2016年08月05日

汗をかいたら水を飲むべきか?


 昨日までは血液の構造について簡単に述べてみた。
 その関連で今日は、運動との関連を探ってみたい。昔は激しい運動をしたとき水を飲むと血液が薄くなってダメだとか、疲れるから運動中は絶対に水を飲むなと言われた。
 近年はそれが180度変わり、汗をかいて水分が減ると血液が濃くなりすぎて危険だと言われ、とにかくひっきりなしに水分を補給しろとなった。

 これは本来的には昔の「飲むな」のほうが正しくて、最近のは間違いであるが、マスゴミが言いふらしているほうが信じられてしまう。さらに言うと、熱中症の予防にはとにもかくにもこまめに水分補給をしろと、天気予報のたびにうるさく言われる。これも根本的には間違いである。

 熱中症については、本ブログ(2014年8月2日付)で取り上げた。
 http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/403055415.html
 体温調整ができない馬鹿げたカラダにしているから、熱中症にかかる。

 要するに、私たちは、運動して汗をかく構造、暑くときに汗をかく構造まではよくわかっていないのではないか。だから運動したら水を飲めが正しいのか間違いなのかの混乱が続く。熱中症にも水を飲めばいいがまかり通る。

 汗をかいたからといって、水分をガバガバと飲むと、飲んだものは処理しなければ排泄できないし、また利用もできないわけだ。われわれのカラダはスポンジじゃないんだから、吸っても放っておいたら蒸発していくわけにはいかない。
 水を飲めば細胞は必死になって細胞内の水を出すことになる。

 激しく機能をフル稼働させなければいけない。これは細胞にとっての負担になる。腎臓にも負担になる。私の道場でも、約2時間の稽古中、夏だと2リットルのペットボトルの清涼飲料水を完璧に飲み干す剛の者がいたが、よくやめておけと注意したものだった。尿にするなり汗にするなりは、細胞が働かされているのであって、先にも言ったが、水を含んだスポンジが自然に乾くようなわけにはいかない。

 マラソンランナーは、最近ではひっきりなしに水を飲む。若いうちはまだなんとかなっても、30過ぎてくるとその負担は大変なものになり、選手寿命を短くするのだ。だから高橋尚子も野口みずきも頂点を極めながら、あっという間にダメになった。ケガが原因…と言いたい向きもあろうが、ダメになった原因の大きな一つが水分の取り方を間違えたからである。

 しかもマラソンランナーの場合は、デスクワークの人の運動バランスの悪さと逆に、足は(足指は使わないが)壮絶に運動させるが、手はあまり運動させない。高橋尚子や野口みずきの腕の細さは異常なほどだった。そういうアンバランスな運動をしているところへ、ガバガバと水を飲み込んで、細胞に極端な負担をかけ続けたのだ。

 赤ん坊や年寄りはしょっちゅう水分をとるけれど、少年期や大人はどうなのか。赤ん坊と老人はそれでしゅっちゅうトイレに行くが、それで自然なのであろう。少年期や成人はそうではなくなるのである。それがどのようなカラダの構造のゆえなのかは、医学的にも未解明ではなかろうか。

 だから成人が暑いからとか運動して喉が渇くからと言って、ガバガバ水を飲むと、赤ん坊や老人でもないのに、これは異常なのだとなるのであろう。

 植物の場合も、種から芽が出て成長期(赤ん坊の時期)には水分がたくさん必要で、光合成も活発である。だが、成長が落ち着いてくればそれほど水はいらなくなり、やりすぎると却って根腐れを起こすことがある。
 例えば、メロンとかトマトは実をつけて熟れさせる段階では水を断ったほうが味が良くなるというではないか。稲もそうだ。

 この問題は、まだ私には説明できない。もう一度『看護の生理学 2』(薄井担子・瀬江千史著)「内部環境の調整」を読み返してみようと思っている。
 人体の内部環境とは、外部環境とは相対的に独立したもので、生命維持に必要な状態に保つ調整を直接に行なう機関(肝臓と腎臓)を言う。

 水分はとりわけ外部環境から取り入れて、それを内部環境の調整に重要な役割を担っている。その構造が医者もよくわかっていないことなのである。細胞分裂は常に行なわれつつ、内部環境が保たれなければならない。その際に水を飲む構造、おしっこを出す構造が解けていなければならないのだ。
 いずれまた…。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(3) | エッセイ | 更新情報をチェックする