2016年07月30日

軍隊は国民の芯(2/2)


《2》
 世論やら護憲派サヨクやらが、自衛隊は軍隊じゃない、専守防衛だとか抜かして、戦争ができないようにしてある。あれもこれも、みんな支那や南北朝鮮の指示命令で護憲派が動くからだ。
 私は陸自の富士火力演習にも行ったことがあるし、海自の相模湾での観艦式にも行ったことがあるが、まさに形ばかりは軍隊だが、隊員が軍隊の顔をしていない。

 旧軍のシャキッとした若者の顔などどこにもない。以前、クルマを運転してあるサービスエリアに休憩に入ったことがあるが、防衛大学校の生徒たちがバスから降りてくるのにぶつかったことがあった。えっ、これが防大生だって? と仰天したものだった。全員がズンだれていて、箸にも棒にもかからない偏差値の子が行く専門学校の生徒のようだった。魂が抜けている顔だった。

 陸自では先に言ったように銃を持たせても、口で「パーン」と撃った真似をさせているし、弾薬を目一杯詰めると反動で痛いから炸薬を減らすって…それでは、軍人・兵隊の顔になれといっても無理である。これではいくら9条をなくしても自衛隊は戦えないから、サヨク諸君は安心したまえ。
 米軍軍楽隊より実弾訓練をやっていない陸自隊員がいる国の、どこが軍国主義なんだ?
 でも、それでいいの?
 
 しかし、日本にはまだ武士や旧軍の伝統があった過去があって、こんなテイタラクであっても、支那や韓国軍、北朝鮮軍に比べればまだましなのだから、つくづくアジア人はヘタレで、凶暴な白人に負けるわけだと思う。

 わが国ではまさに机上の空論しかしておらず、国防というと法律の話ばかりになる。誰も隊員一人当たりの実弾訓練の弾数のことも、銃の口径のことも、予算のことも、隊員の顔つきのことも問題にした試しがない。
 
 まして戦略、戦術論など、まったく具体に根ざさないアホばかり。そもそも「専守防衛」なる言葉はいかさまである。政治家と木っ端役人それにマスゴミ記者の勝手な造語でしかない。北朝鮮なり韓国なりが、日本に向けてミサイルを発射したら、もう防ぎようがない。昔で言えば爆撃機から爆弾が落とされてから、その爆弾を射撃して無害にすることはできなかった。爆撃機を撃ち落とすか、敵基地を叩くかしか戦術はあり得ない。

 敵が攻めて来ると察知したら、ただちに先制攻撃を見舞わなければやられてしまう。だから「専守防衛」はまったく成り立たない。しかるに国会では保守もサヨクも官僚も、「専守防衛」とお題目を並べて平気でいる。こんな珍妙なやりとりはないんだよ、サヨク諸君。
 戦争反対を言う前に、このおぞましい実態をちゃんと認識しなさいよ。

 だから、まともな軍隊を持たないかぎり、誰も軍事を真正面から語れない。まともな軍隊がないから、こういうイカサマがまかり通る。国民に芯が欠落する。
 たびたび言うように、丸元淑生が言った「鰹節に見えさえすれば鰹節とする思想」であって、専守防衛でことはおさまると思えば国防とする思想である。
 芯がないから、トランプかヒラリーかで占ったりしている能天気。トランプが大統領になったらどう戦うか、ヒラリーならどう戦うか、どう勝つかをまったく考えない。先様次第でおっとりしている。

 せっかくのチャンスを、「どうなるか」でボーッとしている。なぜ「どうするか」にならないのか。芯がないからだ。9条があるから平和になっていると思う、その怠けぶり。どうしたら今後も戦争しないでいけるかを考えない。
 日本がファイティングポーズをとらないから、支那も南北朝鮮もひた押しに攻めてきているではないか。なのに、その現実を見たくないのは芯がないからだ。

 倉山満は顔つきがよろしくなくて嫌いなのだが、日下公人との対談では面白いことを言っていた。
 トランプに呼応して日本が防衛費を5兆円増やせば、増税しなければならず、国民には「茨の道」になるだろう。だがヒラリーが大統領になれば、あの女は支那と組むだろうし、ウォール街の回し者だから日本は相変わらず奴らにカネを奪われる「地獄」が続くだろう。

 「茨の道」を選ぶか、「地獄」を選ぶかというなら、「茨」のほうでしょ、と言っていた。そのとおりだ。どちらの道も暮らしは変わらずに苦しいかもしれないが、自主防衛軍を設置すれば、北に拉致された同胞も帰ってくるし、竹島も北方四島も返ってくる、支那海軍は尖閣諸島から手をひくだろう。
 しかも国民の精神に芯が通るのである。

 何度も本ブログでしたためてきたが、古来戦史に見るごとくに、
戦乱で生き死にの瀬戸際に立たされ、乗り越えた民族は、魂に芯ができる。源平騒乱のあと、南北朝のあと、戦国時代のあと、幕末のあとなどに、日本人は文化を見事に飛躍させてきたのであって、ただ平和なら文化が盛んになるものではない。

 映画『第三の男』の有名なセリフがある。
 「イタリアではボルジア家が30年間圧政と戦争に明け暮れたが、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチのルネッサンスを生んだ。スイスの500年のデモクラシーと平和は何を生んだ? 鳩時計さ」。
 原作はグレアム・グリーンで、小説家なので、それ以上の歴史の論理構造にまでは踏み込めなかった。
 世界中の人々の胸に突き刺さった言葉だったのに、日本のサヨクは「ハト時計でいいじゃないか」と言うわけだ。

 先の参院選前に日本記者クラブで党首討論があったが、そのなかで共産党の志位和夫は、「自衛隊は憲法違反の組織だ」と断言した。
 「この問題を解消するには将来の展望として、国民の合意で段階的に自衛隊の解消を図っていくことを提唱している。そして大事なことは、今問われているのは、自衛隊をなくすかどうかじゃない。自衛隊を海外の戦争に出していいかどうかだ。専守防衛の志を持った自衛官、あるいは被災地で頑張っている自衛官。これを殺し殺される戦場に投入していいのか。これが問われている。これはだめですよということで野党は結束しているわけだ。」

 志位の顔つきはむくんだ大福みたいで、たぶん精神異常を孕んでいると思う。言っていることが支離滅裂だ。「この問題を解消するには」って…、そんなことを愚劣にも「問題」にしたいのは共産党だけ。憲法違反ならどうして憲法をまともにしようとしないのか、わけがわからない。
 先にも言ったが、「専守防衛」は絵空事なのである。共産党は専守防衛の自衛隊すら解消しろというのが党是なのだから、あとの議論はすべてイカサマである。

 自衛隊をなくして、ではどうやって国民を護るんだ? それも言わないで、「戦争はいやよ」で、納得する奴は狂人だ。それを共産党に問うメディアの記者がいないのは、どいつもこいつも芯が欠落しているからである。

 サヨク・リベラル派は、国を護るといって自衛隊を充実させたり国軍にしたり9条をなくせば、きっと自衛隊は戦争に出て行って殺し殺されるようになるから反対だと言う。
 実際、沖縄では米軍海兵隊基地があるから、女性の強姦殺人が起きると超飛躍した屁理屈まで言う。
 こんなムチャクチャな話があるか。

 ならば、交通事故が起きるのは道路があるからだ、クルマがあるからだ、事故をなくすにはどちらもなくせというのか。
 川が大雨で氾濫するのは川があるからだから、川をなくせというのと同じ。
 食中毒になるのは、飯を喰うからだから、飯を喰うのをやめればいい、というのか。

 こんな小学生でもわかる論理が、9条死守派には理解できないアタマなのである。
 



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2016年07月29日

軍隊は国民の芯(1/2)


《1》
 北朝鮮による拉致で、横田めぐみさんや有本恵子さんら同胞百人以上が奪われたままなのは、端的には日本に軍隊がないからである。自衛隊なんか、憲法9条に護られてぬくぬくしているようなもので、法律上もそうだが実質軍隊ではない。
 だからゴロツキ北朝鮮に取り返しにいけないで拱手傍観。
 あちらは何をやっても、日本が攻撃してこないと分かっているのだから、好き勝手にやらかす。

 それなのに、日本のなかでは拉致は悲劇だの、テロだのと口先で憂える人はいるが、憲法を変えて戦えるようにしようという人は少ない。朝日新聞、毎日新聞、共同通信、NHKなどなど、反日メディアが、足を引っ張る。元民主党や共産党なども足をひっぱり、官僚も足を引っ張る。
 だから日本の再軍備は進まない。よって、北朝鮮もそうだが支那も韓国も高枕。

 軍隊がないということは、単に他国とゲバルトができないだけではない。国民に芯ができないのである。主体性が確立できない。このことは昨年の安保法制の国会審議の過程にあわせて本ブログでもさんざん論じてきた。
 だが、安保反対、安倍はやめろのアホ左翼は、こういう問いかけには無視をきめこみ、ただアメリカの戦争に日本が巻き込まれると言うだけ。

 アメリカ主導の戦争に巻き込まれるのなら、支那、韓国、北朝鮮、ロシア、その他の国との戦争に巻き込まれることは絶対にないと、どうして言いきれるのか。日本はどことの戦争にも巻き込まれる怖れはいつだってある。

 日本はかつて侵略戦争に突き進んだから、二度と戦争の準備をしてはいけないとサヨクは言う。北支事変、支那事変は蒋介石軍が一方的に合法的に駐留していた日本軍を攻撃したから、である。陸軍は戦争を食い止めようとした。だが、上海で海軍の大山中尉が蒋介石軍に惨殺されたために、海軍が仇を討つとして蒋介石の挑発に乗ってしまい上海事変が起きる。

 海軍陸戦隊では支えきれなくなって、ついに陸軍が引きずりだされ全面的支那事変に拡大した。
 その間、日本では海軍が、近衛文麿が、朝日新聞が、官僚が「暴支膺懲」とかいう標語を作って戦争を煽ったのである。奴らはみんなソ連のコミンテルンの息がかかった工作員で、まさにサヨクが戦争に引きずり込んだのである。

 こういう歴史も知らずに、ひたすら日本が侵略戦争を起こしたと思い込むのは怠慢であり、でなければ意図的に日本の再軍備の妨害する連中である。
 さらにサヨクは、自衛隊の廃止を主張する。神戸大震災のときに、自衛隊の救助を拒んで、犠牲者を平気で増やしたのはサヨクだった。

 神戸震災では自衛隊が陸路で神戸に入りにくかった。道路も寸断され、すさまじい渋滞が発生していた。だから海自の船に陸自の兵員を積んで急遽神戸港から上陸して街に入ろうとしたところが、なんとサヨクが反対して、船を接岸させなかったのである。
 これが9条を守れとわめいている者どもの仕打ちだった。

 私はアメリカ共和党の大統領候補トランプが、大統領になってくれることをひそかに期待している。彼をすばらしい政治家だとは毫も思っていないが。
 トランプ現象は、以前に取り上げたようにアメリカの建国以来の白人どもの病理の現れであるが、彼が日本に対して自力で防衛しろと叫んでいることは奇貸として、まっとうな再軍備を推進すべきである。敗戦後巡ってきた初めての絶好チャンス。

 サッカーで譬えれば、敵が間違ってこちらにボールをパスしてくれたようなチャンス。さ、ここでどう攻める? というおいしい場面。なのに、どうも左翼も保守も、反応が鈍い。それをボーッとやり過ごして勝てるか? 一気に攻めていかねばなるまいに。9条信者はボーッとしてボールをやり過ごすだけだろう。そんな意見はかつての「防衛ただ乗り論」だと脇に押しやっているような案配である。

 せんだってはオバマが広島に来たくらいで、核の廃絶に向かっていこうというときに、核武装なんてバカをいうな、と相手にしたくないようだ。オバマがなんとかしてくれるってか?
 サヨク・リベラル派は、相もかわらず9条さえ守れば大丈夫と、寝とぼけたことだけ言う。

 トランプは、日本はあと5兆円軍事費を増やせと言う。これは日本のGDP2%ほどに当たる。どこの国でも最低GDPの2%くらいは出している。それさえ嫌って言うのは、もう国を護る意志がないってことだ。
 聞けば、自衛隊には予算があまりになくて、射撃訓練は隊員一人に実弾年間180発しか与えられない。何これ? 米軍は実戦をしないはずの軍楽隊でさえ、週に250発の実射をしている。

 だから自衛隊員はどうしているかというと、普通は銃を担いで戦闘訓練をしながら、口で「パン、パーン」と撃った音を出しているんだそうだ。マンガだねこれは。戦争ごっこじゃないか。国民はこういう仕打ちを彼らにしておいて、国を護れだと? 
 6月23日には北海道での陸自の演習で、空砲と実弾を間違えて射撃して、ケガ人が出たという信じられない事故が起きた。手続きにミスが重なったとはいえ、日ごろ実弾訓練をしていないから、見分けがつかなかったようだ。

 自衛隊が実弾が使えないとは深刻な問題である。みんな左翼が妨害してきたからだ。
 しかもその銃は、口径が小さく装薬も減らしてあるから威力もないし、射程距離も短い。装薬が減らしてあるのは、体力が劣る日本兵はフルオート射撃では反動が強いので、ショックを和らげるためだという。そんなバカな、何を甘やかしているんだよ。実弾に耐えられるよう鍛えればいいだけのことだ。

 これは敵と日本軍が同じ銃を持っているとしても、敵は鍛えてあってフル装備で弾薬を満たして撃つから、例えば千メートルの射程が得られるが、日本兵が肩が痛いのは嫌だと弾薬を少なくすれば、射程が500メートルになってしまう。これで勝てるわけがない。
 そういうことは2015年6月27日の「護憲派は嘘つきで詐欺師・補遺」で書いておいた。




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2016年07月28日

「巨星」になりそこねた滝村隆一氏(4/4)


《4》
 滝村氏はしばらく政治学の丸山真男の解明に没頭した。しばらくというより、相当長いあいだだった。国家論では大学に就職できないから、政治学も解けることを丸山真男を俎上にあげることで大学側に証明しようとしたかに思えるが、そこで滝村氏は大きな失敗をしたのだ。芹沢俊介との対談『世紀末時代を読む』にしてもそうだが、国家論を降ろして政治学を云々するようになった。

 それはそれで、本にはなるし有意義なことは語られただろうが、学としての世界に挑む志を失う。世界史、人類史、生命の歴史…という学の頂きに挑むべきを、政治を扱うことで降りてしまったのだ。
 これは難しい話だと思う。
 空手で言うなら、それを日本文化の高み、あるいは武道として思想性高く捉えるのと、喧嘩として、あるいはスポーツとして捉えるようなことである。

 例えばイギリスがEUから離脱するBrexitを、政治や経済で見る向きがほとんどだが、本来は国家論からみなければならない。
 滝村氏なら、EU問題を国家論から捉えられる学究だったろうに、丸山真男などの政治論に降りたがために、弁証法なんか要らなくなり、国家を全的に捉える道を逸脱した。

 多くの政治学者や経済学者は、頭脳優秀ではあろうが、ヘーゲルがチャレンジしたように世界を、国家を解こうとする志を降ろして、自分のわかりやすいレベルに取り憑いたのである。そうでなければ、大学に奉職できないし、本も出版できない。政治解説ならテレビにも出られるだろうが、国家論ではテレビでしゃべっても視聴者は誰も理解できない。

 空手は喧嘩だ、喧嘩でいいじゃないかと見ることもできよう。現にそういう大流派がある。スポーツだとして受けている流派もある。それでは空手を喧嘩とかスポーツとかで見るようになり、決して武道とは見ないし、見ることもついにはできなくなって、形ばかりを図々しく「武道の一つです」などと言うようになる。

 これが何度も言うように、料理研究家・丸元淑生氏が言った「鰹節に見えれば鰹節としてしまう思想」である。「出汁」と書いてあれば顆粒だしでも味の素でも出汁にしてなんの疑問も持たない大衆のレベルがこれである。
 武道らしい道衣を着て、道場らしき場所で運動していたら武道でございますというようなもの。

 わが流派の創始者は、空手を自分の低いレベルに降ろすのではなく、高みによじ登るようにしてやってこられた。わが流派から離れれば、その肝心要を忘れていく。

 そして政治や経済のレベルなのに、国家を語っているつもりになる思想、である。政治や経済から国家を見るようになってしまっているのが、現今の世界ではないか。それを覆すべく志を持っていたはずの滝村さんは、本当に残念なことになった。

 それは一つには、たかが風呂に入って本を読むかどうかのことですら、志高くを止め、あるいは「統括」の問題として捉えることを放棄したからだと思う。風呂につかることをバカにした報いではなかろうか。
 風呂に入ることすら、発展させるという考えはないのか。ただ時間が無駄だから…か? 風呂に入るのだって国家論がなければどうしようもないじゃないか。
 
 出汁の話にかこつけて言ってみようか。羅臼の天然ものの昆布しか本物の出汁が出ない、と仮定しよう。その羅臼昆布を育て、より見事な生育をさせ、出汁の本質を探っていくのは、これは至難の業であり、気の遠くなるような努力が必要である。羅臼の山や川などの自然を育て、海をきれいにし…といった総合的な努力の末に、本物のだしが得られる。

 これがヘーゲルの高み、あるいは南ク継正先生の高みによじ登ることである。
 しかし、顆粒だしはあたかも天然昆布出汁をいわばアウフヘーベンした優れものに思えるだろう。天然ものより便利で安くて味に遜色ないじゃないか、と。アウフヘーベンの概念だけを対象に当てはめればこういうことにもなる。
 こういう考えに凝り固まったご仁と、いったいどうやって会話ができようか? 
 政治や経済を掘りさげれば国家が解けるというに等しい。

 現代では、羅臼天然昆布を育て、それで出汁を取ることはダサイと思えわれるだろう。時間も手間もかかるしカネもかかる。そのとおりだ、ダサイことをやらなければ本物に行き着かない。顆粒だしは格好良く見えるだろう。鍋にスプーン1杯放り込めば出汁ができる、なんてカッコいいんだろうとなる。
 政治や経済を語ればテレビに出られてカッコいいだろう。国家論を説こうとしたって、ダサイ、で片付けられる。





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2016年07月27日

「巨星」になりそこねた滝村隆一氏(3/4)


《3》
 滝村さんが湯船に漬かりながら本の耽読を続けたことを私が批判したのは、ささいなことだと思われる人が多かろう。そんなことより、彼の大册を読んでからものを言え、と。
 では、このことがいささかも「ささいな事」でないことを説いてみたい。

 みなさんは普段着ている服は、なんの苦労もなく着たり脱いだりしているだろう。飯を喰うにしても、箸を苦労して使うなんてことはあるまい。別のことを考えながらでも服を着たり、箸でご飯を食べたりすることはできる。
 しかし誰も覚えていないはずだが、2歳や3歳のころに苦労したはずである。できないものを練習してできるようになったのだ。

 これはどういうことかと言えば、細胞のDNAが、何もないところから、あたかも生まれつきそういった能力をもっていたかのように、組み換えが行なわれたということである。脳細胞が、とりたてて意識しなくても統括できている。
 いつも空手の例を出すから、今日は卓球を例にする。世界選手権レベルのプレーヤーはコートの上でめまぐるしいスピードで球の打ち合いをやってのける。

 相手が打ちこんできた球に瞬時に反応して相手の隙をつくべく全力で打ち返す。そのくり返し。あれは相手が球を打ってから、さてどうしようかなどと考えている余裕はない。ほんのコンマ何秒で勝負がつく。囲碁や将棋なら長考することは許されていても、卓球ではもう考える暇もなく動いて叩き返していなければならない。
 むろん練習につぐ練習でそれができるようになった。これがいわば本能レベルになったという。
 武道でいえば「動けば技」になった。その高度なレベルで脳が統括を可能にした。

 つまり、あたかも生まれつき卓球選手だったこのような身のこなしができるまでに、細胞のDNAが変わったのである。
 彼ら選手は誰でも想像がつくように、練習するのが嫌々やっているものはおるまい。他人からみればアホらしいと思えるような辛い練習を喜んで、進んで取りくんだのだ。

 当然に、滝村さんは本の耽読に熱中し、風呂の中に持ち込むまでに至った。それは好きで、喜んで、やったのだ。だから風呂の中での読書が苦痛どころか、至福の時でもあったろう。だから彼の場合は本の耽読が本能レベルになった。遺伝子の組み換えが完成したとも言える。それによって何を失うことになったかは、すでに前回述べておいた。

 本の耽読をするように、それが苦痛どころか歓喜になるよう量質転化させたので、生身の五体もそういう認識的及び生理的統括をすることができるようになったのである。そうなるしかない。
 これも「動けば技になる」レベルだから、脳細胞が五感器官を通した反映をもとに、統括するようになるのだ。

 これは視点を変えれば、優れて統括の問題である。そして統括といえば? そう、国家である。国家の機能は統括だ。統括の問題を解かなければ、国家論も解けないのは理の当然なのである。統括ができなければ他共同体との対峙もできない。
 みなさんはたかが風呂で読書して何が悪いと思うだろう。それは学者でもない、武道やスポーツの達人でもない、歴史に残る藝術家でもない人にとっては、たしかにどうでもいいことだ。

 前回、空手をある程度極めて、生の五体を駆使して論理構造に分け入る術(すべ)を身に付ける修練過程がなければ弁証法もヘーゲルも解るはずがないとしたためておいた。また、組織を創って運営してみなければ国家はわからないとも書いた。
 たかが風呂の入り方でありながら、それこそが生の五体を駆使して「統括」という事実と論理構造に分け入る術(すべ)に大きく関わるということを説いてきた。だから学者にとっては風呂の入り方すらが、どうでもいい話にはならない。

 「統括」はドイツ語で、Zusammenfassung(ツーザメンファッスング)というが、これは哲学用語として重要な概念で、ヘーゲルの概念語なのである。
 言うまでもないことだが、「総括(そうかつ)」ではない。辞書のなかには統括と総括をごちゃ混ぜ、一緒にしているものがあるやに聞くが、間違いである。

 学問誌『学城』13号の悠季真理先生による論文「哲学・論理学研究余滴(四)」にも、Zusammenfassungについての論考がある。
 Zusammenfassungは、ヘーゲルが20代〜30代のころに発刊されている辞書にはない言葉だという。名詞になっていなくて、動詞の用いられ方をしていたのではないかと説かれている。
 Zusammenとは「ある共通の方向性を持つという意味合いで、いくつかのものがある一つの所へともたらされる、ある共通な存在へと、一つ所へと集まるということを意味する」と述べておられる。

 Zusammenfassungは、「総括から統括への意味合いに近かったのではと思われる」とも。その後に、
 「Zusammenfassungという1つの形としてはっきり用いられるようになるまでには人類の認識がそこまでに至る過程があるのだと思う。当初は形にならないものが、あるところで、はっきりと目的意識的にこれだ、と認識するようになって、いわゆる一語で表す、名詞化するようになっていくとの歴史性があったのではないか。」(p.63)と説かれている。

 私たちはうっかりすると、Zusammenfassungという言葉ひとつとっても、ヘーゲルが使った概念だとして、出来上がったものとして、鵜呑みにしがちであるが、悠季真理先生がまさにここで述べているような、弁証法で捉えないと(別言すれば過程(運動)で捉えないと)本当の理解には至れないのだと思う。
 つまり弁証法を棄て、他人の弁証法のない本を耽読することは、こうした重要な概念をも静止的に捉えかねないのである。

 風呂の中でどう過ごすかなんてことは、どうでもいいようなものに見えようが、どういう風呂の入り方ならどういう認識と実体の統括が行なわれるか、またそれはいかなる過程性を把持するのかを、そういう日常生活の科学化によって、私たちは生の五体で「統括」とはいかなるものかを知る術(すべ)を得られる。

 大きなスケールで言えば、〈生命の歴史〉は、地球自身と生命体との統括の運動であった。悠季真理先生の言葉にならえば、「当初は形にならないものが、あるところで、はっきりと目的意識的にこれだ、と認識するようになって、いわゆる一語で表す、名詞化するようになっていくとの歴史性があった」と言えようそれが、〈生命の歴史〉ではないか。
 
 言い換えてみれば「当初は形にならない〈生命現象〉が、あるところで、はっきり(あたかも)目的意識的に「生命体」となって、地球の統括から離れないながらも独自の発展を遂げていって、それが〈生命の歴史〉になっていく歴史性があった」と言えようか。

 国家も同様である。はじめはサルの群れとしての本能的統括があったが、人間となって本能が喪失することによって、代わりの統括形態が生み出され、それがやがて〈国家現象〉になり、ついにあるところではっきりと目的意識的に〈国家〉が形成され、本能に代わる認識による統括が完成されてゆく。

 滝村隆一氏は、国家を広義の国家と狭義の国家とに分けて考えた。広義の国家は、他と区別される地域的小世界を形成する共同体そのものが、手段を問わず征服により支配と抑圧を達成するために、外部に向けて政治的な権力を共同の意志として発動する。
 狭義の国家においては、共同体の中に経済的な支配・被搾取の階級が生まれ、この二つの階級の不断の闘争によって社会が崩壊してしまわないように、第三の権力としての国家権力が生まれる。

 最晩年の『国家論大綱』ではどんな構造的発展があったかは、わからないけれども、これでも端的に見てとれるように、この国家論は、近代国家を正面に据えて見ている。歴史性で捉えていない。
 つまりは、Zusammenfassungの概念を、悠季真理先生のようには、弁証法で、あるいは歴史性で捉えることができなかったのだ。




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2016年07月26日

「巨星」になりそこねた滝村隆一氏(2/4)


《2》
 自分で組織(小さいながらも“国家”)を創ってやれば「国家論」もできてくるはずなのである。例えば会社は一つの国家と擬すことはできよう。会社は商売するだけではない。権力があり、労組があり、他共同体(他企業)との対峙があり、国民(社員)がいる。社長になってそれを統括することでこそ、国家と政治と経済との関係がわかってくるだろう。

 国家になぞらえた組織を創って動かしもしないで国家が解けるか? 本だけ読んで国家がわかる? 空手の本を読んで空手で闘えるか、と同じだ。本を読めばわかる優秀な頭脳とは、「才子才に倒れる」である。
 マルクスは自分で資本家になって会社を経営してみることはせずに、本を読んで考えただけである。そこに彼の『資本論』は大きな陥穽を抱えることになった。

 滝村氏も就職した三流大学で、そういう実験をすれば国家論はもっと発展したであろうに、おそらくはそんなことはやらずに、彼を慕ってくる優秀な若者に教えていただけではないだろうか。
 本で読んでおけば解釈は説ける。弟子も優秀だからその解釈が国語力でわかる。

 滝村隆一氏は、南ク学派の措定した〈生命の歴史〉を知らずにいただろう。惜しいことをした。人類になぜ国家が誕生したかは、〈生命の歴史〉の解明なしにはあり得まい。逆に、国家を創って統括してみないでは〈生命の歴史〉も解けないはずである。
 むろん、人類に国家が本格的に誕生する以前は、なにが「プレ国家」なのかも解けない。

 滝村氏の欠点は、近代国家を正面に据えたことだと言われる。〈生命の歴史〉を学ばなかったから、あるいは自分で“国家”を動かさそうとしてみなかったから、「アジア的、古代的……」と区分けした国家の歴史が、いわば〈生命の歴史〉性を帯びなかっただろう。彼は近代国家から過去を見たのであろう。

 近代国家で国家論を作ろうというのは、空手でいえば、参段の空手を見て空手の論理を解けると思うようなものだ。自分で白帯から黒帯になるまで修行してみて、また何人も黒帯を育ててみてこそ、空手の論理がわかる端緒につける程度であろうが、本で読んだだけで白帯から黒帯、さらには達人に至る論理(上達論、極意論、指導論、技術論など)が解けるはずがない。

 それがわからない媚中・副島隆彦は、国家より先に宗教があったなどとトンチンカンを言う。
 言うまでもあるまいが、人類は〈生命の歴史〉の過程で誕生し、発展してきている。その人類は誕生したときから国家を形成せずには存在できなかったのだから、言うなれば統括のありようの大きな論理は、〈生命の歴史〉から続いているというか、同じなのである。

 国家がわかるためには組織を創って統括してみなければわからないし、同様に〈生命の歴史〉もまた、組織を創って統括してみなければ解けないのである。
 南ク学派の〈生命の歴史〉を「テーゼ」とするなら、滝村国家論は「アンチテーゼ」であって、次は誰が「ジンテーゼ」を確立するか…とか言っている向きがあるようだが、それは大外れである。

 先に挙げた風呂の中でも本を読み耽る滝村氏のありようにも現れているように、まさに弁証法を棄てた学究の姿であって、そんなことではとうてい「アンチテーゼ」が出せるわけがない。

 学者志望者にとって、空手をやるとか、会社を経営してみるとか、なにか組織を動かすとかは、なにもその道で名を残すためではなくて、組織(=国家)の構造に分け入る訓練のためである。
 大仰でなく風呂の入り方一つが、哲学あるいは〈生命の歴史〉の謎を解く術(すべ)なのだ。
 南ク継正先生にだけ哲学が解けたのは、武道とは何かを究明したからである。武道はいうまでもなく、生の五体を駆使するのである。

 生の五体を使って武道をやってみなければ、その生身で論理構造に分け入る術(すべ)が身に付かない。論理が感情にもならない。
 人間は、生の五体で分からないことはわかるわけにはいかない。
 だから滝村氏は空手を続けるべきだった。彼は生の五体でわかろうという道は歩むことがなかった。本にしがみつけば解るとした。後進の人たちも同じだ。〈生命の歴史〉も五体で解ろうとしなければ、解らないはずなのだ。

 これも以前の話だが、天寿堂稲村さんの弁証法ゼミで、空手はまだ初心者なのにヘーゲル哲学を解っているとしてレポートを出した弟子がいた。稲村さんは絶賛した。そんな軽々しく褒めるべきでないのに…。空手をある程度極めて、生の五体を駆使して論理構造に分け入る術(すべ)を身に付けもしないで、弁証法もヘーゲルも解るとは恐ろしいことだった。

 本の耽読で勉強したとするのは、人間の五体にも認識にも大きな歪みを生じさせる。バランスを崩す。活字からの反映は見事になるかもしれないが、活字からしか反映しなくなる怖れがある。
 しかもその本が専門分野ばかりでは…。
 空手でいえば、その場突きはやらなければ黒帯になれない。でもその場突きだけではダメなのと同様だ。あるいは右の蹴りだけ練習して左足を稽古しないようなものである。それが滝村さんだったと思う。

 例えばわが流派では、最近はフォークダンスや民謡を練習に取り入れている。ただひたすらの突きや蹴りの練習では上達ができないからである。なぜそうなのかは、いくら口で説明しても(つまり本で読んでも)やってみなければ解らない。しかるに秀才は、みんな本で読んで解釈できると思う。こういうのを平俗で「頭デッカチ」と呼ぶ。

 本の耽読人生は、子供のファミコンと同じである。あるいはテレビにかじりついている子供と。風呂に入ることは、一つの運動である。いうなれば手足を動かさなくてもカラダが運動形態に置かれる。
 だから湯船の中でじっとしているよりは、カラダを動かしたほうがいい。じっとして本を読み耽ると、運動が狭く固定されてしまう。

 さらには、五感器官の反映が薄く感情を創ってしまう。舛添がこれだったのだ。だから風呂にまで本を持ち込めば、お湯のぬくもり、カラダをほぐしてくれる湯の動き、匂い、湯気、裸の爽快感など、五感器官で感じることがたくさんある。なかんずく露天風呂の爽快感は格別だと感じるだろうが、その感覚を味わうことなく本に没頭するとはコレ如何に、だ。よくもそんな反映をシャッタウトできるものだ。

 この滝村氏の風呂のエピソードを教えてくれた友人は、感極まった様子で、自分も見倣うと言って、必ず風呂に本を持ち込んで読みふけるようにしていると言っていた。やめなさいよと言ったが聞こうとしなかった。強烈な滝村信者だったが、案の定、何の学的成果も上げられなかった。
 
 学者こそ五感で味わって感情像を創らなければいけないものを、本で、あるいはテレビで味わったつもりになる。それがなくて解ったつもりとは、国語力でわかるだけなのである。
 




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2016年07月25日

「巨星」になりそこねた滝村隆一氏(1/4)


《1》
 滝村隆一氏が亡くなられたそうだ。ご冥福をお祈りする。72歳での逝去は若過ぎるが…。
 国家論の学者・滝村隆一氏は、1967年に雑誌「試行」に『二重権力論』を書いてデビューした。その後、『革命とコミューン』『マルクス主義国家論』などを上梓して、華やかな学究人生をスタートさせた。

 二重権力、広義の国家と狭義の国家などの論考は、実に衝撃的だった。
 だが、1970年代になって、左翼過激派の活動が下火になり、さらにソ連や東欧の体制崩壊にともなって、マルクス主義が萎凋していくにつれ、マルクス主義に関連した書物や論文は顧みられなくなった。

 しかも滝村氏は国家論が専門であって、それより概念レベルで下の政治学専攻ではなかった。いわば国家論のなかの一要素が政治であり経済であり生活である。国家学のなかに政治論、経済論があるのだ。ところが大学には政治学科はあっても(政治研究者はいても)、国家論の専門家も学科もない。政治研究者が国家を論じるのは本来は奇観である。

 滝村氏は、本が売れなくなり、大学に奉職するのも難しくなった。
 もともと滝村氏の本は難しい。政治なら誰もが扱うが、国家となると知識のかけらもない。まして滝村氏は吉本隆明氏主宰の「試行」の常連論客なのである。三浦つとむさんの弟子でもあったから、社会科学分野の業界の研究者たちは、なんといっても共産党を除名された三浦氏の関係者に関わりたくなかった。

 どこの大学も、吉本氏にも国家論にも恐れをなした。論争したって敵わないことはわかっている。大学の徒弟制度の枠におさまらない、とんでもない秀才に大学教授になられては困るのだ。
 滝村氏は、多くの政治研究者のごとき「評論」をしたり、外国の研究者の本を取り次いだりの人物ではなく、本物の学者と呼ぶにふさわしい人間として出立していた。志を曲げるわけにはいかなかっただろう。
 しかも彼は法政大学の経済学部卒なのである。

 経済学部を出た者がなんで、国家や政治を語る? が、大方の大学に巣食う研究者やジャーナリズムの思いだったろう。それになにより、東大や京大の出でなければ、一流とされる大学に就職できるわけがない。よほどの業績が認められなければ、あり得ないのが日本なのである。まして、彼こそまともな学究だと恐れをなす既存の徒弟制度の利権にしがみつく連中にとって斥力が働くのは当然であった。

 なんという情けない象牙の塔のクズどもかと慨嘆するほかないが、文句を言っても誰も助けてくれない。
 滝村氏は国家論では冴えた論考を見せはしたが、法政大経済学部では、大学のランクに問題があるばかりではなく、一般教養があやうい。国立大ならば、概ねすべての学科を学習してくるが、彼は社会科学だけなのである。

 専門の国家論なら突出した学の住人であっても、自然科学や精神科学、藝術などの分厚い素養がないために、どうしてもその学問が偏りがちになる。
 戦前までは、旧制高校で見事な一般教養を身につけるのに、私学の受験では「全教科」の履修は不要で、さらに法政大の経済だけだと、高校時代の一般教養もおざなりになってしまう。

 加えて、滝村氏は脂の乗り切った時期に病気をかかえ、目も不自由になって(勉強のし過ぎか?)生活が大変な時期が来たらしかった。
 デビュー当時は弁証法学徒だった滝村氏も、しだいに(?)弁証法を棄て、弁証法をバカにしていった。私はそれを聞いて、滝村の本を読む意欲を失った。

 亡くなる前に『国家論大綱』を完成されたのはせめてもの慰みにはなるが、この3巻本はすさまじく大部であって、以前から彼の著書は分厚かった。これでは読まれない。私も読んでいない。
 大冊の本を上梓すれば「どうだすごいだろう」と自慢はできようが、値も張るし重いし、読者泣かせである。彼の失敗の一つであった。
 そのあたりの本の制作の機微を無視するあたりも、彼が弁証法を棄てた証左であった。

 滝村氏は若いときは南ク継正先生の下で空手を学んでいたから、アタマが冴えたが、病気になったからと止めてしまった。病気になったればこそ空手をやらなければならないのに、これは自らの学の道を閉ざすような仕儀であった。

 これは勝手な憶測だけれど、滝村氏は南ク継正先生にたぶん嫉妬したのだろうと思われる。その根拠となる事実はあるが、ここでは書かない。滝村氏はここまで書いてきたように、本は売れなくなっていた。就職もままならない。なのに南ク継正先生のほうは着実に本が出て、学的成果をあげていき、組織も充実し、武道も極めていった。原稿執筆依頼も、いくつもある。

 なのに、滝村氏にしてみれば自分より学は未熟、文章も滝村氏が指導したほどで、空手でこそ負けるが、ほかでは俺が…という思いを抱いても不思議ではなかろう。それがなんと追い抜かれる事態にまで至ってきた。だから、空手を離れ、交遊関係を終わりにしていったのではないか。

 この嫉妬ゆえに、彼は唯物論や弁証法や、生活を科学することに背を向けるようになったと思う。唯物論を超え、弁証法抜きで国家学を築いてみせる、となったのだろう。師と決めた人を信じてこそ、成長があり得るのに、俺だって独力でできると思い込んで、師に背を向けがちだが、それで成功した人はいない。そのくせ、俺は嫉妬じゃないと思いこみたい…。俺の学のほうが上だと思うようになる。

 滝村氏も同様だと思うが、受験勉強をずっと熱心にしてきた人ほど脳細胞が運動形態をカットした統括を全身に及ぼし、認識にも及ぶのである。滝村氏が学者になってからも、すさまじい勉強の徒であったことは有名だが、やりすぎた。脳細胞が運動形態をカットした指示を内臓にも送ることになり、肝臓なら肝臓も運動しないカラダを創るよう血液を創り、全身に巡らせ、個々の細胞を創っている。

 肝臓は化学工場と言われるが、それは多くの医師が信じるにようにただ化学物質を生成しているだけではない。カラダがどのような生活過程をいわば望んでいるかを脳細胞の指令を受けて、それに見合った栄養素を創り、全身に巡らせている。
 椅子に座って勉強ばかりすれば、当然それに見合った、人間体としては極めて異常な生活過程に見合った統括を脳も肝臓も血液も為すようになる。

 おそらく滝村氏の場合は、空手を止めて運動をカットした脳の統括をやり続け、ためにたしかに読書力はすさまじく身についたかもしれないが、カラダは壊れていくしかなかったのだろう。
 見事な頭脳活動ができるようになるには、運動に見合った血液を内臓が創りだせるかどうかにかかっている。
 滝村氏の直接の死因は、肺線維症だそうだ。一般的すぎる言い方ではあるが、生活過程にかなり問題があったのだろう。晩年は友人知人との関係も断って、家にこもって読書と執筆に専念したらしい。

 何度も本ブログで書いてきたが、平安時代の貴族が書いた和歌の多くがつまらないものであり、病臥に付した正岡子規の俳句がくだらないものになる。
 滝村氏が弁証法を棄てていなかったら、もっとカラダの統括も探求しただろうし、その実感から国家の統括の構造も考えられたであろうに、残念なことであった。滝村さんの死を惜しむ人たちは、果たしてそのことを指摘しているのだろうか。

 滝村氏は国家論の本だけでは生活が苦しくなり、幸いにして、東京にある某私立大学に職を得たそうだが…。詳しくは知らないが、彼のもとで一級の学者は育てられたのだろうか。三流の、ほとんど名前を知られない大学で、あえて弟子を育ててこそ彼の国家学そのものも飛躍が遂げられたであろうに、おそらく彼は大学の職を単なる就職としてしか捉えなかっただろう。
 
 アホな学生を相手にしたくなかったはずだ。それより国家学の研鑽に邁進すればいいと考えたのではないか。マルクスが大英博物館に閉じこもって本にむしゃぶりついていたように、彼も本に埋もれていったように思う。
 風呂に入りながらでも、本を読んでいたそうだ。これは滝村氏の弟子にあたる人のさらに友人から洩れ聴こえてきた話である。そういうことをやれば…知識は増えようが、頭脳の働きはあやしくなる。

 南ク継正先生は、ご自身の著書にもお書きになっているが、短大にすら合格できなかった女子を、たった半年でどんな東大教授よりアタマを良くして一流学者に育てたとおっしゃっている。
 それもあれこれ手取り足取りして指導したわけでもなく。

 そうやって育てた弟子が、ひたひたと自分を追い越そうと迫ってくるから、負けじと頑張って学の高みに到達し得たのであった。滝村氏にはそういうことがあったのだろうか?
 バカな奴に教えてこそ、うまい奴を上達させることができるようになる。東大教授は教える相手が秀才ばかりだから、見事に研究はできても(?)、どだい「学問」ができない。実際そうでしょ。

 バカな奴を教えれば、その指導法のノウハウがうまい奴の行き詰まりを克服する方法がわかるのである。私も空手の道場で、箸にも棒にもかからないような運動神経の劣る弟子に、心中泣きながら教えたものだった。1回言えばできてしまう者は教えて気分がいい。いかにも自分には指導力があると自負できる。けれど、何十回教えてもできるようにならない弟子を、どうやったらいいか考えて上達させることが、指導者には財産になる。





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2016年07月23日

「切り上げ剪定」の素晴らしい未来


 このブログでときどきコメントをくださる「B4」さんは、某県で果樹園を営んでおられる。
 青森でリンゴの自然栽培を成功させて有名になった木村秋則さんと同じように、無農薬・自然栽培を志して、取り組んでおられる。
 私も毎年秋に、とれたてのリンゴを送っていただき賞味しているが、実においしい。とてもじゃないがスーパーあたりで売っているリンゴが食べられなくなった。

 あの味わいは、格別の爽やかとか甘さとかしか表現できないが、これまでのリンゴのイメージを覆すものであった、「これぞ本物!」とでも言うしかない。出汁の話をしたときに、天然最上級の羅臼昆布の出汁は隔絶した旨さだと書いたが、それと似ている。
 丸元淑生氏が、「かつお節に見えればかつお節とする思想」=「安ければいい、手軽ならいいとする思想」と批判していたことを紹介したが、スーパーで売っているリンゴは、それと同じ思想なのである。「リンゴに見えればリンゴとする」というありよう…。

 多くの果樹園は、本物の果物をつくって売りたいはずだが、しがらみや、損害を怖れて二の足を踏んでいると思う。だから「リンゴに見えればリンゴ」というものをつくって商売する。この現状を変えていくのは、至難の業である。

 それでもなかなか完全無農薬・自然栽培の実現は難しいらしい。土地土地で風土も変われば、毎年天候も変化する、隣接の農園から農薬飛沫(ドリフト)が飛んでくる。などなど、栽培は一筋縄ではいかない。それでも諦めずに「B4」さんは、完全無農薬・自然栽培を諦めておられないそうだ。立派な志である。

 彼から先日、今年のりんご栽培の途中経過のご報告をメールでいただいた。その中に、「今年は年初に『切り上げ剪定』という理論があることを知り、2か月おきの講習会参加しています」とあった。
 「切り上げ剪定」の以下の話を聞いて私は感動してしまった。

     *     *

 「切り上げ剪定」を提唱・実践し、現在国内に広めておられるのが、道法正徳(どうほう まさのり)さんです。あの、永田農法(トマトに水遣りを抑えてフルーツトマトにする)を90年代に成功させた緑健という会社におられたそうです。
 切り上げ剪定とは、枝を上方に伸ばし、樹勢を高めて植物ホルモン効果により、病虫害を回避するものです。

 これは、理論に叶っていまして、現代の慣行農法の抱える矛盾を解決する一助です。樹勢を弱め、花芽と実を多くつけさせてその中から良い物を選ぶ、つまり樹の体力を消耗する現代の果樹仕立て。

 私は、このままでは、木村秋則式に食酢散布では移行できない・・・という結論に至りました。
 既にこの剪定方式で、福島市の紺野さんは4年目、慣行栽培園のなかの4本のふじに直接農薬散布せずに収穫・・・鈴なりになっておられます。

     *     *

 これは東洋医学的考え方ではないか。西洋医学的な栽培法が、従来の果樹の農法である。それが見直される時代になってきたのだろう。自然農法を初めて言いだしたのは「わら一本の革命」(1975年)の福島正信だった。
 彼は、不耕起(耕さない)、無肥料、無農薬、無除草を特徴とする自然農法を提唱したが、まだ完全実施には到達できなかったようだが、それから彼の志を引き継ぐ若者がしだいに増えてきたのである。

 日本では異端扱いされ、農薬会社、農協、木っ端役人、それにマスゴミが組んで妨害した。だからなかなか広まらなかった。しかし多くの人々の地道な努力が徐々に浸透してきている。日本よりむしろ海外で注目され、成果が報告されるようになってきた。
 日下公人氏は「世界は日本のリーダーシップを待っている」と言うが、こういう栽培法にも現れているのである。

 切り上げ剪定では、「枝を上方に伸ばし、樹勢を高めて植物ホルモン効果により、病虫害を回避する」とある。この考え方は西洋流にはない。西洋の考え方、栽培法のまずさがここにも及んでいたのか、と改めてゾッとする。西洋の医療の大欠陥も、従来の例えば果樹や稲などの栽培にも通暁している。

 東洋医学は、果樹の樹勢を高めると同様に、人体のいわば“樹勢”を回復させて、病気を治していくやり方なのである。
 西洋式農法は、たしかにあらゆる農作物の収穫量を増やし、品種改良で実を大きくしたり病害虫に強くしたり、農薬を登場させはしたが、今もあちこちで、干ばつが起きても、病虫害が発生しても、有効な対処が打てていない。

 アフリカなんかはその最大の犠牲者である。
 しかもそうした人工的栽培では、人間を癌や精神病などの病気に至らしめる。農家の人も消費者も。穀物や野菜、果物が農薬漬けであることは常識であり、その自然から離れた作物を食べることで、私たちがこれまた西洋医療の世話になるというひどい悪循環に陥っているのだ。

 そういった現状を変えなければ人類の未来は暗い。人類の暮らしは、モンサントを筆頭にメージャー企業がカネ儲けを邪魔されたくないゆえに、健全なありかたを妨害されている。奴らはアフリカで何千万人飢餓になろうと知ったこっちゃない。
 それを変えられるのは、日本だけである。日本人が主体性を回復させれば、日本が世界の希望の星になる。

 「切り上げ剪定」の試みは、そういう希望の星なのである。





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2016年07月22日

「ask me Japan」への警鐘


 6月24日のNHK「おはよう日本」で、ある若者のグループが紹介されていた。「ask me Japan」というボランティア団体で、番組では東京・渋谷で駅前に立って、「ask me」と書いたボードを持って駅前をうろうろしては、訪日外国人の道案内を買ってでるのだ。
 青色のハデな法被(はっぴ)を着ている。「困っている外国人を助けてあげたい」との善意で活動を始めた。

 http://askmejapan.wix.com/ask-me
 NHKでは大変良いことのように持ち上げていた。
 むろん良いことだろう。このボランティア活動の親切は、外国人にも好評のようだ。交流ができ、友達にもなれるかもしれないし、英語の勉強にもなる。

 だが、一方でそこばくの心配が湧きおこるのが私は禁じ得ない。
 外国人観光客の90%は善良な、日本が好きでやってきた人たちであろう。しかし、10%なのか、ほんの1%なのかはわからないが、悪意の外国人はやってくる。それへの用心があるのかどうか。
 日本人は、全く不用心なのである。なにしろ「9条があれば平和が保たれる」と信じ込んでいる能天気ばかりなのだ。

 以前、人身売買をテーマにブログに書いたことがある、2014年8月21日「人身売買テーマの映画と危機意識」である。
 そのなかでリーアム・ニーソン主演の『96時間』を紹介した。
 カリフォルニアの高校生の娘が友達とパリに遊びに行くという、父親は危ないと言って反対するが、強引に娘はパリに行ってしまう。そして案の定、人身売買組織に拉致されてしまうのだ。ニーソンはたった一人で救出に出て行く。
 http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/404075811.html

 娘の父親役のニーソンは元CIA特殊部隊だった男で、娘がパリに行くのに反対するときに言う「世の中の恐ろしさをお前たちは知らない」と。
 私は渋谷で明るくボランティアをしている善意の諸君にあえて言いたいのだ。「君たちは世の中の恐ろしさを知らない」と。

 『96時間』を観ればよくわかるが、マフィアは始めは善良そうな男が声をかけてくる。助けてほしいとか、困っているとか、そうやって日本人と仲良くなって、気を許すように持っていく。あるとき、「まさか」のときに豹変して、本性を著し誘拐していくとか、金品を奪うとかする。NHKも、良いことだ、すばらしい交流だとだけ言わずに、どれほどの危険と隣りあわせかも言わなければ無責任である。

 その場で道順を教えるまではいいとしても、意気投合しても、一緒にランチを食べたり、居酒屋にしけこんだり、タクシーに乗るなどしてはいけない。日本人スタッフ1人と、外人複数人の組み合わせで動くのも厳禁であろう。

 相手は見ず知らずの外国人なのである。
 ほとんどの観光客は問題なかろうが、それだけに「いつも大丈夫」と慣れてしまうのが怖い。昨日の外人も大丈夫だった、今日も良い交流ができた、明日もきっと…と思ってしまう。そこに隙ができる。高校生、大学生になったらもう用心深くしなければなるまいが、世界を知らないから安心しきっている。

 オオカミが狙うヒツジの群れだ。
 先月後半に、名古屋の一等地に支那の領事館を新設する予定が潰れた出来事があった。国有地を財務省が勝手に、支那に売却するべく話が進んでいたのを、名古屋市民が猛反対し、知事や市長もそれに同意して草の根運動が功を奏して、財務省が方針を棄却し、売却しないことにしたのだ。

 この話は「虎ノ門ニュース」で有本香氏が話していたことだが、外国公館への土地の提供に関してはウィーン条約に則って行なわれる。条約だから解釈は微妙に変えられる。その際、日本の国益を第一に考えて運用するのは当然なのに、日本の外務省や財務省は、いつでも「先様のためありき」で何事も解釈するのだという。

 どこの国でも国際条約をどう読むかは国益が大事だが、支那様の意嚮に沿うようにしか読まないのだ。だから名古屋の領事館予定地にしても、もう一度決めたことだからと官僚は押し切ろうとしたが、反対運動が強く撤回せざるをえなくなった。
 官僚どもは、かくのごとく能天気で、バカである。他人を信じること度外れに厚い。

 渋谷で道案内をやらかしているボランティア青年と同じである。
 「ask me」の諸君は、自分たちは善意に酔えるだろうけれど、もし万一のこと(誘拐、泥棒、傷害など)が起これば、社会に多大な迷惑を及ぼすことが果たしてわかっているのだろうか。
 ホテルのようなプロの接客業なら、外国人にパスポートの提出を求めるなど、それなりのリスク対応をしている。丸裸のごとくに外人に対応しないだろう。

 だが、道を訊くくらいのことでパスポートを見せろとも言えまい。だがそれが極めて危険なのである。「ask me」の若者諸君はぜひに映画『96時間』を観て、世の中の怖さを知ってほしい。





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2016年07月21日

イチロー選手の顔つきが卑しい


 イチロー選手がアメリカのメジャーで最多安打の記録を破ったと、大騒ぎになった。そんなことは野球のことだし、彼個人のことだからどうでもいい。
 野球に関しては技能が高い選手なんだろうし、努力の人なんだろうが、彼のヒットが内野安打ばかりで、いわば足で稼いだものだという印象がある。

 そもそもイチロー選手は好きではない。非常に天狗である。俺はすごいんだと顔で語っている。プロ野球に入って以降、ずっとチヤホヤされてきたし、周囲の記者はバカばっかりだし、ファンもどうせカネを運んで来る働き蟻みたいなものと思っているのだろう。
 だから、こんな連中に何を言ってもわかるはずがないと、軽蔑しているのがよくわかる。

 今度の記録達成のあとの記者会見でも、その生意気ぶりが際立っていた。こんな記録は自分のなかではたいしたことはないという口ぶりだった。それは結構だが、愛想がなさ過ぎる。イチローを応援してくれるファンがあって何億円も稼いできたのだから、いくらかはサービスがあってもいいと思うが、彼はそういう人間ではない。

 露骨に記者やファンをバカにした顔をする。野球もわからなにくせに、数字で騒ぐな、とイチローは思っているのだろう。
 記者やファンをバカにするのは分からないではないが、見ていて人を不愉快にするのはいただけないと私は思っている。いつも人を小馬鹿にした態度である。亡くなった落語の立川談志を思い出させる。

 しかし。日本ではスポーツ選手を高く評価しすぎる。なかんずく高校野球、高校サッカーから始まって、商業宣伝の材料なのであろうが…、選手は大人にチヤホヤされ、社会勉強も学業も疎かにするから、スポーツを引退したあとにどうしていいかわからず、博打に手をだしたり清原のように覚醒剤に手をだしたりする。イチローもしょせんはその仲間なのに、以下のエピソードはマユツバものだと思う。

 最多安打の記録を達成したときに、毎日新聞が侍ジャパンの監督をやっている小久保裕紀の感想を記事にしていた。
 小久保は現役のソフトバンクホークス時代にイチローから教えられたことを語っていた。
 小久保選手がプロ2年目に、ホームラン王のタイトル取ったあと、天狗になって練習に必死さがなくなり、スランプに陥った。
 3年目のオールスター前の練習中にランニングしながら小久保はイチローに話しかけたそうだ。

 「小久保:イチロー、モチベーション下がる事ないの?
 イチロー:野球ですか?
 小久保:そう。俺、去年ホームラン王がとれてしまったやろ。何かパ・リーグで一番になった事で、次の目標がはっきりしないのよ。
 イチロー:小久保さんは数字を残すために野球やってるんですか? 僕は野球を通じ、胸の奥にある石を磨き上げたいんです。数字だけ残ったって意味無いと思うんです。」

 小久保は自分より2歳年下の当時23歳のイチローの言葉に愕然としたそうだ。イチローは当時、3年連続首位打者に向け、驀進中だった。小久保は彼の言葉に、穴があったら入りたいと思ったという。小久保もなかなかの人格者だ。清原にもこれくらいの謙虚さがあれば、今ごろどこかの監督でもやっているだろうに。

 この、イチローが言った、数字を残すために野球をやっているのではないとの発言が、このたびの世界最多安打の記録のときにも語られたのであろう。ならばそう受け答えをすれば良かったのに、イチローは記者を小馬鹿にした態度だった。
 あの不貞腐れた態度では「野球を通じ、胸の奥にある石を磨き上げたい」との思いとは矛盾する。

 イチローは巨万の富を得た。得過ぎたのではないかと思う。言うではないか、「金持ちが天国に行くのは、ラクダが針の穴を通るより難しい」と。新約聖書の言葉である。人様が自分で稼いだカネをどう使おうと、口出しはしたくはないが、例えば何億円かを拉致被害者救出のために使ってくれと寄付するとか、何か日本国のために使ってくれとの気持ちがないのでは、「胸の奥にある石を磨く」ことなど不可能であろう。

 要するにアメリカに渡るのは、カネのためである。日本のプロ野球からあちらに渡る者はみんなそうだ。
 なので、私はどうしても心から「イチロー君、やったね」と喜べない。日ごろの彼の片言隻句の軽さ、傲慢さ、を聞くにつけ、しょせんは野球バカかの感想を禁じえない。つまり、やっぱり「野球を通じて」では「胸の奥にある石を磨く」こと、つまり魂は磨けないのであろう。

 せめて引退後に指導者になって、指導論を日本文化の高みを把持しつつ完成してくれたらと願うばかりだ。
 しかしあの態度では、いくら教える中身があっても、後輩の選手は言うことをきくまい。




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2016年07月20日

あのころは…それがサヨクだった


 文芸評論家・江藤淳が敗戦後の日本のジャーナリズムと言論界を「閉ざされた言語空間」と呼んだ。発端はGHQによる言論弾圧であったが、GHQが引き揚げたあとも日本では自主規制が続いてきた。
 とりわけ、左派・リベラル派の人たちが、戦後長く、日本の言論空間を主流派としてほしいままにしてきた。自主規制めかしてサヨク利権にたかってきた。朝日新聞がその代表だった。

 ところが最近になって、サヨク・リベラルの牙城が崩れ始めている。一つには支那、ロシア、韓国、北朝鮮の露骨というか、半面で拙劣な日本叩きによって日本人が国益や誇りに気づき始めたことがある。インターネットの普及で、サヨク・リベラル派が独占してきた情報源が崩されてきたことが大きい。都知事選で、癌末期の鳥越を担ぎ出すしかない凋落ぶり。

 以前は自分たちの主張をかしこまって傾聴していたはずの国民が思うように操れなくなって、サヨク・リベラルは慌てている。苦し紛れに、「みんな、安倍政権の陰謀だ〜」と騒いでいる。それが「あべ政治をゆるさない」とか「I am not ABE」などと中身の説明ができない愚劣なキャッチフレーズを掲げては、なんとか夢よもう一度、と叫ぶ。

 サヨクが慌てるこの状況は、我が国もようやく当たり前のことを当たり前に言える健全な社会になってきたと感じずにはいられない。
 それでもまだ、例えば日本人は国連信仰が抜けない。そこをサヨクは利用しようとさもしい芝居を打って来る。
 慰安婦は性奴隷だっただの、皇室は男尊女卑だの、日本の報道の独立性が脅かされているだの、世界記憶遺産だの、国連の口を借りては、テメエたちの正当性を担保しようとする。

 それを影で操ろうとしてきたのが、とりわけザイニチであることが、どんどん暴露されてきたことも喜ばしい傾向である。
 4月に来日した国連人権理事会の回し者、デービッド・ケイは記者会見で「日本の報道の独立性は重大な脅威にさらされている」と指摘した。政府の圧力がメディアを萎縮させていると。このオバカはさだめし左翼国会議員や報道機関関係者ら左に偏った人たちのから話を吹き込まれたのだろう。

 時を同じくして、国会で高市早苗総務相が「政治的に公平ではない放送をするなら電波を停止することはあり得る」と法律の説明をしただけで、テレビキャスター(電波芸者)どもが「私たちは怒っています」の横断幕を広げてみせて、盛んに「報道現場の息苦しさ」「自己規制」などを強調してみせた。安倍首相は「独裁的手法」で「立憲主義を破壊」した結果、現代日本では言論の自由、そして民主主義そのものが危機を迎えていると、ことさらに眉をひそめてみせた。

 しかし、国連の回し者も間抜けなキャスターどもも、誰も具体的に政府からどんな圧力がかかったのかは語らなかった。何もないから語れないのだ。民主主義も立憲主義も、テメエに都合のいいように得手勝手に解釈して意に沿わぬ相手を「右翼」として攻撃材料にしているだけだ。

 高市答弁を元民主党や破防法対象の共産党どもは、憲法改正反対と言ったら公平ではないのかと、トンチンカンな屁理屈で騒ぎ立てたものだった。誰でもが、放送法で言っているのはテレビでは公平な立場で報道しなさいと言っているだけなのはわかるのに、どこをどうねじ曲げたら、こんなおぞましい主張になるのか。

 1999年「自自公政権」で、元衆院議員の西村慎吾が防衛政務次官のときに、日本も核武装の是非について議論したほうがいいかもしれない、と発言しただけで、野党とマスゴミの袋だたきにあって辞職に追い込まれた。そういう狂った時代があった。鳥越なんぞはそうしたマスゴミに巣食ったゴミだった。
 今なら、この程度の発言ならクビにされるには至るまい。それがサヨクどもに焦燥感をもたらしている。

 サヨク・リベラルとは意見を異にする発言(本当のこと)をしたならば、右翼だの反動だのとメディアの批判にさらされ、袋だたきに遭っていただろう。まさに言論弾圧が当たり前だった。

 現在では、いわゆる「従軍慰安婦」についても、それが虚構であり、政治的プロパガンダであることがあらわになってきた。かつては「従軍慰安婦」という言葉が戦後の造語であることを指摘するだけで、「慰安婦の存在を否定する右翼」と偏見に満ちたレッテルを貼られたものだった。サヨクとはそういう連中なのだ。

 軍や官憲による強制連行の証拠は見つかっていないという事実を述べると、元慰安婦の人権を無視する暴論だと反発された。
 サヨクは「元慰安婦の前でも同じことが言えるのか!」と怒鳴り、意見を言うことさえ許さなかった。言うべきことをいうのは、サヨク集団によるリンチを覚悟しなければならなかった。

 私も友人と話をしていて、福島の原発事故はさほど被害はないと言ったら、「それを広島で言えるのか」とか「じゃあ原発施設近くの水を汲んできて、飲んでみろ」などと罵倒された。
 これで話のスジが通っていると、サヨクは信じているのだから、噛み合ない。鳥越を含めたサヨクとはそういう連中なのだ。

 戦後長く、特権的な立場にあってヌクヌクしてきたサヨク言論人、ジャーナリストらは時代に逆行して、「政権批判を自粛する空気が広がっている」などと盛んに吹聴しているのである。

 ジャーナリズムと言論界では、昔から保守系の言論を根拠なく蔑視し、時に無視し、また時には危険で有害なものだと決め付けて「弾圧」してきた。昔であれば福田恆存が代表的で、サヨク批判の急先鋒だったから、多くの媒体が彼に原稿を依頼しなかった。
 また言うが、サヨクとはそういう連中なのだ。

 サヨクどもはこれまでの嫌がらせ方式がしだいに通じなくなり、逆上するようになった。
 先の参議院選挙での元民主党のスローガンは「まず2/3をとらせないこと」であった。あれほどこだわったマニフェストも止めてしまい、昔の社会党のように反対の反対しかできず、また憲法を守ることしか政策のない万年野党になってしまった。

 まだ政権や保守派への嫌がらせをしていたら、ある程度の票が稼げると勘違いしたまま。
 鳥越俊太郎は今年三月に「安倍政権はテレビ報道を神経質に気にして、監視チームをつくってチェックしている」と語っていた。なんだって? 監視チームがどこに実在するの? これは実態の伴わない被害妄想である。

 鳥越もサヨクを商売にしているから、苦しいのだろうが、報道機関の偏向やジャーナリストのいい加減な発言を監視・検証しているのは、インターネットという情報収集・発信の手段を手にした市井の人たちであって、政府や与党ではなかろう。
 左派・リベラル系の言論人たちは、一般国民の向ける厳しい視線に耐えられなくなってきている。

 そういう世間の趨勢を、元民主党や共産党らは読めずに、鳥越を大物ジャーナリストを見誤って、都知事候補に担ぐ愚を犯した。都政のビジョンもないのに、国政の課題である憲法改正問題をもち出すあたりは、完全にボケ老人である。

 だからその現実から目をそらし、存在しない空想の敵を相手にファイティング・ポーズをとり、「俺は正しい」と言い聞かせている。
 ああ、サヨクとはそういう連中なのだ。

 それが昨夏に騒いだ、安保法制を「戦争法案」やら「徴兵制復活」だの、安倍はヒトラーだのと、空想・妄想に浸った。
 安保法制を、安倍が戦争をするための布石だと言い募った連中は、まぎれもなく、ウソばかりついて、支那や韓国の手先として「閉ざされた言語空間」を支配してきた、おお、それが左派・リベラル派だったのだ。




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2016年07月19日

“皺”の作家・太宰治のいじましさ(2/2)


《2》
 明治以降の小説には私小説に見られるように、小説の作者と作中人物が混同される、もしくは重なって読まれる傾向がはなはだ強い。作者自身も同一視して書くことが多かった。
 だから太宰などの無頼派にみられるように、ハチャメチャな暮らしをし、女色に溺れ、波瀾万丈にしておいて、それを書く連中が多発した。

 想像力を駆使するのではなく、作家が作家自身のことを主人公にして書くことになった。当然ながらそうなると、文学の柱の一つとも言うべき思想あるいは思想性が欠落する。「ボクってみじめなんだよ」の甘えのどこに思想がある?
 日本の文学風土で独自の、小説作者と作中人物の混同、同一性が起きる事について、文芸評論家・谷沢永一が的を射た論評をしたためていた。それを紹介しよう。

     *     *

 大正期には、むしろそういう結果を生む成りゆきが、その作家の純粋を保証する現象であると見倣されていた。逆に作家と作品との間に距離があれば、未だ至らぬと排斥され貶められるのである。我が国に独自の私小説が主流となってゆくその端緒となる試みが大正文壇の特色であった。

 本格小説と私小説という対立の構図が生まれたののこの頃である。トルストイが本格小説の象徴であるかの如く尊崇されていた時代に、トルストイは通俗作家にすぎないと、久米正雄が放言したのは周知であろう。作家と作品とが臍の緒でつながっていないと見られたら、純粋ではないと負の評価が下された。

 作家は錬磨された自身の心情を、直接に吐露すべきであると信じられていた時代である。大正期の作家にとっては虚構なんて嘘の上塗りであると感じられた。社会の外にはみだした流連荒亡の生活をそのまま記した葛西善蔵こそ、作家精神の権化であると錯覚するのが時代の風潮であったと思われる。その行き着くところが私小説であった。この間の経緯を見事に解剖したのが伊藤整の『小説の方法』である。この人は私小説を消滅させる業師(わざし)としての冴えを見せたのである。
 (谷沢永一著『開高健の名言』KKベストセラーズ刊)

     *     *

 文中、葛西善蔵のことが出てくるが、まさに大正期を代表する私小説作家だった。
 極貧で生活も荒れ、喘息を患い、最後は肺病で41歳で死去した。
 葛西の小説は自らの体験にべったりの私小説である。妻を故郷青森に置いたまま東京で別の女性と同棲して、子もなしたことで世間の風当たりは強かった。破天荒、酒乱、生活破綻、不倫、病気…そういう生活を疾しさもなく、改善しようともしないで書くのだから、当時の文壇そのものが狂っているとしか言えまい。

 私小説とは、俺がこんなに真摯なのに、社会が歪んでいるから生きるのが苦しい、俺は真情に生きている、ありのまま自分らしく生きたいだけなのに社会が許してくれないとする愚痴である。
 葛西の小説を評価する向きは、私情を真率に吐露しているということで評価されたのである。谷沢の言うとおり、時代の風潮とは恐ろしいものだった。

 その背景にあったのは、全てではないだろうが、共産主義である。
 共産主義思想が日本にも入ってきて、作家志望者たちもかぶれた。だが、弾圧されたり仕事に見放されたりして、転向してゆく。共産主義は社会への不満を吸収したから、持てはやされたけれど、当時も今も多くの庶民は現実にしっかり根を下ろして生きている。

 昔の作家たちの多くは「左翼くずれ」であった。憧れの共産主義は日本では実現しない、一方で暮らしてもいけない、だからやけ酒を煽り、自分はいっぱしの知識人だとの自惚れがあるから、自分と社会の齟齬に苦しむことになった。

 左翼くずれの小説家や文学青年たちは、左翼運動の挫折、転向を経て癒されない傷を心に抱え込んだと“自負”(皮肉で言えば)したのだろう。社会とか思想とかいうものに向かっていったつもりが、その道をもろもろの理由で断たれたことを踏まえつつ、己れの人間としての弱さや醜悪さを真面目に、真情でしたたためることが流行したのだと思う。

 だから日本知識人は「弱者」が大好きなのである。権力には逆らえないし、階級は変えられないし、貧乏はどこまでも貧乏だし、自分はもともと社会不適合なんだと、要は甘えに頼った。その甘えでしかないものを「文学」と称して、あるいは人間の悲哀と称して、レーゾン‐デートル(raison d'être 存在価値)にしようとした。

 真情を吐露しなくていいから、ちゃんと正業に就いて、酒を断ち、病気を治し、家庭を大事にすればいいだけのことで、何も懊悩をわざわざ選んで堕ちる必要はなかった。社会が優しくないと愚痴ったところで、それは当たり前である。敵だらけなのだ。
 ところが。
 現在に至るもなお、日本の文壇ではこの傾向が「総括」されていない。さすがに葛西善蔵や太宰治のごとき破滅型は減ったが、思想性のカケラも感じられない小説や詩ばかり。

 谷沢永一は、先の本のなかでこうも説いている。
 「私小説が主流に祭り上げられながら、連綿と続いてきた我が国の謂わゆる純文学の構成は、開高健がミもフタもなく指摘する如く、常識人を無理に発育不全の欠落者に仕立てる計算であり、その伝統をほとんど究極までに完成した記念碑が『人間失格』なのである。」

 谷沢はさらにこう説いた。
 「明治以降、我が国の小説が思想の代理を務め、批評家もまた、文芸に思想性を求める連携プレイが、開高健にとっては不純な風土としか見えないのである。」
 そのとおり、日本の文学界は不純だった。開高が文壇デビューしたときに、抱負を語っていたなかに、日本の文学にはその文体を支えるものが思想ではなかった、自分はそんな文学は目指さないという主旨を述べていた。その意気や善しだった。

 思想とは平易には考え方ではあるが、「思想」と大上段に振りかぶって言えるのは、ある思想家とか作家とかが時代を動かすほどのレベルに達している場合である。定義はさまざまだろうが、明治以降に、思想と呼べるほどの優れた認識を出して時代を変えたといえるほどのものは、あまり出ていないだろう。

 大学に職を得ているご仁らは外国思想の輸入ばかりだった。新聞記者は他人のフンドシで相撲をとるばかり。あとは文芸の世界しかなかったのである。小説家、詩人、編集者、評論家、それらがかろうじて「思想」の発信者であった。
 しかるにその連中が、これまで見てきたように、左翼くずれだったり、いじけた人格破綻者だったり、個人的体験の真情を吐露すれば良いと考えていた連中だったから、思想というほどのものは生まれようがなかったのだ。

 私が強いて挙げるとすれば、思想と言えそうなのは、敗戦直後の坂口安吾の『堕落論』、吉本隆明の詩人たちの戦争責任論、伊藤整の私小説批判、広津和郎の松川事件裁判への提言あたりであろうか。しかしそれらも大きく文芸世界に身を置いての発言だった。
 そんな中、我が国史上初の快挙が南ク継正先生による武道哲学の完成である。これは学問であって、思想ではないけれど…。

 なぜ敢えて「思想」と言ったかといえば、その武道や哲学を研鑽するバックボーンは、思想性の高みそのものだったからである。
 南ク先生によって文学者以外からの金字塔が打ち立てられた。端的に言えば、これからの日本のみならず世界の学問であれ藝術であれ、文芸であれ、南ク継正先生の学を踏まえないものはクズとなる時代に入ったのである。

 再度言っておけば、無頼派だの私小説だのの潮流には、思想性の高みが欠落していたのである。だから「思想」と呼べるほどのものは生まれようがなかった。




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2016年07月18日

“皺”の作家・太宰治のいじましさ(1/2)


《1》
 もう先月のことになるが、6月19日は桜桃忌であった。
 来る年も来る年も、マスゴミは取り上げて、この太宰治の命日におべんちゃらを書く。よく飽きないものだ。

 太宰は、新戯作派・無頼派の作家と言われた。
 1948年6月13日、太宰は愛人・山崎富栄とともに東京都三鷹市付近の玉川上水に入水自殺した。没年38歳。だが、遺体が上がったのは6日後の6月19日。この日は、太宰の誕生日だったので、太宰を偲ぶ日となった。

 桜桃忌には、ゆかりの寺に愛読者が毎年やってきて線香をあげてゆくそうだ。今はどうか知らないが、以前は新潮文庫(文芸もの)の人気ナンバー1は漱石の『こころ』、二番目が太宰の『人間失格』だったと記憶している。私も中学・高校生のころに太宰作品はいくつか読んだが、いっかな琴線に響かず、怖気をふるってむしろ軽蔑の対象となった。

 太宰が入水自殺を遂げたのが、愛人との心中だったことが許せなかった。それまで自殺未遂をなんどもやらかし、心中しようとした女は死んで太宰が生き残ったこともあった。
 愛人を持つには理由があるとしてもいいけれど、いくらなんでも奥方も子供もかわいそうである。太宰を愛読する人たちは、そのことをどう思うのだろうか? 自殺するならせめて奥方と離婚してからにしろよ。

 不倫したタレントは口を極めて罵るくせに、太宰ならいいのか?
 太宰は麻薬パピナールの中毒者だった。覚醒剤をやったタレントには厳しくして、太宰がやったことはしょうがない、苦しんだろうねと同情するの?

 太宰本人だけが気の毒な人間なの? それに、佐藤春夫宛に「どうしても芥川賞をください」と泣訴した書簡が公開され、いっそう軽蔑の思いが強くなった。みっともない男の極地じゃないか。
 要するに、彼の小説のタイトルのまま、奴は人間失格だったのである。そんな小説を読んだって、何の足しにもならない。

 こんなゲス男が世間で今も持てはやされるのは、一つにはマスゴミが評価するからだ。彼らは俗世で人気さえあればいい、読者が関心を持つだろうからいい、それだけである。
 太宰の小説はいったい何だったのか、文学といえるのか、などを問う向きはほとんどない。「昭和の文豪」などとすら言われる。

 何をいうておるのや、おたんこなす!

 『人間失格』の主人公すなわち太宰は、大人になっても世の中の仕組みを不満だけで認識し、人の気持ちを思いもしない欠陥人間だった。太宰も一応秀才だったから、自分が一般社会に適応できない欠陥を持っていることを表には出さないようにしつつ、それ周囲に「道化」てみせるのである。そんなもって回った芝居を打たなくても、まずは食事、睡眠、運動をちゃんとやれば愚劣な狭い世界に閉じこもる必要はなかった。

 太宰の系譜は今も日本文学界の主流である。昨今の芥川賞作家のものは、いかに主人公が沈湎(ちんめん)している人物かを押し出そうとしているものばかりであって、その巧拙を競っているようにしか見えない。
 純文学系と言われる小説のテーマは、当人以外にはとりたてて問題にする能わざる低度の、煩悶、懊悩、失落、不全、沈殿、厭悪、喪失、孤独、不毛、不適合、惨落、悄然…のオンパレード。

 いじましい状況をいかにたくみに筆を行(や)るか。自慰行為である。
 自分が傷ついているというが、周囲がどれほど迷惑を被り、傷ついているかの頓着なし。その典型が太宰だった。
 彼も今となって思えば鬱病だったのだろうが、人に迷惑をかけるなよ、である。

 大正・昭和のころの作家は、太宰がそうだったように、大地主なんかの息子が多く、たいていは小説なんかにのめり込んで親から勘当された者が多かった。貧乏で生きるのに精一杯なら、さもないことで煩悶したりしていないものなのに。贅沢病である。当時の作家たちには、現在より「家」の問題が重くのしかかっていたろうが、ここではテーマが広がりすぎるからカットする。

 太宰の少し前、無頼派と呼ばれた作家どもは、田山花袋にしても、アホかというものであった。『蒲団』なんて読んだことあります? なんでこんなのが文学なのって、思いませんでしたか? 酒に溺れ、ろくに生業に就かず、女を求め、いじましき己に酔うばかり。
 そもそもこういうのは漱石や鴎外、芥川龍之介なんかが、上質な文学とは、どこか精神の欠落がある人生というお膳立てをしつらえるものとされたあたりから始まっているやに聞く。

 そういう軟質で陰気な作品でないと、読者受けしないと作家も思い、編集者も信じた。
 フランスの小説だが、レイモン・クノーの『地下鉄のザジ』はユーモアあふれる痛快な作品であったし、英国のアンソニー・ホープの『ゼンダ城の虜』も、わくわくドキドキの物語で、愛読したものだった。でも日本ではほとんど文学の埒外に置かれる。
 お高くとまった岩波書店は、そんなものは貶価の対象だが、『蒲団』は岩波文庫に入れた。

 私がかつて愛読した開高健は、初期のものは社会性があり、ユーモアもあり、ひたすらの陰鬱な作品ではなかった。いずれ取り上げるつもりだが、『日本三文オペラ』は一番好きな作品だった。たっぷり笑えた。
 後年の『夏の闇』が高い評価を受けたが、これとそれ以降のものは彼のなかでは内面に沈潜する私小説となっていて、私はあまり評価していない。

 だから生前、私小説に傾く前の開高作品は批評されることがとても少なかった。日本文学の異端扱いだったのだろう。太宰の系譜につながる陰気な大江健三郎のほうが江湖の評価は高かった。おかしな話…。

 開高はこう書いていた。
 「本邦の現代文学界においては“笑い”よりも“皺”(しわ)が重んじられる。笑いのうちにこめられた知恵の閃きは見すごされ、メッキでもよい、苦悩の皺があればホメられる。皺は一流、笑いは二流とされている。笑いというものは表現するにあたっては皺よりもはるかに精神力を必要とするものなのである。」(『魯迅に学ぶもの』)

 開高が「皺の小説」と呼ぶのが、明治以降の日本の文学界の特質なのである。しかし、日本では開高の指摘は閑却され、ユーモアや笑いを描く作家を1ランク下に見てきた。これが出版事情というより、わが国の精神風土だから困ったものなのだ。それが21世紀になっても延々と続く。その一風景が桜桃忌の賑わいなのだろう。




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2016年07月16日

リハビリの正否はどう分かれるか(3/3)


《3》
 では具体的に、K氏のリハビリの様子を説明する。
 K氏は左半身が麻痺したそうで、「なった人でないとあの痺れはわからない。だからそれが辛くて、みんなあきらめてしまう。だが、絶対にあきらめるなということだ。この信念を持ちつづけること」とおっしゃる。

 ペットボトルに半分ほど砂を入れる。それを両手に持ってランニングをする。毎日30分は走る。このペットボトルに砂を入れて、「シャカシャカ」と音をさせることがポイントである。はじめは手を振ることができず、砂のシャカシャカという音がしない。しかし、シャカシャカという音がするようになると、「あ、手が振れるようになったな」とわかるので、治ってきたという励みになる。

 裸足になって、公園内の小川に点在する大きな石を跳ぶように歩く。これで足が血だらけになったため、病院の看護婦と大ゲンカになった。看護婦はそんなことはやめろ、といい、K氏はやめなかったから。
 公園内の小川は一歩間違えば川に落ちるというギリギリのふちを歩いた。はじめはきちんと歩けず、グラグラするのをふんばって歩いた。何度も川に落ちた。昼間だとちょっと恥ずかしいので、夜中に行って、これを毎日3時間続けた。

 左右の手を見ながら握ったり、開いたりする。これは通常の病院のリハビリでは、動かないほうの手だけやらせるが、動くほうの手といっしょにやることが大事である。なぜなら、動く右手を見て、それと同じように動かすということであって、「必ず右手と同じ動きができるんだ!」という信念を形成しつつ動かすことになるからである。これはヒマさえあればやっていた。

 ペットボトルに半分ほど水を入れる(重くする)。これを動かない左手で水平に持って、指を使ってくるくる回す。
 声については、腹から出すようにした。それで、きちんとしゃべることができるようになった。
 以上のことは、南郷先生の本を読んで。自分なりにこうやったらいいだろうと考えだしたものである。
 というものである。さすが見事なリハビリだ。

 K氏のリハビリに関して、一般的に言えば「人間の体を運動形態で捉えてリハビリをするとこうなる」となると思う。ただ、それではあまりに一般的すぎて、彼の実践が他の人の役にたたない。
 一般的な解答を、もう少し詳しくいえば、人間とは何かから解くという ことになる。人間の本質的構造は何かといえば、「人間は創り創られて人間になる」だ。子どもでいえば、人間の成長には必ずそれなりの過程が創り、創られてある、ということだ。

 これは当然リハビリにもあてはまることで、左手が麻痺していようとも、それはもう一度創りなおせばよいのである。
 「脳細胞の成長も、その脳細胞の体系的支配下にある全身の神経も、そして感覚器官をとおして脳細胞のなかに成長されていく認識も、これはあてはまる」と南郷先生は説いている。
 この説かれた内容を、K氏は実践した! そこに凄みを感じる。

 普通は、人間は創り、創られして人間になるのか、そうか、そうか、と「わかって」それでおしまいになる。これが「秀才」である。もう、たったこの文言だけでわかってしまう。そうではなく、やってみなければわからないのに。
 われわれは、著作や講義から、K氏のようには実践しない。読んでわかって、それっきりにしてしまう。彼は、「創り、創られて人間になる」というたった一言から、これだけの実践を考えだした。

 だから、われわれがK氏の実践から学ぶべきは、個々の具体的実践、ペットボトル運動や砂利道歩きそのものを真似るのではなく、一般論から、具体を引き出したその姿勢にある。もし知り合いに脳梗塞からのリハビリをやっている人がいて、こうやればいいとアドバイスするのなら、ペットボトル運動など個々のやりかたを教えるだけではなく、基本たる「人間は創り、創られて人間になる」という原則から説かねばならない。

 このように、実践からつかんだ論理で構築した一般論を創ることこそが、大事であり、その上達論一般がノウハウとして使えるのである。
 介護にあたる人はこれを参考にして、自分の介護の仕事に生かし、その実践を積み重ねることから、自分なりの「介護の本質論=一般論」を導きだす努力をしなさい、ということなのである。「こういうときには、こうすればいい」というアドバイスは、まだ単なるノウハウでしかない。いうなれば「どんなときでも、こうすればいい」となるのが、一般論の強みなのだ。

 K支部長のリハビリに戻れば、感覚器官を必死にしごいて、神経を呼び覚まさせ、あわせて「感覚器官をとおして脳細胞のなかに成長されていく認識」までも鍛えあげたのである。神経と認識の両方を鍛えぬいた。この認識面でのリハビリも見事というほかない。例えば川っぷちを歩いて、転落の恐怖をわざわざ設定しながら神経と認識の両方を鍛えあげた部分など、感嘆する。

 転落の恐怖を味わいながらということはそれだけ認識が必死に、シャキッとせざるを得ない。そのシャキッとする認識が神経をいっそう鋭くしていったのである。
 逆にいえば、半身不随になった人を車椅子に乗せることがどれほど、患者の頭(神経)を鈍らせ、リハビリを遅らせるかがわからねばならない。長嶋はあわれにも、恐怖を味わうことのないリハビリをやったから、失敗したのではないだろうか。

 K氏の脳卒中からのリハビリについて書いてきたが、彼がなぜ成功したかの訳をこういう視点もあるかと思い、紹介する。
 甲田光雄という断食を指導して難病を直している医師の以下の文言を読んだ。
「私は長年断食療法の研究を続けてまいりましたが、断食する人の精神状態によってその成績がひじょうに違ってくることを痛感しているのであります。強い不安感や恐怖感を抱きながら断食を行う場合、あるいは強制的に行う場合と、「この断食で自分の病気は必ず治る」と確信して喜び勇んで断食を行う場合とでは、その結果に歴然たる差が生じるのは当然であります。
 喜びや希望で、体内でのβエンドルフィン(ホルモン)分泌が増え、不安や恐怖ではアドレナリンの分泌が増えることからもその理由を説明できるはずです。」

と、こう説く。
 K氏のリハビリも、このように「この運動で自分の半身麻痺は必ず治る」と確信して、喜び勇んでリハビリをやった! というところに彼の成功の大きな要因があったと言えると思う。
 「本当に治るかな、さらに悪化するんじゃないか」と不安と恐怖で歩いたら、おそらく失敗したと思われる。
 これほどに心意気しだい、気の持ちようというのはすべてを左右するのである。




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2016年07月15日

リハビリの正否はどう分かれるか(2/3)


《2》
 リハビリに関わる錦見有恒さんが、患者にやる気がないことを嘆いておられた。そのお気持ちはよくわかる。ご尤もだ。ただ、患者を非難するのは正しいだろうけれど、あえて機能回復訓練に従事される方にもいくつか提言しておきたい。
 例えば、療法士のほうも患者も、夏でも厚着、長袖ではやっていないのではないか? 汗だくでやればそれだけ新陳代謝が活発になり、好結果につながるが…。

 往年の名投手、金田正一は決して冷房の効いた部屋には入らなかった。現在のホークスの監督、工藤公康も現役時代から決して半袖は着ていない。真夏でも。
 暑いからと半袖や短パンを着て、カラダを冷やせば患部の治りは遅くなる。汗をかければかけるほど望ましい。

 よって、リハビリ施設では夏でも冷房はいれるべきではない。窓を開けて空気を入れ替えていれば十分だ。患者は暑いと文句を言うだろうが、バカ言うんじゃない、汗をかくのはリハビリのためである。
 熱中症が心配だというなら、毎朝乾布摩擦をし、足裏を人工芝裏側で刺激し、交感神経を鍛えれば、どうってことはない。
 
 こういう研究をリハビリに関わる専門職の方は実践してほしいものだ。

 ここからは、以前書いた「リハビリの正否をわけるもの」の再録である。内容は大幅に書き替えてある。

    ■     ■

 巨人の長嶋元監督は、依然として回復がかんばしくない。片腕が使えないまま。
 わが流派には脳梗塞になりながら見事に復活をとげたK氏がいる。
 長嶋がダメで、K氏が見事に成功したのはなぜだろう。私は興味があったので、K氏がどんなリハビリをやったか尋ねてみた。
 ひとつは実体の面で、たぶん長嶋はK氏に比べて、病気になってもグルメを続けているのだろう。玄米、みそ汁、漬け物、目刺し、なんていう素朴な食事はしてないだろう。もし長嶋が相変わらずグルメをやっていたら、やはり治りは悪いにちがいない。そもそも脳梗塞になるのは、食事が悪いからだ。

 長嶋は有名人でお金持ちだから、周囲が甘やかしてくれる。理学療法士だって、天下の長嶋さんをしごくわけにはいかない、と考えてしまうだろう。決して無理はさせないことになる。
 しかし真実は「リハビリの痛みの数だけ治っていく」のである。そういう痛みに長嶋みたいなカネ持ちが果たして耐えられるか…。

 なんといっても肝心なのは、認識のありようではあるまいか。K氏は空手道場を主宰されていて、弟子を育てたい、弟子にみっともないところを見せられない、といった志があったはずである。ところが長嶋にはそんなものはない。もう現役を退き、監督業の戻ることもあるまい。志の支えになるものが消えている。

 その志が、あるいは情熱が、K氏を頑張らせたし、長嶋には志がないから適当なリハビリになるのではないか。長嶋は南郷先生が『武道の理論』で「情熱打法」と言われたことがあって、現役のころは、技を必死に磨くよりも、燃える気迫みたいなものだけで野球やっていた。だからそういうのは、若いときはそこそこ良くても、年とると消えていく。

 つまり情熱すらが、技化しておかなければいけないのに、長嶋は技化しなかったってことになるのだろう。
 ふつうは長嶋のように70歳80歳にもなれば枯れてしまうだけ。情熱は若いうちだけと、つぶやいて死んでいく。そういう違いではあるまいか。

 ふつう、サラリーマンは新しい外界というものを拒絶することで、会社人間になる。そうでなければ会社でやっていけない。しかし定年後にどうやって新しい外界に入っていけるのか。
 サラリーマンは、会社のバッジをはずしたとたんにダメになる。
 だから、サラリーマンは会社にいる間に、個として生きる実力をつけなければならない。そのために空手をやり、弟子を育て…が正しい。

 一流会社あるいは一流官庁に勤務する人間ほど、会社人間に、組織人間にならなければ、やっていけないのが現実である。三流会社は適当でも済む。その結果、定年になって会社から捨てられ、呆然なすすべを知らず、になる。そうなってからでは、もう新しい外界に適応することも、挑戦していくことも不可能なのである。
 あんなに会社に忠誠を誓い、粉骨砕身仕事に励んだのに、その結果が「ポイ」なのだ。

 勤め人も役人も「ボクがいなければ会社が困るから」とか「ボクがやらないと、仕事が止まってしまう」とか、そういう思いでいるいる。よしんば事実だとしても、それで体を壊し、定年後の無為な生活を迎えることで、いいのか。
 だから、サラリーマンは会社にいる間に、個として生きる実力をつけなければならないのだ。 

 介護の現場では、こういう「個としての生きる実力」をつけてこなかった老人たちが、いやになるほどいるだろう。彼ら怠け者老人たちは、老いて「新しい外界」に入っていく能力も気力ももはや残っていないのだ。その彼らも、かつては立派な会社人間、企業戦士として、残業や休日出勤にプライドをかけ、情熱をそそいできたものだったのである。

 昨日までの会社人間は、定年を境に「粗大ゴミ」として量質転化する。それでいいんだ、定年で燃えつきる、それが俺の人生だ、と言い切れる人はいい。だが、定年後も人生は続く。その人生を若者が保険料を払って支えるのは、若い人の人生を奪って介護させるのか。
 だから言う。個としての生きる実力をつけようじゃないか、と。

 K氏は空手を通して「個として生きる実力」を教えられていた方であったのだ。だから立ち直れたのである。その「個としての生きる実力」とは、彼の場合は弟子を育てることもそうだが、苦しい稽古に耐え、弟子の指導で親身に悩みして精進したからこそ、身についたのである。




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2016年07月14日

リハビリの正否はどう分かれるか(1/3)


《1》
 リハビリのことについては、何度か本ブログで取り上げてきたが、「変わりたくない自分の感情」(6月3日付)に、錦見有恒様からコメントをいただいた。この方は「機能訓練を中心としたリハビリ・デイサービスで仕事をしている」と書かれていた。
 「ほとんどの方が動けないレベルでやってきて、何とかしてくれと頼ってきますが、その前にご自身で何か努力しましたか?と言いたくなります。口を開けば愚痴や不満だらけです。」と。

 それを受けて、またリハビリについて書いてみようかと思う。
 私自身はそうしたリハビリを受けたことがなく、病院でちょっと見学したのと、テレビで様子を知るのみだから、実際は違うかもしれないことはご容赦いただきたい。
 
 理学療法士・作業療法士や介護職の実践におそらく欠けているのは、人間は認識と実体との相互浸透的統一体という理論ではないか。さらに言えば、人間は認識と実体との相互規定的存在である。
 むずかしい言葉をのっけから使うなと言われそうだが、これは弁証法を学んでいなければ分からない。普通の人は認識と実体を別々と捉えている。

 簡単に言えば、カラダを動かすことと、心の持ちようは互いに影響しあうのである。カラダが思うように動かせなければ心は落ち込む。心が前向きでなければカラダを動かしてリハビリに勤しむ気になれない、などである。
 それを学問的に捉えて「人間は認識と実体との相互浸透的統一体」とするのであり、結果として心がどのようなことをしたからがんばってカラダも動くようになったか、カラダがどうやって動くようになったから心も明るくなったか、というありようを見てとって「相互規定的」だというのである。
 
 例えば、リハビリを行なうトレーニング施設の部屋の中。
 これは果たして、患者がリハビリをするのにふさわしい心とカラダのためにベストの状態なのであろうか。どうも療法士の仕事に都合の良い視点でしか創られていない気がする。リハビリをするための器具があり、空調も整い、スタッフが揃っていて申し分ないようではあるが、患者が「今日も行きたい」と胸躍らせる部屋になっているのか? そんな必要はない、リハビリに必要充分な施設だと言うだろうけれど。

 例えば動物園を想起していただきたい。トラでもゾウでも、生きていくには動物園は必要充分な施設であろう。だが、あの狭い空間が動物にとって幸せな環境と言えるのか? 
 餌はもらえる、糞尿は始末してくれる、外敵はいない。自然界にいるより長寿かもしれない。でも…、生きていると言える?

 別の例で言うと、私は都会にあるジムには行きたくない。狭い空間にウエイトトレーニングの器具が置いてあって、親切に付き添って指導してくれるインストラクターもいる。筋肉を動かすに必要充分なものが揃っているにはいる。でも、あの人工的な施設の中にカネをはらってまで行きたくない。

 昔、シルベスタ・スタローンの主演映画『ロッキー4 炎の友情』(1985年)があった。ソ連のボクサーと米国のボクサー(ロッキー)が闘う。ソ連の選手はジムでいわゆる科学的と称されるトレーニングで最強のカラダを手に入れている。一方のロッキーは雪のなかで走ったり、木を斧で切り倒したりして鍛え、ジムでの器具を使ったトレーニングは行なわない。
 この映画はそのトレーニング法を対比させ、どちらが正しいかを解いた点で名作である。

 以下に予告編が見られ、ストーリーの概略がわかる。
https://www.youtube.com/watch?v=3S4ypty5ZGw
 その上で、以下の両者のトレーニングの詳細が見ると良いだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=q57qB6Kwroo
 リハビリや介護関係の方はご覧になると良いと思う。

 そう申せば、だいたいのところは分かっていただけようか。
 例えば、リハビリで歩くのは、花と緑あふれる公園だとか、川のせせらぎや野鳥の鳴き声が聴こえるとか、広大な海原が目の前に広がっているとか。リハビリのときの支えになる棒は自然の枝であるとか、そういう心休まる場所なら、どんなに前向きになれるだろう。

 と思うのは、おそらく禁止であろう。
 冗談じゃない、そんな施設にしたら、スタッフの苦労は増加する、カネがかかる、リスクもあるなどと言われて、そんな夢物語は現実を全く知らないアホが言うことだと一蹴されるにちがいない。けれど、それを無視できるということが、「人間は認識と実体との相互浸透的統一体」だということが理解できていない証左である。

 こう言えば不謹慎の誹りを受けようが、男の老人のリハビリならば、若い女性スタッフがビキニを着て介助したら、どれほど老人がリハビリに意欲的になり、頑張るか、誰でもわかるだろう。まさかそれはセクハラだとなじられようが、私が言っているのは、人のココロとの関わりである。現今のリハビリは、筋肉さえ動かせば能事足れりとしているのではないかということだ。

 以前、本ブログで紹介したことがあるが、完全に痴呆と見られていて植物状態にあった老婆を、その義理の息子さんが、リハビリを行なって、見事奇跡に回復を成し遂げたことを。
 具体的には、いかに神経に働きかけるかであった。

 「まずは、締め切った部屋の窓を開けて新鮮な外気を取り入れ、布団を敷き替え、体を洗ってやりました。次は家族に話しかけるようにさせ、私は萎えた両足を丁寧にさすり(血行を良くすると共に神経が通うようにと)これはその日2時間以上おこないました。この日は変化なし。

 次の日起きると同時に窓を開け、体を拭いて、それから又話しかけながら足をさする。
 午前中、田舎の親戚回りをするというので、お婆さんを背負って一緒に外に連れだすことにしました。何軒かの親戚を回ったときには、物言わぬお婆さんに親戚の人たちが『連れてきてもらってよかったね』とか『まー、おぶってもらって』とかいろいろと話しかけてくれたのです。」


 その結果、老婆の意識が突如戻り、家族と話ができるようになったのだ。これは夏休みを利用して奥さんの実家に滞在したほんの数日の出来事なのである。
 彼は「人間の認識は五感器官をとおして(神経を働かして)外界の反映である」という原則(一般論)をもとに働きかけようしたのであった。

 誰もが見逃しがちだろうが、「窓を開けて外の空気を入れた」ことも回復への大きな要因であった。たいてい、老人は自分からもそうだが、家族は危ないからといって家に閉じ込める。よって、外界を五感器官を通して神経を働かして反映させることが乏しくなって、痴呆にいたるのである。

 本来はアタマがヤワになりはじめてから、いざリハビリとなるのではなく、若いころから、五感器官を通して神経を働かせる習慣や意欲を創っておくことである。
 リハビリに関しては問題は多々あるが、今回は一部に絞って言及してみた。いうまでもあるまいが、努々これで全てだとは思わないでいただきたい。




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2016年07月13日

国家の本質は、他共同体との対峙(2/2)


《2》
 9条信者の間違いのもとは、世界中の人が平和を望んでいて、良く晴れた日にみんなでお花畑にピクニックにいくような社会を実現できると思っていることだろう。
 人間社会はトラブルは付きもので、紛争の連続である。ゲバルトで互いに傷つけあおうが、カネを巡って騙し脅しがあろうが、地位を巡って陰謀をめぐらそうが、イジメがあろうが、局面もやり方も様々であるにしろ、それが当たり前、常態である。

 だから以前、社会をポーカーに譬えて説いたが、勝ったり負けたり、騙されるかと思えば騙していたり、駆け引きがある世界である。
 ポーカーゲームこそが人間社会の根本原則であるが、ゲームと違って現実社会は誰も抜けられないのである。自分だけ抜けて「9条が書いてありますから抜けます」、とはいかない。

 戦後日本は民主主義教育とやらで、文科省も日教組も、人間は平和に暮らせることが正常でかつ理想で、戦争が起きるのは異常なんだとする教育をしてしまった。人間はそもそも共同体の存続しだいで生かされ殺されるという認識や社会規範を間違って教えてきた。
 だからその愚かな洗脳を受けたまま、大人になっても変われない、気づかない。
 
 そういうお花畑状態の人があまりに多く、憲法改正ができないまでになっている。これが国家を滅ぼす道だとも思わずに…。人間が争うものであるのは、キリスト教的に言うなら「原罪」なのである。
 それが嵩じて日本では、社会保障が絶対的な善となっている。
 社会保障を充実させればさせるほど、共同体は立ち行かなくなる。

 今は例えば一人の高齢者を5人の若者が支えているとしても、20年後には一人の若者が一人の高齢者を支えなければならなくなる。それは目に見えているのに、とぼけてなんとかなると騙している。自民党から反日政党までみんなウソをついている。
 社会保障が必ず破綻するように、みせかけの平和は必ず破綻する。なのに、与党も野党も官僚も社会保障のさらなる充実ばかり主張する。

 これを本来のありように戻すには、弱者は「適者生存」の原則に従わせる、自活できない高齢者は安楽死させる、勉強しなかった者が落ちこぼれる。そういう社会にしていくしか生き残るすべはない。
 難民は国家に保護されない。人情的には気の毒で胸が傷むが、それが人間の宿命である。
 
 実際、韓国人がどれほど日本社会に浸透し、隠然たる支配をしているか、ある日気が付いたら日本は韓国人に全部乗っ取られる。なぜなら、それが人間の本然たる争いそのものだからだ。とりたてて韓国人が悪いわけではない。油断しているほうが悪い。
 日本が韓国を併合したのは、される韓国が悪いのと同様、現今の日本が韓国ザイニチに蹂躙されているのは、されるほうが悪い。

 今度の参院選。私はアリタヨシフ、パクジンイル、フクシマミズホ、コニシヒロユキ、レンホーなどの反日議員を当選させてしまった事が情けないと思っている。あんなブタどもに投票するほうが悪いのだ。

 人間は死んでゆくものである。なぜ死ぬかといえば、生命体には寿命があるからであり、寿命があるのは、生命体が世代交代するためである。もし世代交代しないで、現在生きている人間だけが何百年も生きたらどうなるか。子供は生まないで、自分たちだけが医学の進歩とやらの恩恵を被ったとしてず〜〜〜っと生きたら、私たちは社会性ある人間としても、また自然界に生きる生命体としても、滅びるのだ。

 早い話が、もし江戸時代の人が現在も生きていたとしたら、この21世紀の社会、文化文明に適応できるのか? できはしない。今風に言えばトレンドに追いつかない。社会は変わる、自然も常に天変地異が起きる。それに適応して人間が生存していくには、自分が死んで子孫に後世を託すしかない。後世の新しい頭脳とカラダで新時代に適応していくのだ。
 
 今ある私たちの生命は、自分のものでありつつ、先祖からいただいたものである、また子供のためである。これは矛盾である。つまりあるものがあるものであるとともに、あるものでないとは、自分であるものが自分であるとともに、先祖のもの、子供のものであることと両立する。これが弁証法である。

 これは言うなれば横の関係(命をつなぐ関係)であり、縦の関係としては、自分は個であるとともに集団(共同体)の一員でもあるという二重の(矛盾の)構造になっている。その矛盾があってこそ生命は生きながらえ、もしくは言い方を換えれば、矛盾を創出したから〈生命の歴史〉が成りたった。
 
 動物はたいてい下等なものは子孫を生んだら死ぬ。高等な動物は子供を育て終わったら死ぬ。この循環によって生命はつながる。
 人間は未完成で生まれてくると言った科学者がいたが、それは見方が間違っている。生命体の維持、発展、地球の変化に対応できるように、未熟というより、可能性を多く持った状態で誕生してくるしかないのである。

 進化の過程で、卵生の動物を胎生の動物を比べればわかるが、むろん卵生のほうが先である。卵生だと卵の間に天変地異が起きれば、生まれる前に死んでしまう。胎生にして、メスの胎内に卵を生んである程度育てると、その間の地球の激変には、親が対応できて、それをDNAとして子供に伝えられるのだ。

 恐竜の卵の化石がよく出て来るが、あれは卵のうちに地球の地殻変動が起きて死んだのである。それを避けるために胎生生物が誕生したわけだ。
 この話をしているとテーマから外れるので、このへんにしておくが、そうした〈生命の歴史〉を私たちは背負っている。

 何がテーマかといえば、現在の老人がひたすらに長生きしたい、老後もぜいたくしたい、手厚く介護してほしいと希うのは間違っているのである。
 年金も介護保険も、現在の制度は間違っている。私たちの生命は自分のものであるだけでなく、子供のものなのである。将来の子供が、老人を甘やかすために、もしくは植物人間になって息しているだけになっても、年金や保険料で自分の人生を奪われても支えるとは言語道断ではないか。

 今生きている人間は、未来の子供のために生きて、そして死んで行くべきなのだ。自分が不老不死でいたいから、子供の未来をうばっていいとは、なんたる傲慢か。そして生命体の構造に反しているのである。
 例えば昭和を生きた人間は、平成を生きる子供のために役割を終えて死んでいくものなのである。

 さて。
 だから。
 憲法9条を守れとわめくサヨクは、口先では「我が子を戦場に行かせない。殺すのも殺されるのも反対だ」とキレイ事を言う。しかし、それを決めるのはお前じゃない。子供が決めるのである。
 どうも、60歳以上の高齢者ほど、9条死守をわめく者がいるようだが、ジジババになった奴にはそんなことに口を出す資格はない。

 これからの、生き馬の目を抜くような厳しい社会を乗り切っていかなければならないのは、若い人たちだ。老人は彼らの邪魔をしてはいけない。若い人たちが正しい道を歩めるよう、決められるよう見守るだけである。
 国民を、そして未来の若者をどうやって守るかが一字も書いてない憲法なんかを維持するのは、無責任である。

 他国に占領されたらどうすると聞くと、それでもいいというのは、テメエは良くても子供たちが莫大な被害を受けることを忘れている。今さえ平和なら子供がどうなってもいいというのだ。…と言っても、いや子供を守るためにこそ9条が必要だと言い張るのだろうね、救いようがない。
 動物は、どんな鳥でも虫でもすべて、どうやったら身を守るかのすべがある。まったく防御ができない生き物は、しょうがないから大量に生んで、外敵に食われてもその一部でも生き残ればいいとするシステムを取る。

 だが、すべての生き物の中で、日本人だけが「陸海空軍その他の戦力」はいっさい持たないというのだから、狂っているのである。イカやタコだって、敵に墨を吐きかけて防御する。墨は「その他の戦力」じゃないか? イカ、タコは9条違反か?
 サヨクどもは、国を護る必要はない、そもそも国はなくていいと言う。まったく歴史哲学を知らない。

 先に矛盾の話をした。人間は争いがなく平和がいいに決まっているが、度外れに平和な世界を実現しようとすることは弁証法の否定である。平和のために軍備を整え、戦争の準備をするとは大いなる矛盾である。だが、その矛盾の創出ゆえに、国家は持続できてきている。




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2016年07月12日

国家の本質は、他共同体との対峙(1/2)


《1》
 本題に入るまえに一言述べておくと、イギリスがEUから離脱するのは正解だと思う。日本のマスゴミとリベラル派は、EUが理想と思っているから悲嘆に暮れている論調だが、バカ言ってんじゃない。いっときイギリスは経済が落ち込むだろうが、国家は国家で無くせないのだから、EUという野合こそイカサマなのである。
 
 さて。憲法9条と前文の間違いについてはさんざん述べてきた。とりわけ昨夏の「安保法制」の騒動があったころは、すいぶん論じてきたものだった。
 サヨクどもは、今もであるが、安倍晋三首相個人が独裁者で日本を戦争に引きずり込もうとしていると喚き散らしていた。

 サヨクは「あべ政治をゆるさない」などと馬鹿げたことを言っていた。別に安倍がどうのこうのは関係ない。それは矮小化である。国家とはなにか、政治とはなにか、人間が生きるとは何かといった本質から見ることが出来なくて、戦争は嫌!だけ。

 9条も前文も呆れ果てる中身である。サヨクも、庶民で9条を守れと言う人も、底なしにアタマが悪いというしかない。
 先日も9条死守の人にたまたま逢って、噛み付かれた。安倍が9条をやめて戦争ができるようにするのは、それで金儲けをする奴がいるからだ。そんなことは許さん、と。

 いかにも戦争で儲け企業はあるだろうし、軍人は出世するかもしれない。あるいはアメリカに戦争に引き込まれて日本の若者が殺されていくと、勝手に想像して怒りまくるご仁がいる。
 しかし、だから9条を守ればいいとするのは論理破綻も甚だしい。粗雑な思考は、先の沖縄で米軍軍属の青年が日本人女性を強姦殺害した事件で、米軍基地があるからだと騒いだ連中のものと同等であった。

 これらはたぶんに、とにかく戦争は嫌、アメリカは嫌い、9条があれば平和だ、の一点張りでしかない。支那や韓国に侵略されて占領されたら? と尋ねると、それでもいいと答える。日本中が「通州事件」になってもいいとは…。でもサヨクは戦争するよりいいんだ、と。こんな人間が日本にいることは支那や韓国は大喜びだろう。

 再三述べてきたが、こういう人たちは、人類の歴史も歴史哲学もわかっていない。
 サヨクは戦争が起きるのは国家があるからだとか言い出す。国家は人間にとって必然であり、戦争もまた必然であることが、どうして分かりたくないのか。

 国家の本質は、他共同体との対峙であると、くどく述べてきた。
 ヨーロッパでは、国家とは何かがよく捉えられていて、国家が国民を脅かすという考えは根幹からない。彼らは国家の本質を他共同体との対峙とちゃんと分かっていて、敵は国家の外にいる外国か、宗教組織か、あるいはナチスのような第二権力の台頭である。それらから国家を護る前提で成り立っている。

 ところが日本では、悪いのはいつも国家で、いつも国家によって国民が苦しめられるという前提に立っている。国家と政府の区別と連関もついていない間抜けな国民がほとんである。だから愚かにも「国の借金が1044兆円もある」という財務省の嘘がまかり通っている。また、国が戦争をやらかして国民を兵隊にとる、と思っている。
 今回は国家について中学生にも分かるように説いてみたい。

 人間は生まれたときから、競争のまっただ中に放り出される。むろん親の愛情を受け、地域の人から育てられはするが、それは生存の一面でしかない。
 どの子も望まれて生まれてくるとは限らない。今でこそ、日本のゴム製造の高度な技術のおかげで、コントロールできるようになり、工業の近代化で人口が増えるようにはなったが、昔は生まれた子供は、生かしておいたら食って行けないと家族が判断すれば間引かれた。
 
 可哀想だと生かしておいたら、家族も部族も滅亡する。だから必要以外の子は間引くしかなかった。
 バースコントロールができなかった江戸時代には、家康のときから幕末まで人口がほとんど増加していない。いかに厳しく間引きが行なわれたかである。
 それを現代の感情で残酷だと言ってはならない。人間が生きるとは個人の勝手ではなく、共同体の存続、繁栄、それが本質である。

 かくのごとく、人間は生まれた瞬間から共同体の存続のみの価値観で生かされるか殺されるかが決定された。
 また、長男だけが家を継ぐことが許され、次男、三男以降は生きながらえても勝手に生きろと放り出される。初めから平等なんてない。
 大和・飛鳥の時代には、天皇家でも兄弟の殺し合いが当然あった。まして他国、他民族どうしでは「対峙」がないわけがなかった。

 そういう社会で女がどういう扱いを受けたかは、ここでは省略するが、周知のことであろう。女の子は親が決めた嫁ぎ先に出される。
 NHK朝の連続ドラマ『あさが来た』でも、当然主人公の姉妹は親が勝手に決めた先に嫁する。それをいかにもかわいそうなことだと、ドラマでも映画でも言う。その面がないわけではないが、あまりに歴史、日本文化をバカにしすぎだ。

 憲法前文には、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、 われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とある。

 こんな世迷い事を麗々しく掲げているのは、日本だけだ。世界中、誰も平和を愛しているなんてことはない。口ではそういうけれど、現実はつねに他国、他人に勝とうとしている。企業どうしも、芸術家も、研究者も、誰もが自分が利益をほしい、名誉を得たいのだ。
 学校でも一番になりたくて勉強し、スポーツをする。

 平和がいいというなら、試験もするな、甲子園もめざすな、オリンピックに反対しろ。それはいかにも殺しあいの戦争ではないけれど、争いとは人間の本質のしからしめるところなのである。
 だからいじめも、社会にあって当然である。いじめを無くすことはできない。学校でいじめに合うだけでなく、生まれたときから兄弟姉妹でいじめにさらされ、会社でも病院でもいじめにあう。
 なかには親からいじめられることもある。

 だから、いじめに耐えるしかなく、いじめをはね除ける力をつけるしかない。それが憲法に反映されていないとは、なんたる能天気な、危ない国なんだろう日本は。
 自分ひとりでは守りきれない、殺されるとわかっているなら、友人と仲良くして助け合う。あるいは一人で仕事をすれば潰されるから会社を大きくして守るようにする。

 国家でいうなら、現在の日米同盟の本質はそれである。日本もアメリカにも同盟が安全保障のために利益があるから結んでいる。それをひたすら、日本がアメリカに戦争に巻き込まれるとしか思わないのは愚かの極みである。
 学校で友達と仲良くする。これは一緒に遊び勉強も助け合うメリットがある一方で、友達がだれかとケンカしたらそれにやむなく巻き込まれることもあるし、いっしょにクルマに乗っていて事故に巻き込まれることも起こり得る。じゃあ、友達をつくらなければいいのか。

 恋人も同様だ。仲良くするメリットは多々あるだけでなく、リスクだってある。それが嫌なら一生恋人を創らず結婚もしないのがいい。それを言っているのが、憲法9条であり、日米安保反対なのである。
 
 どうすればいいかは何もむずかしくない。リスクはあるものと思って準備することであり、リスクが来てもはね除け得る実力、主体性を確立することだけのことだ。
 リスクが嫌だからと結婚しないのではなく、相手も自分も生かせる道を選べるように、人間をすべてにおいて実力をつけるし、勇気を持つこと、歴史に学ぶことである。
 国家もそれである。

 個人なら結婚をしない、就職もしないで過ごせるかもしれないが、国家は(共同体は)投げ出すことはできない。存続し発展を続けなければならない。




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2016年07月11日

出汁が消えた日本への絶望


 先週土曜日に続けて出汁の話を続けるが、今日は文化論に踏み込む。
 鰹節の上等なものは1キロ3000円前後だ。極上品は3800円くらい。1キロで3本くらい。キロ3000円以上のものを買っていれば問題はない。ところが安いキロ2500円くらいになると、これは逆に極めて高い食品になる。(これは後述する丸元の本(1982年ごろ)にある価格)

 キロ3000円以上のものは、小さな船で出漁して、鮮度のいいものを昔ながらの製造工程を踏んでつくっている。古来のつくり方を知らない方はネットで調べてください。

 それより安いものは、大きな船で遠洋にでかけて漁獲したカツオで、船内で加工する場合もあり、たいていは漁獲直後に冷凍して陸揚げされるから、すでに近海で小さな船でとったものに比べて鮮度が落ちる。加工も機械化され大量生産できるから安くはなるが、品質は落ちる。

 これは煮干しも同じで、良質な煮干しは近海でとれた鰯から作る。近海は海藻も多く、鰯はプランクトンの豊富なところで育っている。遠洋に出てとってくる鰯は海藻がなく、栄養的には貧弱なのである。しかも陸揚げするまでの時間が、近海なら鮮度が良いうちに加工(釜茹で)できるが遠洋に行けばいくほど船で持ち帰るので鮮度は落ちる。

 スーパーで売っている安い煮干しは遠洋の鰯が多く、鮮度が落ちるからお腹が割れていたりする。黄色っぽくなったら油分が酸化しいている証拠。さらに酸化防止剤なんかが入っていたりする。
 ちゃんとした煮干しを売っている店を探さないと、却って害になる。

 丸元淑生の書き下ろしデビュー作は、『システム料理学 男と女のクッキング8章』(文春文庫)であった。これは1982年の出版で、ずいぶん読みながら食事をつくったものだった。
 そのなかから鰹節の話を紹介したい。
 以下は概略である。

 築地の鰹節屋は削り節を量り売りして売っている。今やどの家庭でも削り節器はなくなっているから、削り節に多くの需要がある。
 極上品はキロ3000円だそうだが、これには削り代600円を乗せているから、もとは2400円の鰹節なのである。
 3000円の上等の鰹節を削れば3600円になってしまうから、そうなると「たかが削り節が?」とする感覚になって、誰も買わなくなる。

 なかにはキロ2000円以下の削り節まで売っている。極上の削り節を買ってきてもこれはもう棄てるべきものなのだ。
 丸元が店の主人に「どうしてそういう悪いものを売っているのか」と尋ねると、店主は悲嘆に耐えかねたふうに「これは鰹節じゃないんですよ。鰹節を売りたいんですよ、われわれも」と答えたそうだ。

 ここからは丸元のじかの声を引用しよう。
      *     * 

 それにしても、かつお節を買いにわざわざ築地まで出かけながら、「かつお節じゃないもの」を買って帰る主婦の心理はどういうものだろう。安ければいいという考えがまずあるに違いない。それはいいとして、問題なのは、かつお節に見えればかつお節とする思想である。それはたこであればたことする思想であり、豆腐に見えれば豆腐と思って買う思想である。

 そういう思想の持ち主は、生きているたこを買い求めて、ゆでて食うことをしない。法外な値段をとる寿司屋でさえ、自分ではゆでだこを食わしてはくれない昨今である。
 こういう思想がいつの頃からはびこってきたものか知らないが、世の中は至極巧妙になっていて、その思想に無縁としても、騙されないわけにいかない仕組みができあがっているらしい。

    *     * 

 「かつお節に見えればかつお節とする」…これが現今の日本人の生活ぶりであり、生きざまである。
 支那や韓国がジリジリ侵略してきていても、平和に見えれば平和なんだとする思想、それが安保法制反対であり、「9条守れ」になっている。逆にアメリカと同盟を結んでいれば平和だとするのも同じ、それは病気である。軍隊にみえるだけで軍隊なっていない自衛隊が、国を護ると皆思いこんでいる。

 スーパーやコンビニで売っているほとんど全ての食品は、その食品に見えて実は違う。
 市販のラーメンのスープは、化学調味料でつくった味で、自然のものは入っていない。でもスープの味がすればスープでよしとしている。豆腐もまともな豆腐はほとんどなくなっている。養殖魚なんかはあれはもう魚じゃないのに、誰もが魚だと思っている。

 ビールだって、日本のビールはドイツ人から言わせれば、本物のビールじゃないと言われる。ドイツでは原料が麦芽とホップ以外のものはビールではない。日本は屑米、とうもろこし、コーンスターチなど様々な「副原料」の添加を許し、日本人好みの商品が並ぶ。日本では本物と言えるのは、エビスやプレミアムモルツなどわずか。
 日本酒も、大手酒造メーカーの作る安い酒は、アルコール添加で、サトウキビの糖密から作る、酔えるから酒だとするインチキである。

 なにも三菱自動車のデータ偽装だけではない。こんなものばっかりの世の中になった。
 恋人でもないタレントを、恋人に見立ててストーカーをやるバカがいる。AKB48なんていう色気で売っている少女たちに、疑似恋愛をして、恋愛じゃないのに恋愛だと思い込んでいる。
 それを大人もとがめないし、マスゴミも咎めるどころか煽り立てる。

 朝日新聞、毎日新聞、沖縄の2紙など反日メディアは、新聞じゃないのに新聞の顔して売り、バカが喜んで新聞紙だとして読む。元民主党なんか、野合集団で政党じゃないのに政党にしている。共産主義革命を目指さないのに「日本共産党」の看板を掲げるイカサマ。
 せんだって白鵬を取りあげたが、大相撲ももう本物じゃないのに、NHKが無理矢理放映している。

 今回のテーマである出汁はまさにそうで、誰もが人工の化学調味料、顆粒だしを「出汁」じゃないのに「出汁」にしているじゃないかという哀しい話なのである。
 これはだから出汁の話でありつつ、日本人の病いを説いているのだ。
 ゆえに、たかが出汁、されど出汁だと述べている。出汁を大切にとろうともしない人は、日本が好きじゃないのだ。

 サヨクは子供を戦場にやらないと喚く、その口で、出汁なんか面倒だから顆粒でいいのよと言って、未来を担う子供の健康を奪っているではないか。脚下照顧のカケラもないのに、戦争は嫌だ、か。
 剣道も柔道も空手も、スポーツになっているのに、格好だけ武道を装っている。武道なのはわが流派だけである。

 天寿堂稲村さんの鍼灸と指圧は本物だからとても痛いけれど、現代では「痛くない鍼」「痛くない指圧」全盛であって、それらは鍼や指圧の偽物である。痛い鍼は嫌だから、偽物でいいとする思想だ。
 学問は論理の体系であるのに、学者と自称する者たちはいなくて、せいぜい研究者でしかない。体系も構築できていないのに自称学者、他称(マシゴミが持ち上げる)学者で、誰もがその気になっている。大学でありながら、学とは何かも教員等は教えられない。

 食費にカネはかけられないとか、忙しくてそこまで時間はかけられないとか。は? なにそれ? 
 その考えが、丸元が言ったように、「かつお節に見えればかつお節とする思想」になり、すべて日本文化を破壊していっているのだと気づかねばならない。
 戦前までは、日本の母親がそれを守っていた。偉大であった。

 みなさんは築地のかつお節屋の店主がいう言葉に胸が詰まりませんか?
 「これは鰹節じゃないんですよ。鰹節を売りたいんですよ、われわれも」
 この絶望の言葉を生んでいるのは、私たち消費者そのものなのだ。




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2016年07月10日

今日は参院選投票日


 新聞、と称する情報捏造会社どもは、毎度のことながら投票前日あたりに、各党首が日本中をどれほど遊説したかを数字で表わす。
 たとえば土曜日の毎日新聞夕刊には、「9党首、10万キロ行脚」と題して、
 「参院選は9日で18日間の選挙戦を終える。各党の公表資料などによると、与野党9党首が夏の暑さと梅雨の雨の中で列島を駆け抜けた距離は8日までで計10万キロ余り。地球2周半(1周約4万キロ)に相当する。」と1面に大きく書いた。

 「安倍晋三首相(自民党総裁)は17都道府県に入り、移動は1万6173キロで2位だった」「民進党の岡田克也代表は9党首中トップの1万6909キロに上った。大半の日は2選挙区に入り、3選挙区に行く日もあるなど21都道府県に足を運んだ」
 などなど、それぞれの党首の延べの移動距離を紹介している。

 こういうことを当たり前のようにやっているから、読者が離れていくことがバカどもにはわかっていない。
 新聞記者は昔から、「数字になることを書け」と上から命令されている。だから好んで数字ばかり調べて、わかったような顔して記事にする。

 別に政治ばかりではなく、リニア新幹線工事が着工しただの、北陸新幹線が開通したのなんていうニュースでも、数字ばっかり。
 思えば毎日新聞が、昭和12年の日本軍南京攻略戦で「百人斬り競争」というデッチあげ記事を書いた際も、支那兵を何人斬ったかという数字が大事だった。その性癖が招いた自業自得。
 数字を書いておけば、客観的記事だと思い込めるからだろうか。

 しかし国政選挙で各党党首が日本中の自党候補者を応援して回れば、走行距離みたいなものが膨大になるに決まっている。で? だから何なんだ? 実に愚劣。回った距離が長いほど、支持が多いとか、選挙で有利になるとか、なんか意味があるのか? あるわけないじゃないか。
 こんな小学生でもわかることを、一流とされる大学を出た秀才どもに分別がつかない。

 購読料をいただいて、このザマかよ。
 サヨク反日新聞は、しきりと「改憲勢力がどうたら…」と言い立てた。改憲勢力が参院で3分の2を占めると、憲法が変えられてしまうと危機感を読者に煽った。そしてサヨクの「有識者」ばかりを紙上に登場させて、平和憲法を守ろうと言わせた。

 また何度も世論調査を載せて、憲法改正反対が過半数を超えていると煽った。
 いったい9条そのままでいいと言う連中は、北朝鮮に拉致された同胞が帰ってこなくてもいいというのだろうか?
 公平性なんかかなぐり棄てて、あげくに党首の全国遊説距離を比較することが客観的公平的報道だと思わせる、愚劣な仕掛け。

 あまつさえ、反日新聞どもは「自+公」対「4野党+市民」の戦いだと書いていた。「自民+公明」には市民はいないのかよ。反日サヨクメディアは、「市民」と言ったらサヨクなのに、公平な民意めかした記述にし、保守派には「右翼団体」という書き方をする。なんというガチガチの固い頭なのだろう。
 
 このたびの選挙では、いくつも「4野党+市民」側が事件を起こした。青山繁晴候補へ「週刊文春」を使っての選挙妨害、片山さつき候補を取り巻いて暴言を浴びせ暴力を振るった。「日本のこころを大切にする党」の中山成彬候補には、JR労組が新幹線のチケットを「にっころには売らない」と販売を拒否することまで起きた。
 ほかにもあったが、これが「市民」の実態であることをサヨク反日メディアは決して報道しない。

 昨夏、「安保法制反対」を叫び、立憲主義、憲法を守れと叫んだ「市民」が、こういう民主主義を否定し、公平選挙を壊す暴挙をやってのけている。安保法制反対を唱えた諸君。諸君のお仲間が選挙妨害をやらかすことをどう思うの? と言うと、しらばっくれるんだよね。
 改憲阻止のためなら何でも許されると。まるで支那人どもが言う「愛国無罪」で乱暴狼藉が許されると主張するアレと同じ。

 嫌いな政党候補者には新幹線のキップを売らない連中が、安保法制反対を言っていたんじゃないか。同じ仲間になって嬉しいかい?
 こういうことを書くと、「お前は戦争をする国にしたいのか」「腐った自民党支持なのか」などと話をそらして罵倒してくるんだろうが、まるでガキだね、善悪の区別すらつかないんだから。その思考回路は在日そのまま。

 ブログ『赤嶺和彦の「日本と国際社会の真相」』の選挙予想では、自民党が67議席、民進党が10議席などとされ、自民だけで単独過半数を確保と言っている。
http://blog.goo.ne.jp/akamine_2015/e/93dc1b4a2add7787596d1e1e8dc1cc29
 新聞各紙も終盤の予想では、彼らの言う「改憲勢力」で3分の2以上という趨勢になっていると言わざるを得なくなっていて、だから冒頭の記事のように、9党首が10万キロも行脚したなんという記事を出すしかなくなっている。

 サヨク新聞はバイアスをかけて予測してきたものの、もはや選挙の実相を出すほどに、身びいき筋の民進党、共産党、社民党のみじめさが際立ってしまい、無党派層が投票に行かなくなってしまうと思ったので、予想を出さなくなったのだ。




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2016年07月09日

出汁の取り方実践篇


 6月20・21日付本ブログで出汁のことを書いた。
 それに続けて、今回はもう少し実践編を書いておきたい。
 私は大学生のころから食事を作った。料理本片手に台所に立った。自学自習。
 むろん、当初は出汁の取り方は本に書いてあっても、顆粒人工出汁でいいと思っていたが、後に作家・丸元淑生の料理本と出あって蒙を啓かれた。
 出汁はちゃんととらないといけないと。

 丸元淑生は、出汁と言うより「スープ」か「ストック」を使う。以下もそれに倣っている。

 日本では出汁というと、昆布、鰹節、干し椎茸、煮干し、干し貝柱といったところが頭に浮かぶけれど、そもそも野菜や魚を煮て出てきた汁はいわば自然の出汁、スープなのである。世界のほとんどの民族は、それを出汁にしている。日本では独自に、野菜や魚から特別に旨みをとるための技術を発明発展してきた。

 単純に野菜や魚から出る汁(ストック)を利用するのではなく、発酵させたりカビをつけたり乾燥させたりしている。そのため、より旨みが引き出されたり、化学変化を起こして成分の栄養素が高くなったり、余分な雑味が消えたりする。その知恵こそ和食がひと味ちがった世界に冠たるものにしたのだ。

 この出汁のおかげで、和食は薄塩でも十分おいしい。西洋料理や支那料理は、スープは動物の骨やスジなんかを煮だすか、塩をたんまり入れ、油をたくさん使い、香辛料を叩きこまないと味が整わない。肉は焼いたり煮たりすると栄養が逃げるから、それを補うためにゴテゴテとバターを入れたりミルクを入れたりして濃厚な味付けにしないとまずくなる。

 日本ではどの家庭でも、母親が心を込めてよく出汁をとった食事をつくる。ゆえに西洋や中華より、料理は丁寧かつきめ細かいものになる。愛情がこもり、それが子供に伝わるのである。

 魚料理をつくるときは、野菜と連動させることで、飛躍的に栄養素がとりこめ、おいしくなる。これをシステム化して普及させたのが丸元淑生だった。
 魚は切り身だけ買っていると、肉より高いものにつきがちだが、腑や頭、骨などを無駄なく利用すると家庭料理が充実し、魚も安いものになる。
 魚は1匹まるごと買って、身以外は煮だして出汁をとるべきである。骨や頭の煮だし汁は栄養宝庫なのだから棄てるなどもってのほかだ。エビもむき身ではなく丸ごと買って、頭と殻はストックにする。

 丸元は、そうしたスープを「ハーティ・スープ」と呼んだ。ハーティ(hearty)とは、食事では、実質的な、たっぷりの、栄養のあるという意味になる。
 魚のストックの取り方は簡単で、解体した魚の骨や頭をすぐに湯に入れて、煮だすだけ。鮮度の良い魚ほどアクはあまり出ない。アクは最初は玉杓子ですくい、その後は網杓子で取る。だいたい30分ほど煮てから野菜クズを入れてさらに30分ほど煮ればよい。そのストックをスープや出汁に使う。

 野菜クズは、ネギの青い所や根っこ、固い皮、キャベツの芯、セロリの余ったのなどである。
 野菜と魚でとったストックは抜群の栄養価となる。これは顆粒だしの素では、栄養はほぼゼロ。商店で売っている出来合いの総菜はこんな手間ひまはかけないで、人工出汁ですませるだろうから栄養的に劣るし、癌のリスクは生じるし、味は濃くしなければならなくなる。

 では、出汁の取り方実践編。主に丸元氏の『スープ・ブック』から引用する。
〈しいたけ〉
 干し椎茸を指ではじいてゴミをとる、水洗いはしない。椎茸をジッパーのついたポリ袋にいれて、水を入れ、空気を抜いて閉め、冷蔵庫に6時間から一晩置いておく。水の量は、椎茸8〜9個(50グラム)に対し1リットル。一日以上水につけすぎると苦み成分が出る。

〈昆布〉
 最も良いのは水1カップに対して10グラムの昆布。出汁のとりかたは様々で、丸元は、鍋にいれたらすぐ強火にし、湯がわいてきたら昆布を取り出すという。でも、昆布はしばらく水に着けおきしてから、火にかけて、ゆっくり温めていくと良い旨みが出るとしているところもある。
 また、香りは少々犠牲になってもとことん煮込めばそれだけ栄養が溶け出すから、家庭ではそれで良いとも言われる。

〈昆布と鰹節〉
 伝統的な出汁である。どちらか片方ではいい出汁はとれないが、淡白な昆布だし、濃厚なカツオ出汁のブレンドが最高の美味になる。
 水1カップに対して鰹節10グラム、昆布5グラム(1人前の量)が標準である。
 昆布は自ら煮ていくが、沸騰して昆布を取り出したら、鰹節をドバッと入れ、弱火で5分間加熱する。アクが出たら網杓子で取る。

 このとき鰹節は絶対にぐらぐらと煮立たせてはいけない。
 原則は、昆布は中火、鰹節は弱火である。
 火を止めたら塩を少々入れ、鰹節が溶け出した成分を再吸収しないようにし、それから「だし漉しシート」で漉す。

〈粉鰹節〉
 鰹節の粉は丸元のお勧めである。味噌汁は昆布や煮干しではあまりうまくならない。どうしても鰹節が要る。
 削り節の粉は、鰹節を削り節にするときに出る粉だが、最上級の削り節の、その粉はお買い得である。
 粉になるほど酸化しやすいから、買った粉は冷凍しておき、必要に応じて取り出す。出汁の取り方は、沸騰した湯に差し水してちょっと温度を下げたところへ粉を投入する。弱火で煮立たせず2〜3分してからキッチンペーパーなどで漉せばできあがり。1キロほど買って冷凍しておくと便利だ。

〈野菜のストック〉
 最も標準的なものは、タマネギ、長ネギ、にんにく、にんじん、ジャガイモ、セロリ、パセリ、ローリエだと丸元は紹介している。他の野菜を使ってもいいが、アブラナ科のキャベツ、ブロッコリーは強い匂いを出すのでストックの香味を押さえてしまうから避けろとある。
 こうした野菜類を弱火で約1時間煮込む。3割がた煮汁が減る。クズ野菜を取り除き、漉して出来上がり。冷蔵庫で3日、冷凍でも3カ月は味が守られる。

 最近知ったのは、トウモロコシの芯で、実を食べたあとの芯を適当に切ってから煮だすと、良い出汁がでるそうだ。

〈昆布とイリコ〉
 水2リットルに対して昆布20グラム、イリコ60グラム。
 昆布を水から鍋にれて火をかける。沸騰寸前にイリコを入れる。沸騰したら中火。アクをとる。塩を入れる。イリコを入れて数分でイリコの甘みは九分どおり出る。酒を適量入れて味を整える。

〈煮干し〉
 1匹ずつ頭とはらわたを取り除く。1リットルの水に30分以上は浸けてふやかしておく。その水のまま火にかけ、はじめは強めの中火で5分沸騰させる。沸騰する寸前に弱火にしてコトコト煮る。アクを丁寧にすくいとる。10分ほど煮て、漉せばできあがり。
水に浸ける前にフライパンで煎り付けると香りが出るというが、面倒なことである。上質な煮干し(明後日詳述)なら頭もはらわたもそのまま煮てもいい。
 煮干しは鮮度が落ちるのが早い。黄色く変色してきたら棄てたほうがいい。




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2016年07月08日

遠い国チリの盤根錯節(2/2)


《2》
 開高健のチリ・アジェンデ政権の考察をさらに紹介する。
 開高は、チリに滞在中に誰に会っても「社会主義ヲドウ思イマスカ?」と聞きまくった。なんだそんなこと、と思う人が多かろうが、日本の特派員記者などは決して庶民の間に入っていかない。エアコンの効いたホテルで世界的通信社や新聞の記事を読むか、知識人、政治家に会う程度で、勝手に、決まりきったフレーズだけで(国語力だけで)記事を書く。

 それもチリくんだくりまでは面倒がって行かず、それこそ東京にいながら、見てきたような記事を偉そうに書くのだ。
 開高の場合は、ヴェトナム戦争を取材したときもそうだった。サイゴンで米軍のニュースレリースだけ見て記事を書きなぐるのではなく、ヴェトナム中をバスで移動し、庶民の間に入り、同じものを食べ、同じトイレで雲古して歩いた。それだけに彼のルポは真実を抉って行った。チリでもそうだったのだ。

 そうして開高はチリのあらゆる階層の人たちから話を聞いて、まとめていく。新聞記者や大学教授の解説とはひと味違った論考になった。
 アジェンデ大統領の人格は慕われた。その政策が善意であることも理解されていた。だがその個人の評価とは別に、政治と経済では(CIAの妨害もあって)混乱を招き、貧困の度合いが深まっていった。

 アジェンデ政権は社会主義を掲げていたから当然、はじめは弱者、貧困層を救い豊かにするスローガンで順調に滑り出したかに見えたが、すぐに以前より貧乏はひどくなった。
 (まるでかつての美濃部都政を見るようだ)
 階級差、貧富の格差は、アジェンデ以前も、アジェンデ以降も何も変わらなかった。

 なぜ社会主義・共産主義の“理想”は挫折したか。チリでは、アジェンデの身辺にサヨク学者、知識人、それに日本の民青みたいな連中が群がった。利権と権力をほしがる人間の性は、資本主義も社会主義も変わらないのだ。
 農民は土地を解放され、分配されたかに見えて、その直後にお定まりの集団農場に組み込まれる。ソ連のコルホーズや支那の人民公社と同じ運命を辿った。

 大地主の農奴から、国家の農奴に転換しただけだったから、たちまち労働意欲は失せ、全体のためになどというスローガンは空念仏となった。ストライキが頻発するようになる。国家の蓄積はなくなり、インフラも整備できなくなる。
 工場でも鉱山でも、縁故関係が支配し、党の幹部やその身よりが特権的立場に就く。彼らは演説ばかりに耽って、口ばかり達者に動かしたが仕事は二の次にしていく。
 あらゆる物資がなくなっていき、普通の庶民が肉屋の前に長蛇の列をつくっているのに、党幹部の家にはこっそり裏口から運び込まれた。これを庶民は気づかないわけがない。

 やがて、汚職、背任、偽善、公金横領…、舛添を何倍も悪くしたような巨大な暗黒社会になった。
 こうして見てゆくと、チリのアジェンデ政権で起きたことは、アジェンデ個人の資質というより、ソ連でも、中共でも、北朝鮮でも見られた汚穢現象なのである。
 
 この真実を開高は現実を取材することで、われわれに提示し得た。
 
 アジェンデ時代には、ねり歯磨きを街角で一ひねりずつ押し出して売っていたという。こういうことは、東京にいて大学の政治学者や経済学者のご高説を承っているだけの記者どもにはわからない。
 日本がやがて支那や韓国に占領されたら、こういうことになると像を描くとよい。
 奴らは日本より貧しいのだから、日本の富は一切合切持ち出すに違いないのだから。

 かつてナチがルーマニアを占領したときに、ルーマニアの土は上質だからと、ナチは列車を仕立てて土をドイツに運んだ。支那や韓国が日本を支配したら、こうなる。

 話は飛ぶが、アメリカは日本と支那を戦争させたがっていると言う向きがある、媚中副島隆彦がそうだ。
 アメリカは日本と支那が同盟することには警戒しているだろうが、
戦争させてもトータルでは利益にならない。
 日本の工業力、技術力は、アメリカにとっても宝なのである。在日米軍が基地で働く日本人の優れた整備の力があってこそ、稼働することができるのだ。
 戦闘機だって日本の高度な技術力なしには飛ばせない。

 軍艦も飛行機もメンテナンスが非常に難しく大変なのだ。以前にも書いたが、兵頭二十八氏によれば支那の人民解放軍はメンテナンス力で大きく劣るのであって、兵器の数は多いようでも使えるとは限らない。
 これは腰だめで言うのだが、仮に支那軍の軍事力の稼働率が10%だとすれば、在日米軍や自衛隊は90%で、その他ヨーロッパなどの在外基地では国によって違うだろうが50%しかない、といったありさまなのではないかと想像する。

 日本では米軍基地の中で、日本人労働者が毎日やってくるけれど、帰るときにものがなくならない。こんな国はほかにない。まして支那では「公」の意識は皆無だから、工具やパーツはどんどんなくなっていく。
 そういう軍隊がはたして、本気で日本に戦争を仕掛けるか? 
 あくまで、戦争するぞと脅しながら、ジリジリとひた押ししてくるだけだろう、目下のところは。

 米軍は世界中に基地を置いているけれど、日本ほどちゃんと働いてくれるところはない。だからトランプがどう吼えようと、アメリカは日本を手放さない。
 最近、沖縄で米軍関係者が強姦殺人や交通事故、覚醒剤所持など不祥事を起こしている。それに対する在沖縄米軍の対応が早く、厳しい。なんと基地のなかでも外でもいっさい禁酒だというのだから、驚かされる。

 そういう措置がとられるのは、日本から追い出されたら、米軍が弱体化してしまうからなのだ。
 国どうしは、対峙の面はあるが、お互い利用し合う関係でもある。
 なんども言及してきたが、現実の世界はポーカーのごとき、あるいは麻雀のごときであって、ゲームの相手がいればこそ成り立つのだ。ゲームは一方的に勝つためだけにやっているのではない。メンツがいなければ成立しない。

 戦争をやって憎いゲームのメンツを叩き潰せば、いっとき得したとしても利益はあがってこなくなる。生かさず殺さず、相手国を存続させながら、どうやって利益を取るかになるのである。
 現代ではかつてのローマ帝国がカルタゴを殲滅したようなことは起こせない、と少なくともアメリカは思っているだろう。支那はバカだから、ローマ帝国気取りでやらかそうとする。

 話をもう一度チリに戻せば、たいていの国ではその国民性がいい加減なのである。社会主義だからというより、誰もが自分だけが特権階級になろうとし、縁故を利用して旨い汁を吸おうとし、口先だけになっていく。チリの国民性もそうだったのだ。そのだらしない「公」の欠如した認識に上書きするように、社会主義共産主義にして社会は滅茶苦茶にされた。




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2016年07月07日

遠い国チリの盤根錯節(1/2)


《1》
 『NO(ノー)』は、チリの映画で(2012年製作)、カンヌ映画祭ほか、幾つもの賞をとっている。
 チリの軍事独裁アウグスト・ピノチェト政権を国民が“非暴力”で倒した実話をもとにした物語である。
 主人公は若い広告プロヂューサーで、CM作成チームで恐怖政治に挑む命がけのキャンペーンを展開する。

 ピノチェト賛成派と反対派によるCM合戦の模様を描いていて、最後にどう決着するかで観客を引き込むが、作品の出来はイマイチで雑である。登場人物のココロがきめこまかく描けておらず、選挙キャンペーンを追うだけの描き方になっている。

 アマゾンのDVD紹介の記事を引用する。
 「1988年、南米チリ。長きにわたる軍事独裁に国際批判が強まる中、政権の信任を問う“国民投票”が行われる事になる。投票日までの27日間、反対派「NO」陣営に許されたのは、深夜15分枠の“TVコマーシャル”だけだった。若き広告マンは、巨大な権力と圧力に身の危険を感じながらも、ユーモア溢れる斬新かつ大胆なCMで恐怖政治と対峙し、熾烈なメディア合戦を繰り広げていく!」

 打倒ピノチェト(NO派)の中心人物だったエイルウィンは、当時の次期大統領自身が出演している。本人が、当時の本人役を演じた。撮影時少なくとも90歳以上のはずだったが。

 チリの政変を語る前にちょっと言っておくと、アメリカには「戦争広告代理店」があって、政治運動の広告キャンペーンを仕切るのである。コソボ紛争が起きた際には、ボスニア・ヘルツエゴビナの外務大臣がニューヨークに行って、広告代理店に依頼して、セルビアの指導者、ミロシェビッチやカラジッチを独裁者で民族浄化をやったと西側諸国にキャンペーンを張った。民族浄化はお互いにやったのに、セルビアだけが広告手法で負けた為に悪者にされたのである。広告の威力を侮ってはいけない。日本も支那の「南京大虐殺」広告や韓国の「従軍慰安婦」広告の戦略で負けている。

 チリは日本からは地球の裏側で、関心も低く、情報もなく、マスゴミも取材しないから、こんな騒動があったことを多くは知らないだろう。
 ピノチェト政権の前のチリは社会主義をとったサルバドール・アジェンデであった。それを軍人のピノチェトがクーデターで転覆したのだ。アジェンデ大統領の時代は1970から73年の間である。

 世界で初めて自由選挙によって合法的に選出された社会主義政権として世界で注目されたが、時代が東西冷戦のまっただ中であったから、アメリカはCIAが介入して転覆工作を行なった。
 当時のCIA長官リチャード・ヘルムズは、「チリを救わなければならない。リスクはどうでもいい。1000万ドル使え、必要ならばもっと使ってチリ経済を苦しめさせろ」と指示し、アジェンデ政権を打倒する姿勢を見せた。

 西側諸国はアメリカの主導で経済封鎖を強行し、反共的チリ富裕層をしてストライキを開始させた。さらにCIAは物流の要であるトラック協会に多額の資金を援助しストライキをさせた。政府関係者を買収してスパイに仕立て上げた。暗殺事件も多発した。
 一方でソ連KGBはアジェンデを支持し、援助を行なった。典型的な米ソ両国間の代理戦争の様相を呈した。

 アジェンデ自身の失敗もあって、社会主義の実験はわずか三年で潰えた。アジェンデ大統領は、クーデターに対して徹底抗戦を呼号していたが、立て篭る宮殿で爆死させられた、自殺とする説もある。

 ピノチェトによる軍事政権の独裁政治によって、労働組合員や学生、芸術家など左翼と見られた人物の多くが監禁、拷問、殺害された。映画「NO」のなかでも、弾圧の様子が実写映像で挿入されている。
 軍事政権は恐怖政治を敷きながら、「悪夢の社会主義政権から脱した唯一の国」と自賛したが、この映画に描かれたように、国民投票で失脚に追いこまれた。
 
 当時、チリ国民は恐怖政治に嫌気がさしていて、映画に描かれるように「NO派」が国民投票で勝つ下地はあった。そのうえ、1980年ベルリンの壁崩壊で冷戦の終結間近の世界情勢によりアメリカにとっても利用価値がなくなっていたのである。

 アジェンデの社会主義政策から、ピノチェトは新自由主義経済への転換を行なった。
 ミルトン・フリードマンが主張する新自由主義を実行し、「シカゴ学派」と呼ばれるフリードマンの弟子のマネタリストを大勢招いた。
 ピノチェトは政権は短期的には良好な経済成長を実現し、フリードマンはピノチェトの政策を「チリの奇跡」と呼んだ。「アジェンデの失政によって混乱した経済を立て直した」と持ち上げた。

 しかし、ピノチェト政権で国内生産が減り、失業率はうなぎのぼり、貧富の格差も拡大して、新自由主義の政策が大ウソで、誤りだったことが露呈し、結局、アメリカの傀儡だったピノチェトは失脚する。

 チリは、こうして社会主義と新自由主義の両極端の実験場として、世界に注目されたのである。日本でも一時エコノミストが新自由主義のフリードマンを絶賛する傾向があった。チリの実態を何も知らずに、評論を書き散らし、マスゴミもそれを載せて恥じなかった。

 このチリの実相解明に果敢に挑んだのが、作家・開高健であった。彼は南北アメリカ大陸を釣りしながら縦断し、途中チリに寄ったのである。『もっと広く! 南北アメリカ大陸縦断記』(朝日新聞出版)に記載されている。刊行は1981年9月だが取材は1980年だったのだろう。アジェンデが倒されてから7年後くらいのピノチェト政権まっただ中である。

 開高は、社会主義アジェンデ政権の誕生から崩壊までの特質を、本稿で記したような経過以外に、2つあると書いている。
 社会主義政権がカトリック教会と自由主義体制(疑問だらけだが)によって占められている南米大陸で、国民投票で誕生したこと。それに既存の社会主義国家は軍隊と警察を国民監視・弾圧の手足として使うのに、アジェンデはそうしなかったこと。

 とりわけ軍隊と秘密警察が政権の手足でなかったために、国民が社会主義体制から離脱できたのだが、皮肉なことに次のピノチェトは秘密警察を強化して反対派を弾圧した。
 アジェンデがやったことは他の社会主義国ではあり得ない。そのため開高は「チリ国民がアジェンデ政権下の三年間に“社会主義生活を経験した”といいきっていいかどうかについては疑いがいっぱいある」としたためている。

 これは鋭い指摘であった。日本のサヨクもメディアも、ここを見ぬふりをしてきた。社会主義(共産主義)国家は、軍隊や秘密警察というゲバルトなしには、成立しないという真理である。革命は正しいとする勢力にとっては都合の悪いことであるからだ。
 北朝鮮も中共もソ連も、みな独裁体制を敷き、ゲバルトで反対勢力の台頭を阻止した。サヨクは、しらばっくれて社会主義体制はちゃんと機能しているとウソをついた。

 

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2016年07月06日

認識の論理レベルをあげるには(2/2)


《2》
 もう一度くり返すが、仕事でも勉学でもスポーツでも、私たちが何事か成し遂げていきたいときには、認識が決定するのである。その認識は感情で創られるのであるから、どんな感情でその成し遂げたい物事に挑むかがすこぶる大事なのである。

 「今に見ていろ、俺が一番になってやる」という感情があってこそ。「あの偉いさんのように俺もなって、威張りたい」という感情が原動力になるのだ。
 むろん気の置けない友人も必要だが、それはそれで別の話。

 恋人も、強烈な憧れの存在でなければいけない。出逢ってすぐホテルに直行するようでは、憧れが育たない。現今の若人が、中学や高校から男女交際はするわ、肉体関係を結ぶわでは、日本の未来は真っ暗だ。
 人間関係における「品格」を学び、体現するチャンスを失う。
 テレビドラマが、視聴率を稼げるからと、若者に追従して中学や高校の恋愛や肉体関係を煽る話にするのは、もはや犯罪行為だ。
 
 しつこいと言われようが、人様のブログに押し掛けて、くさす、揶揄する、誹謗する、文末に「W」を付けてバカにする、こういう手合いは、愚劣の極みなのである。
 他人をいつも見下すか同列と思い込む傲慢な姿勢。
 相手の見解をまずは尊重する、丁寧語、謙譲語で申し述べることなく、気安く声をかけるレベルでイチャモンをつける。

 よしんばそれが正論であったとしても、そういう輩は心底軽蔑されなければならない。こういう輩と仲良くできて「論争」しちゃうのは、天皇が乞食と戯れる愚に等しい。
 南ク継正先生はマスゴミに登場せず、ご著書も三一書房や現代社やら、世間的には影の薄い出版社からお出しになる。マスゴミに出て、有象無象の電通の下僕となった評論家などと論争する愚は犯していない。

 誰も南ク継正先生の論理の高みについて来られないからでもあるが、たかだか日本の現代社会程度で頂点を目指しておられるのではなく、人類史に屹立し、下々を睥睨しておられるからである。
 南ク継正先生もマスゴミに出て、いろんな学者と討論すれば、収穫もあるだろうに、と思う向きもあるだろうが、そういうことをなさらなかった。ご自分で学者を集めて指導者となり、あらゆる学術分野で誰にも負けないように努力なさったからこそ、現在の『全集』の誇りと学の高みがあるのである。

 毎度述べていることだが、我々は個として生きられない。共同体の存続が大事なことだ。先にライオン社会の例を説いたが、ライオンはライオンの共同体だけが大事で、弱い雄は不要なのである。共同体あっての個なのだ。その一例でわかっていただければと思う。
 だから人類にも、共同体の長が必要であり、日本の場合は天皇がそれを担ってきた。その天皇が現在、これほど国家の長である自覚を喪失して、芸能人並みになったことこそが、日本の危機の深さをあらわしている。

 昨日も述べたが、昔はどの家庭でも家長が一番偉く、子供は半人前扱いであった。その日々のありようを実感として理解することが、共同体の存続を理解できる基本なのである。「平等」ではないことを知るのである。
 その歴史認識が、ひいては論理の高みに到るのだ。現今の民主社会でなんでも平等と勘違いしていれば、学の高み、論理の高みには到達できない。

 父親が家庭で家族より1ランク上の食事をするのは、ナンセンスだ、不平等だと思う人が、人様のブログに礼儀知らずに、自分の実力も弁えずに土足であがってくる狼藉と同根の振る舞いだ。
 これは組織に属していないで、自由業をやっている人に多い傾向であろう。組織で生きていれば、例えば社長に運転手付きの高級車で通勤する権利も必要もあることが、自ずとわかるものなのだ。

 ヒラ社員が社長に「おい、おまえ」と話しかけられる奴はクビだ。人はみな平等だと勘違いするとそれでクビとは理不尽だとなるだろうが、そこが心からわからないと、論理の高みすら理解できないままなのだ。
 
 最後におまけで一つのエピソードを紹介しておこう。
 ブルネイを今日の世界で有数の裕福で国民が幸せな国になっている。税金はほぼ無く、医療費もただ。そういう国の礎を築いた日本人の話である。
 詳しくは以下のYoutube動画をご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=-MDYpTIJkuE

 ブルネイは大東亜戦争で日本軍が占領するまではイギリスの植民地だった、イギリス人はジャングルに覆われたブルネイにはさほど関心を寄せず、近海の海底油田から油を奪うことしか考えていなかった。
 そのイギリスを追い出した日本軍は、「県知事」として木村強を任命した。

 木村は現地日本軍の反対を押し切って、ブルネイ発展のために尽力し、何も産業がない国に、ゴム林をつくり工場を建てて雇用を生み出し、道路、電気、水道、通信などインフラを整備し、部族間の争いを鎮めて発展の基礎を築いていった。

 その木村の秘書としてブルネイ王国から付け人になったのが、若き国王の弟だった。彼は極めて優秀で、木村を信頼し、木村の志を理解していった。木村はわずか一年でブルネイを去らねばならなかったが、王家は木村と約束を交わした。必ずブルネイを幸せな国にする、と。
 戦争が終わって、日本で仕事をしていた木村にブルネイから来訪を要請してきた。

 ブルネイは軍用機を派遣してまで木村を出迎えた。そして木村が国王に面会してみると、国王になっていたのは当時木村の秘書をやっていた青年だったのである。

 共産主義者は国王の存在を否定するのだろうが、このブルネイの話は、日本人の寄与も素晴らしかったが、国王が上に立つものとしてのいわば歴史哲学を理解し、上に立つ人間としての責務を果たしたからこその偉大な発展が可能になったのである。
 民主国家だったら、おそらく成功していなかったはずだ。また、国土が三重県ほどの小国だったことも改革をやりやすくしたのだろう。
 
 木村は戦前の見事な教育のおかげで、ブルネイ国王に共同体とはいかなるものかを、実務を通して教えることに成功したのであった。
 木村強の手記は以下で読める。
http://kansai.me/tdym/ww2nd/brn-hudoki05.htm

 誤解なきよう申し上げておくが、私は天皇親政や王国支配がいいと言うのでもなく、民主政治を否定しているのでもない。
 再三再四いうように、人間にとっては個の利益は二の次であって、肝心なのは共同体の存続なのである。その例としてもろもろ申し上げた。
 
 共同体存続にかなう規律、法、秩序、政体、組織、家庭などのありようから逸脱することは許されないのである。その規律や秩序は、ややもすると個の自由を阻害するように見えるだろうが、これが自然の法則であり、社会の法則なのだ。だから共同体の論理を実感として持てない人は、その自然や社会、人間の精神などを究明する学問、つまり論理の世界で自在な発展を得ることはできないのである。



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2016年07月05日

認識の論理レベルをあげるには(1/2)


《1》
 以前、日本航空で空手を教えていたときには、パイロットたちが多かった。そこで聞けば、パイロットは家からは契約したタクシーで行き来できていた。
 理由の一つは安全対策で、電車やバスで通勤させると、よからぬ男が尾行してパイロットの家が特定されるからだとか。
 それにあの制服で電車に乗るのは目立ちすぎる。結局、だんだんパイロットの優遇は経費削減と体のいい理由で落とされていった。

 巷間、パイロットは高給をとっているとか待遇が良過ぎるとか言われて、風当たりが強かった。そういうことを煽ったのが、さもしさにまみれたマスゴミだった。
 このことは以前にも書いたが、パイロットは待遇を良くしなければいけないのであって、高級取り過ぎなどとマスゴミが煽り、庶民が同調するのは、本当に愚かしいやっかみであった。またカッコいい制服をパリッと着こなしていなければいけない。

 パイロットは何百人という乗員乗客の命を預かって、飛行機を高度な技術を駆使して飛ぶのだ。いつも時差で苦しむ生活でもある。年がら年中、資格審査があって勉強しなければならない。事故の危険度も高い。だから高給をもって遇するべきである。
 それになにより、船長も同じであるがキャプテンはヒラとは待遇が違わなければいけないのだ。そこに思想性を持てなければならない。
 それを庶民もマスゴミもわかっていない。

 韓国でセウォル号というフェリーが沈没した事件があって、まっさきに船長が乗客を置き去りにして逃げたことで、世間は非難の大合唱になった。むろんあの船長は重罪である。ただ、あの民度の低い国ゆえに、会社が船長を高待遇で雇わないで臨時雇用にしていた罪は重い。
 船長が臨時雇いで高待遇でないなら、逃げ出すのも当然のなりゆきである。まさに韓国が一流国家になれない訳である。誇りも思想性のかけらもない。

 どこの会社でも社長は高給をとる。日産のカルロス・ゴーンはいくらなんでも自分だけ巨額の報酬をとるのはやり過ぎだが、一理がないわけではない。社長より現場のほうが働いているから、社長は搾取者だと主張するサヨク労組がいるだろうが、それは間違いである。(搾取がないとは言わないが)
 あまりにもの格差はいけないけれど、ドングリの背比べはダメだと述べている。

 日本の昔の家庭は、家長が良いものを食べ、子供はいわば冷遇された。お父さんがタイのお頭付きなら、子供はメザシである。これが正しい。
 今は親も子供の「民主主義」とかで一緒のものを食べる。テレビのCMでも、食卓で家族揃ってカレーや麻婆豆腐を食っている様子で、世相を反映しているのだが、これではいけない。

 父親が家庭で特別待遇を受ければこそ、大黒柱としての重責を自覚して、仕事に頑張れるからである。
 いわば「ノブレス・オブリージュ」とでも言うべきか。あるいは「驥尾に付す」だからとでもいうか。

 北海道駒ヶ岳山麓で小学2年生の少年は6日間行方不明になった事件があった。おそらくあの家庭では一家全員同じものを食べていたのだろう。父親に特別権威があれば、子供が(正常なら)いくら注意してもいうことをきかないなどという不埒が生じることはない。

 相撲部屋でも、親方と上位力士が一番にチャンコを食い、地位が下がるにつれて順番に食っていき、「ふんどし担ぎ」の下っ端は最後は具が残っていないチャンコをすする、それが習わしだった。
 これが大事なことだった。
 われわれの道場でも、掃除は原則、上級者の黒帯は免除である。下っ端が掃除する。この待遇の差があるから、初心者は「先輩はいいな、俺もいつか見ていろよ、偉くなってやる!」となるのである。
 
 『弁証法はどういう科学か』の三浦つとむさんは、子弟関係を嫌っていた。弟子もない、自分が先生でもない、いつも「若い友だち」と呼んだ。だから、残念ながら弁証法の啓蒙家で終わったのだ。そんなやり方では後進の者に憧れが育まれない。
 だから三浦さんに私淑しただけの南ク継正先生や滝村隆一氏だけにしか成功者は出なかった。

 現在のマスゴミは、誰であれ首相をこき下ろし、腐すだけが商売になっている。首相にも間違いや失政はあるから、批判するのは必要だが、待遇は上に置かなければいけない。首相と知事ごときを同列に置くなどもってのほかだ。沖縄の翁長知事の振る舞いをサヨクマスゴミが持ち上げるのではなく、たしなめなければいけない。

 首相や内閣を差し置いて、勝手にアメリカに渡って沖縄から米軍は出て行けなどとわめくのは重罪である。それを反日新聞が良いことのように言う。
 建前は首相も、庶民に選挙で選ばれただけの存在に見えるだろうが、いったん国家のトップになったら、最大級の待遇を以てしなければならない。

 その点で、わが国には天皇が存在して、日本人の高い精神性の頂点にいたのは、素晴らしいことだったと思う。譬えるのは適当ではないかもしれないが、天皇は日本の家長であったから、お父さんが自分独りだけタイのお頭付きをいつも食べていて、庶民はメザシを食う関係が保たれていた。

 権威をいただくべきを、戦後の天皇は愚かなことに民衆に降り、気安く手を振り、庶民から嫁を娶り、ネクタイもせずに被災地に出かけている。堂々と国民を睥睨しなければならぬのに。

 美智子皇后は天皇より前に出て歩き、死に装束みたいな服を着て、民衆に対して天皇より手を高くして振る。お辞儀は朝鮮式コンス。あり得ざる馬鹿げた振る舞い。天皇も皇后に腕を支えられて歩き、大学を卒業できないほど頭が悪い、などなど、権威はガタ落ち。雅子にいたっては論外。まったく日本国天皇の自覚がない。

 社会も自然も「平等」はない。ライオンを見ればわかる。強い一匹のオスだけが子孫を残せる。負けたオスライオンは「村八分」にされて、荒野をさまよってから死んで行く。どの雄ライオンにも平等にボスになるチャンスは与えられるが、勝って全部のメスを総取りできるかは不平等なのである。

 「平等」はいわば幻想であるのに、強引に民主主義などが最高の価値観だとしているから、日本も世界も凋落する。
 これまで説いてきた「非平等」の世界こそが、認識論で言うなら、認識の論理のレベルを上げるのである。三浦さんはそれを蔑ろにしたから残念な結果になった。

 日本人の優秀さは、一つには天皇がいたからだ。「上の人」を創って、革命なんかで転覆せず、祭り上げて「上の人の待遇」をしたからだ。
 学の頂点には東大があった。その東大も、ただの受験点取り屋の集合に落ち、もう日本を牽引する力を失った。



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2016年07月04日

西村元一医師の無知を誹る


 西村元一(金沢十字病院副院長)が「ドクター元ちゃん がんになる」と題した連載コラムを、毎日新聞5月15日付に載せていた。
 自身も癌になった体験を綴っている。癌患者や医療者が集うグループ「がん患者とむきあう会」の代表を務める。

 自分が癌になってみて、医療者と患者の認識の「ズレ」が気になったのだそうだ。医者として、患者と向き合っているときは、自分では患者を理解しているつもりだったが、いざ患者の立場に立って見ると、こちらの気持ちを医療者側がわかってくれていないと感じるようになった。

 抗癌剤の副作用一つとっても、その痛みがどんな感じなのかは、患者は感じていてもうまく表現できない。医者も経験がないからどだい想像できない。患者が癌を告知されてどんなふうに落ち込むかもわかってもらえない。
 そこで西村は「やはり体験してみないと分からない」と気づいた、というわけだ。

 「患者の思いを医療者が理解するにはどうしたら良いのでしょうか。少なくとも医療者は『分かったふり』はやめるべきです。簡単には『あなたの気持ちはよく分かります』と言われると、逆に患者には『本当に分かっているのか?』と不信感のようなものが生じます。

 患者となった私が医療者とやりとりした際、流暢に説明されるおりも、『その気持ちまでは分かりましたが、その先はちょっと分かりません』と正直に言ってもらった方が安心できました。
 患者自身も、元気な医療者が患者の立場を理解するのは難しいということを踏まえ、やりとりすることが大切だと思います。」

 医療者の分かったふりが患者の不信を招く、だから医療者は「分かったふり」をしないこと、そして患者も分かってもらおうと過度に期待するな、といった主旨になっている。
 こんな低度の文章を掲載する毎日新聞のアホさ加減にはあいた口がふさがらない。

 文法的にあっていても、文章の体をなしていない。どこにもダイヤモンドのようにキラリと光った一言隻句がない。自己表現のために何が重要かといえば、それは自己の中身を充実させること、これである。それがないから駄文になっている。

 西村の在籍する金沢十字病院とは、日本赤十字の系列である。公立病院だから私立のように金儲けに走らず、また大学付属みたいに患者をモルモットとして扱うこともなく、いくらかましかとは思うが、私が東京の広尾になる赤十字病院に通院したときは、あまりのいい加減さに呆れて止めた経験がある。患者はなに赤十字だから確かだろうと思って、押すな押すなの大賑わいになる。まさに3時間待って3分の診療時間の状況。

 金沢市の事情はわからないけれど、同じように大賑わいだろう。これで、いったいどうやって医療者が患者の気持ちを理解する時間があるというのか。どだいゆっくり医者と患者がコミュニケーションできないのに、理解もへったくれもない。

 それはさておき、この西村医師の結論がお粗末すぎる。患者の認識を医療者が理解するには、と問い、答えが医療者は「分かったふりはやめるべき」が答えになっている。おいおい…。それだけかよ。
 医者は大学医学部で、看護を学ばないし、認識論も学ばない。ただひたすら、病名と薬の暗記。極端だが、そういうことだ。つまり患者のココロをどう摑むか、その技はほったらかしで医者になる。

 だから癌患者に対しても、どうしてその気持ちを理解したらいいのかが技化しておらず、わからないのである。西村医師は、そもそも医者に患者の気持ちがわからないのは何故か、医学教育のどこに欠陥があるかを研究しなければならないのに、「まあわかったふりはダメ」としか言えない。
 認識論のカケラも知らないみっともなさ。

 医者の多くは、「即自」のままで秀才になって、自信満々である。「対自」になる修行を怠ってきている。つまり自分のことだけ。人の気持ちがわからない。受験で高得点を取ることだけが人生の成功だと思って生きてきているから、観念的二重化(自分の他人化)の実力が著しく欠如する。

 病院から一歩出て、普通の市井人となったときに、世間の人たちからどれほど嫌われているか、まったく分かっていない。医者だから金持ち、医者だから尊敬されている、と勘違いしている。昔、知り合いの結婚式場に勤めていた女性がいたが、医者の披露宴で同業の医者が大勢きたときが一番憂鬱だったと言っていた。品性下劣で態度が横柄だからだといっていた。

 俺は治せる人間だ、特別の人間だとうぬぼれる。わが身をつねって人の痛さを知れ、との諺がすべてを言い表しているのに、自惚れているから、それをやらない。
 医師たちは「自分の他人化」ができす「自分の自分化」しかやれない。

 ここでもくり返しになるが、医師たちの多くは、その医師の認識(知識)を、感情で創りそこなっている。どういう感情とともに、医師にならなければいけないか、誰にも教わることなく「偉いさん」になってふんぞり返る。
 それで、要するに「わかったふりをしなければいい」のお粗末なセリフを吐く。どうしたら患者の思いがわかるようになるかと自問しているのだから、そのまっとうな答えを自分で出さなければならないのに。

 また、医者に「あなたの気持ちはよく分かります」と言われると、患者には「あんた、本当に分かっているのか?」と不信感のようなものが生じると西村は書いている。「不信感のようなもの」とは…、ずるいねえ、「不信感が生まれる」とはっきり書かずに、「のようなもの」って、落語じゃないんだから、ごまかすなよ。同業の医者に遠慮してこういう有耶無耶な言い方をしている。

 ここも本来は、どうして患者が不信感を生じるかの中身を解かなければいけない。考えられる第一は、医者の「分かります」の言葉に、感情がこもらないから、患者が信用しないのである。本質的に感情を豊かにしなければならないだけでなく、どういう表情で、どういう言い方をすればいいか、レトリックも必要なのに、医者はそんなことは本業を関係ないと思っているから、勉強しない。

 患者の気持ちなんかどうでも良くて、診断さえ間違っていなければいいんだ、の傲慢さ、無神経さがこういう患者の不信感を呼ぶ。
 患者のほうは、医者に面と向かって「本当に分かっているの?」とは確かめられない。逆らえば、何を言われるか、何をされるかわかったものではないからだ。いい加減な診断・治療しかしてもらえないとか、最悪は出て行け、もう来るなと怒鳴られる恐さゆえだ。

 医者が患者の気持ちがわかるようになるには、まずは海保静子著『育児の認識学』(現代社)で認識論の基礎を学ぶことである。さらに『医学教育概論』(瀬江千史ほか著 現代社)を熟読して、己れの受けてきた教育の重大な欠陥を知ることである。
 それを知らないで、こんなコラムを書くのは非常識もはなはだしい。

 加えて、小説や映画を見て人間関係を学習することだ。医者が簡単に観念的二重化の力をつける妙案はない。



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2016年07月02日

蒲島熊本県知事の波乱の人生


 熊本の震災が起きて、被災者の救援、支援、復興の陣頭指揮に立っている蒲島郁夫熊本県知事は、ゲスの舛添なんかと大違いで、極めて有能だと評価の声がある一方で、サヨク韓国人・姜尚中を熊本県立劇場の館長に就任させる愚挙を犯した。

 姜尚中を館長にした理由は、「英国の大英博物館の館長にも外国人が採用されているから韓国人でもかまわない」「広い視野と高い見識があり、メディアでの活動がある「熊本への郷土愛にあふれている」が答えだったという。
 これは「余命三年時事日記の投稿」にあったものだが、熊本では地震の後処理で知事に対する不満が爆発している、とあった。
 
 この人は大変ユニークな経歴である。生まれは熊本の貧農の出で、9人兄弟の7番目。勉学劣等で人生やる気のない少年だった。高校卒業後、農協職員を経てから牧場主になる夢をかなえるべくアメリカに渡る。研修生とは名ばかりの農奴として、アメリな人の牧場主にこき使われた。それから一念発起して、アメリカのネブラスカ大学で畜産の勉強をし、そこで教授らに認められてなんと志望を180度変えて、政治学を勉強すべく、ハーバード大学大学院に入る。

 しばらくアメリカで学究生活を送ったのち、日本の筑波大学が彼を招聘し、政治学の大学教員、そして東京大学の教授にまで昇りつめ、現在は2008年から熊本県知事を務めている。「くまもん」の観光キャンペーンでも知られる。

 彼の自伝『逆境の中にこそ夢がある』(講談社)を読んでみた。たしかに波瀾万丈で、かつ努力家なのはよくわかった。生い立ちの悪さにもめげずに努力ひとすじで逆境を跳ね返したことは立派の一言に尽きる。人生、こうでなければと思う。
 だが、惜しむらくは文章がまったく面白くない。出汁のとっていない味噌汁、スープのない湯だけのラーメンといった感じである。
 別に作家じゃないんだから、面白おかしい話にしなくてもいいけれども…、書き様によっては傑作になっただろうにと惜しむのだ。

 この文章の味気なさからすると、やはり韓国人・姜尚中を県立劇場の館長にする下劣さがわかるというものだ。

 これは悪口として言うのではなく、一つの教育・学習の問題として問うてみたいのだ。
 蒲島知事は両親が満州からの引揚者で、満州では警官として裕福な暮らしをしていたようだが、熊本に戻って、祖母の家(江戸時代に建てられたボロ家)に転がり込んで一家で生きるのがやっとの暮らしを始める。

 小学校のときから本を読むだけが好きで、勉強も運動も全部ダメ。成績も高校卒業までビリ。
 私もほぼ同年代だが、東京育ちのため、周囲にこんな極貧の家庭はなかった。わが家も金持ちとはほど遠かったが、極貧家庭に比べると裕福だったんだと思う。

 蒲島はもっぱらアメリカで勉学に励んだので、日本での勉学がお粗末だったからアメリカでは苦労されたようだが、もしかしてアメリカだからこそうまくいったのかもしれない。学校教育の中身が違うから、いわばゼロからやり直せたのだろう。
 アメリカでは見違えるほど成績優秀で、特待生として大学や大学院で学ばせてもらっている。

 6月3日の本ブログで「変わりたくない自分の感情」を題して書いた。「自分は心底バカだという感情になり切らなければ、変われるわけがない」と述べておいたが、蒲島はたぶん21歳でアメリカに渡るときには、「自分が頭が良くて、やがて勉強して東大教授になれる」とは毫も考えていなかったろう。

 だから見事自己変革に成功したのである。いささかでも自分だってバカじゃないとか、俺は頭が良いと自惚れていたら、何事もなし得まい。自分はものを知っている、自分は出来る人間だ、という思いが、人様のブログに入り込んでイチャモンをつけ、くさし、揶揄する愚劣を働くようになる。

 さて、そこだ。彼を称讃するにやぶさかではないし、ケチをつけているわけでもないが、彼の自伝の文章のつまらなさには、このアメリカで学んだことの欠点が如実にあらわれているように思う。
 彼は日本での文化遺産の修得と、日本語の像の創り方では半端なままアメリカに渡った。

 20歳くらいの若さでアメリカに言って、アメリカ語で生活したのである。途中で結婚されて日本人の妻と家庭では日本語を話したかもしれないが、読む本も、聞く講義も全部アメリカ語なのだ。アメリカ語は哀しいくらいに論理的でないから、留学するのは愚かなことだ。
 そのうえ、彼は畜産学から政治学へと転身した。どちらも言うなれば像が現実身を帯びにくい分野である。

 ブタの精子の研究なんかに没頭すれば、端的には「人まじわり」がキメ細かくならない。まして政治学、それもアメリカの、となれば、ウソばっかり。アメリカには「学問」がないのだ。日本やドイツの学の伝統であるように体系的にものを考えない。感情も豊かになるチャンスがどちらもない。

 それで平気で韓国人サヨクと親しくできるのだ。
 要するにあちらはプラグマティズムが主流なのである。厳しい言い方をするようだが、ブタの精子の研究もアメリカ政治学も、一般教養の蓄積が乏しくとも感情薄くてもなんとかなる分野である。

 彼はのちに筑波大と東大大学院法学部で政治学の教授になるわけだが、東大の学生も教授も、ほとんどが受験秀才なのである。まして大学院とは…。彼も遅まきながらアメリカで受験勉強的学習を必死にやったのだ。だから、帰国してからおそらく違和感なくそうした一流国立大学で教鞭をとることができたと想察する。

 蒲島がアメリカに渡って、頭が急激に良くなって勉学に意欲を燃やすことができたのは、農奴として現実と格闘した期間があったからだろう。それまでは彼は勉強も嫌、スポーツも嫌、本だけ読んでいたい人間だったのが、ここで牛やブタと糞まみれになって手足を動かしたので、脳細胞の変革ができたのである。

 結局のところ、この彼の自伝を読むと、彼の大学での講義が聴いてなくても見当がつく。失礼ながらつまらないだろうな、と。何にしてもかににしても、東大には弁証法がない! 感情豊かな思春期や青春期を過ごしてきた学生もいない。それで世界の役に立つ学問研究ができようはずがない。

 東大で学生・院生は何を勉強しているの? 研究者に残るのはわずかだろうが、基本は財務省か外務省の官僚になるために勉強する。
その連中が国家を動かし、財政を恣にする。だから日本はガタガタになっている。

 そういうところに、招聘されて教授になって、教壇に立てるって…いったい正常なことなのか? 誰もがハーバードとか東大とか言われると、頭脳優秀と思い込むが、実際はまったく中身がない。 
 政治学ってこんなに面白いんだよ、なんて話がない。どんな教授を交流して、どんな学位をもらったとかって話ばかりなのだ。だからアメリカのハーバードでも、あれは元は阿片貿易の事務方を養成するユダ金による私立学校だったのだから、帰根到底(つまるところ)、ドイツみたいに学問をやろうという主旨ではない。

 蒲島氏は努力した、成功者になった、逆境を乗り越えて夢を実現した。それは立派であったが、そのせっかく得たものが、つまらないとは、おそらく当人も周囲も夢寐にも思うまい。
 最近、九州では熊本の震災の影響で、観光客が減った。とりわけ支那からの大量の観光客が激減したので、彼ら自治体は慌てて、支那人観光客どもが日本に何泊かの条件を満たせば、補助金3万円を出すと決めた。

 観光産業を守ると称して、国民の血税を使って支那人においでいただくというのだ。
 こういう信じられないバカを蒲島は音頭をとってやっている。だから受験秀才は頭が悪くなる。日本を「観光立国」なんぞにしたら、支那の大量の観光客もどきに依存しないと経済的にやっていけないようにさせられる。こんな簡単なことがわからないのが東大教授の一人、蒲島なのだ。






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2016年07月01日

『デッドマン・ウォーキング』の偽善


 『デッドマン・ウォーキング』は、死刑を扱ったハリウッド映画であった。2009年製作で、スーザン・サランドン主演。
 主人公のカトリックのシスター、ヘレンはある死刑囚から文通相手になってほしいと依頼される。この死刑囚はチンピラの友達といっしょに、若いカップルを森のなかで、強姦、惨殺し、死刑が確定していた。ヘレンは文通を始め面会を重ねるうちに、死に怯えながらも無実を主張する男にカトリック教徒として放っておけない気持ちになる。

 ヘレンは、囚人の家族や被害者遺族や刑務官たちとの交流していくが、それによってヘレンの死刑とは何かについて当惑を深めていく。彼女は死刑反対の立場ながらも多くの人たちの気持ちに触れ、自らの信仰にも真剣に向き合わなければならなくなっていく。

 囚人は無罪を主張していたが、すべての再審、特赦の希望が消えた処刑の直前に、無罪ではなく自分も強姦し若い男のほうを銃で射殺したことを告白する。
 最後は、要するにキリスト教のありきたりの信仰を持ち出して、愛を知って死刑囚が死に就くことで終わる。

 タイトルの「デッドマン・ウォーキング」は、囚人が看守たちに抱えられて刑場に引かれて行くときに言われる「死刑囚が歩いていく」という意味だそうだ。まだ生きている囚人を看守が「デッドマン」と蔑むあたりは、アメリカ人の残酷さがでている。

 死刑の是非については重いテーマであるし、まずまず映画にすれば関心を呼び、成功するのだろう。
 女優・サランドンが死刑囚の精神アドバイザーを務めた修道女ヘレン・プレジャンの本に感銘を受け、サランドンの夫ティム・ロビンスが監督した作品である。

 したがって、おのずから修道女の目から死刑を見ている作品になっている。それはそれで、一つの視点であるが、個人の気持ちに寄りかかりすぎになる。
 死刑の本質は国家行為である。すなわち共同体の存続にとってなくてはならないもの、共同体の構成員(国民)の法支配の反逆を許さないため、共同体秩序を維持するためである。

 だから、アメリカのこの手の死刑ものでよく見られるのは、死刑囚が最後のあがきで州知事の情けや判断で、刑の執行を止めてくれと懇願するシーンが登場する。この映画『デッドマン・ウォーキング』でも、最後の延命の頼みは州知事になっている。映画では却下されるのだが。

 日本では、最後の決断は法務大臣がやることになっている。死刑の決定を神職にあるものがやるわけではない。神父や坊主は、囚人や関係者をお慰めするしかできない。

 この事実は、国家が共同体の犯罪者を断固処罰するということを現しているのだ。人殺しは共同体では常にある。殺しがあれば、報復したくなるのがこれまた人の感情だが、そんなリンチを共同体として許していたら、落ち着いて生活していられない。
 国家体制が揺らぐ。だから国家が法で国民が勝手なことをやらないよう縛るのである。

 国家と法と国民との関係を、人体で譬えてみよう。
 人体を統括しているのが政府である。政府が統括しなければ、人々は難民のようになる。各自が好き勝手なことをやり、成り立たなくなる。例えば通貨を政府が統括していなければ、人は勝手にこれが通貨だと言ってカネを刷って使えることになる。

 無政府主義がいいというのは、一つの理想とも言い得ようが、完璧な妄想である。
 人体の統括をやるのは中枢神経で、個々の手足や臓器に統括を指示して一体的に運動できるようにしているのが神経である。いわば電線が全身に張り巡らされていると言えよう。この神経に相当するのが国家でいえば法の体系となる。
 さらに感覚器官が公務員となる。公務員は法の執行者であり、監視者であり、人民へのアンテナでもある。

 したがって刑務所は公務員が担当する。アメリカでは民間会社が刑務所を運営しているそうだが、差配しているのは役所である。国家論から申せば、やはり民間会社が刑務所を運営するのは間違いであって、この野方図さはアメリカが人工国家で歴史と伝統のなさが露呈している。

 こうした国家の仕組み、本質の中に死刑制度があるのである。
 愚かな日弁連の弁護士や作家あたりが、死刑は残酷だと主張して廃止を求めるけれど、そういう個人的感情を持ち込むべきではないのである。

 いかにも死刑囚とか、被害者の遺族とかに個々の重いココロの葛藤や悲しみ怒りがあるし、それをテーマに小説や映画が創られてもいいわけだが、その感情面だけで死刑を廃止しろなどと言うものではないのである。
 個人のココロの問題をこの映画では宗教に救いを求めようとしているが、クリスチャンでない者から見ると、深刻なのはわかるが、しょせんイエス様を信じれば救われるなんてことはイカサマであることが見てとれる。
 



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