2016年04月20日

「歴史の底を流れる大海流」とは(1/2)


《1》
 月曜、火曜と続けて、ギャンブル依存やアルコール依存症から脱却するにはとして書いた「疎外」と「観念的対象化」について、もう少し続ける。
 これは2007年にブログに書いた「『夏子の酒』と思想性の高み」で説いた一部をもとに書き直してある。
 『夏子の酒』は尾瀬あきら氏作の漫画で、ドラマ化もされた。新潟のある酒造を舞台に、極上の日本酒を主人公夏子がつくっていく話である。酒造り一般を例に「疎外」と「観念的対象化」を説いている。

 人間の認識の誕生は、そもそも樹上生活をするサルの「問いかけ」から始まった、と『看護のための「いのちの歴史」の物語』(本田克也ほか著 現代社)に説かれている。人間の認識が問いかけ的に形成されることは必然であり、原基形態である。そこを踏まえて、われわれ人間が認識(志、思い、夢、感情…というもの)を形成するに当たっては、必ずなんらかの形で対象に問いかけることがわからなければならない。

 酒づくりも米づくりも、問いかけから始まるのであるが、その問いかけレベルの質の差によって、対象の反映の仕方(問いかけに対する答)が変わるのである。
 粗製乱造の酒を造る人間と、誰もが感嘆する酒を造る人間とでは、問いかけのレベルが違ったのだと知るべきである。

 譬えては悪いけれど、アジアとかアフリカとかで百年も千年も同じレベルの酒しか作れないでいる民族は、もっとうまい酒をとか、品のある味をという問いかけの実力を持とうとしなかったのだ。
 なぜかの謎解きを、私はそういう地域は戦乱と平和が交互に訪れることがなかったせいで、人間が起きてしまった戦乱を反映し、必死にその意味を問いかけようとしたから、認識が見事に磨かれたのだと思うと書いてきた。

 酒づくりの職人たちもさまざまなレベルの人間がいただろうが、なかには優れた問いかけをした人間も現れる。それは、賤民に落とされた人間だったからこその問いかけによって「心意気」が生まれたと考えられる。
 類似の例としてこれは、ドイツに哲学が興隆したのは、ドイツが欧州のなかでド田舎とバカにされていたから、それが悔しくてがんばったからであるし、南ク継正先生が空手を世界に冠たる武道哲学にしたのも、空手が剣道や柔道に比べて卑しいものと差別されていたから、がんばって…なのである。

 柔道や剣道は、歴史があったというより、いずれも小説によって創られた虚像(といっては言い過ぎかも)によって、大衆の人気を博したせいもあって、その人気にあぐらをかいてしまい、技論、上達論、勝負論の構築などほとんど顧みられることがなかった。これでいいのかという問いかけをしなかった。したがって、バカにされる悔しさをバネにして、己が関わる対象のレベルを引き上げる情熱が生じなかった。

 柔道、剣道、合気といった本来は武道だったものは、創始者が「偉大」すぎてその考えを後進が金科玉条にしたり、早々とスポーツにして仲良くやっていく道を選んだりした。
 ところが空手はいつまでも群雄割拠、戦国時代が続いている。仲良く和合しようとする流派もあるだろうが、一匹狼であろうと、独自に「ナンバーワン」を目指そうと研鑽するわが流派も出現した。だから発展できたのである。

 日本酒の見事さも、そういう事情を考えなければいけない。酒造りといっても、多くは大手酒造メーカーのような安く作れて売れればいいとする堕落したところだっただろうが、なかには、文化を創造するような人間が登場するものである。空手界と同じである。

 自分が劣っていて、悔しいだけではダメで、悔しさをバネにするには、どうしても仰ぎ見る存在があって、そこを一定程度は目標とするし、それを超えようとしなければ、がんばる動機足り得まい。仰ぎ見る、とは、そういう存在に対して、「なぜ?」とか「俺もああなるにはどうしたら?」というような問いかけが行われ、それゆえ相手の優れたところが反映するのだ。憎むだけではなくて、問いかけなければ、貴族文化の優れたところは反映してこない。

 わが流派では『型』の写真解説の本があって、その“まえがき”のなかに以下の文章がある。「そもそも人類の歴史なるものは、いかに堕落しきっているように思えても(見てとれても)、その歴史の底を流れる大海流は巨大なウネリを隠しもって進んでいるのである。そこを論理的に見てとれる実力を有しているかどうかで、その諸君の人生の岐路となる」と。

 この「歴史の底を流れる大海流」という表現にある、人間の“より素晴らしき”を求める意志こそが「海流」の正体であろう。
 夏子とその仲間たちは、その「大海流」を見てとれる人間だった。

 彼ら酒づくり職人の信仰の対象たる「松尾様」というのは、酒造りの神様ではありつつ、彼らにとってはその神様が「大海流」の代わりなのであろう。

 三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』には「神や仏は、人間が頭の中につくり出した空想を観念的に対象化したものです」と説き、「神や仏が能力を持てば持つほど人間は無力でみじめになり、人間の能力や努力を認めれば認めるほど神や仏が無力になるという意味で、両者は敵対的な関係」だと言っている。いかにも「松尾様」も観念的自己疎外であって、つまり、人間が空想した神でありつつも、その観念的対象が自己を規制してくるものだ。

 三浦さんの宗教批判は正しいが、これでは一面的な捉え方である。むろん現代のわれわれには、観念的自己疎外としての宗教は不要であるけれど、昔の人が(この場合は酒づくりの人たちが)、「松尾様」を観念的に自己疎外したから、優れた酒文化を創造できたのも事実として認めなければなるまい。酒づくりの理想を観念的に対象化した神に託し、それを自己に良い意味で規制した。それしか、昔の人としては方法がなかろう。

 昨日のブログで南郷継正著『武道と弁証法の理論』の一節を紹介したとおり、観念的自己疎外とは、「自分自身の観念を対象化したもの。芸術、文学など。対象化する、とは分身を創るということ」であった。

 日本の征服者であった藤原氏は、決して百姓仕事をせず、奴隷女を侍らせて酒盛りをやっていたので、支那の輸入文化しか頼るものがなく、脳細胞が衰えていって、平家、源氏の武家勢力の前に敗退していく。藤原一族は独自の文化を創らず、文化を消費しただけのようには見えるが、それでも仕事にあくせくしない分、じっくりと落ちついて熟成はさせたのであろう。完熟させたことと、奴隷支配の傲慢さゆえに、自己変革できず新しい時代に適合できなくなっていくのだが、一方で日本原住民からみれば藤原貴族の文化、あるいは支那の高度な文化には、憧れもあったはずである。

 八切止夫によれば、藤原政権に対して徹底抗戦した「まつろわぬ者」たちは漢字すら(明治になるまで)使わないとか、女尊男卑の風習を変えなかったというけれど、平家や源氏は抵抗勢力ながら、貴族の文化を踏襲してもいるのである。
 「憧れ」がなければ、レベルの高い「問いかけ」も、青雲の志も生じない。平家系原住民だけでは、良い酒はできず、まさに貴族との相互浸透のおかげで日本酒が、どぶろくからワンランク上の“より素晴らしき”レベルへと上昇することができた。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする