2016年10月31日

放射能は健康状態が良ければ心配はいらない


 福島原発事故による放射能汚染問題が、あれから5年半経つのに依然として蒸し返される。先日もある方から、東京も放射能がひどいと聞くけれど、どうなのでしょうか、と尋ねられた。
 本ブログでは震災発生直後から、食事をまともにしていれば被爆の障碍はさほど心配はないだろうと書いてきた。

 原発事故のあとわが組織においても会員に通達があって、「何も心配することはない。健康状態が良ければ何ら問題はない」とのことだった。
 マスゴミも関係者も、放射能の数値が基準値を超えたの超えないのとしか言わないのは弁証法のイロハすら知らない愚かさである。
 放射能だけでは片手落ちで、対象となる人間のほうの条件とが対立物の統一として、病気が発現するかどうかになる。

 きちんとした食生活を中心に、健康的な暮らしをしていれば、よほど原爆にでもやられないかぎりは、騒ぐことではない。
 国民がみんな健康な生活を送ることが、危機管理の一つであろう。放射能被害における対立物の統一を知らない向きは、今も不安でたまらぬであろうが…。
 本来なら国家が、正しいメッセージを発すべきであろうに、当時の民主党政権は責任逃れを画策し、菅直人が収拾能力の覚束ない東電に当たり散らしているだけとは呆れてものも言えなかった。

 生命体は単細胞時代においても地球環境が毒だらけ、かつ放射能だらけの中を生き抜いたのだ。耐え抜くDNAは持っている。放射能も同じこと。私も、よほど放射線を瞬時かつ大量に浴びないかぎりはなんとかなるのだろうと思っていた。
 長崎の原爆のときに、塩と味噌を食べろと命じた医師がいて、そのとおりにしたら原爆症から免れたという話がある。それを提唱した医師は秋月辰一郎だった。その通りだと思う。

 簡単に言えば、玄米、天塩、味噌で原爆症は防げるはずだ。実際、チェルノブイリ原発事故のあと、当時のソ連では日本から味噌を輸入して住民に配ったそうだ。この場合はダシをとらなくても、湯または水で味噌を溶いたスープでよろしい。

 ただそれは経験主義での成果であって、本来的にはしっかりとした科学的根拠でそれを説かねばならないのである。それを手短に述べれば、生命体には放射能をも無力化するDNAがあるのであり、地球から離れた無理な人工的な生活で五体を歪め、毒されなければ、優秀なDNAが対処してくれるのである。

 病院の診療放射線技師は、レントゲンを扱うから癌の発生率が高いとか不能になるとか噂があったが、そんなことは嘘である。被爆量は管理しているし、どうってことはない。それよりいつも高高度を飛んでいるパイロットやCAのほうが宇宙からの被爆量は多いけれど、やはりだから癌が多いこともない。

 ヒポクラテスは「人間の体には100人の名医がいる」と言ったそうだが、その通りなのだ。
 「塩と玄米と味噌汁が、放射能の害から命を守った」この一見、簡単そうに思えることの中に、実は深い意味が隠されていたのだ。 
 その深い意味とは、太古の生命体誕生のころのDNAにある。今のわれわれ人間も、猛毒や放射能と戦った単細胞のDNAを組み込んであるから、なのである。

 マスメディアの論調、および医師や専門家どものおかしさは、受け取る人間の側の条件をいっさい無視していることである。何事も条件次第なのだとは、三浦さん弁証法でも説いていることなのに、科学者の誰も解明できていない。
 ○○シーベルト以上だと、一律に人間は死ぬなんてバカなことはないはずなのに、いたずらに恐怖を煽っている。この問題、「直線仮説」については、明日からのブログで詳しく説きたい。

 以下は以前に書いたブログ記事「玄米なら中国製品も怖くない」で、その一部再録する。
        *         *        *

 1961年3月に三重県名張市で毒ぶどう酒事件というのが起きた。公民館に生活改善クラブの集会で集まった女性たちが飲んだ白ワインに農薬が混入されていて、15人が急性中毒の症状を訴え、うち5人が死亡した事件であった。
 農薬入りのぶどう酒を飲んだ人はバタバタと倒れたが、中にぶどう酒を飲みながらなんともなかった人がいた。飲んだけれどもすぐ吐いたため無事だったのである。この女性は妊娠中だったが、実は玄米菜食を実践していた。なんの被害も受けずに赤ちゃんを出産している。

 広島で原爆を受け、重い原爆症で助からないと言われた人が、玄米食をまじめに実行して数年で完治した例もいくつもある。わが流派の最高幹部もチェルノブイリ原発事故のあと、たとえ被爆しても食事さえきちんとしていたら、被爆者の半分は助かるだろうに、とおっしゃっていた。
 だから、中華毒ギョーザを食っても、玄米菜食を実践していたら、すぐに吐いて無事だったか、食べてもたいしたことにはならなかったであろう。重体になった人は、おそらく白米や白パンを食べていたにちがいない。

       *          *          *
 そういうことだから、健康状態に留意していれば内部被爆についてもいたずらに恐れることはないはずである。
 災害があると、被災地の人たちがカップラーメンだの白米おにぎりだの菓子パンなどを召し上がっているのは大変気になる。放射能汚染がないなら一時的に体によくない食事でも耐え抜けるだろうが、汚染地区はあんなジャンクフードを食べていたらひとたまりもあるまい。

 毎日、ハンバーガーなどのジャンクフードや、牛丼、コンビニで買った食品添加物山盛りのレトルト食品ばかりで食事をすませ、外食で、焼肉やおいしいグルメの食べ歩きばかりしていて、さらには、とくにソフトドリンクや甘いものには目がないときたら、そういう人たちは、放射能汚染によって被爆でもしたら、原爆症になりやすいのではあるまいか。しかしそれを栄養士も栄養学者も言わない。関係ないとみんなが思っているようだが、とんでもない間違いである。

 栄養士だけではない。建築家だって、高層マンションに暮らすよりは地上に近い木造住宅に住むことで、原爆症の程度が違ってきますよ、ということくらいは言うべきであろう。
 また服飾デザイナーにしても、化学繊維の下着ではなく、木綿や絹の下着をつけているなら、被爆の害も少なくてすむぐらいの注意喚起くらいは出来なければなるまいに。




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2016年10月29日

落語ふう長屋の時事放談(北朝鮮篇)


八っつあん:ちわ〜っす。どうもご隠居、毎度ごやっかいに…。
ご隠居:おう、久しぶりだな。ま、上がって茶でも飲んでいけ。
八:北朝鮮がじゃんじゃんミサイルは打つわ、核実験はするわ。何考えてんでやんしょうねえ。
ご隠居:国家が自存のために核を持ち、ミサイルを開発するのは一般論としては別に当たり前のことだ。

八:えッ!? しかし世界中が北の核開発も長距離ミサイルの開発も非難しているじゃありませんか。国連も非難決議をしているし。
ご隠居:今言ったように、軍事力を持つことはどこの国にも認められている権利だろ。それを自分で勝手に軍事力は放棄しますの、交戦権はなしにしました、外国のみなさんに何があっても信頼してます、というアホンダラをやっているのは日本だけ。

八:じゃあ何で国連は「非難決議」って…。
ご隠居:それはな簡単なことでな、米英露仏支の常任理事国にとっては、テメエたちだけで核兵器を独占して、持たない国を脅したいから後進国に核を持たせないのだ。それとオバマがやっているように、引退後にカネを稼ごうとして、反核をやっている利権集団に媚を呈しておきたいんだよ。

 核の拡散に反対、核を廃絶しようと言えば、うっかりしてノーベル平和賞をもらえるかもだし、世界各地で講演をして歩ける。
 国連職員も、各国の国連担当者も、そうやって、ほとんど無意味なのに仕事をつくって、お給料をもらっているのさ。

八:う〜む、そうですか。で、日本ですけどね憲法で陸海空軍その他の戦力はこれを放棄するとなってるのに、自衛隊があるってのは、誰が考えたっておかしいんですけど。でも日本は永久平和主義を宣言しているんだから、北朝鮮に核を持つなと言う資格はあるのでは?
ご隠居:それなら、なぜ日本は世界の核保有国全部を非難して、かつ経済制裁をしないんだ? ワシントンにでも北京にでも行って、核を放棄するよう言ってこい。ただ、「核廃絶」を祈っているだけのバカ丸出しで、なんにもしない。

 八:でもその理念はいいんじゃないんですか? 核廃絶は世界中の悲願なんですから。
ご隠居:それを夢物語、愚か者の妄想という。現実をまったく見ない間抜けだ。アメリカも支那も、北朝鮮も、核やミサイルで日本を脅しているじゃないか。暴力団の兄ちゃんが家の前に来て、家を明け渡せと拳銃突きつけて脅してきている最中に、世の中から拳銃をなくしましょうと虚空に向かって叫んでいるのと同じだ。

 また、日本のサヨクは北朝鮮の核開発には文句を言わないだろ。昨年夏に「安保法制=戦争法案」と絶叫していた連中も、戦争反対ならなんで北の核開発に反対しないんだ? 認めているんだろ。ならば日本が核開発してもいいじゃないか。ところがそれは駄目って、何?

 八:でも、北の核兵器や長距離弾道弾は日本にとって脅威でしょう?
ご隠居:言うまでもない。だから日本も核武装するしかないんだよ。それに害務省も無能、政治家も無能、だから「抗議」するだけ、「遺憾」と述べるだけ。世界中からバカにされる。

八:たしかにねえ。東京都の木っ端役人が豊洲市場移転の件で、誰もが口裏を合わせて盛り土をしなかったことを、「聞いてない」「知らなかった」「前に決まっていることを後ろにつないだだけ」と、シラをきり通すのと同じ。周辺国の脅威はないこととして代々送ってきているから、無責任がまかり通っている。
ご隠居:そうだ。日本は平和主義です、専守防衛ですと前の人が決めたから、あとはどう情勢が変化しようとも考えもしない。しずかに事勿れ主義で、定年後の天下りを待つだけ。

八:でもご隠居、北による日本人拉致は犯罪でしょうに? 
ご隠居:それと核開発は一緒にしてはいけない。拉致は侵略行為である。断固同胞を救出するために戦わなければいけない。
 もう一度言うが、核開発を非難するなら核保有国全部を非難するか、国連を脱退するか、経済制裁を日本独自で実施するかである。あるいは日本が核武装して北や支那に対抗するかだ。
 拉致は国家主権の侵害であるし、力づくでも同胞を取り返すべきなんだよ。

八:この間、虎ノ門ニュースで青山繁晴さんが、拉致事件解決のために安倍政権は北朝鮮の「裏貿易」を止めようとしていると言っていましたね。安倍さんが支那以外の世界中を飛び回って、当該国に対して北との貿易や、北の労働者受け入れを止めるよう圧力をかけているというんです。
 ロシアとか中央アジアのイスラム国なんかは、手先の器用な北朝鮮人を重宝しているって。だからそれを締め出させる工作をしているらしい。
ご隠居:そうらしいね。まだ詳しいことは極秘なんだろうが、期待したいね。

八:まずは北朝鮮系の在日の追放です。総連も息の根を止めないと。しかし総連に敵対すると自民党議員で奴らとズブズブの卑劣漢がぞろぞろ出てきて困るからなんでしょうかね。自民党を信用してたら、北とツーカーの議員がいたとなれば、次の選挙で大敗しかねない。そうなるとまた無能なくせに北や支那の言いなりになる元民主党や共産党が躍進してしまって、さらに拉致解決ができなくなる…。
ご隠居:そのとおりでしょ。どっちも人間の屑。



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2016年10月28日

「テネシーワルツ」考(2/2)


《2》
 さて、話を原詩と日本語訳に戻そう。
 原詩は、友達に自分の恋人をこうやって奪われたと意味明瞭である。それが日本の訳にすると、その意味がぼやかされ、どうとでもとれるキレイごとの歌になる。
 もっとも英語の歌詞は、男が歌えば男の立場で女性の恋人が男友達に盗まれたになり、女が歌えば女友達に彼氏を盗まれた、になる。
 歌詞の「I introduced her」を、himと一ヶ所だけ言葉を変えれば、失った恋人が女性になったり男性になったりする。アホな歌詞でもある。ポピュラーソングだから、こんなレベルなのだろう。

 それはさておき、「テネシーワルツ」だけではなかろうが、英語の歌と、日本語訳の隔絶した中身の違いには考えさせられる。
 林秀彦さんの『911・考えない・日本人』(成甲書房)には、こういう考察がある。
 「私たち日本人は意味のない世界に生息している不思議な生物である。」として、その意味するところを説いておられる。

 英語、フランス語、ドイツ語などは意味語であるが、日本語は「味語」「味表現」でしかない、と。秀逸な表現だ。
 よく言われることだが、日本語は主語がない表現が圧倒的である。広島の原爆死没者慰霊碑のあまりにも有名かつ愚劣な「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませんから」がそうだ。
 日本語は日本人の認識がそうであるからだが、主体(主観)と客体(客観)の区別がつかない。

 林さんは「自問自答になる」と説いている。広島原爆碑の「過ちは繰り返しません」がまさにそうである。主体のない決意って何? である。弁証法的にいえば「即自」でしかなく、「即自対自」になれないのが日本人なのだ。
 ついでながら「過ちは繰り返しません」の動詞だけでなく、名詞になっても同様である。「原爆死没者慰霊碑」と書いたが、正式には「広島平和都市記念碑」である。「死没者」もあいまいだが、原爆を意味する碑が「平和都市記念」とはまるで意味をなさない。

 即自で慈善行為も考えてしまうから、自分の行為が正しいと思えればそれでいいじゃないか、何の文句がある! になる。他人が奸計を巡らせてあなたの財布からカネを巻き上げようとしているとは思いたくない。

(「即自とは、自分が自分であることがわかっていない状態、自分と他人との区別がつかないレベルをいい、対自とは相手と自分の区別がつくようになったレベルをいう。端的には、幼児レベルを即自といい、三歳くらいから対自的に目覚めていくことになる。」(南郷継正著『武道講義 第4巻 武道と弁証法の理論』)
 さらに、「即自対自」とは、「それを踏まえて自分はこうしなければならない」というときのことを言うと、同じく南郷先生は説かれる。)

 慈善行為を「私が(主体)」、「あなたに(客体)」、「施しをする(目的)」というように、論理的に考えて慈善行為をしていない。あいまいなまま寄付をする。

 江利チエミの「テネシーワルツ」の和訳をもう一度見てほしい。
 「さりにし夢 あのテネシーワルツ なつかし愛のうた 面影しのんで今宵も歌う うるわしテネシーワルツ」
 何も「意味」がないでしょ。「さりにし夢」ってどんな夢なの、誰の、それが何なの。「愛の歌」って、誰がそう思ったのさ、誰が誰に愛なの? 「面影」って誰の、なぜ今夜も歌うの? テネシーワルツが「うるわしい」とはどういうこと? 麗しい(愛しい)とは、親しみがあるとか、いとしいとかの意味だろうが、なんでいきなりテネシーワルツがそう褒められるの?

 と、意味を探ろうとすると、全部手から水がこぼれるように、何もすくえない。林さんが説くごとく、日本語はかくも「味語」なのである。なんとなく「味」らしきものをそれぞれの聴き手が感じるに任せている。なんだか明るい歌だわね、恋っぽい感じがいいわ、なんて訳がわからん…。
 欧米人はそんな歌にはしないのであろう。
 もし私のようにこんなポピュラーソングでも、なぜ? どういうこと? 誰が?などと「意味」を追及したら、みんなに嫌われる。なんでそんなに理屈っぽいことばかり言う、と白い目で見られるのは確実だ。いいじゃないの、歌が良ければ、って、なんのことだか分からぬ結末になる。

 だから慈善行為について、なぜ? どうなるのか? そもそもどんな経緯で始まったか?などと追及するのをみんな嫌う。 

 林秀彦さんは、欧米人と会話すると、「相手の言っている意味が百パーセントわかり、自分の話の内容は相手に百パーセント伝わっている」と言う。しかし、林さんがオーストラリアから日本に戻って3年、日本人と会話をしたが、「意味はまるで流れ合っていなかった。意味の交換はなかった。言葉から意味が失われていた。音だけが飛び交っていた。なぜなら交換し合っていたのは、ミーニングではなく、味、テイストだったからだ。」

 日本語はだから実に不安定な言葉で、それが古典はいうに及ばず、昭和初期の文章ですらもう読めなくなってしまう。日本人は「いつ消えてなくなるかわからない味言葉を使って、意味の交換をしている」となる。
 これは重大な指摘である。さすがである。
 これを読んで私は、低レベルではあるが、「テネシーワルツ」の原詩(英語)が意味が通っているのに、日本語の訳詩(?)になると意味不明になる謎が解けたのだ。

 そこから展開して林さんは、911の陰謀の「意味」を日本人が理解することはできず、アメリカの言うことを鵜呑みにするしかないと説いていくのだ。
 ちなみにYouTubeで、藤田幸久議員が国会で911の疑惑を取り上げている場面を見ていただきたいが、当時の高村外相や石波防衛相らの答弁がこれまた全然「意味」をなしていない言語なのだ。アホ面をさらしている。国会のやりとりはなべてそうではあるが…。
http://jp.youtube.com/watch?v=VtvulJId4sI&feature=related

 「テネシーワルツ」は、えげつない中身である。しかし意味は明白だ。ところが日本人なら、こんな意味明瞭なえげつない詩にしない。美空ひばりの「酒は涙かためいきか」になってしまう。彼氏にふられても、「これも定めなのね」「私が至らないばっかりに」「心の憂さはどこに捨てましょう…」「せつないわ」「歌を忘れたカナリアはお船に乗せればいいのかしら」と、こうなる。意味がない。理屈もない。ムードだけ。歌謡曲は今も昔もこんなものばかり。

 だから反省にならない。反省がないから過去や歴史に学ばない。悲しい気分にひたるだけ。
 だから支那、韓国、アメリカなどにもっと謝れと言われると、そうだもっと謝ろう、となる。事実を確かめることはしない。悲しい、申し訳ない気分にひたるだけ。
 それで林秀彦さんの言うように、意味語ではなく、味語に終始する。ムード=気分に酔う。




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2016年10月27日

「テネシーワルツ」考(1/2)


《1》
 本稿は、2009年にブログに書いた文章の再録である。

 「テネシーワルツ」は終戦直後につくられたアメリカのポピュラーソングで、今でも人気が高く、日本では最近、綾戸智恵(智絵)がジャズ・ボーカルで歌っている。
 1950年にパティ・ペイジ(Patti Page)が歌って大ヒットし、世界的なミリオンセラーとなった。それを日本で、当時(1952年)14歳の江利チエミが歌って大ヒットし、美空ひばり、雪村いずみとともに「三人娘」と言われるほど一世風靡した。

 1956年、テネシー州がこの曲を州歌の一つと制定したらしいが、失恋の歌でしかも友だちの恋人を「盗んだ」と言うストーリーだけに、馬鹿じゃなかろうかと思う。

I was dancing with my darling
To the Tennessee waltz,
When an old friend I happened to see.
I introduced her to my loved one,
And while they were dancing,
My friend stole my sweetheart from me.

I remember the night,
And the Tennessee waltz,
Now I know just how much I have lost,
Yes I lost my little darling,
The night they were playing,
The beautiful Tennessee waltz.
 
 歌詞は、「私が恋人(彼)とテネシーワルツを踊っていたら、旧友の女性が来たので、彼氏を紹介したら、その友達にダーリンを盗まれてしまった。私はこの屈辱の夜と、そしてテネシーワルツを忘れないわ」という意味である。中学レベルの英語力で十分わかると思う。
 私も幼いころから聴かされた曲だ。親がファンだったらしく江利チエミの「テネシーワルツ」のLPがあって、私も何度も聴いた。どことなく大人の雰囲気を味わっていたのかもしれない。後年、どことなく退廃的な感じがして遠ざかっていた。

 しかし偶然のことで、元祖パティ・ペイジ嬢が歌っているのを、YouTubeで視聴できたので、やや認識を変えた。それを後述する。
http://jp.youtube.com/watch?v=_Ek3eCbfqp0
綾戸智絵(智恵)の「弾き語り」は
http://jp.youtube.com/watch?v=HWF7gFK51Xw&feature=related

 YouTubeには他に江利チエミのものなど多数出ている。
 江利チエミの「テネシーワルツ」は、英語で歌いつつも、途中で和田寿三という人の和訳の歌詞が入る。
 「さりにし夢 あのテネシーワルツ なつかし愛のうた 面影しのんで今宵も歌う うるわしテネシーワルツ」
 なんのこっちゃ? 意味不明の歌詞だ。だから大人になって、英語での意味(原詩)を知ったときは驚いた。日本語訳と原詩の比較は後述するとして、とりあえずパティ・ペイジ、綾戸智絵、江利チエミのそれぞれの「テネシーワルツ」の聴き比べをしてみよう。

 江利チエミは、まあ健康なお色気というほどの味わいしかない能天気な歌になっている。明るくていい、とでも褒めるしかない。この明るさは、終戦直後に大流行した並木路子の「りんごの唄」の明るさに共通するのかもしれない。戦争から解放された庶民の感情にマッチしたのではないか。

 綾戸智恵はテレビでもよくやっている。これは恋人に裏切られた悔しさ、悲しさ、やり切れなさをよく大胆に表現している。言ってみれば感情むきだし。節操もなにもなく、感情をむき出しにするほどの悲しみ、悔しさなのよと歌っている。そういう女心を表現している点では、うまいといえばうまい。
 それと私が大阪が嫌いなせいもあろうが、綾戸智恵の歌いっぷりの品のなさはいかにも大阪のおばちゃんの歌う「テネシーワルツ」と感じる。

 それに対して元祖パティ・ペイジの歌い方は、見事だと私には思える。YouTubeの1950年の録画で見るかぎりであるが…。
 歌い方のあの笑顔は営業笑いなのかもしれないが、それだけではない、ある「技」あるいは教養を感じさせる。

 恋人を紹介したばかりに、女友だちに彼氏を盗まれる悲惨な目にあっている歌の主人公の女が、悲しみや悔しさを露骨に表に出さずに、静かに淡々と…という感じで歌っている。綾戸智絵の歌い方にみるように、彼氏に裏切られ、旧友の女友達に盗まれたのだから、これは般若のごとく「許さないわ!」となってもおかしくない。なのに、笑顔で耐えている感じというか、取り乱さない姿勢がたいしたものだ。それを元祖パティ・ペイジは技として表現し得ている。

 だから私が「テネシーワルツ」の裏切った男であったなら、綾戸智絵が歌うような女であったら逃げ出したくなるが、元祖パティ・ペイジの歌うような女ならヨリを戻してもいいかな、と思う。
 綾戸智絵風の歌い方であれば、「自分はちっとも悪くないのに、あの女が悪いのよ。世の中はなんて不条理なの」でしかない。しかし元祖パティ・ペイジは、自分の非(魅力が足りない)も認めている風情がある。悔しく悲しいのだけれど顔には出さない。いずれ自分がもっと魅力的な女になって、彼を見返すわ、と歯を食いしばっている。取り乱さないで毅然としている。

 この「テネシーワルツ」はそういう「意味」の歌だと私は解釈した。だからこれは藝術とまではいかないレベルではあるけれど、流行歌のレベルでは古典的になり得たのだろう。
 つまり、女主人公が彼と旧友の友達に裏切られたというはっきりした「意味」がある歌ではあるが、その背後に貫かれている女性の誇りとか、毅然たる態度がテーマとなっている。
 悔しさ、悲しみに暮れていると直接に、この歌の主人公は「立ち直ってみせる」という決意を秘めて、「私は忘れない、この夜とテネシーワルツを」と歌っているのである。そこを綾戸智絵は読み取ることができなかったのだ。江利チエミにおいておや。

 このようにポピュラーやジャズにおいても、相互浸透を念頭において鑑賞しなければなるまい。
 元祖パティ・ペイジの意図が不明であるにせよ、述べたような気位の高さを感じ取って自分も学ぼうとすれば、良い相互浸透が得られる。
 女の意地というか個人の生きざまを貫徹しようと言う意志が静かな微笑みに見られると、「解釈」すればいい。少なくとも元祖パティ・ペイジはこの歌をそう解釈し、表現に努めたと思う。意地を見せるとは、必ずしも捨てた彼氏や奪った女に意趣返しをしてやるということではないと、この歌手はわかって歌っている。
 
 綾戸の歌は、女の感情をストレートに、であるから大人なら誰が聴いてもわかる。だからジャズはレベルが低いし、一般大衆にわかる歌(曲)なのである。



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2016年10月26日

頭脳活動を見事にするための条件(2/2)


《2》
 昨日に続けて、南ク継正先生の新著を引用していきたい。昨日紹介した文章にさらに具体例で分からせてくださろうとしている。

     *     *

2 武道空手の上達如何は頭脳活動のあり方によって決まってくる
 以上を踏まえて、まずは以下に引用する「いろは歌」の本歌と同じ文字を異なって使った替え歌をしっかりと、読み比べてほしい。
 この歌は、明治40年(1907年)頃「萬朝報」という新聞が「いろは四十八文字」の替え歌を募集した時のものだそうである。四十八字を重複なく組み合わせ、しかも良い内容の詠み込ませようとの試みは、見事に成功し、募集作品も相当の数に上がったが、その中の一等当選のものを、以下に掲げる。

 当選者は凄い(見事な)ことに埼玉県下の小学校の先生だったという。尤も、この明治四十年頃の小学校の先生というものは、現代の先生と異なって偉大であり、現代の大学教授と同等か、それ以上の実力を把持していたのだ、と思ってほしい。

 いろは本歌
   色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ
   有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず

 いろは代え歌
   鶏鳴く声す 夢醒ませ 見よ明け渡る 東(ヒンガシ)を
   空色映えて 沖の辺に 帆船群れゐる 靄(もや)のうち

 両方の歌を読み比べて見て、諸君は「何」を感じただろうか。もしくは「何か」を感じ取ることができたであろうか。
 どうにも分からない諸君に、ヒントを一つだけ説いておく。いろは本歌もいろは替え歌も、すべて同じ文字を使いながら違った歌になっているということは、当然誰にでも分かる。ヒントとは、同じ文字を用いながら、どうしてこのように違った意味になっていくのであろうか、ということである。

 何故同じ内容ではなく違ったものになってしまったのか、ということである。
 ここまで説かれれば、求められる答は簡単であろう。同じ文字でありながらその同じ文字の用い方が違えば、以上のようになんとも見事に異なった内容になるということである。まずここを分かってほしい。

 これがすなわち冒頭に説いた頭脳の使い方、より正確には頭脳の中身とその頭脳の中身の使い方、用い方、働かせ方という問題なのである。すなわち同じ頭脳の中身であってもその同じ頭脳の中身の使い方がどうであるか、用い方がどうであるか、働かせ方がどうであるかが、いろは本歌といろは替え歌との大きな違いと同様の見事なまでの変わり様のように、アタマが良くなるかどうかが決まっていく、そのようなことで驚く程良くなるのか、それともただのアタマの持ち主で終わるのか、となっていくということである。

 依って若さを持つ諸君は、頭脳・身体・精神、即ちアタマとカラダとココロに関わっての以上の説明をまともに理解することが可能になれば、武道空手の武技と武道空手の武技の使い方に関しても、以上のような、もしかしたら素晴らしい上達を遂げるか、もしかしたら全く上達しないという怖い奈落の底に落ちるのか、となるのである。

     *     *

 すべての仮名を重複させずに使って作られた歌は、誦文(ずもん)とも呼ばれる。七五調の今様の形式(リズム)となっているのもすごい。
 私が引用されているいろは替え歌で感じたことは、この作者の小学校の先生の一般教養の広さと深さ、および文藝に関わっての分厚い素養に圧倒されたことだった。現代詩人みたいに、ただおもしろおかしく言葉遊びをしているのではなく、教養も無尽蔵なら、志も見事というほかなく、また己れの不甲斐なさにも恥じ入るばかりであった。

 「頭脳の中身とその頭脳の中身の使い方、用い方、働かせ方という問題」これが、現今の教育界で等閑視されていることなのである。受験秀才は決められた答え方を覚えて、オウムのようにいかに正しく素早く解答できるかだけを競っている。
 だから例えば、として昨日取り上げたような、秀才ほど「誤解しないでくれ」「勘違いするな」の用い方が平気でできるように落ちる。

 学校では、言葉を覚えれば使い方はあまり指導されなくて、当人任せにしている。アメリカの学校の様子を見ると、教室の机はバラバラで、生徒は足を組んで授業を聞き、教師になんの尊敬もあらわさず、先生と呼ばずに「トム」とか「キャシー」とか名前で呼ぶ。
 これは通じていればいいじゃないか、の考えなのだ。

 「頭脳の中身とその頭脳の中身の使い方、用い方、働かせ方」なんかどうでもいい、が、アメリカ流である。これに戦後の日本は毒された。
 安倍晋三が「日本を取り戻す」と言うのなら、まずは文科省の木っ端役人を総入れ替えして、まともな日本語教育をしなければならないのであって、それがなされずに新しい憲法も何もあったものではないのだ。

 



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2016年10月25日

頭脳活動を見事にするための条件(1/2)


《1》
 9月末、南ク継正先生の最新刊が現代社の HPで紹介されたのを見た時から、私は興奮を抑えきれなかった。
 それは『武道空手學概論(新世紀編)』(現代社刊)で、南ク継正・朝霧華刀・神橘美伽の共著になっている。みなさんにもぜひ手にとっていただきたい。
 書物のほぼ冒頭に日本語学習の大事性が語られている。「第一章 人間の身体とは何か 人間の頭脳とは何か」の冒頭からである。

     *     *

1 頭脳活動を見事にするための条件とは
 若い諸君はまともに分かっているだろうか。
 優れた頭脳というものは、それだけでは未来に向かって役立つことはあまりない。その優れた頭脳は、その頭脳の働かせ方、即ち諸君自らが使い方をしっかり修得してこそ、大きく役に立てられるものである。それ故、その優れた頭脳の創出の仕方、創出した優れた頭脳の活動のさせ方の双方を学ぶことが、とても大事なこととなる。

 それは当然に、鍛えた身体にも同じことがあてはまる。何故なら、如何に見事に鍛えた身体を持っていても、その鍛えた身体のまともな使用方法(用い方)を知らなければ、大して役には立たないものである。
 
 そして見事な精神についても同様に、見事な精神だけでは駄目であり、その見事な精神を自分の人生にまともに用いて生き抜く方法を学ぶことがなければ、なんのための見事な精神の鍛錬(創造)だったのか、訳が分からないということにもなろう。
 
 因にここで説く頭脳とは、アタマの中身であり、身体とは、カラダの実体たる中身のことであり、精神とは、これも当然ながら、自らのココロが創り上げる中身そのものである。 
 もっと説くならば、アタマの中身とその中身の働かせ方であり、カラダの中身とカラダの中身の使い方(働かせ方)であり、ココロそのものの使い方、働かせ方そのものである。
 そのために、まずは頭脳活動、すなわちアタマが上手に働くための第1歩としての条件を述べておこう。

 若い諸君、諸君は日本人である。日本人であることの第一条件は、日本人としての日常生活をしっかり可能と為すのは当然のこと、日本の歴史、文化としての大和ゴコロが育つことが必須でなければならない。現在、教育界では、「英語」だの「英会話」だのと騒がれている。
 
 だが、である。日本人として日本の社会に生まれてそこで生き続けながら、まともな日本人として育つためには、日本語つまり国語が我が身に実力として備わっていなければならないのは当然のことである。その日本語すなわち国語たる大和言葉がまだ実力となっていないうちに、英語をまともに実力化したら、日本人でありながら、日本文化を学ぶべきまともな学力が育つ前に、その頭脳の生育を棄ててしまうことにもなりかねない。

 ここは真面目に分かってほしい。それだけに日本語をまともに習熟しきってからは、何カ国語でも結構である。
 (中略)
 日本語を真面目に学べというのは、何も受験勉強的に、では絶対にない。日本人にとって、日本文化、大和ゴコロをまともに学べる力を養うべしということにある。

 大学を初めとする日本の先生方は、日本語がどれ程素晴らしく見事であるかを少しも説こうとしない。これは、その先生方は自らの国である日本文化を学ぶための日本語の実力が大きく不足しているからであろう。

     *     *

 昨日の本ブログで取り上げた、日本語を粗略に扱う人たちのありようを突いているとも思える。秀才となって見事な頭脳をもっているかもしれないが、その用い方がいかがなものか…ということになる。相手に向かって「誤解するな」と高飛車に言えるのは、大和言葉とその用いるにあたっての認識が実力と化してしないのである。

 小さなことだが、私はこのブログにコメントしてこられるなかに、「……(WWW)」などと、相手を蔑み冷笑する記号を書いてきたものがあれば、読まずに棄てている。こんな無神経な奴が何を言ってこようが、読むには値しない。
 さらに続けて南ク先生は、現今の学者の実力になさを嘆かれたあとで、解決策の一端として次のように加えておられる。

     *     *

 これは、戦後の占領政策による教育の結果、日本語の実力不足がもたらしたものと断言してよい。日本語の学習は、現在の中学校・高等学校の国語では、まず駄目である。特に、文法とか作文等々に習熟する等は、古文、現代文を問わずである。そのような余暇(スコレー)があるなら、名文たる小説類を多数読むべきである。

 現代の名推理小説は特に! である。高木彬光とか横溝正史とか、或いは江戸川乱歩賞受賞作とか、その候補に挙った人とかの、である。 
 日本文化の教養は、見事な古典と外国語の古典をまず、当時の時代的言葉でしっかり学習することから始まる。
 (以下略)

     *     *

 私の青春時代は小説ばかり読んできたから、その意味では日本語の学習に一役買ったかと言えるだろうが、学問的書物が少なかったのが良くなった。
 名推理小説の類いもずいぶん読んだが、文章の学びとしてこなかった悔いが残る。

 南ク先生が、しいて推理小説を挙げておられるのは、いわゆる日本の純文学でも大衆小説でも、論理的でもなく情緒的で、ムードを醸し出していればいいような作品が多いからであろうか。
 推理小説はその点で、論理的とまではいかなくても、構成がきちんとしていないと成り立たない。作者は読者を騙しながら最後の犯人当てまで引っ張っていかなければならず、計算し尽くした作品にしなければなるまい。

 それゆえ、日本語の学習には適しているのではなかろうか。




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2016年10月24日

「誤解、勘違い」についての省察


 よく政治家や企業人が、マスゴミで「問題発言」について叩かれ、仕方なく謝らなければならない立場に追い込まれると、「誤解を与えてしまったことは遺憾だ」とか「誤解を招いた点については、反省している」などと弁明していることがある。
 この言い方に、みなさんはひっかかりませんか?
 先日はある方からメールがあって、私に対して「勘違いしてほしくないことですが…」という言い方をしてきた。「たいした自信だ」と私は半ば感心し、半ば呆れたものだった。

 誤解も勘違いも、「自分がした」ならばつかって構わない。しかし相手に向かって「それは誤解だ」「勘違いしてる」と言えば、ずばり、「俺は悪くないのに、お前がちゃんと理解しないのが悪い」と、いわゆる上から目線でもの申しているのである。
 日本語の用い方がおかしい。わかってやっているなら、それはケンカごしというものだ。

 先日も、自民党の福井照衆院議員が今の臨時国会において、この国会で「TPPの委員会で西川(公也)先生の思いを、強行採決という形で実現するよう頑張らせていただく」と発言。その後、発言が問題とされて、福井は理事を辞任する考えを伝えた。
 そしてこのオバカの福井は、記者団に「この国会でどうしても採決したい、という総理の思いを申し上げたに過ぎない」と説明しつつも、「少し誤解を招いたことは、大変申し訳ない」と述べた、という記事になった。

 審議が始まる前から「強行採決する」とは、まことに不穏当でマスゴミが取り上げたのはまあよいが、福井の弁明のなかで「少し誤解を招いた…うんぬん」の発言を、そのまま無批判に載せて、なにも問わないのは、新聞が劣化している証拠である。要は、「私の真意を曲げて理解したマスゴミや国民のほうが悪い」と、ふんぞり返っているのだ。
 福井照は二重に議員の資格なし、である。

 この福井某のような事例はしょっちゅうある。日常生活でも気軽につかわれる。「誤解しないでね」とか「勘違いしては困るよ」とか。でもそれは端的には日本語の乱れだ。
 しかしこの言葉は相手に対してつかうのは、ケンカをあえて売るつもりならともかく、かなり失礼である。

 「曲解」という言葉を考えてほしいが、これは「誤解」よりも強い言い方で、「悪意をもってわざわざ歪めて理解した」という意味になる。相手に「曲解するな」といえば、もう怒りを含んでいる。
 「誤解するな」も「勘違いするな」も曲解ほど強くはないが、理解できていないのは俺の言い方が問題なのではなく、受け取り方が悪いお前だ、と決めつけているのである。

 「誰でもつかっているじゃないか」は屁理屈である。細かいことにごちゃごちゃ言うなとも反発されようが、そういう人は人間関係がいい加減なのであり、また、日本語を大事にしていない。
 自分が相手に対して、へりくだって用いるのが「誤解して済まない」であったり「勘違いしてすみません」だったり、なのである。これが美しい日本語であり、「大和ゴコロ」であり、日本の文化なのである。
 
 それが嗜みとしてないから議員フゼイのくせにとか、記者のブンザイで、と軽蔑される。こうした日本語を大事にしないご仁たちのありようこそ、見事な頭脳をもっているかもしれないが、その用い方がおざなりだということになる。大和言葉とその用いるにあたっての認識が実力と化してしないのである。この件は明日のブログで、南ク継正先生の新著『武道空手概論』を紹介しながら説いてみたい。

 私に「勘違いしないでほしい…」と言ってきたご仁は、家に行くと本棚は汗牛充棟、専門書がぎっしりだが、肝心の日本語を育む書、使い方を学べる書、いろいろな用途に適った辞書などがほとんどなかった。せっかくその道で権威となれるのに、これでは日暮れて道遠しであろうに。




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2016年10月22日

日本共産党の無惨


「世界の主な戦争及び大規模武力紛争による犠牲者数」という統計がある。以下のサイトに表示されている。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5228.html
 憲法9条さえあれば、平和が保たれると妄想する向きにはぜひ見てほしい。この表にある戦争や武力衝突は、ほとんどがユダヤ勢力によって起こされていると見てよかろう。
 ロスチャイルド家がそう告白しているから、まちがいない。

 そのロスチャイルド家やアメリカのロックフェラー家、その親類どもは、フランス革命以降に、社会主義思想、共産主義思想を世界中で醸成・拡大してきた。
 『共産主義黒書』によると以下のような犠牲者(死者数)となる。
 
ソ連 2000万人
支那 6500万人
ヴェトナム 100万人
北朝鮮 200万人
カンボジア 200万人
東欧 100万人
(以下略)
 で、約1億人に近い。ナチスによる死者数は2500万人だからひどいものではあるが、共産主義者による総殺戮数に比べればかわいいものだし、ユダヤ虐殺の数があやしいものだ。

 こういう殺戮をやりたい放題やってきたのが、共産主義者どもである。そして現在の日本共産党も、彼らの一味であって、中共からもカネをもらって政府と日本人を弱体化させようと企んでいる。
 承知のことだろうが、『共産党宣言』の言わば綱領は以下のとおりである。
1. 社会の歴史は階級闘争の歴史である
2. 私有財産の廃止
3.家族の廃止
4.祖国と国民性の廃棄(労働者は祖国を持たない)
5.宗教と道徳の廃棄
6.万国の労働者団結せよ

 ご覧のとおりだから、当然、日本共産党もこれを理想としている。だから家族を廃止すると言うのだから、都知事選で奴らが叫んだような「待機児童をなくす」とは嘘である。私有財産の廃止というのだから、そもそも自民党であれ元民主党であれ、みんな私有財産制度を認めることを大前提にした経済政策をやることになっているので、日本共産党がチマチマと政府の経済政策を批判するのは間違っている。共産党は堂々、私有財産はなくすと言い続けなければならない。

 共産党が国会で議席を持つこと自体が自己矛盾である。
 宗教もなくすのだから、法事もダメ、墓参りもダメ、神社の初詣も祭りもダメ、教会も寺院も全部壊すというわけだ。
 実際、それを実行にうつしたのが共産主義国家であり、だから先に挙げたように莫大な数の犠牲者が生まれた。

 その邪悪の極みの共産党と、あろうことか優柔不断の元民主党は参院選や都知事選でタッグを組んだ。思想も政策もあったもんじゃない。
 昨年夏から「安保法制反対」「安倍を倒せ」と共産党でもないのに、喚いたオバカどもは、共産党と歩調を合わせたのである。
 民青でしかないあの学生のアホグループを褒めそやした連中は、共産党と同じ穴のムジナになったのだ。

 すなわち、共産主義者が殺した約1億人の人間の霊に向かって、「私の理想は共産主義です」とか「共産党と共闘して安倍政権を倒します」と言えるんですか?
 安倍政権に反対だとか、自民党が嫌いだとかならば、わかるし、それもいいだろう。私も自民党支持者ではないし、安倍首相をなにもかも支持しているのではない。

 だが、譬えボケ老人になろうとも、刑務所に放りこまれようとも共産党支持だけは絶対に言わない。もし私が昨夏の安保法制に反対の立場だとしても、共産党と同じ場には絶対に行かない。別行動で反対しただろう。共産党と少しでも手を握るなんてことは「男がすたる」のである。

 6月18日付の本ブログでは「副島隆彦の一番弟子、中田安彦の無知」として、彼・中田安彦の日本共産党に対する認識の甘さを批判した。
 中田は日本共産党が、「とっくにただの社会民主主義政党(貧困層への福祉の上乗せと労働者の待遇改善を求める政党)になってしまっている」と述べていた。

 いかにもそうは見えるし、もし今、誰か共産党の委員長になった誰から暴力革命を訴えたら、雪崩を打って共産党から逃げ出す党員が出るだろう。
 共産党に限らず、政党とは今や議員にとっては生活手段になっている。共産党の職員だけで3000人いる。国会義委員が数人しかいない党なのに、どうやって3000人も食べさせられるか。赤旗を取ってもらったり、国会議員の歳費をちょろまかしたりしている。そして中共からカネをもらって、反日をやらかしている。

 しかしながら、中共の共産党は甘くはない。カネをさんざん日本共産党に恵んで来た以上は、いざとなったら働いてくれないと困る、となるに決まっている。
 もし支那共産党軍が尖閣諸島に上陸したら、日本共産党員はコマとして使われる。スパイもやらされれば、交通や通信などの妨害活動を命令される。拒否すれば中共の工作員に殺されるだろう。
 こういう実態を中田は見ようともしないで、安保法制反対は正しいとぬけぬけという。

 そもそも日本共産党には、国家百年の大系はない。ただ現政権を批判し、否定すれば良い社会が(つまりテメエに都合の良い社会が)来るというだけ。
 だからソ連も、中共も、北朝鮮も失敗した。
 冒頭に記したように、テメエに反対するものを殺しまくるか、生産手段が粗雑だから他人のものを奪うしかできなかった。共産主義がとりわけ残酷なのではない。かれらのその思想自体に内在する大欠陥ゆえにそうなったのである。

 人間の社会は国家の統括なしには成り立たない。その原則がわからないから、媚中・副島隆彦は国家成立の前に宗教があったなどとバカを言う。国家を否定したはずのコミュニストが、やっぱり国家統制をせざるを得なかったのである。

 中田安彦にはその国家論がないから、共産主義がなぜ駄目かが解けない。共同体でいいじゃないかとしけ見えていないだろう。共産党もいいことも言っているという評論家レベルでしか答えがない。





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2016年10月21日

朝鮮通信使は鶏泥棒(3/3)


《3》
 本稿冒頭に書いたが朝鮮通信使の“奇習”が始まったのは足利義教(よしのり)の時代であった。義教は室町幕府第6代将軍で、義満の五男だった。足利家は義満のあと、後継者が常にすったもんだをくり返して弱体化していくが、義教は僧籍に入っていたものを還俗して、さらにクジ引きで決まったものだから「籤引き将軍」と揶揄された。

 話を戻すと、義教のころから朝鮮通信使はやってくるようになった。李氏朝鮮2代目のころである。当初は短期留学生のようなものであった。いろいろ文化を吸収してこいと言われていたようだ。
 彼らは灌漑用の水車の作り方、メッキの仕方、紙の漉き方などを教えてくれと言ってきたのだった。

 しかし高山正之氏は『日本に外交はなかった』で、こう説く。
     *     *

 高山:それを教えたんだろうけれども、全く教え甲斐がなくて次に来るとまた同じことを「教えてくれ」だった。せっかく日本から文化を学んでも駄目だった。それは筑波大学の古田博司教授が指摘しているように、文化がどんどん後退、衰退していったらしい。昔は木工もできたのに、とうとうそれもできなくなった。木を丸めて車輪を作ることもできなくなった。

 ただ、これは想像なんだけど、彼らはひらがな・カタカナの機能を学んだのではないか。漢字を使いながらひらがなを使って日本語として咀嚼しているのを見て、それで、諺文(おんもん)、今で言うハングルを世宗が思いついたんじゃないか。「ではウチでも朝鮮平仮名を作ってみるハムニダ」とかね。

 要するに、日本式かながハングルになるわけだ。宮脇淳子さんにその推測を話したら、諺文文字はモンゴル語系のパスパ文字をまねたものだという。
 彼らはこの生き、漢字を自分たちの言葉で読むという、ひらがな・カタカナの考え方を学んだ。ただ、独創性がないからパスパ文字を利用したのだろう。

 この朝鮮通信使が二言目に言っているのは、「ああ、悔しい」だった。「こんないいところを日本が持っている」とか「こんな瓦葺きの家々があって悔しい」とか。
 要するに、嫉妬と嫉みに狂っているわけだ、世宗が「これはいい」と諺文を生み出したけれど、次の代になると「何だ、諺文のヒントは日本かよ」という独特の彼ららしい反応が出てくる。

宮崎:日本から教わったなって「恥スミダ」と思ったわけですか。
高山:だから、そう考えると、非常に理屈にかなっている。世宗のあと諺文をパッタリ使わなくなった理由がそこにあったんじゃないのかな。

     *     *
 たしかにネットで「パスパ文字」を検索してみると、ハングルはこれを真似たと一目瞭然。

 今は嘘つきの朝鮮人どもが、なにもかも日本の文化は朝鮮が教えたと叫ぶが、大嘘である。 
 最近では、熊本城は朝鮮人が造り方を教えたんだとほざくアホな日本人が出てきて顰蹙を買ったようだが、話は逆である。

 陶工にしても、技術が向こうから来たわけではない。
 たしかに秀吉が朝鮮人陶工を連れてきはしたが、無理矢理拉致したわけではない。
 日本側は良質の粘土の山を与え、畑まで供与し、高い待遇をもってした。絵付けの技術なんかも日本が全部彼らに教えたのである。

 日本側がもう故国に帰っていいよと言っても、誰も朝鮮に帰らなかった。居心地が良かったからだ。そもそも朝鮮では、職人や技術者は貶められていたから、厚遇した日本が良かったに決まっている。
 今も韓国では技術者は尊敬されないらしいから、自力で技術革新ができない。
 
 日本のサヨク歴史研究家がいかに、自虐史観に固まっていて、朝鮮ごときに叩頭しているか…、呆れた話である。
 こうした朝鮮に対する基本認識が歪まされるから、サヨクどもは、「日韓併合は悪いことをした」「竹島を奪われてもしょうがない」「慰安婦は本当だったろうから、いつまでも謝るべきだ」、あるいは「重要な隣国だから日韓スワップにも応えなければ」などと言うことになる。

 本稿最後のエピソード。
 新井白石のときにいったん縮小した朝鮮通信使への接待だったが、ずるずる続いていて、やっと終わったのが寛政の改革のころだった。寛政の改革をやった大バカ者の老中松平定信は徳川吉宗の孫だった。
 吉宗も経済オンチで財政を苦しくしたが、孫の松平定信は輪をかけてアホだった。

 新井白石、吉宗、松平定信らは、質素がすべてで景気が良い状態は異常だとする考えで、「米などの農産物は貨幣より貴く、お金は卑しいもの」として、農業は尊重されるがそれ以外の産業、とりわけ商業や金融は仮の仕事だとする「貴穀賤金」という思想である。

 したがって、荻原重秀や田沼意次がやったデフレを解消し、自由な商売を認める施策は悪であって、「貴穀賤金」という思想からは許しがたいものだった。緊縮財政をする政治家は真面目で良心的だが、カネをバラまいて活性化する財政支出を増やす政治家はバカと考える風潮は、現代でも見受けられる。マスゴミに巣食う記者どももサヨクだから、みなこの考えに染まっている。

 朝鮮通信使は江戸まで来なくてよろしい、対馬で対応して帰らせろということになった。朝鮮側は反発し、物見遊山させろ、江戸まで行かせろと騒いだが、1811年に対馬で聘礼(へいれい)しただけで追い返したら、朝鮮側はそれっきり来なくなった。
 めでたしめでたし。




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2016年10月20日

朝鮮通信使は鶏泥棒(2/3)


《2》
 なにせ当時、江戸幕府は金銀が無尽蔵に採掘できていて、経済上はなんの懸念材料がなく、ぜいたく三昧の日々を送っていた。幕府は各藩に金銀を配って手なずけていた。
 参勤交代も、のちに各藩を苦しめるが、初期は大名が徳川のご機嫌取りで金銀をおねだりするために、進んで行ない、妻子も江戸に置いて忠誠を誓ったのである。

 幕府が強いたというより、各大名が金銀欲しさにおべんちゃらをやり、それが自縄自縛となって財政破綻に追い込まれていった。
 だから江戸幕府は天下をとった驕りもあって、朝鮮通信使のような意味のない招待客にも大盤振る舞いをした。

 3代将軍家光は放蕩して実に一代で500万両を使いきって死んだ。4代目家綱は金銀はとれなくなったけれど、それでも600万両を相続できたものの、もう金銀の埋蔵量は枯渇してきていた。もう残された600万両を使い切ったら、終わりという状況だった。カネがあるうちに使い放題使っちゃった富豪息子のようで、稼ぐ手だてがまったくなかった。
 幕府自身に領地は天領だけで、徴税権は各藩にあった。収入はわずかな領地の米なのに、国家レベルの歳出は徳川政権が引き受けなければならなかった。

 それでも、金銀が無尽蔵に湧いてでているときは良かったが、ストックもなくなれば財政事情が逼迫するのが当たり前。
 5代将軍綱吉のころには金銀が枯渇して財政ピンチに陥っていた。なのに、綱吉は派手好きで国庫はまたたく間にカラになっていく。
 それに家綱時代に生じた明暦の大火で、江戸の町が灰燼に期し、江戸城も天守閣が焼失した。

 このとき江戸の復興費が莫大で、ついに江戸城天守閣の再建が果たせなくなった。
 江戸時代最初の経済危機を救ったのは綱吉時代の勘定吟味役だった荻原重秀である。彼は今で言うシニョレッジ(通貨発行益)をやった。端的には貨幣改鋳である。見事にデフレ解消を果たし、国庫は黒字になって、あの元禄文化はために華開いたのである。荻原重秀の後ろ盾だったのが柳沢吉保だった。

 今でもサヨク系経済評論家は、シニョレッジを忌み嫌うというか「財政均衡主義」「緊縮路線」といって、財政を立て直すには支出を減らして歳入に見合った歳出を抑えるべきだという一派がいつもいる。
 今日の財務省官僚である。現代では税金を上げろと言えるが、先に述べたように徳川幕府には徴税権が全国に及ばず、増税できないのだ。

 新井白石は財政健全化を図った男で、柳沢と荻原を追放して実権を握り、歳出を抑える「質素倹約」を旨として緊縮財政路線をとった。重秀によって改鋳された小判を元の品位に戻した。貨幣が減少してたちまちデフレとなり、元禄文化はポシャって、街は火が消えたように不景気になった。
 その流れで見ていけば、経済オンチだった新井白石が朝鮮通信使を廃止しようと言い出したわけがわかるだろう。歳出を抑えたかったのだ。

 もちろん、何の利益もない鶏泥棒の朝鮮通信使をご招待することはないわけだが、ただ経済効果という意味では、百万両も使って支出が起きれば、経済効果はあった。東海道沿線の宿屋や川の渡しは、お陰で潤ったし、盗まれたものは幕府が弁償してくれるのだから、悪い話ではなかろう。
 鶏まで弁償してくれたかどうかは…。

 ところで、なぜ徳川幕府が朝鮮通信使をご招待するバカをやったかは高山氏が説いてみせてはいるが、まだほかに考えられることはある。
 もしかして家康の出自と関係しているかもしれない。家康は本当は2人いて、賤民出の男が家康を乗っ取ったとの根強い噂があった。2人いた(影武者がいた)と考えなければ、説明がつかないことが多々あるとされる。

 本物の家康は大阪冬の陣で戦死したとも言われる。現に小さいが墓が堺市の寺にあるし、のちに秀忠と家光が墓参に来ていることは間違いないのだ。もっと幼少期に乗っ取られたとする説もある。
 つまり、家康(偽物)は、部落出すなわち元は朝鮮人だった可能性があるためか、あるいは…。

 これは八切止夫が書いていたことだが…。
 二代将軍秀忠は、跡継ぎに家光を想定していなかった。それを春日の局と天海僧正が工作して、家光を三代将軍に仕立てた、その功績で彼女は大奥で権勢をふるう。
 家光の乳母になった春日の局はもとは「お福」と言った。お福は明智光秀の姪にあたり、家康に側室として進呈したと言われるが、当時のこととてまったく当てにならない。
 
 八切止夫に言わせると、お福は朝鮮人で大阪あたりで浮浪者をやっていたのが、美人だと見初められて戦国武将の愛人にされ、転々したのち、やがて大出世して明智の姪ということにして、徳川家康に献上されたのだという。
 だから、朝鮮人であった春日の局によって、徳川家は乗っ取られたのだと言う説を書いていた。

 だとすれば、春日の局にしてみれば、同胞を朝鮮から呼んで、自分が天下をとったことを自慢してみせたかったと、考えられないことはない。
 どうも高山氏が説くような、「秀吉のときに悪いことをいたしまして、すみませんでした」などという理由で、朝鮮通信使を豪華招待するなどとは思えない。そんなきれいごとがあろうか?
 なにか裏があるのではないか。



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2016年10月19日

朝鮮通信使は鶏泥棒(1/3)


《1》
 江戸時代にさかんに行なわれた朝鮮通信使。正式名称は朝鮮聘礼使。
 はじまりは室町時代だったそうだが、それは明日述べるとして、この習慣は秀吉の文禄・慶長の役でいったんは途絶えたものだった。
 それが江戸時代になって再開した。今のサヨク同様バカな男が徳川政権にもいたようで、その主旨は「招待旅行」だったそうだ。

 これは最近読んだ、高山正之氏と宮崎正弘氏の対談本『日本に外交はなかった』(自由社刊)で教えられたものだ。
 徳川方は、秀吉が朝鮮征伐でずいぶん荒らしたから、ご招待するので友好親善と貿易を再開しましょうとアチラ側に働きかけた。
 今の日韓議連みたいなバカな奴がいたもんだが、徳川政権は勝手に朝鮮に負い目を感じて、ご招待に及んだと高山氏は解説する。

 朝鮮人は、たぶん今と同様に、日本が懇願するなら行ってやろう、だったかもしれない。でも今や韓国では漢字を学校で教えなくなったから、古文書が誰も読めなくなった。だからいっそう好き勝手な解釈をやらかす。

 むろん日本側から朝鮮に訪問はしない。行ったとて、得るものは何もない。朝鮮に観光的にだってなにもなく、文化果つる国に好んで行くバカはさすがに…、鳩山由紀夫のような媚朝はいなかった。
 朝鮮通信使は、その馬鹿げた日本の負い目につけ込んで、大観光団を率いてやってきた。

     *     *

高山:毎度、四〇〇人くらいの規模でやってきては文字通りの大名旅行で江戸に参内した。なにせ貧乏な国だから、途中の宿で出された食器から床の間の陶器から掛け軸から緞子の布団まで洗いざらい持って行った。
 京都大学所蔵の朝鮮通信使の道中絵が残っていて、彼らが民家から鶏を盗む、住民が追いかけて朝鮮人たちを懲らしめるさまが描かれている。
 思白いことに日本側の住民は格子柄とか紺や黒の衣装なのに、彼らはみな一様に真っ白の着物姿に描かれている。
 (中略)
 一行は徳川家の新将軍が就任すると、それを口実にやってきてはどんちゃんやって行く。家宣(いえのぶ 6代将軍)の時代、新井白石が何の知的刺激もない、意味なく財政を浪費しているだけと通信使の廃止を献策した。1回に100万両かかった。大変な額だ。それに彼らの道中の盗みもあり、幕府はその弁償もしなくてはならない。

宮崎:だけど福田康夫のように人の嫌がることはしない、外国に良く思われたいと思う浅はかな日本人もいる。このときは老中の土屋正直がいい顔をしようとした。
高山:白石も老中がそう言うのじゃあ仕方ない、ただし接待は質素に、宿屋はいいものは隠せと指示して経費を半分くらいにしたらしい。

     *     *

 京都大学所蔵の絵は「朝鮮聘礼使淀城着来図」で、Wikipedia で見ることができる。
 こんなものも、公開すると「ヘイト」と言われかねないが、事実なんだからね。

 周知のように、朝鮮は貧しいうえに布を染色する技術がなかった。だから韓流ドラマの時代劇で、宮廷の人間が絢爛たる彩色の服を着ているのは大嘘である。さすがに全員が白い洗いざらしの服ではみっともないと思うのだろうが…、嘘はかえって恥ずかしい。
 しかしそんなことより、通信使と称して400人もやってきて、あらゆるものを盗んで帰るとは、低い民度は昔から変わらぬようだ。

 朝鮮通信使は、対馬を経由して瀬戸内海に入って広島県の鞆の浦に上陸し、そこから延々と江戸城まで歩いてきた。
 ご招待に増長しているから、狼藉をやらかしたのだろう。そもそも日本と朝鮮は対等の関係ではなく、日本から見ればあちらなんぞ属国同然で、むしろ朝貢させてやっていたわけだ。それを奴らはへりくだるどころか、只で飲み食いして蝗が通りすぎたように何もかも盗んでいった。

 教科書では、朝鮮通信使が来たときは日本人が大歓迎して、朝鮮人が日本よりも進んだ朝鮮の文化を伝えたとか書いてありそうだが、それはサヨクの研究者のバイアスがかかっているという以上に、捏造である。
 徳川家康は、対馬藩に申し付けて国交断絶状態だった朝鮮と交渉に当たらせた。対馬藩は関ヶ原の戦いでは西軍側についたから本来なら領地没収、改易となるはずのところを救われて、栄えある交渉役を任された。

 はじめは朝鮮に行って交渉しようとしたら使者は惨殺されている。「いかにも朝鮮らしい」と高山氏は言う。にも関わらず、対馬藩の努力によって1607年(慶長12年)、江戸時代はじめての通信使が派遣されてきて、江戸にて将軍職を継いでいた秀忠に国書を奉呈し、帰途に駿府に隠遁していた家康とも会っている。

 程度の低い朝鮮からの使節(別名、たかり屋)ごときが、家康とお目通りできたのも、なにか解せない。もしかして家康は健康長寿を必死で願っていたから、朝鮮通信使が土産に持って来るはずの「朝鮮人参」が欲しかっただけかも知れない。当時の朝鮮人参は、栽培ものではなく天然物だから、かなり薬効が期待できた。今はほとんどが栽培ものだから本当の薬効は期待できない。



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2016年10月18日

ドゥテルテの“英断”ふたたび


 フィリピンのドゥテルテ大統領の麻薬撲滅作戦については、一度本ブログで書いた(9月8日付)。
 毎日新聞が、ドゥテルテのやりかたを非難する「国際社会」という名の白人の理屈立って、現地の様子を記事に仕立てていた。(9月29日付)

 ドゥテルテ大統領が就任して3カ月。選挙公約に掲げた麻薬犯罪撲滅のため、容疑者殺害も辞さない強硬な姿勢を取っている。その結果、容疑者の逮捕や自首も増加し、就任直後から犯罪件数が3割も減少したものの、刑務所は受刑者であふれかえっていて、劣悪な環境だと罵っている。

 身に覚えがないのに密告されて獄につながれたとか、ウチの夫はほんのわずかしか覚醒剤を使用していなかったのに、無慈悲にも殺された、などとする「市民」の声を仰々しく記事にする。
 毎日新聞は、「マニラ首都圏のケソン市刑務所では800人の定員に対し、収容者が3600人。1平方メートル当たり3人弱という過密状態だ。一部は屋根裏やグラウンドでの就寝を強いられている」としている。

 こういう数字を羅列するのは新聞の得意とするところではあるが、これが本当かどうかは読者にはわからない。なにせ、新聞は嘘つきなのである。昨夏の安保法制の国会で、サヨク群集が国会前に集まって喚いたときも、実際にはあり得ない何十万人という数字を平気で流す。もっと昔にさかのぼれば、昭和12年南京攻略戦で毎日新聞は「百人斬り」なるデタラメを記事にした。

 もう信用は地に落ちている。
 ケソンの刑務所で収容できなければ、他の刑務所に移せばいいだけのことだが、それは記事にない。他の収容施設に移さない理由があるなら、そこまで取材して記事にすべきなのに、な〜んにもやらない怠け者。

 連合国(国連)が、人権や法律秩序を言い立ててドゥテルテを非難しているから、新聞社は逆らえまいが、問題意識がまったくないのには呆れる。
 法秩序を守れと言うのなら、くり返すが昨夏のサヨクがやらかした国会前集会は、ほとんどが警察へ無届けでやったようだ。これは違法である。

 デモをする権利は憲法で保障はされているから、よほど危険とみられないかぎり許可は降りる。だが、サヨクどもはそれを面倒がって、「表現の自由」を押し立てて、勝手に集会を開いたのだ。大音量でわめき散らし、歩行者やクルマ、住民が迷惑してもお構いなしだったではないか。
 こっちの無法は、憲法9条を守るためならよろしくて、フィリピンの麻薬売人を撲滅する強硬手段はダメとは、理屈に合わない。

 私は裁判抜きで殺してしまうドゥテルテのやり方を全面的に支持しているわけではないが、日々、治安の悪さに苦しむフィリピンの善良な人たちがドゥテルテを支持して91%にも及ぶことは考えなければいけない。

 それに、ドゥテルテが白人の理屈に反発するにはわけがあって、彼は明らかに原住民出の大統領で、自分の先祖たちが、スペイン人やアメリカ人どもによってどれほど法もへったくれもない残虐は殺され方をされたかを知っている。その連中が今はしれっとして、「人道や法秩序を」と抜かす欺瞞に怒っているのである。
 日本人はその気持ちをわかるはずである。

 アジアから白人植民地主義者を追い出すべく戦ったのは、日本だからである。支那人や朝鮮人は、植民地化されたアジア人の苦しみを共感しなかったばかりか、白人の手先となった。華僑はヴェトナムやマレーなどで白人支配に関わって旨い汁を吸った寄生虫だった。白人と組んだ支那人は、一方的に日本を攻撃した。

 大東亜戦争が終わったあと、イギリス、オランダ、ソ連、アメリカ、支那は、不当に日本軍将兵を「捕虜」というより奴隷として使役した。あるいは犯罪者として獄に投じ、殺した。
 この重要な事実はサヨク新聞はいっさい口をつぐみ、ドゥテルテの法をないがしろにした容疑者拘束や逮捕はけしからんと言う。
 その前に、戦勝白人どもの無法を国民に知らしめろ。

 今やサヨクメディアは、欧米白人にシッポを振って、アジアは遅れている、白人さまだけが文明だと言っている。
 だからドゥテルテ大統領を、一方的に断罪して平然とできるのである。ほんとうに嫌なやつらだ。

 前回も書いたが、そもそもフィリピンを麻薬漬けにしたのは、アメリカ人である。それもあのマッカーサー家だ。それをいまだに克服できていないのは、フィリピン自身にも問題はないではないが、主としてアメリカや支那が国家ぐるみで影でフリピン人をたらしこんできたからだ。

 その麻薬の良好な市場が、ドゥテルテの“英断”で潰されることがアメリカや支那は面白くないから、国連だのなんだのを使って非難させている。フィリピンを法治国家にしたくないのが白人どもである。経済的自立もさせずに、準植民地に据え置きたい。
 そういう真相を、サヨク毎日新聞は絶対に書かない。白人の味方だからだ。

 それがあろうことか、現地フィリピンではドゥテルテの強硬政策で「市民」が困惑しているというヨタ話をデッチあげているとは。





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2016年10月17日

人類火星移住計画の大嘘


 こういうのを「詐欺」というのである。なのに、マスゴミは半ばまじめな話であるかのように報道するのは見識がうかがわれる。
 以下は9月28日に配信された共同通信の記事。(産経新聞Web版)

     *     *

 火星への入植構想をもつ米宇宙ベンチャーのスペースXのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は27日、開発中の有人火星宇宙船の概要を発表した。100人以上が乗れる長さ約50メートルの大型宇宙船で、打ち上げロケットと合わせると全長120メートルを超える。早ければ2022年の火星への初飛行を目指す。

 目標の時期までに実現するかは不透明だが、技術開発を着実に進めている同社の構想だけに注目が集まる。
 新型輸送機は2段構成で、1段目ロケットの上に宇宙船を載せる。燃料にメタンガスを使い、宇宙空間や火星表面でも燃料補給ができる点が特徴だ。

 マスク氏は、コスト削減のため1回の飛行で100人、将来的には200人の搭乗を目指すと発言。「合計で100万人が移住すれば自立した社会ができる。40〜100年で実現できるのではないか」と話した。(ワシントン共同)

     *     *

 人間はヴァン・アレン帯を突き抜けて宇宙空間に出て、また戻ってくることはできないと私は思っている。ヴァン・アレン帯は強い放射能層である。
 そもそも何度も言うように、人類の月面着陸は嘘であった。今も不可能だが、1969年アポロ宇宙船が、ヴァン・アレン帯を通って月に行く技術はなかったはずだ。
 なんとなれば、いまだに原発の中で作業する人間を防護する服はできていない。科学者の武田邦彦氏は防護服を「あれは単なる上っぱり」であると言っている。

 放射能を完全に遮断する防護服さえ完成していないのに、どうやってヴァン・アレン帯を通過できるのか。時間が短いから大丈夫というのは、デタラメである。技術者が勝手に言っているだけ。

 月や火星に人類が移住する夢は、昔から語られてきた。SF小説では成り立っても現実は不可能である。
 空想するものは、月でも火星でも、巨大なカプセルのようなものの中に入れば安全に暮らせると考えるようだ。空気と水さえ持っていけて、循環できれば人は生きていけると思うのは、あまりに浅はかである。

 人類は地球上でしか生きられない。理由はいくつもある。生命体を活動すれば老廃物が出る、環境を汚す、それをきれいにして地球環境を維持してくれるのは、雨であり、風であり、日照であり、水の流れであり…、磁性が整えられるからでもある。
 あるとあらゆるものが、地球上でからみあって、相互浸透的かつ相互規定的に運動している。どの要素が欠けても生命体は生きられない。

 月や火星では、大気がない、雨も降らない、水の循環もない、磁場も異なる。そういうかぎりない条件が他の星ではないのだ。
 すなわち、人類は月には行けないし、ましてや火星に行けるわけがない。火星までは80日から150日かかると言うけれど、いったい何を根拠に? テキトーに言っているだけ。たぶん、現在のロケットのスピードと火星までの距離を計算したんだろうが、記者は鵜呑みにしているだけではないか。
 東京都の豊洲新市場建設並みのいい加減さだ。

 マスクは米電気自動車テスラ・モーターズのCEOも務める著名起業家だそうだ。火星への移住構想は地球の環境破壊を懸念し、「人類絶滅リスクの最小化と冒険心によるもの」とも述べた。
 アメリカと支那がもっぱら環境破壊をやらかしているのに、その責任は取らず、「俺ッチだけが地球から逃げるのさ」とは、なんという傲慢。

 火星に逃げたければ逃げたらいい、1時間たりとも生きられないから。

 「実現には初期投資だけで100億ドル規模の資金が必要と見込まれ、将来は政府が支援に乗り出す可能性もあるが、当面は私財を投じる意向だ。」と毎日新聞は報じていたが、結局はこれ。つまりカネ儲けである。
 いかにも実現しそうなことを言い、ちょっとだけカネが足りない、と抜かして税金をかすめとろうという魂胆である。

 そんな詐欺師の尻馬に乗って、あたかも夢のある明るい話であるかのように記事にするのはアタマが悪過ぎる。天文学者とか、宇宙学者とか自称する連中は、直接的に「産学協同」が成り立ちにくい。つまりカネになる研究に直結しない。だからココロが純粋だと思ったら大間違いである。
 なんとか税金から研究費をたらしこもうと算段する。

 良識ある新聞記者なら、「みなさん、アメリカ人は嘘つきです」とか「こういう詐欺にひっかからないように」と注意喚起すべきなのだ。



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2016年10月15日

地球と磁場の謎


 磁気はわからないことだらけで、本稿も解明したことを述べるレベルにはなっていない。推測の域を出ない。
 もちろん、磁気の研究で成果はあるのだろうが、宇宙における磁気、あるいは地球の磁気とは何か、生物といかなる関係があるのかに関してはどうなのだろう、さほど解明が進んでいないのではないだろうか。
 磁気、磁場、磁性、磁石など各々の明確な定義、区別と連関もどうなのか。

 「誰が風を見たでしょう あなたも僕も見やしない けれど木立を震わせて風が通り過ぎてゆく」というクリスティナ・ロセッティの詩がある。みなさんも中学の英語の授業なんかで習ったことがあるのではないか。
 日本では西条八十が作曲して唱歌にもなっている。
 風は強弱さまざまに変幻するが、そもそもは空気の運動である。空気自身が運動しているのではなくて、地球や生物などの運動に動かされている。

 いついかなる場所でも、風は(空気の運動)は起きている。地球全体を覆う大気の運動の一部を私たちは「風」と認識するだけである。
 どんな洞窟の奥であっても、部屋の中でも空気は運動するのが常態であって、静止した空気はない。ただ、私たちがその風、空気の動きを感覚できないだけである。
 初歩的な弁証法で言うなら、空気の運動が量質転化したものが風として発現する(感じられる)のである。

 で、磁気も大気が地球全体の運動であるように、地球全体の運動である。私たちが磁石で遊んで、砂鉄を集めることができるのは、風を認識するように、一部の特殊な運動形態を見ているのである。

 磁気は電気と切り離せない。そもそも電気とは何か、電波とは何か、電磁波とは何かなどはわかっていない。わかっていないのに、電波を使って通信ができ、テレビも見られる不思議が起きていて、それで便利だから誰もそれで良しとしている。発電所も電気と磁場ができることを利用して、技術はすばらしいものがある。
 フレミング右手の法則のように、電気の性質、磁気の性質はかなり解明されているが、そもそも宇宙における電気、磁気の謎などは置き去りにされているかのようである。

 フレミング右手の法則が起きるのは、つまり磁場が起きるのは、宇宙全体とも地球全体としていいが、磁場があるのにいわば発現していない常態が、人工的に乱されるので、そこだけ磁場ができる(われわれが認識できる)のである。
 
 「質量」という概念がある。これは重力を考慮しないそのもの自体の重量だというのだが、そんなものは現実の世界には存在しない。宇宙のどこを探したって、重力のない場所はないからだ。
 それで、なぜ重力が生じるか(あるか)といえば、ものみな円運動(地球の回転)をしているからである。円運動は直接に引き込む運動である。引力はそれである。

 円運動をしているから磁場がある、またはできるのだから、重力は磁場あるいは磁性体そのものと言うことができよう。重力=磁場という解釈はあまり聞いたことがないけれど。
 地球の場合だけ生命体が誕生したのは、他の惑星とことなって月ができたからである。つまりそもそも重力の一般性が他の惑星と違ったのだ。それでいうなれば歪んだ結果、生命誕生につながった。

 これは現在の地球とか、目の前の磁石の働き、発電のありようなんかを見ても謎は解けないだろう。まして、地球外の小惑星にロケットを飛ばして砂粒をしゃくって帰ってきても、解明できるはずがないのだ。それが目的なら巨額の税金のムダ遣いである。

 これは物質一般から解かねばならない。
 この物質一般から解くことが、おそらくこれまでの科学者の誰もできていないことかと思う。
 台風の謎を10月初めに説いたが、本稿はその続編でもある。端的に要諦をいえば、気象現象あるいは地震も、地球物理で考えるのではなく、生物学とも搦めて考えなければ真相は解けないと述べてきている。

 台風の目的は、生命体の活動で汚れた海を撹拌してクリーンにするために生じる。強烈な渦巻き状の風を起こし、海面を波立たせて深層の海水と浅い層の海水を入れ替える。これは一種の力学的視点から見てのことだが、渦を巻く強風がおきれば、そこに強い磁場が起きるだろう。考えられることは、生命体の汚した海の環境を磁場によっても整える意味があるのではないか。

 人間の体も、地球(の磁性体)から離れた生活をすると歪んでくるが、ピップエレキバンみたいな強い磁性体を体に付けることで、歪んだ磁場(肩こり)を整える働きがあるのではないかと思う。
 台風もそういった自然自体が創りだすピップエレキバンかもしれない。
 飛躍して言うと、気象兵器が噂されているように、電離層へ強いマイクロ波を照射して、人工的に乱してやれば、台風や地震に影響を与えることができても不思議ではないのだろう。

 物質の一般性でいえば、正常・異常という言い方は正しくはないだろうが、地球は異常、金星や火星は正常なのである。地球にだけ生命体が誕生した。だから磁場も独自のものになって(他の惑星とは違って)地球自体の磁場は生命体と相互浸透し、量質転化した磁性体になっている。しかも人間が誕生して、いよいよ、まずます地球の人間化が進んでいる。

 それがいうなれば地球の物質一般性となっている。かかる意味での地球の一般性を踏まえずに、台風や地震、あるいは元素の組成、放射能などの問題を個別性(特殊性)に矮小化して捉えてはいけない。

 そうした流れのなかで台風も地震も捉えなければならないのである。
 地球全体に磁場がある。他の惑星にもあるかもしれないが、地球は地球独自の磁性体となっていて、それでおそらく生命体の運動次第で変化させられるのではないか。とりわけ人間が関わった地球の部分、あるいは地球の一部である人間や動植物が歪まされる。

 堂々めぐりのような言い方になるが、要するに地球の磁場はあるけれど、現象としてはないのであろう。特別な状態とか歪みとかが生じて、磁場が発現する。
 弁証法を当てはめれば、何かが量質転化しなければ、ないものが現れるわけはない。逆に言えば、なかったものが現れるからには、そこに量質転化があったという一般論が成り立つ。

 つむじ風、あるいは巨大化して竜巻は、そこだけ渦巻きができるのは、そこだけが運動させられているのである。

 病気も同じで、癌にしても正常ならば発現しないのに、なんらかの理由で量質転化が起きて癌が現れる。やさしい例でいえば、肩凝りも同様で、なんらかの原因があって量質転化して頑固な肩凝りとなる。そこに磁気の乱れも現象する。だから治療のひとつのありかたで、磁気を当てると整えられる。

 磁気もかかる現象なのであろう。本来、地球上では見えないはずの磁気、磁場が、生命体化したから発現する。より正確に言うなら、人間化してはじめて磁性として発現するのだと言えるのだろう。

 本来、地球も磁性体なら生物も磁性体なのであって、磁性体が歪めば地球はみずから台風やもしかして地震を起こして磁場の歪みを修整しているのではないか。人間も磁性体だから、みずから反自然的なことをやれば磁性体が弱まったり、歪んだりする。具体的には何度も本ブログで説いてきたように、高層階のマンションに住んだり、水道水をそのまま飲んだり、人工添加物まみれの食材や、手のこんだ料理を食べること、人工的繊維の服を着るなどであろう。




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2016年10月14日

醤油のインチキ


 私はあまり外食はしないのだが、たまに飲食店に入ることはある。超高級店でないかぎり、飲食店には醤油がテーブルに置かれている。例えば回転寿司とか。
 あれは本当に醤油なのだろうか?

 それから、スーパーや「小僧寿司」のようなできあいの寿司を売っている店の寿司パックには、しょうゆがついてくる。あるいはスーパーで売っている納豆にも、小さなだし醤油がついている。コンビニ弁当にも入っている。あれは本当に醤油なのか?
 まだある。出来合いの総菜で、野菜や魚の煮物に使われる醤油は、本物か? ラーメンの調味料として使われる醤油は?

 私は疑ったほうがいいと思っている。
 いわゆる「寿司(鮨)屋」は、ちゃんとした鮨を出すから、満足していただき、それなりのカネをとる、という姿勢だったと思うが、スーパーとかできあい寿司チェーンのパック寿司は、「安い」が売り物なのである。必然、いかにコストを抑えて、消費者に「安いから買おう!」と思わせるかが勝負になる。
 だから寿司は醤油なしでは食えたものではないから、どうしても醤油をつけないとパック寿司は売れない。しかしコストはできるだけ抑えたいから、格安のインチキ醤油を使う。

 …と、私がパック寿司の社長なら考える。味より価格が勝負なのだから。大量に買ってくれる大衆はバカだから健康のことなど考えないし、「健康によい」とか「体に優しい」とラベルを貼りさえすれば済んでしまうものだ。

 本来の醤油の製造工程は、大豆と小麦に麹を加えて発酵させるものだ。麹が出す酵素に大豆のタンパク質を分解させてアミノ酸を作らせるのだ。これには時間がかかる。
 こうした正統な、伝統的な醤油作りならまず問題はないけれど、資本主義は恐ろしいもので、いかに時間をかけず安くつくって、大量に売るかを追及する。化学的にみれば、醤油はタンパク質をアミン酸に変えるだけの工程である。素材が何であれ、タンパク質をアミン酸に変えればいいだけの話になる。
 昨今の発泡酒や第三のビールと同じインチキだ。

 どうするかといえば、タンパク質に塩酸を加えるとたちまちアミノ酸に分解される。われわれの胃のなかでもこういう化学反応が起きている。そうすれば麹も酵素もいらない。
 これでインチキ醤油が作られるのだ。

 正統醤油は丸大豆が原料になるが、インチキ醤油はタンパク質でありさえすればいいので、脱脂加工大豆を使うのだ。これは食用油を搾った後の、豆カスである。戦時中の食糧難時代に考案された。
 現在では、醤油の80〜85パーセントがこの脱脂加工大豆である。いかにも丸大豆に含まれる脂肪分はなくても醤油はできるが、風味やまろやかさがなくなる。
 パック寿司やパック納豆のおまけ醤油は、風味もコクもまろやかさもない。なんとなく醤油らしい色のついた液体でしかない。

 脱脂加工大豆から油を搾る際に、圧搾して油をとるなら、これは物理的でなんら支障はない。けれどたいていの食用油がそうであるように、大豆の場合も薬品を使って脂肪を分離させる。ヘキサンという有機溶媒の薬品だ。
 ヘキサンは揮発性が高いから食品に残存しないと言われるけれど、実は毒性がある。マウスを使った実験では、吸わせると麻酔がかかったようになり、濃度を上げれば痙攣を起こして死ぬ。
 食品添加物の使用基準としては、最終的な食品に残存してはならないとなってはいるが、あくまで基準である。脱脂加工大豆の残存の危険性はゼロではないと言われる。

 ついでながら、先に述べたように、食用油はスーパーに置いてあるような(テレビCMで宣伝しているような)大手メーカーの商品は、みんな搾った油ではなく、薬品で処理した油だから、危ない食品である。やれ「油っこくない」「オレイン酸が多い」「さらさら」「栄養機能食品」「コレステロール ゼロ」などと美辞麗句を並べてあっても、危ないものである。
 かといって、昔のように搾った新鮮な食用油を量り売りしている商店など、ほとんど絶えてしまっているから、怖い話である。

 さて。
 脱脂加工大豆(豆カス)を素材にしても、麹を使って発酵させればまだしもだが、冒頭に書いたように、タンパク質に塩酸を加えるだけでアミノ酸に分解される方法を使えばもっとコストを抑えられて簡便に醤油(?)ができる。
 ただしそれだけでは、麹や酵素がつくりだす自然な色や風味、うまみ、とろりとした味わいなどはできない。
 それで大加工が行なわれる。

 色はカラメルでつけて、黒くする。
 甘みはサッカリンやステビアをぶち込む。
 うま味はグルタミン酸ソーダ、すなわち「味の素」と同じ化学物質をいれる。
 とろみ、粘り気をだすカルボキシルメチルセルロースなどの増粘多糖類をしのばせる。
 さらに合成されたものは腐りやすいので、防腐剤(安息香酸)を加える。

 安息香酸は抗菌作用があるとのことで、清涼飲料の保存料としても使われる。安息香酸ナトリウムと、合成着色料であるタール色素とを同時に摂取すると、注意欠陥・多動性障害の子供には危険であるとされる。さらに、清涼飲料水中に安息香酸とアスコルビン酸が共存する場合には微量のベンゼンが生成する可能性があるというのだから、うっかりインチキ醤油を飲んだあとでアスコルビン酸を摂取したら、胃の中で猛毒のベンゼンが発生したなんてことにならないのだろうか?

 こうなるともう醤油とは言えない「黒く甘い毒水」でしかない。
 だから、もしこのブログを読んでいる方で、どうしても昼食はコンビニ弁当になるという方がおられたら、醤油くらいは会社の冷蔵庫にでも「マイ醤油」として入れておいて使い、弁当についてくる醤油モドキは捨てるに越したことはない。

 しかし、いくらこんなことで警鐘を鳴らしたところで、大衆はきっとこういう。
 「そんなことを気にしていたら、何も食べられない。国が安全だと保障してくれている食品だし、新聞テレビでもダメだといわないのだから、普通に食べればいい」
 どうぞお好きに病気になり、頭も悪くなってください、とお答えするしかない。




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2016年10月13日

パラリンピックは美しいのか


 パラリンピックの語源は、「paraplegia(下半身不随)」と「Olympic(オリンピック)」からの造語であった。しかし1985年以降、半身不随以外の身体障害者も国際大会に参加できることから、「parallel(平行)」と「Olympic(オリンピック)」で「もう一つのオリンピック」という意味になった。

 そもそもの起源は、第二次世界大戦で負傷したイギリスの兵士のためのリハビリにあるという。すでにして嘘くさい。イギリス兵はヨーロッパではいざ知らず、アジアでは日本軍との戦いでは、インド人やマレーシア人を兵にして前線に配置した。テメエたちは後方の比較的楽な場所で偉そうにしていたのだ。

 戦後、日本軍に負けた腹いせに、戦争が終わっているのに、ソ連同様に兵士を復員させずに、奴隷として使役した。
 ふん。その連中が始めたのがパラリンピックの前身だったのだ。
 
 昔はオリンピックと同じ場所で前後して開催しないで、マスゴミの扱いもパラリンピックは小さいものだった。
 年々派手になり、ニュースも大きく扱うようになっている。
 障碍者でもスポーツを楽しみ、競うのは悪くはないが、マスゴミが唱えるようなすべて手放しで良いことだ、人類の理想だと騒ぎ立てるのは、ちょっと違う感じがする。

 今は障碍者に共感し、褒めたたえ、勝っても負けても褒め称えるのが善とされ、それに共感しないで、無関心なのは罪であるというような、この傾向にはうんざりだ。「感動」を強いられているうっとうしさ。無関心や少ない興味の人間は、あたかも差別主義者だとか身勝手だとか言われかねない空気を、マスゴミは創り出す。
 それが嫌悪感を呼び起こさせる。

 それに、無理矢理に健常者と同じ競技をやって、関心を高めようとしている。どうも、競技者の楽しみや励みよりも、IOCの陰謀で、障碍者を利用してまた金儲けしようとの魂胆ではないか。
 バスケットボールにしてもテニスにしても、似ているが違う運動ではないのか。ルールも当然違う。
 障碍者向けにルールを変えるのは当然ではあろうが、なるべく似せないと、大方の興味を引かないからそうしているかのようだ。

 リオのパラリンピックが終わったあと、毎日新聞では支那が金メダルを一番多く取ったのは、国家ぐるみで育成しているからだ。日本は遅れをとっている。もっと日本選手がパラリンピックでメダルを量産できるよう、政府は補助金を増やせと言い出している。
 なんだ、またカネか? 税金にたかって、障碍者選手に支援をといいつつ、スポーツ関連の団体、コーチ、道具屋がもうけようとする。

 マラソンは盲目の人が走るが、伴走者なしには成り立たない。伴走してあげるのは悪いことじゃないし、目が見えなくても走る喜びを味わえるのは反対ではないけれど、かなり無理があってやっている。好きで伴走しているのだから構わないけれど、それで国際大会をやって、国家の威信を賭け、カネをどんと使って勝とうとなると、どうしたってうさん臭くなる。

 義足をつけて走ったり跳んだりするのも、ニュースでは見させられるが、テレビ中継なんかでは見たくはない。痛々しくて見ていられない。義足でも頑張るのは良い、日常生活も健常者と変わらずにおくれるのも結構だ。義足のおかげで、精神的にも良好になることだろうから、喜ばしいことである。
 しかし、疑似オリンピックにしてまで、あたかも「見せ物」のごとくやることに、私はかねてから疑問を持っている。

 つまり。障碍者がなんらかの補助を受けてスポーツを楽しむことは、もっと振興されて良いが、もし日本で大会をやりたいなら、せいぜい県単位くらいで集まって実施したらいいのではないか。
 盛大にやりたい、もっと大きくしたい、テレビにも映りたいとなると、これは本来の主旨から逸脱して量質転化を起こすのである。

 市町村の運動会なら楽しくやって、できれば勝ちたいといった程度の欲が、国際レベルともなれば、いわば「強欲」レベルに質が変わる。
 昔、第一次世界大戦後に日本が信託統治領にした南方の島では、原住民と仲良くするために、運動会をやったそうだ。原住民は誰もそんなことを知らない。

 でもどんなものかと、原住民は遠くの島から船を漕いでやってきた。それで日本人が教えて運動会をやったら、大盛り上がりだったそうだ。島の古老原住民は「あれは楽しかった」と、思い出しては言うそうである。
 こういう運動大会ならいいのではないか。

 例えば、ドーピングである。健常者と同じ悪質なケースもあるが、障害を抱えているために普段から薬を使用している参加者が多いと聞く。
 大会前に使用して違反となるケースは気の毒であるが、大会参加のため、使用を長期間ストップしたことによる症状悪化の例もあるという。


 私が最も気になるのは、人により、また国により使用機具の格差があることだ。車椅子や義足はカネをかければかけるほど軽量化や機能性の上昇に繋がる。カネさえあれば技術開発も進み、選手になじませる訓練なども存分に、になる。メダルが狙えるようになる。
 こんな機具の性能が成績に直結する競技のありかたはおかしい。裕福な選手や先進国の選手が圧倒的に有利になる。

 詳しいことは知らないのだが、義足を付けたり、車椅子に乗って、あんな激しい運動をするのは大丈夫なのか。義足ならば、器具と生の肉体とがこすれあう箇所が、痛みを伴わないものなのか。車椅子では、激突させたり、長距離を、あるいは高速度で、手で車輪を押して移動したりするが、カラダと椅子の部分の接触箇所はズル剥けることはないのかと心配になるが…。

 さらに障害の度合いが微妙に違うから、統一したルールが設定しにくい。目の障碍がある場合は、完全盲目の人と、うっすら見える人では条件が違うのに、公平を期す(競技者を増やす?)ためにわざわざ目隠しして闘わせるのも、無理に無理を重ねている。

 こうなると、例えば県大会レベルでスポーツを楽しむとか、勝ちより親睦や激励を目的とする「質」から、国際大会という「量」の変化(増加)によって、量質転化が起きているのである。
 器具の機能性が上がるとか、障碍者への理解が進むとかの長所はあるが、問題も増えるのである。
 オリンピックと同様に、カネまみれ、名誉欲まみれになっていく。巨額の札束が乱れ飛ぶ。旨い汁に群がる業者も増加する。

 マスゴミが悪いと思うのは、こうした負の面を大衆に見させないようにして、やれ共生はすばらしいの、世界の連帯が良いのと、うっとうしいからである。




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2016年10月12日

運動で壁を超えるには(2/2)


《2》
 もともと運動神経抜群の者なら、子供の頃から運動が得意で勝つこと、褒められることに慣れているけれど、運動神経の鈍い子=グズはずっと運動がダメだとバカにされて育ってきている。そういう人間にとっては空手もそうだが、ボクシングはすさまじい運動形態であろう。だから「対手にパンチを当てることなんかダメ」という像になりがちである。

 余談ながら、小学校のころは、早生まれの子と遅生まれの子では体力も認識も差が大きい。4月、5月生まれの子と2月3月生まれの子では1年近くも成長に差があって、これは努力だけでは埋められない。
 早生まれの子は、運動も認識も劣っているから、生涯劣等感を抱きかねない。これはやむを得ない教育制度とは言うものの、残酷である。

 私も早生まれだったから苦労した。かけっこなんか、4月生まれの子にかなうわけがない。そこを教育者は、素知らぬ顔である。
 早生まれの子は、早々に何をやってもダメという認識が育てられる。なんとかできないものかと思うが…。

 話を戻して、だからこのグズの選手の像は、「踏み込んでぶざまな姿になる」なのである。
 指導者としては自分が教える選手に踏み込んでパンチをださせたいから「殴られてもいいから、無様になってもいいから踏み込め、パンチを出せ」との像ができて、怒鳴ることになるが、選手のほうは「無様!」という像しか描いていないから、萎縮してしまう。いくら怒鳴っても選手はできない。

 萎縮している選手に、指導者が怒鳴って「負けてもいいから突っ込め」と言うと、選手は負けている自分の像を描き、「やっぱりそうか。殴られる、ぶざまだ」という像が頭を占める。追い打ちをかけられので、いっそう踏み込んでいけない。

 だから指導者が選手に、「殴られてもいいから突っ込め」と怒鳴ることは、むしろ選手自身に壁=限界を創らせている指導になってしまう。
 試合に負けて帰ってきた選手を、指導者が「なんで俺の言う通りにしないんだ、バカ!」と怒鳴ったのでは選手はますますダメになる。指導者と弟子(選手)の闘い方の像が一致しないまま。

 これも余談だが、劣等感を抱いた者が首尾よく壁を突破できると、これは強くなり、ときにはもともとの運動神経の良い子、頭の良い子に勝てるチャンスが生まれる。
 がんばって壁を超えたという自信と、ノウハウが身に付くので、後進のできない人間に上手に指導ができるようになる。

 皆さん、オリンピックで柔道とかレスリングとかで、コートの外からコーチが声を枯らして選手を怒鳴っているのに、選手はいっこうに技を仕掛けられず、「ほら、あと30秒しかないぞ。負けているんだから大逆転を狙って思いきり仕掛けろ」と言われているのに、ついに何もできずにズルズル負けるシーンを良くみたでしょう。

 あれは、選手が悪いというより、指導者が選手と認識を共有することを仕損なったからなのである。指導者がどういう働きかけをしなければならないか、その“理論”が欠落しているせいである。
 とくに天災肌の現役選手で、苦労しないで優秀な選手だった者は、できないで苦しむ後進の者の気持ちがわからないから、なかなか指導が上達しない。

 指導者は思い切って踏み込んで勝ちに行けない選手の認識(像)を描かなければならない。そうでないと指導はできない。怒鳴ればいいとか、褒めればいいというだけではない。
 グズを上達させてこそ、指導者の実力もつく。
 ゆえに先に言ったように、ロシアや支那のように運動秀才ばかり集めて、優秀な、教えればすぐ出来てしまう者ばかり指導していると、指導論もできず、指導力も上がってこない。

 わが流派では、それを科学的に学ばされるのである。科学的指導法をまずはわが身を通してやらないと、指導者にはなれない。
 それを簡単には、いきなり(その選手にとって)高度なことを要求しないことである。
 はじめはゆっくりやらせるとか、少しずつ階段をのぼらせるよう指導する。このことは明日の原稿の後半で説く。

 指導者は焦ることなく、一歩一歩、1センチ単位でうまくしていく指導でなければ、なのである。
 そのためには、実体だけでなく認識にも指導者は働きかけることのできる勉強をしなければならない。
 
 指導者とは、被指導者をして自分自身の力で(徐々に力をつけて)上達させるものである。
 運動神経の鈍い子=グズは、実体だけでなく認識も鈍く育っている。本人は主観的には一生懸命やっていると「自負」しているものなのだ。それが壁になり限界になっている。

 被指導者のそうした認識の壁を、ショックを与えて感情を解放するやり方も必要である。

 南ク継正先生の『武道の科学 武道と認識・実体論』(三一書房)(全集では第1巻)で、「恐怖心克服と煙突登りの関係」を説かれておられる。

 学生時代に近所にある壊れかけた煙突に登ったお話である。自分の恐怖心を克服するために、わざと怖い煙突に登ったのだが、最初はやはり怖くなって途中で引き返してしまった。それをどうやって克服したかが説かれている。

 簡単に言えば、我々の空手は相手と闘うわけで、これは怖いのが当たり前である。しかし怖いと言っていたのでは、始めから負けで闘えない。そこで煙突登りの例でいえば、地上1mではそんなに怖くない、そこから1段登るとちょっと怖いがまあ耐えられないほどではない。その怖いけれど耐えられるレベルで慣れたら、さらに1段登って、前よりは怖いけれど怖いところで慣れた分、怖さに耐えられるレベルがあがっているから、もうちょっと頑張れる。

 というように、少しずつレベルをあげていけば、やがて恐怖が克服できる。
 「これは恐怖に耐えることが目的なのではなく、恐怖に耐えつつなにかを行なうことが目的だからである」とある。その「なにか」とは、「まともな技の習得と駆使である」と書かれていた。



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2016年10月11日

運動で壁を超えるには(1/2)


《1》
 昨日言ったことと重なるのだが、女性がなかなか空手で上達しにくく、続けられないのは、自分で限界を作ってしまうことである。
 むろん男でも言えることだけれど。
 たとえばオリンピックでメダルを取るようなアスリートは、自分でそれなりにというより、かなり見事に限界を超えることができた人間であろう。

 われわれの空手流派では、指導とはただ情熱と経験だけでは限界は突破できないと教えられる。
 指導者が被指導者に対して情熱をかきたてるのが上手だとか、経験豊富であるのは、大事なことであるが、それだけでは弟子の限界は突破できない。

 どう限界を超えさせるかを語る前に話はややズレるが、昔のソ連、今のロシア、支那、東ドイツなどのスポーツ選手は、国家ぐるみで育成した。メダリストになれば、余生を豪華に暮らせるよう国家が補償する。ダメだったらみじめな余生しかないと選手は脅されて、励むことになる。

 国家は全国から素質のありそうな子供を連れて来て、ある競技の練習に没頭させる。メダルさえ取れればいいから、勉強なんかさせない。社会常識も教えない。卓球なら卓球しかできない人間にされる。メダリストになれればいい人生は送れるが、そんなのはほんの一握りでしかない。あとは死屍累々。大人になっても教育を受け損ねているから、読み書きもできないで、失格の烙印を押されて放り出される。

 その恐怖で、若者達は必死に練習して将来の良い暮らしを目指して奴隷のようにされながら、シゴキに耐え、限界を突破していく。
 だから五輪で見ていると、支那人選手はほとんど勝っても笑顔がない。日本選手は勝てば底抜けに明るい笑顔をふりまき、楽しそうだが、支那人は暗くどう喜んでいいものかすらわからないふうである。

 昔から南ク継正先生の著作に親しんできた方なら、「コマネチ論」で説かれたことを覚えておられるだろう。人間としての成長、成熟をさせずに、ただ金メダルを取らせてカタワな人間に仕立てる過程が科学的に説かれていた。
 日本でいうならこれは「角兵衛獅子」である。

 だが、日本人選手はそんな国家の圧力もなく、将来の暗黒が待っているわけでもない。負ければ悔しいだろうが、あくまで自分次第の結果で済む。だから暗くならない。負けたからと言って、国民から袋だたきにあうことは皆無だ。
 これが正常であって、ロシアや支那は異常なやり口である。
 さて、ロシアや支那の非道なやり口を取らない日本は、ではどうしたら限界を突破できるか。指導者の力量次第、選手の自覚次第になる。

 空手で言うと皆さんなじみが薄いと思うので、ボクシングの例で話してみよう。実際の闘いではこちらを攻撃してくる対手に、自分の間合いに入ってパンチを出さなければ勝てない。しかし自分が対手にパンチが当てられる間合いは、向こうも自分にパンチを当てられる間合いに入ることだから、当然攻撃されるリスクは高い。
 カウンターを喰らう。

 ボクシングの場合は、足を使って動きながら、隙を狙って踏み込んでパンチを出すのだが、この踏み込みが難しい。まして自分より俊敏で、腕のリーチが長いとわかっている対手には、パンチをかいくぐって踏み込んでいかないと絶対に勝てない。だが、踏み込めば(間合いを詰めれば)攻撃される恐怖が襲って来る。

 指導者は踏み込めと指導するが、ほとんどの選手は弱い相手ならできても、上に行くには自分より強い対手を倒さないとチャンピオンへの道は開けない。それができずに挫折してゆく。
 運動神経の良い若者なら、なんとか努力することで道は開けると分かった経験はあるけれど、もとから鈍い者はこの恐怖が克服できないのである。

 さて、お立ち会い。 
 指導者は選手に踏み込んでパンチを出せと言う。でも練習ではできても本番の試合ではできないことになる。
 この場合の指導者と選手の認識やいかに。ここはどうしても認識論の学習なしには解けない。
 なにせ、人間の行動は認識が決定するのだから、出来ない、怖いという限界をどう突破するかは、認識次第である。

 ロシアや支那では、これを将来がどうなるかの恐怖=認識で超えさせようとする。だからおそらく、そういう国ではまともな指導論は出来てこないだろう。
 指導者は試合の場で、あれだけ練習したんだから「踏み込むだろう」「突っ込むだろう」との像を描く。だが選手は踏み込まない。このときに指導者には「ん?」という像のズレがまず起こる。ズレが認識される。

 選手のほうにはどんな認識が形成されるか。この選手には、日ごろから練習においても「踏み込まない」「手を自分から出していかない」という像を持っているのだ。それは、「踏み込んで対手のパンチを浴びて倒れる、顔が腫れる」そうした像があるから「今は踏み込みたくない」「怖い」の像になる。認識が行動をとらせるから、指導者が怒鳴っているのが聴こえていても出来ないのである。





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2016年10月10日

空手と女性


 小池百合子都知事は、都政改革本部を立ちあげ、築地市場移転問題や五輪競技会場建設などの利権にメスをいれようとしているようだ。
 そのことについては、期待している。ぜひに都議会や都庁に巣食う利権集団をいぶりだしてほしい。

 目下のところ、ではあるが、小池知事は「戦おう」としている。
 稲田朋美防衛大臣はどうも看板倒れで、自衛隊を軍に変えようとの意欲もなく、靖国参拝も逃げまくった。「百人斬り訴訟」も、彼女は主任弁護士でありながら、おかしなことをやって、勝訴に持ち込めなかった。「戦おう」という気が乏しい。

 ま、言うも愚かだが、元民主党どもの蓮舫代表も、口先だけのバカ女で、「戦う」気なんかない。目立てばいいだけらしい。

 さて、女はそもそも戦う(闘う)精神が弱い。スポーツで闘っているではないかと言われそうだが、あれはルールがあってのことであり、命懸けとは言えない。柔道やレスリングはやや戦いに近いようだが、本気でカタワにされたり、殺されたりするわけではないから、まずは武道ではなく、スポーツである。

 空手で女性が入門してきて一番大変なのは、闘う精神をつくることがむずかしいことである。闘うと言っても、小池知事のような世の中の不正と闘うとかの意味ではない。ゲバルトのことだ。
 男のほうはまだしもなんとかなるとしても、女性はそもそも闘うつもりがない。幼少のころからゲバルトを経験していないから、おそらく闘いとはどういうことなのかの像がないのであろう。戦争とか、ボクシングとかを映画やテレビで見て知っていたとしても、これは知識像である。

 女だってケンカはするじゃないかと言うだろうが、あれは苛めの延長であろう。友達をシカトしたり、いやなことを押し付けたり、そんなものはゲバルトではない。
 だから、道場で、突くとか蹴るとかをやらせると、見た目の恰好はなんとかそれらしく見えても、全然中身のない突き蹴りになっていない。

 女性に闘う精神を植え付けるのは、並大抵の指導ではない。本来的には男は殴らなくても指導はできるが、女は殴らないと指導できないとも言われる。女を殴るといったって、最近はそんなことをしたら、セクハラだとか、暴力だとか言われて訴えられかねないから、これはよほどの被指導者が指導者を信頼していなければ、不可能である。

 戦前は、女性はまず大学に進学することができなかった。学業優秀な女性は、むろん親が「女に学問はいらない」の風潮があるから学費を出してくれないので、学費免除で学ばせてくれる看護学校に進むケースが多かった。戦前では、看護婦になるのは相当優秀な女性であった。最近は優秀な女性が看護大学に進学することが多くはなったが、たいていは「でも、しか」看護婦ばかりである。

 女性に闘う精神が不足ないし皆無なのと直接的同一性で、女性はおおむね身の回りのことしか興味・関心を持たない。以前にも説いたが旧制一高寮歌「嗚呼玉杯に花うけて」の歌詞のような高い思想性は、ほとんど理解してもらえない。
 「清き心の益荒男が 剣と筆をとり持ちて 一たび起てば何事か 人生の偉業成らざらん」
 「濁れる海に漂える 我が国民を救わんと 逆巻く浪をかきわけて」
 「行途(ゆくて)を拒むものあらば 斬りて捨つるに何かある」

 と、こう高らかに放歌高吟する認識が育っていない。むろん男もだが…。この歌詞を見て、思想性の高みを感じ取ってくれる女性は大変優秀である。しかしたいてい若い女性でも、関心は恋人、流行歌、服、旅行、スイーツといったくだらないことばかりで、「おばさん」予備軍でしかない。こんな連中に選挙権を与えること自体が間違いである。

 だから女性の認識をスケール大きく指導することは至難の業である。私が志を持つこといくら説いても、ほとんどの女性はすべてが知識に転化するばかりだ。スケール大きく親や教師が育てなかったから、成人しても本当に周りのことにしか興味・関心が行かなくなっていることを、悔しいとは思わないのか? と尋ねても、その意味はわかっても、決して志を持とうとはしない。

 歴史に尋ねても、世界的偉人となると男ばかりである。偉人伝全集なんかには入っている女性は、キュリー夫人くらいであるが、その彼女もラジウム発見の功だけだ。
 私は女性が劣っているとは思っていない。志や誇りを育ててこなかっただけである。21世紀は女性の時代となりつつある。ぜひに、世界史に残る業績をあげてほしいものだ。

 われわれの空手の話に戻るが、昔はなかなか女性に組手をやらせられなかった。寸止め派のような流派は、なにしろ当てないのだから組手もどきはできるけれど、フルコンタクト派や防具派となると、おいそれと組手はやらせられなかった。しかし、わが流派では女性も組手をやらせるようになった。大丈夫か? の心配をよそに女性は見事に組手をやるようになっていった。

 組手は結局のところ闘える魂を創ることなのである。かつては戦えない(組手ができない)と思われていた女性たちが、男子顔負けの技を出すようになった。闘うなかで、闘える魂が育成されてきた。もちろんあの人がやれるなら私も! というような組織一丸となっての女性の意識の盛り上がり、すなわち集団力ともあいまって、闘う魂が組織全体に育ったのだ。

 こういうことができたのは、なぜかというならば、端的には技があったからである。技は最初は形をとることから始まるが、それがやがてスピード、次に威力もつくように修練していって、組手ができるようになる。その過程を保障するのが技である。
 見事な技がない流派(があるとすれば)は、この闘魂養成の過程が持てない。技があるからこそ、闘う魂が養成できるのである。

 次の東京オリンピックでは、「空手」が正式種目に決まったそうで、ご同慶に到りだが、五輪で行なう空手は五体を駆使した生命賭けの勝負ではなく、スポーツである。
 女子空手チャンピョンがテレビにも出て来るが、いかにも手の動きにスピードはあるが、あれは素早さを競っているのであって、決して対手に対して闘っているわけではない。

 なにごともそうだが、技がなければ認識は育たないのである。
 ドイツ(に限らないが)の軍隊にはドイツ軍の兵士養成のノウハウ、つまり軍人兵士に育てる技があるのだ。その国固有の軍人兵士養成の技があるからこそ、闘う魂が育つのである。
 韓国にはそんなものがないから、朝鮮戦争のときには最前線から逃げまくって、連合国軍を危機に至らしめた。

 おそらく北朝鮮にもそういう闘魂を育てるノウハウはあるまい。だからミサイルの開発は技術を盗んで完成できても、地上戦、海上戦、空戦が果たしてできるかどうか。
 余談ながら、北朝鮮が9月初めに発射したミサイルの動画を見ると、道の真ん中から打ち上げていて、羽もついてないのに、制御できるのは見事な技術力と評価できるようだが、私が一番気になったのは、そこではない。

 発射台のすぐ側に立っていた2名の兵士の姿だった。よくすさまじい火力の直近に立てると驚くとともに、奴らの様子がズンダレていたことである。ボケッと立っていて、ロケットが発射されて高温の風が来て後ずさりしているのだが、軍人の緊張感がなかった。だから北の軍はたいしたことはない。

 話を戻して…、女性が闘う精神を持たせるのがむずかしいと冒頭に書いたが、その困難を乗り越えることが可能なのは、技があることであり、正しい技の修得を媒介にしてこそ可能だということになる。
 話が飛ぶようだが、自己変革をしたいと願いながら踏み出せない人や、Change of the placeが出来ない人は、自分でいくら考えていたって、できるようにはならないのだ。これは“技”にすがるしかない。

 その場合の“技”とは、例えば自分が信じる指導者のアタマになりきることであったり、弁証法や認識学であったりする。あるいは古今東西の名作文学であろう。



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2016年10月08日

台風の謎と地球温暖化(4/4)


《4》
 武田邦彦氏は、「地球温暖化」、否じつは「気象変動」はアメリカが言い出しっぺで、日本だけがそれに追随し、割を食っただけで、アメリカは30年間知らん顔してきた。二酸化炭素を一番出しているのがアメリカと支那だった。1位の支那28.7%、2位アメリカ15.7%、あわせて44.4 %。日本は世界の5位で3.7%。なのに、米中を責める論調は日本ではなされず、そういう批判的評価を日本のマスゴミも政府もまったくしない、と武田氏は指摘していた。

 この30年の欺瞞の間、奇妙な「二酸化炭素排出量」の国家間の売買というか融通し合いで、新たなビジネスが生まれ、そこでアメリカなどの仲介企業がまた儲けた。排出量ビジネスがあるから、発展途上国は労せずしてカネが入ってくるので、「京都議定書」に賛成する。
 日本は言いなりにカネを払って、貧乏国に貢いだ。国民は騙されて地球環境のためには仕方がないとボーッとしていた。

 排出ガス規制に関しては、京都議定書(1997年締結)の時点で、ヨーロッパは自分たちが有利になるように、基準を締結時点にしないで過去の高いとき(1990年)を基準にした。日本は1990年時点では低かったのだ。そのため、2000年時にイギリスやドイツは排出ガスを減らした量になり、増えたのは日本、アメリカ、カナダだった。

 つまりこの3国が国際的に排出ガス削減義務を負う羽目にされた。だが、カナダは京都議定書から離脱し、アメリカはそもそも批准しなかった。世界中で日本だけが責めを負った。
 世界はみんな腹黒いのに、日本のみ外国の善意を信じる。憲法前文に、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と麗々しく掲げている結果がこのザマである。

 だというのに、まだ憲法改正に反対すると能天気を言いつづけているバカがいる。世界中が、日本をカモがネギを背負って歩いていると見ているのに。

 したがって日本だけが大きな削減義務を負い、バカ真面目に民主党政権が25%も削減するとほざいたのだ。世界中で嘲笑されたのに、日本では自画自賛していた。
 これに関して、日本の報道機関は、「世界が協調して二酸化炭素を削減するようになった」と嘘を流しつづけている。

 日本の左翼マスゴミは、一つには元民主党贔屓のために、こうした大失態を報道しない。今も、地球のために良いことを率先してやっていると国民を騙す。
 これはむろん政府も官僚も悪いが、NHKも共同通信もなにも、国家的犯罪行為なのである。
 誰も「王様は裸だ」と真実を言わない。言えば袋だたきにされるからで、その意味で日本には言論の自由はない。

 武田氏は続けて、日本では気候変動は環境問題と見なされているが、世界では政治問題とされていると説く。ダイオキシン問題が日本で沸騰したころ、ヨーロッパの科学者たちは、あれは科学のことではなく、政治問題だと見向きもしなかったそうだ。あれも日本が騙されたのである。多くの日本の科学者は馬鹿丸出し。

 ただの受験秀才はこうなる。よって、アメリカ研究者どもが台風の風速は温暖化のために早くなったと言われると、鵜呑みにする。温暖化は深刻だと言っていれば、大学で出世し、やがて政府の対策諮問機関なんかのメンバーに呼ばれて、大金をせしめることもできるとほくそ笑む。

 「気候変動」問題ははじめから政治問題として終始したのだ。それと二酸化炭素と農業の問題への誤解である。
 例えばイネは光合成でイネができるのだから、私たちが食べるごはん粒は二酸化炭素でできている。地球上から二酸化炭素を減らせば、イネの収穫量が減っていくことになる。

 次に武田氏は個人的見解だと断りながら、「各国の雇用者報酬の推移」というグラフを提示した。
 以下のサイトでそれが見られる。ぜひご覧あれ。
 http://na-ki.com/archives/252

 1997年の京都議定書は結ばれた時点を100として、その後の労働者の賃金がどう推移したかを説く。日本だけが、徐々に下がっていき、今は88.9に下がっている。
 一番成長した(賃金が増えた)のは、オーストラリアで194,6の上昇。イギリス168.9、アメリカ158.0、フランス152.7、ドイツ138.6
と、みんな右肩上がりになっている。

 二酸化炭素を減らすとは、生産活動を減らすことである。生産活動を減らせば労賃も減る。経済研究者はデフレのせいだというけれど、この愚かすぎる「温暖化対策」については語られない。生産活動するためにエネルギーがいる。エネルギーを出せば二酸化炭素が増える。
 二酸化炭素の排出量を減らせば生産が減ってGDPも下がる。これが発展途上にあった支那とインドが議定書にも協定にも入らなかった理由である。アメリカもヨーロッパもごまかしたのは、二酸化炭素排出量を削減すれば、国民に犠牲を強いるからであった。

 ところがあろうことか、あるまいことか、日本だけが見かけだけ「良い子」になりたがった。事実は、百歩譲って地球が温暖化するとしてもニ酸化炭素が原因であるわけもない。ニ酸化炭素が減れば農作物の収量が減るのだから、日本は正直だった善意だったで済む話ではなく、悪徳だったと武田氏は言い切る。

 私たちは、地球温暖化対策と言われて騙されて、生活が豊かになっていいはずのことが逆になっている。貧困だの格差だのも、経済施策云々よりもまず、二酸化炭素排出の件で大間違いをしているせいなのである。

 しかし。しかし、である。わが国はいいように諸外国の餌食になっていて、GDPも下降している現実を良しとしている勢力が国内にいることが大問題である。
 役人、政治家、マスゴミ、科学者、左翼市民運動家らが、この温暖化にしゃぶりついて既得権益としている。地球温暖化を止めることこそ正義だと言いながら、実はそれをネタに税金をふんだくる構図になっている。

 研究しますと言っては行政から研究費をふんだくり、啓蒙活動をすると市民運動家がいえば行政から補助金が出る。太陽光発電、風力発電など、石油エネルギーをやめて自然エネルギーに換えればいいと、コスト度外視で政府が補助金を出したから、かえってバカ高いものにつくようになっている。
 マスゴミもせっせと記事にしてくれ、ただで広告が出せるようなもの。

 奴らは国家が衰退しようが、作物の収穫量が減ろうが、自分の利益になれば構うことではないのだ。とくに左翼が活動に熱心なのは、社会主義革命の夢が消え、活動基盤が失せたので、代替として温暖化対策運動を広げて、仕事にしている。
 だからアメリカ研究者の大嘘の台風が温暖化のせいで強力になったと言われると、大喜びで飛びつく。異論は許さない。
 太陽光発電で儲けようとしている在日の孫正義も、マスゴミに手を回して地球温暖化の危機を大衆に浸透させようと企む。

 以前にも本ブログでは説いたが、もし地球が温暖化したなら、それは悪いこととは言い切れない。むしろ生命体にとっては、温かい地球がありがたいのだ。仮に太平洋の島嶼が少々沈んだとて、わが国の領土が減ったとて、生命全体としては歓迎すべきことなのだ。

 寒冷地方の動植物が減るとか絶滅すると悲嘆にくれる向きはあるが、これまでの地球の歴史のなかでは、気象変動や地殻変動で、多くの種は絶滅してきた。可哀想だと言っても始まらない。
 地球が温暖化するのはいけないことだとは、虚偽である。
 なにより、そんな嘘に騙されて日本経済を減速させるのが、世界の国々の狙いだと理解に努めるべきである。




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2016年10月07日

台風の謎と地球温暖化(3/4)


《3》
 昨日の説明で、台風が生命体とも関わっていて、純地球物理だけの運動ではないことが了解していただけたろうか。
 台風の進路予報が、もっと生命との関係が究明されて正確なものになることを期待したい。

 さて、本稿の始めに、アメリカの気象研究者のいい加減な地球温暖化と結びつけた「研究」を、日本の新聞が舞い上がって紹介しているが、政治的意図は考えないのか? と指摘しておいた。
 3回目では、この台風が37年間に風速が15%増したなどというヨタ話が政治的なデマであると述べていきたい。

 以下の話は、虎ノ門ニュース(9月5日放送)で科学者の武田邦彦氏が地球温暖化対策の欺瞞を説いていたことを紹介しながら論述していく。これは9月はじめに「アメリカと支那がパリ協定批准」を共同で発表したニュースの解説であった。
 まず武田氏が説いたことは、そもそも日本では「地球温暖化」とマスメディアは言うが、諸外国ではただの「気候変動 Climate change」である。 

 誰が日本でClimate changeを地球温暖化と訳したのか。アメリカに脅されたか、アメリカや支那に阿(おも)ねたかは不明だが、政治的な訳だったのである。
 環境省あたりの木っ端役人が思いついたのか、自民党の環境族あたりが利権を増やそうとしたのではないか。そういう訳をしておけば利権が生まれ、マスゴミもとびついてきて、大衆も賛同してくれるだろうと踏んで…。

 「United Nations 連合諸国」を、国際連合と訳した害務省あたりの木っ端役人の所業と同じか…。United Nationsとは、「第二次世界大戦に勝利した連合国の利権を戦後も維持するための組織」なのであり、実際、いまだに「敵国条項」は削除されておらず、ドイツと日本は敵国扱いなのだ。

 これも虎ノ門ニュース(9月8日放送)で青山繁晴氏が、尖閣諸島を支那が攻めてくるときは、きっとこの敵国条項を盾に侵攻の正当性を主張するだろうと言っていた。いまだに戦勝国は敗戦国には何をしてもいいとなっているからである。常識的には平和になっていて、講和条約も結ばれはしたが、敵国条項が残っているかぎり、戦勝国と自称している中共には、日本を攻撃できる「資格」があるのだ。

 この気候変動が話題にされたのは、1988年アメリカの上院で農業関係者が、工業が二酸化炭素を出すので農作物に被害が及んでいると演説し、その保障として農業に補助金をくれと訴えたところから始まる。地球環境問題ではなかったのだ。
 そのわずか2カ月後に、「気候変動国際会議 IPCC」が設立される。

 ちなみに気象庁のホームページを見ると、IPCCについてこう正確に書いてある。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)」は、人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988 年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画 (UNEP)により設立された組織である」

 すなわち「地球温暖化対策パネル」とはなっていない。しかも「Intergovernmental」だから、相互政府の、なのであって、国際間のではない。政府間の「政治問題ですよ」と掲げているではないか。腹黒いのに正直である。
 アメリカが前向きになったのは、温暖化を危惧したのではなく、気候変動は外交カードに使えると踏んだからだった。主に原子力の推進を狙った措置だったのである。

 やつらの「科学」はこのように真理ではなく、金儲けのために活用される。「人類の月面着陸」のデタラメ芝居も、政治的目的で行なわれた。火星に水がある、との嘘も、政府から研究費をふんだくるための芝居だ。
 今回の台風の風速うんぬんも温暖化と結びつけて結論づけたのは、政治的狙いであろうかと疑われる。アメリカは学問が皆無で、プラグマティズムの国なのだから信用するほうが愚かである。

 それからアメリカが国際会議を立ちあげるために、イギリスやドイツを誘った。「国際」というからには、ヨーロッパの国の賛同を得なければならないからだ。
 1995年、ベルリンで初の気候変動に関する国際会議が開かれたが、このときの主題は、「発展途上国(旧植民地)の発展抑制」である。

 発展途上国が工業化するには二酸化炭素を排出するようになるのだから、それを「地球温暖化」というご都合主義で縛って、発展させないようにと企図した。このベルリン会議は日本ではまったく報道されなかったそうだ。ただ、しだいに「京都議定書」に持っていって、日本も騙す方策が練られていったのだろう。日本でもマスゴミがしきりに環境問題を言うようになった。

 太平洋の島嶼、それもどういうわけかツバルだけに海面の上昇が起きたなどと奇怪な事例を持ち出して、かわいそうだとマスゴミが騒ぎだした。ツバルを救うために、わが国の民は耐え忍んでクルマにも乗るな、焚き火もダメ、太陽光発電をしろと大騒ぎ。
 ツバルは温暖化のせいではなく、地盤沈下のではないかと疑われている。

 さらに原子力発電を進めろ、GE社の欠陥原発を買え、核ゴミの処理なんか構うな、じゃんじゃん原発を建てろ、それが温暖化防止になると煽った。2005年から夏はネクタイを外してクールビズにしろと言い出したのは環境大臣だったころの小池百合子だった。そのおかげで男の服装がズンダレて、政治家どももサラリーマンも、みっともない姿になった。こんなバカを提唱したから私は小池百合子を信じていない。

 1997年に「京都議定書」が結ばれた。実は京都の会議の主題は、支那とインドの発展抑制であったが、これも日本では報道されなかった。
 実はこの京都会議のときに、会議場で日本の経産省と環境省が激論を交わすという「みっともない」醜態をさらした。経産省はこれは政治問題だという認識、環境省は自分の利権もあって環境問題だとバカ丸出しで勘違いしていたのだ。

 京都議定書のとき、アメリカは批准しなかった。アメリカは自国の産業が打撃を受けるからとか、排出ガス量1位の支那が批准すれば俺たちも加入してやるぜと言い続けた。
 2015年にパリ会議があったけれども、京都議定書の発効と異なってパリ協定は義務がない。何年までに何%削減しますなどとする義務は負わない。そういうことを日本のマスゴミは言わないで、そら日本は出遅れていると政府を誹る。

 これはパリ会議の目的が、主に京都議定書をアメリカが批准しなくて、実効性がうやむやになっていたから、ちゃんとアメリカも納得できる形にやり直しましょうという主旨だった。
 約束したって、守らなくていいのだから、むしろ中身は後退した。

 それで今年9月になってアメリカと支那がやっと協定に賛同したわけだ。アメリカは30年間「地球温暖化」なんか知らねえよ、とすごんでいた。日本では重要な地球温暖化対策を決めた会議の名前を「京都」と冠してもらって舞い上がっていたが、アメリカや支那は「アホか。日本にだけやらせておけ」としていたのだ。

 鳩山由紀夫が民主党の環境政策として衆院総選挙の公約に、二酸化炭素を2020年までに1990年比で25%、2005年比で33.3%削減して地球温暖化を防ぐ、という内容を掲げてしまった。心底バカである。アメリカに騙されただけ。マスゴミもこれを持ち上げ、御用学者どもも拍手喝采した。テメエで墓穴を掘っていれば世話はない。

 同じ連中(サヨク)が、ネタを変えて「原発中止」を言うのは、日本の経済や国力の衰退なんかどうでもいい、俺っちの利権だけ守りたい、なのだ。



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2016年10月06日

台風の謎と地球温暖化(2/4)


《2》
 前回、「台風は生命現象の一環だ」と書いておいたので、それを今回はいわば実例で説いてみたい。
 以下は、私の空手道場の弟子に向けて講義をしたものである。当時は今年の台風10号と12号しか来ていなかったので、この2つの台風の進路を説いたが、その後9月7〜8日ごろに来た台風13号と直近の18号についても付け加えておいた。
 
 ■   ■

 台風の進路(軌跡)について話しておきたい。
 まだ記憶に新しいと思うので、10号と12号の進んだ軌跡を思い出してほしい。
 まず12号は、九州の南方から近づき、鹿児島県の西(薩摩半島)に接近した。この段階で気象庁の予報は、鹿児島県か熊本県に上陸し、四国に再上陸して関西方面に行くと「予報円」を書いていた。
 しかし、私はきっと九州西岸に沿って海上を北上すると予測した。

 次に鹿児島県の真西に来ると、気象庁は熊本に上陸の恐れ、と発表した。私は熊本県には上陸しないで北上すると見立てた。だが、台風の進路前方には、長崎半島と五島列島がある。おそらくここにぶつかって台風は進路を変え、北東方向に進むと見た。

 その先は、山口県はかすめるかもしれないが、気象庁の予測のように中国地方を進むとは考えられなかった。日本海に抜けて(対馬には向かわず)温帯低気圧に変わるはずだった。
 この「台風上陸」と言っているのは、あくまで中心(目)のことで、気象庁も目を「上陸」するかどうかの判断にしているようだ。

 これはどういう根拠で言っているのかわからない。目が陸地にかかるかどうかよりも、実態としては強風圏や大雨圏はとっくに「上陸」して、各地に被害をもたらしているのに、「いまさら上陸」はないだろうと思う。 
 昔は人工衛星から撮った台風の写真がなかったから、わからなかっただろうが、今は鮮明な写真が撮れる。雨雲の様子がくっきりとわかっているのだから、今もって「目」にこだわって「上陸」とするのは誠に変ではないか。

 台風12号の進路に戻すと、12号は偏西風などに影響されて東寄りに進路は変えさせられようとはしたのだが、台風は海の上をいくのが本来の性質だから、陸地にあがるのを嫌がる。それで熊本県あたりでは東に向きを変えて上陸しそうでいながら、陸に上がりたくないから渋々北上したわけである。

 ところが沿岸を進んだため、長崎半島にまっすぐぶつかることになり、急角度では西か東へ曲がれないので、上陸せざるを得なかったのである。

 南ク学派では、台風は海を撹拌させて上層と下層の海水を入れ替え、クリーンにするために発生し、移動するのだと説いている。ただこの話を聞いたのはかなり以前なので、現在はもっと解明が進んでいるかと思う。
 夏にとりわけ台風が発生するのは、生物がさかんに活動して海が汚れるから、クリーンにするためである。海水温が高いから台風が発生すると気象研究者はいうが、生物との関係が蔑ろにされている。

 だから台風は本来は陸地を目指してはいない。陸に侵入する角度(入射角)が90度に近いと、台風にブレーキもハンドルもないので、陸地に突っ込むしかない。入射角が浅いと台風は陸地を避ける。

 今回の12号のように、鹿児島と熊本の西岸を進むと、いきなり急角度で進路を変えて上陸はできないので、高度上空の風(偏西風など)は「おい東に行けよ」と押してはくるが、「嫌だ」とばかりに陸には進まなかった。

 次に東北地方と北海道に災害をもたらした台風10号も、沖縄付近の海上から北東へ進んで、伊豆諸島あたりに来た時、気象庁は関東直撃か、という予報を出したが、これもまずあり得ないと私は予測した。台風は海を行くのが原則だから、福島から宮城にかけての東岸海上を北上していくだろうと見た。太平洋上に高気圧がドンと居座って、台風10号は北東方向へは進めなかったのだろう。どこかで気象庁の予報どおりに東北地方に上陸して秋田か青森付近の日本海へ抜けるはずだった。

 10号はもし、仙台湾に侵入すると、台風自身(目)が湾に囲まれて逃げ場をなくすから、そこで一気に上陸して山形方面へ進む可能性はあった。それだと東北全域で被害がでるかと心配したが、10号は幸い、仙台湾には近づかず(陸地を嫌って)海の上を北上した。もしかして牡鹿半島と金華山に目がブチ当たるとそこから西に進路を変えるかもと思ったが、台風がそこをやはり回避したので、さらに北上していった。

 でも北上はしたが、釜石、宮古あたりの三陸海岸はあたかも台風の進路をさえぎるように東に張り出しているから、やっと10号は気仙沼あたりで上陸したのだった。私は、仙台湾を無事通過したら、次は釜石あたりから上陸か? と見ていたので、ほぼ予想どおりとなった。

 三つ目に台風13号は、沖縄の南方海上で誕生してから、九州や四国はかすめることなく北東へ進み、気象庁は9月7日から8日にかけて静岡県あたりから斜めに上陸して関東、そして東北地方へ陸地を進んでいくと予測していた。
 私は8日に新幹線で新潟に赴く予定だったので気をもんだが、一番に考えたのは、13号の進路は、すでに10号が進んだ海域だったことである。

 10号は妙な動きをした台風で、静岡県の南方付近で発生してから南西に向い、沖縄南方でUターンして北東に戻って来て、さきほど述べたように三陸地方を北上したものだった。
 つまり10号は南西に行くときと北東に戻ってきたときは、まったく同じコースは辿らなかった。初めは北側、戻りは南側を進んだ。
 このため、この海域は相当海水はクリーンになったはずなのである。

 13号はその10号がクリーンにした海域をまた辿りはじめたのだ。だから、私は途中で弱まって温帯低気圧に変わるだろうと予想した。
 変な譬えだが、自動掃除機「ルンバ」という商品があるが、あれはセンサーで汚れを見つけながら移動してゴミを取るらしいが、一度通って掃除したところには行かないのではないか。
 台風も「ルンバ」みたいなもので、同じ海域は通らないようだ。

 ただ、台風本体より前方にできる前線付近で大雨が降る可能性はあると見た。そのとおりに、13号は関東や東北の一部で大雨被害はもたらしたが、8日午前3時ころに温帯低気圧に変わった。
 こうなると「目」は消えるから「上陸」もなしだった。

 18号はついこの数日だったから、みなさん記憶に新しいだろう。沖縄を北上したのち、気象庁の予報は九州西部から上陸して日本列島を縦断するかのごとき予報を出していたが、そんなはずがなかった。私は九州と朝鮮の間の海を通って日本海に入って、日本の沿岸を上陸せずに北西に移動していき、弱まりながら北陸あたりで上陸となると思った。
 18号が玄界灘を通過するときに、やや朝鮮半島の南端に近づいたが、やはり陸地を嫌ってあちらには上陸しなかった。だいたい予想した通りになった。

 台風は巨大な雨雲をともなっているから主に台風の前と右側では陸地にも大雨を降らせる。そもそも雨は、陸上の生物がつくった汚れを洗い流し、クリーンにするために降るのだから、台風がもたらす大雨は海だけでなく陸地にも大変ありがたいものなのである。地球の歴史=生命の歴史でいえば、両生類と陸上植物が現れるまでは生物はすべて海の中にいたのだ。その海中にいる生物が出す汚れをきれいに掃除するために台風はできたのだから、歴史的に見ても陸をクリーンするのは二次的な役割なのである。

 私は台風は生命現象の一環であると知っていたので、気象庁の言う地球物理的な要素だけで判断することなく、生命との関わりで見たので、より詳しい予測ができたのだった。

 私たちは雨上がりに空気がきれいになって清々しい気分になると思うが、きっと海中の魚やエビ、タコなども、台風一過のあとは、「おお、水がきれいになって気分がいいぞ」と思っているのだろう。
 実際、台風通過直後の海では魚やイカがよく釣れる現象が起きる。クロダイ、スズキ、イカは良く釣れるが、濁りを嫌う魚やタコはしばらくダメだとか。

 しかし川などの淡水魚は、台風直後は水が濁り食わなくなり釣れない。おそらく淡水魚は陸のものだから、海のものである台風とはじかには関係が及ばないのかもしれない。

 あるサイト(http://umituri.net/?p=693)で検索すると、こういう話があった。
 「以前漁師さんと話をしていたときに聞いた話。漁師さんの中には、定期的な台風のような嵐が来るのを待ち望んでいる人もいると聞く。これはなぜかというと、夏など高温期には海水がよどみやすく、内湾では海底にヘドロが溜まったりして生物の多くが死滅してしまうこともあるそう。ここで台風が来てくれると海底のよどんだ水を入れ替えてくれるので、再びゴカイ等の虫や貝・甲殻類などの小動物が集まり、魚も集まってくるということ。」

 ほら、こんなに台風は海の生物と関係が深い。台風の目的が海の掃除であることがわかるだろう。




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2016年10月05日

台風の謎と地球温暖化(1/4)


《1》
 これは毎日新聞9月6日付夕刊のトップ記事である。
     *     *

《台風 風速15%増 東アジア上陸37年分調査 海面水温が上昇》
 2013年までの過去37年間で、日本を含む東アジアの国々に上陸する台風のピーク時の風速が15%増したことが分かったと、米カリフォルニア大サンディエゴ校などのチームが5日付の英科学誌ネイチャージオサイエンス電子版に発表した。

 沿岸で海面水温の上昇が観測されており、台風に供給されるエネルギー源が増え、発達しやすくなったとみられる。
 今後も地球温暖化に伴って海面水温は高くなると予測されており、チームは「日本や中国、台湾、韓国を直撃する台風はさらに激しさを増すかもしれない」と警告している。

 チームは、米軍合同台風警報センターと日本の気象庁のデータを使い、1977年以降に発生した台風の進路や強さを分析した。
 この結果、フィリピン東方で発生した後、北方向に移動した台風のうち、75%が中国や日本などに上陸したことが分かった。台風ごとのピーク時の風速は77年から13年の間に年平均で15%増加した。米国の基準で最も強い「カテゴリー5」や2番目の「カテゴリー4」に分類される非常に強い台風の数も4倍近くに増えた。
 一方、東アジア沿岸の海面水温は10年当たり0・3度前後のペースで上昇した。
  (引用おわり)

     *     *

 わかったようでわからない記事だ。
 毎日新聞の科学部の記者は、アメリカ人の言うことだから確かだろうと、ただ鵜呑みにしている。アメリカの科学者ほど信用ならない連中はない。だいいち月面着陸なんか出来ないのに、いまだにやったことにしている。
 それに、アホだから地球は温暖化していると牢固に思いこんでいるから、「もしかしたら政治的発表か?」と疑いもしない。この問題は本稿の3回目4回目に論述する。

 今回と明日は科学の視点から考えたい。
 台風のピーク時の風速が、37年間に15%上昇したとは、いかなることか。そもそも日本だけではなく、支那その他の国がとったデータが正しいのか? データを信じるとすればだが…。もし支那人なんかに計測させたら真面目にデータをとって研究しようなどとは思うまい。人様の研究を盗むことしか考えないのだから。

 気象観測機器があっても、仕事はいい加減だろうし、その機器が金目のものなら勝手に持ち帰ってしまうのが日本以外の東アジアの国々、支那人や朝鮮人なのだから、データが当てになるのか、と問うべきである。まあ今回は信用できそうな、米軍と日本のデータをもとにしたと言っているようだが、米兵なんかあてになるの?

 ピーク時の風速はいったいどうやって測ったのか。
 ピーク時と言っても、風は早くなったり強くなったり、刻一刻変化のただ中にある。ややこしい言い方になるが、風速20メートルが10分続いた場合と、風速18メートルが30分続いた場合とでは、どっちがどうなの? それでも瞬間最大風速(?)だけを基準にして、「以てこれこそが科学でござい」と言えるのか?

 アメリカの研究者のおバカなところは、弁証法的な考えがまったくできていないことだ。ピーク時だけ比べました、とは呆れてものも言えない。みなさんはこの「ピーク時」が理解できましたか? ピーク時という「言葉」はあるが、その実態はなんなの? 像が描けます?
 まだある。わずか37年間の統計なのである。気候は周期的に変動することがある。何がいいたいかと言えば、この37年間は海水温度が上昇しているかもしれなくとも、また下降する可能性はあるということである。

 同じような例としていえば、遠くの星を見て、その距離が地球から離れていくように観測でき、正確に測れたとして、せいぜいこの50年くらいしかデータはないはずだ。宇宙の動きが、たった50年や100年で何か結論づけられるのか? 星が遠ざかっているとしても、どの星も楕円運動をしているのだから、何百年か何千年かしたらまた近づいてくると考えるべきなのだ。

 ところが地球から遠ざかっている星を発見すると、「すわ、これぞ宇宙が膨張している証拠」と騒ぎたてるのだから、間抜けである。

 一番、気象研究者がわかっていないのは、台風は地球上で発生する出来事であることだ。そんなの分かっているに決まっている、と言わないでほしい。地球上の現象であるとは、地球が生物に覆われ、生物といわば一体化した論理構造を持っている実在だ、ということである。

 平たく言えば、台風だって生命現象の一環なのだとわかっていなければならないのだ。地球では物理現象と生命現象の二重構造になっている。火星や金星なら生命体がないから、物理現象だけの一重構造だ。
 したがって、台風の予想進路をとってみても、地球の物理現象だけで見てはいけない。これまでは、それでも通用して、だいたい予想はできているのだけれども…。生命体との関係を踏まえて、二重構造で進路は予想しなければ不十分なのである。実例は明日述べる。

 そも、なぜ熱帯の海上に台風は発生し、大きく渦を巻きながら移動するものなのか、である。気象研究者たちは、海水温が高くて、海流が流れていて、コリオリの力が働いて、偏西風に乗り、高気圧は避けて…と、いうなれば純気象現象というか、地球物理学の観点からしか見ていない。

 しかも地球物理の観点でしか見ないのに、磁場の問題は無視だ。磁場は渦巻き状に発生する。宇宙全体が磁場であるから、天体は渦巻き運動をしている。それをなんらかの理由で乱すときに、一番強いところに磁場が「現れる」のだ。それご覧ナ、台風も渦を巻くではないか。こうした観点からも台風は究明されるべきであろう。
 だから「弁証法がない」、と言わざるを得ない。
 磁場に関しては、10月15日ごろにもう少し踏み込んで書きたい。

 台風が起きる、大海がある、大気がある、雨が降る、風が吹く、海流が生じる、これらは地球の勝手な、生物を置き去りにした運動なのではなくて、生命体と相互規定的かつ相互浸透的なつながりを続けている関係性で存在する。地震もしかりである。

 実際、台風は陸地では植物や動物にぶつかって弱まるではないか。それを物理的にしか見なくて、台風の本質が解明できようか。
 それをまったく忘れているのに、やれ地球温暖化などと騒ぐときだけ、人間が地球を汚しているなどと騒ぐのだ。

 アメリカ研究者のおかしなところはまだある。
 風速はどこで、どんな条件でそれぞれ測ったのか、が考慮の外になっている。まあ海上で測ったのではなかろうから、陸上で測ったのなら、陸上には山頂もあり、街中もあり、谷間もあり、平地もあり、である。観測器の設置場所がどんな場所かによって、風速も風力も変化するのである。

 風は陸上の物にぶつかりながら、すり抜けながら吹いている。それによって、減速したり加速したりするのだ。海の側で測った場合と、ずっと内陸で測った場合は、きっと違うのである。 
 だから風速は、風洞実験みたいな訳にはいかない。それなのに、アメリカのアホどもは、東アジアではみんな同じ条件のはずだと決めつけている。




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2016年10月04日

アホ、バカ分布の一考察



 本稿は、2013年3月26日にアップした「バカ・アホの分布」をより詳しく説いたものである。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/352118284.html
 
    ■     ■
 よく関東では「バカ」関西では「アホ」がつかわれると言われるが、そう単純なものではないらしい。どういう分布になっているかは、昔から誰もが結構関心があったようである。私の経験でも例えば関西の子が関東に転校してくると、言葉の違いに驚き、どうして? と疑問が湧いたものだった。その一つが「アホ、バカ」である。

 『全国アホ・バカ分布図』という本があって、この本は関西圏では有名な『探偵! ナイトスクープ』という番組が発端となって調査され、まとめられたものである。結局「アホ」と「バカ」の境界線は、岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原・西今須にあるそうである。とはいえ、名古屋では「タワケ」というとか、九州では「バカ」がつかわれるとか、一筋縄ではいかない 。

 『全国アホ・バカ分布図』によると、罵倒語では「バカ」が一番全国に流布している。分布は「県」や「藩」よりも古代以来の「国」によって分かれているらしい。ほかにも、鎌倉時代までは「アホ」も「バカ」も使われていなかった。「アホと賢い」、「バカと利口」はセットになっていた。かつて「バカ」は「人がしでかすでたらめ」を意味し、単独では相手を罵倒できなかった。関西では「バカ」は使わないが、「バカモン」「バカタレ」を使う。などなどが解明(?)されたそうだ。

 さて。人を罵るこの「アホ(阿呆)、バカ(馬鹿)」だが、八切止夫は、こう説明する。馬鹿は馬も鹿もケモノゆえ、これらを扱う源氏系(白、四つ、騎馬民族系、北方系)の民族に対する蔑称である。阿呆は「あ」が付くのでこれは平家系(赤、八つ、海人族、拝火教徒、南方系)への蔑称になる。

 「あ」がつくとは、平家系は苗字に関しても当てはめられ、例えば安藤、阿川、足立、安倍などの頭に「あ」がつく苗字の人の先祖は、平家系であった。その“法則”が、罵倒語にも用いられて「あほう」となったのだろう。
 この苗字の法則については過去に、「苗字の仕掛けに見る日本の素顔」(1〜4)で説いてあるので、ご参照を。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/308192020.html

 もう一つ、タワケは岐阜から広まったようだが、これは「他外」の意味になるそうである。問題外の人間みたいなニュアンスか。

 八切止夫の日本史によれば、白村江の戦いで敗れた日本原住民(すなわち平家系と源氏系)は、進駐してきた支那軍(藤原政権)とそれにへつらって支配階級に帰順した百済系(南朝鮮系。のちに貴族化する)によって支配されることになった。支那人(藤原氏)と百済系朝鮮人は、貴族階級を形成し、荘園制度の下、平家系の庶民を仏教に帰順させるとともに農耕漁業などの一次産業に従事させる。

 それ以外の源氏系と平家系で帰順しない(仏教徒にならない抵抗勢力)は、囲い地(今日言うところの被差別部落)に押し込め、出てこられなくした。
 藤原政権は被差別のものを、「五色の賎」と称して「綾戸、雑戸、家人、公奴婢、私奴婢」の5つに分けていた。
 それが平安時代である。

 平安末期に平清盛が代表する平家一族(和歌山あたりに漂着したマレーシア方面からの民族)が一時隆盛を誇るのだが、これを旧来の(伊豆に分布していた)平家=北条家が、馬をつかった機動力に優れた源氏(源頼朝や義経)を利用して壇ノ浦で撃破し、再び南方へ追いやるのである。壇ノ浦で敗れた平家は決していわゆる「平家の落人」にはならず、船でほとんどは南方へ逃げ帰ったのであった。

 北条平家は首尾よく源氏をつかって天下を取ると、ただちに源氏一族(義経、頼朝、梶原などの武将)を滅ぼしてしまう。頼朝一族は使い捨てだった。そうやって北条氏は平家系の民族をいったんは平安時代の抑圧から解放するが、一方で源氏系を再び弾圧し、これを囲い地に押し込める。これら源氏がいわゆる「平家の落人伝説」となると八切は解説する。

 時は流れて鎌倉幕府(北条平家政権)の末期、元寇によって平家は権力が弱まるとともに、後醍醐帝という権力亡者の少しおかしな天皇によってガタガタにされ、鎌倉幕府は滅びてしまい、南北朝時代となる。後醍醐帝は天皇家だから武力を持たないので、兵力として囲い地に追いやられた源氏系の連中を使うのである。結局、このときは北朝が勝って、南朝は逼塞させられるのだが、この後醍醐に仕え南朝を支えたのが囲い地(被差別部落)にいた源氏系または山中に隠れていた原住民だった。楠木正成はこの一党である。

 北朝が勝って足利時代になると南朝方になった地方の者はみんな反体制とされて被差別の人間にされた。これらを再び「除地」と称する囲い地に押し込めた。同時に北条政権側だった者も再び平安時代のごとくに差別扱い、農奴に戻されたのだ。

 さて、ここで歴史を区切って、この平安朝から南北朝あたりにかけて、日本の人口の約6〜7割は王朝時代(藤原時代)と足利時代に農奴にされた農奴であり、山中に逃げ込んで反仏教で抵抗した源氏系などを入れると約85%が被差別人というか非支配階級とされたのである。人間扱いされなかった。

 この連中=庶民のうち、美しい娘や働き者は妾や娼婦に取り立てられ、また男で丈夫で働くものは囲い地から出されて下人にされた。百姓や漁師にさせられたのである。この連中を称して支配階級は「阿呆」と蔑称した。
 同じ阿呆でも、源氏系は馬や牛、つまり運搬業に関わるため「馬鹿」と蔑称されることになっていく。

 こうして見てくると、アホは西日本で多くつかわれ、バカは東日本で多くつかわれる理由が、大雑把には西日本には平家系が多く、東日本は源氏系が多いから、という推測がなりたつのかと思われる。
 この差別、被差別体制が壊れるのは、織田信長や秀吉、家康といった戦乱の中から登場し、被差別人から成り上がった武将による。信長、秀吉、家康は、いずれもいわゆる被差別部落から脱出して武将になった者で、美濃、尾張、三河といった地域から登場している。

 この地域がまたかなり特殊な地域で、昔から平家系(南方系)の一大集落があったところであって、中央権力から大きな囲い地とされていた処なのである。先にも言ったとおり、「他外(たわけ)」の地区である。信長、秀吉、家康は大きく言えば、部落解放に立ち上がった英雄であった。つまり「他外」による叛乱である。

 徳川政権が、では熱心に部落解放をしたかというと、そうでもないのだが、とくに5代将軍綱吉あたりから、徳川家は家康の正当な家系(赤、平家系)が消えてしまい、済州島から来た朝鮮人によって徳川家が乗っ取られてしまう。以後、徳川将軍が朝鮮人系統になるのだ。よって、いっそう徳川体制と仏教寺院によって日本の人口の八割の被差別部落あるいは農奴が支配される時代になっていく。

 それが江戸期を通じて徐々になし崩し的に壊れていき、明治維新で(イルミナティの策謀はあったにせよ)庶民の解放が一気になされる。その江戸期のなし崩し的解放が、8代将軍吉宗時代から始まった、当時の大都会、江戸、名古屋、京都、大阪への人口集中現象であった。吉宗は「五街道目付」に命じて、主要街道の庶民の出入りなどの監視を(経費節約を名目に)庶民自身に担当させることにしたのである。

 庶民の中の、旅芸人や旅商人として許可した者(囲い地から特別に出ることを許された者)に、公認の朱鞘の刀(武士は黒鞘)と捕縛を持たせたのである。庶民に「お上御用」に担わせて、人件費をかけない監視体制を取ろうとした。ま、アイデアは良かったが、これはまったくのアイデア倒れであって、徳川政権からすれば大失敗、庶民からすれば天佑となった。

 庶民から監視役を抜擢したために、これはチャンスとこの(仲間の)朱鞘の者=監視人に渡りをつけて、被差別部落ないし農奴とされた仲間たちが次から次に囲い地や農地から脱出して、博多、京阪、名古屋、江戸へと大移動を始めてしまった。銭で「町人別」を購入して、都会で商人や職人になっていった。

 勝手に自由になった彼らが町人文化を花開かせる。勝手に囲い地から脱出したのだから、いわゆる政治的に国なり体制なりが身分保障しているわけでもなく、戸籍で証明されているわけでもない、いわばみんな脱獄囚のようなものだったのである。明治維新になって日本の人口を調査したら、予想の倍も実際は人がいて、明治政府は驚愕したのだ(とても全国民を喰わせられないと踏んで政府は海外移民や「からゆき」という棄民政策を実施する)。

 徳川政権は彼ら庶民のための警察機構は作ろうとはしなかった。お上に反抗するものは取り締まったが、庶民同士の争い事には知らん顔である。大岡裁きなどありえようはずがなかった。庶民同士の争うに国家が介入するようになったのは、西郷隆盛が実質的首相のときに実現した。

 部落は、必ずしも南朝方、あるいは騎馬民族系=源氏系の者ではないが、一応彼ら「白山信仰」の者、源氏の「白」と世間では決め付けていたので、その者らを「しろうと」=「素人」と呼び、仏教系の体制側についた者を「黒うと」=「玄人」と称するようになった。玄人とは「黒」すなわち仏教徒坊主の衣(墨染めの衣)の意味である、しょせん、素人(白う人=白=源氏=反仏教)は、体制である仏教徒=玄人にかなわないということ意味だ、とされているのだが、これは本来的には間違いだと八切止夫は言う。

 玄人とは、「玄の人」つまり原人=日本土着原住民(最初から日本人)のこと、最初からの日本人のことだと彼はいう。それが仏教を持ち込んだ支那系の仏教徒の意味に変えられたのは、明らかに作為だと八切止夫はいう。

 何が作為かというと、これによって、被差別部落(囲い地=除地)は帰化人のたまり場なのだという間違った知識を植え付けることになったからである。今でももしかすると、同和の先祖は帰化人なのだと思われている人がいるかもしれないが、それは仏教坊主が意図的に悪意で広めたウソだと八切止夫は言うのである。
アホ、バカの由来から、ずいぶんと複雑な(教科書とはまったく違う)日本史の裏面がわかっていただけただろうか。


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2016年10月03日

気がつけばチャイナに乗っ取られる


 久しぶりの支那人ネタ。
 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」2016年9月5日付より
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 オーベルヴィリエ市、気がつけばチャイナに乗っ取られていた
  パリで13000名が参加、「中国は出て行け」のデモ
* ***********************
 パリから北へ一時間ほど。のどかな農村だったオーベルヴィリエ市がある。
 いつしか繊維産業の工場が建ち始め、気がつけば78000人の人口のうち、六万強が中国人となっていた。
 フランス最大のチャイナタウンというより、こうなると「チャイナ・シティ」の出現だ。

 フランスにおける中国人のコミュニティでは急速に治安が悪化、泥棒が強盗となり、強盗も殺人を伴い、安心して町も歩けない。
 のどかな農村だった、奴らがやってくるまでは、と住民がこぼすという(アジアタイムズ、9月5日)。「最初はかっぱらい、つぎに強盗となり、最近は強盗殺人にエスカレートしている」。
 実際に先週、服飾デザイナーが中国人強盗団に襲われて殺害された。

 パリでも「中国人、韓国人、日本人」のツアーが狙われる。順番に大金をもっていると強盗団に推定されているからだ。
 2016年9月4日、パリでは治安悪化、暴力追放、中国人はでていけとプラカードを掲げてのデモ行進が行われ、パリ市民13000名が参加した。 パリ市長は北京を訪問し、中国当局に対策を促したが、一切効果がないという。

 イタリアでもフローレンスの近くのプラト市。皮革製品製造で有名だが、グッチやルイビュトンもこの町で作られており。同時に偽物も中国人工場で作られる。プラトはいまや完全にチャイナシティとなり、チャイナ・コミュニティに住む中国人は五万人となった。イタリア政府の悩みの種である。

 2016年6月にもプラトでは中国人と警察との激突があり、数名が負傷するという暴力沙汰がおきた。 
 原因は繊維工場の立ち入り検査に不満をもつ中国人工場長が従業員を集めて威嚇したことから警官隊が導入され、激しい暴力事件に発展した。

 プラトは5万人の中国人労働者がいつのまにか這入り込み、2010年から15年にかけて、45億ユーロ相当の模造品を不正に輸出し、稼いだ外貨を中国に不法送金したため、当局は10億ユーロの追徴課税をかけた。

      *     *

 だから言わんこっちゃない、日本は支那人の留学生や移民を絶対に受け入れてはならないのだ。必ずこうなる。
 青山繁晴氏も「虎ノ門ニュース」で、世界を回ってみると、どこでも支那人は憎悪されていると語っていた。それ人間の正常な感覚であり、自国のみならず他国の文化を尊重する人間のココロなのである。

 ナチスによるユダヤ人大虐殺は、いささか犠牲者数などが水増しされていて、陰謀の匂いがあるけれど、それでもユダヤ人は欧州では嫌われていた。差別は良くはないが、嫌われるには嫌われる原因をユダヤ人が創ったからでもある。
 そういう過去の教訓があるのだから、次はどこかで支那人がユダヤ人のような目にあうであろう。

 ユダヤ人はそれでも宗教上では譲らなかったにせよ、それぞれの国では「郷に入りては郷に従う」生活のありようであったかに思えるが、支那人はユダヤ人ほど民度が高くない。自己の相対化がまったくできない。そんなことには関心がなく、嘘をつけばいいとしか考えない民である。
 古くは、華僑となって支那から出ていった連中は、東南アジアなんかでは植民地支配者の英国やフランスの側に立って、現地の人を弾圧し、また麻薬の取引や売人をやって闇社会を広げた張本人だった。

 どこでも社会のダニなので、いずれどこかで、悲惨なジェノサイドが起きるだろう。
 
 支那は千年、二千年間、絶え間なく戦乱が起きていた。王朝もめまぐるしく変わった。そのつど民は右往左往させられ、大量に虫ケラのごとく殺された。毛沢東も文化大革命とやらのマヤカシの看板を掲げて、しゃにむに国民を殺して回った。餓死もさせた。

 支那人にとっては、戦争は勝てればいいが、勝敗はどうでもよく、あとは権謀術数なり「宣伝」で利を得ればいいのである。ユダヤ人もそれに近いやもしれぬ。
 大東亜戦争では、蒋介石はほとんどの戦いで日本軍に負け続けたが、アメリカやドイツからの莫大な援助さえいただければ、勝ち負けはどうでも良かった。国家なんかメじゃなくて、私欲で動いた。

 また支那人、「南京大虐殺」「三光作戦」「毒ガス」「慰安婦」などの大嘘をデッチあげて、なんやかやと日本からカネを引き出させれば良く、戦争の勝ち負けは知ったことではなかった。ユダヤ人も、ナチスによる虐殺や差別を言い立てて、うまい商売をやっている。

 戦争以上に、儲けられる、あるいは優位に立てれば十分、それが支那人なのだ。その流れで、支那人は別に支那の土地に拘泥しない。さっさと他国に逃げ出して寄生虫になっても、その地で儲かればいいと考えるのだ。平気で犯罪に手を染める。
 もともとその国に根っこがないし、愛情もないので、麻薬などの違法しかやれない。
 それが、彼らが千年、二千年の戦乱から学んだ生きざまであって、もうDNAレベルに染み込んでいる。

 「今は武力で勝てなくても、あとで嘘をついてでもこっちに有利にすればいい」これが民族的知恵とでもいうべきか。それで生き抜いてきたのだ。
 現在の奴らの南支那海の岩礁埋め立てや、尖閣諸島への侵攻も、武力で勝てなくても、あとで相手国を謀略や宣伝で屈服させるつもりなのであろう。

 宮崎正弘氏が報告しているように、フランス、イタリアばかりでなく、カナダでもアフリカでも、まさに「蝗害」で支那人が溢れ、憎悪されているとはいえ、それでその国に人と衝突が起きて叩き出される事態になっても、支那人は平気だろう。
 勝負はむしろそこから始まる。悪いのはフランスのほうだ、イタリアのほうだと嘘をデッチあげはじめ、それこそ「嘘も百万回言い続ければ真実になる」の“法則”を実践するはずだ。

 大量のチャイナマネーを投入して、世界中のマスメディアを買収して、支那の言い分こそ正義だと言いつづける。こういう攻勢をかけられたら、フランス人やイタリア人は勝てない。
 嘘もカネで本当にしてしまう。現に、これまでも奴らはそれをやってきて、とりわけ日本はその被害を被ってきた。

 欧米もアフリカも中東も、今はそのチャイナマネーに目がくらんで、支那人の嘘を報道して日本を困惑させているが、やがてそれは自業自得、テメエにも巡ってくるのである。
 ずばり、支那を国連はじめあらゆる国際組織から排除すべきだ。交渉ごとはそれぞれ、そのつどやればいい。

 日本人のマインドとはまったく違う生き物が支那人だとわかるべきなのである。「日中友好」なんて信じる奴は、間抜けだ。





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2016年10月01日

志士どもと嘘(2/2)


《2》
 原田伊織氏は、幕末の志士とか、薩摩、長州が、「何らかの国家理念を掲げて」討幕に向かったわけではない、と言う。青山繁晴氏は官許歴史を信じて、志士たちは近代国家の建設、あるいは四民平等の理想社会の実現を目指して、地位もカネも名誉も要らぬとして私(わたくし)を脱して戦ったのだと言う。

 どちらが正しいかと言えば、事実としては原田伊織氏が正しい。青山氏の場合は「解釈」である。美しい話に仕立てているから、個人がそのように捉えて、己が人生の指針とする分には構わない。しかしそれは小説だと思わねばならない。

 三条実美(さねとみ)は、明治政府で太政大臣すなわち事実上の初代首相に昇りつめた公卿であるが、岩倉具視とともに、この時期暗躍した…というかテロリスト集団に利用された。無能で陰険な男で、明治政府の太政大臣になったために、公家らしい優柔不断が国政を混乱に陥れた。公家は平安の昔から無責任、無能で通っている。

 なかには「うちの先祖は公家です」と自慢たらしく言う者がいるが、よく恥ずかしくないものよ。
 三条は孝明天皇からは「重々不埒な国賊」とまで罵られた男である。岩倉同様、公家の位も低いのに、しゃしゃり出ただけ。

 長州藩はこんなバカを担いで、尊王攘夷をネタに主導権を握ろうと図ったのだ。つまり、このことからも、奴らには「何らかの国家理念」などなかったことがわかる。あまりに無能だったから、さすがに担いだ薩長どもも、後世に三条実美の「こんな素晴らしい業績」は捏造できなかったのだ。

 NHKの大河ドラマでも主人公にはできない。
 しかたなく、とっくに死んだ坂本龍馬とか吉田松陰なら美しい話がデッチあげられるとして、官許歴史に加え、英雄として祭り上げたのである。

 さて、そのバカの三条実美は文久3年8月18日の政変(三条実美ら七卿落ち)で長州に落ちていった。
 そのころは、尊王攘夷運動が最大の盛り上がりをみせた、京都には尊攘派テロリストが集結し、「天誅」と称して反対派に対する暗殺・脅迫行為が繰り返された。
 朝廷内においても三条実美や姉小路公知ら急進派が朝議を左右するようになり、2月に国事参政と国事寄人の二職が設けられると、急進派がこれに登用され実権を握った。

 これに対抗して、会津の松平容保や薩摩藩は公武合体派といわれたが、孝明天皇が急進派の攘夷主張を嫌っていたので、朝廷内でクーデターを起こして、七卿を追放することに成功した。
 その後、すったもんだがあった後に、慶應3年10月に政治は大きく動く。慶喜の大政奉還である。

 まず土佐藩が慶喜に対して「大政奉還」の建白書を出す。慶喜はこれを承けて京都二条城に諸藩(約40藩が参加)を招集して、「大政奉還」について諮問した。形式的に諮問したうえで、慶喜は参内して幼い明治天皇に上奏文を提出した。天皇は慶喜に「大政奉還勅許」の「沙汰書」を授け、ここに大政奉還が成立した。土佐藩が建白書を出してからわずか12日後のことだった。
 
 これは官許歴史でも認めている、表の出来事であるが、裏では「尊王」の精神とも、政治的理念とも関係なく、政治的駆け引きだけが行なわれていた。
 この時点では討幕派の公卿は追放されていて、朝廷内で過激派は少数だった。そこで討幕派の岩倉、西郷、大久保らは、なんと偽の「討幕の密勅」をデッチあげた。天皇の署名も花押もないもので、原田氏はこれを「国家的犯罪」と言っている。

 これをひそかに知った慶喜側はまさか勅命が偽物とは思わず、勅命が下ってはまずいと思い、先手を打って「大政奉還」という手に出た。これなら「討幕」の大義名分を消滅させることができる。
 大政を奉還したところで、実際には朝廷にも薩長テロリストにも統治能力はない。だから実権は変わることなく幕府が握っていたのだ。

 朝廷は仕方なく、大政奉還から1週間後には、外交については引き続き幕府が担当せよと指示をだしている。内政だって薩長テロリストには能力はない。

 『大西郷という虚像』で原田氏は、黒船来航の嘉永6(1853)年から以後、「その十年間というもの、幕府はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、プロシャ等を相手にして、次々と和親条約、通商条約の締結を迫られ、独立と国益を守るべく必死の外交交渉を続けてきたのである。討幕の意思を秘める薩摩と長州の過激派は、そういう幕府の足を引っ張るだけでよかったのだ。」と書く。

 そのとおり、官許歴史では幕府が間抜けで不平等条約を押し付けられて無能をさらしていたから、近代化を目指した薩長がこれを討ち倒してご一新を果たしたのだと書いている。そんなことは嘘だった。薩長の下級武士はしょせんテロリストで、外交能力もなく、実務の実力もなく、ビジョンがあったわけはない。

 ただ、イギリス(本当はユダヤ商人)が、薩長のテロリストを唆して、幕府の足を引っ張らせていたに過ぎない。
 ただの素浪人風情の龍馬ごときに、高邁な国民国家への思いなどあろうはずがない。司馬遼太郎の創作である。

 それから「王政復古の大号令」、鳥羽伏見の戦い、江戸開城などの流れも、官許歴史で説かれるものとは、実相は違うのであって、現今の子供の教科書も書き替えるべきであるのに、間違った歴史がつづられている。東大歴史学科の徒弟制度を守るため、大衆には嘘を教えて騙していけばいい、との傾向だけが生き続けている。ずるく、怠惰である。

 原田伊織氏の維新3部作(『明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』『大西郷という虚像』)はこれで完結したそうだ。
 できればこれらの書を手にして、本当の幕末史を摑んでいただきたいと思う。
 そうすれば青山繁晴氏のごとき、志士ロマンは打ち砕かれるだろう。

 さらには官許の「官」のなかには、東大を頂点とするわが国の歴史研究者も含まれる。
 とりわけ日本史の分野は、挙げて左翼マルクス主義集団のまま、戦後を支配してきている。奴らは後進の若い研究者に、教授などのポストを恣意的に配分し、与えることで、正しい歴史へのアプローチを禁じている暗黒集団なのである。自民党は「歴史認識は政治の場ではなく、歴史の専門家に任せる」と国会で答弁するのを常としているが、こんなマルクス主義の亡霊研究者どもに官許歴史を任せるとは、間違いである。

 本来なら、政府や文科省が、事実に基づかない歴史を垂れ流す歴史学界を駆逐しなければならないはずである。



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