2016年05月15日

舛添要一クンの辞職を勧める


 13日金曜日に、都知事の舛添要一が定例記者会見で、一連の政治資金疑惑で釈明していた。
 なんで、政治家や役人となあなあの関係になっているマスゴミ記者のクズどもと対面して釈明を済ませたことになるのか。ふざけるな。
 都民の代表を選抜して、知事と対面して質疑応答、甘んじてつるし上げを受ければ、舛添はあんなニヤニヤした態度では済まなかっただろう。

 マスゴミ記者も、普段領収書をごまかしたり、接待費で豪遊したり、私的な酒席なのに帰りにタクシーを使って会社のタクシー券で落としたり、企業だのの接待を受けたり、会社のカネで海外で遊んだりしているんだから、舛添を糾弾する資格はない。なのに偉そうにものを言う態度には呆れる。

 舛添がいけすかないゲスなのは、昔からわかっている。顔に品性がない。さして才覚があるわけでも話が面白いわけでもないのに、マスゴミに拾われてタレントに育てられ、名が売れているのを利用して政治家になっただけの男であった。
 あんなカスを都知事に選んだ都民が馬鹿なのである。
 舛添は行政では無能のくせに、都市外交をやりたいと抜かす。現代は古代ギリシャの都市国家が点在しているのではないから、外交は政府がやることだ。地方自治体が勝手にやることは許されない。個人の名誉欲とマスゴミに出たいだけ。

 「虎ノ門ニュース」でジャーナリスト有本香が言っていたが、もはや民選知事は止めるべきかもしれない。有権者も馬鹿で有名人ばかり選んでしまう。大阪も東京も。だから不祥事ばかり起こす。田母神が都知事になっていたら、彼も行政能力はゼロだったろう。

 週刊文春で暴露された今回の舛添の不始末。私的遊興費を政治活動とウソをついて税金を奪った罪は重い。
 ゲス舛添は、合法だからいいんだ、帳簿のツケの間違いは訂正して返金すればいいんだと主張した。
 政治家がこうしたカネのスキャンダルで取り上げられるたびに、適当に言い繕って、法にしたがって適切に処理していると抗弁することが多い。

 合法かどうかで問うなら、合法なのだろう。「道義的責任」にも政治家どもは軽く触れるが、ほんの申し訳程度のことだ。
 しかし、舛添が政治資金に付けた遊興費や、飲食代、絵画購入、散髪代なんかは、いくら合法であっても、やってはいけないことなのである。それが人の上に立つ政治家の、あるいは税金をいただく身の、倫理である。税務署の理屈とはまた話が違う。

 マスゴミの記者どもは、舛添に「これは合法」と言い訳されると、みんな黙る。せいぜい「道義的責任は?」と問うだけで、それに対しても、「はい、道義的責任は感じています」とか「まことに不徳のいたすところで、今後しっかりと職務を全うして行きます」と答えられると、もうそれっきり。

 金曜日の舛添とマスゴミ記者の応答なんか、屁のツッパリにもならない。茶番である。「適法」「道義的責任」これらはただの言葉であって、税金を重いものとする感情が欠落している。舛添も東大出、マスゴミの記者どもも一流大学出ばかりだから、こういう言葉さえ出ていれば、なんの感情も湧くことなく、「わかってしまう」事態になる。言葉で満足して終わる。

 それこそ爪に火を灯すように節約して暮らしている納税者の感情が、舛添もマスゴミ記者も理解できないアタマになっている。庶民は正直の税金として払ったカネを舛添が、寿司屋やレストランで飲み食いし、「政治活動だ」と平然と言うことに、どんな感情になると思うのか。嘘をついても言い逃れすればいい、というのだから。

 だから冒頭に書いたように、税金を払っている都民のなかから選抜して、糾弾集会に呼べば、もっと白熱した討議になるというのは、都民のほうが感情がこもるからである。マスゴミ記者はその感情が薄い。舛添問題の記事さえ書ければいい、それもお定まりの記事にすれば事足りる。

 虚偽記載ではありません、仕分けをした会計責任者が勘違いしただけです、との舛添の醜い責任転嫁を、マスゴミ記者どもは「あ、そうなの、じゃあいいや」にしてしまう。
 舛添があとから弁明してもダメなのである。
 そもそも、「李下に冠を正さず 瓜田に履を納れず」の諺は小学生でも習うことである。そんなことを舛添もトボケたし、記者どもも知らないふりをしたことが、ゲスの極みである。

 日本人の国民性は、「李下に冠…」であったはずなのに。だからいくら重要な会議を酒席でやった、旅行しながらやった、としても、政治活動費に入れることそのものが間違いなのだ。
 瓜田に履を入れただけで上に立つ人間の資格はない。瓜を盗んでいなくても、である。それだけのことで、適法に処理したかどうかなんて問題じゃない。

 舛添が、ヨーロッパ視察、アメリカ視察で大名旅行をやらかしただけで、その随行に行った都庁職員もクビである。
 湯河原の別荘に公用車で行き来したことも、これは有権者・納税者を裏切ったのだ。公私混同という疑いを持たれただけでどう釈明しようと、レッドカードなのである。
 なのに舛添は「まったく問題ない」とか「都内の自宅では湯船に足を伸ばせない」とかバカを言った。

 都民の同情を買おうというさもしい、いじましい、すれっからしのバカである。人工関節を入れているから、辛いというなら、都知事になるな。都知事になる人間であれば、そういうことは口にしないか、死ぬまで黙っているものである。それが人に奉仕する者の態度であり、プライドではないか。

 遊興費を政治活動費に入れたのが虚偽記載かどうかより(虚偽記載だが)、政治家として、人間として使命感、責任感、誇りがないことが問題であり、辞職に値することなのである。

 定例会見の最中、舛添はなんどもグラスから水を飲んでいた。そのたびに、コップを持つ手に反対側の手を添える「朝鮮式飲み方」をしかけては、慌ててやめているのが見てとれた。つい癖になっているらしい。ああ、やっぱりヤツはあちらなのだなと、わかってしまった。

 これだけ都民から軽蔑され、元妻の片山女史にも引導を渡されたんだ、恥ずかしくて知事はやっていられまいに。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(6) | エッセイ | 更新情報をチェックする