2016年05月28日

人工国家イスラエルの欺瞞(2/2)


《2》
 第二次世界大戦後、イスラエルを建国したのはアシュケナージ系ユダヤ人で、彼らは国家を創るのに“国民”を必要とした。ずいぶん汚い手も使って、ユダヤでありさえすればいいとばかりに、世界中に散らばる“同胞”をかき集めたのだ。

 千年も二千年も中東に住みつづけ、それなりに定着しているユダヤ人は、新天地イスラエルへの移住をためらっていた。それでシオニストたちは、例えばイラクならばイラク人から迫害され、脅されているユダヤ人を救うと称して、イスラエル工作員がひそかにユダヤ人地区でテロを頻発させた。イラク人がユダヤを迫害していると芝居を打って、やむなくイラクのユダヤ人がイスラエルに逃げるしかない状況をつくった。
 中東のアラブ人たちがイスラエルを憎悪するのは当然であろう。

 イスラエルは建国以来、周辺のアラブ系住民に囲まれていた。そもそもアラブ人(パレスチナ人)が住んでいた土地をイギリスやフランス、アシュケナージらが強引に割り込んでアラブ系の住民を追い払ったのだ。根拠は相変わらず聖書の記述だけで。
 ユダヤが敵視されるのは当然である。ユダヤとアラブは紀元前から反目しあっているのだから、どだい友好できるわけがない。

 イスラエルはパレスチナ人への対抗手段として人口を増やし、アメリカ在住のユダヤ人の献金で儲け、せっせと砂漠を緑地化して繁栄していった。砂漠に文明社会をいきなり築いたのである。文明社会には、富裕層とそれを支える下層階級が、(嫌な言い方だが)必要な要素である。
 富裕層を目指したアシュケナージは、単純労働や兵士、人が嫌がる汚い仕事をさせるためにも、貧しい階層を意図的に創らねばならなかった。

 それで目をつけられたのが、エチオピアなどで最下層に押し込められていた、「聖書」だけが根拠のユダヤ人を連れてきて、働かせることだったのだ。キブツという集団農場は社会主義的試みとして、きれいごとを言ってつくられたが、下層民には土地を持たせない仕組みにして、農業に従事させ搾取したのであった。
 体の良い奴隷だが、アシュケナージの言い分としては、エチオピアで貧困、飢餓、差別に苦しむよりイスラエルはましだろうとうそぶいたのである。

 歴史は繰り返すと言われるが、昨年あたりからヨーロッパで大問題となっている中東からの難民・移民問題は、いわば形を多少変えた「モーセ作戦」「ソロモン作戦」なのであろう。
 ヨーロッパの資本家階級は、安価な労働力が欲しいだけなのだ。

 当然ながら、聖書は紀元前からしたためられてきた歴史書でもないし、史料でもない。ユダヤ教と言っても土俗宗教としては多種多彩だったろう。そのうえイエスは古代ローマ帝国がデッチあげたイカサマ宗教なのだから、アダムとイヴだのモーセだの、シバの女王だのは神話である。
 それを強引に根拠に、ユダヤ教キリスト教の宗教者たちは、既得権益を創り維持するために、貧しい民を洗脳し、支配の根拠としていった。

 今の難民・移民は、本当のシリアからの難民は少なく、それに便乗して、少しでも楽な生活がしたいと中東、東欧、北アフリカからやってくる連中である。それも悲惨の極みだが、ヨーロッパの白人社会に入れば入ったで、虐待・差別で苦しみ続けることは必定である。
 白人の一般庶民も苦しむ。

 ヨーロッパで、かかる難民・移民を排斥する主張を掲げる政党が支持を増やしているけれど、それを日本のマスゴミは「極右」とか「ネオナチ」と罵倒する。そういうレッテル貼りは実情を何も考えない。平和で経済的に安定してる欧州の社会に難民・移民への強い斥力が生まれるのは当たり前である。

 安倍政権と自民党は愚かにも外国人労働者を大量に受け入れ、不足がちな労働力を確保しようとしているが、官僚も政治家も、「数字」しか見ていない。彼ら受験秀才の成れの果てが、才子才に溺れて最悪の政策を強行し、苦しむのは庶民になる。
 彼ら受験秀才どもは「現場」とか人間の心とかがどれほど惨たらしいものになるかが分かっていない。日本社会が盤根錯節と化して、塗炭の苦しみにのたうつようになるのに。支那や韓国は巧妙に日本へ労働者の提供と称して、民度最低のクズを送り込んで来るに決まっている。

 まして厄介極まるのが、『約束の旅路』でも描かれているが、それぞれの宗教である。宗教対立ほど凄まじいものはない。差別にも殺し合いにもつながる。
 本当に人間とは度し難い生き物で、神なんかいるわけがないのに、未だに信仰する己れの愚かさを自覚できない。しかも他の宗教を徹底して馬鹿にし、排斥してやまない。最も悪質なのはキリスト教、ユダヤ教であった。テメエたちだけが神に選ばれた民と妄想して、それを信じない者を皆殺しにしてきた。

 日本に大量の難民、移民を招き入れるとは、宗教騒乱を引き込むことでもある。実際にキリシタンが侵入してきたときに九州あたりで起こったことでは、宣教師が日本人を改宗させ、各地の仏教寺院に打ち毀したのだ。
 支那の義和団事件について高山正之氏が『変見自在(習近平よ、反日は朝日を見倣え)』で説いていたことは以前にも紹介したが、再度しるしておく。

 「義和団が暴れ出した発端は布教にきたドイツ人宣教師らの傍若無人な振る舞いにあった。彼らは特権を笠に着て、仏教寺院を壊してはキリスト教会に建て直していった。彼らは専横で乱暴だった。
 仏教徒は怒って抗議したが、白人宣教師と中国人信徒はそれに暴力で応えた。」

 これがキリスト教の裏の面である。この映画でも、アシュケナージどもは、エチオピアからの人間にアシュケナージの風習である、割礼を強いようとして、猛反発を受けている様子が描かれている。
 黒人ユダヤを騙して、割礼に従わせようとするアシュケナージの医師の邪悪なことと言ったらない(役者は名演技だ)。

 これをみるだけでも、ユダヤ人がただ一方的にナチに迫害されたかわいそうな人々と見るのは間違いだとわかる。彼らの傲慢と邪悪はなにもパレスチナ人を殺しまくるだけではなく、“同胞”にも向けられるからだ。
 日本が難民・移民を受け入れるなら、彼らに宗教活動を禁じるべきである。嫌なら来るな、で良い。

 難民を大量に受け入れるとは、どういうことか、こういう映画を観て、数字、統計ではないリアルな像をみんなが持つべきではなかろうか。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(3) | エッセイ | 更新情報をチェックする