2016年08月30日

敬語の美と誇り(2/3)


《2》
 大阪は商人の街であって、武家の伝統をむしろ嫌っていた風土であったからだろう。商業はどうしても伝統や慣習に否定的になる。
 なんだかんだ言っても、敬語はもとは封建制のなかで創られ、維持されてきた言葉遣いだろうから、譬えていえば「静的」であって、伝統、格式を崩すことを嫌う。一方、商業はモノとカネが始終動いていて「動的」である。へたをすれば1分1秒の遅れが命取りになりかねない。

 例えばヨーロッパの主たる文字はアルファベットだが、これはフェニキュア人が貿易・商業活動と直接にヨーロッパに広めたものである。最初から文字が商業と深く結びついていた。言ってみれば商売上の記号みたいなものがアルファベットである。アルファベットとそれぞれの国の言語、ドイツ語やフランス語は違うけれども、彼ら欧州人の認識が(いわば)アルファベットを選び、ドイツ語やフランス語を選んだのだ。
 だからこそアルファベットを文字としたヨーロッパの国々は、敬語なんかどうでも良くなり、まあ偉い人には「サー」でも付けておけばいいと割り切ったのではあるまいか。

 林秀彦氏は『失われた日本語、失われた日本』あるいは『海ゆかば、山ゆかば』などで、日本文化は「質」の文化であり、欧米は「量」の文化だと説いている。あるいは日本語は「情語」であるとも言う。その決定的違いは、商業・貿易との関わりにあったのではないか。

 なにしろヨーロッパは、資本主義を生んだ土地である。資本主義は中世の十字軍騒動によって封建制がなし崩しに消滅し、商業が劇的に発展して誕生したものだったから、文化そのものも同時に量質転化して封建的なものが消えた。

 しかし日本はそうではなかった。明治になって、封建的な身分関係は消えても、上下関係を大事にする文化は敬語を遣うことによってある程度残された。とくに江戸の武家階級の常用語を全国の標準語としたために、良質の敬語、上品な武家の所作は言葉遣いとともに、全国標準となっていったのだ。

 ところが大阪はちょっと違う。商業都市なので、言葉の感覚が武家言葉と相容れないところがあるように思う。いってみれば、フェニキュア人的な感覚なのではないか。大阪弁もむろん日本語だから「情語」ではあるけれど、格式や品格、伝統、誇りなどは軽視され、言葉は役に立てばよいと割り切るのではないか。上方お笑い芸は、要するに言葉も商売のタネ、売り物、そういう感覚がする。
 どうも上方は、言葉は道具でしかなく、東京では道具というより心、というニュアンスが強いように思うのだ。

 以前、ある方からコメントをいただき、大阪人の性格をみごとに射抜いた考察を読ませていただいた。大阪人は常に人の優位に立とうとする云々という説は、見事だと思う。この方は名古屋の女性で、以下に紹介する。

     *     *

 大阪の方って何でも勝ち負けにこだわるところから始まってる気がします。見た目が悪かろうが頭が悪かろうが自画自賛しないとやって行けない世界のように思えます。相手に丁寧語なんぞ使っていたら下に思われる、すなわち負け、みたいな考え方の方が多いように思います。
 むかしの漫才の横山やすしさんみたいなケンカ必勝法とかいう理論で、初対面でも「あんた太りすぎや」「ぶっさいくやな〜」などと相手が傷つくようなことを言って自分が優位に立つ、みたいな会話法を使われる方もいらっしゃいます。

 余り大昔の事はわからないのですが、大阪は最近になって言葉が乱れたのではなく、とにかくなんでも相手の優位に立たないと下に思われて負け、みたいな風潮が土台に有るように思われます。殺伐としていて私は嫌ですが、亀田一家などはそういう風に育って来てほかの地域の事などは知らないで着ているのではないでしょうか?
 
 松坂慶子と答えてしまうおばちゃんも、自分をとにかく優位にいいものに見せようという考えからではないでしょうか。それも、自分から言い出したのでは流石に図々し過ぎるかも知れませんが、相手が松坂慶子さんですか? と聞いてきているのですから。そのくらいの糞度胸(?)がないと生きて行けない、関東とは全く違った場所であるから言葉も違うのではないでしょうか。

     *     *

 それに大阪は昔(江戸時代)から朝鮮人が多く、維新後も多くの朝鮮人が住み着いてきたところから、日本文化を尊重したくない思いがあったのであろうか。庶民社会ではそれが相互浸透して、独自の庶民文化圏となったと思われる。

 私は以前ある会社で客のクレームを処理する担当をしたことがある。無料の0120でかかってくるのだが、交換嬢のアナウンスが流れ、かけてきた地域(市)がどこかを言う。それから応対するのだが、大阪の街の名前が告げられると、正直うんざりしたものであった。

 日本全国いろいろな地域からクレームはくるが、大阪は尋常ではなかった。普通は、もし商品に傷があったりすれば、お詫びして返品を受けつけ、別の商品を発送するか代金を返して、一件落着するものだが、大阪の人はそうはいかない。初めからけんか腰というかゾンザイな口をきいてきて、要求が激しい。例えばパッケージが破れていたから代わりの商品を送れまではいいが、クレームをつけた商品は返さないし弁償金も取ろうとする。

 どこの会社でも苦情対応の部署では、大阪人からの苦情で担当者が泣かされていることだろう。人によるのだろうが、なべて大阪はそうだ。苦情を言うにも礼儀はあって、丁寧語は使うべきものだが、大阪人は一方的に方言丸出しでまくしたてる人が多かった。

 大阪人にとってはクレームをつけるときの言葉は自分の要求が通りさえすればいいものである。だから大阪人にとって言葉は道具である。東京はクレームをつけるときでさえ、相手の心とか立場を意識してしまう。情をこめて言う。むろんこれとて一般的には、ということであって、東京人だってひどい言葉遣いの人はいるし、大阪に上品な人はいるのだが。

 最近はどの都市もゴチャゴチャになってきたが、例えば九州の福岡と博多は画然と違った。博多は商業の街、福岡は城下町で武家の街だったから、自ずと言葉遣いが違う。城下町の人は武家でなくても言葉遣いに気を遣い、それを誇りにしていた。商業は政治的な活動に比べて、動きが激しい。

 日々、カネ勘定で必死になる。ゆったりと敬語をつかって会話する余裕がないためか、商人は言葉が荒くなる。今でも例えばやっちゃ場(市場)に行けば、売り買いが激しく動き、高級住宅街のマダムみたいな悠長な会話はしていられない、という例で大阪の特殊性をわかっていただけるだろう。
 こう書くと、またしても、偏見だとしか捉えない大阪人がいるのだろうが。

 敬語はいかにも歴史的に見れば、封建制の名残りかもしれない。下々がお上にもの申すときにつかったからそれがいわば洗練されてきたのであろう。強いられた言葉といえないこともなかろう。しかし、日本のような農耕民族が中心の国で、しかも長く被差別部落が形成され、奴隷状態が続いた国では、支配者に歯向かうことはなかった。

 その理由の一つは、日本人が肉食ではなかったから、肉食の白人どものように簡単にはキレることはなく、キレたら大変(百姓一揆なんか起こしたら皆殺しにされる)であることを承知していたからだという。だから上下関係においては、上手に敬語をあやつって、ある意味、支配者がキレないようおだてていたとも言えるのではないか。被支配者層の知恵とも言えるかもしれない。

 しかしながら、今日における敬語の意味はもう封建領主へのへりくだりのための言葉遣いではない。敬語はアウフヘーベンされてきている。封建的身分制度という形式は壊して、中身をすくい取り、もっと大事な人間の心の交流に役立てるようになってきたのだ。だから庶民同士でも敬い、丁寧に語るべく敬語がつかわれる。私はさらにその上の、新たな文化としての敬語を創造すべきだと思っているのだ。
 その人間の新たな心の交流の中身に関しては次回に。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする