2016年08月27日

『U.N.エージェント』のリアリティ


 『U.N.エージェント』は、2008年のフランス・ポーランド・イタリア合作のテレビ映画であった。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争において1995年7月に起きたスレブレニツァの虐殺を題材としている。
 題名の「U.N.」は国連のことである。国連代理人というほどの意味か。
 スレブレニツァは国連が保護する「安全地帯」に指定されていた。
 しかしセルビア軍(スルプスカ軍)が侵攻し、8,000人を超えるムスリム人(ボシュニャク人)が消息を絶った。

 旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ、ハーグ)は事態を察知し、フランス人捜査官ジャックを派遣する。捜査を開始した主人公のジャックは、しだいにスルプスカ共和国軍によるムスリム男性への大虐殺を知っていく。
 それは想像を超えた憎しみの惨劇であった。ジャックが真相を暴こうとするのを、共和国軍は隠蔽しようとし、同軍を支持するセルビア人勢力のムスリムへの怨嗟と抵抗にあう。

 遠い地にいるわれわれには、複雑過ぎて関係がわかりにくい。どちらが先に虐殺(民族浄化)を始めたのかわからないが、やったらやり返すの連鎖で混沌としている。
 スレブレニツァの虐殺は実話であるが、日本では果たして報道されたのかどうか。
 警察官の主人公がさまざまな脅しと、国連機関の無責任と官僚体質にも屈せず証拠を集め、正義を貫かなければ8000もの遺体は見つけることができたどうか。

 1メートルも深いところで遺体を掘り出すのは大変な苦労で、冬場は重機でも掘れない。発掘すると辺りは異臭に充ち、監察医たちが遺体を丁寧に掘り起こす作業には頭が下がる。うっかり間違えばいたるところに地雷が仕掛けてある。
 こうした映画は、日本人には好まれない。

 はなから、暗い話は嫌、怖いのは見たくない、戦争は嫌い、となって受けつけない人が多かろう。だから憲法9条を守らなければ、という話に流れこむ。その点でヨーロッパの人たちは、戦争に明け暮れていたから、まだしも歴史を逃げることなく直視する姿勢がある。
 わが国では、戦艦大和も零戦も知らない若い世代が増えているとか。情けない話である。

 今年も8月15日の敗戦の日に、戦没者追悼式典が行なわれ、マスゴミが挙げて「不戦の誓い、新た」だの「不戦の決意、固く」などと、間抜けなタイトルをつけて大仰に報道する。
 支那は通州事件、正定事件などを起こしたうえに、不当に上海事件や盧溝橋事件などを起こして日本を戦争に引きずり込み、アメリカは捕虜を殺し、空襲と原爆投下で非戦闘員を殺戮したことこそ「忘れまじ」であるのが8月15日であるのに、反日サヨクは米英露韓支などにおべんちゃらを言って、日本は悪かった、といい募る。

 しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ほどの悲惨なことを経験した人たちは、お互いに忘れることなどできないし、自分たちが悪うございました、となるわけがない。今もこじれにこじれた人間関係が続いている。いかに他民族や他宗教への憎悪を抑えて生きなければいけないか、になっていく。

 もし、ムスリムが9条みたいなアホな憲法を制定したら、とたんにキリスト教徒に襲いかかられるだろう。そしてまた屍体の山が築かれる。
 それが現実というものだと、彼らはたくさんの血が流れたことでやっと知るのである。

 余談ながら、このテレビ映画の主人公ジャックは、やたらにメガネをとったり外したりして、うっとうしいったらなかった。監督の演出なんだろうが、遠近両方に焦点が合わないなら「遠近両用メガネ」をかけてほしいものだ。でもどうもそうではないらしい、癖みたいに、取ったり付けたりをくり返す。

 しかもメガネというものは片手で取ったり外したりすると、すぐに歪んでくるもので、必ず両手で扱うべきである。主人公は格好をつけて片手でやっていたが、アホか。
 「もう止めてくれ」と言いたくなった。映像に集中できない。

 話を戻すと、私はこの作品を見ながらどうしても日本の未来を考えざるを得なかった。日本にも、在日韓国人や在日支那人という、日本人に敵対する集団がいる。まかり間違えば、彼らが牙を剥いて日本人に襲いかかる事態もあり得る。関東大震災や阪神大震災においてあったことである。彼らには日本人への不当極まる憎悪がある以上、これは極めて危険を孕んだ状態である。

 スレブレニツァの虐殺は、対岸の火事ではない。在日なら、武器を待たせれば日本人殺戮にまっしぐらに進むにちがいない。
 逆に日本人が在日を報復で殺す事態もないとは言えない。そうすると殺し合いの連鎖になる。
 それを防ぐ法律が日本には何もない。

 互いの怨嗟は百年では治まらない。だから在日に特権を与えてのうのうと暮らさせ、ルーピー鳩山みたいに日本は日本人だけの国土じゃないなどとタワケを言っているのは大間違いで、できるだけすみやかに本国へ帰えらせるべきである。

 この『U.N.エージェント』でも冒頭に、スルプスカ軍が街中に砲弾を撃ち込み、無抵抗な市民が逃げ惑うシーンがある。国連軍が「監視」しているが、侵攻軍の攻撃を止められず、手も足も出ない。指揮官は国連軍がスルプスカ軍を空爆してくれなければ潰滅だと言って、支援を要請するが、国連軍本部は「われわれに応戦する権限はない」というばかりである。

 これは事実であった。だから小沢一郎なんかが自衛隊を解散して国連軍に入れてしまえなどというのは、まったく間違いである。もし、支那軍とか韓国軍が日本に侵攻して来ても、日本には交戦権がないのだから、自衛隊も何もできない。国連を頼っても、なにせ支那は五大理事国だから拒否権を持っている。国連軍が日本に助けに来るわけがない。来ても何の権限もない「監視」役であろう。

 常任理事国は、みんなユダヤの手先なのだし、戦争で儲けている連中だから、一般市民を救うなんてことは二の次である。
 そういうことが、こうした事実をもとにした映画からわかるのだ。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする