2016年04月07日

平安時代はなぜ終わったか(2/2)


《2》
 話を薬に戻せば、そうした強精剤として渡来の支那の薬は、なかなか本格的病気には効かないとなって、改めて日本では支那の原点に返ろうとなって、「古方」を探った。その古方がすなわち漢のころまで遡って研究されたので、今日まで「漢方」の言葉が残るのである。
 そうした流れに乗って支那から『傷寒論』のような書物が注目され、病気に効く薬がさかんに求められるようになっていった。日本古来の民間療法から和法も試されただろうし、和方と漢方が融合されるようになっていったのだろう。
 当時、すでにして日本の医療界は支那を凌駕するほどに優れていたそうだ。

 わが国で、漢方医学が本格的に研究され治療に用いられるようになるのは室町時代からとされるが、話を戻すと、平安時代末期は、病気の本格的治療の対象は天皇家と貴族だけである。
 彼らだけが薬を必要とした。必要があるから漢方が取り入れられ、民間療法が試される背景があった。

 その薬が必要になる貴族社会はなぜ病んでいったかを説くことなしに、社会科学的手法の政治や経済だけで時代は解けなかろう。教科書では、荘園の管理がどうのと説かれているし、それも否定はしないけれど、なのだ。

 もう一度言うが、天皇・貴族たちは屋敷内にたれ込めて運動をしなかった。全国の荘園主や地頭に任せっぱなしで租税を徴収していればよかった。それで内臓を悪くし、体調を崩し、ますます運動しなくなる。認識だけで脳を使うのだった。脳は統括器官であるから、運動とも消化とも一体となって働くようにできている。

 脳がものを考えたり思ったりすることは人間である以上は止められない。眠っていても認識は働いてしまうほどだ。ついでながら、人間は死ぬ間際であっても夢を見る。そこで夢のなかで三途の河原まで行ったが、家族が枕元で呼ぶ声がしたので、幸運にも生き返えれたなどと言う話ができる。実際にあの世の入口まで行ったのではなくて、夢なのである。スウェーデンボルグは生きながらにして死後の世界を見てきたと霊的体験を書いているが、あれは虚言でないとしたら夢なのである。

 悪夢は体調を悪くする原因の一つともなる。逆にいうと、脳を認識だけで使いまくっていると、眠れなくなっていく。寝る前に悩み事が起こったり、悶々と、イライラとしたりしたまま床につくと、眠れないことがあるだろう。そういうことが毎晩続くと、それだけで内臓が本来なら睡眠中は休むべきが働かされてしまうのだ。

 脳は運動器官も消化器官も働く状態になっていないのに、本来の統括の使い方をやってしまう。消化器官は運動器官のためにあるのだから、手足が運動していないのに、内臓ばかりが空回りさせられる。とりわけ睡眠中に、である。
 こうやって、平安貴族たちは、頭はボロボロ、体もヨレヨレの状態になっていった。これでは貴族社会はもたない。

 人間には手足に内臓のツボがあり前身に経絡が走っているのは、こうした統括器官、運動器官、消化器官が本当は全体で一つであるからであり、それを実体は別々であっても、機能としては一体でなければならない(一体となっている)ので、そこを関連させる機能を担う必要があるのである。

 ところが源氏を中心とした坂東武者たちはそんな貴族並みの生活はしていなかった。野山を馬で駆け巡ったり、近隣の領主の土地争いに兵隊として駆り出されて戦争をしたり、移動するにも自分の脚で一日中歩いた。こうしてとりわけ足は大地をしっかり反映するから、これは動物本来の頭脳の健全な使い方であった。頭脳が認識のための認識で動かされることもあったにせよ、外界の反映で像を創る本来の頭脳の働きを為していたのである。

 食べ物も、貴族社会ではうまいものを希求したあげくに、手のこんだ料理が食されていたが、武士たちはそんな贅沢はなく、料理といえるほどのものではない、自然に近い素材を生に近く食べていた。

 地球は大きな磁性体である。そこに住む動物も植物も磁性体だ。動物は地球が変化したものである植物や動物を食べて、磁性体を維持する。あるいは大地や樹木に直に触れ、水を飲み、地球が湧かした温泉に漬かる。こうしたことで磁性体を取り入れ、磁性体を維持していると病気にはならない。
 自然の湧き水が旨いとか、体に良いのは、成分のせいもあろうが、第一には自然の水は磁性体だからである。磁性体が強まれば体にいいし、薄まれば病気を招く。

 貴族は足袋を履き、靴を履き、屋内で生活していたから、どうしても地球の磁性体が薄れる。それに引き換え、鞍馬の山中で過ごす人間は磁性体にあふれた森林の環境にいて、磁性体を多く含んだ食事をして、嫌が応にも体調は良くなり、頭脳は冴えるのである。

 寺というところは冬でも、僧たちがろくな暖房もなく、薄着で過ごせしていた。それは体がきちんと磁性体化できていたからである。野生の動物は冬だからといって、厚着をするわけではなく、雪の上でも寝る。人間も磁性体ならばこそ、動物と同様に寒さには耐える。
 エスキモーが北極の酷寒に、いくら毛皮を着ているからとて耐えることができるのは、生肉を食べるからで、生肉は煮たり焼いたりした肉より磁性体が豊富だからである。

 料理は人の手で料理が込み入るほどに地球から離れていき、磁性体を失う。贅沢な料理を食べていた天皇・公家ほど病気になる。武士や百姓は、料理ではなく、いくらか食べやすいように煮たり焼いたりする程度で地球から離れない食物を食べていた。煮炊きする燃料も潤沢でない分、柔らかく煮込む料理にできないのも幸いだった。
 こういった理由によって、貴族は癌や内臓の病気で弱っていき、武士は粗食ゆえに内臓病は少なく済んだのでもあった。

 武士たちは、本来の生命体のあらまほしき有りよう、つまり運動器官、消化器官、統括器官は、いわば三位一体的に健全なありかたで駆使されていた。つまりは健康そのもの。頭は冴え、運動能力は高まり、内臓も元気潑溂、とこうなっていた。その人間たちが新しい時代を担うのは必然であったのだ。
 これが平安時代は鎌倉時代に、貴族は武士に、移行せざるをえなかった背景の謎解きである。

 ここから私たちは、自分の健康や頭脳の活性化のありようを学ばなければなるまい。平安貴族のような不摂生をしていれば衰えるということであり、鎌倉武士のように生活すれば、活躍できることになる。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする