2016年08月26日

リオ五輪はやるべきではなかった


 オリンピックが行なわれたリオデジャネイロでは、普段から治安が著しく悪いのに、五輪で観光客が増加したのを受けて、犯罪も急増した。
 もはや警察だけではどうにもならないとは、開催前から言われたことなのに、JOCもメディアも能天気そのものだった。

 日本選手を応援に行きたい気持ちはわかるが、危険と隣りあわせでは、軽はずみな行為である。
 犯罪増加率は人口増加率を上回っている。リオデジャネイロの街は犯罪の横行することでもはや有名。リオは治安の悪さで有名なブラジル平均の10倍になると言われる。

 政治家たちは、選挙のときだけ俺が治安を回復させると言うらしいが、当選すれば忘れてしまい、元の木阿弥。有権者もたいして関心を寄せない。治安の悪いことに慣れきっている。

 こんな腐敗した国で五輪をやることになったのは不思議である。きっと裏で巨額の金がまかれたにちがいない。建設業者からマフィアに金が流れる。
 東京でも組織委員会や都議、それに森喜朗らが利権を握って同じ事をやろうとしていた。舛添もその一味だった。しかし舛添は韓国人学校建設という国益に反することをやろうとして、つまずいた。森らにしてみれば、想定外の事態だったろう。

 さて、小池新知事がストップをかけられるかどうか。

 リオ五輪に関しては、媚中・副島隆彦がかつてオリンピックは、ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア、アジア(東京、ソウル、北京)でやったのだから、途上国に渡すべきだと言い、リオでやるべきだと主張していた。まだやったことのない、南米、アフリカなどで実施すればよく、東京なんか立候補するなと吼えていた。

 どこまでバカなんだろう? リオが治安が悪く、政情も不安定なことを、彼は知らなかったのか? 
 市電にはライフルを持った警官が必ず乗り込んでいる、恐ろしい土地である。
 オリンピック中にも会場の不備は続出した。そうなることは分かり切っていた。あの一見享楽的で明るい民族性に見えるブラジルが、いかに恐ろしい国かよくわかったではないか。
 媚中・副島のこの無責任にはほとほと呆れた…という次第。

 ついでに言うが、リオを見下ろす山の上に巨大なキリストの像が造られている。日本のテレビではあれがリオの象徴とでも思ったのかニュースのたびにあのキリスト像を映していたが、ただのグロテスクで、アホかというものであった。キリスト様がリオの市民を守っているのなら、なぜ恐ろしい犯罪社会が出現しているのかな?




posted by 心に青雲 at 03:00| 東京 ☁| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする