2016年05月02日

東大総長式辞のお粗末


 2016 年東京大学入学式が4月12日に行われた。式場の日本武道館には、今年も大量の親どもが蝟集する醜態をみせていたようだ。
 なんで大学の入学式に親がでしゃばる? そこから止めなければ東大に再生はない。新入生も、口に哺乳瓶をくわえているように見える。みっともない。

 今年から東大でも推薦入学が始まったとかで、ニュースになっている。推薦入学者を入れれば、頭でっかちの東大生がいくらかでも減ると思ったら大間違いである。

 現在、東京大学総長は五神真(ごのかみ まこと)がやっている。東大だけが「学長」といわずに、ヤクザみたいに「総長」という。鼻持ちならぬエリート意識。五神が入学式で式辞を述べているのを、東京大学のHPで読んだが、けっこう長文で、会場で聞いていたら眠くなるのではないかと感じた。以下引用したあたりがサワリだろう。
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 皆さんには、これまでの学びのスタイルをより能動的なものに切り替え、「自ら原理に立ち戻って考える力」、「忍耐強く考え続ける力」、「自ら新しい発想を生み出す力」という三つの基礎力を身につけて「知のプロフェッショナル」となることを目指していただきたいのです。範囲の限られた知識を吸収することとは異なり、三つの基礎力には、要領の良い習得法というようなものは存在しません。

 目標と意欲をもって、かなりの時間にわたる努力の継続が必要になります。しかし、足を一歩前に踏みだせば、これはつらい作業ではなく、刺激的で魅力的な楽しいことだと感じるはずです。皆さんはその扉、すなわち学問の扉を今まさに開こうとしているのです。魅力あふれる知の世界での、皆さんの挑戦、それを私たちは全力で応援したいのです。

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 なんと嘆かわしい訓示だろうか。全編これ「言葉で考え」ていて、いささかも「像で考えて」いない。これがもし東大生にわかるなら、そちらのほうがどうかしている。恐ろしいことだ。こんなことでは、絶対に「学問の扉」が開けるわけがない。しかも「応援」だと?運動会かお前らは。
 五神はまた、新入生に対して「新聞読みますか?」と問いかけ、インターネットや記事のヘッドラインだけでなく、本文を読みましょう、また海外メディアの報道とも比較しましょうなどと言っている。お前等中学生かッ!? 本物の人の道が説けない学長じゃ情けないだろうに…。

 「真の知識は人がみずから経験し、思考することで生み出される」だと。さも立派なことを述べているようだが、こんな簡単なことなら苦労しない。この低度しか考えていないから、東大から学者も藝術家も誕生しなくなったのだ。学問は体系だとも、一般教養がいかに大事かも説かれない訓示なんて…。

 五神は東大工学部の物理を専攻してきた人間で、察するところ、理系の勉強ばかりで感情が抜けているやに思われる。理系は感情が薄くなるから、本当に恐い。學で成果が挙げられない(ノーベル賞は無理)と諦めて、学長で君臨する道を選んだのだろう。学者を志して東大に入りながら、学長とかの出世コースに行くのは、転落である。

 また、受験勉強秀才に量質転化しているほとんどの学生を、いかにまともな人間、感性豊かな人間にしてやるかが東大の重要課題なのに、それがまったく意識されていない様子もここから伺えて、悲しくなる。
 新聞読んでますか? と総長が語りかける低レベルも東大の現状を現しているが、「知のプロフェッショナル」という空疎な言葉を云々する東大教授らには寒心するしかない。

 ところで、評論家・青山繁晴が4月14日の「虎ノ門ニュース」で、この4月から東大で教えることになったと自己宣伝していた。客員教授にでもなったかと思ったら、学生自治会主宰の自主ゼミなんだそうだ。そのゼミが「知力の再構築」と題するものだとか。
 これは彼の説明によれば、「頭の力をもう一回、組み直そう。受験脳に現実というヤスリをごりごりかけて、現実に使える頭にすること」を目標にしている。

 青山繁晴は、受験勉強とは模範解答があって、それを探す脳をつくってきている。だが、現実の世界は今、アメリカは凋落し、EUが経済崩壊、難民問題で揺れ、支那はバブルがはじけて国家崩落が始まっている。世界には模範解答はもともとないところへ、今はいっそう世界が壊れていって模範解答がどこにもない。
 模範解答を探す頭になっている秀才が高級官僚になっていけば、これまで以上にもっと日本はおかしくなっていく。

 だから受験脳にヤスリをかけて直しましょうというのが、自主ゼミの主旨なのだと述べている。徹底的な東大批判もやった、と。ゼミに出た東大一年生のメールを紹介して、青山は世界の現場第一線を取材して歩いて、現実問題に真正面からぶつかって知力を再構築してきた人だから、話がとても面白くためになった、と言ってきたそうだ。

 「受験脳に現実というヤスリをかける」とは変な譬えで訳がわからない。いかにも模範解答だけ暗記してきた受験秀才諸君には、模範解答がない現実世界で、最前線にいる人たちがいかに対応しているかの生の話は面白かろう。だが、それを聞いて、受験脳が消えるとは思えない。知識が増えるだけである。
 
 受験秀才の根源的宿痾は、先週あたりから再三言ってきたように、認識が感情にならないまま大人になっていることなのである。認識が感情になるような訓練を、少なくとも東大では教養学部の間にシビアにやって、取り戻さないことには、青山の目指すところは実現しない。知識が増えるだけである。

 バクチ、酒、薬物依存は悪いと知りながら止められない、そういう心の病気と、東大生が受験勉強の“達人”になるのは、基本的に同じことである。東大生は模範解答を詰め込む勉強が「やめられない止まらない、カッパえびせん♪」になっちゃったのだ。
https://www.youtube.com/watch?v=sIHIkGxraNs
 バクチは悪いことだが、東大に受かることは良いことと、世間常識では見ているから、いいようなものの、心の病いの構造は同じである。

 どちらも、ずばり言って「認識を感情に」出来そこねた青年なのである。だから東大ひとすじで生きてきた五神総長の訓示からもわかるとおり、彼・五神の認識には感情のカケラもなくなっていることが見てとれよう。
 東大生がもし本気で「知力の再構築」を志すなら、東大にもあるわが流派の空手に勤しむしか道はないのである。武道空手の修行によってのみ、まっとうな認識を感情にできる道が開ける。

 今は東大に限らず、人をテストだけで決める。学科試験だけが秀でた者が東大に行く。その弊害をいかに克服するかの理論を持っているのはわが空手流派だけだからだ。わが流派だけが、人間論があり、人間は認識的実在であることを知っている。技は心が使うのだから、心が(つまり感情が)できあがっていなければ、技は使えないからである。空手流派の中には突きのスピードはいくらだとか測って自慢している向きがあるらしいが、そういうことをやるとダメになる。人間は機械でもモノでもない。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする