前に飛ばなかったそうで、監督もコーチもアタマを抱えたそうだが、わずか2カ月で見事に開幕一軍を勝ち取るまでに成長した。
 プロに入っても、素直にコーチの言うことを聞くという意識を持ったからだろう。

 あのオコエの甲子園での一塁強襲二塁打は、たまたまテレビで見ていたが、NHKのアナウンサーも解説者も、ただ驚愕のスピード! すばらしい身体能力と叫んでいただけだったと思う。

 わが流派では、武道だけではなく、スポーツでも芸能でも、技というものは身体能力や天性のもので決まるのではない、技の理論(上達論、指導論しだい)なのだとする一大発見をなしてから、半世紀近くになんなんとするのに、まだわかっていない人が多いことが残念である。
 高校生のオコエのほうが理論まではいかないが、まだしも意識が高いとは、情けない話である。

 しかし、まだオコエの“意識”は、野球だから通用するが、「使い方」で終わっている。これからどうやって身体能力や技を創るかを勉強していってほしいものだ。どんな食事をするかから始まって、骨をどう鍛えるか、神経を、筋肉を、内臓を、血液を…というように、「創る」理論構築を目指してくれたらと期待している。




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2016年03月26日

なぜ韓国人は日本を憎む?


与太郎:どうもご隠居、大変ご無沙汰しちまいまして。
ご隠居:なにがご無沙汰だ、昨日だっておとついだって上がり込んできたじゃねえか。ほかに挨拶はねえのかい。
与太郎:いえどうも、面目ねえ。タバコをきらしちまったもんで、その、一服恵んでいただけねえかと思いやしてね、ご隠居。
ご隠居:しょうがねえな、じゃタバコくれてやるから、なんか巷の面白い話でもしていけ。
与太郎:へえ、最近はえらい便利になりましてな、この長屋でもパソコンだのインターネットだのを扱う人間も増えやしてね、うわさ話が江戸だけじゃなくて世界に広がってますな。
ご隠居:ほうそうかい。このションベン長屋もIT革命ってやつかね。

与太郎:んでもってね、ご隠居。また兵頭二十八氏さんブログ「兵頭二十八の放送形式」から頂戴したんでやすがね。3月14日付で、奥山真司著『中国[チャイナ]4・0』(文春新書)のサワリをご紹介しているんでさ。これはエドワード・ルトワックに奥山氏がインタビューして1冊にまとめたものだ、てんで。
 ルトワックはユダヤ人で、軍事や安全保障論の専門家だとか。

 あっしが兵頭さんが紹介しているなかで、とくに面白いと思ったのは、韓国人の日本に対する心理の考察でやんしてね。
ご隠居:へえ、与太郎も心理の考察なんて言葉をしっているのか。
与太郎:まあ…おからかいにならずに、聞いとくんなさい。
 兵頭さんはルトワックの話をこう言っておられるんで。
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 韓国人が憎んでいるのは、日本の統治時代にパルチザンとなって日本人を殺そうとしなかった自分たちの祖父たち。終戦直前まで日本の将校は朝鮮の街で安全そのものに暮らしていた。誰も軍高官を襲撃しようとはしなかった。抵抗など無かったのである。これは1940におけるオランダと同じ。彼らも抵抗せずにドイツに占領されることを選んだ。

 だから、オランダ人の戦後の反独態度は、恥ずかしさのあまり過剰になった。1960年代までドイツ人はオランダではバカンスはぜったいに楽しめなかった。その逆に、チトーのパルチザンがドイツ軍とわたりあったユーゴスラビアでは、戦後のドイツ人旅行者はすぐに大歓迎された。ユーゴスラビア人は自分たちを恥じる理由がなかったからである。

※これを読んで戦後フィリピン人が親日である理由がよく分かった。フィリピン・ゲリラが殺した日本兵はかなりの数なのである。山本七平氏の著書に生々しい。

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与太郎:韓国人が狂ったように反日になっているのは、現代の韓国人たちが併合時代を理解しようとせず、妄想に凝り固まって先祖が反日をやらなかった恨みを抱いているからである、てんですな。
 ご隠居はどう思いますか?

ご隠居:そうかねえ…。そのルトワックさんはもしかして、真相を知らんのじゃないかね。終戦直後、鮮人たちは突如「戦勝国民」を名乗って、略奪や強姦、やりたい放題しまくったんだ。今、どこの駅前にもパチンコ屋があるのは偶然じゃない。みんな鮮人が奪ったものだ。GHQが裏で糸を引いてやらせた。

 終戦で大陸から引き上げてきた日本人の女性のほとんどは途中で、朝鮮人に強姦されて泣きながら帰国した。特例措置で堕胎が許された。は? これでも韓国人の祖父たちが反日ゲリラになって戦わなかったのが悔しいって? 半島を近代化してもらった恩義を忘れるどころか、敗戦で打ちひしがれて抵抗できない人間に暴虐のかぎりを尽くしておいて、何を言うか。

 それにルトワックさんも兵頭さんも関東大震災の真実も知らないんじゃないのか。ワシの親父から聞いたんだが、東京では朝鮮人が襲って来ると言って、自警団ができて大変な騒ぎだった。実際、この辺りにも朝鮮人が十人ほどいてな、そいつらが徒党を組んで一人暮らしの老人の長屋に押し入って金目のものを強奪する事件が起きた。自警団が取り押さえたんだが、警察がとんできて保護していったよ。逮捕じゃなくてな。

与太郎:ザイニチ朝鮮人が日本人を嫌いなのは戦前からってことですか。
ご隠居:与太、高倉健が主演した『三代目襲名』(1974年)という東映映画があってな。こりゃ、おめえ名作だよ。三代目というのは山口組三代目の田岡一雄のことだが、戦争末期から敗戦直後の神戸を舞台にした、田岡の自伝的映画なんだ。昭和20年8月15日、玉音放送が終わるやいなやザイニチ朝鮮人が暴れ出して、日本人を襲い、警察を襲撃して神戸を実質支配するようになった。ルトワックさんもこの名作を見ればよかったんだ。

 警察ではどうにもならなくて、山口組が義侠心で自警団をつくり、不逞朝鮮人を戦って街の治安を回復した。この映画は当時の様子を忠実に描いており、いかに朝鮮人が危険かを訴えている。単純なヤクザ映画じゃねえんだ。
 闇米を食べることを潔しとせず「飢え死に」を選んだ山口良忠という裁判官の話はしっているだろう?
与太郎:ええ、法の番人である自分が、法を破るわけにいかないと言って。戦後の日本で高潔だと評価されたかと思うと、融通が利かない堅物だと冷笑されたりしたんでしょ。

ご隠居:そうなんだが、しかしな与太、私はその判事の息子さんという人と一度酒席をともにしたことがある。むろん大人になってからの話だよ。
与太郎:え? ってことは父親は餓死したかもしれないが、息子は餓死しなかった、家族はちゃんと食べていたということですね、闇米を買って?
ご隠居:そうだろうな。そこで思うんだが、山口判事は物資が朝鮮人に抑えられ奪われて、庶民に回るはずのものが闇市で売られている状況に憤ったんじゃないかな。戦争には負ける、朝鮮人に傍若無人に占領される。そういう時代だったことが『三代目襲名』には見事に描かれている。

 朝鮮人に奪われて正規の市場に出て来ない米や野菜を、朝鮮人が仕切る闇市で買って、家族に食べさせたのが山口判事なのだ。山口判事の話は、マスゴミが流したんだが、大事な点が隠されているのがわかるだろう。朝鮮人が米屋を襲い、市場を奪って、盗んだ食い物を勝手に闇市で売った、山口判事を死にいたらしめたのは朝鮮人なのだ。
 それに無策だった日本警察や役人、自分も含めて情けなさに耐えられなかったのではないかな。

 作家の野坂昭如が「俺は焼け跡闇市派だ、青春の原点は闇市だ」と偉そうに言っていたが、彼も朝鮮人の非道を見て見ぬ振りをし、真実を国民の目から逸らせるワルをやったんだ。無政府状態における庶民のエネルギーを称えるなんてバカじゃないか。だから、山口判事の“美談”は、朝鮮人の蛮行を隠すために仕組まれた話だと思う。
 日本人のために戦った山口組もいつしかザイニチに乗っ取られたのか…。こういう映画はテレビでもくり返し放送してほしいもんだ。

与太郎:まあ、ザイニチはそうかもしれませんが、朝鮮半島じゃあそうでもなかった、というんでしょうかね。
ご隠居:そらそうだ。あちらは貧しくてな、日本が豊かにしてやり、社会秩序も平静にしてやったから、昨日に比べりゃ今日は良くなったと思っている。他の国をそもそも知らないんだから。けど、内地に来た朝鮮人にとっては、日本の暮らしぶりはそれまでと天と地の差があって、うらやむものだった。だから妬んで、ドサクサに紛れて放火や強盗を働いたのだ。
与太郎:さいですか。じゃあ、今の韓国人の祖父たちは震災時にいわばパルチザンになって暴れたってことですね。

ご隠居:パルチザンなんてハイカラな言葉を与太公がしっているとはな。語源はイタリア語だっていうがな、徒党を組むものというほどの意味だ。関東大震災でザイニチに暴動を起こさせたのは、ソ連、アメリカ、蒋介石らが資金を与えてやらせたのかもな。戦争は軍隊どうしが制服を着てやるもんだが、関東大震災で狼藉を働いた朝鮮人は、無差別に市民を襲ったり放火したんだから、卑劣だった。終戦直後はGHQのお墨付きだ。

与太郎:震災では当時の東京市長の後藤新平が、うそをついて話を逆にして日本の市民が流言飛語に惑わされて朝鮮人を虐待したことにし、マスゴミもそれに乗ってウソを広めたんでしょ。
 どうせマスゴミはウソをつくもんだと、もう骨身にしみましたよご隠居。

ご隠居:そうさなあ。ルトワックさんも一面的にしか見ておらんようだの。韓国の現代人が祖父の無抵抗に腹をたてているというのは、一面的だと思うぞ。そもそも朝鮮人には遺伝子的に問題があるといわれ、長い期間近親相姦が行なわれてDNAに異常をきたしているとの説がある。また、昔から支那の属国として抑えつけられ、その隷属状態ゆえに怨の裏返しとして他人に極めて残虐性を発揮してしまう。強い敵にはひれ伏し逃げ惑い、弱い敵には残虐非道、蛮行のやり放題という現象を引き起こしてきた。ルトワックさんのいうようなカッコいい理由じゃない。

 朝鮮でも田舎に行くと、多くは日本といっしょで良かったと思っておるし、幸せだったと感じている。呉善花さんが広く取材して明らかにしている。だが、サヨクがそれをさせないで、ウソを広める。
与太郎;またサヨクですか。なんでサヨクはそうウソをついてまで?

ご隠居:だいたいがな、ルトワックさんはオランダ人はナチと仲良くやったことを恥じているというが、朝鮮人はハナから恥るなんてことはしないんだ。日本での犯罪率は朝鮮人がダントツ。朝鮮民族は犯罪傾向が強烈なんだよ。ザイニチの犯罪率は日本人の2・6倍もある。これは数字によって裏付けられた客観的事実なんだ。
 日本のサヨク、共産党はそもそも朝鮮人がカネを出し、主導してつくったんだから、根っから犯罪的なんだ。
与太郎:なるほどねえ。どうもルトワックさんは旗色悪いですな。

 ご隠居:あのな与太や。世の中はすべて利権さ。利権で動くわけ。サヨクはそれで活動資金を得る。日本人を脅してカネを取る、好き勝手をやりたい。別に理想があるわけじゃないし、ルトワックさんがいうような「歴史の恨み」は二の次だ。全くないとは言わないが、利権を失いたくない、それだけよ。浅ましいものだ。
 お前さんがそうやって毎日、ウチにやってきて上がり込んで、お茶を飲み、タバコを吸っていくのは、それが利権になっているからだよ。

与太郎:てへ…。めんぼくねえ。決してそんなつもりじゃねえんですが。ただご隠居の人柄に引き付けられて、居心地がいいもんですから。
ご隠居:まあいいさ。わしも閑なんだ。
 戦後、フィリピン人が親日的だと兵頭さんは言っておるそうだが、そうかな。インドネシアやミャンマー、タイ、ヴェトナムなんかと比べると親日度は低い。日本に出稼ぎにやってくる女たちは多いが、日本のカネ目当てだからな。彼らはあれだけ植民地にされても、親米だよなあ。

 それがよくわからん。戦時中の日本軍の占領政策の失敗か…。それとも、東南アジアでは、あのころ、フィリピンだけがアメリカの植民地で、そうとう民衆がアメリカナイズされていた。ほかはイギリス、フランス、オランダだから、ちょっと原住民への苛斂誅求の中身が違ったのか。
 
与太郎:ご隠居、そんな「カレンチューキュー」なんて、カレンちゃんにチューしてキューと抱きつくみたいな言葉で言われてもわかりません。話がむずかしくなってきたから、じゃあ、もう1本タバコをいただいて退散します。ごちそうさんでやした。




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2016年03月25日

関東大震災で朝鮮人虐殺はなかった(2/2)


《2》
 関東大震災は、大正12(1923)年であったが、その前、朝鮮で「1919.3.1 万歳事件」の後、上海のフランス租界に李承晩、金九らの「上海仮政府」がつくられていた。
 そのゴロツキ連中が、関東大震災後、「慰問団」を派遣して朝鮮人犠牲者数を調査した。調査したといったって、日本の政府機関でさえ把握しきれていなかったものを、こんな連中が調べられるわけがない。

 加藤康男氏の『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』によれば、反日朝鮮人チームが「虐殺された朝鮮人」として挙げた数字が「6419人」だった。死体の確認さえできなかったのに、慰問団の「同胞としての『勘』で計上した数字」だというからデタラメ。
 加藤氏は著書で、吉野作造の「2600人」という数字も、その根拠は「或る朝鮮人紳士」の調査によるものとしたためている。

 繰り返し著者は強調するが、これらの彼等の数字を正しいとすると、「地震と火事で死んだ朝鮮人は一人もいない」ことになる。

 加藤康男氏は拉致問題で活躍する西岡力(国際基督教大学教授)が、「関東大震災・朝鮮人虐殺」を信じていることに「危機感」を持ったと述べている。西岡力は慰安婦問題で韓国政府を批判しているが、一方で検証なしに「震災での朝鮮人虐殺デマ」に囚われているらしい。
 本ブログでは、北朝鮮による拉致問題で、救う会を主導してきた西岡のやり方に何度か疑義を呈してきた。

 国際基督教大学に在籍すること自体が、心証的に真っ黒である。あんな大学に奉職するのはユダヤの手先であろうと思われる。救う会の努力を認めないわけではないが、ザイニチとの戦いに消極的であることが、ずっと不信であった。国際基督教大学には、秋篠宮眞子が通った。取り込まれたのだろう。


《3》
 『井上太郎最前線日記』(青林堂刊)から引用させていただく。
     *    *    *

 朝鮮共産党という大正時代にあった非合法組織との連携が、日本の共産党とのはしりとも言えます。連携して関東大震災の日から日本でテロをやったのです。コミンテルンの極東拠点は、大正時代も大東亜戦争のときも上海です。尾崎秀実(共産主義者で朝日新聞記者、ソ連のスパイであり、ゾルゲ事件で死刑)が出入りしていた場所です。関東大震災があった1925(大正12)年には、日本共産党も非合法ながら結成されています。

 そして当時皇太子だった昭和天皇の暗殺計画とテロが計画されていました。のちに述べる朝連の発足、共産党の創立、関東大震災、そして当時摂政の昭和天皇暗殺未遂事件の虎の門事件は全て同じ時期のことです。

 虎の門事件の目的の一つは朝鮮半島における共産革命であったと、戦後に分析されています。そして関東大震災の日は、首相が不在でした。そこをチャンスとして共産党と朝鮮人がテロを起こしたのです。翌日には、山本権兵衛内閣が発足し、戒厳令を出して陸軍を使って撃退しています。しかし二個師団が朝鮮人集団に潰滅させられました。

 相当な武器を用意した、かなりの装備だったことが警察の資料として残されています。関東大震災の朝鮮人虐殺説はこれらの事実を隠蔽するための捏造です。実際に暴動を起こし、混乱させたのは朝鮮人と共産党なのです。都合が悪いので日本人による朝鮮人虐殺を捏造して広めたのです。

     *    *    *

 虎の門事件は、震災が起きた年の暮れ12月27日のことで、日本が戒厳令を出して朝鮮人と共産党を撃退し、逮捕したことへの報復でもあった。ほとんど内戦状態だったようだ。
 二個師団潰滅とあるが、潰滅は大げさだろう。「潰滅」と言える根拠を示さなければならない。もともと首都圏には陸軍二個師団があったが、震災の混乱もあって機能しなくなり、新潟などから応援部隊を招集して、治安維持や救援に当たらせた。

 地震は9月1日だったが、不逞朝鮮人どもは火災がやっと鎮火した翌日の夕方に、放火や爆弾を使って再び火災を広め、実際に井戸に毒を投げ入れた。また日本人自警団を襲撃して、暴行や破壊行為を行なっている。
 そうした朝鮮人の凶悪きわまる犯罪行為を、警察は隠蔽した。
 警察が不逞朝鮮人を取り締まらなかったのは、日韓併合にともなって、「朝鮮人は同胞」「宥和が大事」「五族協和」をいわば国是としていたからであろう。後藤新平が不逞朝鮮人の暴動を報道させなかったのも、そうした背景があるのだろう。

 日本政府としても陸軍としても、震災の混乱があったとはいえ、朝鮮人の破壊活動が一時期抑えきれなかったことは、相当の不名誉であった。官僚組織の軍としてはその不始末を世界に晒したくなかったろう。
 だから政府は「何事もない」と声明を発表したはずである。朝鮮人はこれを逆手にとって、朝鮮人大虐殺をでっちあげ、世界中に宣伝し始めた。それが今日まで続いて、歴史教科書にまで載っている。

※ 本稿の終わりにみなさんにお願い。
 東京都の舛添知事が、とんでもないことをやろうとしている。新宿の一等地に、なんと韓国学校を建てさせるという。日本人の国土、都民の土地を、反日攻勢をかけているザイニチ韓国人に事実上くれてやるとは、許しがたい暴挙です。
 ぜひ、都庁のHPの「都民の声総合窓口」に抗議のメールを入れてください。
https://cgi.metro.tokyo.jp/cgibin/cgi-bin/fmail_input_disp.cgi?dep_id=ts02&scr_id=f001&lang_opt=00






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2016年03月24日

関東大震災で朝鮮人虐殺はなかった(1/2)


《1》
 中学高校の歴史教科書には、「関東大震災に際して、朝鮮人が井戸に毒を投げ入れているといった流言斐語が飛び交い、日本人自警団などが無実の朝鮮人6000人を殺した」と記述されているとか。
 記憶は曖昧だが、私の中高のころの教科書もそうなっていたかと思う。
 当然、誰もが「気の毒な朝鮮人…」と刷り込まれた。

 しかし、最近ではそれが真っ赤なウソであったことが明らかになってきた。関東大震災のときには自警団は組織されたが、それよりもむしろ朝鮮人の襲撃を守った話とか、気の毒な朝鮮人を保護したとか、そもそもその時代は在日朝鮮人による騒擾事件が多発していたことなどが明るみに出始めた。

 工藤美代子氏『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(2009)や、そのリメイク版として夫の加藤康男氏の名で出された『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(WAC刊)などで詳細な研究が発表され、“真実が歪められた歴史”になっていることが判明してきた。

 昨今、敵性南北朝鮮人は、慰安婦問題で日本を攻め(責め)きれなくなってきたので、関東大震災における「大虐殺」を取り上げるようになってきている。これをしっかり反駁できるようにできなくてはなるまい。

 「余命三年時事日記」503(3月10日)にて、以下の読者コメントが掲載されていた。
     *    *    *

〈とっち〉
 関東大震災においては震災そのもの、あるいは震災時の建物倒壊や火災よって亡くなったり行方不明になった人は、1万人程度であったろうと言われています。
 つまり14万人の死者・行方不明者のうち、なんと13万人が震災そのものではなく、別な理由でお亡くなりになっているのです。では、その理由とは何でしょう。答えは「放火」です。
 なんと爆弾を使った建物破壊や放火までありました。誰がそんな不埒なことをしたのでしょうか。
 そうです。朝鮮人です。

当時の新聞の見出しを見てみましょう。
★「朝鮮人、隊をなして石油・爆弾使い放火」
(小樽新聞 大正12年9月3日号外第一)
★「朝鮮人、爆弾・放火・王子横浜で軍隊と衝突」
(荘内新報 大正12年9月3日号外第十八報)
★「朝鮮人、屋根から屋根へ放火 婦人凌辱 略奪」
(新愛知 大正12年9月4日号外)
★「朝鮮人、殺人虐殺凶悪ぶり 進行中の列車に爆弾投げつける」
(福岡日日新聞 大正12年9月4日号外)
★「朝鮮人捕縛 爆弾其の他押収。軍隊が治安維持に出動したため、不逞鮮人は爆弾を携帯しながら各地方へ退散、鎮圧鎮静化へ」
(九州日報 大正12年9月4日号外第三)

 このときの内閣は山本権兵衛内閣でしたが、震災の翌々日に次の「公式発表」を行っている。
 「不逞な朝鮮人については、三々五々群を為して放火を遂行、また未遂の事実があるけれど、既に軍隊の警備が完成に近づきつつあるので、国民のみなさんは恐れないでください。」
 これが公式発表です。
 在日不逞朝鮮人たちによる略奪や暴行、放火は「事実だった」ということですね。

     *    *    *

 それがなぜ、話が真逆になり、日本人が朝鮮人を虐殺したことになったか。それは東京市長だった、後藤新平に淵源があるようだ。
 後藤新平は、不逞鮮人襲撃のニュースを敢えて新聞に掲載することを止めた。後藤の言い分は、鮮人等の暴動が後の昭和天皇に向けられることからお護りするため、だという。(は?)
 また当時の「文化人」だった吉野作造もこの朝鮮人虐殺デマ説を流した張本人だったそうだ。

 加藤康男氏の本では、後藤新平が正力松太郎に語った言葉が次のように載っている。
 「朝鮮人の暴動があったことは事実だし、自分は知らないわけではない。
だがな、このまま自警団に任せて力で押し潰せば、彼らとてそのまま引き下がらないだろう。必ずその報復がくる。報復の矢先が万が一にも御上に向けられるようなことがあったら、腹を切ったくらいでは済まされない。だからここは、自警団には気の毒だが、引いてもらう。」
 バッカじゃなかろうか。今のサヨクと同じ。不逞鮮人のテロを朝鮮人虐殺に書き換えた真相がこれだ。

 後藤新平は台湾総督府民政官、満鉄初代総裁を経て、東京市長になり震災後の帝都復興計画などで辣腕を振るったことで評価は高いけれど、日本共産党を創ったのは、実は後藤新平である。
 後に共産党員になったものを殲滅するために共産党を作ったとされる。後藤は一族の佐野学や佐野碩らを使って、共産党の内部情報を公安警察に報告させた。よくわからない人物だ。

 話を〈とっち〉さんのコメントに戻すと、これは初耳であった。放火か…、さもありなん。こういう報道が、後藤新平の妨害にも関わらずいくらかは洩れ、ために自警団が作られた。
 新宿の自警団の一人が、内村鑑三(当時64歳)だったそうな。内村は地方から救援に駆けつけた警察官達を自宅の聖書講義室を開放して宿泊させた。

 これが真相ならば、吉村昭の『関東大震災』(文春文庫)が説くところは見直されなければなるまい。
 吉村昭の解説によれば、陸軍被服工廠跡という広大な空地がその原因だ。下町地域におけるいちばんの空地だった被服工廠跡地に避難者が殺到し、そこに周辺火災の火が四方八方から飛んできて、家財道具に燃え移ったことから、空地の人たちがパニックに陥って大量の死者を出したのだという。
 
 吉村昭が警鐘を鳴らしているのは、避難者が火事の火を運ぶことである。関東大震災であれば大八車に載せた家財道具の存在である。大地震において火が恐いのは、単に消防が働かないなかでの火事だからではなく、避難路や避難先を火事がつぶしてしまうからである。
 下町の被服工廠跡地の火災も、今となっては闇のなかだが、放火の可能性は否定できないのだ。

 阪神大震災のときは、ビルの倒壊やクルマの渋滞で消防が火事の現場に入れなかったことが大きかったようだが…。もしかして、なにせ神戸はザイニチが多い土地ゆえ、ドサクサに紛れて放火があったやもしれぬ。
 関東大震災の教訓として、今でも語られるのは、地震が起きたらすぐに台所などの火を消せ、と言われる。それはそうだが…。
 けれど、子供のころから不審だったのは、いくら地震で慌てたからとて、台所の火を消さなかったためにドッと火事が多発するのか、ということだった。

 関東大震災はちょうど昼飯どきだったとか、当時はガスより七輪なんかで煮炊きしていたから消すのに手間取ったのだと言われるが、どこかウソくさい。

 人々は家財道具を運び出すくらいの余裕はあったのだから、火事になりそうな火ならまず消したであろう。火事を消さずに家財道具を持って逃げるはずがない。火事が広まったから家財道具をかき集めて安全な所へと逃げようとした。あちこちで、人のいない場所で放火され、それが燃え広がって手がつけられなくなって、大火災になったのではないか。
 おそらく、そうした事実も後藤新平によって、朝鮮宥和政策のために伏せられたのかもしれない。




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2016年03月23日

「なでしこ」落日の責任はどこに


 女子サッカー「なでしこジャパン」は、リオ五輪予選に敗退して、佐々木監督が退任、かつての主力メンバーも引退が報道されている。「スポニチ」紙3月8日付【なでしこ落日】という記事で、スポニチはチーム内外にあった問題点を検証するとしていた。その一部を引用する。

     *    *    *

 転落の始まりは、4年前にさかのぼる。12年ロンドン五輪。選手も指揮官も、そのメンバーで戦う最後の大会と信じ、死力を尽くして戦った。初の銀メダル獲得に沸いたが、その直後に状況は暗転。同五輪で勇退するはずの佐々木監督が一転、残留となった。そこから不協和音が流れ始めた。

 選手と監督の微妙な距離感は、大きな溝に変わった。互いに歩み寄ることができず、指揮官は選手と一線を引く。「冷たい」「もっと見てほしいのに」と選手が訴えても、指揮官は「おまえらは俺から何を言われても聞かないだろ」と吐き捨てたこともあった。11年W杯ドイツ大会では東日本大震災などの映像を見せるなど、女心の分かるモチベーターだった指揮官の求心力は急降下。かつて「ノリさん」と慕われた指揮官は「選手が“ノリオ”と呼ぶ。リスペクトがない」「俺をバカにしている」などと話し、冷戦状態に陥っていた。

 意思疎通も欠如していた。ある主力は「外される理由を言ってくれるだけで違う」と言う。多くの若手を試すため、指揮官がメンバーを入れ替えることは仕方ない。だが、最大の功労者である澤さんにも、選考漏れの続いた1年間、その説明は一切なかった。今予選も「ベストコンディションではなかった」と説明されて選考外となった安藤の状態も問題なかったという声もある。

 「選考が謎すぎる。本当に戦えるの?」と主力がつぶやく中での直前合宿。25人から20人へメンバーを絞り込んだ際は宿舎でのメンバー発表は行われず、落選者にだけ通知された。その5人を知らない20人がいきなり見送りをさせられるなど一体感を欠いた。

 9年続いた佐々木体制。4―4―2に固執した戦術は、アジア諸国にまで研究し尽くされていた。メンバーも戦術も変わらない“マンネリ化”が招いた悲劇。その根底には選手と指揮官との溝があった。(特別取材班)

     *    *    *


 新聞は、事実よりも読者が喜ぶもの、納得する記事を書くものと相場は決まっている。五輪予選敗退となれば、選手や監督に非難を集めて、よく言われるように「戦犯」探しを始めるものである。読者はそういう「戦犯」の記事を読んで「わかったつもり」になれる。
 「なでしこ」の場合は、佐々木則夫監督を「戦犯」に仕立てようという意図が見え見え。

 退任する監督にはいくら悪口雑言を言い散らしても、読者受けさえすればいいという魂胆。
 新聞の底意への留保はつけつつも、これが事実だとすれば、今度の敗退は必然だったようだ。この記事で読むかぎり、むしろ悪いのは選手のほうではないのか。

 だいたい、女子のスポーツ選手を指導するのは至難の業である。わがまま、嫉妬深い、妬み、そねみ、派閥をつくる、互いに足を引っ張る、チクる、実力ないのに目立ちたがる、すぐ自惚れる、指導者を独占したがる…などなど、それはもう大変な“生き物”なのである。
 しかも、女の集団を男が指導し率いるにあたっては、「女心」だけでなく「カラダ」が違うので、男にはわからない。メンスのときの気分なんてものは、男にはわかりようがない。

 それが一般性である。だからスポーツ記者ならば、そうした取材対象の女たちに関して、もめごとがあるのは簡単にわかっているだろう。このスポニチの記事のような事実はどこにでも、いくらでもあって、いっかな珍しい話ではない。女のいるところ「不協和音」がないわけがない。

 したがって、そうした女の軍団を率いるには、絶対君主になるしかない。甘い顔をしたら、ただちに選手に舐められ、侮られる。絶対君主になったらなったで、すさまじい陰口に晒されることは覚悟しなければならない。それにひるむことなく、女たちを従わせるには、そうとうのコツが必要だろう。

 ある選手が「外される理由を言ってくれない」と文句を言ったとあるが、監督がそんなことを言う必要はない。何を勘違いしているのか。世界レベルの競技で「民主主義」が通用するか。この愚痴を「うんうん」と共感して聞いていた新聞記者も何もわかっていない。
 選手が試合で外されたのなら、自分の実力がないだけのことで、悔しかったら努力して認めてもらえ、で話は終わりだ。

 「冷たい」「もっと見てほしいのに」も同様の、甘ったれたもの言いである。ただの愚痴。こんな甘やかされた環境では、負けるのは当たり前だ。
 しばらく前に女子柔道の選手が、合宿で暴力を振るわれたと訴え、マスゴミが騒ぎ、たしかコーチのクビがとぶ事件が起きた。
 暴力の程度にもよるけれど、世界中でW杯やオリンピックに出て来る選手は、しごきにしごかれて、それに耐え抜いて出て来るものだ。

 それが嫌なら、一流選手になる夢はあきらめなさい、というまで。
 これだから日本人がやわになる。徴兵制を復活させて、軍隊並みのしごきが当然の社会に戻らないかぎり、「日本を取り戻す」ことなどできない。
 女子サッカー界で想像できるのは、国どうしのすさまじい嫉妬、憎悪の感情でのぶつかりあいだ。人種偏見も加わるし、前回負けていれば復讐心も強烈になる。

 しかもサッカーは選手同士、カラダがガチでぶつかり合うのだから、テニスやバレーボールみたいにコートが分かれていないだけに、優しい心根の女の子では務まらない。監督がもっと優しく接してくれたら…などと甘い認識でいては、勝てるはずがなかろう。
 たぶん、佐々木監督が「なでしこ」を率いて優勝したW杯ドイツ大会やロンドン五輪銀メダルあたりまでは、その意識が徹底していたから勝ち抜けたのだろう。

 だが、このスポニチの記事にあるように、新聞記者が多数頻繁に接してくるようになり、愚痴を聞いてまわる。いやがうえにも選手はチヤホヤされるようになった。選手にしてみれば、記者たちが愚痴と不満を聞いてくれる。監督の頭を超えて、サッカー協会の偉いさんに声が届けばしめたもの、と監督批判をするようになる。
 新聞記者は、要するに読者が喜ぶ記事さえ書ければいい仕事だから、無責任に、選手達の愚痴を聞いて回る。

 その結果、選手は精神の牙がにぶくなっていったのだ。それでなくとも、女は先に述べたように文句垂れなのだ、それを言わせない(蓋をする)指導が必要なのに、新聞がチヤホヤしてその蓋を取り除いてしまったのだろう。




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2016年03月22日

動物実験の闇(2/2)


《2》
 『医療の犯罪 1000人の医師の証言』では他にも…。
 「私は扁桃腺、リンパ腺、胸腺の放射線照射を信じてきたが、私が何年、何十年も前に照射した部位が腫瘍を起こしていた、無害であるはずだったのに。
 私はもう近代医学を信じない。皆さんの健康にとって一番危険なのは近代医学を実践する医者たちだ。皆さんは医者を信じてはダメだ。薬を処方してくれたときは、危険だと思うことだ。安全な薬などないのだから。
 胸部レントゲンは、乳がんの発見よりも多くの乳がんを引き起こす元である。私は近代医学の9割が地球上から姿を消せば(医者、病院、器具のこと)われわれはまたたく間に健康に恵まれると思う。」

 医者自身からこういうことを言われると、何を信じたらいいのか、呆然となる。
 以前、本ブログで取り上げたが、エイズなんかない!との証言も思い出す。ユダヤ資本の製薬会社がエイズを創り出しているというのだった。

 動物実験に使われる動物は、ネズミ、モルモット、犬、ウサギ、そしてサルが多いようだが、なかでも一見人間に一番近いと思われているサルは、実験のみならずポリオワクチンのように医薬品製造にも多用されてきた。
 ところが近代医療を進める欧米にはサルはあまりいないため、アジアやアフリカから調達される。これまで、何万、何十万というサルが「医療実験」の名目で殺されてきた。

 インドのベンガル猿はどういうわけか人気で、大量に欧米に輸出された。それを憂いて1979年、当時のインド首相デサイは、ベンガル猿の輸出を初めて禁止した。
 欧米から轟々たる非難がおきたが、デサイ首相はこう言った。

 「われわれが真の人間性をもつならば、生き物のいかなるものにも残虐行為を押し付けるべきではない。これはインドが常に持ちつづけた哲学だ。だからわれわれは動物を残虐な目にあわすことを欲せず、そのために輸出を禁じる。
 調査研究だけが人間の至福の解答ではない。人間の至福と健康は、自然法に従うことでよりよく成就できる。これにはいかなる薬も必要ない。私は薬というものを長いこと使っていないし、これからも使うことはない。」


 偉いものだ。日本の首相が靖国参拝するからといって、大衆を動員して反日デモを差し向けるようなどこぞのブタ国家とは気品がちがう。あのインチキ極東裁判で、日本無罪を主張したパール博士もインドの方であるが、インドにはこういう崇高な人間性を把持した人がでる。なぜだろうか。

 しかしそれでも医学の進歩があったじゃないか、昔は平均寿命も50代だったものが、こんなに伸びたじゃないか、それは動物実験のおかげで効果ある薬が開発され、病気と戦うことができるようになったからだ、という反論がなされるだろうと思う。
 しかし、ペニシリンのようなごく幸運な例を除けば、ほとんどの新薬はかえって病気をつくりだしたり、副作用がきつかったりする例のほうが圧倒的に多いのである。

 そもそも人間の病は人間の研究でしかわからないのであって、動物では代替できないというのは、相当程度真実ではあるまいか。それなりに人体実験、人間観察で効果ある医療は開発されてきた。
 また、医学生の解剖実習も犬やサルでできるからいいじゃないか、という意見もあるが、実際、犬やサルをメスで切ってもまったく意味はなく、人間の体でないと修練にならないのだ。

 動物ではわからない、その理由は何と言っても、動物には認識がないからであり、逆に人間は認識によって生理が影響されるからだと言えるのではないか。
 昔に比べて平均寿命が伸びたというけれど、例えば江戸時代の平均寿命をどうやって調べたのか? 寺の「過去帳」なんてあてにはなるのだろうか。現代の人と条件だって違うのだ。一律に、昔より寿命が伸びたなんて言えない。

 そんなもの、昔はテレビがなかったから、人々に楽しみがなく不幸だったと決めつけるようなものではないのか。
 近代医学なんてものは、少なくとも、儲け主義で腐敗しており、簡単に信用できないものだということだけは心にとめて置いた方が賢明ではなかろうか。

 以下の「恐怖の動物実験」サイトで、動物実験の実際が見られる。
http://www.coara.or.jp/~wadasho/doubutu.html

 残酷きわまりない。犬やウサギたちの苦悶する様子をみて、なお、動物実験は必要と考える人がいるだろうか? わたしが美しくなるための化粧品を安全に使うためには犠牲になってくれ、でいいのか? 単純な動物愛護精神で言っているんじゃない。とても正視できるものではない。

その他、
動物実験廃止ネットワーク
http://www.ava-net.net/

動物実験廃止を求める会(JAVA)
http://www.java-animal.org/

などで問題提起している。



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2016年03月21日

動物実験の闇(1/2)


《1》
 私は昔から化粧品を使ったことがない。男だからまあ当たり前ではあるが、整髪料もなし、スキンケアもなし、ひげ剃り後もなし、歯磨きすら何もつけずにブラッシングだけ。シャンプーは使わず石鹸で頭も体も洗う。ドライヤーさえ持っていない。自然のまんま。
 粗塩で顔を洗うとか、梅干しを日本酒に漬けた液を顔に塗ると良いと言われて、試したことはあるが、面倒なので止めてしまった。

 女に生まれなくて良かったとつくづく思う。女性は化粧品をまったく使わないわけにはいかないのだろうから、苦労が多いだろうし、出費もバカになるまい。化粧を止めろとはいわないけれど、いつも内心ではいかがなものか…とうめいている。

 テレビを見ていると、女性向けの化粧品のCMは怒濤のごとくあふれている。これでもかこれでもかと新商品が発売されて来る。すべての商品が、これまでより良くなった、もっと美しくなる、肌に優しい、などなど口上を述べている。
 しかし…。化粧品会社が新商品を開発するのに血道をあげているそのバックで、多くのいたいけな動物が残虐な目にあっていることは、いったいどうなのだろうか。

 昔、たしか女優ブリジッド・バルドーが、日本女性に対して、毛皮を身にまとうのはやめたらどうかと非難の声をあげたことがあった。日本の女は、カネがあるからといって、キツネやテンなどの毛皮を好んで買い漁るが、動物がかわいそうじゃないかという理屈だった。日本側はうやむやで終わらせたかと思う。
 また彼女は、中共の江沢民に宛てて雑誌に公開書簡を発表した。支那ではで媚薬のために熊や虎、サイが殺されており、それに抗議したのだった。

 日本の女たちは、日にち毎日、もっときれいになれる化粧品を求めて血眼である。化粧品を開発するには、膨大な数の動物、例えばウサギを実験台にして、その新開発の化粧品でかぶれたり癌になったりしないように試さなければならないのだ。
 ウサギは身動きができないように、首輪で固定され、餌だけ与えられる。因幡の白ウサギみたいに毛を削がれて、そこへ化粧品を毎日塗りたくられる。

 その実験データを、化粧品会社は厚生省などに出して販売許可をもらう。客によっては皮膚のトラブルも起きる可能性があるが、揉めたら、いえ、これだけ動物で実験して安全を確認してます、と答えるために、何百匹だか何千匹だかのウサギちゃんが犠牲にされる。

 若い人は、テレビ局とか広告代理店とか、化粧品会社に就職したがる。給与はいいし、友だちに自慢できるだろう。でもその背後で動物をアウシュビッツみたいに痛め付けている部分があるということに、思いをいたしたことはあるのだろうか。「わたしには関係ない」と言いきれますか? 涙さえながせないで、苦しみながら死んで行くかわいいウサギたちの姿が目に浮かびませんか?

 そんな嫌な想像はしたくありませんか? 自分さえ美しくなれればいいですか? 昔(江戸時代)の女は、顔は米糠で洗い、髪も糠や汚れを落としてくれる木の実なんかで洗っていただけですが、そんな時代とは違うといいますか?

 『医療の犯罪 1000人の医師の証言』(ハンス・リューシュ編 三交社)この本では、多くの(1000人にも達する)医師が、動物実験、動物生体解剖は、医学医療にまったく貢献しないどころか、かえって危険な薬を作りだしているとして、批判、告発している。

 「生医学研究において、動物実験ほど、まやかしであるものは他に見つけられない」
「生体解剖の有用性は、はっきりしていない。動物に実験した製品(薬)は人間には効果のない結果しか生まない」
「動物実験は、人間に間違った、あるいは結論の出ない結果を提供し続けているということを、我々は薬害から思い起こす。ありていに言ってしまえば、動物実験は科学ではない。」

「多くの癌研究は詐欺であり、主要な癌研究機関は、研究者らを支持する人々に対しての義務に無責任である」
「癌研究には膨大な数の動物を使ったが、何一つ具体的な成果があがっていないといっていい」

 こういう証言が延々と続く。外国人の著作によくあることだが、証言の羅列で、論理的展開がほとんどないのは飽きるけれど。

 BCGは、結核のツベルクリン検査で確か陰性になると予防接種させられるものだが、これがなんとウソだったのだ。WHOとインド医学研究調査委員会が調査したところ、BCGが結核に対して何の保護効力もないことが立証された、という。
 狂犬病も、予防接種は効果ないそうだ。そういうことも書いてある。

 「世界中で何百万という人々が飢餓に苦しんでいるとき、そして我々の経済状態がこのように困難なとき、アメリカ議会は目的もない動物研究に、毎年何十億ドルという助成金を計上している」
「動物実験は法的理由でなされているのであって、科学的理由でなされているのではない。このような研究が人間に与える価値は意味のないものが多い。」

 では何のために動物実験が行われるかというと、どの先進国も事情は同じで、医学論文、博士論文には、動物実験のデータを付けないと、そもそも提出させてもらえない仕組みになっている。新薬の開発も、動物実験が不可欠になっている。そう法律と慣習で決められているのだ。

 その理由は、動物実験をするシステムで儲かるようになっているからである。動物輸入業者、飼育業者、販売会社、実験動物の死体処理会社、そしてそれを許可する官庁、リベートで潤う医者、学界。はては新薬や新しい医療機器を次ぎから次に開発しなければならない製薬会社などが儲けるためなのである。

 つまり花粉症とか、インフルエンザとかをそもそもどうやったら作りだせるかを、医者や製薬会社は研究し、大量の患者をつくりだしておいて、そこから新薬をつくるためにこれまた大量の動物を実験と称して購入し、虐殺するのである。決して困っている患者がいるから、ではない。

 患者をつくりだし、大量に薬を消費させないと儲からないから、新薬や新医療を開発する。
 医者にしてみれば「風邪なら暖かくして寝ていれば治りますよ」では商売にならない。次々に患者に薬を与えないと病院は成り立たないのだ。
 抗がん剤などはその典型である。癌に効きもしないのに、これがダメなら別の抗がん剤をと試していって、さんざん薬で儲けておいて、患者副作用で苦しめばさらにあれやこれや薬を投与し、…最後に死ぬのである。



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2016年03月20日

「私たちは怒っています」の笑止


 今日の話題に行く前にちょっと一言言っておくと、大相撲春場所が今行なわれているが琴奨菊は優勝もできまいし、横綱にもなれないだろう。土曜日までで6勝1敗だが、たまたた勝った勝負が2つほどあり、とても強い!と言えるほどではない。これから横綱大関と当たれば馬脚をあらわす。
 場所前に、北の富士理事がやはり「琴奨菊は横綱になれない。もしなったら頭を丸めるよ」と予言していると知ったが、それはそうだろう。

 先場所優勝したうえに結婚してのぼせあがっている。先場所は彼が場所後に結婚することになっていたから、たぶんにご祝儀で勝たせてもらった勝負もあり、負け越しではみっともないから、八百長で買ったものもあったと思われる。それを北の富士は知っているから、今場所の琴奨菊はダメだと言ったのにちがいない。
 結婚式やら優勝パーティやらで忙しく、稽古不足である。日本人力士に横綱をとってほしいが、またダメだろう。

 さて。
 2月29日、田原総一朗、鳥越俊太郎、岸井成格、大谷昭宏ら6人、おなじみ反日の下品ジャーナリストどもが「私たちは怒っています!」という横断幕を掲げて、記者会見を行った。
 やつらが問題だと騒いでいる高市早苗総務大臣の国会答弁は、ただ「法律にはこう書いてあります」との発言であり、誰が答弁しても、どの党や官僚が答弁しても同じになるし、ならなければ法治国家とは言えない。問題がある発言とは到底考えらない。

 ところがあの自称ジャーナリストどもは、民主的手続きで決められた法律を、あたかも言論弾圧であるかのように喚き散らして、彼らがキャスターを務めるテレビ朝日やTBSでもそのニュースは流れ、結果として大きく報じられるに至った。謝った見解の一方的垂れ流しだった。

 反日ジャーナリストどもは、高市発言は言論の自由を保障する憲法の精神に反すると、もっともらしいことを抜かす。また、錦の御旗の「憲法」かよ。
 放送局の電波は、国民のものであって、所管する省庁のものではない。所管大臣の「判断」で電波停止などという行政処分が可能であるなどいう認識はまちがいだと「怒っている」そうだ。
 
 放送局の電波は国民のものだというなら、実質、ザイニチの支配され、電通に支配され、ザイニチ芸能プロに牛耳られるテレビ界を問題にしろよ。
 いかにも国民のものと言えば、耳障りはいいけれど、野方図にやらせりゃ現実に、反日のデマ放送ばかりしているじゃないか。公共のものだからこそ、国家が統括しなければならない。そのための法である。

 電波が所管する省庁のもの、とは、国民は誰も思っていない、ザイニチを除けば。それを省庁が所管するのは憲法違反だとは、すり替えもいいところだ。

 田原や鳥越、岸井どもは、法律なんかなくせと言っているのだ。それが通るなら、清原が覚醒剤に手を染めても構わなくて、覚醒剤は国民のものだから逮捕するなと言わなければなるまい。

 そういう主張があるのなら、と、ケント・ギルバート氏ら「放送法遵守を求める視聴者の会」が公開の討論会を呼びかけたところ、抗議会見を行っていた反日キャスターどもはシッポを巻いて逃亡したそうだ。NHKにも放送するように申し入れたら、NHKも黙殺。

 なにこれ?
 垂れ幕を全員で手に持って、どうぞマスゴミのみなさん写してね、とは。あれは完全に韓国でよく見る火病のデモをやらかしている連中のやっていることとそっくりで、嗤えた。
 奥ゆかしい、上品な日本人のやることじゃない。
 あの垂れ幕を掲げたクズどもは自分の言うことだけが正しいと、怒ってるアピールだけはするのに、反対の意見に対しては逃げる、無視する。

 反日ジャーナリストどもは、通常はザイニチ芸能プロと契約している。芸能プロの言いなりにテレビで発言する役目を負わされている。そのお陰で多額のギャラをもらって裕福な暮らしができる。
 それをまだ国民大衆が知らないと思うから、さも公平な立場からものを言っているふりができる。

 ザイニチに言われて、発言しているだけ。今度もザイニチに言われるままに横断幕を掲げたので、いざケント・ギルバート氏などの普通の芸能プロに支配されていないジャーナリストや評論家から論争を挑まれると、逃げるしかできない。また、ザイニチ芸能プロから無視しろと命令されたとおりに動くしかできない。

 いまさら所属芸能プロに逆らって、堂々自分の意見を開陳しようものなら、ただちに失業だ。だから逃げる。韓国人の操り人形と化しているくせに、偉そうに言うんじゃない。

 今回の事件は、端的には在日韓国人にメディアが乗っ取られていることが露呈したにすぎない。




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2016年03月19日

朴槿恵のいつものウソ


 産經新聞WEB 版(3月1日付)から。
 韓国の朴槿恵大統領は1日、日本の朝鮮半島統治からの独立運動記念日「3・1節」の式典で演説した。慰安婦問題の解決に向けた昨年末の日韓合意を踏まえ、「日本政府も歴史の過ちを忘れずに、合意の趣旨と精神を完全に実践し、(慰安婦問題が)未来の世代へ教訓として記憶されるよう努力しなければならない」と述べた。

     *    *    *

 あちらでは大統領が率先してウソをつく。しかも自分の父親が言ったことを無かったことにして。
 親の朴正煕は、日韓基本条約を締結するにあたって、在日韓国人に対して談話を発表している(1965年12月18日)。

 「親愛なる在日僑胞の皆さん!
 そうして私は、日本の空の下で韓国同胞たちが再び分裂して相剋することなく、暖かい同胞愛の紐帯の中で互いに親近となり、また幸福な生活を営むことを希望してやみません。

 これとともに私は、これまで分別なく故国をすてて日本に密入国しようとして抑留され、祖国のあるべき国民になれなかった同胞に対しても、この機会に新しい韓国民として前非を問わないことをあわせて明らかにしておこうと思います。
 再びこうした分別のない同胞がいなくなることを希望しながら、今日からわれわれは新しい気持ちと新しい心構えで、栄えあるわが祖国を建設する働き手とならんことを、訴えてやみません。」

 すなわち、朴正煕はザイニチのすべてが祖国を裏切って日本に密入国した者であることを知っていた。当時は誰もが知っていたのだ。
 ザイニチはあろうことか、自分たちは日本人に強制連行されたとウソをついている。
 1945年8月の日本の敗戦時に、「戦時徴用」で日本に来ていた朝鮮人は22万人だった。それも徴用期間は昭和19年9月から翌年3月までのわずか7カ月間。
 彼らは、わずか245人を除いてすべて終戦と同時に自由意志で帰国を果たしている。GHQの命令だったが、日本政府が無料で船を用意し、帰国後の生活保障のカネまで恵んでやっている。

 現在のザイニチは61万人に及ぶが、そのほとんどが密入国者だ。
 奴らは強制連行以外にも、「朝鮮半島では日帝の略奪、差別、虐待のせいで朝鮮に住めなくなったから、日本に来た」とウソをついている。それならどうして朝鮮半島で朝鮮人をいじめる元凶である日本へわざわざ職を求めてくるんだ。
 こういう論理すら、朝鮮人もパククネもわからないで「歴史の過ち」を日本は認めろと抜かす。

 まだいくらでもあるが、朴正煕はこういう発言もしている。大阪城ホールでの演説。

 「日本の統治の問題。あれは合法的にやって、しかも世界が是として、別に外国から文句が出たものではない。しかも韓国、朝鮮人が自分たちで選んだ道なのだ。あのとき、われわれは自分たちで選択したんだ。日本が侵略したんじゃない。私たちの先祖が選択した。もし清国を選んでいたら、清はすぐ滅びて、もっと大きな混乱が朝鮮半島に起こっただろう。

 もしロシアを選んでいたら、ロシア派そのあと倒れて半島全体が共産主義国家になっていた。そしたら北も南も完全に共産化された半島になっていた。日本を選んだということは、ベストとはいわないけど、仕方なしに選ばざるを得なかったならば、セコンド・ベストとして私は評価もしている。」

 (『井上太郎最前線日記』からの引用)

 朴正煕の娘はこういう歴史を学んでこなかったし、わかっていても国内の反日勢力が恐くて正しいことが言えなくなっている。

 今になってみれば、われわれとしては朝鮮半島がどうなろうと知ったことではなかった。清国でもロシアでも「選択」して、植民地になれば良かったじゃないか。朝鮮を併合したがために、日本国民は税金をどんどん奴らに吸い取られて、働けど働けど暮らし楽にならざるを強いられたのだ。

 朝鮮半島が清の属国になるか、ソ連の支配地になって赤化すると、日本の安全が脅かされると思い込んで、日清戦争と日露戦争を戦って、なんと朝鮮、満州まで領土を拡げてしまった。
 日本がその道を選択したのではあるが、ユダヤ勢力が使嗾しての結果であるのは明白だ。ユダヤは日本に餌(朝鮮、台湾、満州)を与えて、ブタのように太らせたうえで、大東亜戦争に引きずり込んで「食いつくした」のである。

 その意味では日本は「歴史の過ち」をしっかり見据えなければなるまいが、敵性韓国の大統領から言われる筋合いはまったくない。
 現代でも、南朝鮮を中共やロシアにとられると、日本の(西側の)安全が脅かされるから、韓国を支援しなければならぬとする主張があるが、バカバカしいったらない。韓国を支援するカネは自衛隊や海上保安庁の強大化に使ったほうがいい。

 韓国人は歴史の過ちは日本だというが、大東亜戦争は欧米の不当なアジアその他の地域への介入、支配を押し返すため、また人種差別をなくすために闘わざるを得なかった戦争だった。人類を白人による差別や奴隷、悪癖から開放したのはフランス革命ではなく、日本の大東亜戦争だった。その日本と当時の朝鮮人は仲間だったのだから、世界にさきがけて人類の正しい道を示した栄光を手に入れていたのだ。せっかくの栄光を棄てることはないのに…。




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2016年03月18日

難民は排除が正解


 YouTubeの威力は瞠目すべきものがある。
 ヨーロッパは諸国は押し寄せる「難民・移民」と称するイスラム人たちによって大変なことになってしまった。とくに昨年から一気に事態が悪化した。
 その様子がYouTubeでつぶさに見られる。マスゴミがいくら隠しても、世界中が非常事態を知ってしまった。

 例えばYouTubeの「もはや難民なんかじゃない!犯罪者集団がやってくる!」には慄然とさせられる。
 とはいえ、現在穏やかに暮らすドイツ、フランス、英国などの市民が、犯罪集団が押し寄せて、勝手に家に入りこむわ、女性を強姦するわの惨状に悲鳴をあげているが、それはかつておぬしら先祖が、アジア、アフリカ、南北アメリカで原住民相手にやらかしてきたことである。
https://www.youtube.com/watch?v=xxoAwH85R3I&ebc=ANyPxKp-B56xnW5YyXOlteymSrUycSu_1JEm_n_Lxhe3qAcxvL2obDEoEgddkCT7xWraOC_-qu-B
 
 この動画では、バングラディシュ以西より中東とアフリカから西欧州に侵入してくる自称難民の脅威と、支那人がウイグルその他、日本にもやってきて暴動や犯罪を繰り返している様を映している。
 アメリカ大統領候補のトランプが、アメリカにはイスラムを入れるな、メキシコ密入国者を入れるなと叫んだそうだが、それに限っては正論である。

 青山繁晴氏はトランプのこの発言のみを捉えて、「失格者」と言い放ったが、冗談じゃない。どうしてそう浅薄なヒューマニズムを振りかざすのだろう。いかにもイスラムのすべてが無教養で暴徒になる人間ばかりではないが、アメリカ社会を守るためなら、そうした措置しかない。

 変な譬えだが、もし秀吉や家康の時代に、朝日新聞やNHKがあったなら、キリシタン禁令やスペイン・ポルトガルとの貿易禁止の措置を口を極めて罵倒しただろう。人道に悖るとか、信仰の自由を踏みにじるだとか、貿易の自由をなくすのかとか…。キリシタンを禁止したのは、宣教師どもの目的が奴隷の売買だったからだが、左翼朝日やNHKはそうした真実は言及しないで、偽善のヒューマニズムに訴えていただろう。今も奴らはキリシタン殉教の話ばかり垂れ流すが…。

 宣教師やキリシタンの中にも良い人はいる、なんて屁理屈で、スペイン、ポルトガル、イギリスなどを受け入れさせようとしたにちがいない。
 しかし、秀吉家康らのおかげで日本は救われたのだ。全部シャッタウトしたから良かったのだ。

 西ヨーロッパに自称難民が怒濤のように押し寄せたのは、ドイツのメルケルが悪い。フランスではサルコジだ。イスラム人の男どもによって、ドイツ市民の生活はムチャクチャにされ、怯えながら暮らすしかなくなっている。もう警察では抑えきれない。
 騒擾、傷害、器物破損、強姦、放火、みんな自称難民の連中がやらかしている。手がつけられない。

 「難民・移民」に反対する人間を、メディアは「極右」「ネオナチ」と罵倒してきた。移民に上限を設けるべきだと言った政治家は、ポピュリストの烙印が押されてきた。
 それがさすがに言えなくなっている。悪化した実態がYouTubeで誰でも見られるようになり、そのウソを暴露したからだ。
 ノルウェーのオスロでは、昨年から強姦事件が多発するようになり、その100%がイスラムの男が非イスラムの女(ノルウェーの白人)を襲ったものだという。

 しかしオスロの人々は、これに抗議することはレイシスト(人種差別主義者)のレッテルを貼られるので、口にできない。女たちは街を一人では歩けなくなった。イスラム風のスカーフを巻いていると襲われにくいとか。
 オスロだけではなくヨーロッパ全土で起こっているのだろう。おそらくヨーロッパの白人からイスラム移民への反撃が始まり、社会は内戦のようになっていくだろう。

 軍隊が出て虐殺するしかなく、一方のイスラムも過激化してテロが頻発するにちがいない。

 日本ではサヨクメディアが、依然として「気の毒な難民」「かわいそうなイスラムの子供たち」という扱いであり、日本でも移民・難民をもっと受け入れるべきだの論陣を張っている。
 あのカトリック系聖心女子大の出身、緒方貞子も移民受け入れ推進派で、反日女である。「連合諸国(UN)難民高等弁務官をやった偽善者。

 ヨーロッパでも左翼は移民・難民を受け入れろと騒いでいるそうだ。社会の混乱が起これば社会主義革命が可能になるとでも考えているのだろうか。
 日本でサヨクが自称難民に同情的なのは、さも人道的に見せかけて無知な大衆を騙し、人道的見地を隠れ蓑にカンパを集めたり政府援助をふんだくったりするためである。

 だからサヨクに批判的な『そうだ難民しよう!』という本を描いた、はすみとしこ氏を罵り、出版を妨害した。主としてザイニチがやった。

 日本では新聞もテレビも、ヨーロッパでの真実を報道しない。
 ザイニチの支那人や朝鮮人の犯罪もできるだけ報じないようにしている。

 だが、YouTubeが出現して、国民はバイアスのかかったメディアの報道ではなく、直接的な実態を知ることになった。
 トランプ候補をやたらにメディアは誹謗中傷するから、逆に彼はまともな人間なのかもと思わせられるほどだ。




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2016年03月17日

シャラポア薬物弁明のウソ


 女子テニスの元世界ランク1位だった、マリア・シャラポワ(28)が、会見して薬物違反をしていたと告白した。今年1月の全豪オープンで、この禁止薬物がこの女から検出されたためである。

 3月9日、ロイターの記事では、マリア・シャラポワが陽性反応を示した薬物、メルドニウム(meldonium)はロシアと東欧の限られた国でしか認可されていない薬であり、専門家は心臓疾患や糖尿病治療のためという本人の説明に疑問を呈している、と報じた。
 専門家は、メルドニウムはシャラポワが語った症状には限られた効力しか持たず、シャラポワがトレーニングをする米国や欧州にはよりデータと安全性、実績に優れる薬がいくつもあるとの見解を示している、と。

 軍事評論家・兵頭二十八氏はブログで、ドーピング剤メルドニウムは、1980年代にアフガニスタンで作戦するソ連兵たちのスタミナを増すために投与されていた薬だと書いている。
 メルドニウムの開発者はラトビア人のイヴァルス・カルヴィンスで、彼自身が、80年代のアフガン侵攻作戦中のソ連兵にこのクスリが投与されていたことを明らかにしている。

 「アフガニスタンのような高地で、重い装具を背負って20kmもかけずりまわったら、酸素欠乏から虚血症になりますな。
 そこでメルドニウムですよ。ただし投与には本人の合意はありませんでした。誰も何も質問せず、上官の命ずるままに、全員がそれを服用したのです」と兵頭氏は指摘する。

 ソ連のアフガン戦争は1979年12月から1989年2月まで。ソ連はアフガンの(アメリカの支援を受けた)ムジャヒディンに敗れて撤兵した。ロシアではこの薬の有効性は、アフガン戦争で実証されていたということだ。おそらく今でもロシア兵は、ウクライナ東部やシリアでのまされているのではないか。想像だが、自称イスラム国の連中も、こうした薬物をやって戦争をやっているものを思われる。誰も咎める人がいないのだから、ドラッグをやって当然だ。

 ロシア・スポーツ界では90年代からこのアフガンで実証済みのクスリが普及していたと考えられる。
 ロシア人のシャラポワが、これに手を出さないはずがない。国家としても、シャラポワはメジャー大会五度優勝の英雄だから、支援を惜しまなかったであろう。要するに、シャラポワが勝ちまくっていられたのは、薬物の効果だった。

 メルドニウムを製造している製薬会社の説明では、医療現場では、投与は、ふつう4週間から6週間に限られるという。多少反復することはある。
 しかるにシャラポワはこのクスリを10年間常用していたと白状した。だから会見で謝罪した中身はウソである。

 今年1月からメルドニウムが「世界反ドーピング協会」から選手の禁止薬物として指定されたのに、シャラポワは知らなかったとしらを切ったが、これもウソ。
 WADA(反ドーピング協会)がメルドニウムをリストに加える意向は2015年9月に関係機関と選手に通達されていた。そしてシャラポワ選手には、メルドニウムが来年からはひっかかるという警告のメールを受け取っていたのに、彼女は読まなかったという。

 WADAは、昨年発覚したロシアの国家ぐるみのドーピング違反を受けて、ロシアで簡単に手に入るメルドニウムに目をつけたのだろう。
 そうした騒動をシャラポワが知らないとは解せない。彼女は競技に集中していたとしても、何人もいるトレーナーやコーチ、マネージャーらが知らなかったはずがない。

 慢心していたのか。それともどこかからシャラポワは大丈夫だよというお墨付きがあったのか…。テニス界にしてみれば、シャラポワの復帰は大歓迎であったろう。美人でセクシーなプレイヤーだから、テニスの注目度も上がるからだ。シャラポワ自身、プレー中に乳房をチラ見せするウエアを着たりして、その面でもたくみに売っていた。
 ついでながら少し前のマルチナ・ヒンギスにも「おっぱいポロリ事件」があったなあ。テニス界では意図的にそういう演出がされるのか。ウイリアムズ姉妹にはどうかと思うが…。

 今度の事件の背景には何があるのだろう。ユダヤ戦略に逆らうプーチンへの嫌がらせなのだろうか。

 メルドニウムは本来心臓病の治療薬で、血流の促進作用がある。しかし心臓病大国であるアメリカではFDAが認可してない。ソ連=ロシア軍ではふつうに処方され、今でもロシアでは簡単に買える。
 ドーピング薬はふつうは筋肉を強化するようだが、メルドニウムは人間が肉体的なストレスに極限まで堪えられるように援けてくれる。身体が生存のための予備としてとってある最後のエネルギーまでも使えるようにしてくれるわけだ。

 極限まで消耗しても肉体が耐えてくれるため、精神的にも敵選手より長くもちこたえられるようになるのだという。
 恐ろしい薬である。

 スポーツがカネ儲けの対象になり、国威発揚の対象になり、大衆からチヤホヤされるようになったからの、こういう事態に至っている。
 もとはと言えば、ユダヤが自分たちの支配の実態を大衆に悟らせないため、またスポーツに熱中して大衆が憂さを晴らしていればいい、バカにままでいればいい、との企図でスポーツ競技のプロ化やオリンピック、各競技の世界大会が催されるようになったのだ。

 だから、ドーピングやら八百長やら、買収やらが付き物となるのは必然である。
 さらには戦争も同じで、ユダヤが仕掛けてきた。戦争なんか恐いから、誰でも行きたくない。それを無理矢理やらせるために兵隊にも薬物を与えて駆け回らせる。アメリカはヴェトナム戦争で兵隊に薬物を与えた。




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2016年03月16日

田中角栄と朝日新聞の売国犯罪(3/3)


《3》
 ニクソンは安全保障補佐官キッシンジャーを伴って、北京を訪問する。そこでなにが話し合われたのか。
 鬼塚氏はこう解説する。

 「ベトナム戦争に中国を深入りさせる代わりに、アメリカ兵向けのヘロインの大量納入を認め、アメリカ本土への密輸も認めたのである。そしてまた、ソ連の満州侵入を公式に非難することを約束した。また、中共の国連加盟も認めた。アメリカと中国はギブ・アンド・テイクの方式を採用した」
 一方の日本は、「ひたすら経済的利益を優先する思想、俗に表現するならば、金儲けのために中共政府に媚びを売る思想が流行したのである。」
 
 アメリカも中共も底なしに悪党であるのに、日本は間抜けで中共の思う壷にはまったのだ。
 支那に近代的製鉄所を造ってやって、愚かにも最先端の製鉄技術までくれてやった背景には、新日鉄の当時の社長稲山嘉寛(経団連会長でもあった)は、中共の仕掛けたハニートラップにかかって、首根っこを押さえられたからだと、鬼塚氏は暴露している。
 稲山の家族は恥ずかしくて街を歩けまい。

 田中角栄が首相になる前、佐藤栄作も中共に国交正常化を打診してはいたが、周恩来が「佐藤では正常化は不可能」と取りつく島もなかった。周恩来は着々と角栄を首相にして国交回復をさせる手を打っていたからだ。周恩来が水面下で角栄と交渉していたことを、佐藤首相も福田赳夫外相も保利茂幹事長も全く知らなかった。

 これを鬼塚氏は「昭和のかつても平成の今も、日本の政治家たちが未来へのデザインを何も持っていないということである。日本はどうあるべきか、その確たる政策を持っていない」と述べている。まさにしかり。
 日本は敗戦でヒロヒトがマッカーサーに命乞いして、戦争の責任から逃げたせいで、全員右へならえとなって、無責任で、カネさえ儲けたらそれでいいという国家に堕落したのである。

 ニクソンとキッシンジャーは、中共と国交回復して彼らを助けたのである。そもそも支那から蒋介石を追いだして共産党に天下をとらせたのはアメリカ=ユダヤだった。担当したのはアメリカのジョージ・マーシャルだったと鬼塚氏は書いていた。いかに冷戦がユダヤの仕組んだ八百長だったかを暴露している。敵ならば経済的に破滅させて、共産体制を潰せば良いものを、救いの手を差し伸べたのだから。
 その救いの“秘策”が、麻薬だった。

 米中国交回復後、中共は国策として麻薬製造に乗り出す。
 香港からオーストラリアを経由して、アメリカへと密輸しはじめた。キッシンジャーは自分の会社を上海に設立して中共との密貿易に関わった。

 支那の阿片は、熱河(現在の河北省)や遼寧省、内モンゴル自治区、雲南省などで栽培される。ことに熱河の阿片は良質で、モルヒネの含有量が多いそうだ。支那はなにしろ清時代に阿片で痛い目にあっているから、国内での消費は厳禁している。
 熱河の阿片は旧日本陸軍が栽培に力をいれたところで、その資金をもとに工作活動をやったとされるから、複雑な気持ちにさせられる。

 田中角栄が訪中するころの支那は、大量に製造される麻薬が唯一の外貨獲得の手段だったといわれる。その倒産状態にあった支那に対して、日本が円を恵み、工業技術などをただ同然で恵んでやって、共産主義者どもはクビがつながった。
 その見返りに、毛沢東と周恩来は「角栄が日中国交正常化の井戸を掘った人」という“神話”を贈呈したのである。そんな「グリコのオマケ」程度の価値もない言葉をありがたがるとは、無教養な日本人の哀れさ…。

 さりとて、中共が麻薬密貿易で儲けたカネ程度では、日本から輸入しようとするプラント、その他経済協力資金を返済することは不可能だった。
 支那に貸与した物、カネが焦げ付くことはいくら間抜けな日本の政治家や官僚、実業家も見通していた。にも関わらず、せっせと日本は支那に進出し、輸出に精を出した。

 とどのつまりは、焦げ付き分は日本の国民の税金で補償するたくらみだった。この財界、政界、官界の不誠実な国民を愚弄した行為を糾弾すべきマスゴミが、沈黙したばかりか、むしろ煽ったのだ。
 30年にも渡る対中ODAがなければ、私たちの暮らしはもっと楽であり、消費税なんかいらなかった。

 青山繁晴氏の尽力されている日本近海のメタンハイドレートも、対中ODAでなく開発に向けていたら、とっくに実用化して日本は資源大国となり、原発も減らせていたし、中東からの石油輸入も少なくて済んでいたはずだ。
 今、話題の保育士や介護士の給与だって倍はもらえていたはずなのに。
 まさに政治家も官僚も、国家の未来デザインが描けず、行き当たりばったりの蹌踉たる歩みをなしてきた。

 日中国交正常化すると、日本の商社や大企業は支那に儲け口を求めて殺到した当時のことは私も鮮明に覚えている。マスゴミはこぞって「中共は変わった。ちゃんと商売をするから信用できる。商売に関しては自由だ」などと盛り上げていた。ウソばっかり。そして台湾の切り捨てをメディアは煽った。かつての同胞への忘恩の仕打ちだけでなく、同じ西側の国で日本のシーレーン維持に重要な台湾(中華民国)と断交して共産国家と手を結んで、国際信義を踏みにじったのだ。

 鬼塚氏は、倉前盛通氏(地政学者)が日本の商社と大企業がシナへ殺到したことを、次のように書いていたことを紹介している。
 「しかし、そのためには結局、日本の政府が金を出し、ということは、日本国民の税金の負担において共産シナへ金を貸し、その貸した金で物を売るということになる。しかし共産シナには借金を返済する能力はないので、結局、そのツケは日本国民の税金で弁償することになろう。」

 これをさらに鬼塚氏は解説して、「田中角栄が中共政府のもとへ慌ただしく出かけた結果、日本国民が中国の借金を肩代わりして背負ったということである。しかし、田中角栄はそれゆえにこそ、中国から莫大なリベートを手にしたのである。」と述べる。

 実に3000億円の対中援助の見返りリベート300億円が田中角栄の懐に入った、そのカネを使って角栄は田中軍団の維持費を捻出し得たのである。
 田中金脈を探っていた立花隆は、ついにこの核心に辿り着けなかったが、鬼塚氏が解明したのである。
 その300億円を角栄は生存中に100億円ほど使ったが、病いに倒れたあとは強欲の娘真紀子に残り200億を奪われたのだ。真紀子は父親をろくなリハビリを受けさせずに自宅に引きこもらせ、命を縮めさせたと鬼塚氏は解く。

 日本企業が支那の利権への参入にあたっては、相当のバックマージンを田中角栄に払っている。角栄なきあとも、日本の政治家や官僚どもは、支那の利権を求めて暗躍した。
 それが一応終わったのは、小泉純一郎内閣だった。
 中共はおそらく、媚中・田中眞紀子を小泉内閣に外相として送り込み、対中ODAを有利に継続しようとしたのだろうが、真紀子があまりにバカ過ぎたし、小泉の靖国参拝に分も弁えずに中共の意向を代弁して反対したこともあって、クビを切られた。

 これに怒った中共は、その後の自民党内閣(安倍、福田、麻生)を追い詰め、容易く操れる民主党に政権を取らせ、ODAの復活を画策した。民主党は小沢も鳩山も中共の言いなりだった。真紀子を民主党に鞍替えさせもした。民主党に政権を取らせるべく、中共はまた朝日新聞を使って、自民党の悪口を書き立て、民主党政権誕生を実現させた。

 田中角栄と仲間、その後継どもは、国民の税金を中共を媒介にして奪いまくった。小沢一郎はそうしたカネで君臨しただけなのに、媚中・副島隆彦は小沢を「日本国王」だなどと、寝とぼけたことを言い募った。
 中共は日本から奪ったカネで、上層部は海外に蓄財し、軍拡を果たして、今や尖閣諸島や南沙諸島などを侵略しつつある。
 なんという愚かなことだったか。





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2016年03月15日

田中角栄と朝日新聞の売国犯罪(2/3)


《2》
 佐藤慎一郎は、田中角栄を中国に連れて行ったのは朝日新聞だと語っている。その経緯に詳しい近現代史研究家・長塩守旦(ながしおもりあき)氏から、鬼塚氏は多くの資料を得たそうだ。長塩は佐藤慎一郎の弟子にあたる。
 以下は、その長塩氏の話。

     *    *    *

 長塩 例の朝日新聞の関係なんですけど、〔佐藤慎一郎は〕「後藤基夫編集局長は田中内閣ができる前、二月に広岡知男朝日新聞社長と北京に行った。そのとき一〇〇万円の餞別を児玉誉士夫からもらっている。広岡社長と後藤基夫が北京で約束してきたのは、佐藤内閣を倒して田中内閣をつくらせるため、中共と朝日は協力するということ。

 田中内閣ができたら、直ちに台湾を切り捨てて日中正常化をやるという約束をしてきた。広岡と後藤は帰国してそのとおり、朝日の全紙面を割いて毎日毎日佐藤内閣の悪口、田中角栄の宣伝をやって田中内閣を実現させた。
 朝日の社内報に後藤基夫は、田中内閣をつくったのは朝日の力だとはっきり公言している。

 田中は中共と朝日のお陰で総理になれたことをよく知っている。後藤基夫は帰国と同時に田中と会っている。中国と約束したことをそのまま田中に承知させた。それで田中は総理になると、約束通り台湾を切り捨てて日中国交回復をやった。

 その後、後藤基夫が北京に行くときに児玉誉士夫から一〇〇万円の現金をもらっている。これは今度のロッキード事件が発覚したときに、児玉誉士夫の帳簿を調べたときに確認されている。これと同じようなことが十数年前、社会党の浅沼稲次郎が北京に行くとき、児玉誉士夫からたくさんのカネが渡されている。浅沼が北京で、米は日中共同の敵だと発表した。児玉誉士夫が中共の工作員だということ以外に説明できぬ。これは問題である。
 (引用終わり)

     *    *    *

 また長塩氏は、児玉誉士夫はアメリカと中共のダブルスパイだったと言っている。アメリカは児玉をロッキード事件で失脚させるまでは、知っていて使ったのだ。
 また、朝日新聞はロッキード事件で、田中角栄と全日空・ロッキード社と組んで、トライスターを買うことに積極的に動いていた。
 航空事情に詳しい高山正之氏は、トライスターは欠陥機だったのにと証言している。それを知りながら朝日は欠陥機を日本に入れようとした。

 しかし事件が公になると、口を拭って角栄を罪人扱いして、テメエらの悪事にはしらばっくれていたのだ。
 なにせ当時はインターネットがなかったから、私たちには知り様がなかった。今はネットの普及で、こうした朝日の恥部が次々に暴露されて行く。

 その見返りが、築地の約1000坪の土地で、これは田中角栄から国有地を払い下げてもらったのである。こういうことも佐藤慎一郎の「総理秘密報告」には書いてあるのだという。
 朝日は中共の走狗となったので、例えば兵馬俑(秦の始皇帝の地下宮殿)の人形なんかを中共から優先して借りては、国内で展覧会をやる。巨額の儲けになる。

 築地に社屋を移転できたおかげで、旧社屋のあった有楽町の超一等地をデパートなどに貸して莫大な(?)家賃収入を得ている。

 朝日新聞は、新聞社のなかでは最も社員の給与は高いし、寄稿者への原稿料も高い。だからインテリはみんな朝日に書かせてもらいたがる。そして朝日の意向を汲んで「左巻き」の見解を書く。
 死んだサヨク小田実は朝日から、原稿用紙6枚でと依頼されたのに、60枚も書いて送ってきて編集者を困惑させたという。これなどは、いかにサヨクの売文家どもが朝日にたかっているかの証左である。

 朝日新聞は、日本の対中ODAがトータルで6兆円にもなっていることを報道しないし、それを自民党に質すこともない。

 朝日は中共の下僕に成り下がったが、その前はGHQに屈することで生きながらえたメディアであり、アメリカの工作機関だった。だから朝日が中共と組んで佐藤内閣を倒し、田中に政権を取らせ、さらに日中国交回復まで進んだことは、アメリカが承知のうえでやっていることに違いない。角栄がアメリカの意向を無視して独自に日中国交を成し遂げたから追放されたと見るのは間違いだろう。

 田中角栄が日中国交回復を実現させる前は、日本と中共との間では細々とLT貿易が1962年以降行なわれていた。LTとは、中共側代表の廖承志と、日本側代表の高碕達之助(元通商産業大臣)の頭文字LとTをとったもの。その後は覚書貿易と名を変えた。

 日本側にこの協定の締結を持ちかけたのは、日本共産党である。つまり中共の意向を汲んで(というより命令で)日共が政府と財界に働きかけた。しばらくは日共の息のかかった企業が、独占的に中共との貿易を仕切って儲けていた。それが昨日取り上げた河野洋平が会長をやっていた「国貿促」だった。
 しかし、これでは中小規模の取引しかできず、日本財界も中共ももっと大々的な互いに大もうけできる大企業の参入を模索していた。

 当時は冷戦のまっただ中で、日本はソ連や中共とは原則的に交流ができなかった。今になってみれば明らかなことだが、ソ連や中共は共産主義を採用して、経済的に大失敗をやらかし青息吐息だったのだ。喉から手が出るほどカネがほしかった。
 実際、昭和47(1972)年の日中共同宣言が出されるころは、中共はほぼ経済的に破綻状態だった。

 ソ連との領土紛争(ダマンスキー島事件1969年)、毛沢東により「大躍進政策」で、五千万とも七千万人とも言われる人々が殺されるか餓死した。またヴェトナム戦争にも中共は支援をしていた。
 そもそも何も産業がない中共には、外貨獲得の手段がほとんどない。よってLT貿易も中共側はドルも円も底をついて先細りとなった。

 支那が国家破綻寸前であった一方で、日本側財界は、なんとかして10億人もの市場を当て込んで、日中貿易を拡大したかった。
 それで中共は、周恩来が先頭に立って、日本側とたくみな交渉で経済援助を獲得していった。田中角栄が訪中する1カ月前には、すでに経済界では国交回復後の日中貿易のあり方や技術支援の方向が話し合われ成果をあげていたのだ。

 だから、角栄は、1972年、アメリカがニクソン訪中で国交回復をしたことに触発されて、急いで日中国交回復に向かったわけではない。その前にレールは敷かれていた。日本の新聞は筆を揃えて支那を礼賛していた。かかる報道管制を十年ほどにわたって指示したのは自民党の2、3の代議士だという。その一人が日中の架け橋の重要な役割を担っていた自民党の古井善実であったという。





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2016年03月14日

田中角栄と朝日新聞の売国犯罪(1/3)


《1》
 鬼塚英昭氏が今年1月25日、逝去された。ご冥福をお祈りしたい。『天皇のロザリオ』以来、著作からずいぶん多くのことを学ばせていただき感謝している。
 その鬼塚氏の最後の著作『田中角栄こそが対中売国者である』(成甲書房)が出版された。鬼塚氏は本書を脱稿後、完成した本を見ることなく亡くなった。絶筆となった。

 折しも…、出版界は田中角栄のブームとでもいうべく、関連の本が出版され売れていると聞く。鬼塚氏の著作は、そうしたブームにあやかって企画されたものとは一線を画す。
 田中角栄に関する本では、金権体質は批判されるが、家族への情に厚かっただの、比類なき決断力だの、愛国者だったのと、好意的に見る「ヨイショ本」が多いように見受ける。

 角栄の決断力なんてものは、ただのせっかちな性格にすぎない。じっくり考えて、人の意見に耳を傾けて…ができない軽薄な男だっただけ。それに、奴の関心はカネだけで、政策、外交、まるで素人で閣僚や官僚に任せていたから、「決断」を手早くやったのだ。

 石原慎太郎も『天才』という新著で角栄を持ち上げているようだ。周恩来から角栄は「お前は小人だ」とバカにされたのに、上機嫌だったバカ男なのに。
 角栄は自らバセドウ病だったことを告白している。だからいつも落ち着きがなく、躁状態になったり鬱になったりした。それを「天才」とは! 石原のボケも極まっている。

 3月7日、毎日新聞夕刊でも「なぜ今、田中角栄なのか」として、出版ブームの解説をしていた。毎日だから当然といえようが、角栄を評価している売文家(大下英治、佐高信、保坂正康)にしゃべらせている。いずれもサヨク、反日系の売文家であるところに、今の角栄ブームの背景が垣間見えて面白い(反吐が出る)。

 鬼塚氏の『田中角栄こそが対中売国者である』のサブタイトルは、「だから今も日本は侮られる」となっている。端的には角栄の支那利権の全貌を明らかにした本である。
 毎日新聞の特集記事もそうだったが、マスゴミは昭和55(1980)年の大平内閣から始まる支那へのODA(政府開発援助)に関しては触れないし、また角栄本も一切触れないようだ。譬え触れても角栄の名は登場しない。

 このことから鬼塚氏は、「対中国政策の根本には大きな闇が存在し、その闇に接近したり、足を踏み入れたりしないように、厚い壁が存在しているということであった。この厚い壁は、間違いなく、田中角栄の訪中後に築かれていったものだと私は考えるようになった」と書いている。

 私たちは、自民党、民主党、共産党などすべての政党が、政府の対中政策を根本のところでは批判してこなかったことに思い至らなければならない。自民党田中派や害務官僚、大企業が隠していたからでもあるが…、中共の手が政治家や官僚に入っているせいだろう。

 戦後、日本と中共が国交断絶していた時期、中共とパイプを持っていたのは日本共産党しかなかった。国交回復までは日本共産党が日支貿易の利権を握って稼いでいた。
 「国貿促(こくぼうそく)」と言って、共産党系のいわば商社のようなところが対中貿易の窓口であった。そこで長く会長を務めていたのが親中派の河野洋平である。

 政治家も官僚も財界も、中共との貿易で利権を欲したのだ。だからそこに闇が口を開けている。
 この闇を暴き続けた男、それが佐藤慎一郎氏だったと、鬼塚氏はこの本で紹介している。

 佐藤慎一郎は支那を専攻する学者で、拓大教授だった(。満州で教授や役人をしていて終戦となり、中共に捕縛されて死刑判決を受けるも一端釈放、また国民党政府に戦犯収容所に収監される。
 佐藤は終戦後に、帰国せずに満州に残って日本人の救出活動を行ったために不当に獄に入れられた。
 
 帰国後、共産支那から日本へ脱走してくる支那人を自費で助け続けた。その恩義に報いる形で亡命支那人たちが佐藤に中共の極秘情報を提供したのだった。
 支那の事情を良く知るということで、政府から「総理報告」を毎月出してくれと依頼され、実に32年3ヶ月に渡って、精魂傾けた証言、提言を続けた。歴代総理に、ときどき朝飯会に呼ばれて講演もしていた。それも、一銭ももらわずに。

 佐藤はこう言う。
 「僕は本当に勉強しました、ふつうの勉強じゃ駄目なんです。中国人を訪ね歩き、中国人から活きた知識を引き出さなければ役に立たないんです。僕は本当の勉強をしました。」
 そして佐藤だけが誰も知り得ない情報を終生に渡って知り得た。
 その手法を鬼塚氏が紹介している。

     *    *    *

 一つは彼の探究心によってである。佐藤慎一郎は、国家から一銭ももらわずに、赤貧洗うがごとき生活を続けた。そして香港に渡り、深夜、香港の港で釣り糸を垂れていた。そして共産中国から逃げてくる難民を救い、親身に彼らの世話をした。その難民の一部が日本へ来て、彼のもとに情報を流した。その彼から金(かね)にまつわる極秘情報を得たのだ。

 また、かつての満州時代に知り合った連中が中国共産党の幹部になっていた。その連中からも、中共の情報が入ってきた。こうして膨大な情報網が自然と誕生していったのである。
 また、日本に関する極秘情報も中共政府の関係者から彼のもとへ伝えられた。国家の未来を憂える人々が、中国と日本という国境を越えて交流しあっていたのである。

 では、平成の今日、佐藤慎一郎のような学者はいないのか。残念というべきか、日本の学者たちは浅学者である。否、学者ですらない、と断じてよい。一定の知識を蓄えて、それを売り込んで行き長らえているだけである。
 (引用終わり)

     *    *    *

 皆さんはこれを読んで、媚中・副島隆彦の顔を思い浮かべなかっただろうか? 私は「学者ですらない」とは媚中・副島のことだなとまず思った。人民元が世界レベルでは紙屑になろうとしている今、媚中・副島はかつて「人民元を買えば儲かる!」と叫んでいたことの責任はとったのだろうか?

 佐藤慎一郎の紹介をざっと終えたところで、明日は本題に入ろう。




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2016年03月12日

童話と空手


 わが空手道場で、「金太郎」「桃太郎」「浦島太郎」の3つの童話をネタにして、われら流派の空手の優位性、稽古の大事性を講義したものを以下にまとめた。

 まず「金太郎」から。
 童謡にあるように、足柄山の山奥で、いつも鉞(まさかり)を手にし、クマにまたがって乗馬の稽古をし、ケダモノ集めて相撲をとる…こういう話である。金太郎はのちに坂田金時という武将になり、源頼光の家来となって、「酒呑童子」を退治した。平安時代の説話。

 金太郎がクマと相撲をとったのは、骨や筋肉を鍛えるとともに、交感神経を鍛えたのである。
 クマはヒトより俊敏で力があって、しかも毛むくじゃらで金太郎の手ではつかみにくい、それを意識を集中して手の神経を働かせて投げたから交感神経が鍛えられた。

 クマにまたがって「お馬の稽古」も、クマの背は手ではもちにくいから、転げおちないようしっかり毛をつかんでいなければならないので、手指の神経が鍛えられた。冬ならなおのこと、手が冷えてかじかむから、懸命に神経を働かせて摑むから、アタマが良くなる(ま、冬はクマのほうは冬眠しているけど)。
 サルが生活しにくい樹上で4つ足を使って動いたから、手足の指が駆使され、脳が発達し、人間へと進化できたのだ。

 金太郎の絵ではいつも裸で腹がけをしている。それによって皮膚が鍛えられた。子供は本来は発熱体とでもいうべく、体温が高く、動き回っているから「冷え」とは無縁のはずなのだが、最近の子は寒がりで厚着をしている。われわれの子供時代は、冬でも半ズボンが当たり前だったが、今はコートを着て通学している子を見かけて驚く。
 これは食事が悪いのと運動不足と、薄着で鍛えないからだ。

 ゆえにインフルエンザが流行し、花粉症になっていく。
 金太郎のように年中裸でいれば、交感神経が鍛えられて、風邪もひかなくなる。

 「けだもの集めて相撲の稽古」とは、自然の地面の上での相撲だから、足の神経がつねに地面のイレギュラーに対応して神経が働かされ、手と足の両方の交感神経が鍛えられる。
 現在の大相撲は勝負の前にきれいに箒で平らにならしているけれど、あれでは力士を甘やかしている。モンゴルでは、凸凹の野っぱらで相撲をとっている。だからモンゴル力士は強くなる。

 日本人力士も、相撲部屋だけでなく、野原や海岸の砂浜で稽古すればもっとましになるのに…。
 また、当然裸足で相撲をとり、普段も裸足で歩きまわっているから、足裏の感覚が磨ぎすまされ、内臓の状態も良くなる。大地という磁性体と直接触れて、自分自身が活性化した磁性体になる。

 マサカリについては、肩に担いだのでは鍛錬にならないが、いつも手にして、薪や物造りのために木の枝を払ったりしていれば、これはそうとうの足腰と手指の鍛錬になる。マサカリは非常に重いから、足腰でしっかり踏ん張らねばならぬし、手で握るのも大変である。
 宮本武蔵が強くなれたのは、百姓仕事をして鍬を振るったからであったが、金太郎はさらに重く扱いにくいマサカリだったから、後に剣や槍を扱うようになったときの基礎体力がついたのだ。

 マサカリをふるって太い樹木に打ち付ければ、手だけでなく全身に衝撃が来る、その衝撃で骨が丈夫になる。
 こうして金太郎は強い武将になった。
 次に桃太郎。

 桃太郎が鬼征伐に成功したのは、キビ団子という精製してない雑穀を食べて栄養をつけたことがまず挙げられる。食事が良ければ交感神経も活性化するし。
 そして肝心なことは、猿、犬、雉を供にしただけではなく、動物と歩いたり走ったりしたことである。

 サルもイヌもキジも、少年桃太郎よりは運動性に優れる。走れば速い、跳べば高い、木登りは上手、とこうなっている。
 人間より優れた動きをする動物に合わせて歩いて相互浸透して、筋力も骨も交感神経も鍛えられたのである。人間の動きの限界を動物に動きを合わせることで乗り越えることができた、ということだ。

 ある人が五十肩になって、ちょっと動くと激痛が走るようになったときに、自分の身体を怠けさせないように、犬を飼って一緒に走って引っ張らせたそうだ。イヌに引っ張られれば激痛だったというが、おかげですぐに治った。
 
 「金太郎」と「桃太郎」の童話の重要な論理は、この人間の動きの限界を自然や動物に動きを合わせることで乗り越えたところにある。私たちは便利な文明生活に慣らされ、身体も神経もだらけている。早い話が、自分で畑を耕して野菜を作らなくても、八百屋に行けば楽に野菜を買ってきて食べられる。

 クルマの運転でも、神経を使えばアタマはよくなるが、自動運転のクルマにしたら、バカになるばかりだ。
 だからいよいよ足腰は弱まり、交感神経は鈍くさせられる。

 交感神経が鈍くなるから、風邪を引きやすいし、花粉症になるし、不妊症にもなるし、頭も悪くなる。憲法9条を書いておけば戦争にならないなんて思っているおバカは交感神経が腐っているのだろう。外界をまっとうに反映できる実力が交感神経を鈍らせることで失っている。

 しかも、金太郎も桃太郎も、武人であり、武道家になった。ずばり戦争をする人間である。鍛錬を「戦う魂」の養成として行なった。国を護る、鬼から社会を護る、その志があってればこそ、困難な修行に耐えたし、それによって認識も磨かれたわけである。
 金太郎も桃太郎も、敵たる鬼を殲滅した。それが戦前のまっとうな童話であったから、少年たちの儀表(ぎひょう)足り得たのだ。

 戦前の日本にとっての鬼は西洋列強だった。日本の子供たちはこうした童話で育てられたから、やがて軍人となって、東亜の植民地で苦しむ人たちを解放すべく、戦いに赴いたのである。まさに「鬼退治」であった。
 戦後の一部の童話のように、最後は鬼とも和解しました、では闘魂が鍛えられずダメである。

 交感神経を鍛え直すには、として、金太郎や桃太郎の実例を挙げた。
 むろんそれはおとぎ話であるから、現実にはどうしたらいいか。
 それがわが流派の空手である。
 空手はうるさいほどに形を指導される。

 流派によっては、いい加減な形でも腕力で突ければいいと教えるやに聞くが、われわれは違う。
 拳の握り方や、突く位置、どうやって拳をひねるか、脇に引いたときの位置、形などが、それこそミリ単位でチェックされるものである。

 それは突きだけでなく、蹴りも受けも、足の運びも、着眼も、なにもかも身体の動き、構えに至るまで指導される。日常生活ではあり得ない動きの連続だ。バレエや日舞もそういう指導ではないかと思うが…。
 しかも空手はそれが踊りではないのだから、相手からの攻撃に合わせて動かなければ、自分が殺されるというシビアな状況の中で、技化させなければいけない。認識もフルに駆使させられる。
 こうして「金太郎」や「桃太郎」が実践した、「人間の動きの限界を自然や動物に動きを合わせることで乗り越える」を、実現できるのである。

 これがわが流派の空手の優位性でもある。「金太郎」と「桃太郎」が、強くて頭のよい武人になれたわけ、その論理性が、空手の稽古のすべてに渡って貫かれていると言ってもよい。
 自分一人のがんばりだけでは上達に限界があるが、それを乗り越えるために、「自分個人のあり方をいったん否定して」(第一の否定)、自然や動物の実力にあわせ、あるいは日常の運動をはるかに上を行く修行をして(第二の否定)、達人になれるのである。

 これが学校教育の必然性でもある。自分1人で数の計算や言葉の学習をするのでは個性的になってしまうし、限界があるが、画一的に決められたカリキュラムを強制されるからこそ、「否定の否定」で頭が良くなる。
 また金太郎は足柄山の動物と、桃太郎は猿、犬、キジと、集団力を使って個人では成し遂げられない成果を挙げることができたのだ。

 これこそ私が現代こそ徴兵制を復活させて、若いうちに集団生活を強制して、自分個人では超えられない限界を撃ち破る経験をさせるべきだと説く所以である。厳しい規律、集団活動、が、まともに考える実力をつけるし、病気にならない基礎体力をつける。

 ザイニチに主導された敵性日教組は、例えば中学生向けに、服装は自分で決めよう(制服反対)、飲酒喫煙しても処罰されない、学校行かない権利、自由な恋愛を楽しみセックスも自分で決めよう、ありのままの自分でいようなどと、ひたすらわがまま勝手な人間を創ろうとしている。

 そうして高校生・大学生になったおバカが、「安保法制反対」「戦争反対」と烏合の衆となってわめくようになる。彼らには「金太郎」や「桃太郎」の話の神髄すら理解できまい。

 最後に、3つめの「浦島太郎」の童話が残してあったが、もう言うまでもあるまい。
 浦島太郎が竜宮城から返って来て、一気に老けたのは、竜宮城で乙姫にかしずかれてヤニさがり、食っちゃ寝食っちゃ寝して、交感神経を動かさなかったから、鈍くなって老化が進んだのだ。

 私も天皇は残すべきだと思うから言いにくいが、今の天皇やその候補たちは、甘やかされすぎだ。浦島太郎さながら食っちゃ寝食っちゃ寝しているではないか。英国の皇太子のように軍隊に入れて鍛えないから、アホになる。皇族のためにつくられた学習院ですら卒業できないアタマになるのは、半ば冗談ではあるが「金太郎」や「桃太郎」に学ばないからだ。

 せめて皇太子時代に、サッカーやラグビーのように取っ組み合うスポーツ、もっといいのは空手だが、そんな鍛錬でもすればアタマが良くなっていただろうに。
 雅子も空手でもやれば、あっという間に精神病は治る。それをお妃様といって、「お大事に、お大切に」とやるから、治らない。

 ヒロヒトも軍服は着たが、軍隊で泥まみれにならなかったから、若くしてボケるしかなかった。終戦直後にヒロヒトが「9条」を支持した文書が出てきたといって嬉々としているサヨク人がいるようだが、かくのごとく生の社会の外界を反映する力すら失ったという証左でしかない。
 喜んでいる場合じゃない、哀れをもよおすのみだ。




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2016年03月11日

『非情城市』の哀しみ


 台湾映画『非情城市』(候孝賢監督)は、1989年第46回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を授賞した作品である。
 1947年2月28日起きた国民党軍による日本人大量虐殺事件を扱っている、珍しい映画である。この映画によって、世界に2・28事件が知られるようになった。
 
 映画では大東亜戦争終結直後の台湾の市民の様子と、その中に2・28事件に翻弄される人々が描かれている。
 今日でも、どこに遠慮してか(わかってるがな、支那やで)、この事件はマスゴミも報道しないし(中共が恐くて言えへんねん)、学校でも教えられない(日教組がおるよってな)。通州事件の再来だったのに。
 1947年当時は、日本も戦後の混乱期でGHQの支配下にあったので、報じられもせず、関心も持たれなかった。

 2・28事件後も1989年まで、国民党政権は戒厳令を敷き、左翼分子や知識人を徹底して弾圧し、これを「白色テロ」と呼んだ。
 その犠牲者は、今も正確な数は判明していない。本省人と日本人合わせて死者は約2万8000人とも言われるが、もっと多いとの説もある。

 この映画が公開されたのは、李登輝総統が誕生したからである。彼が民主的選挙も実施し、戒厳令も無くしたのだった。

 本省人とはいえ、1945年8月までは日本人である。
 台湾では国民党政権下でいわば箝口令が敷かれ、市民は沈黙するしかなかった。李登輝が総統になってから、やっと語られるようになってきた。この映画でもまだ遠慮がちに表現している。

 映画は台北市のすぐ近くの基隆市が舞台なので、直接2・28事件は描かれていない。基隆から男達は台北市で蜂起した愛国者の「日本人(本省人)」を救援に行き、みんな殺されるか捕まって消されて行く。
 
 台湾では50年間の日治時代に政治、文化、道徳などの民度は高くなっていた。そこへ終戦とともに民度最低の支那兵が大挙してやってきた。
 映画でもはじめは「解放」と言って支那兵(外省人)を歓迎していた台湾人も、すぐに支那人には辟易するようになった。
 法は破る、ヤクザからみの汚ない仕事がまかりとおる、役所はカネがものをいう、不衛生になる、物価は高騰する、若者に職がない…。

 そうした不満がたまっているところへ、昭和22年2月28日、台北市内でタバコを売っていたおばあさんを、支那国民党の兵士が殴って、なけなしの売り上げを奪う事件が発生した。それをキッカケに民衆の怒りは国民党軍に向けられた。
 台北、高雄、台中など、台湾全土で民衆の暴動が発生する。

 当時の行政長官であった陳儀は、市民の要望は聞くし処罰はしない、話し合うと言って時間を稼ぎ、まだ大陸にいた蒋介石に増援部隊要請をした。結局、陳儀は台湾の民衆を徹底して弾圧した。
 民衆蜂起の中心になったのは、日本時代に高度な教育を受けた人たちだったという。

 台北では、放送局を本部として立て篭り、日の丸を掲げ軍艦マーチを鳴らして国民党軍と戦った。このとき、多くの人は「日本が救援しに来てくれる」と思っていたそうだ。

 この後、蒋介石は共産党に負けて大陸から逃げ込み、全土に戒厳令を敷き「白色テロ」を続行した。蒋介石の後ろ盾だったアメリカも、この白色テロを黙認したのであった。
 国民党は、日本時代のインフラや建物などを根こそぎ盗んだ。日本は清から国際的条約締結で合法的に台湾を割譲されたのであって、植民地にしたのではない。

 だから朝鮮半島もそうだが、台湾の日本の資産は返還されるか買い取る必要があったけれど、そんな話が通じる支那人ではなかった。
 土地もインフラも、ただでゴロツキ国民党は盗んだのである。だから奴らは大陸から逃げてきてもカネが潤沢にあった。
 宮崎正弘氏が解説していたが、国民党は選挙にはめっぽう強かった。決して国民の支持を得ていたのではなかった。選挙が近づくとインサーダー取引で株で不正に大儲けをして、それをつぎ込んだそうだ。

 その不正のオコボレに預かろうとする台湾人が、国民党政権を望んだのである。既得権益にまみれていたのだ。
 だから台湾は国民党の一党独裁体制が続いた。一度は民進党が政権をとったがすぐに逆転されていた。それが今年一月の総統選挙で国民党が大敗を喫した。
 台湾では一昨年3月の「ひまわり革命」(立法院占拠事件)で学生の不満が爆発した。それが香港にも飛び火して「雨傘革命」が起こった。
 学生たちの怒りが燃え上がって、ついに台湾総統選挙と立法院選挙で民進党が予想外の圧勝を得た。

 これは映画『非情城市』で描かれた、台湾の愛国者ならびに日本人たちの戦いが約70年の歳月を経て、ついに実を結んだと見てもよかろう。白色テロで虐殺された愛国者たちの死は無駄ではなかったのだろう。
 『非情城市』には、台湾と日本の融合した家庭の雰囲気が見られる。なつかしい思いにもさせられる。例えば畳の部屋などは、今でも台湾にあるのだろうか? 

 昨年には、2・28事件に巻き込まれて処刑された日本人の子供が、台湾政府に対して損害賠償の訴えを起こしている(賠償が認められた)。台湾では外国人としての被害者として認定はされたものの、日本政府が台湾の元慰安婦などに対する賠償を行っていないからとの理由で台湾内務省が却下している。これもまた日本のマスゴミは報道しない。名誉回復はなされるべきであるのに。





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2016年03月10日

原発トラブルと利権のリスク


 東京電力元会長等3人が、強制起訴された。東電がすべて正しかったとは言わないが、大津波が予見できたかと言われれば、それは立証できまい。その意味で東電のトップが津波を予見できなかったと責任を問われるなら、津波被害を受けた人々は全員責任を問われなければならなくなる。

 しかしことの本質は、サヨクらの原発への妨害であり、津波当時の民主党政権の原発事故処理大失敗の隠蔽だ。東電は菅直人を告発すべきだ。
 検察役に任命された弁護士どもは、いつものようにサヨク人権派だから、まさに三百代言の連中。共産党の別働隊である。
 10人も20人も弁護士を並べて、被告側に「大弁護団だから重大事案」だとの圧力をかける、いつもの汚れた手口。

 東電会長らのニュースに続いて、2月29日、関西電力高浜原発4号機で、発電と送電を開始する作業中、発電機と変圧器の故障を知らせる警報が鳴り、原子炉が自動停止した。4号機は26日に再稼働したばかりなので、マスゴミがまた騒いだ。「不安」「懸念」など、お定まりの文句が紙面で踊った。

 関電によると、原子炉の冷却は維持されており、環境への影響はない。発電機が自動停止し、その後、制御棒48本が原子炉に挿入されて止まった。関電は記者会見で「原因を調査中で、今後の工程は一切分からない」と話したそうだ。このとおりならば、何もマスゴミが報道することではない。だが、彼らはすぐに大事故につながりかねないなどと大仰に騒ぎたてる。

 4号機では20日に1次冷却水漏れが見つかった。関電は配管の弁のボルトが緩かったことが原因で、対策を取ったとして、当初の予定通り26日に再稼働させたばかりだった。

 さて。これは関電の単なるチョンボなのだろうか。
 電力会社は、原発に関しては「安全」と言いつつ、年がら年中、点検ミスや故障を起こしては、問題ないとウソを言い続けてきて、信用は地に落ちている。ミスの原因は国民にはわからないままだ。

 電力会社だけではなく、原子力燃料関連の会社も、官庁も、政治家も、みんな国民に本当のことを言わない。いたずらに不安を煽らないとか、反対派に揚げ足をとられないために、というのであろう。
 彼らのそういう体質は、実にけしからん話である。
 官民癒着で、独占企業だから腐敗する。

 ただ…。
 以下はまったくの憶測になるが、何かおかしいと思うのは私だけだろうか。
 原発が再稼働すると、必ずといってよいほど、小さな(?)トラブルが発生する。なんで? 徹底して点検したはずなのに、何かが洩れたり、壊れていたり…。

 それをマスゴミは電力会社などの「たるみ」「おごり」「無責任」と言って非難する。しかし、マスゴミは正義の味方ではない。とくに読売、産経以外のメディアは反原発一色で、その反原発運動という既得権益に奉仕している連中である。

 原発再稼働に猛反対し、廃炉を主張し、世論は不安がっているとわめき散らす。で、実際に再稼働すると、トラブルに見舞われる。
 高浜原発が再稼働したとのニュースを聞いて、またトラブルが起きるのでは? と思っていたら、案の定だった。

 発電所では、電力会社の正社員だけが働いているのではない。膨大な数の下請けが実動部隊として原発を支えている。なかには暴力団関係の下請け会社が入って、労働者から給与をピンハネしていると言われる。
 電力会社にしてみれば、コストを抑えるために当然の措置だと言うだろうが、そのリスクは非常に高い。

 下請けの労働者には、たやすく支那や南北朝鮮の工作員が入り込めるだろう。私はそういう連中が、原発内で妨害工作をしているのではないかと疑っている。あり得ない話ではあるまい。配管弁のボルトが緩んでいたなんてことは、よほどたるんだ職場でも、あり得ないのではないか。

 原発の技術者はエリートで優秀と聞く。福島第一原発の事故の際に、みんな逃げずに職場にとどまった。朝日新聞は所長命令を無視して逃げたとウソを報道したけれど、電力会社社員の意識、使命感は高いのである。たるんでいるとは考えにくい。
 だが、発電所の隅々にまでエリート技術者の目が行き届くわけにはいくまいから、下請け労働者がボルトを緩めるなんてことまでは監視しきれまい。

 しかし、例えば新幹線でも1964年の開業以来、無事故であって、その徹底した点検整備には目をみはるものがある。ボルトの弛みなんか一度もない。火力発電所だって、管理は見事で、無事故だ。
 なのに、原発だけなんで年がら年中トラブルを起こすのか。こんなおかしなことはないだろうに。

 支那、南北朝鮮は、日本を攻撃してきている。ロシアやアメリカだって疑わしい。
 ところが日本は、「憲法9条があるんだもん、大丈夫」と信じているおバカが多いから、支那、南北朝鮮を警戒することがない。

 敵性国家どもにしてみれば、日本の原発がダメになることは望ましいことだ。日本の工業力などが衰退するばかりではなく、原発の輸出競争でも日本を潰せる。
 共産党など国内左翼勢力=ザイニチにとっても、原発が壊れ運転できなくなれば、日本の国力が落ち、国が貧しくなって共産革命のチャンスが生まれて来る。革命まで行かなくても、党勢拡大の好機になる。奴らの妄想ではあるが…。

 ほかにもある。原発自体も既得権益の一つであるが、火力発電や水力発電にも既得権益はある。原発が稼働しなければ、火力発電に頼るしかなく、石油輸入の会社や官庁はウハウハになる。彼らにしてみれば、原発が始終トラブルに見舞われていてほしいのだ。工作員を送り込んで、ボルトを緩めさせることくらいは、あり得ない話ではない。

 しかも、すべてのそうした既得権益があるところには、日本人に成り済まして敵性ザイニチが入り込んでいる。
 彼ら反日勢力は、やはり反日のマスゴミをつかって、ささいなトラブルでも「それ!」とばかりに、問題視して国民の不安を煽らせる。

 ザイニチは各自治体に入りこんでいる。原発のある自治体は、原発のおかげで潤っているものの、なんの問題もなく運転できているとおいしい汁は吸えない。しょっちゅうトラブルがあったほうが、電力会社に嫌がらせができ、三百代言電力会社からやれ接待の、やれ補償金だのとたかれる。

 そんなことを心配したら夜も眠れなくなる、とブー垂れる人がきっといるだろうが、だからこそ日本にとっての一番のリスクである、ザイニチを除鮮しておくべきときにきている。
 高速増殖炉「もんじゅ」がいつまで経っても稼働できないで、トラブルの連続というのは、どうみてもおかしい。

 反原発運動は、サヨクの専売特許。なぜ彼らは反原発をわめくかといえば、それは究極のところカネになるからである。サヨク労組は、組合員から莫大な組合費を強制的に召し上げている。その資金は、組合員の皆さんの安全を守るためだからと称して、反原発運動や、安保反対、憲法護持などのサヨク運動資金に一部は流れ、一部は幹部どもの豪遊費や豪邸のために使われる。

 サヨク新聞は、サヨクの読者や昔から惰性で購読している大衆に新聞を売りつけるために、一例として反原発のキャンペーンをやらかす。大衆に原発廃止を訴えるとは、それを不安視することで新聞情報を読みたいという間抜けへのサービスであり、それでこそ売れるからである。




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2016年03月09日

愛子を楽にさせては


 天皇の孫、愛子は、誰が見ても発育上の問題を抱えていると解る。写真で、それも遠目でも歴然。
 それをメディアはいっさいタブーにして語らない。この自主規制こそ問題ではないのか。

 先きごろ、高市早苗総務相は、単に放送法と電波法の内容を事実に即して答弁したところ、一大バッシングがサヨクマスゴミから挙った。放送事業者は政治的に公平でありなさいと規定してあり、重大な違反をして偏向した内容を流せば、免許停止も「法律上」はあり得ます、と。高市氏は正論を述べたまでである。

 それを言論弾圧だとか、マスゴミを萎縮させる恐れがあるとかわめくのは、彼らサヨクが日々放送法違反をやらかしている当人だからにほかならぬ。
 だからそれほど自由な、偏向してない報道が担保されなければいけないとマスゴミが言うなら、愛子の問題を口を閉ざして言わないのはどうなんだ、となる。

 愛子はやんごとなきお方の娘かもしれないが、やがて結婚すれば庶民になる。もう女帝になる芽はほとんどなくなった。どれほど国民がホッとしたことだろう。おそらく発育障害を抱えて一生を送らねばなるまい。かわいそうなことではないか。

 無理に普通の学校に通わせずに、養護学校に入れて、それなりの教育を受けさせてやればいいものを、皇室の見栄だかなんだか…、健常者らしく装っているのは残酷である。
 問題のある子を皇族だからと、人前にさらすとは。皇太子夫妻に連れられて衆人の前に姿を現したときなど、愛子は決して笑っていない。むしろ幼児のときから「困惑」しているように見える。

 なのに天皇教信者や、皇室自主規制の連中は、ただナルヒトの娘だというだけで、本人の気持ちも聞かずに表に立たせる。「キャー、愛子さま〜」と騒ぐ。私にはとても残酷な仕打ちに思えてならない。あの子は皇族から外してやって、もっと楽に過ごさせてやらないのか?

 ブログ「BBの覚醒日記」によると、愛子は学校をしじゅう長期に休み、期末テストの時期すら登校しないという。なのに外出時にはSPを20名も引き連れ、取り巻き女児を連れてディズニーシーには張り切ってお出かけ。SPは税金で費用が払われるのに、遠慮はないのか。
 「賢所や公務を避けるお母さんが、ミシュランレストランや、スキー、登山には張り切って出かけるので、子に教育も出来ませんね」と「BB覚醒日記」は皮肉っている。

 雅子の話が出たついでに言っておくと、精神病で引きこもりと言われるわりにはお忍びで出かけるのが好きらしいが、今の時代、テロや拉致の心配をしないのだろうか? 自称イスラム国やら北朝鮮やら、工作員が雅子を拉致して、政府に身代金を要求したらどうなる? 日本中が蜂の巣を突いたような騒ぎになるにちがいない。

 昨年12月16・17日の記事(浩宮・雅子を廃太子・廃妃に)に書いたが、雅子は東京青山にある国連大学という反日左翼イデオローグの巣窟に出向くのが大好きなのだ。雅子と共産党や朝鮮総連がグルになって、雅子が誘拐されたという芝居を打たれたら、日本は崩壊である。
 だから国家の安全保障上、雅子は廃妃にしなければならない。

 ISなどが雅子を誘拐して、身代金百兆円を要求されたら、政府は払ってでも救出するのだろうか? もしもそんな事態が起きたら、内閣総辞職だろうが、宮内庁は責任をとるまい。犯行がそういう「悪」の組織だったら、アメリカやEU諸国などは身代金を払うことを許すか? 日本はなにせ9条があるから、犯行グループの言いなりだ。
 想像するだに恐ろしい。にも関わらず、雅子は自由にさせてよ、お忍びならいいじゃないの、東宮では息が詰まるのよと言い放って、遊びを優先させるのか。

 親が精神病なら、子供に最も影響が出る。そういう障害児を抱えた母親が、やがて皇后になってその「公務」が務められようか。もっとも、公務をやる気はないようだが。
 これも「BBの覚醒日記」が書いていたことだが、愛子は何度か替え玉が使われた。写真で見ると、なるほどと思わされる。
 年格好も似た女の子をにわかに「愛子」に仕立てて、大衆の前に立たせたのだ。その責任をナルヒトもマサコも感じていないらしい。





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2016年03月08日

実体の歪みが認識の歪みを起こす


 前回と前々回のブログに続いて、認識と生理の問題を取りあげたい。
 世の中には夫婦喧嘩が絶えない家とか、亭主が酒癖が悪くて困るとか、なにかにつけて夫が不機嫌で女房に当たり散らすとかの例があって、別居、離婚に到る話はよく聞く。

 もしくは、子供が成績が悪い、素行が悪くなった、親がなにを言っても不貞腐れる、といった例も多いだろう。
 表面的に家庭を装っていても、内実は悲惨でただひたすら耐える日々という…そんな家は案外多いのではないだろうか。
 
 せんだっては本ブログで篠原勝之の私小説をくさしたが、彼の場合、父親が常に機嫌が悪く子供にめったやたらに暴力を振るった。ちゃぶ台返しは日常茶飯事。

 こういう事例では、たいていは認識の問題とか性格の問題とかで片付けられる。もしくは片付けられなくて悩む。「いくら注意しても効果がない」とか「もって生まれた性格だからしょうがない」と投げてしまう。
 ほとんどの場合、実体の問題があるはずと思う人は少ない。

 先日、ある男性で非常にキレやすいために家族が困っていると聞いたので、天寿堂整復院の稲村氏に尋ねたことである。イライラしがちでキレやすい人は、東洋医学では治療の方法はないのだろうか、と。
 すると稲村氏は、経絡でいうと胆系や肝系が悪くなっている人は、怒りっぽくなるとおっしゃっていた。胆系は胆嚢の病い、肝系は肝臓の病いがあるということで、これを治療すれば、穏やかな性格になるそうだ。

 西洋医療でも、例えば副甲状腺はカルシウムの代謝の仲立ちをするホルモンを分泌する器官だが、これが障害されるとカルシウムが不足してくる。そうするとイライラする症状が発現してくる。
 蓄膿症では集中力がなくなる、
 こうした例のほかにも臓器の異常、神経の異常、皮膚病、などなど様々な病気が、認識に影響して怒りっぽい性格にしていることがあるはずである。

 麻薬中毒者が、薬が切れると暴力をふるう、なんてこともそういう例と言えよう。
 いつもイライラしている、キレやすい、陰気、すぐ飽きる、落ち着きがない、などといった場合、実体の障害をも疑わなければならない。
 本人は実体歪みのゆえに認識に異常が起きるとは努々思っていないので、東洋医療を受けようとはしない。

 むろん西洋医療では相手にもされない。病院に行って、どうも怒りっぽいとか、性格が陰気で困ると訴えても、「なんなら脳神経の検査をしますか?」と言う答えが返ってくるだけだろう。あるいは「カウンセラーを紹介しましょうか」とか。本当に西洋医療は怠け者だ。

 そのカウンセラーは、相手と話をすることでしか改善できないと思っているだろうが、実体の病いがそうさせているとは思ってもいない。よくそれで務まるものだ。
 カウンセリングが有効な場合を否定しないが、東洋医療を受けたら一発で性格の歪みや精神的悩みがふっとぶことがあるのである。

 篠原勝之の私小説では、父親がつねにイライラして家族にあたり散らしたそうだが、鍼灸院にでも行って鍼を打ってもらって、食生活を改善していたら、穏やかな明るい家庭になって、篠原も悲惨な人生を過ごさなくて済んだ可能性はとても高い。たったそれだけのことだったのだ。

 小説家の太宰治は、パピナール中毒で何度も自殺未遂をやらかし、最後も睡眠薬を大量に飲んで入水自殺を遂げたけれど、もし天寿堂のような「治してくれる」東洋医療に出合っていたら、死なずに済んで、かつ偉大な文豪になったかもしれない。

 多くの日本のいじましい、悩んでいるのが常態の小説なんてものは、作家がまともな生活をし、身体の歪みを東洋医療で治しておけば書かれずにすんだものばかりだ。

 幼子を虐待して殺してしまう親があとを絶たないようだが、そういう親はまず鍼灸院を訪ねて治療を受けるべきである。
 だが、カウンセラーとか西洋医療の医者は、思いもよるまい。その人の個性だ、で逃げている。
 こういうことを扱うのが認識生理学であるが、医者は学ぼうともしない。
 
 本ブログで何度も取り上げてきたが、赤ん坊に粉ミルクを与えてしまえば、子供は牛の脳(実体)にさせられる。母乳のように、人間のDNAが親から子へちゃんと継承されない。牛化した脳で認識をあやつることになるから、キレやすい性格、落ち着けない性格、忍耐できない性格になり、なかにはLGBTにもなりかねない.

 冒頭に述べたように、家庭不和で離婚の危機にあるという方は、まずは「治してくれる」東洋医療治療院に受診して、体調を整え、歪みを取ってもらって、それでもダメなら別れても仕方がないとすべきだ。

 また、子供の成績が悪くなった、勉強しない、不良化したなどと心配なのであれば、説教するだけでなく実体の歪みが考えられるのだから、東洋医療を受けてみることをお勧めする。鍼は嫌だ、他人に触られるのは気持ちが悪いと言うかもしれないが、いっときの痛みを我慢しないで、バカのまま一生棒に振るほうが良いのか?
 それと食事の改善や睡眠の正常なとりかただ。

 錦見有恒様の事例のように、病院では治せない、発見できない身体の歪みが考えられるからである。
 この大いなる誤解は、実体(脳)と性格(認識)が別物として「ある」としていることだ。人類はこの迷妄から抜け出なければならないのに、それができないから多くの不幸を招く。肉体が死んでも霊魂(認識)はこの世に残る、という勘違いにもつながる。神様がいるとする宗教の迷妄にもつながる。




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2016年03月07日

神経の二重構造


 錦見有恒様からのお尋ね。
 何らかのストレスがあると身体に痛みが生じる。それがどうやら肩、背中、胸などに来るらしい。しかし病院でレントゲン、MRI、心電図、血液検査等調べたが異常はないと言われたという。これは「脳の仕業なのでしょうか。年齢やストレスが原因ですか?」とのお尋ねである。

 「脳の仕業」では漠然としている。脳は神経の元締めで、大きく言うと生理構造の統括と認識の統括を行なっている。脳という実体の機能が、生理と認識の統括であり、これは「直接」の関係すなわち切りはなせない。二重構造なのである。
 譬えていうなら、家という実体の機能としては、雨をふせぐ機能もあれば人が住める機能(寝る、食べる、トイレなど)もある。一つの実体にいくつかの機能がある。

 と、同じように生理的統括は、例えば呼吸、血液循環、消化吸収、運動、休息、怪我や病気の修復といったものがそれである。一方で認識は考えたり、感じたりすることだ。
 それが直接だから、お腹がすけば何かおいしいものを食べよう、となる。空腹は生理機能で、おいしいものを食べようは認識である。

 生理機能が歪んだり毒されたりすれば、認識に影響して元気がなくなってやる気が失せるし、認識が落ち込めば胃が痛くなったり、便秘したりというように生理機能が影響を受ける。
 錦見さんの身体の痛みは、生理機能が悪くなったせいか、認識がストレスなどで悪くなったせいか、原因は片方か、両方か、となる。

 ストレスがあると身体が痛む、のであれば、普通は認識から来る生理機能の歪みと思えるけれど、そうとは限らず、何か生理構造の歪みや病いがあって、その辛さが認識をイライラさせて、ストレスになっている場合もないではないのだ。

 いずれにしても、生理機能の歪みにしても、認識の歪みにしても、神経(脳でもいい)は、修復をしなければならない一方で、普通の健康状態での統括を続けなければならない。神経は酷使させられる。
 しかるに、医学界ではあまり神経の働きについて学ばれていないし、医者も理解していない。

 その好例が風邪やインフルエンザである。ウイルスや細菌が身体に侵入して悪さをするとしか捉えられていない。神経がどう関与しているか、治しているかは考慮の外になっている。医者は風邪はなぜ治るのかについて、神経がどれほど活躍してくれているか考えていないだろう。白血球が退治してくれるとか? 免疫因子が出来るからだとか。あとは薬が効いたからだと?

 それらは現象論である。医者は原因の本質である生活過程の悪さには無関心が、ほとんどだろう。せいぜい温かくして…だけ。
 さて、錦見さんの症状の場合は、私は医者ではないし、療術師でもないから、こうして一般論から説くしかできず、ストレスが原因か…は確定的なことは言えない。だから天寿堂で治療していただくのがベストだと申しあげている。

 錦見さんが受けた検査は、レントゲン、MRI、心電図、血液検査だそうだが、いずれも認識からくる病いには有効性はない。そういう検査が意味がないとは言わないが、それだけではストレスからくる神経や、ひいては内臓の問題は発見できない。病院だと、それほどストレスが心配なら脳神経科でも受診しますか、となる。
 その検査も、MRIとかで、実体内部の病巣なんかを見つけようとするばかりになる。そしてまたしても薬。

 年齢のこともお尋ねだが、それもないとは言えまいが、90歳になってもどこにも病気がない人はいるし、現役で運動をしている人もいるから、あまり年齢のせいにしないことだ。医者はわからないとすぐに年齢のせいにしたがるが。
 年齢によって衰えることはあるのは仕方がないが、それをどうカバーするかをご自分で研究なさることだ。

 例えばプロ野球選手でも、昔は40歳になると皆当たり前のように引退したが、昨今は40歳過ぎても活躍している人は多い。昨年やっと現役を退いた中日の山本昌投手のように、健康管理やトレーニングによって50歳近くまで投げられたのだ。工夫と認識の持ちようである。

 ごく最近では、経済アナリスト(電波芸者)の森永卓郎は、太ってしまい糖尿病にも苦しんでいたが、20キロの減量に成功して、きれいさっぱり糖尿病が消えたという。これも一例である。
 俳優の石倉三郎も、糖尿になって命も危ういと言われてから、毎日1時間以上歩きに歩いて、完治させてしまった。
 そういう実例を励みにして、肉体改造とともに、認識のありようも改造されることだと思う。





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2016年03月06日

民主・維新の新党名の愚策


 民主党・維新の党が合流にあたって、新党名をネットで公募すると決定…。
 唖然とした人が多数だろうし、あとはどうでもいいと思う人もまた多数だろう。真摯に期待しているおバカは、サヨク新聞と真性サヨクしかいない。

 理念も綱領も決められない、マニフェストも決められない。それで新党名は公募って……名は体を表すのだと知っていれば、理念とか政策をまず決めてから、党名を考えるものである。なのに、民主党ファンに丸投げ。
 これでは発展もなければ選挙に勝てるわけがあるまいに。人間、恥を失ったらもう終わりだ。

 ネット上では早速 大喜利状態になっているそうだ。
 面白いネームングを拾ってみた。
 ハッシュタグ「#民主党の新しい党名を考える」をつけて投稿された党名いろいろ。

「イオンモール」
「新党オークション」
「無人党」
「怒り新党」
「解党」
「野党」
「ゲスの極み党」
「名前募集党」
「黄巾党」
「新党日本の恥」
「サヨクと愉快な仲間たち」
「アルバイ党」
「居直り強党(ごうとう)」
「憲法クイズ愛好会」
「朝鮮半党」
「税金泥棒」
「自分の生活が第一」
 「寸鉄人を刺す」の笑いがあって、感心する。どれもが笑えた。「イオンモール」がいいかも、知名度があるし。

 池田信夫氏がブログで「泥舟党」がいい、と書いていた。
 私もちょっと提案したい。
「準共産党」
「ルーピー党」
「最低でも県外党」
「福島に放射能をバラまいた党」
「政権3年しか持たない党」
「労組におんぶ党」
「抱きつき詐欺の会」
「菅直人なんかがいる党」
「しろあり党」

 …と遊んでいるときりがないから、やめた。あほらし。





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2016年03月05日

西洋医療でダメならば…

 
2月18日付本ブログで、風邪の治し方を紹介した。
 http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/433806966.html
 錦見有恒様から水かき療法を実践してみたら、1日で治ったとの嬉しいご報告をいただいた。今後もこうした記事を載せて欲しいとのことだった。
 これまでにも何度か健康法に関しては記事にしてきたが、また機会があれば紹介しよう。

 さて、錦見さんからのご質問にお答えしよう。
 再録すると、
 
 「私事ですが何らかのストレスがあると身体に痛みがでます。肩、背中、胸など一度病院でレントゲン、MRI、心電図、血液検査等調べましたが異常はありませんでした。
 これも脳の仕業なのでしょうか。病院では年齢やストレスが原因ですか?と聞いても医者はデータにでない事は言わないので、何時もはぐらかされます。
 ブログ筆者様の見解を聞かせて頂ければ幸いです。」

 短い文章の中に、現代西洋医療の欠点というか醜態を突いている。
 病院では、検査はするがそれで異常がみつからないとお手上げ。検査数値に沿って病名が付けられれば薬の投与を中心とした治療が行なわれる。
 NHKの木曜午後に放送している「総合診療医ドクターG」をチラッと見たことがあるが、まるでクイズ番組で、NHK自身もHPで「新感覚!病名推理エンターテインメント番組。病名を探り当てるまでの謎解きの面白さをスタジオで展開する!」
 と、こうである。

 医者どもはよくも売国NHKのくだらない番組に出てくるものだ。
 錦見さんが言っているように、医者どもは「医者はデータにでない事は言わない」のであって、だからNHKのあのエンターテインメント番組では、どうしているかといえば、データで病名を「探り当てられる」症例を出してくるのだ。結論ありきだ。
 錦見さんのように、結論が「わかりません」では番組にならないので、はじめから省かれる。ずるいのだ。

 しかし、一般の人は医学医療の専門家ではないから、騙される。医者はさすがにすごいな、ちゃんと病名を当てられるんだと、感心するだろう。
 「ほーら。だから病院には早めに受診すれば大事には至りませんよ」と言って、宣伝しているのである。
 しかし現実には、錦見さんの例のごとく、検査では異常が見つからず、常套句である「様子をみましょう」で終わり。よく揶揄的に言われるが「もっと悪くなってから再度来てください」と追い払われる。

 だから私は病院には頼り切ることはできないと思っている。世話にならざるを得ないことはあるが、治せそうなことと、治せそうもないこととを自分の責任で決めるようにするしかない。

 療術師・柳原能婦子さんは、35歳のときに中学生の娘さんが耳が聴こえなくなった。全国の有名な先生のいる耳鼻科に受診させたが、「わかりません」「治りません」と言われた。かくなるうえは自分が治してやるしかない、母親なのだからと決断して、自力で栄誉学を学び、大学にも通いして、研究し、ついに娘の耳の病を治してしまった。

 そこが原点で療術師になった。YouTubeにも動画がアップされているから、ご覧あれ。
 すごいと思いませせんか? 医者が見放した患者を治しちゃったのだから。

 ここにも現代西洋医療の弱点が出ている。耳が聴こえないなら、耳の疾患なのだろうとしか思わない。専門の耳鼻科の領域と思うのみ。だから謎が解けず、治せる目処が立てられない。柳原さんの場合は、耳だけに焦点をあてずに、体全体に着目して、全体から治そうと研究したから成功したのである。

 錦見さんも、柳原さんのような気概を持たれてはいかがですか。
 2月17日付「五十肩でお悩みの方に」で紹介したように、青山繁晴氏は腰の骨を折る重症を負いながら、病院に世話にならずに自力で治してしまった。
 人間はそういうことが出来るのだと、まずは知っていただきたい。
 「精神一到何事か成らざらん」である。

 医者の世話になってはいけない、とは言わない。医者が必要なことはあると思う。しかし、医者が無能な場合は自力でなんとかするしかないのだ。
 この考え方の基本にあるのは、病気になるのは生活過程の歪みだ、ということである。

 生活過程、つまり食事、睡眠、運動、それに住居、衣服などを正常なありようにしなかったから病気になったのだから、まずは生活過程を整えることが治療の基本になる。
 それだけではむろん「急病」や「慢性病」「重篤な病」には対処しきれないから、専門家による何らかの治療は必要になる。

 ところが驚くことに、多くの西洋医療の医者は、病気のほとんどは遺伝だなどとバカを言う。
 俳優の松方弘樹が脳リンパ腫になったと報道されたけれど、こういう場合、ニュースでは原因は不明で何万人に1人の難病などと言っている。
 何万人に1人なんて話はどうでもいい。医者は決して、松方弘樹の生活過程には言及しない、それが問題なのに。

 詳細は誰もが不明だろうが、要するに癌なんだから、これは松方の生活、とりわけ食事が悪かったのだ。そこまでは明らかなことなのである。
 同じように、錦見さんも生活過程をまずは再点検しなければならない。
 
 玄米菜食を実践しているか、磁性体を残したものを食べているか、人工的なもの(養殖魚、家畜の肉、調理しすぎた料理、水道水)を食べていないかどうか。
 睡眠は夜は10時前に就寝し、最低でも7時間は十分とっているかどうか。

 適度の運動をしているか。椅子に座り続けのような偏った仕事をしていないか。足腰を運動させているか。骨を鍛えているか、交感神経を活性化させているか。
 住居は、高層マンションに住んでいないか、シックハウスに入ってないか。空気の淀んだ部屋に閉じこもっていないか。
 衣服は天然素材のものを着ているか。足腰を冷やしていないか。
 毎晩風呂にゆっくり入って温めているか。

 こういう誰でも聞いたことのあるはずの健康的な暮らしぶりを、実践することである。

 そのうえで、日々の治療なり病気の予防でいえば、先に紹介した「水かき療法」を何もなくても電車の中とか風呂の中とかでなさることである。
 中山式快癒器は必需品であろう。これは日本では長く愛用されている。
https://www.youtube.com/watch?v=QFMhWmjWW7A

 それから私の空手道場で取り入れているのは、人工芝の裏側で足踏みをすることだ。30センチ四方くらいの緑色のマットがホームセンターで売っている。これの裏側で足踏みを千回。足裏にはたくさんのツボがあって有効である。

 それは日常生活での生活過程を整える一環であるが、治療ということであるなら、コメントにも書いておいたが、天寿堂整復院で治療を受けるのがベストである。私が言うのは僭越だが、おそらく一発で治るはずだ。
http://mnworks.jp/tenjudo/

 「これも脳の仕業なのでしょうか。病院では年齢やストレスが原因ですか?」の問いにまだ十分答えていないので、これについては次回(たぶん月曜日)に書いてみたい。しばしお待ちを。



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2016年03月04日

日教組の卑劣な資金源(2/2)


《2》
 昨年秋にたしか毎日新聞でも記事にされていたが、大手老舗出版「三省堂」が2016年度から公立中学校で使用される英語の教科書をめぐり、昨年8月、全国の公立小中学校の校長ら11人に部外秘の検定中教科書を閲覧させ、編集手当名目で5万円の謝礼を渡していたということが発覚した。

 三省堂は、過去09〜10年にも計6回、同様の不適切な行為をしており、懲りない体質を露呈した。
 教科書業界では三省堂が発覚したが氷山の一角に過ぎない。検定中の教科書の部外者への閲覧は大手の教科書会社では常態である。
 表向きの口実は「教科書内容をより改善するため」だが、狙いは教科書採択工作にほかならない。

 サヨク毎日新聞は、英語の教科書だから報道したに違いなく、社会科ならば頬かむりしただろう。
 先だっても、教科書採択に関係する現場での贈収賄がNHKで深夜のニュースで報道されたそうだが、産経以外の大手紙ではスルー。
 東京書籍と教育出版は斯界でも一番悪質な教科書会社として有名である。「南京虐殺事件」があったと、どぎつく記しているそうである。

 日教組のなかでもとりわけ北海道を根城にする北教祖が強固らしく、北海道で決められたことは全国レベルの日教組が従う体制になっているそうだ。
 そこで評論家の水間政憲氏がハガキを使って関係教育期間や警察へ改善要請するアイデアをYouTubeで披露している。
https://www.youtube.com/watch?v=ZG9Z_xY8ukk

 水間氏のブログでも詳しく述べられている。私も余った年賀はがきで北海道知事や教育委員会に送るつもりだ。
http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/blog-entry-2183.html

 しかも重大なのは、三省堂の事件でもそうだが、教科書を採択する教員にワイロを渡していたことだ。
 渡す教科書会社も悪いが、平然ともらう教師どもの、カネに汚い体質には呆れる。昨日から書いているが、これで生徒に示しがつくわけがない。
 
 教室が荒れ、不登校が生じ、イジメが蔓延し、不良少年がわんさと出て来るのは、全部教師が悪い。家庭に問題はあるにせよ、フォローしてあげるのが教師ではないか。
 公務員は接待を受けてはならず、これは完璧に受託収賄罪にあたる。むろん解雇され、教員免許剥奪の処分が行なわれるべきである。

 かつて日教組は、教科書検定反対闘争をやっていた。
 アメリカ、イギリス、フランスなどでは国の検定がまったくない。政府に検定の権限はない。日本では国の意向が反映される教科書検定制度を採用している。
 日教組がなぜ検定に反対していたかというと、教育現場では教師の自由な裁量に任せるべきだというのと、戦前には軍国主義教育をやって国家が国民を戦場に駆り立てた、それを復活させる意図からだと主張していた。

 軍国主義かどうかは別の話であって、サヨクどもはなんでも個性尊重、自由勝手がすばらしいのだと言い募ったから、検定反対を叫んだ。だが、検定は絶対に必要である。アメリカやイギリスのほうが間違っている。早い話が、国語を教師がバラバラに、それぞれの県ごとに勝手に教えていたら、日本語の統一はできない。

 アメリカやイギリスは、国家を動かすのは一部エリートでいいとする考え方だから、エリートには厳しく教育するが、一般大衆の子供にはいい加減なのだ。だから、英語を話す人だけでなく、スペイン語や支那語で通す輩もいる。それが人種差別のもとになる。
 日本は教科書も指導要領も国で統一しているから、日本人の優れたマインドは受け継がれ、技術立国としても立ち行けるのである。

 いかに日教組がわめいた検定廃止が誤りだったか。
 しかるに! 日教組どもは、いまや教科書検定でお小遣いがもらえるとなって、検定反対は引っ込め、国民に隠れてワイロを受け取る挙に出た。加えて、教科書会社や執筆する大学教授らを使って検定を逆手に取って、自虐史観を刷りこむ作戦に変えた。

 そればかりか、日教組は今や検定大好きで、あの宮沢喜一内閣が愚かにも決めた「近隣諸国条項」を教科書検定基準のなかから外すなと、サヨク新聞と歩調を合わせて喚く。
 自国民の教育において、他国、それも特亜のウソに配慮するなどという馬鹿げきった話は、世界中どこにもない。対象たる特亜にもそんな「配慮」はなく、日本だけが一方的に「悪うござんした」と叩頭させられる。

 安倍政権は愚劣な「近隣諸国条項」を見直そうと公約に掲げはしたが実現していない。
 ザイニチ民潭(民団)は、東京都に対して頻繁に教科書に文句をつけてくる。あからさまな内政干渉である。
 民潭(みんだん)は、関東大震災の朝鮮人虐殺の記述を入れろの、竹島が日本領になっているのはけしからんのと検定にイチャモンをつける。
 石原慎太郎都知事時代は拒否していたが、ザイニチの舛添では危なくなった。

 日教組は先に言ったように、ザイニチ帰化人が上層部を占めているから、教科書検定でもイデオロギー的に民潭と同じだ。検定問題でもカネがふんだくれると味をしめたから、ザイニチは何度も蒸し返す。

 それでも安倍政権は、すべての教科書に竹島が日本の領土であることを記載させることに成功した。さらには「慰安婦」や軍強制沖縄集団自決の記述などの記述も後退してきており、まことに欣快である。これまで補助教材も教師の裁量に任されていたため、とんでもない自虐史観や性教育、韓国文化紹介が行なわれていたものを、きちんと「有益適切なもの」の判断基準が徹底されるようになった。

 自虐史観に汚染されていない育鵬社の教科書が次々に採用されるようにもなった。安倍政権が着々と成果をあげている。
 サヨク・マスゴミはこぞって育鵬社の歴史や公民の教科書胃が採用されては大変だと反対運動をやっている。
 サヨク日教組は、表向きイデオロギーで闘争しているようでも、内実はカネほしさである。

 教科書12社のうち10社が教科書採択にあたって、教員等に検定中に開示し、謝礼=ワイロを渡している。全国で実に4000人が金品を受け取った。その卑劣な教科書会社に、大手の東京書籍や教育出版社が入る。受託収賄罪で立件して、こいつらを駆逐し、日教組の資金源を絶とうではないか。

 この事件を受け、教科書業界内で不適切行為が常態化していたことについて、馳浩文科相は1月22日の閣議後会見で「非常に残念。法律以前のモラルの問題だ」と批判。1カ月以内に教科書会社への対応を決める意向を示した、と産經新聞が報じていた。

 自民党もバカなら馳大臣も馬鹿だね。これはモラルの問題なんかじゃない。
 これまで縷々のべてきたように、反日サヨクとザイニチのわが国への攻撃であり、不正であり、資金源になっている話なのだ。




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2016年03月03日

日教組の卑劣な資金源(1/2)


《1》
 日教組はまごうかたなきサヨクである。衆目は一致している。そしてサヨクは憲法護持派で、改憲に猛反対している。日教組もそうなっている。だから昨夏の安保法制反対の空騒ぎをやらかした。安保法案は憲法違反だ、と。

 ところで教育基本法第14条2項には、法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治活動をしてはならない、と禁じられている。
 また、地方公務員法第55条6項には、職員は税金から給与を受けながらの職員団体の活動を禁じている。日教組は地方公務員法の職員団体に該当する。

 こうした法律は当然、最上位の憲法の下に規定されている。
 で、日教組は教育基本法にも違反、地方公務員法にも違反して政治活動を行っている。つまり堂々憲法を蔑ろにしている。テメエが憲法違反をやらかしておきながら、護憲とはこれ如何に?

 日教組教研集会なるものは、日教組主催の勝手な研修であって、教員としての職務ではない。組合活動である。これに参加するにあたっては、教員は年次休暇の届け出が必要であるが、たいていは休暇扱いにせず、「なあなあ」で、就業時間中に組み込まれ「職務」扱いになっている。
 校長の許可も要るのに、無視が実態だ。教員がサヨクのデモに参加するのも、休暇扱いしない例があった。

 税金から給与をもらっておきながら、職務をさぼって好き勝手をやっている。
 こんなことを「聖職者」たるべき教師がやっていて、子供が尊敬すると思っているのか。バレていなければなにをやってもいい、とは、もう日本人のマインドではなく、教育者失格である。

 日教組は「日本」教職員組合、と言いながら、実は日本人が設立した団体ではない。ザイニチ朝鮮人教師どもが設立し、運営しているのもザイニチだ。歴代委員長も帰化朝鮮人で占められている。

 ところで。
 「あしなが育英会」という団体がある。『あしながおじさん』から名称を盗ったものだ。
 親を亡くした子どもたちや、親が重度後遺障害で働けない家庭の子どもたちの進学を助け、物心両面で支える民間非営利団体ということになっていて、国などからの補助金・助成金は受けず、すべて寄付金で運営していると称している。

 国の補助はうけていない、と偉そうに言うが、要するに政府機関としての「日本育英会」「日本学生支援機構」とは異なるのである。「交通遺児育英会」とも違う。
 あしなが育英会の募金活動は、日教組が主体である。
 日教組の教師が、生徒をたぶらかして募金を集め、それを育英会と労組の連合に寄付している。

 以前、レインボーブリッヂ事件という、北朝鮮支援組織のNGOで、北朝鮮の意向を背景に拉致被害者を返還するといって揺さぶりをかけてきた事件があった。理事が逮捕された事件もあった。これもあしなが育英会と密接な関係にある。日教組が子供を騙して集めた募金が、あしなが育英会からレインボーブリッヂに渡り、北朝鮮に送金されているのだ。
 NGO にも関わらず、活動に協力した教師には報酬が払われる。
 これが日教組の資金稼ぎの一端である。

 『あしながおじさん』は名作である。誰の心にも感動を呼ぶ。それを勝手に盗んで汚い活動の隠れ蓑にするとは、いかにもザイニチらしい。
 関連して。拉致被害家族会や支援組織は、決してこういう日教組や「あしなが育英会」などの北鮮支援組織とは戦おうとしない。これ、不思議じゃありませんか?

 さらにひどいのは、PTA会費の横領行為だ。父母から集めたPTA会費を日教組教員が小遣いにしている。PTAの会合だの懇親会だのの名目で飲食した際、手書きの領収書を操作して差額を懐に入れる犯罪をやらかす。
 PTAの経理にも監査は入るが、それもPTA役員の父母だから、不正があっても見逃す。事を荒立てると、父母としては子供が世話になっているのだから、もの申せない。

 実際に、ある正義感ある父母が監査報告に疑義を呈したら、子供が教師にいじめられ、通学校を変更せざるをえなくなったケースもある。
 保護者から給食費と一緒に、強制的に徴収したPTA費や後援会費が、教職員の人権費、出張旅費、校舎の修繕費に流用されている。
 これは重大な詐欺行為である。
 PTA費から退職や異動の教師に「功労賞」という名で現金や金券が渡されていた例もあるという。

 保護者のほうもシャキッとした人間ばかりではなく、教員と慰労会だの送別会だのを開いては、PTA会費で落として、淫らな飲食会をやる例もある。全部ここでも「なあなあ」だ。子供がそれを知らないはずがない。「先公」と呼ぶのは当たり前ではないか。

 子供を学校に通わせた経験がある人なら知っていようが、PTAは本来は入退会は自由のはずなのに、それをきちんと保護者に伝えないで、「PTAに入るのは当たり前」という“空気”をたくみに醸成して、逆らえないようにしている。
 実質強制加入で、会費と労力を収奪しているのが日教組教師である。

 保護者はだれもがたいてい仕事を持ち、家事でも忙しいからPTAの役員なんかは引き受けたがらない。そんななか、PTA役員・委員を決めるときに、教員側は「免除」という言葉をよく使う。
「3歳以下の子供を持つ人は免除」
「自分・家族が重度の病気にある人は免除」
「一度、役員をした人は、免除」
 さらに、「児童一人につき、役員・委員を一回するのがノルマ」とも言われるようだ。

 保護者に向かって「免除してやる」「ノルマだぞ」の言い方は上から目線で傲慢である。子供を人質にとって、保護者を騙し、カネと労力を奪う。それがザイニチ主導の日教組である。
 各学校単位のPTAなのに、全国組織として全国PTA協議会がある。ここには巨額の資金が集まるために、闇の組織と言われる。なぜこんな全国組織が必要なのか納得できる人がいたらお目にかかりたい。

 ザイニチが教育の美名を利用してカネを集めて、反日活動に使うために、全国組織を作っている。
 
 まだある。みなさんも子供のころにベルマーク運動に参加したことがあるのではないか。
 買った商品のパッケージに小さく「ベルマーク」がついていて、それを切り取って学校に持って行き、貯まったらベルマーク財団に送ると、学校に備品などが寄贈される仕掛けである。ベルマーク1点につき、1円を企業が財団に寄付する形になっている。

 これを始めたのが、サヨク朝日新聞であった。1960年に創立80周年の記念事業として始まったものだ。今も朝日新聞の利権だ。それを推進したのは、朝日と仲良しの日教組である。
 教師が子供に命じてベルマークを集めさせ、「ほら、体育館の跳び箱はベルマークでもらったのよ」などと抜かす。

 これまでに数百億円が朝日と日教組に集められたそうだ。朝日新聞と日教組が連携、癒着して教育界を歪めてきた。
 教師が「入試には朝日新聞記事から問題が出る」と言って、生徒に朝日新聞を購読するように勧める。生徒の泣き所を突いた、朝日新聞と日教組の販売促進活動なのである。そして生徒は、教師と朝日新聞から「反日」を刷りこまれる。
 ザイニチの思惑どおりに事が運んできた。



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2016年03月02日

88式ヘルメットの用途


 2月24日付「余命三年時事日記」に、実に興味深いコメントが載った。Todayというハンドルネームの方の投稿である。
     *    *    *

防衛装備庁入札 公告
88式鉄帽2型 (FRPヘルメット)
入札日 1月27日(終了)
納期 平成32年3月30日までの分納ですが、40,000個調達するようです。
ちなみに平成26年度予算では6,000個調達でした。
やはり安倍内閣はやはり有事を想定していると思われます。

 (余命氏)
 .....自衛官の増員分と予備自衛官補の分を考えると、まあ、あたりまえの話だがなぜかぴったりなんだな(笑い)。
 はるか昔、日露戦争の時代、日本が対ロシア戦を決断したと欧米が報じた根拠は、なんと英国炭の大量買い付けであった。安倍政権が在日と反日勢力の駆逐の決断がバレたのは自衛隊のヘルメットの大量発注であった。そして日中戦争の前兆は深深度機雷と深深度魚雷の発注増であるといわれている。関連工場周辺はスパ イが群がって監視しているそうだ。

     *    *    *

 88式鉄帽2型は、鉄帽とあっても実際は繊維強化プラスチックである。最新式の戦闘用ヘルメットだ。自衛隊だけでなく、海保や警察でも採用されている。強度値は秘匿。
 小銃弾には対応できないが、鉄製のヘルメットでも銃弾は貫通するだから、頭部の保護にはならない。プラスチックでも爆弾の破片などは防護できるそうだ。
 鉄製ヘルメットに比べて軽く、動きやすいらしい。それでも工事用ヘルメットよりは重く強固だろう。

 それが、「余命」氏がいうように、自衛官の増員分と予備自衛官補の分として揃えられるということは、自衛隊はあくまで国内向けの装備拡充になる。要するに安倍内閣は、ザイニチの蜂起を想定しているのだ。
 今の時代、日本人による革命武装闘争は起こり得ないから、ターゲットは自ずと明らかである。

 「余命三年時事日記」によると、韓国では成年男子は懲役義務が課せられている。ザイニチでも韓国籍の者はその対象である。だからザイニチ韓国人は、有事の際には即、軍人・兵隊と見なされるし、彼らが日本人に対して戦闘態勢に入ることもまた当然である。

 「余命」氏は「韓国が有事における国防動員法を発令するしないにかかわらず、海外在住の韓国人も憲法上の国防義務があるので軍人、いわゆる戦闘員ではなくても、少なくとも軍属という扱いにはせざるを得ない」と述べている。これを“発見”したのはまさに「余命」氏の功績である。

 本当は、韓国が不当に竹島を侵略しているのは、日本の主権を侵害したのだから戦争状態にあると見てもよい。
 また朝鮮戦争が再発すれば、南北朝鮮人のザイニチもいっぺんに軍人にされるから、日本国内で北朝鮮軍と韓国軍の戦闘が飛び火する。

 25才以上の在日韓国人男性の大半は、大韓民国兵役法第70条並びに兵役法第94条違反に該当すると、韓国の公的機関である兵務庁が、
ホームページで明らかにしているそうだ。それも、ハングル語ではなく、わざわざ日本語で説明ページを掲げているとは、穏やかではない。韓国語をわからないザイニチ向けに警告しているということだ。

 ザイニチの大半は密航してきた者で、日本に帰化せず、兵役は逃れつつ、豊かでやさしい日本で暮らして、「いいとこどり」をして図々しく暮らしてきた。公務員や日教組に潜り込んで、日本人に成り済まして、悪さをしつづけてきた。
 それが安倍政権になってから、やにわに状況が厳しくなってきたのだ。例えばマイナンバーとか…。

 であるから、この戦闘用ヘルメットの大量発注の件は、重大な安倍政権の覚悟をかいま見せているのだ。
 「余命」氏はこういう。
 「ここ3年の安倍総理の国防戦略は明らかに対外戦争としては海空自衛隊の充実は進めつつ陸自は戦車の数は減らして装甲車を増やすという国内治安に特化している。

 法的に韓国と北朝鮮をはっきりと色づけしたところから判断すれば、朝鮮戦争再発をかなり意識していると考えざるを得ない。
 あちこちの分会では、日韓戦争はまったく話題にはならず、半島有事における韓国人の戦争避難民と撤退韓国軍への対処がテーマとなっている。韓国への支援は100%考慮されておらず日本に逃げてくる韓国軍、とくに海軍艦艇をどう処理するかが課題となっている。」

 話は極秘ながら、ここまで進んでいる。除鮮への期待が膨らむ。
 「余命」氏の話にある装甲車は、最新式の16式機動戦闘車のことで、最新鋭の10式戦車の技術を応用している。
 戦車との大きな違いはキャタピラーではなく、タイヤで走行するため、舗装道路では戦車よりも迅速に走行できる。
 緊急有事の際に戦車よりも迅速に輸送・展開できる戦闘車両として開発されている。

 昨年コマツが落札した「装輪装甲車(改)」は、戦車のような砲頭はなく、兵員移送や指揮通信などに使用される。

 明らかに、ザイニチが戦闘蜂起するのは、市街地が想定されるので、戦車より機動性に優れた装甲車が有効である。
 それゆえ、ザイニチはテメエたちの危機を感じ取って、労組、民青、市民団体を隠れ蓑に、「アベ政治を許さない」とのキャンペーンを展開している。共産党も社民党も民主党も、みんなザイニチとその組織に支えられている。もし日本にザイニチがいなければ、選挙で1票も入らない。
 その連中と一緒になって「安保法案反対」を叫ぶ奴はバカである。




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2016年03月01日

滅びゆく新聞


 青山繁晴氏が関西テレビの「よーいどん」というバラエティ番組(2月24日)に出て、自身の生い立ちから共同通信社に入って、ペルー事件を契機に退社するまでを語っていた。
 在任中には破天荒な取材もしたが、次々に社会を揺るがすスクープを連発していた花形記者だったようだ。

 その青山氏が共同通信の入社試験の面接で、面接官から君はどんな記事を書きたいのかと質問されたという。それで答えたのは、今日、面接に来るときに駅のホームから人が落ちるのをたまたま目撃した、と。この人がなぜ落ちたのかをしっかり取材して、もしも給料が少なくて困っていたのなら、そういう記事を書きたいと言った。

 すると面接官(編集局長)が、「だから君は記者としてはダメなんだ。君は人を助けたいんだろ、助けたい人は記者には向いてないんだよ。記者は冷徹に突き放して見て記事にしなければならないからだ、君は向いてない」と喜びながら言ったそうだ。

 その場で青山氏は、「だからマスコミはみんなに嫌われるんだ」と言い放ったそうだ。
 よくこんな正論を真っ向、面接のときに言ったものだ。この編集局長は最後まで、あいつだけは入社させるなと主張したそうだが、見るべき人は共同通信社にもいた。青山氏の資質を見抜いたのだろう。

 青山氏のこの姿勢は、常識的には新聞記者らしくない。小説家に向いている。実際、青山氏はこれからは小説を書くことにしていると述べている。
 ところで、最近はよく「虎ノ門ニュース8時入り」を楽しみに見ている。司会進行を居島一平がやり、曜日代わりのコメンテーターに、青山氏のほかに、百田尚樹、有本香、武田邦彦、ケント・ギルバートなどがいるのだが、虎ノ門のサテライトスタジオでの収録中に、黒山の人だかりができるのは青山氏だけである。ほかのニュース解説者のときは一人もギャラリーができない。

 2時間の番組中、ガラス窓の外でじっと立ちっぱなしで見学している。よほどの支持者なのだろう。私は青山氏と意見が違うことはあるけれど、見ていると彼が絶大な人気を博しているのがわかる気はする。
 ただ、青山氏はしょせんは既存マスコミの中で発言し、稼いでいる人だ。以前にも書いたが、彼は9・11のテロをブッシュの自作自演と捉えていないのは、ダメである。また在日関連にも言及せず、共産党が在日朝鮮人に支配されていることも言わない。危ないことは避けている。
 先にホームから転落した人への眼差しで言ったような、普通のジャーナリストと違う志や熱情を感じないわけではない。

 次に。
 『寿屋コピーライター開高健』(坪松博之著 たま出版)があって、小説家・開高健をコピーライターと作家の両面で論じた本である。
 開高健の創作したコピーで、最高傑作と言われるのが、以下のトリスウイスキーの広告(1961年)だった。

 「人間」らしく
 やりたいナ

 トリスを飲んで
 「人間」らしく
 やりたいナ

 「人間」なんだからナ

 当時、これほど人口に膾炙したコピーはなかった。ただの広告が人々の心肝を叩いたのだ。いまだに語り継がれる。
 この代表作をものしたころには開高健は芥川賞作家としてデビューしていた。そのサントリ−の宣伝部でコピーを書いていたころの開高健を筆者の坪松氏が評している。引用させてもらう。

     *    *    *

 開高のアプローチは山崎(引用者注:サントリー宣伝部の開高の上司)とは異なり、コピーに社会性、ニュース性を取り込もうとしたわけではない。むしろ、商品との接点から出発している。
 ウィスキーを欲する人々の心から出発している。そこにはウィスキー飲みの気持ちが表現されている。一行一行進むごとにウィスキーを手にとろうする感情が湧き出てくる。その感情が受け手の共感を生む。受け手の中にあるもやもやとしていた気持ちが、このコピーと接することによって形あるものに変えられてゆくのである。

 そして心の中にトリスウィスキーの強い存在感を刻み込む。そこにリアリティがある。あふれている。それも、山崎が寿屋の広告メッセージに欠かせないと考えていた、ヒューマニズムたっぷりに、である。
 開高のコピーは人間そのものであった。山崎は駆け出しのコピーライターの言葉にリアリティ、ヒューマニズムを認めて、彼の内からあふれ出る言葉を採用したのである。

     *    *    *

 ここに見られるように、開高の場合も、青山繁晴氏も、既存の記者とかコピーライターの概念というか、枠に収まらない人間として、自分の仕事を捉えようとしている。
 坪松氏の言葉を借りれば、「人間そのもの」があふれていることの魅力が開高健にも青山繁晴にもあるのだろう。

 開高健は、東京オリンピック前の1年間ほど、週刊朝日で「ずばり東京」というルポを連載していた。これが週刊朝日の中で出色の読み物となって、大評判になったものだった。つまり、週刊誌のありきたりの記者では書けないことを、東京中をルポしてまさに八面六臂の姿勢で書きまくった。週刊誌の記事を書いていた凡百の記者たちには「人間そのもの」があふれ出る中身がなかったのだと思う。

 開高も、取材対象を「冷徹に突き放した」普通の記事にしないで、そこに人間味あふれるというか、志ある探訪記を書こうとした。読者はそういう文章を歓迎し、支持したのだ。青山繁晴氏の虎ノ門ニュースでの解説を、サテライトスタジオの外で熱心に聴きに集まる人たちと同じことであろう。青山氏は普通のニュース解説ではないのだ。

 ニュースを読みたい、ウィスキーを飲みたい、その人々の認識の深部にある琴線に触れるかどうかが分かれ目なのである。
 ちなみに、開高健のライバルだった大江健三郎には、「人間そのもの」はないし、ウィスキーを欲する人の気持ちがわかる資質はなかった。大江は、東大出の受験秀才のまま作家になり、サラリーマンや商店主などの働く人の気持ちがわからぬまま、作品を書くという大失敗をやった。結果は無惨に「9条」信者に成り果てた。

 さて、おたちあい。
 日下公人氏の出色の新聞記者批判を聴いた。日下公人氏は、昨年ブレイクしたラグビーの五郎丸選手になぜ日本人が熱狂的に好きになったかを説いていた。
 五郎丸がフリーキックをするとき、目標を定めるまでは集中して厳しい表情をしているが、蹴る寸前には「あとはボールに任せた」とでもいうように、穏やかな顔になって、蹴る、と言うのだ。

 日本人はその最後の瞬間の五郎丸の顔が「わかった」のだと。だからみんなが彼を好きになった。日本人らしいいい顔だった。同感だ。あれは支那人や韓国人にはできない表情である。
 しかし新聞記者はそういう肝心なことは書かない。やれ何年ぶりにどうしたとか、五郎丸のフリーキックの成功率はどうだとか、そんなことばかり。記者はデスクから、数字になることだけ書け、と言われているからだと日下氏は言う。

 また、文章は5W1Hで書けと教えられる。そうでないものは通らない。いつもそういう枠に嵌めた記事を書かされている。
 たしかに日下氏が言うとおりだろう。
 だから記事が面白くない。五郎丸の表情なんかについて「いい顔だ」などと書いても、デスクは「なんだこれは」とはねてしまう。
 結局、新聞の文章はバカにされる。
 青山氏が言うとおり「だからマスコミはみんなに嫌われる」になる。

 記事に主観は不要だと言うのだろうけれど、そのくせ、さりげなくサヨクの主張(主観)を文中に潜り込ませるのだけはイッチョマエだ。そういうずるさに、民衆は気づかないとでも思っているのか。
 かかる反省は、いまだに新聞にはない。高学歴、高収入にあぐらをかいているうちに、萎凋は避けられなくなった。

 これは同じように、学校の教師にも言える。ただ数学や物理の教科内容だけ教えている教師は、人気はないし、軽蔑される。



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