2016年08月10日

支那は昔から医書でも嘘つきだった


 メルマガ「国際派日本人養成講座」(伊勢雅臣氏 7月10日付)では「前野良沢と杉田玄白 〜 日本初の洋書翻訳 (百日間学んだだけのオランダ語の知識で、二人は専門医学書の翻訳に挑んだ)という記事だった。
 その記事の冒頭を紹介したい。

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1.「医学の基本である人体の内部の仕組みも形態も知らず」

 明和8(1771)年3月4日、千住刑死場での腑分け(死体解剖)に立ち会った前野良沢(りょうたく)、杉田玄白(げんぱく)、中川淳庵の3人は放心したように、隅田川沿いを歩いていた。澄み切った水の流れる川筋には春の気配がただよっていたが、目を落として歩く彼らはそれには気がつかなかった。玄白が深いため息をついて言った。
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 まことに今日の腑分けは、なにもかもすべて驚き入るばかりでした。いやしくも医の業をもって主君にお仕えする身でありながら、医学の基本である人体の内部の仕組みも形態も知らず、今日まで禄(ろく)を食(は)んでいたとは面目もない次第です。
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 玄白の眼には、涙さえ浮かんでいた。「申されるとおりです」と良沢も淳庵も深くうなずいた。日本の医学は中国の五臓六腑説を基にして発展してきた。
 しかし、良沢が長崎でオランダ語をわずか百日という限られた期間で学んだ際に入手したオランダの『ターヘル・アナトミア』という医学書に出ていた人体図が、五臓六腑説とはあまりにも違うので、三人はこの腑分けに立ち会って、どちらが正しいのか、検証したのだった。

 腑分けした内臓の様子は、『ターヘル・アナトミア』の人体図そのものだった。三人は今まで学んできた中国医学が全くあてにならない事を知って愕然としたのである。

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 「解体新書」を著した偉業は世間の知るところだから、あえて取り上げるには及ぶまい。私が注目したのは、最後の「三人は今まで学んできた中国医学が全くあてにならない事を知って愕然とした」の箇所である。

 太古からわが国では支那の文化を崇める傾向が強かった。それは功罪半ばして、憧れること、追いつこうとすることは、日本文化の推進エンジンとなったことは高く評価できるが、一方で支那を信じすぎる弊害を生んだ。
 この弊害は今日なお強いように思われる。支那は正しいのではないか、なにせ日本より古くから文明が栄えたところだし、と、ましてサヨクにとっては理想の共産主義社会を日本に先んじて実現した大先輩なんだから、と。

 前野良沢も杉田玄白も、同様の支那信者だったかと思う。それが現実にブチ当たって、世界をひっくり返されたのだ。支那の「医学」なるものは、すべてデタラメだったのである。
 支那は周知のごとくに、歴史は度重なる戦乱でまさに盤根錯節、入り乱れて、貴重な本物の医学書は散逸し、代わって偽書やデタラメがあふれた。

 いにしえの医学書は日本にだけもたらされ残されていただけだった。しかしなんぼなんでも遣唐使やら遣隋使やらの時代じゃ古過ぎる。江戸時代にかろうじてもたらされた中医の書はすでにデタラメ本ばかりになっていたかと推察できる。支那人はデタラメな本を、いかにも権威あるもののごとく騙して日本人に売りつけたのだろう。
 それを江戸時代の漢方医たちは、ありがたく押し頂いていたのだ。
 前野良沢も杉田玄白もそれを信じるしかなかった。

 本当は、支那人が特異な民族で、息をするように嘘をつくゲスだと分かっていれば、もっと早くに自力で腑分けするなどして、医学を発展させ得たであろうに、支那信仰に囚われすぎたのだ。
 これは今日にも、重大な示唆を与えてくれている。
 鳩山由紀夫ごときや二階俊博ごときに見るごとく、未だに支那を崇めるアホが存在する。評論家では媚中・副島隆彦も。

 現代の政治家や官僚、評論家どもは、前野良沢も杉田玄白が流した涙の意味が伝わっていない。オランダの『ターヘル・アナトミア』の翻訳の偉業ばかりに目が行って、日本人に詐欺を働いた支那蛮族への反省がない。
 媚中・副島隆彦に代表されるように、支那様がいうなら、「南京大虐殺」はあったことにし、通州事件には言及しない卑劣をあえてする。

 前野良沢も杉田玄白も、支那がどれほど嘘を平気でつく連中かを知って「愕然とした」のである。支那の医書を少しでも疑っていれば、死なせなくて済んだ患者がいたことに深い衝撃を受けたのだ。
 オランダ医学書のほうが実物の解剖にあっていると知ったからとだけ見てはなるまい。
 そういうデタラメを平気でやらかし、自力で医学を進歩させる「民度」すらないあの民族には、科学はできない、技術も生み出せない。

 人様の成果を盗み、奪っては、あとになってこれは自分たちの成果だと、これまた嘘を平気でつく。こんな民度の連中を媚中副島は称讃し、これからは支那が世界覇権国になると言い切った。それが崩壊しようとしていても、なおしらばっくれている。
 謙虚さのかけらもないのは、やはり支那に媚びることで評論して飯を食ってきたからだろう。

 以下、余談。伊勢雅臣師のメルマガにあった文。
 「日本語にはまったく存在しない人体各部の単語もたくさん出てきた。たとえば「視聴、言動を主(つかさど)り、且つ痛痒(つうよう)、寒熱を知る」という"Zenuw"なる器官は神秘的なので「神経」という訳語をあてた。」

 とある。

 今日、私たちが当たり前のように用いる「神経」は、前野や杉田の造語だったのか。してみると、オランダにも「神経」という言葉できちんと概念定義されていなかったものを、彼らが一語でいわば認識を締めたのである。空手や柔道で譬えれば「一本!」というところだ。
 当然、当時は「交感神経」「副交感神経」の区別もなく、概念語も存在しなかったのだろう。

 彼らがこうした「神経」なる言葉を創りだせたのには、東洋医学での「経絡」という概念と単語があったから、その類推だったのだろうか。事物事象をずばり漢語で概念規定できる「技」はおそらく支那から学んだいわばノウハウだった点では恩恵を蒙っている。しかし何でも二重構造だから、その概念規定の見事さを発揮する一方で、単語にしてしまうと安心しきってしまうというか、国語力でわかってしまう弊害を生んでいるようにも思える。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする