2016年11月02日

放射線「直線仮説」こそ諸悪の根源(2/4)


《2》低線量率なら無害
 国連科学委員会と国際放射線防護委員会が提唱し、押し付ける直線仮説(無しきい値)が間違いだとすると、では適正な(人間の健康に資する)放射線量はどれくらいなのかと言うと、これも近藤博士の本では「自然放射線の強さの100倍くらいまでの低線量率なら、生涯浴びても無害と言えそうである」としている。

 ただしこれは動物実験である。人間ではどうかは難しい問題である。
 なぜなら目安となるデータが少ないからだと言われる。このくらい被曝するとこういう害が生じるという例がすくないから困っているらしい。けれどだからこそ弁証法、だからこそ学問ではないか。

 しかし、人間ではどうかの問題が難しいのは、認識がからむからであり、社会性を加味しなければならないから、ラットの実験とは同じにできない。

 自然放射線の強さの100倍とは、100〜200ミリシーベルト/年くらいである。
 今や福島原発のあたりはざっと言って1マイクロシーベルト/hに下がっているのに、立ち入り禁止にすると当時の民主党政府は息巻いていた。「対策はとっています」といいたいだけのパフォーマンスで福島県の県民はひどい目にあっている。呆れてものも言えない。

 私の推測では、100〜200ミリシーベルト/年以上を浴びたとしても、生活過程を整え健康良好なら、さらに心配ないということであろう。
 もうちょっと条件が緩やかで良い領域があってしかるべきである。つまり譬えていうなら、玄米を食べ、1日8時間の睡眠をとっている人間なら、300ミリシーベルトでも問題ない、というようなことになるのだと思う。

 それに、認識がイキイキしている人間と、被災して落ち込んでいる人間とでは一律にはいかない。福島第一原発に張り付いて闘っている作業員や自衛隊員らは、使命感に燃えていれば少々の基準値を超えても大丈夫で、逆に嫌々作業に従事していれば基準値以下でも危ないかもしれないのである。

 だから、「一般人の人工被曝の年間限度量(累積)」を1ミリシーベルトにしているのは、どうかと思う。
 文科省が2011年4月26日に東京電力福島第一原発から放出される放射性物資による周辺の汚染状況を予測した地図を公表した。これによると、2012年3月11日までの予想累積線量は、福島県浪江町(原発から24キロ地点)で235ミリシーベルトに達するという。

 福島市でも10ミリシーベルトに上るとか。
 これは毎日新聞(事故後の4月27日)の記事であるが、こうやっていい加減なデマを新聞は垂れ流して、大衆を恐怖に追い込んでいた。
 この数値は「現在の水準で放出が続いた場合」でしかなく、なんでそんなものを今の段階で予想して発表する必要があったのか。幸い、みんな忘れちゃっただろうが。

 だいいち何で文部科学省が調査を? 文科省もやれば、環境省もやり、経産省もやり、さらには農水省も、厚生労働省もやり、国土交通省もやり、とそれぞれ独自に木っ端役人どもが調査とやらをやらかすに決まっている。さらには内閣府の特命担当で防災担当大臣もいるからこれも独自にやっているかも… 。県も独自にやれば、市町村でも勝手にやる?
 縦割り行政にわざとしてあるから、それぞれの省庁が勝手に「仕事」をこしらえる。

 それぞれの省庁に御用研究者が巣食っていて、役人主導で「会議」やら「機関」やらを設けて、税金を使っている。
 その発表を使って、マスゴミは原発や東電への反感を煽る。
 こうやって大衆に不安をいだかせることで、ますます木っ端役人は調査だ会議だ、広報だと仕事が増える。

 ところがそうした会議では、低線量の放射線が照射された生物は、放射線の影響に対して適応する対応を起こすことには、誰も口を閉ざしてしまう。そんなことを言ったら袋だたきにあうとてか? “趨勢”とちがうことを言う科学者は仲間に入れてはもらえない。怖い怖いと煽る本ばかりが売れるから、出版社も真実はスルーしてしまう。

 近藤宗平博士の『人は放射線になぜ弱いか 〜放射線恐怖症をやわらげる』(講談社ブルーバックス)にはこうある。チェルノブイリ原発事故の件である。
 当時のソ連も危険だからと住民に立ち退き(疎開)を命じたが、頑として危険地域に残った住民がたくさんいたそうだ。そのことについて近藤博士はこう説く。

     *     *

 私はこの放射線防護委員会専門家のリスク予測よりも、疎開に抵抗している住民の正義のほうに賛成である。すなわち、疎開の命令に反対して村に居のこった住民のほうが、疎開した住民よりも長生きする可能性が高いと、私は思う。
 なぜなら実際の資料によると、低レベルの放射線を浴びた人は、あびてない人よりも、健康状態がよい場合が多いからである。(中略)
 ここでは、高汚染地域で疎開しないで頑張っている勇敢な人に、つぎのような激励の言葉を贈りたい。自分の家や土地や食べ物がどれだけ汚染されているかについて、個人的に心配することはやめたほうが賢い。汚染の心配を今日から忘れなさい。
 
 なぜなら、汚染したミルクも、汚染肉も、汚染した麦でつくったパンも、汚染している野菜も、汚染していないものと味も栄養も変わらない。体内が汚染しても、いたくもかゆくもない。汚染は、やがて排泄される。

 ただし、少し節制しなさい。タバコの喫煙本数を半分に減らし、ウォッカの量も少しへらし、食べすぎないようにし、過労や心配のしすぎをやめ、新鮮野菜を食べ、適当に運動をし、住み慣れた土地で、いままでどおり自然の生活を楽しみなさい。これは、よく知られているがんの予防の心得である。

 こうすれば、疎開した人より、長生きするでしょう。疎開したらさまざまなストレスがふえ、習慣のちがいに適応しなければならない、ストレスは、がんの進展を助長する。
 節制した生活をすれば、放射線をあびたほうが長生きするという証拠は、次節以降に紹介する。

     *     *

 この近藤氏の本は1991年の改訂新版であるが、まさに今の福島の住民へのメッセージになっている。私は福島県民はぜひ、政府の命令に抵抗して、自分の家にとどまっていただきたいものと願っていた。民主党政府も方針を入れ替えて、即刻安全宣言をするべきだったのである。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする