2016年08月31日

敬語の美と誇り(3/3)


《3》
 林秀彦さんの敬語についての考察に異論はないが、私はちょっとだけ付け加えたい。「日本人はどのような人間関係のなかにも、相手への敬意をにじませるという民族的な習性を持っていた」とおっしゃることには賛成だ。ただ林さんは先の文章でも内実としては含んでおられるから詳しく書かれていないのであろうが、敬語は日本人にとってはプライドだということを付け加えたい。

 プライドのある人間は、人となれなれしくしない。だから大阪庶民のようなベタベタする関係を嫌う。自分のことはしゃべらないものだ。同情は求めないし、他人に同情することもしない。だから私もかくありたいと思って、ブログで自分のことをペラペラしゃべってこなかった。人前で私生活をさらすのは恥である。自分を人前で崩すことを潔しとしない。崩したくないから、言葉は選ぶ。それが敬語になる。

 相手をたてるから敬語を遣うのだが、それは相手に毅然としたところを示すためであり、簡単に自分をさらけださないためである。自分がズンだれた態度を相手にさらさないために、相手をたてているのだ。また、自分自身の生きざまと、日本文化への愛着と誇りが敬語をつかわせる。敬語を遣うのは神経をつかう。それだけにその言葉の選び方の慎重さが、プライドとして、品格として相手に伝わる。日本社会の文化的上層はそういう人間関係を形成してきた。

 こういう教育を私は幼いころから親や教師に躾けられた。東京という国家の首都で育ったことも幸いだった。明治になって、標準語が決定されたときに、当時の為政者が江戸期の武家の誇りある言葉を採用したことには、われわれは深く感謝すべきである。江戸時代、武士は自らを天下人として自覚して、その誇りを生きたのであり、だから彼らの使った敬語が明治以降も生きた。

 井上ひさし氏に『国語元年』という戯曲があって、この明治初期の標準語をどう採用するかの混乱の様子を描いているのだが、ただ面白おかしく方言を発しあっていて、標準語の制定を単に全国民が意志を通じさせるため、という捉え方しかしていない。思想性の高みで標準語や敬語を捉えられていなかった。

 それにプライドについてこんこんと教えを受けたのは、わが流派に入門してからであった。武道と称する道場は、一般のスポーツよりは礼儀作法にやかましいようだが、われわれの流派はそんなレベルではない。
 プライドについては厳しく指導をされたものである。

 例えば「プライドある人間は、親戚づきあいもしないし、友達づきあいもしない」「人と仲良くするときは人を選べ。プライドを持った仲良しでなければならない」「プライドがあれば毅然として相手を近づけない」「人格の最高形態がプライドだ」「プライドのある人間は、週刊誌ばかり読んでいることはあり得ない」「東海林太郎は直立不動の姿勢で歌った。あれがプライドだ。魂が直立不動にさせる」などなど。折りにふれて指導された。
 これでプライドが敬語をつかわせるという意味がわかっていただけるだろう。決して権力者とか上司とかにおもねるための言葉が敬語なのではない。

 一般には誤解があると思われるのは、敬語は“ある”と思っていることだ。敬語も創るものである。基本形はむろん歴史的に創られてきたものではあるが、それにどれほどの至高な意味を付与して自分でつかっていくかが問われる。だから“ある”のではなく、創るのだ。別の言い方をすれば封建制の名残であった敬語をアウフヘーベンするのである。

 プライドは精神のあり方であるが、それは実体をして表さなければ人に通じない。形として表すものだ。だから言葉遣いとしては敬語になる。敬語をつかうのは自分にプライドを持っているからで、プライドで相手の話を聞き、自分のプライドが口をきく。だから必然、敬語になる。

 言語は認識の一部を切り取っているものだから、もとは認識如何なのである。林秀彦さん流にいえば「相手への敬意をにじませる」との認識が、敬語をつかわせる。だからわれわれの認識=精神のありようが、形として表されたものが敬語になる。
 よく方言を平気でつかう人がいるのが、私には不思議でならぬ。冗談で言うならともかくも。大阪の悪口ばかり言うようだが、彼ら大阪庶民は標準語を話すべきときにも、平気で大阪弁をしゃべる。

 関東の言葉は「気取っているから嫌いやねん」、というのかどうか、大阪弁は一つの文化圏だという自負があるのだろう。しかしそんなものは所詮は田舎者のたわごとである。
 私は別に大阪弁自体が嫌いなのではない。平気で田舎弁としての大阪弁をつかう人のガサツな神経が嫌いなのだ。もう近代以降、標準語として定着した日本語には、その言語を形成している文化が創られてきたのだ。大阪庶民は悔しいかもしれないが、現在の日本文化は標準語に支えられている。日本文化のプライドが、標準語の敬語なのだ。

 欧米の言語にはほとんど敬語がない。日本語にはうるさいほどにある。だから西洋かぶれのアホがときどき、西洋語のほうが合理的で、七面倒な敬語なしに単刀直入に話しをしたほうがいいなどと、日本語から敬語を廃止しろと主張することが起きる。
 冗談ではない、言葉は単なる記号ではないのだ。敬語をつかうとは、時と場合、上下関係などに神経をつかって言葉を選ぶ分、認識は豊かになるのである。敬語はきちんと決まりがあって、崩すことは許されない。だからいいのだ。

 敬語をつかうと、親しみがないとか、冷たい人間関係になるなどとほざくバカもいる。そう言う奴はさっさとアメリカにでも行け。ではアメリカンは親しみばかりか? 温かい人間関係ができるのか? 世界中で戦争を仕掛け、黒人やアジア人を奴隷にし、平気で原爆を落とせるあのケダモノの言葉がそんなにいいのか? 野球でもちょっと使えなければ非情にクビにする。すべてカネの世の中。

 いいことなんか何にもないじゃないか。敬語も同じであって、なくせば平和で階級差別のない社会がくるとでも思っているのだろうか。
 かつて日本領であった台湾や韓国は、もう日本語世代は消えつつある。だが75歳以上の人はまた日本人以上に正しくきれいな日本語をつかうそうだ。敬語も見事なのだろう。

 そういう世代の方たちは、決して一方的に日本を悪者にしていない。正しいものの見方をされていると聞く。かの地ではそれなりに苛斂誅求はあったにせよ、敬語も含めて日本語がいかに優れた文化を運んだか、根付かせたかがわかるではないか。台湾でも韓国でも、それは人間としてのあるべき心遣いやプライドを、言語と直接に修得させたからに他ならない。

 よく病院では看護婦が、あるいはリハビリセンターでは介護士が、自分より年上の老人をつかまえて、「ほら、おじいちゃん、体起こそうね〜」なんて、敬語抜きで話しかけている(タメクチ)。それは親しみの表現にはならない。ずんだれた認識で看護・介護をしているだけのことだ。

 これを称して、自分を崩している、というのだ。職業にプライドがあれば、いかなボケ老人にでも敬語はつかうものだ。あるがままの自分で生きる人間はバカだが、看護婦や介護士は楽な仕事の仕方を選ぶことで、まさにあるがままの自分で生きている。
 そんなことならネズミやゴキブリと同じ生き方でしかない。仕事に誇りがあったなら、毅然として仕事をするし、おのずとボケ患者にも敬語をつかわずにいられないはずである。




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2016年08月30日

敬語の美と誇り(2/3)


《2》
 大阪は商人の街であって、武家の伝統をむしろ嫌っていた風土であったからだろう。商業はどうしても伝統や慣習に否定的になる。
 なんだかんだ言っても、敬語はもとは封建制のなかで創られ、維持されてきた言葉遣いだろうから、譬えていえば「静的」であって、伝統、格式を崩すことを嫌う。一方、商業はモノとカネが始終動いていて「動的」である。へたをすれば1分1秒の遅れが命取りになりかねない。

 例えばヨーロッパの主たる文字はアルファベットだが、これはフェニキュア人が貿易・商業活動と直接にヨーロッパに広めたものである。最初から文字が商業と深く結びついていた。言ってみれば商売上の記号みたいなものがアルファベットである。アルファベットとそれぞれの国の言語、ドイツ語やフランス語は違うけれども、彼ら欧州人の認識が(いわば)アルファベットを選び、ドイツ語やフランス語を選んだのだ。
 だからこそアルファベットを文字としたヨーロッパの国々は、敬語なんかどうでも良くなり、まあ偉い人には「サー」でも付けておけばいいと割り切ったのではあるまいか。

 林秀彦氏は『失われた日本語、失われた日本』あるいは『海ゆかば、山ゆかば』などで、日本文化は「質」の文化であり、欧米は「量」の文化だと説いている。あるいは日本語は「情語」であるとも言う。その決定的違いは、商業・貿易との関わりにあったのではないか。

 なにしろヨーロッパは、資本主義を生んだ土地である。資本主義は中世の十字軍騒動によって封建制がなし崩しに消滅し、商業が劇的に発展して誕生したものだったから、文化そのものも同時に量質転化して封建的なものが消えた。

 しかし日本はそうではなかった。明治になって、封建的な身分関係は消えても、上下関係を大事にする文化は敬語を遣うことによってある程度残された。とくに江戸の武家階級の常用語を全国の標準語としたために、良質の敬語、上品な武家の所作は言葉遣いとともに、全国標準となっていったのだ。

 ところが大阪はちょっと違う。商業都市なので、言葉の感覚が武家言葉と相容れないところがあるように思う。いってみれば、フェニキュア人的な感覚なのではないか。大阪弁もむろん日本語だから「情語」ではあるけれど、格式や品格、伝統、誇りなどは軽視され、言葉は役に立てばよいと割り切るのではないか。上方お笑い芸は、要するに言葉も商売のタネ、売り物、そういう感覚がする。
 どうも上方は、言葉は道具でしかなく、東京では道具というより心、というニュアンスが強いように思うのだ。

 以前、ある方からコメントをいただき、大阪人の性格をみごとに射抜いた考察を読ませていただいた。大阪人は常に人の優位に立とうとする云々という説は、見事だと思う。この方は名古屋の女性で、以下に紹介する。

     *     *

 大阪の方って何でも勝ち負けにこだわるところから始まってる気がします。見た目が悪かろうが頭が悪かろうが自画自賛しないとやって行けない世界のように思えます。相手に丁寧語なんぞ使っていたら下に思われる、すなわち負け、みたいな考え方の方が多いように思います。
 むかしの漫才の横山やすしさんみたいなケンカ必勝法とかいう理論で、初対面でも「あんた太りすぎや」「ぶっさいくやな〜」などと相手が傷つくようなことを言って自分が優位に立つ、みたいな会話法を使われる方もいらっしゃいます。

 余り大昔の事はわからないのですが、大阪は最近になって言葉が乱れたのではなく、とにかくなんでも相手の優位に立たないと下に思われて負け、みたいな風潮が土台に有るように思われます。殺伐としていて私は嫌ですが、亀田一家などはそういう風に育って来てほかの地域の事などは知らないで着ているのではないでしょうか?
 
 松坂慶子と答えてしまうおばちゃんも、自分をとにかく優位にいいものに見せようという考えからではないでしょうか。それも、自分から言い出したのでは流石に図々し過ぎるかも知れませんが、相手が松坂慶子さんですか? と聞いてきているのですから。そのくらいの糞度胸(?)がないと生きて行けない、関東とは全く違った場所であるから言葉も違うのではないでしょうか。

     *     *

 それに大阪は昔(江戸時代)から朝鮮人が多く、維新後も多くの朝鮮人が住み着いてきたところから、日本文化を尊重したくない思いがあったのであろうか。庶民社会ではそれが相互浸透して、独自の庶民文化圏となったと思われる。

 私は以前ある会社で客のクレームを処理する担当をしたことがある。無料の0120でかかってくるのだが、交換嬢のアナウンスが流れ、かけてきた地域(市)がどこかを言う。それから応対するのだが、大阪の街の名前が告げられると、正直うんざりしたものであった。

 日本全国いろいろな地域からクレームはくるが、大阪は尋常ではなかった。普通は、もし商品に傷があったりすれば、お詫びして返品を受けつけ、別の商品を発送するか代金を返して、一件落着するものだが、大阪の人はそうはいかない。初めからけんか腰というかゾンザイな口をきいてきて、要求が激しい。例えばパッケージが破れていたから代わりの商品を送れまではいいが、クレームをつけた商品は返さないし弁償金も取ろうとする。

 どこの会社でも苦情対応の部署では、大阪人からの苦情で担当者が泣かされていることだろう。人によるのだろうが、なべて大阪はそうだ。苦情を言うにも礼儀はあって、丁寧語は使うべきものだが、大阪人は一方的に方言丸出しでまくしたてる人が多かった。

 大阪人にとってはクレームをつけるときの言葉は自分の要求が通りさえすればいいものである。だから大阪人にとって言葉は道具である。東京はクレームをつけるときでさえ、相手の心とか立場を意識してしまう。情をこめて言う。むろんこれとて一般的には、ということであって、東京人だってひどい言葉遣いの人はいるし、大阪に上品な人はいるのだが。

 最近はどの都市もゴチャゴチャになってきたが、例えば九州の福岡と博多は画然と違った。博多は商業の街、福岡は城下町で武家の街だったから、自ずと言葉遣いが違う。城下町の人は武家でなくても言葉遣いに気を遣い、それを誇りにしていた。商業は政治的な活動に比べて、動きが激しい。

 日々、カネ勘定で必死になる。ゆったりと敬語をつかって会話する余裕がないためか、商人は言葉が荒くなる。今でも例えばやっちゃ場(市場)に行けば、売り買いが激しく動き、高級住宅街のマダムみたいな悠長な会話はしていられない、という例で大阪の特殊性をわかっていただけるだろう。
 こう書くと、またしても、偏見だとしか捉えない大阪人がいるのだろうが。

 敬語はいかにも歴史的に見れば、封建制の名残りかもしれない。下々がお上にもの申すときにつかったからそれがいわば洗練されてきたのであろう。強いられた言葉といえないこともなかろう。しかし、日本のような農耕民族が中心の国で、しかも長く被差別部落が形成され、奴隷状態が続いた国では、支配者に歯向かうことはなかった。

 その理由の一つは、日本人が肉食ではなかったから、肉食の白人どものように簡単にはキレることはなく、キレたら大変(百姓一揆なんか起こしたら皆殺しにされる)であることを承知していたからだという。だから上下関係においては、上手に敬語をあやつって、ある意味、支配者がキレないようおだてていたとも言えるのではないか。被支配者層の知恵とも言えるかもしれない。

 しかしながら、今日における敬語の意味はもう封建領主へのへりくだりのための言葉遣いではない。敬語はアウフヘーベンされてきている。封建的身分制度という形式は壊して、中身をすくい取り、もっと大事な人間の心の交流に役立てるようになってきたのだ。だから庶民同士でも敬い、丁寧に語るべく敬語がつかわれる。私はさらにその上の、新たな文化としての敬語を創造すべきだと思っているのだ。
 その人間の新たな心の交流の中身に関しては次回に。



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2016年08月29日

敬語の美と誇り(1/3)


《1》
 林秀彦氏の『失われた日本語、失われた日本』(草思社 2002年刊)の、敬語に関する論考は、林秀彦さんの思想の真髄を示していて、私は何度もここを読み返しては、ときに涙ぐむのを禁じ得ない。これほど見事な心のこもった「敬語論」を読んだことはない。おそらくこれは敬語論では世界一と言ってよいかと思う。以下引用させていただく。

     ※      ※

 尊敬語、謙譲語、丁寧語、男言葉、女言葉といったものの抹殺は、そのなかでももっとも悪質な陰謀です。敗戦後サヨク系の人々から貼り付けられた日本語に対するレッテルは、「階級的言語」というものでした。これらの言葉が被差別を強制しているという評価でした。
 なんという亡国的、売国的発想だったことでしょう。 

 例えば恋は、お互いの敬語から始まるものです。それは決して女性だけが男性に対して強制されるようなものではありません。男性にとっても、敬語をもって接することができないような女性は、恋の対象にならないのです。

 男女相互の敬意は、恋だけではなく。良い夫婦関係にとっても不可欠なものです。日本人はどのような人間関係のなかにも、相手への敬意をにじませるという民族的な習性を持っていたのです。それは遠慮や、忖度や、気遣いや、いたわりや、寛容といった形で外に現われ、言葉がその細かなニュアンスを表現させる機能を持っていました。 

 敬語は人を大切にするためのもっとも的確で、かつ美しい表現です。私たちの祖先は何千年もかけ、民族性にもっともフィットした言葉を作りだし、いつくしみ、洗練させてきました。言葉は先祖たちの知恵の塊です。
 敬語は差別ではなく、美意識です。自分自身の謙虚さを美しいと感じる喜びの表出です。同時に相手に対する最高のいたわりです。
 それこそが、日本人としての愛の表現でした。西洋人の言う愛とは違う愛です。尊敬語、謙譲語、丁寧語こそ、日本人の愛なのです。

     ※      ※

 このように、林氏は説くのである。
 敬語は、サヨクから「階級的差別」とか「封建的」と貶められた。そのあげく、昨今の若者は、敬語を使わなくなったどころか、意図的に汚い言葉を使ってお互いを罵るように、バカにしたように会話し、上司だろうが年長者だろうが、敬語無視の友達感覚でしゃべっている。英語には敬語がないから、それが合理的で民主的だなどと吹き込まれたせいだろうか。

 私は、本来的には天皇に対する特別の敬語はあって良いと考えている。だが昨今の、裕仁も明仁も徳仁も、とてもじゃないが敬語をつかう気になれない。天皇への敬語は、ここで林さんが言っているのと同じ理由による。後醍醐院みたいなゲスは別として、日本人は天皇への敬意をにじませることが出来た、そういう関係が続いた。

 しかるに最近は英語をまねて、要するにフラットでフランクな話し言葉をつかうようになった。一言で言えば、ガサツなのである。当然、若い人は手紙などの文書が書けない。会社に入ると、さすがに商売上、「お客様にはこう言え」と教育されるから、そこでやっと敬語を習得するようだが、それも商売上の言葉に限られるから、日常ではすぐに馬脚をあらわす。

 林秀彦氏は、この本のタイトルのように、日本語が失われれば、それは日本人が日本人でなくなることだとおっしゃる。「日本人と日本語の関係は魂の結びつきの関係にあり、民族のアイデンティティと一体である」とも書いておられる。その通りである。それがどういうことなのかは、この『失われた日本語、失われた日本』を読んでいただきたい。

 「恋は、お互いの敬語から始まるものです」と林さんは説くが、これは実に美しい言葉である。この一言を読んで、あなたは胸が痛みませんか? 失われた日本を思って目頭が熱くなりませんか? 熱き心がある人なら、きっとそうなるはずなのだが…。
 そのとおり恋はお互いの敬語から始まる。昨今はそうではなく、なれなれしいところから恋愛を始めてしまうのではないだろうか。友情も恋も人を選ぶものだ。簡単に自分をさらけだすものではない。そういう人間はレベル低く思われる。だから見知らぬ男女が出会ったら、敬語を遣い、自分を低くは見せないものである。

 「秘すれば花」とはよく言ったものだ。恋愛もそういうものだ。互いに秘するものがあればこそ魅かれる。互いに相手を一目置く。ところが結婚して敬語を遣わなくなると、簡単に互いの中身がさらけだされ、実は秘するものは何にもなかったとわかって、すぐ恋も冷める。恋だけが冷めるならまだしも、その人間の文化性が簡単に淡雪のごとく消える。

 日本語を破壊してきたのは第一にサヨク、日教組どもであるが、もうひとつ重要な勢力があった。それはテレビ局であった。内容はともかくNHKは言葉遣いに関しては悪くなかったし、NHK放送があったればこそ全国に標準語が定着することになった功績は認めなければならぬ。しかしCIAの手先として始まった日本テレビ以下、民放はこと言葉遣いに関してはひどいことになった。

 NHKのアナウンサーは厳しく言葉遣いを鍛えられたが、民放はいい加減だった。民放アナはそれなりに指導はされただろうが、おちゃらけ番組ばかりやるようになって崩れ、可愛コちゃんならいいと女子アナがしゃべるようになって、いっそう乱れた。
 さらにテレビ局が面白がって出演させた大阪芸人らもその共犯である。

 敬語がなくなり、日本語がメチャクチャにされた結果のもっともラディカルな例がボクシングの亀田一家である。謝罪会見でさえ敬語をつかわない無教養。それを識者の誰も咎めなかった。あいつらの言葉遣いを軽薄にも面白がり、また中立的立場でものわかりの良い姿勢をとる奴は、日本人の恥であり、文化の破壊者である。
 日本文化を貶めても無神経でいられるのは、在日朝鮮・韓国人が使嗾しているのだろう。亀田一家も大阪出だが、とくに在日の多い大阪の芸人がテレビなどで、日本語の美しさをぶち壊してきたと思う。

 テレビタレントの多くは在日かオガミヤであるから、関東、関西の別なく彼らは平然と日本語を壊してきた。
 大阪には上質の文化はあるし、敬語がないなどとは言っていない。問題は大阪の庶民文化を体現した人間(とくに芸人)であって、よく「関東の人間は、敬語をつかって上品ぶっているから好かん」と言う。敬語をつかうことが気取りや、上品ぶっていると僻みを込めて彼らは思っているのか。

 せんだってあるテレビ局で、大阪のおばちゃんに街中で面白いインタビューしていた。「あなたは女優の松坂慶子さんですか?」と(真顔で)尋ねるのだ。「松坂慶子さんに似ていますね」ではない。すると、聞かれたおばちゃんは必ず「そうや。わたし松坂慶子やねん」と照れもせず答える。関東では絶対にあり得ない返答なので驚いた。これを大阪人は「ノリがいい」と称するようだが、関東人に言わせれば、慎みゼロ、奥ゆかしさゼロ、謙虚さゼロ、品がない! と断ずるであろう。
 大阪の庶民には「恋は、お互いの敬語から始まるもの」といっても通じないのだろうか。



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2016年08月27日

『U.N.エージェント』のリアリティ


 『U.N.エージェント』は、2008年のフランス・ポーランド・イタリア合作のテレビ映画であった。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争において1995年7月に起きたスレブレニツァの虐殺を題材としている。
 題名の「U.N.」は国連のことである。国連代理人というほどの意味か。
 スレブレニツァは国連が保護する「安全地帯」に指定されていた。
 しかしセルビア軍(スルプスカ軍)が侵攻し、8,000人を超えるムスリム人(ボシュニャク人)が消息を絶った。

 旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ、ハーグ)は事態を察知し、フランス人捜査官ジャックを派遣する。捜査を開始した主人公のジャックは、しだいにスルプスカ共和国軍によるムスリム男性への大虐殺を知っていく。
 それは想像を超えた憎しみの惨劇であった。ジャックが真相を暴こうとするのを、共和国軍は隠蔽しようとし、同軍を支持するセルビア人勢力のムスリムへの怨嗟と抵抗にあう。

 遠い地にいるわれわれには、複雑過ぎて関係がわかりにくい。どちらが先に虐殺(民族浄化)を始めたのかわからないが、やったらやり返すの連鎖で混沌としている。
 スレブレニツァの虐殺は実話であるが、日本では果たして報道されたのかどうか。
 警察官の主人公がさまざまな脅しと、国連機関の無責任と官僚体質にも屈せず証拠を集め、正義を貫かなければ8000もの遺体は見つけることができたどうか。

 1メートルも深いところで遺体を掘り出すのは大変な苦労で、冬場は重機でも掘れない。発掘すると辺りは異臭に充ち、監察医たちが遺体を丁寧に掘り起こす作業には頭が下がる。うっかり間違えばいたるところに地雷が仕掛けてある。
 こうした映画は、日本人には好まれない。

 はなから、暗い話は嫌、怖いのは見たくない、戦争は嫌い、となって受けつけない人が多かろう。だから憲法9条を守らなければ、という話に流れこむ。その点でヨーロッパの人たちは、戦争に明け暮れていたから、まだしも歴史を逃げることなく直視する姿勢がある。
 わが国では、戦艦大和も零戦も知らない若い世代が増えているとか。情けない話である。

 今年も8月15日の敗戦の日に、戦没者追悼式典が行なわれ、マスゴミが挙げて「不戦の誓い、新た」だの「不戦の決意、固く」などと、間抜けなタイトルをつけて大仰に報道する。
 支那は通州事件、正定事件などを起こしたうえに、不当に上海事件や盧溝橋事件などを起こして日本を戦争に引きずり込み、アメリカは捕虜を殺し、空襲と原爆投下で非戦闘員を殺戮したことこそ「忘れまじ」であるのが8月15日であるのに、反日サヨクは米英露韓支などにおべんちゃらを言って、日本は悪かった、といい募る。

 しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ほどの悲惨なことを経験した人たちは、お互いに忘れることなどできないし、自分たちが悪うございました、となるわけがない。今もこじれにこじれた人間関係が続いている。いかに他民族や他宗教への憎悪を抑えて生きなければいけないか、になっていく。

 もし、ムスリムが9条みたいなアホな憲法を制定したら、とたんにキリスト教徒に襲いかかられるだろう。そしてまた屍体の山が築かれる。
 それが現実というものだと、彼らはたくさんの血が流れたことでやっと知るのである。

 余談ながら、このテレビ映画の主人公ジャックは、やたらにメガネをとったり外したりして、うっとうしいったらなかった。監督の演出なんだろうが、遠近両方に焦点が合わないなら「遠近両用メガネ」をかけてほしいものだ。でもどうもそうではないらしい、癖みたいに、取ったり付けたりをくり返す。

 しかもメガネというものは片手で取ったり外したりすると、すぐに歪んでくるもので、必ず両手で扱うべきである。主人公は格好をつけて片手でやっていたが、アホか。
 「もう止めてくれ」と言いたくなった。映像に集中できない。

 話を戻すと、私はこの作品を見ながらどうしても日本の未来を考えざるを得なかった。日本にも、在日韓国人や在日支那人という、日本人に敵対する集団がいる。まかり間違えば、彼らが牙を剥いて日本人に襲いかかる事態もあり得る。関東大震災や阪神大震災においてあったことである。彼らには日本人への不当極まる憎悪がある以上、これは極めて危険を孕んだ状態である。

 スレブレニツァの虐殺は、対岸の火事ではない。在日なら、武器を待たせれば日本人殺戮にまっしぐらに進むにちがいない。
 逆に日本人が在日を報復で殺す事態もないとは言えない。そうすると殺し合いの連鎖になる。
 それを防ぐ法律が日本には何もない。

 互いの怨嗟は百年では治まらない。だから在日に特権を与えてのうのうと暮らさせ、ルーピー鳩山みたいに日本は日本人だけの国土じゃないなどとタワケを言っているのは大間違いで、できるだけすみやかに本国へ帰えらせるべきである。

 この『U.N.エージェント』でも冒頭に、スルプスカ軍が街中に砲弾を撃ち込み、無抵抗な市民が逃げ惑うシーンがある。国連軍が「監視」しているが、侵攻軍の攻撃を止められず、手も足も出ない。指揮官は国連軍がスルプスカ軍を空爆してくれなければ潰滅だと言って、支援を要請するが、国連軍本部は「われわれに応戦する権限はない」というばかりである。

 これは事実であった。だから小沢一郎なんかが自衛隊を解散して国連軍に入れてしまえなどというのは、まったく間違いである。もし、支那軍とか韓国軍が日本に侵攻して来ても、日本には交戦権がないのだから、自衛隊も何もできない。国連を頼っても、なにせ支那は五大理事国だから拒否権を持っている。国連軍が日本に助けに来るわけがない。来ても何の権限もない「監視」役であろう。

 常任理事国は、みんなユダヤの手先なのだし、戦争で儲けている連中だから、一般市民を救うなんてことは二の次である。
 そういうことが、こうした事実をもとにした映画からわかるのだ。




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2016年08月26日

リオ五輪はやるべきではなかった


 オリンピックが行なわれたリオデジャネイロでは、普段から治安が著しく悪いのに、五輪で観光客が増加したのを受けて、犯罪も急増した。
 もはや警察だけではどうにもならないとは、開催前から言われたことなのに、JOCもメディアも能天気そのものだった。

 日本選手を応援に行きたい気持ちはわかるが、危険と隣りあわせでは、軽はずみな行為である。
 犯罪増加率は人口増加率を上回っている。リオデジャネイロの街は犯罪の横行することでもはや有名。リオは治安の悪さで有名なブラジル平均の10倍になると言われる。

 政治家たちは、選挙のときだけ俺が治安を回復させると言うらしいが、当選すれば忘れてしまい、元の木阿弥。有権者もたいして関心を寄せない。治安の悪いことに慣れきっている。

 こんな腐敗した国で五輪をやることになったのは不思議である。きっと裏で巨額の金がまかれたにちがいない。建設業者からマフィアに金が流れる。
 東京でも組織委員会や都議、それに森喜朗らが利権を握って同じ事をやろうとしていた。舛添もその一味だった。しかし舛添は韓国人学校建設という国益に反することをやろうとして、つまずいた。森らにしてみれば、想定外の事態だったろう。

 さて、小池新知事がストップをかけられるかどうか。

 リオ五輪に関しては、媚中・副島隆彦がかつてオリンピックは、ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア、アジア(東京、ソウル、北京)でやったのだから、途上国に渡すべきだと言い、リオでやるべきだと主張していた。まだやったことのない、南米、アフリカなどで実施すればよく、東京なんか立候補するなと吼えていた。

 どこまでバカなんだろう? リオが治安が悪く、政情も不安定なことを、彼は知らなかったのか? 
 市電にはライフルを持った警官が必ず乗り込んでいる、恐ろしい土地である。
 オリンピック中にも会場の不備は続出した。そうなることは分かり切っていた。あの一見享楽的で明るい民族性に見えるブラジルが、いかに恐ろしい国かよくわかったではないか。
 媚中・副島のこの無責任にはほとほと呆れた…という次第。

 ついでに言うが、リオを見下ろす山の上に巨大なキリストの像が造られている。日本のテレビではあれがリオの象徴とでも思ったのかニュースのたびにあのキリスト像を映していたが、ただのグロテスクで、アホかというものであった。キリスト様がリオの市民を守っているのなら、なぜ恐ろしい犯罪社会が出現しているのかな?




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2016年08月25日

甲子園マネー事情の暗澹


 ネットの動画で「高校野球のマネー事情 甲子園出場にかかる驚愕の金額とは!?」を見た。
 甲子園に行くには大変なカネがかかるというのである。
 番組で調べたところ、交通費、滞在費、記念グッズ代、応援グッズ代、道具代、チケット代などがある。

 交通費は、選手の移動もあれば応援団の移動もある。
 応援団が甲子園に駆けつけるには、バスで移送しなければならない。甲子園の駐車場には大型バス100台分しかない。1校あたり割当は50台になる。関西圏から来るならいくらか経費は押さえられても、九州だの東北だのからバスを連ねて甲子園を目指すなら、とてつもない費用がかかる。
 平均して1校あたり1往復のバス代だけで1千万円かかるそうだ。

 滞在費は、選手の宿泊代だけでなく、試合がないとき(次の試合まで)は近隣の野球グランドを借りて練習しなければならないので、その借り賃や交通費、弁当代もかかる。甲子園に出られるレギュラーだけでなく、控え選手も練習の手伝いに来るから、相当数の人数になる。練習試合を組めば、相手校への謝礼や豪華弁当代もかかる。

 記念グッズとは、学校ごとに出場記念の何かメダルとかを特注するのである。それの専門の業者がたかりに来るだろう。選手だけではなく、学校関係者全員にということになる。寄付してくれた人へのお礼もあるなら、大変な額にふくれあがる。まして優勝したら、大盤振る舞いしたくなるに違いない。

 応援グッズは、スタンドで応援する人たちが手にするもので、メガホン、チアガールの衣装、団扇などがある。
 道具代は、選手のユニフォーム、ボール、バット、カバンなどになる。あの硬球は1個1000円する。
 さらに甲子園のアルプス席で観戦するためには、チケット代がかかる。へえ、私は学校の生徒なんかだと高野連がただにしているのかと思っていたが。

 ちなみに、甲子園のアルプス席は600円、外野席は無料である。他の特別席はこれの倍くらい。

 甲子園の初戦を戦うのに必要なカネは、1校1千万円ほどになる。その後、2回戦、3回戦と進むごとに、1試合あたり2000万円かかる。決勝まで行ったら1億4000万円に達する。
 学校はこういう特別の行事を賄えるほど資金は有り余っているわけではないから、全部を寄付に頼る。在校生、OB、近所の人たちに頼んで回る。甲子園に行けそうな強豪校は、予選が始まる前からOBらに手紙で寄付を要請する。そうしないと、甲子園出場が決まってからでは遅い。
 高野連からもらえるのは数百万円だという。

 それでも寄付金だけでは足りなくなるから、借金をするのである。
 関係者のうち会計を知らない者は、チームに勝ち進んでほしいと思うだろうが、カネを預かる人は、どうか初戦で敗退してくれと願うのではあるまいか。

 手束仁という人が『高校野球マネー事情』という本を書いている。私は読んでいないが、驚くような実態が語られている。
 甲子園に行けばかかる費用…だけではなく、普段どれくらいこの部活にかかるか。高校球児の保護者サイドが1年間に支払うお金は公立・私立でも差はあるし、甲子園を目指している学校か、そうでないかによっても違ってくるだろうが、平均すると年間23万2,082円がかかるという。

(※内訳は、部費:28,925円、父母会費:27,811円、ユニフォーム代など:43,885円、用具代:46,235円、遠征費:85,226円) 
 平均23万2,082円は選手個人にかかる費用であって、部活の運営費はまた別途。運営年間費用は、概略、公立校の年間予算平均額が42万600円。私立校の年間予算平均額が77万3,000円となっている。

 これは平均なのだから、甲子園の常連校ともなれば、目もくらむような額になっているのだろう。
 50人もの部員がいたら、試合に出られる20人程度の生徒はまだいいが、補欠にすらなれないで、球拾いだけで3年間を終わる子が多数いる。部活なのに、こういう差別をしていいのか。

 今夏の大会では、大分高校の女子マネージャーがグランドに出たのはけしからんとなったそうだが、多くの野球部は、女性をマネージャーという名をつけて雑用をやらせる。部活だからただ働きだ。おむすびを用意したり、お茶をいれたり、用具を整えたり、弁当を手配したり…。当人たちがやらせてくれと言うからやらせていると監督らは言うだろうが、ただ働きをさせているだけではないか。

 こういう実態なら、親も子も野球で夢を実現したいと思い、必死の努力を傾注することになる。多くの野球少年は学業そっちのけで野球に打ち込む。プロになって稼げれば億万長者になれると思うのだろうけれど、そんなに甘い世界ではない。おそらく10万人に1人しかプロで稼げるようにはなるまい。

 で、挫折したあと、野球しかやってこなかった青年は社会を知らない、頭も悪い。これだから、野球賭博に手を出すバカも出る。
 華やかなプロの世界があると思えばこそ、親子で夢中になるんだろうが、浅はかである。
 まして、自分の野球での夢が、多くの人の莫大なカネで支えられている実態を考えもしない人間になる。「俺が応援団なんかを甲子園に連れてきてやったんだ」と傲慢になるだけ。

 一言で言って、これはもうとっくに「部活」の域ではない。巨大ビジネスである。むろんマスゴミもそれを主催し利権にしゃぶりつく。高野連も利権なのだろう。教育的にも問題がありすぎだ。こういうものを「経済効果」があると言う向きは狂っている。




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2016年08月24日

今上天皇の譲位について


 8月8日に今上天皇の「お気持ち」なる談話が発表になった。動画で見たけれど、情けない内容としゃべり方で見ちゃいられなかった。明仁自身も宮内庁も、天皇とは何かがわかっていないように思える。
 そもそも天皇が国民に向けて、自分の気持ちなるものを言うこと自体が、間違いである。憲法上でもあってはならないし、くどくど弁解するべきものではない。

 よく読むと、論理的整合性もない。表に意図が出て来ないが「君側の奸」に思えてしかたがない。宮内庁はクリスチャンの多い部署だし、この件で沈黙しているのも不審である。天皇皇后と小和田家、サヨクなどはマスゴミを私物化している。

 天皇とは、折口信夫が解いたように「ザイン・ニヒト・ザイン」つまり「非存在の存在」である。天皇という人間の実体はむろんあるし、生き死にもするが、国家のなかの存在としては「非存在の存在」である。その存在がシャシャリ出て、個人的気持ちを述べてなんとかしろというのは、おこがましい。

 天皇がそうして政治に口を出すというか、「存在」として出ばっていいことはなかった。後鳥羽、後白河、後醍醐、それに加えて孝明、明治、昭和が「俺が、俺が」で口をだしたときに国家は乱れてきた歴史がある。
 「非存在の存在」だからこそ、御所は無防備で良く、よく言われるように御所の塀は低くて要塞とか城には当たらない。

 天皇を戦後にGHQが「象徴」と呼ぶよう強いたわけだが、それは野蛮なアメリカ人らしい呼び方であって、もともと天皇は憲法で明記するまでもなく、「象徴」に近い存在であったのだから。何をいまさら、だ。

 それが、俺は疲れたからとか高齢になったからとか、急に死ぬと天皇の家族が大変だから…などと言うのは、まったく天皇というものがわかっていない。あの談話でいちばん驚いたことが、明仁が家族の心配を語ったことだった。特権階級に胡座をかいて、日々うまいものを食い、御殿に暮らしていながら、葬儀などの行事が長過ぎるし疲れる、などとよく言うワ。

 そもそも天皇は「非存在の存在」なのだから、一人の明仁が退位しようが譲位しようがどうでもいい話である。いなくなっては困るだけである。「お気持ち」のなかで、摂政には反対だ、と匂わせるのもけしからん話で、お前が言うなよ、である。

 私は明仁自身がそろそろ痴呆になってきたことを自覚したのではないかと思う。昨年だったか、フィリピンに行ったときの動画を見ていると、そうとう怪しいことが感じ取れた。もう表に出せない…と侍従や宮内庁は思っているだろう。皇后が必死に体を支え、指示をだしているから今はなんとかなっているが、公の場で取り返しのつかない醜態を見せてしまう恐れが目捷に迫っているのだと見える。

 今回の「お気持ち」表明をビデオメッセージにしたのは、もう記者会見でぶっつけ本番ではしゃべらせられないのだ。だからおそらく何度もやり直しできるビデオにしたのだろう。

 まだなんとかしゃべれるうちに生前退位(譲位というべきだ)を法制化してほしいと関係者が思ったにちがいない。退位と言ったら、その後がないことになるのだから、「譲位」すなわち皇太子に譲る、のである。退位などと平気で口にするマスゴミの連中のアホさ加減には呆れる。初めにスクープと言ってNHKが発表したが、NHKごときがスクープできるはずがなく、侍従あたりが意図的に漏らしたのである。NHKが不遜にも「生前退位」というバカ丸出しの言葉をつかったら、ほかのマスゴミも右へならえとは…。

 それに早いうちに、現皇太子夫妻を天皇皇后にしておきたい勢力がいるのだろう。雅子の親、小和田家がとりわけご執心だとか。
 徳仁、雅子を天皇皇后にしてしまえば、廃太子・廃皇太子妃にしろという国民の声を封じることができる。

 徳仁・雅子には天皇皇后が務まらないことは明白である。「畏れ多い」などと卑屈になる輩は、その懸念を口にしないけれど、無責任である。二人とも病気持ちだ。皇太子はカツラだし、尿もれパッドを着用している。雅子は精神病であり、怠け者、自分勝手、公式行事に全部欠席、いいことは何ひとつとしてない。

 ブログ「BBの覚醒日記」には端的にこうある。
「11分にわたって、読み上げられた天皇の「お気持ち」ですが、一言に約(つづ)めれば、こうなります。「バカ長男を確実に天皇にしたいさかい、ワテの目の黒いうちに即位よろしゅうにな、憲法たら破ってもうたら、ええやん。ほな頼んだで」ふだんは、GHQ作成の平和憲法護持を主張なさる方が(それ自体が憲法違反なのですが)、不出来長男のためには憲法違反せよと、政府と国民に申し付けたのが今回の「お気持ち」談話の全てです。」

 うまい表現だと思う。平成もあと2年で30年目だから、その辺りで長男を天皇に…という意向が見え見えだと思う。
 私は以前から「BBの覚醒日記」の皇室批判ならびに秋篠宮の即位を推す見解に賛成している。氏が最初にブログに出した、『陛下「お気持ち」談話に反駁させていただきます』に全く同感だ。
 http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/9938202e6ee4c06a41f7fbb74fd2d4c2
 私は何度ブログに書いてきたが、日本に天皇が存在することには反対ではない。世界に誇るべき、と言ってよい。ただ天皇教信者みたいに手放しで礼賛するものではないし、臭いものには全部蓋という態度は取りたくない。

 これは読売新聞の記事で見たのだが、天皇の談話が発表された翌日の記事に、歴代の天皇で生前に譲位された天皇を一覧表にしてあった。その中で「南北朝時代」として後醍醐や長慶を書いてあって、なんと北朝の光厳院を無視して記載していないのである。こんな卑劣がまかり通っていて、誰も言わないことに私は憤っている。光厳院も生前に皇籍すら脱して、一修行僧として南北朝戦乱の責任をとって譲位された。子の後光厳天皇に譲った。これを現在の宮内庁も天皇家も無視している。

 光厳院は歴代天皇にカウントされているが、北朝の天皇は宮内庁が介入してカウントさせないでいる。建前上は、現在の天皇は北朝のはずなのに。天皇教信者は、この大事な話をしらばっくれる。

 こういうことをやっておきながら、明仁は「天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました」といけしゃあしゃあと言うのだ。あんたが考える問題じゃない。
 ぐだぐだ言う前に、南朝正閏説を撤回しろ。それになにより、雅子のわがまま勝手な行状を叱責したらどうだ。

 バカな長男と、不埒な嫁を育ててしまって国民に申し訳ないと一言でも言ったらどうよ。




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2016年08月23日

男がすたる、女がすたる


 皆さんは篤姫をご存じだろうか?
 2008年のNHK大河ドラマは『篤姫』だった。私は天璋院篤姫を演じた宮崎あおいが大嫌いなので、いっさい観ることはなかった。どうせNHK大河ドラマは史実とは無関係の話をデッチあげるのだし、受験秀才のNHKの職員が演出するんだからバカにしている。
 宮崎あおいについては本ブログで「ドブネズミは汚い!」として、CMに出ていた彼女を批判した。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/231834218.html

 さて、そんなことはいいのだが、篤姫は周知のように薩摩島津家の出で、第13代将軍徳川家定の正室になった。この婚儀は、薩摩藩主・島津斉彬が仕掛けたものであった。将軍の正室は、五摂家または宮家の娘しかなれない。徳川の譜代でも難しい。だから島津家は篤姫をいったん近衛家に養女として入ったのちに、建前は近衛家から将軍家に嫁いだ。

 ちなみに西武流通グループの総帥だった堤清二も、昵懇になった芸者をいきなり嫁にするのは見栄えが悪いと思ってのことか、いちど「水野家」の養女にしてから、箔をつけた(汚れをとった?)のちに嫁にした。「水野家」とは、フジTVや産経新聞などの社長だった、水野成夫のことで、その縁で息子の誠一が後に西武の社長になっている。
 財界ってのはこういうことをやる連中さ。

 で、篤姫は将軍家に入り「広大院」となり、大奥を差配した。篤姫が将軍正室になったことは、外様大名が将軍の舅となった極めて異例の事態であり、島津斉彬が時の阿部正弘政権に食い込もうとした野望が見てとれる。篤姫を大奥に送り込んで、御台所として権勢を振るってくれることを期待したのであろう。

 時代は幕末の動乱期に突入する。やがて薩長の下級武士反乱軍が江戸に押し寄せる。そのとき、薩摩軍の西郷隆盛は薩摩から輿入れされた縁で篤姫を江戸城から救出したいと申し出るが、篤姫に一蹴されている。もとは西郷が、篤姫のお輿入れの際に準備に奔走した縁があったから、歴史の巡り合わせの皮肉である。
 徳川慶喜は無能でなにもできなかったが、篤姫は朝廷、薩摩(実家)、西郷軍に対して徳川慶喜の助命嘆願書を提出する。

 しかし冷酷な西郷と朝廷は、篤姫の「従三位」という位階を剥奪して応えた。篤姫は、反薩長の奥羽越列藩同盟に対して「逆賊薩長討つべし」と要請書状も送っている。
 明治の世となって、篤姫は薩摩側の援助の申し出も断っている。そして一生、薩摩には戻らなかった。生活は困窮したと伝えられるが、終生徳川の人間として生きた。

 原田伊織氏の新刊『大西郷という虚像』(悟空出版刊)の冒頭にこの篤姫の話が出て来る。
 原田氏はこの篤姫の生き方を「徳川に嫁いだ身として今更薩摩の支援を受けたら、下種な表現になるが『女がすたる』という想いで生きたのではなかったか。天璋院篤姫。彼女は、紛れもなく『薩摩おごじょ』であった。」としたためている。
 
 また、原田氏は篤姫の生きざまの話の前に、身近に知った薩摩おごじょの例をあげている。
 それは原田氏が広告会社に勤務しているときに、後輩に薩摩出身の女子社員がいたそうだ。STという彼女はもの静かだが仕事においては音(ね)を上げるということがなかった。

 あるとき原田氏が鹿児島に出張になったときに、その女性が「高校時代の親友が串木野でクラブのママをやっているから立ち寄ってくれ」と言って現地の親友に原田氏のことを連絡した。
 原田氏が実際にそのクラブに行ってみると、港町らしく荒くれの男たちがたむろしていたが、店の若いママは完全に男どもを支配していて、原田氏のために数人の男どもをカウンターに追いやり、ボックス席を原田氏のために空けた。
 以後は、原田氏の本からの引用にする。

     *     *

 私のために、奥のボックス席の数名の男たちをカウンターに追いやり、その煽りを受けることになったカウンターの若者数名に向かって。「今夜はお帰り!」と、あっさり命令した。私が恐縮して、慌ててそれを制しようとしたことはいうまでもない。が、彼女は私を制し、
「まり子の大事な方だからね!」
と、私を店中の男に宣言した。「まり子」といったって、店にいた男たちに分かるはずもないのだが、それを質す男はいなかった。

 それは、私に向かっても宣言していたようにも聞こえ、子音の発音の綺麗な威厳に満ちた言い方に、殆ど抗することなく観念したのであった。「まり子」とは、後輩STのことである。
 彼女は最後まで私の席を離れず、両側にも女性を付かせた。この夜は、港町の男たちにとっては実に不運な夜だったとしかいい様がない。観念した私は勧められるままにしこたまハイボールを呷ったのだが、結局、この若いママさんは、頑として勘定を受け取らなかったのである。

「そげんことして、まり子に何ていうね!」
 彼女は、STと私の関係を誤解したわけではない。彼女にしてみれば、親友が知らせてきた一夜限りの客であることは承知しているが、その客に失礼があっては「女がすたる」のである。そういう意味のことを、確かに彼女自身が口にしていたのだ。

     *     *

 原田氏はこのスナックのママを薩摩おごじょの典型ではないかと書いている。なかなかいい話だった。
 篤姫とこの串木野の若いママ、二人に共通するのは「気立てが良くて優しいが、芯の強い薩摩の女」というふうに原田氏は解いている。
 篤姫もこのママも、女の中の女である。レベルの違いはあるだろうけれど、立派としか言い様がない。

 昔は俗に「男がすたる」とか「女がすたる」という言葉はよくつかわれた。今は死語かも。昔の東映ヤクザ映画なんかは、ほとんどテーマは「男がすたる」「女がすたる」…そんなみっともない生きざまはしない、であった。渥美清の寅さんシリーズも、せんじつめれば寅さんは「男がすたる」ことはやるまいと彼なりに頑張る話であった。
 朝鮮人や支那人にはこれはとうてい理解できない「生きざま」であろう。

 本稿最後に述べておきたいのは、私は師と仰いだ方を、何があろうと、組織を仮に離れることがあろうとも、バカにした言いようはしないと決めている。不肖私を弟子にしてくださり、どんな学校だろうが軍隊だろうが受けられない超一級の指導を受けられたことは、なんの取り柄もなかった私にとっては大幸運であったからだ。

 組織を離れたからとか、考え方が違ってきたからと言うレベルで、くさす、揶揄する、嘲笑する、そんなことは「男がすたる」ことなのである。人様のブログにやってきては、南郷学派の悪口を言い、空手組織をはなからバカにせずにいられないゲスがいるが、そんな輩と対話をするなんてことも「男がすたる」のである。

 例に挙げた、串木野のスナックのママであれば、いくら親友の上司の男だとて、料金をちゃんと取るのが「正しい」のである。だが、それとは別の価値観がわが國の民にはハッキリと存在する。どんな野卑な人間ともブログでやり取りするのは「正しい」だろうが、男は「男がすたる」ことはしてはいけないし、女は「女がすたる」ことをしてはいけないのである。




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2016年08月22日

新聞記者のテイタラク


 この原稿を書いているのは、8月2日だが、毎日新聞の同日夕刊トップの記事を取り上げたい。

 東京都知事選で当選した小池百合子氏が2日午前、新宿区の都庁に初登庁した。その記事のはじめにこうあった。
 「都職員には『情報公開で信頼を回復していきたい』と訓示した。
 一方、出馬表明から対立してきた都議会自民党へのあいさつは数十秒で終わった。華々しく迎えられた登庁時の晴天から一転、昼前には雲が空を覆い、波乱含みの船出を予感させた。」

 これを読んで、思わず嗤った。記事の署名は、「高橋昌紀、円谷美晶、柳澤一男」とあるから、この中の誰かが書いたのだろう。
 たしかにこの日、東京は天気が不安定だった。晴れ渡ったかと思うと車軸を流したような土砂降りが続いた。しかし、それと都知事の初登庁はなんの関係もない。空模様と新都知事を「波乱含みの船出を予感させた」と結びつける(こじつける)のは、「バカか!?」というべき態度である。

 中学生の作文でも、こんなこっぱずかしい文章は書くまい。この低度の作文力しかないから、新聞はバカにされて購読者が激減することがわからないのか。
 この稚拙極まる記事の背後には、毎日新聞が本音ではあの欲ボケサヨクの鳥越を知事にしたかった思い、あるいは顔つきの死んでいた無能の増田と都議会ドンらの旧態依然を望む記者どもの思いが如実に感じ取れる。

 都庁の記者クラブに巣食う記者どもは、要するに旧来の都庁や都議が都民を苦しめようが税金をふんだくろうが、利権が牢固としてあろうが、知ったことではないのである。日々、適当に役人が流すニュースレリースをそのまんま本社に上げていればいいという、気楽な仕事ですんでいた。ところが、記者どもにとっても都議にとっても好ましい(言いなりになる)舛添が辞任に追い込まれ、あろうことか都民の怒りが澎湃として起こり、それにのって小池百合子が新都知事になってしまった。彼女は都政を刷新しますと一応は公約を掲げている。

 新聞社どもは都政を刷新し、改革を進めては困るのである。これまでのように、記者クラブで麻雀やったり昼間から酒を飲んだり、競馬新聞を読みふけったりしていられなくなるやもしれない。
 だから、小池は嫌だった。その個人的な勝手な思いが、冒頭の馬鹿げた比喩を書く醜態をさらしたのだ。

 ついでながら、私は小池は嫌いである。小泉政権のときの「郵政民営化」に賛成して、「刺客候補」になった女だった。いまだに許せない。ユダヤの一味なのだ。国会議員としてもさしたる成果は上げていない。選挙のやりかたが上手だっただけではないかと思う。ただ増田や鳥越になるよりはましかと思ったが、私が投票したのは桜井誠であった。落選覚悟で彼に入れた。

 さた、一方で、小池の都庁初登庁の写真を見ると、都の職員が大挙して出迎えていたが、ほとんど笑顔がない。仏頂面というか、歓迎していない顔、クソ面白くないという顔、無表情な顔がずらり並んだ。笑顔は10人に1人だったように感じた。
 いやしくも都民が選んだ、都民の代表たる新知事を迎える態度ではない。

 彼らはどんな顔で知事を出迎えようが、誰にも(マスゴミでも)咎められないから、好き放題だ。動員されて仕方なく、正面玄関に並ばされた、というふうなのである。「恒例行事だから」と言われて、並ばされたのだろう。だから面白くない顔をしている。


 役人は、サヨクが好きなのである。美濃部亮吉都知事の時代に、給与を大盤振る舞いしたあの古き良き時代が忘れられないのだ。
 美濃部は都の財政を大赤字にして破綻寸前にして、無責任に放り出した。次の鈴木俊一の都政が長期に続いて、役人出身知事と木っ端役人は仲が良かった。財政は健全化していったが、今日に続く都議との利権での闇はこのころに創られた。だから役人は、役人出身の知事も大好きなのだ。

 青島幸男はまったくの無能で、役人の言いなり。石原慎太郎も目立つことは好きだったが、都議会の意向に従順だった。猪瀬がその闇を変えようとしたら辞任に追い込まれた。舛添は韓国との癒着ゆえに、おそらく国家レベルの判断でスキャンダルを暴露されて追放された。

 小池が初登庁のときに、都議各会派に挨拶に行くと、自民党と議長は実に新知事に対して無礼な対応をした。議長は手を後ろにくんで偉そうにし、早々に退出するよう促した。自民党都議のボス内田は逃亡した。
 その不実は、都民に対するものである。奴らは都に寄生して税金を貪ってきてのだ。こういう実態を新聞は暴くべきを、冒頭に紹介したように、空模様に譬えて名文を書いた気になる醜態。
 こういうことをテレビが中継し、ネットで厳しく問われることが、いまだに古い体質の議員どもにはわかったいないのだ。

 小池がどういう手腕を発揮するかはまだわからないが、利権構造を打破できるかどうか。国会でも自民党内でもこれまで何もしてこなかった人間が今度こそ何かをやる…とは思えない。




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2016年08月20日

ボーッ


 昨日に続いて夏休みということで、2007年8月のブログの再録をします。


 題名の「ボーッ」とは汽笛の音ではなくて、人がまあ呆然としているというか、言葉を出さずにボケッとしている状態のことである。だから「ボケーッとしている」と言ったほうがいい。近頃のテレビドラマを見ていると、出演者が劇中でこのボーッとしている場面がやたらに目につく。

 例えば、若い恋人同士が話をしている場面。男が女に何かきつい言葉を浴びせる。すると女がしばらく呆然とする。男は何もいわずに立ち去る。それを女が「○○くん!」と呼びかけるが、追うでもなくただボーッと立ち尽くす。
 あるいは。男が女に「ほら君が欲しいと言っていたこれ」などと言って、プレゼントを渡す。女はまたしてもボーッ…なのだ。すぐにありがとうとか、いらないわとか、言葉を発するだろうが! と見ていてイライラさせられる。

 これは1時間弱の連続ドラマを制作するにあたって、脚本家と演出家が手抜きをしようという魂胆なのだろう。言葉を発しないで、人と人が見つめあうことは実際の生活のなかでないわけじゃないが、あんなにドラマのように始終ボーッとしていることはない。要するに、ボーッとする時間を長くとることによって、セリフを少なくし、場面を減らすことができるからであろう。つまりわれわれの普通の日常会話のテンポで1時間ドラマを創ってしまうと、おそらく脚本家の書いた台本では30分くらいで終わってしまうのだ。

 だから引き延ばすために、この「見つめあうボーッ」や「困惑したボーッ」「うれしいボーッ」「呆然たるボーッ」をしきりに入れる。
 これはNHKでも民放でも同じことだ。NHK大河ドラマでも、例えば家臣が「殿、いかがなさいます?」と問いかけると、またもや殿はボーッ、なのだ。間があく。とにかく沈黙する俳優を大写しにして、しばらく時間を稼ぐ手法の見苦しさといったらない。

 そんな沈黙のシーンを創ったところで、演技に深みが出るわけがなく、かえって水増ししたような印象ばかり残るのだ。だいいち黙っているだけで、何事かを語れるほどの実力のある俳優がどれほどいるというのか。
 最近私は邦画を見る機会がないが、これは映画だと(昔は)もっとちゃんとした会話のテンポというかやりとりに妙な長い間(ま)を置くことはなかった。ためしに黒沢明の映画でもご覧になって、昨今のテレビドラマと比較されると、私の言っている事が理解していただけると思う。

 テレビドラマの制作者は何を考えているのだろう? 話のストーリーはともかく、ある場面、ある場面で見ていくと、次に役者がこんな動作をするだろうとか、こんなセリフを言うぞとか、ここできっとキレて何かに八つ当たりするだろうとか、ここはきっと困惑して目を泳がせるなとか、とわかってしまう。演出が見事にワンパターンなのである。そうとう頭の悪い連中が脚本を書き、演出をしているのだろう。

 俳優も演技力がない。バカバカしいったらない。テレビ局としては、人気のタレントを出しさえすればスポンサーがつくので、芝居の中身はどうでもいいらしい。それにテレビで、ただでドラマを見ている大衆は、笑いと涙があればいいのだろうから、名演技なんか望んでいない。
 が、それにしても私は、俳優たちの「ボーッ」は気になってしかたがない。

 これがただへたなドラマの演出で済んでいるならまあいいが、一般大衆にまで浸透している気配なのがやりきれない。みなさんはそう感じたことはありませんか? こちらから何か言っても、向こうの特に若い人が、ボーッとすることがしばしばある。先日も、われわれが空手の練習をしているところへ、他のスポーツをやっていた若者がちょっと非常識なことをやったので、注意したのだが、そのときも「すみません」といわずに、ボーッとしている。

 これがテレビドラマの影響かどうかわからないが、影響される可能性はある。ひところ、ハンバーガーのマクドナルドが、アルバイト店員を使うのに、きっちりマニュアル化した対応をさせると話題になったことがあった。アルバイト店員にマニュアルにないことを聞くと答えられずに、ボーッとしてしまう。
 マクドナルドでハンバーガーを注文し、ついでに店員に「今何時ですか?」と尋ねると、もう答えられないで呆然とする、という笑い話さえあった。臨機応変、融通無碍ができないのだ。自分の頭で考えられない。
 
 話は飛ぶが、ハリウッド映画でもそうだし、日本の映画やテレビドラマでもそうなのだが、殴り合いのケンカ、決闘がインチキ極まる。悪玉と主人公が殴り合いを延々とやる。例えばシュワルツェナッガーとか、シルベスター・スタローンなどの映画がそうだ。グローブをつけたボクシングじゃないのだから、素手で何十発も殴られてなお立っていられるわけがないのだ。だいたい靴を履いた足で頭を思い切り蹴れば、一発で人は死ぬ。それを互いに殴り殴られ、何百発も応酬しあうことは不可能である。まして鉄の棒で頭を殴れば、血が出る程度では済まない。  

 ところが、こういう何発殴っても人は死なないというウソの場面をみんな見るから、町のチンピラがホームレスを殴って殺してしまい、「まさか死ぬとは思っていなかった」と驚く事例が多い。これなどは、まさに映画やテレビドラマの悪影響がもろに出ている。
 テレビの影響は恐ろしいのだ。

 だからテレビドラマの「ボーッ」も、それが相手に失礼だとはみんな思わなくなり、マネをするようになりかねまい。現にそういう傾向は生じている。こういうバカげたテレビドラマを垂れ流しているのは、やはりテレビも映画もみんなユダヤ闇権力が仕切っていると考えていいと思う。

 間髪を入れずに答えるとは、わが流派では厳しく指導されることだ。例えば指導者から何か質問されて、しばし呆然あるいはボーッとして返事をしないと、怒鳴られる。なんでもいい、「質問をもう一度お願いします」でもいいし「わかりません」でもいいから、まずは間髪を入れずに返事をしろと言われる。何秒以内でという決まりすらある。そうしないと頭は良くならない。だいいち、指導者にブスッとして返事もしないのは、無礼であって教わる資格がない。

 昔は学校でも、先生に質問されたらただちに答えるよう言われたもので、返事をしなかったら、戦前なら殴られ、戦後でも廊下に立たされたほどだった。それが今や、ブスッとして返事を返さない子どもが多いようである。先生が「わかったのか?」と怒鳴ると、「うるせえな、わかったからやってんだろ」などと逆ギレする。こういう子は殴ってわからせるしかない。
 まずは返事、これは鉄則だった。

 これを日々実践しなければアタマは良くならない、まして弁証法をものにすることなど不可能である。尋ねられても返事をしないなんていうのは、すなわち弁証法をどう学習すべきかがまったくわかっていないのだ。

 以前(2004年)、フジテレビのドラマ「僕と彼女と彼女の生きる道」で主演の草薙剛が父親役をやり、その子どもの凛(りん)役で美山加恋が好演したことがあった。ドラマ自体は下らなかったが、加恋の演じる凛の返事の仕方がすばらしかった。常に「はい!」とはっきりと、ただちに返事をするのだ。この「はい!」と常に敬語で親と接する様で美山加恋は大ブレイクしたのだった。

 おそらく多くの日本人が昨今の敬語も乱れ、返事も乱れている若者のありように憮然としていたからであろう。まあ制作者の意図としては、子役に敬語を使わせることで、両親の離婚に苦しむ子どもの気持ちを表現したかった程度だったのだろうが、私としてはストーリーはどうでもよくて、ただ美山加恋の「はい」を聞きたくて、何度かドラマを見るはめになった。

 だから、人から何か言われたら、美山加恋が演じた凛ちゃんのように、ただちに返事をしろよと、昨今の「ボーッ」とした演技しかしない役者どもに言いたくなる。脚本家も演出家も恥を知れ! 本当に、昨今のドラマの「ボーッ」は、思考停止だ。あれで日常生活も恋愛も成り立っているとは信じ難い。日本人よ、ボーッとしないで返事をしよう、それだけでも敵性ユダヤの日本人をバカ人間にする陰謀を阻止できるのだから。

 なぜかならばを簡単にいえば、ボーッとしないで、ただちに何か言う、返事をするのは、端的には「運動」だからである。弁証法は運動である。だからボーッとしているようでも私は考えています、というのはダメだ。決断してしゃべることが運動だからであって、それを実践するのが弁証法の技化だからである。

 例えばレストランや喫茶店に入ったら、ただちに決断して注文しなければならず、あれにしようか、それともこっちがうまそうだ…などと迷ってはならないのである。決断することを技化しなければならない。だからテレビドラマだとはいえ、役者がものを言わずにボーッとしているのは、決断ができないことを技化しているのである。それがすなわちバカになることだ。
 日本人みんなが弁証法の実力を持つことができれば、ユダヤの陰謀は見抜くことが可能になる。なにせユダヤどもは日本人をボーッとしているバカな民族にしたいのだから。



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2016年08月19日

野草を食べよう


 今日は夏休み…という感じで、「旧心に青雲」の文章の再録としたい。

    ■     ■

 わが流派では「野草を食べるとよい。漢方より効果的」と言われている。
 私も近所の河原に運動にいくと、よく野草を摘んできて食べている。俺は野草を食うほど生活に困っていないぜ、と言うかもしれないが、これは楽しいし、健康のためである。

 『野草を楽しく食べる本』なんかを買って研究するといい。
 早春は野草の芽生えるころで、おいしく食べられる。自宅でも庭先に芽生えたフキノトウを茹でてドレッシングをつくってかけて食べる。夏は、庭に雑草のごとくはえているシソ(大葉)を摘んでは、そばや冷や奴の薬味にする。
 だいたい、野草は爪でちぎれるくらいの柔らかさなら、おいしく食べられるが真夏になると猛々しくなり、固くて食べられるところが少なくなる。

 野草は、野菜とちがってきわめてアクが強い。だから茹でるか、1〜2時間水に漬けるかすると、かなりアクは抜ける。しかし油で揚げる(てんぷら)とか、油やバターで炒めるならさほどアクは気にしなくてもよく、ゆでたり水にさらさなくても大丈夫である。基本的には野草は、茹でてから、おひたし、ごまあえ、サラダ(生ではない)、炊き込みごはん、にすればなんでも食べられる。本当は根っこまで食べるといいのだろうが、まず、芽先の柔らかなところならアクもすくなく無難である。

 春は、たんぽぽ、はこべ、なずな、おおばこ、あかざ、かたばみ、くず、よもぎ、からすのえんどう、いたどり、ふき、よめな、ははこぐさ、といったどこにでも生えている野草が食べごろである。ツクシもうまい。

 たんぽぽは、葉も食べられるが、私はよく空き地などで花を摘んで帰って、てんぷらにして食べる。木の葉も、柿や桜の若芽はおいしい。花はだいたい生でも食べられるものだ。サラダにはさんで食べてもいい。とくにうまいのはクチナシの花で、口いっぱいあの香りがひろがる。梅雨の時期はこれが楽しみである。

 ヨモギは茹でてから冷凍保存しておき、適宜料理につかう。山間部での空手合宿では練習の帰りに野草を摘んで、民宿の料理の牛丼とかカレーにまぜて生のまま食べることもあった。
 私の好きなのは、はこべの味噌汁、クズの芽先(5センチくらい)のてんぷら、生のノビルに味噌をつけて食べるのなどであるが、これはあまりアクがなく食べられる。はこべは庭先にはえている生のやつを葉をちぎって、ほかの野菜で作った味噌汁のなかにぶちこむだけ。クズは茎に細かい毛がはえているが、てんぷらの衣をつければ気にならない。

 たしかに野草の欠点はこのアク、苦みなので処理がへただと「オエ!」と吐き出したくなるものだが、そこは研究である。湯で茹でるか塩茹でにするか、油で炒めたらいいのか、ごまあえにしたらいいのか、など試してみることだ。現在の野菜はそうやってアクを抜く研究をされて、食べやすくなったものなのだから。

 女優の高木美保さんが雑誌で、自然農法でつくった野菜は食べたとき生命力のちがいを実感すると語っていた。自然農法で育てた野菜を食べると、ドカっと生命力をもらえるような実感がある、とも言っていた。おかげでずいぶん健康になった、と。彼女は両親と東京から那須に移って、自分の農地で野菜を栽培している。野菜も季節はずれに、ビニルハウスや化学肥料をたっぷり与えてつくると、やはり生命力が衰えるものであり、露地栽培で、できるだけ植物を甘やかさずに有機栽培したものが人間にはいいのであろう。

 山に別荘を持っている人の話では、早春に業者や通りすがりのハイカーが敷地にはえるタラノ芽をもいで行ってしまうらしいが、高級品のタラノ芽を大事に確保するのもいいが、別荘のまわりは野草の宝庫と思ったほうがいい。タラノ芽ばかりが、貴重品じゃない。

 われわれはとくに都会にすみ、きわめて自然から遠ざかった生活をしていて、不健康になりがちなのだから。食も衣類も住宅も、である。だからささやかながら、庭先や近所の空き地にはえてがんばっている自然の野草をとりいれて、少しでも体を自然に戻さなくてはならないと思う。ことさら田舎へドライブにいかなくても、いくらでも近所にはえている。

 野草を食べるというと、「犬がおしっこをかけているかも」とか「そんなもの食べなくても野菜がある」とか言って、私はずいぶん顔をしかめられた経験があるが、そんな雑音は無視することである。健康になったほうが勝ちなのだ。私は歩きながらでも、道ばたのたんぽぽの葉をちぎって食べてしまう。土がついているって? その程度で腹はこわしませんよ。回虫がいる? すこしくらい寄生虫がいたほうが、体にいいのだ。寄生虫研究の権威・藤田紘一郎氏がそう説いている。藤田氏はわざわざサナダムシを体内で飼って(?)いるくらいだ。以下に詳しい。
http://www.athome.co.jp/academy/zoology/zoo04.html

 寄生虫なんかこわくはない。だいいち野草の知識が増え、自然と親しむことができ、ただ散歩しているより、何倍も楽しくなる。子どもに「ほら、あれがアカザだよ」「これがイタドリだよ」などと教えてあげれば尊敬される。

 これからの梅雨の季節、ドクダミの花が咲くころは、これを根ごととって、洗って乾燥させ、「ドクダミ茶」にする。他に茶になるのは、スギナやヨモギ、秋のセイタカアワダチソウである。
 スギナ、ビワの葉は焼酎(35度)に漬けて薬用酒にする。
 ついでながら、草は食べて健康にもなるが、「鍛練としての草むしり」はできるだけ猛々しい草をむしるほうが鍛練にはなる。柔らかい草はちぎって食べて健康になり、固い草はちぎって神経体力の鍛練をして頭をよくする、というのが、わが流派の流儀。





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2016年08月18日

学問書を読むにあたっての素直さ


 人間はどうしても、自分は正しいと思うし、己れを批判している相手が間違っていると思いたいものである。
 よほどの精神的鍛錬をしないと、この性格は誰にでもあって、避けるのは難しい。
 これが日常生活の出来事程度なら、簡単に自分の非を認めて謝ったり、話し合ったりできるだろうが、事、学問的なレベルの論争となると、絶対に引けないことになる。

 「浅学非才の身ながら…」とか「凡根の身を顧みず…」とか自著に謙遜を記す人はいるけれど、これはまあ社交辞令であって、みんな自信満々である。人の意見になんぞ耳を傾けたくないものだ。

 これは言ってみれば悲しい(哀しい)人間の性(さが)であろうか。自分もそうなんだと自覚していなければなるまい。
 だからこそ、人は端的には友人が必要なのであり、師弟関係も必要なのである。己れの未熟や過ちを正してくれるのは、同じレベルのライバルであり、先生であり、弟子であり…する。ナポレオンも言っていた「敵こそ友である」と。

 これは言い方を変えれば、古代ギリシアで誕生した弁証法つまり弁じて真理を証だてる方法としての(初歩の)ありようの利点でもあったのだろう。
 だから以前、本ブログで「巨星になりそこなった滝村隆一氏」を書いたときに、滝村隆一氏は果たしてそういう機会を持つことがあったのだろうかと疑問を呈したのだ。

 さて、話は南郷学派への評価に関わるのだが…。
 人によっては「南ク学派は生命の歴史の論理で人類の歴史も解けると豪語したにもかかわらず十年たっても解けていない」現実があるではないかと侮蔑の言葉を記す向きがある。
 そう思うのは勝手であるが、学派がまだ解いていないのではなく、説いていないだけなのだと考える謙虚さや配慮がどうして思い浮かばないのか。

 現に南ク学派の新著『「生命の歴史」誕生の論理学』(浅野昌充/悠季真理著 現代社)にはこういう記述がある。
 これはヘッケルの反復説(固体発生は系統発生を繰り返す)の生物学史上の意義を説いた箇所である。

     *     *

 「系統発生」とは、例えば人間が、その祖先としての系統を辿ることのできる進化により、この地球にその昔、誕生した単細胞が三十五〜四十億年かかって人間にまで発展した歴史のことをいうのであるが、新たな生命すなわち受精卵に始まる個体の誕生は、その祖先が辿った約三十五〜四十億年もの進化の道筋をあたかも辿り返すような形式で母親の胎内で育って(個体発生は系統発生を繰り返すとの形式かつ生成過程を経て)産まれて来るということである。

 もっともここは正式にはDNAの発生かつ実態の形成過程としての、実体とその実体の歴史性を把持しての繰り返しなので、本来ならばそこを通しての論の展開をなすべきなのではあるが、まだまだとうてい、読者の能力では理解不能と思われるほど高度なレベルなので、ここでは置くとしたい……。
   (引用終わり)

     *     *

 素直にこの文章を読めば、筆者が説いて(解いて)ないのは、筆者の到達した論理レベルがあまりに高みにあるので、いきなりは読者に解いても分かるはずがないと親切に書いてあるのである。
 しかし己れに自信があり、ひねくれた人のなかには、「ふんッ、テメエが分からないからこう言う言辞を弄して逃げている(はぐらかしている)」と揶揄的にしか受け取れまい。

 南ク継正先生の著作も同じであって、答えの全てが書かれてあるわけではない。そこが素直ならざる心で読んでしまうと見てとれないのである。南ク先生の著作は、いわば解答集ではない。問題集なのだと読み取れない人は、哀しいまでに論理能力が欠けている。

 やさしく言うなら、自分で実践して自分の実力で解きなさいとしてしたためてある。空手で言うなら、技の形は教えるから、あとはあなた自身が運動して、技化し、魂も技化しなさいというのが、南ク継正先生の書であるし、指導法でもある。

 また空手で譬えるなら、初心者に対して道場の師範が、ごく初歩の立ち方とか歩き方とかを教えたとすると、初心者が「なんだこの先生は、本物の空手の闘いかたを知らないから、立ち方と歩き方しか教えられないのだ」とバカにするようなものである。
 小説や解説書ならともかく、学問ともなれば、説くにも解くにも順序があり、レベルを踏まえて解いていくべきものである。

 子供に数学を教えるにも、小学校の算数も勉強していない子に、いきなり微分積分を教えて分かるわけがないではないか。

 もし空手の初心者で、はなから師範をそういう目で見たなら、決して上達することは不可能だとわかるだろうに。ところが学問的書物だと、同じことをやってのける人が出て来るのが不思議である。
 南ク継正先生の本は「隙だらけ」と言い切る人も同様で、まだ解いても読者に分かる実力がないから…と説かないでいるかもしれないのに、一方的に書いていないのは書けないからだ、隙だと思うのは、いかがなものか、なのである。

 しかもどこがどう隙で、それをどう書くかを説明しないのは何度もいうが、それを媚中・副島隆彦式というのである。

 『「生命の歴史」誕生の論理学』の一節を紹介したが、DNAのレベルで解いてしまうと、まだ高度過ぎると筆者が書いているのだから、素直にそうか自分はもっと本を読み込んで、自分の専門でまずは弁証法をわかり、〈生命の歴史〉を分かろう! となればいいのに、「ふん、どうせ筆者も解けていないくせに」と誹謗中傷する向きがあるとは、なんとも哀しい。

 これがまさに、人様のブログやHPにやってきては、誹謗中傷、揶揄をこととするばかりの輩と、熱心にやりとりをやってしまって相互浸透した結果なのである。あだや「論争」も疎かにしてはいけないのだろう。
 『「生命の歴史」誕生の論理学』は、書物として世に出たのである。
南ク先生も何十冊も本をだしておられる。自分がまだ一冊も書物を市販できるレベルでものしたことがないのなら、それを恥じて精進するのみではないか。




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2016年08月17日

葉山町議細川慎一は「法」で裁かれるべき


 法と法律の区別と連関は、ほとんど解かれることがない。誰もがごちゃまぜに使っているかに思える。
 私にも明確な答えがあるわけではないが、このことは、本来的には国家とは何かが解かれることなしには、判然とはしないだろうと思う。

 その考察の一例として、せんだって覚醒剤使用が問題となって失職した神奈川県葉山町の町議細川慎一(42)を取り上げてみたい。
 細川慎一は覚醒剤を使用した罪で逮捕・起訴され、有罪が確定(執行猶予)した。法律上は、刑が確定すれば町議会議員に復職することは問題がない。くどく言うが、あくまで「法律上」は、だ。

 葉山町議会は、刑が確定したのち復職した細川慎一議員に対して、全会一致で除名の処分を下した。
 細川慎一町議会議員は町議会が下した「失職」の決定に不服を申し立て、県知事が法律にのっとって葉山町議会の決定を取り消したことから町議に復職した。

 だがさらに7月20日に行われた特別委員会の中で、“議員控え室の中でも覚醒剤を使用していた”ことを認めたため、これに対し、他の町議が懲罰動議を提出し、本会議で全会一致により除名の処分が決まった。これにより細川は失職。

 ざっとこんな経緯である。
 これに対して、科学者の武田邦彦が7月25日の「虎ノ門ニュース」で異議を述べていた。
 どういう主旨かといえば、細川は法律によって裁かれて、刑も確定している。刑を科された人間が、町議でいてはいけないという法律がない以上、町議会が細川を失職させるのは、リンチ以外の何ものでもない。イジメだ、と武田は言う。

 こんなことを許していたら、日本は法治国家ではなくなる、覚醒剤を使用した人間は町議を失職させたいなら、あらかじめ法律で定めておかなければならない。これは道徳の話ではない、法律を第一義に考えなければならぬ、と言った。
 これを聴きながら、私は武田邦彦は法と法律の違いが分かっていないと思った。

 法律論でいえば、これは武田の言うとおりで、法律にないことで人は罰せられてはいけない。だから細川が町議に復帰することは許されている。
 けれど、だ。細川は法律上で裁きは終わったが、“議員控え室の中でも覚醒剤を使用していた”ことを認めたとなると、これは法に照らしてどうか? の話になる。

 これも議員控え室の中で覚醒剤を使ってはいけないという法律はおそらくない(!)のだから、かまわないのだ、と言えるかどうか。法律的には、控え室で覚醒剤を吸ったとて、決まりがない以上は罰することはできまい。その判断はすべて裁判所が全権的に握っている…、と言えるのかどうか。

 私は、いくら町議会の取り決め(法律)はなくても、それはまさか「人の上に立つ議員」というか「人様に信頼をいただいて町の条例や予算を決める議員」が、暴力団から買った覚醒剤をあろうことか控え室で吸うことが許されるか、という別の、つまりは「法」の観点からの判断になる。まさか覚醒剤を議員が吸うとは思っていないから「決まり」はなかったのであって、法律がなければ何をやってもいいのか、なのだ。

 葉山町の町民は、細川を町の面汚しだと憤り、辞職を要求した。これら怒りは法律がないから、不当だとは言えまい。細川のほうも、覚醒剤で逮捕・起訴されても初犯なら執行猶予だろうし、町議を辞めさせられないと高をくくっていたから、犯行に及んでいる。 
 これに怒るのは当然ではないか。町民を愚弄している。これを放置し許すのは、「法律」には問われまいが、「法」的には町民への名誉毀損にもあたる。
 これは古い言い方をすれば「掟」に反するのである。

 もっと極端に言えば、例えば娘を殺された親が、いくら犯人が捕まって裁判にかけられ、法律の裁きを受けたとしても、犯人を憎む親の気持ちは、「法律だから」では解決しないはずだ。親は「ええ、もうすっきりしました。リンチはやってはいけないし、法律なんですから」と言いきれるか? どれほど苦しむことだろう。

 国家はその統括のために、法の支配を貫徹させる。その規範の条文化というべきか、言語化したものが法律である。法の精神はいわば無限だが、法律は有限であるし、そうなるしかない。法律にはだから、穴があったり抜け道があったりする。それを国家は専門家として判断させるべく司法制度を創るのだ。国家意志を統括させるための機能として司法が創られる。

 司法は、娘を殺された親に代わって報復する(仇をとる)のではない。それが現象的にそう見えるかもしれないが、あくまで国家の統括の一環である。端的にいえば、法による統括が国家なのだ。殺人にしろ盗難にしろ、それを放置すれば社会が歪むから、統括しなければならない。殺人者に殺された側の縁者が報復することも、社会を歪ませるから禁じるのである。

 その精神が法であろうに。したがって、葉山町議会が細川町議の受けた判決とは別に、町議会ならびに町の秩序や品格などを害したと判断して、細川を失職に追い込んだのは、法律上ではやや問題なしとは言えないにしても、法としては間違っていないと言うべきではないか。

 また武田邦彦は、覚醒剤は戦争中や戦後しばらくは許されていたとする。覚醒剤はそもそも日本人の発明で、医療用であった。例えばヒロポン。これは薬局で特別の許可も要らずに買えたものである。だから覚醒剤のなにが悪い、騒ぐなというけれど、今は時代が違う。暴力団の販売ルートからしか一般の人は買えない。覚醒剤はただの薬だ、どうなってもそれは自己責任だと言うのは、いかにも理系の人らしい発想である。

 暴力団は、覚醒剤を北朝鮮や支那あたりの政府やマフィアから仕入れる。日本人が買ったそのカネが核開発や生物兵器開発、日本人拉致などに使われる。だから国家が厳しく禁止するし、使用した者を厳罰に処するのだ。(日本は甘過ぎる)
 覚醒剤をいうなれば、個人が嗜好品のように楽しむもの、と、単体で見るのはどうかしている。全体の害を見なければならない。

 法律では、処罰はここまで、で良かろうが、それは国家が歪んでいて、政治家や官僚やマスゴミなどが反日外国勢力にからめとられていて、国家の正常な統括がなされていないゆえなのである。
 覚醒剤を使用しても、初犯なら執行猶予でいいとか、町議に復してもいいとは、政治家などが裏で支那や北朝鮮の覚醒剤販売を助けているからである。

 サヨクどもは、支那や北朝鮮・韓国の脅威なんてないとうそぶくが、覚醒剤やらパチンコやらで、日本人を廃人に追い込み、日本人からカネをふんだくっているし、それを日本側で手引きしたり優遇してやったりしている政治家らがいる。これでも奴らは侵略してきていないと言えるのか?
 葉山町議だった細川は、こういう闇とのつながりで捉えなければならない。いやしくも地方自治体の議員たるものが、支那や北などの反日勢力の謀略を見抜けないどころか協力的であったのだから、これは「法」の観点から罰するべきである。



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2016年08月16日

伊能忠敬が遺したもの


 伊能忠敬は、江戸時代に日本全図を測量して創った偉人である。寛政12年(1800年)から文化13年(1816年)まで、約16年をかけて全国津々浦々を測量し『大日本沿海輿地全図』を完成させた。幕府が倒されるおよそ50年前の話である。
 むろん私もその偉業に難癖つける気は毛頭ない。
 しかし、彼・伊能忠敬がどうやって測量したかについては、詳細を知らないのである。

 私たちは彼を頭目として、部下の役人(武士)らが手伝って、全国隅の隅まで歩いて測量したと教わっている。果たして本当にそうだったのか? なにせ江戸時代なのである。今とは事情が違う。
 差別社会だったと言えばいいのか…。士農工商があり、その下にエタ・非人がいた。全国地図を創るには、そのエタ・非人のテリトリーにも分け入らねばなるまい。
 それは如何なる方法でなされたのか?

 伊能忠敬も手下の役人も実測して歩いたことに疑いはないが、わずか16年の間に、測量しながら全国の隅から隅まで歩けたのだろうか。井上ひさしに『四千万歩の男』という伊能忠敬を取り上げた長編があるが、それでは「56歳から16年、糞もよけない“二歩で一間”の歩みで日本を歩き尽し、実測の日本地図を完成させた」と言っていた。「糞もよけない」は嘘ではなかろうか?

 私には(想像だが)、穢多・非人の協力なしには不可能だったとしか思えない。例えば、江戸の町の影の部分と言うか、裏社会はご存知の弾左衛門が差配していた。
 弾左衛門は江戸時代の被差別民、穢多・非人の穢多頭として君臨した。江戸幕府から関八州(水戸藩、喜連川藩、日光神領などを除く)・伊豆全域、及び甲斐都留郡・駿河駿東郡・陸奥白川郡・三河設楽郡の一部の被差別民を統轄する権限を与えられ、触頭と称して全国の被差別民に号令を下す権限をも与えられていた。

 こういう人物の協力なしに、いかな糞さえよけない伊能忠敬であっても、測量ができたとは思われない。穢多・非人が測量作業に動員されたことは想像にかたくない。測量するところは平地や海岸線ばかりじゃない。川の中、山の中、湿地などなど役人が踏み入れたくない場所もあったろう。そこへ入るのはやはり下層民ではなかったか。

 さて。この話を念頭に置いていただいて…。
 話は現代に飛ぶ。現在、日本の住宅地図(全国)で最大にして独占で扱う会社がある。Z社としておく。地図が職業上欠かせない人とか役所の人なら誰でも知っているだろうが、一般にはそれほど知られまい。
 地図といえば、国土地理院のものは国家レベルで作成されているが、住宅地の一軒一軒の詳細な地図は、この民間企業の独壇場である。

 Z社は地域の一軒一軒の家の形状や大きさ、細い露地まで事細かく調査して、住人の名前まで調べあげている。それが全国に及ぶ。
 しかも、それこそ毎日刻々と変わる住居地図をまさにリアルタイムで把握している。建て直しや、引っ越しの情報を、Z社の人間が足で歩いて調べている。

 それを役所、警察、消防、電気会社、ガス会社、水道局などなどが購入して活用している。
 人が一軒一軒歩いて、毎日のように確認している。膨大な手間がかかる。それをやってのけるとは、すさまじい。
 官がやるべきを民がやり、それを官が利用している。不思議なシステムではないか?

 この話はある友人から聞いたのだが、驚くべき内容だった。
 この全国住宅地図を作成している独占企業のZ社の社長は、現在は亡くなっているが、代々朝鮮人であった。亡くなったのは2005年だった。その人物は、在日朝鮮人でありながら、彼で4代目であった。つまりおそらく江戸時代から日本にいた朝鮮人だったのであろう。

 彼はWikipedia にも項目があるほどの有名人で、あの卑しかった前都知事がパトロンとして頼った人物である。Z社の社長の財力にすり寄った自民党の政治家は多数いた。前都知事も、競馬好きの社長に自分も競馬が好きだからと近寄って馬主にまでなった男だった。
 前知事も、ほぼ間違いなく朝鮮人であったから、Z 社社長とは同胞である。

 またこの社長は、ダイエーが潰れたときに、九州の財界から頼まれてドーム球場を買ってやったことでも知られる。みんな在日つながりである。住宅地図がいかに儲かっているか、だ。
 話を戻すと、私にこの話を説いてくれた友人は、Z社が4代目の社長だったということは、初代は江戸時代の人で当時から地図製作に関わったはずではないか。とすれば、伊能忠敬の下働きで、地図を創るノウハウを取得したのだろうと言う。

 民間の地図製作会社は、わが国では昭文社が有名である。学校の地図帳なんかも昭文社だろうし、書店で売っている地図、クルマの道路地図なんかもここが大手である。
 昭文社は、国土地理院の5万分1とか、2万五千分の1とかの、正確な地図を元にして編集している。その一方で細かい住宅地図に関しては、Z社を下請けにして発注していた。
 昭文社は人員もカネもかかる測量はしていないわけだ。

 Z社は昭文社などの下請けで、地道に一軒一軒歩いて、それも雨の日も風の日も、大雪が積もった中も炎熱の中も、ひたすら伊能忠敬のやったごとくに路地裏に隅々まで訪ね歩く。そんなことを、普通はやらない。苦労多くして、給料は少なかろう。
 想像するに、今はともかく、こんなシンドイ仕事を言われるままにやるのは、在日なんじゃないかと思える。

 Z社は初代の江戸時代のころから、地図作りに関わってきたのだ。
4代は朝鮮人だった。日陰の職業である。
 ところが、なにせ昭文社は情報を足で稼いできたわけではない。現実に一軒一軒、ときには犬に噛まれながら住宅地を歩いてとってきた情報を握るZ社が次第に実力をつけていくことになる。主従逆転してしまったのが、前知事とも昵懇だったあの社長の時代なのだ。
 これは考えるだに恐ろしい事態である。

 日本の住宅地の地図情報は全部、在日に握られている。さらに5万分の1の地図その他、国土地理院製作の地図は、軍事機密ではなく公開されて誰でも正確無比なものを手に入れられる。
 戦前は、国土地理院の前身、陸軍参謀本部の陸地測量部が統括しており、詳細な地図は当然軍事機密だった。

 一般に地図は売られていたが、軍事関連施設や貯水池など敵の攻撃対象となる区域は白のまま、空白だった。
 今は自衛隊だろうが原発だろうが、建物の正確な位置も大きさも地図上で丸見え。
 そのうえ、在日がつくって日々更新している住宅地の様子までが、在日によって把握されている。住民の名前まで握られている。

 当然、民団や総連にもやすやすと入手できる。
 「ポケモンGO」なんかのGPSにも活用されているのだろう。
 もっとも、今やGPSで上空からなにもかも見えているから、地図で隠したって軍事的には無駄だけれど。それでも、在日が地図作製の名目で、一軒一軒を訪ね歩いて情報を取り続けている、この不気味さ…。




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2016年08月15日

移民に断固反対


 某日、大きな病院に行くことがあった。初診受付けの順番を待つ間、私より先に女一人、男二人の大人3人が受付に行った。その瞬間、声も聴かないうちに、「あ、支那人だな」と見て取れた。日本人に見えないこともないが、何かが違うのだ。
 ま、別に在日支那人が病院に行くことに文句があるわけではないが。

 やがて診療を受ける科に行ってこれも順番待ちで座っていると、先の支那人3人が、別の科だが、ソファに座って待っている。そこからピャウパウ、ピャウパウと支那語が聴こえてきた。大声でしゃべっている。それで、ああやっぱり支那人だったかと確信した。
 病院の待合室では静かにするのが、日本人なら常識だが、彼らはおかまいなし。それが支那人の文化なのだ。

 それ以外に別に害があったわけではないけれど、そこで私の想像が膨らんだ。
 国会で与党も野党も一緒になって、移民・難民を大量に受け入れようと図っている問題である。日本で下層の労働者が足りなくなるから移民を受け入れようとしている。とりわけ高齢化社会の進行を前にして、介護職が足りない、安くて働く労働者が足りないからというのが、主な主旨と思われる。

 では、大量に移民を受け入れればどうなるか、の一例として、病院を考えてみた。
 移民、それも主として支那人の移民が、労働者として日本に定住すれば、病気にもなるだろうから、彼らとて病院に押し寄せることになる。さあ、どうなるか。

 移民はろくに日本語ができない。病院の受診の仕方もしらない。なにもかも、医師も看護婦も職員も患者が日本人になら一言で言えば済むことが、わからない相手に10分、30分とかかるようになる。日本語通訳を連れてくるとは限らない。貧しい労働者なら支那語で押し掛けるはずだ。
 みんなが受診を受ける為に長時間待っているから、お互い様ですみやかに受診して、着替えて戻ることは常識だが、支那人はそうではない。自分勝手なのだ。
 診療代金を踏み倒して逃げるやつも出るにきまっている。

 待合室があれば、数人で大声でおしゃべりする場所だと思う。受付でも会計でも順番待ちをするものだが、彼らは割り込むのが平気、トラブルを起こすのが平気、なかには注意されても待合室で飲み食いするのも平気となるだろう。
 移民の患者が入院したら、これまた大騒動が起きる。規則に従わない。

 在日が何代も続いた華僑なら、相当程度日本に順化しているけれど、ポット出の移民にはそんな気遣いはない。やりたい放題になるだろう。
 病院の医師から事務までが、奔命に疲れさせられる。日本人で医療関係に就職する人だって嫌がって激減するだろう。
 日本人患者も、支那人の振る舞いでイライラさせられ、彼らのために待ち時間も何倍になる。

 そういう事態になるのは、わかりきっているじゃないか。まして、支那人は韓国人もそうだが、日本人は悪いと摺り込まれて育ってきている。日本人に嫌がらせをすることが悪いとは思わない。
 そんな事態になるのに、目先の労働者不足を言い立てて、移民や難民を大量に受け入れたら、ムチャクチャにされる。

 こう言えば、差別主義者だと罵られるだろうが、しかし現実はやがてそうなる。一例として病院を想像してみたが、これは世間ですべてに起きる。電車でも、レストランでも、買い物ででも、全部支那人によってグチャグチャにされる。爆買の観光客ならいっときの辛抱であっても、常住されたら、日本は壊される。
 だから、イギリス人が移民を排斥する気持ちは良くわかる。EUから離脱するのも、よくわかる。彼らも、例えば病院や交通機関などで、こういう移民の狼藉にほとほと手を焼いているはずである。

 同じイギリス人なら英語が通じるから、病院の受付は3分で済むものが、言葉のわからない、システムを理解しない移民では、受付だけで30分もかかってしまいかねない。ましてイスラムは、祈りの時間だからと、あたりはばかることなく絨毯を敷いて、診察もなにもかも中断させて祈りに没頭するわけだ。祈るのは勝手だが、その間、後ろの人は延々待たされる。
 もう移民は出て行ってくれとなるに決まっている。で、イギリスに定住しちゃった人を追い出せるのか?

 こういう問題を真摯にマスゴミは考えようとしない。支那や韓国から工作されて、都合が悪いことは蓋をしようとしている。移民に反対すれば「極右」とか「レイシスト」とレッテルを張る。
 だからみんながマスゴミを嫌うし、信用しなくなった。

 エリザベス女王が、習近平が昨年11月に英国を訪問した際に奴らが非常に無礼だったことを怒っていることが明らかになった。バッキンガム宮殿での園遊会で女王が警備責任者の女性警官に語りかけた。その声がテレビマイクに拾われ、露見したものだ。警察責任者も女王に堂々、「支那人はとても無礼でした」と答えたのである。
https://www.youtube.com/watch?v=lGWb0N9dvuo

 女王も警官も習近平一行を「loose(ルーズ)」という言葉を遣った。これは青山繁晴氏の解説では、英国では強い言葉で「非常に失礼」になるそうだ。
 このシーンはBBCが流したが、日本のテレビでは明らかに女王の声を聴こえないように細工した。BBCではくっきり音声が入っていたのに。これは日本メディアが、支那に遠慮したのである。女王は、支那に媚びを売ったキャメロン政権に激怒していて、それをわざとBBCに聴こえるように発信したのだ。

 日本のメディアはこういう非常識をやっている。だからもし支那人移民が大量に入ってきて、私が予測したような事態になっても、問題として取り上げないだろう。
 今でもこのざまなのだから、大量移民の危険性を絶対にしらばっくれる。支那からお小遣いをもらって、支那に都合の悪いことを報道しない、やがてブーメランとなって、自分や家族が病院に行ってときに、ひどい目にあわされる恐れがあることがわからないのだ。





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2016年08月13日

弟子を育てずして世界的学者にはなれない


 過日、国家論の滝村隆一氏のことを取り上げた。
 あの原稿は6月中には書いておいたものだったが、アップは7月後半になった。その後に南ク継正先生の新著『武道哲学講義(3)』(現代社)が発刊されて、この中では滝村氏を取り上げてずいぶんと論じておられる。

 そこで改めて、滝村氏に関して補足して論じておきたい。
 第一部の中に「カント、ヘーゲルの学的過程には、学問成立に必須の討論相手が存在しなかった」という節がある。
 カントもヘーゲルも哲学の創出を目指しながら、及ばなかったわけを、南ク先生は説いておられる。

 カントは「時間」と「空間」を用いて観念論的証明である「二律背反」は、ゼノンの論理の模倣(あるいは具体化)でしかなかった。これはヘーゲル自身も批判している。しかもカントの弁証法の実力は、エンゲルスにさえ遠く及ばないレベルでおわった。

     *     *

 学問レベルの弁証法をモノするには、それにふさわしい論争できる程度にまで育てあげることが可能な相手(すなわち本当に一から手塩に掛けるレベルで説きながら育てる弟子)が、本来は必要とされるのであるが、カントの伝記を調べれば分かるように、カントの学的レベルでの相互浸透の相手が悪かった、というよりよくなかったのである。
 (中略)
 彼は大学教官であったから周囲にいわゆる優秀な人材はいたはずであり、当然にそれらとの相互浸透はあったといってよい。すなわち、これらを含めて弁証法の修学としての相互浸透はよくなかったのだ、というべきである。

 本来、ではどうあるべきだったのだろうか。これは「本当に自分が育てなければならない程度の弟子がいなかったから!」に尽きるのである。市長でも村長でも真に学ぶ(自分が育てなければならない)弟子であればよかったのである。それに加えて、しかも、カントは自分の住んでいるケーニヒスベルクから一歩も市外(?)へ出ることなく、ケーニヒスベルクの生活で一生を終わってしまったからである。

 したがって、自分の頭脳を学問化する上での本物の外界の反映がとてつもなく小さく、狭くかつ薄かったといってよいのである。本来ならば、学問的対象がアリストテレスやヘーゲルのレベルで反映してこなければならないのに……である。だから逆から説けば、ゼノンの学的場所までは到達できたのだともいえるのだけれど……。

 以上を要するに、ゼノンから先へ論理の研鑽を進められなかったのは、会話する相手に、誰一人としてまともな学的、理論的論争のできる学者はもちろんのこと、理論的研鑽を積める相手がいなかった、からである。理由は、カントの周囲にいる人は、彼の頭脳や生活に憧れるだけで、まじめに討論できる人物に出会えなかったということに尽きよう。
  (中略)

 本物の研鑽は強力な弟子たる相手との人格を賭けての、相手を打ち倒すほどの討論(闘論)を通して、相手と自分の双方の学的不足分(仮に互いに自信満々であったにしても、である)を互いに徐々に埋めていくことによってこそ(すなわち、自らの学的社会的関係で学びえた学力を貫き通すことによってこそ)、自己の学問化を図れたのであり、かつその道程を創出していくことができたのである。

 すなわち、これこそがヘーゲルがプラトンを評価しているように学的・弁証法的方法であったこと、すなわち弁証法的能力を学問的に創る方法だったのだということを、我々は理解できなければならないのである。

     *     *

 むろん、滝村氏も精一杯「国家論」の学問化に励んだのだが、自分一人で風呂に入ってまで本を読むような刻苦勉励では失敗するしかなかった。本来の学問への道とは「社会的関係、社会的反映に基づいてのみ歩き通せるもの」だから、なのである。
 すでに述べたように、滝村氏は末流大学に就職してから、ボンクラ学生をなんとしてでも自分と学的討論ができるレベルに育てなければならなかったのだろう。

 南ク継正先生の『武道哲学講義(3)』には、ヘーゲルがなぜ『精神現象学序論』を書いたか、またマルクスがなぜ『経済学批判』を途中で投げ出して『資本論』に取り憑いたかの謎解きがなされている。いずれも大学の就職を狙った論文をこき下ろされて、頭にきて書いたものだと解明されていて面白かった。
 滝村氏にも国家学から政治論論文に移行したのには、そうした「動機」があったやに…。

 カントもヘーゲルも、マルクスも、そして滝村氏も「第一歩としてその本物の初歩から教える弟子を育てることをしないままに、己が頭脳に自身を持っての研鑽のみを信じて学問化を図っていたことが、学問的な頭脳活動に発展性を止めてしまった所以」なのである。才子、才に溺れる…である。

 今も三浦つとむ氏の信奉者は多いようだが、三浦さんは弟子入り志望者はいっさい認めなかった。「希望した人に対しては、若い友人としてのみ扱い、それこそ適当に弁証法的に遊ばせてしまったのである。本当は、その弟子志望者に対しては、科学的弁証法なるものをイロハから教える流れの中で、ソクラテスレベルであったにしても、再三、再四、自分の学的能力を鍛えかつ再創出すべきだった」と南ク先生は説いておられる。
 「弁証法的に遊ばせてしまった」とは強烈な言いようであるが、決して嫌みではない。そこを誰もが、マルクス、エンゲルスはいわずもがな、ヘーゲルやカントでさえ等閑視して失敗したのだ。

 論争相手を選ぶことがどれほど、学の正否を決定するか。あだやおろそかに、先輩だからとか、知っている同業者だからとか、いくらか物知りだから、で気安く対応していいものではない。
 「第一歩としてその本物の初歩から教える弟子を育てる」ことの厳しさは、私はいくらかは知っている。本ブログでも何度か軽く触れたが、「本物の弟子を育てる」とは地獄と言って良いほどの指導・被指導の関係なのである。

 はなから誹謗中傷が目的のおバカなんかにかまっている暇があるものか。
 その、人様を誹謗中傷するために生まれてきた愚物は、才子、才に溺れていて、「俺はわかっているんだ」と自惚れているだけ。なぜなら「弁証法的能力を学問的に創る方法」を創出することもできなかったからだ。人類の歴史で初めて、南ク継正先生が創出を成し遂げたのである。






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2016年08月12日

南スーダンを見れば「9条」の無力は明らか


 南スーダンが独立して5年目だが、すでにして内戦が激化し、泥沼に。邦人などを自衛隊が救出するとか、「かけつけ警護」の対象になるかならないかなどと、7月半ばくらいに話題になった。内戦は、キール大統領派と、マシャール元副大統領派の間で起きた。
 南スーダンの人口は1100万人。うち200万人は住宅を捨てて放浪を余儀なくされつつある。都市市民はキリスト教会に逃げ込んでいる。
 しかし、マスゴミは肝心なことは何も報道しない。

 兵頭二十八氏のブログ「放送形式」2016年7月12日付は、以下のように解説している。

     *     *

 記事は肝心なことを何も解説してくれてないから補うと、アラブ系イスラムの支配する元のスーダンから、黒人クリスチャンが多い南部を、仏英米の後押しで切り離したのが南スーダン。そこには石油資源があったから、英米仏が関心を持ってくれて、数十年かけて独立できた。

 しかしこんどはその石油利権をめぐって内部抗争になっている。じつはアフリカ諸国はひとつの例外もなく、マルチ部族国家。「一部族一国家」になっているところがひとつもない。一国の大統領は、その出身部族(とうぜん、最有力部族だ)の福利だけを徹底的に図る。石油だってもちろん独占。他の多数の部族には国家の税収を1文も分けてやらないばかりか、逆に徹底的に搾取し弾圧する。おそらく南スーダンの「元副大統領」とやらは、二番目に有力な部族の代表者だったのだろう。

 そいつすら、不公平にブチ切れた。被支配部族は国家からの庇護がまるで得られないから、最初からみんな小銃で武装している。三番目以下の部族は、人らしく生きるためには、隣国ゲリラと結託して「逆転」を狙うことも考える。このようにして、部族と部族の修羅地獄が無間に続く。

 アフリカではこの構造は絶対になくなることはない。だから第七師団の人々よ。命を惜しんでくれ。そこは命を懸けるに値しない場所だ! かつての宗主の欧州人こそがそこで責任を取らなくてはいけないのだ。 近年は近隣国の正規軍がアフリカ難民キャンプの警備を担任することがあるが、これもけっこう危ない。

 今年2月にはルワンダ正規軍が、国連平和維持部隊のキャンプ近くに蝟集してくる南スーダン難民たちを襲撃に来た武装勢力(難民とは部族が違う)を撃退してくれたのはいいのだが、そのあとで死体を数えてみたら、難民の死人の方が多かった。ルワンダ兵にすら、難民と武装ゲリラの外見上の識別ができず、ゲリラだと思って、走り回る難民たちを射撃していたのだ。

     *     *

 アフリカは悲しい。独立はしたけれど、どこもかしこも、こうした内戦や部族対立を抱えてきている。
 南スーダンの場合は、兵頭氏は米英仏と書いているが、支那やロシアなども絡み、おそらくはもっとルクセンブルグだとか金融で食っているような国もひそかに絡んで、利権を貪っている。
 
 映画『ザ・バンク』を取り上げたのは2015年2月23日の『「ザ・インターナショナル」とは何か』であった。
 映画モデルとなったのは、国際商業信用銀行(BCCI)であって1991年に経営破綻した途上国向けのメガバンクである。BCCI銀行本部はルクセンブルグにあった。

 現実のBCCIは、世界のあらゆる紛争に介入し、CIAやらイスラム原理主義者など、怪しげな連中と裏で手を結ぶことで大きく成長したバンクだった。ユダ金が差配する世界中のワル御用達の金融機関である。1991年に経営破綻した。

 乱脈経営に加えてマネーロンダリングや武器密輸、麻薬取引への関与、更には核兵器の流出やCIAを始めとした諜報機関との関わりなど数々のスキャンダルが明らかになった。
 潰れた銀行ではあったが、こういうことはどこのユダヤ系銀行は影できっとやっているはずだ。

 南スーダンを、スーダンから切り離したときは、キリスト教圏だからと表向き言ったが、部族対立を煽って、武器を輸出し、難民へ届ける食糧や薬品でまた稼ぐことをやってきている。
 そういう裏側は、日本のマスゴミはいっさい報道しない。

 だから…。兵頭氏が言うように、日本から善意で支援に出向くJICAの人や自衛隊の人は本当は利用されているだけである。飢えた難民に一杯のミルクは分けられても、本質的解決にはまったく寄与しない。
 兵頭氏は叫んでいる。「命を惜しんでくれ。そこは命を懸けるに値しない場所だ! かつての宗主の欧州人こそがそこで責任を取らなくてはいけないのだ」と。そのとおりだ。

 日本からアフリカへ助けにいくことは、麗しい行為ではあるが、実態をしっかりと分かってから行ってほしい。朝鮮人と同じく、援助しても感謝しないどころか、逆恨みはするは盗むは、殺すは、であって、裏切られること必定である。「それでもいい、アフリカの自立の妨害になってもいい」「白人やその金融業界だけが旨い汁を吸ってもいい」とするなら、しょうがないが。

 それにつけても、わが国ではざっと二千年の歴史で、アフリカ各地で起きているような、大規模なジェノサイドは起きていないのではないか。内戦はくり返し起きたが、原則的には軍隊だけが戦った。とばっちりを受けて農民が殺される事態がないではないが、わが国ではほとんどない。他の国では、支那もそうだが、民衆も丸ごと殺戮して奪い取るなり、女を全部強姦したり奴隷にして連れ帰ったりする非道が当たり前。

 だから城というと、他国は街ごと城壁で囲って、住民ごと敵軍の皆殺しから護る。しかし、日本では軍隊だけが戦うから、城は軍隊だけが立て篭る。民衆はときに戦見物をし、なかには戦場で死んだ兵隊から槍や鎧を奪う商売が成り立った。

 なぜこうまで違うのか。日本の常識は世界の非常識とする認識がわが国にはない。だから支那が攻めてきても、皆殺しにされないだろうと能天気でいる。
 アメリカは先の戦争で、鏖殺(みなごろし)は、都市空襲や原爆でやらかしたし、戦後に罪なき将兵を「戦犯」に仕立ててリンチをやった。

 支那やソ連が進駐してきたら、もっとひどかっただろう。また朝鮮人は「第三国人」となって日本人に襲いかかって、強姦、略奪、殺人、やりたい放題をやった。なのに、その事実から日本人は考えない。
 まさかと思うから、助けたい、の善意が通じるとアフリカくんだくりまで出かけてしまう。

 恐ろしさが想像できないから、9条があれば平和が保てると思い込む。




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2016年08月11日

朝日新聞がテロリストを育てた


 「朝日新聞が作りだした『日本は反イスラム』(7月5日公開)は、高山正之氏と有本香氏が登場する「Front Japan桜」の番組での一つのテーマだった。
https://www.youtube.com/watch?v=AdVtXuasekM
 大変面白く視聴した。

 昨年の夏にサヨクが大騒ぎした安保法制を巡るドンチャン騒ぎ。あのときに、しきりにサヨクが主張したのが、日本は戦争をする国になる、これでアメリカに引きずり込まれて地球の裏側まで自衛隊が派遣され、隊員も殺され、また人を殺す、であった。
 たしかにアメリカは世界のあちこちで戦争を起こす悪辣な国であり、日本はその属国だから、危ないと言えないことはない。

 しかし、朝日を代表とするサヨクが、あの嘘つきサヨクが、言うと、信用ならないのだった。安倍内閣は、アメリカに引きずられて戦争することはないと断言していた。それが信じられないと、根拠も示さずにひたすら、歯止めが利かなくなるだの、安倍は独裁者だのと、理屈にならないバカを言い募った。
 サヨクがバカなのは、根拠を示さずに「恐れがある」「懸念がある」だからきっと戦争になると超拡大解釈と飛躍をすることだった。

 さて、ところで。
 先月はじめにバングラデシュの首都ダッカで、イスラムテロリストによって日本人7人が惨殺される事件が起きた。なんでこんなことになったかを、高山氏が解いていて、それが痛快なまでに見事なのである。
 表題をまず紹介したが、本来的に親日だったイスラムの人たちのなかから、日本を憎み、白人支配層と同列に見て、平然と殺す挙に出るようになったのは、朝日新聞が招いたことだと言うのである。

 イスラム圏に行くと、日本人は厚意的に扱われたし、日本製品は絶大な信用があった。高山氏の体験でも、顔が似ている支那人や韓国人と見ると、イスラムの人たちは露骨に嫌い不信感を露にしたそうだ。これは遡れば、日露戦争に始まり、大東亜戦争でも白人支配を戦う同じカラードだからというので、彼らは日本人を尊敬し、また日本製品が丈夫で安全なことを十分知っていたからだった。
 イスラムの人たちは日本人が白人=十字軍と戦うために連帯してくれる存在と認識されていた。

 その親日的な人たちの風向きが変わったのが、2003年ごろのこと。
 アメリカが9・11のあとに始めたイラク戦争が転機だった。
 そのころ、朝日新聞は自衛隊をイラクに派遣することに猛反対だった。例えば朝日の読者投書欄「声」に、銃剣の上にヘルメットをかぶせて砂漠に突き立てたイラストを載せた。あからさまに、自衛隊はイラクで死んでしまえという嫌がらせだった。

 今では朝日は、昨年の安保法制騒動のときには、自衛隊が派兵されると死ぬと怒っていたが、イラク戦争のときは死ねと言っていたのだから、矛盾している。
 そしてここが肝心だが、朝日はず〜っと日本はアメリカの分身になったとくり返し報道した。日本はイスラム圏にアメリカのいいなりに巨額の援助を行なったのだから、アメリカと同じ侵略国だと決めつけた。

 それは朝日による日本国内向けのプロパガンダだったが、それがイスラムにも伝わっていった。イラク派遣のときに、朝日が記事にしたものに、「彼をイラクに行かせないで」という見出しで、札幌と千葉で「たったひとりで署名活動をやる青年」を美談として紹介した。まずヤラセであろうが、こういう極めて情緒的記事で反戦を朝日は煽ったのだ。
 こうして自衛隊のイラク派兵を蔑んだ。

 また一方で、朝日はイラクにボランティアに入った若者3人がイラクのゲリラに捕まった「イラク日本人人質事件」をデッチあげた。2004年4月のことだった。
 最年少のジャーナリスト志望の学生・今井紀明は、のちに民青活動家と判明したばかりか、彼の父親がすぐさま自衛隊のイラクからの撤収を息子のことより強く主張して、世間を鼻白ませた。父親は共産党員だった。高遠菜穂子もサヨク活動家で、釈放後に「彼らを憎むことはできない」などとほざいた。

 あれは朝日新聞の差し金だったろうと高山氏は言う。
 日本のサヨクがイラクゲリラ側と示しあわせて、嘘の拉致を演じたのだ。要件は「自衛隊をイラクから撤収させろ」だった。当時の小泉首相が断固はねつけて、目的が達せられなくなって、彼らあやしい3人組は出来レースだったから釈放された。
 まったくのインチキ。

 次いでフォトジャーナリスト安田純平も同じだった。彼はネットでは「プロの拉致られ人」と揶揄されている。
 2003年2月からイラクに滞在し、この間イラク軍やイラク警察に数度拘束され、2004年4月、イラク日本人人質事件の消息を摑むためファルージャに向かい、途中武装勢力に拘束されたが、ほどなく解放。2016年3月にも安田とされる人物が拘束されヌスラ前線から身代金が要求されている。
 拘束歴5回。

 彼もまた、サヨクと組んではわざと拘束されては自衛隊撤収を訴える役目を担っている。
 そのとばっちりを受け、イラクで無関係の香田証生さんがアルカイダに殺害される事件が起きている。

 その当時、アラブゲリラが銃を掲げて「No Koizumi !」と叫ぶ動画がネットにアップされた。なんでわざわざ英語で「No」と言ったか。アラビア語では「ネ」と言うそうだ。だから本当なら「ネ、コイズミ」と言うはずだった。それを日本人には「ネ」では通じないからと、教養があるわけもないイラク人に「No」と叫ばせた。
 イラクゲリラやアルカイダは日本の朝日らサヨクとタイアップしていったのだ。

 こうやって朝日新聞は、自衛隊に悪いイメージを植え付けるように、国内ばかりかイスラムにも宣伝して回った。
 昔から、新聞はときの政権をいたぶり、自衛隊をいじめることが大好きで来た。一つには共産党のシンパなのと、サヨク読者に媚びて販売する目的であった。

 それがイスラム圏に根づいてきて、日本人も「白人の仲間」に見られるようになり、アルジェリアで日輝の社員が10人も殺され、こんどまたダッカで7名がテロの手にかかった。
 根源は朝日新聞である。朝日がイスラムテロリストを唆して、日本人をターゲットにするよう仕組んだ。報道機関として許しがたいことをやったと、高山氏は怒っている。

 朝日は、韓国にご注進に及んで「従軍慰安婦」をデッチあげ、支那に行っては「南京大虐殺」「毒ガス兵器」などありもしない嘘をデッチあげ、また国連に行っては「性奴隷」を言いふらしてきている。その一連の活動の一つが、イスラム圏への「日本はアメリカの分身」で反イスラムだと触れ回ることだった。
 それが今回のダッカでの殺戮になって戻ってきた。

 悪いのは朝日だけではない。害務省もベンガルでもイラクでも、韓国でも、日本はかつて良いことをしたと言わなければならない。パール判事も、チャンドラ・ボースもベンガル人だった、そうした日本との絆をちゃんと言わないから、テロリストは日本人も「十字軍」だと思い込んでしまう。

 日本は「アメリカの(利益になる)戦争」に巻き込まれてはならない。だからといって、朝日らサヨクが自衛隊を貶め、日本人の過去を穢し、政権を口汚く罵倒することで、かえって他国へ利敵行為に走ることはあってはならないことだ。
 安保法制に反対したご仁は、こういう卑劣な朝日のやり口にはいったいどのような感想をもつのであろうか。




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2016年08月10日

支那は昔から医書でも嘘つきだった


 メルマガ「国際派日本人養成講座」(伊勢雅臣氏 7月10日付)では「前野良沢と杉田玄白 〜 日本初の洋書翻訳 (百日間学んだだけのオランダ語の知識で、二人は専門医学書の翻訳に挑んだ)という記事だった。
 その記事の冒頭を紹介したい。

     *     *
1.「医学の基本である人体の内部の仕組みも形態も知らず」

 明和8(1771)年3月4日、千住刑死場での腑分け(死体解剖)に立ち会った前野良沢(りょうたく)、杉田玄白(げんぱく)、中川淳庵の3人は放心したように、隅田川沿いを歩いていた。澄み切った水の流れる川筋には春の気配がただよっていたが、目を落として歩く彼らはそれには気がつかなかった。玄白が深いため息をついて言った。
__________
 まことに今日の腑分けは、なにもかもすべて驚き入るばかりでした。いやしくも医の業をもって主君にお仕えする身でありながら、医学の基本である人体の内部の仕組みも形態も知らず、今日まで禄(ろく)を食(は)んでいたとは面目もない次第です。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
 玄白の眼には、涙さえ浮かんでいた。「申されるとおりです」と良沢も淳庵も深くうなずいた。日本の医学は中国の五臓六腑説を基にして発展してきた。
 しかし、良沢が長崎でオランダ語をわずか百日という限られた期間で学んだ際に入手したオランダの『ターヘル・アナトミア』という医学書に出ていた人体図が、五臓六腑説とはあまりにも違うので、三人はこの腑分けに立ち会って、どちらが正しいのか、検証したのだった。

 腑分けした内臓の様子は、『ターヘル・アナトミア』の人体図そのものだった。三人は今まで学んできた中国医学が全くあてにならない事を知って愕然としたのである。

     *     *

 「解体新書」を著した偉業は世間の知るところだから、あえて取り上げるには及ぶまい。私が注目したのは、最後の「三人は今まで学んできた中国医学が全くあてにならない事を知って愕然とした」の箇所である。

 太古からわが国では支那の文化を崇める傾向が強かった。それは功罪半ばして、憧れること、追いつこうとすることは、日本文化の推進エンジンとなったことは高く評価できるが、一方で支那を信じすぎる弊害を生んだ。
 この弊害は今日なお強いように思われる。支那は正しいのではないか、なにせ日本より古くから文明が栄えたところだし、と、ましてサヨクにとっては理想の共産主義社会を日本に先んじて実現した大先輩なんだから、と。

 前野良沢も杉田玄白も、同様の支那信者だったかと思う。それが現実にブチ当たって、世界をひっくり返されたのだ。支那の「医学」なるものは、すべてデタラメだったのである。
 支那は周知のごとくに、歴史は度重なる戦乱でまさに盤根錯節、入り乱れて、貴重な本物の医学書は散逸し、代わって偽書やデタラメがあふれた。

 いにしえの医学書は日本にだけもたらされ残されていただけだった。しかしなんぼなんでも遣唐使やら遣隋使やらの時代じゃ古過ぎる。江戸時代にかろうじてもたらされた中医の書はすでにデタラメ本ばかりになっていたかと推察できる。支那人はデタラメな本を、いかにも権威あるもののごとく騙して日本人に売りつけたのだろう。
 それを江戸時代の漢方医たちは、ありがたく押し頂いていたのだ。
 前野良沢も杉田玄白もそれを信じるしかなかった。

 本当は、支那人が特異な民族で、息をするように嘘をつくゲスだと分かっていれば、もっと早くに自力で腑分けするなどして、医学を発展させ得たであろうに、支那信仰に囚われすぎたのだ。
 これは今日にも、重大な示唆を与えてくれている。
 鳩山由紀夫ごときや二階俊博ごときに見るごとく、未だに支那を崇めるアホが存在する。評論家では媚中・副島隆彦も。

 現代の政治家や官僚、評論家どもは、前野良沢も杉田玄白が流した涙の意味が伝わっていない。オランダの『ターヘル・アナトミア』の翻訳の偉業ばかりに目が行って、日本人に詐欺を働いた支那蛮族への反省がない。
 媚中・副島隆彦に代表されるように、支那様がいうなら、「南京大虐殺」はあったことにし、通州事件には言及しない卑劣をあえてする。

 前野良沢も杉田玄白も、支那がどれほど嘘を平気でつく連中かを知って「愕然とした」のである。支那の医書を少しでも疑っていれば、死なせなくて済んだ患者がいたことに深い衝撃を受けたのだ。
 オランダ医学書のほうが実物の解剖にあっていると知ったからとだけ見てはなるまい。
 そういうデタラメを平気でやらかし、自力で医学を進歩させる「民度」すらないあの民族には、科学はできない、技術も生み出せない。

 人様の成果を盗み、奪っては、あとになってこれは自分たちの成果だと、これまた嘘を平気でつく。こんな民度の連中を媚中副島は称讃し、これからは支那が世界覇権国になると言い切った。それが崩壊しようとしていても、なおしらばっくれている。
 謙虚さのかけらもないのは、やはり支那に媚びることで評論して飯を食ってきたからだろう。

 以下、余談。伊勢雅臣師のメルマガにあった文。
 「日本語にはまったく存在しない人体各部の単語もたくさん出てきた。たとえば「視聴、言動を主(つかさど)り、且つ痛痒(つうよう)、寒熱を知る」という"Zenuw"なる器官は神秘的なので「神経」という訳語をあてた。」

 とある。

 今日、私たちが当たり前のように用いる「神経」は、前野や杉田の造語だったのか。してみると、オランダにも「神経」という言葉できちんと概念定義されていなかったものを、彼らが一語でいわば認識を締めたのである。空手や柔道で譬えれば「一本!」というところだ。
 当然、当時は「交感神経」「副交感神経」の区別もなく、概念語も存在しなかったのだろう。

 彼らがこうした「神経」なる言葉を創りだせたのには、東洋医学での「経絡」という概念と単語があったから、その類推だったのだろうか。事物事象をずばり漢語で概念規定できる「技」はおそらく支那から学んだいわばノウハウだった点では恩恵を蒙っている。しかし何でも二重構造だから、その概念規定の見事さを発揮する一方で、単語にしてしまうと安心しきってしまうというか、国語力でわかってしまう弊害を生んでいるようにも思える。





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2016年08月09日

竹パウダーの増毛以外の効能


 4月22日に「竹パウダーで増毛」と題して、竹の粉(パウダー)の効能の一部を紹介した。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/436608395.html
 療術師の柳原能婦子さんが発見した竹パウダー治療法である。
 柳原さんが実際に竹パウダーの説明をしているのは以下で見られる。2:01から2:39あたり。
https://www.youtube.com/watch?v=ui2OemU4mSI

 これで実際の柳原さんを見ると、たしかに髪の毛は「ぼうぼう」と表現できるほど多い。
 柳原さんが説く竹パウダーの治療法は上記の動画はほんの一部しかない。そこで、私の実体験も交えてほかの効能も紹介してみたい。

 前回の「竹パウダーで増毛」で述べたように、竹の粉の威力を髪の毛で実感したので、ほかでもいけそうかと試してみた。
 まずは、右奥歯の詰め物が外れて以来、どうも調子が悪く痛んでいた。右肩から右首筋にかけて痛みがあるので、どうなるかと思って歯医者に行く前に、竹パウダーを患部に振りかけてこすってみた。

 芯の痛みは取れないが、痛みはスッと軽くなったので驚いた次第である。
 次は、うっかりして左の手の甲をものにぶつけて、甲が内出血して腫れた。これにもすぐに患部に竹パウダーをたっぷりこすりつけてこすったところ、3時間ほどしたら痛みが軽くなり、内出血も引いていったのだ。

 「なんかいいじゃん!?」であった。
 実際、柳原さんも痛い所にはどこでもこすれば取れると言っていた。
 柳原さんは、3年ものの孟宗竹を粉にしていると語っているが、3年ものでなくても効くと思う。

 以下は柳原さんのDVD『奇跡の療術・施術の世界』から、竹パウダーの効能を語っているところを取り出してみる。

 まず目がおかしかったら、目玉の位置からまっすぐ上の髪の生え際から6センチくらいのところに、竹パウダーを振りかけ、こする。竹には酵素が豊富だし糖分もあるから、これだけで目が良くなる。粉を振ったあとは、手でパラパラと落とせばよく、洗髪する必要はない。これですごく頭がすっきりする。

 竹の粉を全身に振りかけてこすると、全神経が甦る。粉には洗浄能力(殺菌力)もあって、皮膚がきれいになる。障碍者の子供に、全身に粉を振ってこすると「きれいになった、楽になった」と言われる、と。
 粉をパフにつけて顔にこすると、どんなクレンジングクリームよりきれいになる。

 便秘の人は、粉を(手のひらに少量乗せて2杯くらいか)飲み込むと、便秘は直る。
 キルト(和名:綿入れ刺し子)は中に挟むのは綿だが、その代わりに竹の粉を入れてキルティングにしたものは、腰なら腰の痛いところに当てておくと治る。

 粉入りキルトを枕カバーに置くと、不眠症が治って良く眠れる。
粉を小さじ2杯ほどティーパックに入れて風呂に入れるとぽかぽかして冷えない。
 DVDにあった事例では、現在69歳の女性で、19年前に脳内出血で倒れ1年間寝たきり、今は右手右足が麻痺、やや失語症という。
 この場合は、柳原さんはまず竹パウダーを動かない右の腕や足にたっぷり振ってこするようにと指導した。30分間ほど娘さんにやってもらいなさいと。

 ほかにも、髪の毛を引っ張るとか、長いゴムを患部に巻いてはパッとほどく(血流が起きる)とか、腕を痛くても動かすことで、実際、みるみるうちに腕が曲がって固まっていたものが動くようになっていった。
 むろんすぐには治らない。痛くても根気よく何カ月か続ければ治ります、と激励している。
 竹粉は生命力があるのだ、皮膚をこすることで洗うのだ、という表現をしていた。

 ざっと以上がDVDで柳原さんが説いていた効能である。

 竹の粉ではなく粗塩で皮膚をこすると、これは皮膚が若返ってようにすべすべになるが、これは実は内臓を洗っているのだと聴いたことがある。昔は米糠でカラダを洗ったものだったが、自然のものには素晴らしい「薬効」があるのだ。

 皮膚病なんかも、海水浴をしただけで治っちゃったという実例がある。旧日本軍が大東亜戦争中に、ジャングルの逃避行をやっていて、非衛生だから兵隊は皮膚病で苦しんだそうだが、敵に追われて海に逃げ込んで泳いだら、皮膚病が治ったという話を読んだことがあった。

 ほかにも類似の話としては、傷にはヨモギの葉をもんで当てておくと治るとか言われる。ビワの葉もいいらしい。

 市販の竹パウダーは肥料用として売っているので、どこで買ってもいいと思うが、10キロとかの大容量になる。私が探したなかでは「ゆめ竹」というサイトだと、2キロの小ロットで買える。
 民間治療法ゆえ、誰でも効くとは言いきれないが、西洋医療で治らずに困っている方は試してみてはどうだろうか。



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2016年08月08日

バングラデシュ事件に垣間見える日本の無策


 7月1日夜(日本時間2日未明)、バングラデシュの首都ダッカで武装集団がレストランを襲撃、警官隊と銃撃戦となった。武装集団は外国人客らを人質にとって店内に立てこもったが、発生から約10時間後、治安部隊が突入し、現場を制圧した。人質20人が死亡。死亡者のうち男性5人、女性2人の計7人が日本人だった。

 思い出すのは、1996年の在ペルー日本大使公邸占拠事件。あるいは古くは支那の通州事件、斉南事件などがあり、1920年にはニコラエフスクで700人の邦人老若男女が共産ゲリラに虐殺された(尼港事件)。終戦直後の、満州や朝鮮におけるソ連兵と朝鮮人による強姦虐殺も加えるべきだろうし。

 今回のバングラデシュ事件では、日本のマスゴミも政府も及び腰で、テロ一般を非難しているだけのように見える。犯人グループの残忍性などは強くは言わずに、イスラムが誤解されると困るみたいなほうへ話を誘導しているかのようでさえある。貧しいけれど、本来は穏やかで親日的なんだが、一部に跳ねっ返りがいた、とする論調でサヨクマスゴミは報じる。そんなバカな…。

 加えて政府は警察に指示して、事件を殺人事件として捜査する、と言いだした。捜査? 外国の事件に対して何を言っているのか。捜査なんかさせてくれない。
 本当は警察ではなく、軍レベルでなんらかのメッセージを発信すべきである。当然、ODAなど支援は撤収すべきである。
 政府がそうした断固たる姿勢を打ち出さないから、日本人は能天気なまま、どこの国も良い人ばかりいると勘違いする。

 どうも共通して言えるのは、日本軍が行なったと称される「蛮行」はやたらと大げさに書き立てるわが国の歴史研究者、歴史教科書、新聞も、かつての通州事件、尼港事件といった大虐殺についてはまったく語らず、しらばっくれて日本人の記憶から消してしまおうとしている。奴らは古くはコミンテルンからの指示をそのまま受け入れているアホだ。

 どうしても日本人を悪者にしたいと考えている連中にとっては、他の民族の蛮行は日本人に知られたら困るかららしい。
 北朝鮮による拉致も、左翼マスゴミやサヨク評論家は話題にもしない。

 話を戻して、ダッカの事件では日本人が人質に取られた段階で、政府に情報が来ていた。青山繁晴氏によると、政府から氏に意見を聞きたいと連絡があったそうだ。
 「バングラデシュ政府はどう出るか?」との問いに、青山氏はバングラデシュ軍はただちに強行突入するから交渉の余地はない、と答えたそうだ。

 その判断の理由はペルー日本大使公邸占拠事件に遡る。あの事件で、世界中が日本人を人質にしたら、日本は何もしようとしないことを知ったのだ、と。
 だからバングラデシュ政府は、日本の回答なんかを待っていたら埒が明かないというか、先伸ばししてくれと言うだけだと踏んでいたから、独自に強行救出に踏み切ったのだ。

 ペルー事件のとき、当時の橋本龍太郎総理は、ペルー政府に対して、とにかく穏やかにしてくれ、先に引き延ばしてくれ、としか言わない。フジモリ大統領は、ここまで日本が「引き延ばしてくれ」と言うからには、日本から自衛隊を連れてくるものと思ったそうだ。少なくとも警察の特殊部隊は最低限来るにちがいないと思った。それがまともな判断である。

 ところが日本側には何の方針もなく、ただただ話し合いで解決してくれ、引き延ばせ引き延ばせばっかりだった。主体性ゼロ。闘魂ゼロ。解決能力ゼロ。
 ペルー事件で世界が学んだのは、日本人が人質になっていたら、さっさと強行突入しないと、日本政府が間に入って「とにかく何もしてくれるな」ばっかりになる。
 それだから、今度の場合もバングラデシュ政府は、日本政府に見解を聴く間もなく強行作戦を行なったのだ。

 こんな恥さらしはない。橋本龍太郎もクズだったが、橋本だけの責任ではない。日本中が憲法9条が大事と言って、内に閉じこもり、戦争は嫌だと言っていれば、こういう無惨な人質事件が続くのである。
 仮に今度のバングラデシュのような人質立て篭り事件が日本国内で起きたらどうなっているだろうか。

 警察の特殊部隊が対応するのだろうが、強行突入は果たしてできるだろうか。必ずサヨクと反日マスゴミが強行突入に反対する。先延ばしして交渉を続けろと言うだろう。何カ月も。ペルーのときのように。それでまた日本は世界に恥をさらす。
 もし、日本でイスラムや韓国特殊部隊が日本であのようなテロを起こしたら、自衛隊はもし目の前にテロリストがいても、何もできないのである。

 それは闘ってよいとする法律がないからだ。憲法9条も、交戦権は認めないと明記してあるのだから、自衛隊がやむにやまれず犯人側と交戦したら、それは犯罪にされてしまう。
 それが立憲主義だと、サヨクの破廉恥漢どもは言う。
 9条を守れとほざくオバカどもが、9条を廃止したらアメリカの戦争に付き合わされるからとのふざけた理由で妨害してきた。そのために、人質は無惨に殺されるだけである。あるいは国ごとテロリストに降伏するのだ。

 バングラデシュの事件は、目の前で罪もない同胞がテロリストの手にかかって惨殺されたのだから、後生大事に9条を押し頂いているとこれから大変なことになると教えてくれているのだ。
 ところが護憲派どもは、それでもなお事件は、イスラムテロリストの犯行にみせかけて、きっと裏で安倍がカネを出して雇って、日本人を殺させ、「ほらだから、安保が大事」とするキャンペーンを張って、改憲に突っ走るためだ、と言うんだろうねえ。

 バングラデシュの事件は、もし日本が普通の国で9条なんかなくて、常に戦争のリスクに備える覚悟があったなら、何人かは助かったかもしれない。テロのリスクがある国で、あまりにも能天気に過ごしていたから犠牲になった。
 あの場合、テロリストに襲撃されたら、瞬時に現場から逃げていれば助かった者も出たのではないか。ただ呆然、なされるがままで、「日本人だ、撃たないでくれ」と泣訴したというから、あまりに悲しい。

 こうなったのは、9条のせいである。自分のほうが敵意もなく武器も持たなければ攻撃されないと思い込んでいたとしか思えない。
 「憲法第9条を守っていれば他国は攻めてこない」という盲目的な信仰を、戦後教えられてきて、それをずっと鵜呑みにする奴は病気である。教えたほうも悪いが、欺瞞に気づけないほうがもっと悪い。こんな愚劣な信仰を広め、保持してきたサヨクマスゴミの責任は重大である。

 武器を携行しろとは言えないが、いつでもテロに巻き込まれる可能性があるという過ごし方はできたはずなのだ。それを朝日新聞などの反日サヨクマスゴミは、わざと隠してきた。
 アフガンで井戸を掘ったりした中村哲なるご仁を聖人扱いして、国民は善良で親日だなどと嘘を言う。貧乏人ほどタチが悪く互いに盗み合っていることぐいらい常識でなければならないのに。

 例えば女性ならいつでも走って逃げられるようハイヒールは履かないとか、一人でレストランに行かないとか、トイレに行くときは複数人で行くとか。
 日本人だけが、世界の恐ろしさを知らない。9条があれば安全だと、とんでもない妄想に凝り固まっている。

 ご存知だろうが、日本では年間で8万から10万の人が失踪者となって行方不明である。何度も書くが映画『96時間』をぜひご覧になってほしい。まさかパリで? 堂々娘が誘拐される話である。
 東京も大阪も、危ないのだ。





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2016年08月06日

野望を抱け!


 先月初めにわが流派で大会が開催された。必ず格調高い大会パンフレットを作成する。今回のパンフレットには、流派の新指導局メンバー7名が紹介されていた。
 いずれもそれぞれのメンバーの、空手の闘い方の特長が書かれ、その未来に絶大な期待を込めているのが読み取れるものだった。

 例えばということで挙げるが、実際の文章をいくらか改変しておくけれど、「豪快な突っ込みの上に、近年華麗さを加えてきた」とか「巌(いわお)を砕くがごとき激湍(げきたん)さながらの闘いぶり」とか「瞬殺の闘魂を具現し」など、彼らメンバーを評する言葉が踊る。

 これは会員向けに、指導局員への憧れ、尊敬を周知させるべく期待を込めて書かれているわけだが、たいていの人には「なにを大仰な…」と揶揄的に思われるのではないか。
 たしかに見ようによっては、これは大風呂敷に見えるだろう。等身大の自分がいい、自分らしく生きたい、こういう向きには唾棄すべきものと思われるだろう。

 しかし端的に言えば、大風呂敷を広げるくらいの野望がなければ、人生はみじめになるばかりである。
 わが流派が、世界に冠たる武道空手に到達したのは、この大仰なほどの野望を掲げて研鑽を積んできたからにほかならない。

 わが国は、一度戦争に負けたくらいのことで、なんでもかんでも「悪かった」「ひどいことをした」の反省と内向き志向になり下がってしまい、野望をもってはいけない、上昇志向は迷惑、という風潮にひたりきっている。本当にくだらない。
 小さな水盤の中で、こっちが正しい、いやあっちが正解だと言いあっている。
 こんな国民にしたのは、直接にはマスゴミや教育関係者がダメだからである。政治家も悪ければ官僚も悪い。

 芸人・又吉直樹が芥川賞をもらった小説について、本人が「バカが書いたバカな小説です」と述べたほどに、暗然たる低レベルなのだが、にも関わらず映画化され小説がバカ売れだそうで、世も末である。どこにも文学で世界を席巻してやると志すような情熱もない。
 そういう落ち目な日本に住んで、慣れてしまうと、野望だとか、世界に冠たるとか言われても、なんのことだか理解できなくなっても不思議ではない。

 先の参院選で、安倍首相が街頭演説すると、反日サヨクが「安倍帰れ」などと野次を飛ばしたそうで、これに対して安倍首相が「人の妨害ばかりして恥ずかしくないのですか」とたしなめたそうだ。
 そのとおり、自分でなにごとか為す気はなくて、人の揚げ足をとるのでは、ゲスの極みである。
 同じように、人様のブログに卑しく覗きにきては揶揄している輩は、こうした反日のゲスと同じで、自分では何も出来ないくせに、人の妨害ばかりしている暇人で、馬齢を重ねるだけ。

 そんな奴を相手にしないことが人間の誇りであるし、何事か世界に冠たる道を志すなら、まともに相手にしていることが恥でなければならないのだ。

 もし世界に冠たる政治家を目指して研鑽し続けている人間がいたとしたら、町内会のもめ事程度にかかずらわっていられるはずがない。例えば、アレキサンダーとか、ナポレオンとかが「床屋政談」みたいなことをやっただろうか?
 「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」である。

 昔、映画で「誇り高き男」という西部劇があった。ストーリーはどうってことはないが、題名が良い。テーマ音楽でも聴いて、いくらかは相互浸透を図るべきである。
https://www.youtube.com/watch?v=5mtqRnfJl2w
 誇り高きを目指しているなら、下郎のイチャモンに応じて論争していられるわけがない。自らを顧みて恥ずかしいからだ。どうせ何を説いても「燕雀」にはわからないのだから。

 われわれは高みに向かって前進するのみなのである。
 冒頭のわれらが空手闘士は、空手家としても史上トップを目指しているだけでなく、空手を日本文化の最高に君臨させるべく、修行の日々を送っている。
 にも関わらず、みんな仕事を持ちながらである。それでどうして空手の達人レベルが望めるか。

 おそらくは1日30分程度の空手の練習しかしていないはずだ。あとの時間は日常生活だ。だが、その日常生活を「わが流派の空手」にしているのである。日常生活といえば、普通の人間はただ食って寝るだけにしているが、1日たった30分の練習で強くなれるのは、ひとえに精神によるのである。
 つまり1日何十時間を、空手ができる練習を行なっているはずなのだ。

 冒頭に紹介したように、他人からは大仰と思われようとも、常に、今がどんなに未熟であるのが現実であっても、大風呂敷を広げて、かつ周囲を睥睨していなければいけない。ある意味、虚勢を張っていると嘲笑されようとも。

 人間はどうしても低い方へ低いほうへと持っていきたがる。そのほうが楽だし、嫉妬の心を癒してくれるからだ。







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2016年08月05日

汗をかいたら水を飲むべきか?


 昨日までは血液の構造について簡単に述べてみた。
 その関連で今日は、運動との関連を探ってみたい。昔は激しい運動をしたとき水を飲むと血液が薄くなってダメだとか、疲れるから運動中は絶対に水を飲むなと言われた。
 近年はそれが180度変わり、汗をかいて水分が減ると血液が濃くなりすぎて危険だと言われ、とにかくひっきりなしに水分を補給しろとなった。

 これは本来的には昔の「飲むな」のほうが正しくて、最近のは間違いであるが、マスゴミが言いふらしているほうが信じられてしまう。さらに言うと、熱中症の予防にはとにもかくにもこまめに水分補給をしろと、天気予報のたびにうるさく言われる。これも根本的には間違いである。

 熱中症については、本ブログ(2014年8月2日付)で取り上げた。
 http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/403055415.html
 体温調整ができない馬鹿げたカラダにしているから、熱中症にかかる。

 要するに、私たちは、運動して汗をかく構造、暑くときに汗をかく構造まではよくわかっていないのではないか。だから運動したら水を飲めが正しいのか間違いなのかの混乱が続く。熱中症にも水を飲めばいいがまかり通る。

 汗をかいたからといって、水分をガバガバと飲むと、飲んだものは処理しなければ排泄できないし、また利用もできないわけだ。われわれのカラダはスポンジじゃないんだから、吸っても放っておいたら蒸発していくわけにはいかない。
 水を飲めば細胞は必死になって細胞内の水を出すことになる。

 激しく機能をフル稼働させなければいけない。これは細胞にとっての負担になる。腎臓にも負担になる。私の道場でも、約2時間の稽古中、夏だと2リットルのペットボトルの清涼飲料水を完璧に飲み干す剛の者がいたが、よくやめておけと注意したものだった。尿にするなり汗にするなりは、細胞が働かされているのであって、先にも言ったが、水を含んだスポンジが自然に乾くようなわけにはいかない。

 マラソンランナーは、最近ではひっきりなしに水を飲む。若いうちはまだなんとかなっても、30過ぎてくるとその負担は大変なものになり、選手寿命を短くするのだ。だから高橋尚子も野口みずきも頂点を極めながら、あっという間にダメになった。ケガが原因…と言いたい向きもあろうが、ダメになった原因の大きな一つが水分の取り方を間違えたからである。

 しかもマラソンランナーの場合は、デスクワークの人の運動バランスの悪さと逆に、足は(足指は使わないが)壮絶に運動させるが、手はあまり運動させない。高橋尚子や野口みずきの腕の細さは異常なほどだった。そういうアンバランスな運動をしているところへ、ガバガバと水を飲み込んで、細胞に極端な負担をかけ続けたのだ。

 赤ん坊や年寄りはしょっちゅう水分をとるけれど、少年期や大人はどうなのか。赤ん坊と老人はそれでしゅっちゅうトイレに行くが、それで自然なのであろう。少年期や成人はそうではなくなるのである。それがどのようなカラダの構造のゆえなのかは、医学的にも未解明ではなかろうか。

 だから成人が暑いからとか運動して喉が渇くからと言って、ガバガバ水を飲むと、赤ん坊や老人でもないのに、これは異常なのだとなるのであろう。

 植物の場合も、種から芽が出て成長期(赤ん坊の時期)には水分がたくさん必要で、光合成も活発である。だが、成長が落ち着いてくればそれほど水はいらなくなり、やりすぎると却って根腐れを起こすことがある。
 例えば、メロンとかトマトは実をつけて熟れさせる段階では水を断ったほうが味が良くなるというではないか。稲もそうだ。

 この問題は、まだ私には説明できない。もう一度『看護の生理学 2』(薄井担子・瀬江千史著)「内部環境の調整」を読み返してみようと思っている。
 人体の内部環境とは、外部環境とは相対的に独立したもので、生命維持に必要な状態に保つ調整を直接に行なう機関(肝臓と腎臓)を言う。

 水分はとりわけ外部環境から取り入れて、それを内部環境の調整に重要な役割を担っている。その構造が医者もよくわかっていないことなのである。細胞分裂は常に行なわれつつ、内部環境が保たれなければならない。その際に水を飲む構造、おしっこを出す構造が解けていなければならないのだ。
 いずれまた…。



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2016年08月04日

血液のきれいと汚いの誤解(2/2)


《2》
 前回述べたように、構造的に汚れた血液が、また全身を巡る。だからスポーツをすれば下手になり、ものごとを考えればバカになっていく。老化が進むし、頭脳はボケる。
 以前、谷沢永一の『僕のうつ人生』(海竜社刊)を読んだことがあるが、彼も親友だった作家・開高健と同じ鬱で苦しんだと述懐していた。
 周期的になんともうっとうしい気分、晴れない暗うつな気分が続くのだそうだ。

 これは谷沢も開高も本の虫、子供のときからすさまじい読書家だったから、想像するに、徹底して足を運動させなかったかと思われる。だから汚れた血液が全身を巡るようになって、頭脳活動を壊していったのではないかと思う。鬱の原因はそれだけではないかもしれないが、一つの大きな原因ではなかったろうか。

 だから開高健は書斎にたれこめていると鬱になり、釣りをしに外国にでかけると、足を使うようになるから、鬱が消えるのであった。開高は足を動かさない生活をしながら、グルメをやった。うまいものは料理のし過ぎなのだから、血液を汚す。旨い肉を食えば、血の汚い動物の肉を食うことになる。だから若くして癌で死んだ。

 運動しないまま、ものを考える仕事をする人、大学教員とか作家とか、医者とかは、座ったままである。脳細胞にばかり血液の循環を盛んにして、ほか全身は運動形態に置かない。だから鬱にもなろうというわけだ。

 南ク継正先生の最新刊『武道哲学講義 第三巻 「精神現象学序論」(学の体系講義)』(現代社)にはこういう記述がある。

     *     *
 
 私の頭脳の発達に関しての端的な理由としては、次の幾つかを挙げるべきである。

 一つは『武道修行の道』執筆後に頭脳の働きにいささかの停滞を覚えることになったため、ここから第二の人生を賭けての壮烈な武道修行が実践されていったからである。そこで、修学的執筆は中止し、ここから十年近くも毎日のように(1日四時間以上かけて)全力を挙げて、達人修行者の若き弟子とともに艱難辛苦の武道修行となっていったことである。

 二つは、以上の修練で私自身の頭脳に驚くべき変化が起きてくることになったのである。五十歳代の私にしてみれば劇的変化というより、驚愕レベルの頭脳が誕生してきたことである。
 三つは、以上の二つの実践的実態を把持した流れのままに、『武道講義 武道と認識の理論』を月刊誌に修行の真っ只中のままに連載を休むことなく続けていくことになったからである。

 四つは、以上の三つがいわば合体レベルで相互浸透していきながら頭脳の強烈な発展を促したのである。

     *     *

 南ク継正先生の壮烈な武道修行の実際を知らない人は、どうせ読んで確認することもせずに、またせせら笑うのだろうが、様子をいくらかを知る身としては首肯できる話である。事実を知りたければ、南ク継正先生の著作を素直な心で読むことである。
 今回のテーマに則していうならば、であるが、これは武道修行で見事に全身にまともな血液の流れを常時創り出したということになろう。その運動形態に置かれた血液があったればこそ、頭脳活動もまさに「驚愕レベル」での発展が可能になった。

 したがって、谷沢も開高も、もし武道空手をやっていたなら、鬱で心屈して人生の大半を無駄に過ごす必要はなかったのである。カラダと関係なく頭脳活動があり得ると錯覚したからの誤謬であった。

 青森のねぶた祭りでは、「跳ね人(はねと)」が手足を活発に動かしてまさに跳ねるように踊っている。ネットで探せばいくらでもあるが、例えばこれを見ていただきたい。
 https://www.youtube.com/watch?v=rC0qaAYNIbs
 「らっせら、らっせら」と声を出しながら、手も足も激しく動かして跳ねている。実に楽しそうだ。これでイメージしていただければという一例である。大きな声をだしているのも、運動形態としては大変よろしい。鬱の治療には最適だろう。

 安倍首相も「一億総活躍社会を目指す」というなら、全国民に例えばネブタ祭りの跳ね人のごとき運動を強制すべきである。そうすれば病人が減り、頭脳も冴えてくる。

 青森の人たちは、年に一度のねぶた祭りのために、年間通して跳ね続ける体力づくりに励んでいるそうだから、日ごろの運動としてはまず申し分ない。あの踊りは形のシビアさがなく、大雑把なところは欠点だが、一般庶民ならいいだろう。
 谷沢も開高も、もし青森の住人で、ネブタ祭りに出るのが大好きだったら、鬱にはならすに済んだはずである。

 もう一つ例を挙げよう。これは血液ではないけれども。
 日本に正規の軍隊がないことだ。国家で解けば、軍隊がないのはいわば下半身を運動形態に置かないデスクワークをやっているのと、論理は類似している。
 国家は内部の統括であり、他共同体との対峙であるから、自ら戦争しません、その権利も放棄しますなどと言っているのは、統括の不全を意味している。

 経済とか政治とかを動かしているのはいわば手を動かしているけれども、軍隊がなく交戦権もないのは足を運動形態に置かないのと論理は同じことになる。国民の精神も運動も肉体も歪んでいくのだ。国家として万全でない運動形態をとり続けるから、見事に日本人が歪んできているではないか。

 くり返しになるが、人間のカラダでは手と足をバランス良く動かすことで、まっとうな血液循環がなされ、いわば「きれいな血液」が巡るのに、足を全く動かさないでないもののようにして、血液を汚せば、やがて体全体が病むようになり、頭脳もバカになっていくのだ。
 国家も同じ論理である。経済、政治、教育、軍事などなど、十全に機能させないと、“国家の血液”が滞り、病んでいく。

 こういう論理が「9条死守派」のオバカどもには分かるまい。
 まるで、歩くのは億劫だ、足指なんか面倒で動かしたくない、それでも生きていけるじゃないか、手で仕事ができればいいんだ、と言っているのと同じことである。それが護憲派だ。

 ランニングは、血液を足先から心臓まで巡らせるために行なうのである。むろんほかにも肺活量がどうとか、筋肉を鍛えるとかの面があるが、主要なこの血液の論理を忘れてはならないのだ。
 人間は一つの統括体である。国家も同じくに。
 その統括を主に担っているのが、神経であり、ホルモンであり、血液であり、リンパ液である。ほかに東洋医学で言われる経絡があるし、天寿堂の稲村氏は「スジ」も全身の統括に関わると主張しておられる。

 人間が病気になる、国家がダメになる、これは統括を歪めた結果なのである。人間は本能をなくして認識が代替するようになり、恐ろしいまでに認識が力を持つようになった。認識が生活を統括するようになり、また国家を認識が統括するようになって、歪まざるを得なくなったのである。
 どうしたらその統括がまともになるかを、私たちは常に考えなければなるまい。



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2016年08月03日

血液のきれいと汚いの誤解(1/2)


《1》
 デスクワークの多い人は、“運動不足一般”が懸念されると言われる。それもそうだろうが、怖いのは手ばかりが運動して足が運動しない状態が、それこそ常態になっていることである。アンバランスだ。
 とりわけ足指は普段から動かすことがはなはだ少なく、まるで足指なんぞはなくてもいい、みたいな感じで忘れられていて、足の爪を切る際に意識する機会がある程度の人が多かろう。

 実際、たいていの人の靴下は、足指をすっぽりまとめて包んでいるもので、5本指靴下の人は少ない。つまり足指だって5本あるのに、面倒だからまとめて足だ、という感じではないだろうか。
 女性ときたら、先のとがった靴まで履いて、なんだか足指が広がっているのが迷惑みたいな扱い。さらにハイヒールを履いて、足先を圧迫している。そんなことがカッコいいとでも?

 ちなみに、私は靴のサイズは自分の標準サイズより2センチは大きいものを履いている。足指をきつく締め付けないためである。靴を履きながら足指を動かせる。年がら年中靴を履いている人は、いわば「纏足(てんそく)」状態である。アメリカの映画など見ていると、外でも家のなかでも靴を履き、ベッドで仮眠するときでさえ靴を履いたままでいて驚かされる。(アホやん…)。

 やさしく言うと、座り続けでいる人は、腰から先の足指までの血の巡りに問題が生じる。ざっくり言って、上半身はまあ動かしていても、下半身は「動かざること山のごとし」なのである。
 デスクワークの人は、30分に1回くらいは立ち上がって、社内を目立たぬように散歩するとか、サンダルを履いて足指をいつも動かしているとかしたほうが良い。

 血液は全身を巡っている。全身くまなく、いわば平等に酸素と栄養を運び、細胞でそれが交換されて二酸化炭素と老廃物を血液が受け取って、肺で二酸化炭素が棄てられ酸素を取り入れる。老廃物は腎臓で選別されて尿として排泄される。

 これが一般に教科書的に説明されていることだけれど、忘れられているのは、血液は運動しているところ(細胞)に行けば、まっとうに運動形態に置かれると言うことだ。教科書には、老廃物と二酸化炭素を受け取って心臓に戻るこの静脈流は汚れているんだとされている。動脈血はきれいな血液だ、とも思われている。

 小学生に教えるならそれでいいし、大人ではそれが常識だけれど、ちょっと待たれよ。ならば、座りっぱなしのような下半身を動かさない人の場合、運動形態にない細胞や組織を巡る血液は酸素も消費していないし老廃物も少ないから、きれいな血液のまま静脈に入って心臓に戻ってくるのか?
 よく運動している手とか脳に巡った血液はより汚れているわけになるのか?

 これは妙な譬えで恐縮だが、処女のまま修道院に入った女は純潔できれいだが、結婚して男を知った女は純潔でなくなり穢れた存在になる、と言われるようなものではないのか? 修道院に入る女のほうがどうかしている。結婚して子供を産む女が正常である。
 血流も、運動している細胞を巡った血液は汚れ、運動しない細胞を巡ってきた血液はきれいなままって…、そうなの?

 話は逆である。足のほうは動かないから汚いものを抱えて血液が心臓に戻ってくるのだ。
 そもそも、と考えられよ。血液はどういうものだったか、を。もう一度言うが、酸素と栄養素を運び、二酸化炭素と老廃物を受け取って戻るべき運動をするのが、血液の機能なのだから、それがちゃんと行なわれるのが正常、行なわれないのが異常なのだ。

 運動をしない足に行った血液は、機能をさせられないまま戻されるおかしな血液になっている。血液は、細胞に必要な物質を届け、不要になった物質をもらうという二重構造になっている。それが、足を動かさないと、二重構造が破綻するのである。
 現象だけ見れば、運動していない細胞は酸素の消費も栄養素の消費も少なくて、一見きれいなままの血液で戻って来ることになるが、構造で捉えれば違うのである。

 哺乳類を見れば、全体で運動であって、前足だけ動かして後ろ足を怠けている動物はいない。運動形態は「なべて」置かれ、血液も「なべて」巡る。人間だけが運動を「なべて」やらないで、偏ったことをやる。よって血液も「なべて」巡っているのに、運動に偏りがあれば、異なる(運動の)構造を抱えて心臓に戻ることとなる。
 
 パチンコ屋にしけこんで、長時間パチンコを打っているとか、麻雀卓を囲んで徹夜で興じていれば、足はまったく動かない。手はまあいくらかは動くとしよう。手には運動した血液が巡り、足に行った血液は運動しない血液が巡って、それが一緒になって心臓に戻ってくる。その結果、きれいな(まともな構造を含んだ)手に行った血液と、汚れた構造を含んだ足に行った血液が混ざれば、全部が汚れていくのである。

 医者も診察室で座ったままに患者の話を聞き、コンピュータを見つめては診断しているから、足を動かさない。それが誤診のもとを創る。多くの医師が、抑うつ状態、鬱病、燃え尽き症候群でやめていくそうだ。勤務の過酷さも一因であろうが、このアンバランスな運動状態が原因の一つであろう。(お〜い、医者のくせに分からないのかよ〜)

 ところで。牛肉では最高級品と言われるのが、サシの入った赤身肉とされている。あれは牛をできるだけ運動させないで、つまり不自然な飼育をやって、病気にしている。オーストラリアあたりの広大な牧場で飼われた牛は、よく運動しているから健康で、筋肉にサシは入らずやや固めの赤身になる。

 これを血流で説くなら、日本の高級牛肉の牛は、血液が汚れた状態であり、牧場で放牧されている牛は血液がきれいなのである。高級肉ほど食用としては危ない。癌になる可能性が高くなる。私はテレビで高級肉が映しだされるのを見るとゾッとする。テレビのレポーターが旨そうですね、最高ですね、とろけますね、と絶叫するのを聞くと、おぞましさに襲われる。

 牛肉ばかりではない、ブタもトリも運動させないで飼育すれば血液は汚くなり、いくら肉質が柔らかくなろうとも、癌のリスクが高まるのである。
 アメリカ人はバカで、インディアンを虐殺して以降、肉ばかり食ってきた。皮肉で言うと、野生のバッファローやリョコウバトを狩猟して食っているぶんには良かったが、絶滅させたあとに牛やトリを飼って食うようになって、血液が汚れ放題になってきたのだ。

 人間は本来は四つ足だったから、一方の2つ足を動かさないと困ったことになる。先に言ったように、まずは靴下でしめつける。靴で締め付ける。だから冷え症や貧血になるのだという。

 その面からも、アメリカ人は脳が腐っていって、国家ももたなくなったのだ。働けなくなって、株や金融で儲けるしかできなくなった。
 兵頭二十八氏のブログに、今年1月に起きた、イラン革命防衛隊にイランの領海内で米海軍のリバーボート2隻が拿捕されたという恥ずべき椿事の顛末が詳しく書かれている。

 「乗員たちは、戦闘を堪える精神力をもっていないことを証明してしまったのであった。2隻は、クウェートの港からバーレインに行くはずだった。が、なぜかイランのファルシ島の沖1.5浬で停船。8人の男の乗員と1人の女の乗員が逮捕されて1晩を訊問所で過ごし、いろいろな秘密をイランに与えた。間抜け過ぎる。」

 世界に怖れられた米軍のここまでダメになったかの証拠であるから、ぜひご覧いただきたい。
http://sorceress.raindrop.jp/blog/2016/07/#a001659
 アメリカ人がここまで愚鈍になった理由はさまざまあるだろうが、「腐った肉」の食い過ぎで血液がダメになり、ついで頭がボケた実例である。



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2016年08月02日

引き裂かれたエストニア


 バルト三国の1つ、エストニアは日本人にはあまりなじみのない国である。位置関係もよく分からないし、まして首都は?と問われても、現役受験生以外は知らないだろう。(首都はタリン)
 ロシア、ドイツという大国に挟まれて苦労してきた国だ。
 そのエストニアの映画『1944 独ソ・エストニア戦線』は、第二次大戦末期の1944年の戦争を扱っている。
 エストニアでは最大のヒット映画となったそうだ。
https://www.youtube.com/watch?v=T4vpl2NBrDs

 1939年に独ソ不可侵条約が締結され、その直後に第二次世界大戦が始まる。エストニアは、あっという間にソ連軍に蹂躙され、1940年にはソ連に併合される。しかしすぐにナチ・ドイツ軍に侵攻され、ドイツ軍占領下に入れられる。

 それから約3年後、ソ連軍の反攻によってドイツ軍の敗色が濃くなっていた。その時期をテーマにした映画である。
 何が悲劇といって、エストニアはソ連に併合されると、男たちは赤軍の兵士にさせられ、ソ連に連れて行かれ、老人や女子供は捕らえられてシベリアに送られていった。

 ついでドイツ軍に占領されると、今度は残っていた男が根こそぎドイツ軍の兵士に徴用されたのである。ソ連軍の狼藉があまりにひどかったので、エストニア人たちはナチにやや協力的だったようだ。

 そして1944年、ソ連軍が反攻してきてエストニアが戦場になると、赤軍に引っ張られたエストニア人部隊と、ドイツ軍に入れられたエストニア人部隊とが戦わなければならなくなった。同じ国民同士が、恨みもないのに敵味方に分かれて殺し合うことになった。

 映画の中でもエストニア人兵士たちは「俺たちはいったい、なんのために戦っているんだ」と嘆く。
 映画前半はドイツ軍兵士となった青年カールを主人公に描き、後半は赤軍兵士になった青年ヨギを描いている。二人の青年は戦場で遭遇し、赤軍兵士がドイツ側の兵士を殺すところから、後半の赤軍兵士が主人公となっていく。

 赤軍兵士の青年ヨギは、ソ連支配下になったエストニアで命ぜられるままに、反抗的住民を駆り出してシベリア追放を行なっていた。ドイツ軍兵士になった青年カールは、家族がヨギによって家から拉致されていく様子を助けることもできずに眺めているしかなかった。その罪悪感にさいなまれながらドイツ軍の軍服を着て戦場にいる。

 そのカールは、赤軍兵士のヨギに戦闘で撃ち殺される。ヨギはカールとの縁を知らずにカールの懐にあった手紙を、首都タリンに住むカールの姉アイノに届ける。そこで手紙を読んだ姉アイノは、弟カールの苦しみを知る。一方でヨギと姉アイノはほのかに恋心を抱くようになる。

 ヨギもその後に上官の命令(ドイツ軍に入れられたエストニア人少年兵の捕虜射殺)を拒否して、射殺される。
 
 映画ではややソ連側を悪く描いている。それはそうだろう。エストニアはナチよりも、ソ連に戦後も傷めつけられ、独立をまっとうできなかったからだ。
 ナチはユダヤ人やジプシーには過酷だったが、ソ連は根こそぎ殺すかシベリア送りにした。「反ソ」というだけで、あるいは生活が豊かだというだけで、あくどいことをやった。

 エストニア人が、無理矢理ドイツ軍に入れられているのを承知で、「祖国の裏切り者」「ファシスト」と呼んで、容赦なく殺した。ナチも残酷であったが、ソ連はドイツ人より民度で甚だしく劣るから、もう理屈抜きで暴虐のかぎりを尽くす。むろんどっちも御免蒙るが、その被害を一身に浴びたのがエストニアだった。あの辺り、ポーランド、ラトビア、リトアニアも同じ目にあったのだろう。

 赤軍とドイツ軍に分かれて同胞が殺し合う。それを嫌だと言えば、自分が不服従の罪で殺される。まさに「カルネアデスの舟板」である。これは古代ギリシャの寓話から来た言葉である。「緊急避難」に関わる。
 船が難破し乗組員は全員海に溺れたが、一人の男が命からがら、壊れた船の板切れにすがりついた。そこへもう一人、同じ板につかまろうとする者が現れた。しかし、二人がつかまれば板そのものが沈んでしまう。そこで男は、後から来た者を突き飛ばして水死させた。その後、救助された男は殺人の罪で裁判にかけられたが、罪に問われなかったという。

 この映画では戦争中の話になっているが、戦後もエストニア国民はみんな苦しんだはずだ。兄弟、親類同士で敵味方に分かれ、近所にも友人にも、裏切り、密告などが残されるのだ。例えば、隣りの家には自分の息子を殺したオヤジがのうのうと暮らしているなんてことはいくらもあったろう。
 ましてソ連に併合されて1991年に独立を回復するまでは、KGBに監視され、ものも言えない社会に押し込められていた。想像を絶する過酷さだったろう。

 しかしながら、こういう小国の悲劇は世界的規模ではほとんど語られることがない。私も偶然この映画を観るまでは皆目知らなかった。
 ドイツはユダヤ大量虐殺のみならず、ポーランドやバルト三国などの知識人、軍人、ロシア人の虐殺を行い、ジプシー50万人虐殺、大量に人体実験の加え、「障害者や病人の安楽死政策、外国からの約二十万人の美少年美少女の拉致とドイツ民族化、という巨悪の山を築いた。

 だが、ユダヤ人問題だけは大々的に語られ、映画にも小説にもされてきたが、どうもユダヤ人の仕掛けの匂いが強い。
 肝心のドイツは、戦後すべてヒトラーとナチ党に責任を押し付けて国民は被害者だったと言ってトボケる。
 
 アメリカ、イギリス、フランスその他東欧も、ほとんどドイツの犯罪を問題にしない。自らも同様な戦争犯罪を規模の大小は別におこなっているからである。アメリカもナチに負けないくらい悪逆非道をやっている。だからナチのユダヤ迫害だけを問題にしてお仕舞い。

 そうした互いの積もりつもった悪事をごまかすために、EUを立ち上げたと見ることもできるのではないか。ヨーロッパは一つになって、戦争のない世界を人類史に先駆けて実現したぞと偉そうに言ったものの、第二次世界大戦一つとっても、臭いものに蓋をして逃げているのも事実である。

 ヨーロッパの土は昔から大量の血が染み込んでいる。果てはアフリカ、アメリカ大陸、インドなどまで出かけて強奪、殺戮を恣にやってきた。
 彼らは先祖の犯した残虐非道の行いを、今も見て見ぬふりをする。直視したらやってられまい。だから無理矢理、自分たちは世界をリードする先進国だと今も信じたいのである。




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2016年08月01日

負けじ魂は創るもの


 ある女性の漫画家がいる。
 『ベルサイユの薔薇』の池田理代子とか『ガラスの仮面』の美内すずえほどには売れていない。絵は上手なのだが、フィクションが描けない。身辺の出来事を取り上げて、面白く描くことは得意だそうだ。

 私の友人がその漫画家の親なので、作品を見せてもらったことがある。ネットに投稿されている。
 女性漫画家は、私の友人(親)の振る舞いをマンガにしていて、結構笑わせてくれる。だがその笑いの元は親自身なのだ。「圧倒的関西力」の持ち主で、キャラも立っている。
 孫の幼稚園では、入園式や参観日なんかに友人が行くと、娘が描いた本人が登場するので、「あ、マンガの人や」「ほんまもんやデ」と注目をあびるとか。人気がある。

 ならばと、私はちょっとアドバイスをして、実際にあったことだけではなく、もっとマンガ向けに面白いキャラクターを創りだして、4コマ漫画でもストーリーマンガでも仕立てたら人気が出るんじゃないかと、いくつか具体的な話の持っていき方を伝えたが、冒頭に記したように、自由な発想は自分にはできませんとその女性漫画家は断ってきた。
 実話をもとにしたエッセイ漫画専門なんだとか。

 この女性漫画家は、ネットのインタビューに応えて自分の生い立ちをしゃべっている。
 内気で引っ込み思案で、小学生6年間ただの一度も授業中に手を上げて自分から答えたことがない。友達も少なかった。ただひたすら、内にこもったようにして好きなマンガを描いていた。

 「どんなお母さんでしたか?」の問いに。

 「子どもに対して、全く怒らない母でした。私は物心ついたときから、ずっと絵を描くのが好きだったのですが、母は幼稚園の先生に『この子は必ず漫画家になります』とキッパリ言い切りました。先生は苦笑いしていましたが……。絵を描いてばかりで、あまり勉強せず、成績もイマイチだった私を『この子はできる子だ』と信じてくれて、高校受験のときに先生の勧めを押し切って、少しランクが上の学校を受験させてくれ、合格できました。常に私のことを誰よりも信じてくれていました」

 「極端に自分が目立ったり、人前で意見を言ったりするのが恥ずかしくて苦痛で仕方がなかった」「でもその分、自分の気持ちを表現したいことを絵や文章にするのに夢中だった。だから漫画家になれたと思う」

 さて、この不登校一歩手前みたいな少女が、いまや漫画家として自立しているのだから世の中わからんもんやデ。
 内気でも、好きこそものの上手なれでそこまでは結構なことだ。
 だが、漫画家でありながら、空想を飛翔させてフィクションを創るのが苦手とは、漫画家として致命的欠陥ではなかろうか。
 むろん小説で言えば、自分のことだけ書く私小説があるのだし、漫画でも面白く私小説風にするジャンルがあってもかまわない。でも限界があるだろう。

 ただ、この漫画家は親が育てたのである。内気で、学校でも授業中に答えもしない、でもそれで良しとしたことが、今日もなお身辺雑記を漫画にするだけで、フィクションが自由に描けない欠点を抱えるに至っている。
 絵を描いていて、勉強しなくても親が許したのだ。親がこの子は出来る子だと信じたことは、悪くはない。

 教育は子供の良い点を見て育てることで、欠点ばかり見てはいけない。これは空手の指導でも同じことだ。親が子供の将来を信じてみたことは高く評価してよい。ただ、欠点は少しはみなければならなかった。
 教師より親のほうが分かっていることはあるけれど、教師には教師の「一般性」があるものである。

 親が子供を自由放任、好き勝手にさせると、本人に優れた自覚があれば一芸に秀でるほどになることはあろうけれど、端的には「戦う魂」が育たない。自分ができないことにチャレンジする魂、負けじ魂が育たない。
 いまある等身大の自分でいい、となっていく。

 漫画でフィクションが創れないなら、創れるようになるべく努力すればいいだけのことである。だが、この女性漫画家ははじめから自分にはできない、自分向きではないとしている。この自分で壁をつくるのは親の教育のしからしめるところである。
 子供のうちから、自分にはできそうもないからと諦める認識を、親が良しとしてしまったのだ。

 おそらく、親はこの子には絵を描く才能があると思ったのだろう。それを信じてあげたのは良かったが、才能はあるものだという観念論に凝り固まった考えがつまずきの元なのだ。そうした才は自分で創るもの、努力して身につけるものとの考えがなかったから、子供の漫画を描く才に限界が来てしまった。

 やはり子供にうちから出来ることだけやって来るのではなく、できないこと、乗り越えなければならないこと乗り越える経験しておかないと、壁にぶつかったときに、よしやってやるぞという闘魂が生まれない。




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