2016年06月29日

遊郭とは何だったのか(3/3)


《3》
 谷沢永一氏は『もう一度読みたい昭和の性愛文学』の中で、一番に推奨しているのが富島健夫の性愛小説である。
 富島健夫は、宇野鴻一郎、川上宗薫とともに官能小説御三家みたいにいわれていた時期(1980年代)があった。彼は早稲田大学仏文科を出て、はじめは純文学をめざしていた。デビュー作が芥川賞候補になったほどだった。
 Wikipedia には、「1960年代からは青春小説、ジュニア小説に着手する。性の問題を回避して青春の文学は成立しないと主張し、それまでタブー視されていた10代の性の問題を正面から扱い、1969年『ジュニア文芸』(小学館)に連載された『おさな妻』はテレビや雑誌等で賛否両論を呼んだ」とある。

 富島は後年はポルノ専科になったが、純文学を志していたから、ただの扇情的エロ小説にならなかったことは首肯すべきことだった。
 他のポルノ作家とは一線を画していたのである。
 谷沢氏も、富島健夫が小説のなかで性交を描写しながらも、男女の体だけでないココロの機微にも触れていることを高く評価している。

 谷沢氏は、富島健夫の短編『ベアトリーチェ陵辱』と長編『処女連盟』を著書で称讃している。戦後文学で性交を描いた第一人者は富島健夫だと述べている。

 谷沢氏は富島健夫のほかにもう1人、強く推している作家がいる。広山義慶で、紹介しているのは『女喰い』(祥伝社刊)である。この小説はタイトルはえぐいけれど、なかなかの秀作である。
 主人公はスケコマシでかつヒモで食っているという設定である。
 素人の女をこましては、性技でとことん官能の世界に溺れさせ、貢がせる。私も若い頃、谷沢氏が本で勧めているので、読んだことがある。

 勉強になった。だが、五輪選手並みに体力をつけ、仕事並みの持続力と情熱がなければ、とても女を取っ替えひっかえ毎夜、なんども昇天させるなんてことはできはしないから、あくまで小説での話ではあるが、性交の教科書としては満点であった。男にとって女のヒモとなって暮らせれば楽かと思いきや、とてつもない体力とご奉仕のココロが必要なのであった。

 日本では、依然として性交は何が正解なのか闇の中である。AVやエロ本で密やかに学ぶ実態で本当に良いのか。かといって医学的かり解剖的見地で説かれても何の意味もない。
 世間で流布している曲解に惑わされることなく、男女が健全で十分官能に浸れる性交はどうあるべきかを、文章の冴え、機知、諧謔などで味つけした文学があってもいいのではないかと谷沢氏は説いているように思う。

 まだまだ性はタブーだらけである一方で、下品でどぎついエロが裏社会でまかり通っているのは健全なありかたではあるまい。
 今回は思い切って性について書いてみたが、振り返って気づくことがある。それは日本人がいかに性について、両性どうしを大事にしてきたか、これである。夫婦の間柄も、遊郭の存在も、それは決して忌まわしいものではなかった。

 途中で『我が秘密の生涯』を紹介したが、あれは裕福な階級の男が次々に下層階級の女を誑かしカネを握らせて犯しまくる小説である。自分の欲望全開で、いささかも女性に対する思いやりも尊崇もない。それに引き換え、日本人は性交はうまくいかない場合もあったかもしれないが、互いを労る気持ちでは西欧の人間に負けていない。

 以前、軍事評論家・井上和彦氏がラバウルの戦跡を訪ねた動画を見たが、かの地では、今も原住民が日本人と見ると笑顔で手を振ってくれ、兵隊さんから教わった「もしもし亀よ」や「海ゆかば」「ラバウル小唄」を歌ってくれる。日本人に対する感情はすこぶる良く、女学生さえあの戦争も日本が勝っていたらもっと良かったのに、と言うそうだ。
 それは当時の日本軍の将兵が、決して現地の人々、とりわけ民族にとって大事な女性を尊重して、決して強姦などしなかったことを物語っている。

 ラバウルの話は遠いようではあるが、昔から、日本人は軍隊でさえ、女性は大事にしたことの証左である。それは国内での男の女性を尊重するありようが外国に出ても失われなかったのだ。ラバウルにも慰安所はあったが、将兵等は現地の女性を襲わなかった。韓国軍やアメリカ軍のような女性蔑視の思想は持たなかったからだ。

 韓国軍は南ヴェトナムで罪もない女性に襲いかかって私生児「ライダイハン」を夥しく生ませた。スペイン人は中南米で、英国人は北米で、インディアンを強姦しまくった。

 支那人は最近でも、文化大革命で強姦しまくり殺戮しまくった。
 戦前、佐藤慎一郎が書いた『大観園の解剖 〜漢民族社会実態調査』(原書房)は、日本統治下の満州ハルピンの漢人地区のおぞましい阿片窟、売春窟を克明に調べ上げた報告書だが、見事な記録文学になっている。支那人の性、売春、阿片中毒の実態を知るには絶好の書である。

 ここでも最下層の支那人は、廃人になっても阿片も売春・買春も止められないで死んでいくのである。最後は着るものさえ売って、なけなしのカネで阿片を吸い、女を抱こうとする。そしてついに全裸で路上に放り出される。異性への思いやりなどかけらもない。
 いずれこの本は取り上げたいと思うが、目も口も開けていられないほどの酸鼻を極めた性欲のありようが描かれる。

 他国では男はみんな性欲に飢えただけの狂人どもで女性を徹底的に陵辱してやまない。『我が秘密の生涯』にある性欲の暴走をそのまま現地に持ち込むようなものだった。

 日本人はそうではない。富島健夫や広山義慶の小説も、性交を書いた小説に違いないが、基本は男が女をいかに悦ばせるかに専心し、その女を悦ばせることが男の快楽であるとする小説である。いわば「即自対自」のありようであって、韓国人やスペイン人のごとき、性を「即自」でしか捉えられない手合いとは異なる。

 遊郭は悲しい場だったかもしれないが、その場でさえ、私たちの先祖は人を決して家畜扱いしなかったことだけは忘れてはなるまい。
 わが国では性交においても、男女に論語に言う「其れ恕か」、つまり「思いやり」の美徳があって、そのうえに性の欲望が上乗せされて連綿と歴史を紡いできているのである。
 
 ただ戦後は受験勉強が激しくなり、実物を反映して感情を創る学習がなされなくなり、東大を典型例として感情が薄く育つ若者が増え、人への思いやりもなくなってすぐに離婚になった決着するようになった。赤ちゃんのときから紙おむつと粉ミルクで育つ子が増え、これもまた人間的感情を乏しくしている原因になっている。







posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする