2016年11月07日

オリンピック出たけりゃ自費で行け


 スポーツ庁は、東京オリンピックとパラリンピックへの援助ならびにもっと先の日本のスポーツ育成のために、どんどんカネを使うと公言している。
 聞くところによると、2020年の東京五輪まで年に100億円、4年間で400億が文科省から計上されているそうだ。
 パラリンピックにも同様に大幅に増額を計っているらしい。

 メダル獲得数が多い国ほど、莫大な強化費用を費やしている。日本はその点で少な過ぎるとスポーツ関係者は憤っているようだが、カネをかければかけるほどメダルが取れると考えることが狂っている。
 バカみたい。
 スポーツしたけりゃ自費でやれよと言いたい。

 日本は現在、韓国、ロシア、支那に領土を侵されていて、国防が喫緊の課題になっているのに、自衛隊も海上保安庁の予算も削られている。海保の巡視艇の3分の1は寿命の終わった老朽艦で、新しく出来ないでいる。それなのに、スポーツにはしこたまカネをつぎこんで、結局ドブに棄てるようなことをやらかして、アホか。

 東京五輪は3兆円を超える!? そんなお遊びに蕩尽しちゃってどうする。国防費につかえ。

 2020年東京五輪のカヌーとボートの競技会場建設にかけるカネが、最初の予算69億円が7.5倍の491億にも膨れ上がった。明らかに都とゼネコンと政治家の癒着談合が背景にあると誰でも見て取れる事態になった。さすがに選手たちのなかから、「まずい」「これは俺たちに逆風だ」と察した賢い者が出てきているようだ。

 そんな贅沢三昧の施設を造っても、日本選手が大活躍する目途は立っていない。税金使ってふざんけんなよと国民から批判を受けかねない。
 ボートの愛好家は都心にそういう豪華施設がほしかろうが、そこまで税金にたかって(人様のお恵みで)、好きなスポーツをやる意味がどこにある? お前等は乞食か。なにがレガシーだ。

 カヌーやボートの選手が海の森でやるのを嫌がるのはまだまともだ。森喜朗を筆頭に、もう決めたことだからとブー垂れているやつらこそ、後々選手が気の毒なことになるという配慮は皆無だ。

 オリンピックは巨大な利権である。昔はこじんまりやっていたパラリンピックが巨大化し、大騒ぎするようになったのは、そこにも関係者どもが利権を広げたからだ。
 障碍者の人もスポーツを楽しむことは大変結構だが、パラリンピックは、人の世話になりすぎじゃないのか? 全部を、健常者の係員や審判にやっかいになって、それで嬉しいのか?

 マスゴミは、障碍者と健常者の「共生」などと妙な美辞麗句をつかって煽るが、透けて見えるのは障碍者に競技をやらせて、それに利権としてたかる有象無象がいるということだ。

 余談ながら、リオのオリンピックでもパラリンピックでも、勝った選手の派手な振る舞いには私は顔をしかめたものだ。
 金メダルが決まった瞬間に、床に寝転んだり、万歳したり、「チョー気持ちいい」「最高で〜す」を叫び、もらったメダルをカメラマンに言われるままに噛んでみせたり、あれは日本人のマインドではない。

 毎日新聞はパラリンピックの入場行進をする車椅子の選手が、大口をあけて叫んでいる写真を1面トップに掲載した。なんというはしたないことをやるのか。大口を開けながらわめき、片手を突き上げているざまは無様で、やったバカも悪いが、その写真を当たり前のように選んだ新聞記者もみっともない。

 そんなことは「車夫馬丁」がやることなのである。オリンピックに、他人様のカネを恵んでもらって出るなんていうのは、そもそも車夫馬丁の所業なのである。

 しかし、「悪貨は良貨を駆逐する」だ。日本文化は世界のブタどもと付き合いを深め、広めて相互浸透して、理解できる人が激減した。

 9月26日のブログで「軍刀の操法について」を掲載した。あの中で、町人風情が剣道場に入ると、とたんに武人の礼儀や美意識が失われ、ひどいありようになったことが説かれていた。
 今のオリンピックなどは勝負だけに拘泥し過ぎである。あれだけ税金から援助してもらっているからにはメダルを取らなければ、の思いに駆られるためか。

 たとえ勝てなくても、礼儀の良さや潔さ、相手を思いやる気遣い、スポーツマンシップ、それが発揮できていればいいではないか。とくにパラリンピックは、健常者に世話になってのことなのだから。
 メダルを取ったの取らないのよりは、選手は全員参加賞、介助者にも賞をあげ、どれほどきれいな戦い方をしたかで競ったらいいではないか。

 本ブログでは何度か五輪批判をしてきた。2014年2月19日付ではフィギュアスケートを俎上あげて批判した。
 http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/389093844.html
 そのとき、日本で最初に水泳で金メダルをとった鶴田義行さんのエピソードを紹介した。
 鶴田さんの息子は、父親が日本最初の金メダリストだったことを知らず、亡くなって新聞記事で初めて知ったのだ。

 鶴田さんは海軍水兵だったが、泳ぎが好きなのを見込まれてオリンピックに出た。さすがにオランダまでの旅費と宿泊代は国が出してくれたのだろうが、強化費なんか1銭ももらっていない。家族に自慢しなかった。これは凄いことだ。その態度を、死んでも子供にしっかり伝えた。
 そして、わかる人にはわかるよう、天の配剤とでもいうか、私たち後世の日本人にも生き様を示したのだ。金メダルより価値があるではないか。

 それほど昔の人はつましかった。
 彼にはコーチもトレーナーも管理栄養士も、データ分析のパソコン係などがいたわけじゃない。すごい選手だった。今は選手だけに脚光が浴びるが、メダルを取るような有力競技なら、チーム構成でやっている。それが全員で世界各地で合宿したり試合に出たりしているんだから、莫大な費用がかかる。選手の努力もあるだろうが、裏方に頼っての勝利なのだ。

 そんなのはおかしいだろ。
 そのうえ、今はメダルを取ると地元でパレードをやり、出身学校に迎えられては大歓迎を受ける。裏方チームはなかったがごとき顔している。少しは鶴田さんの爪の垢でも飲んで、派手なことを恥ずかしいという思いを味わったらどうか。
 なのに、選手どもは口を揃えて、障碍者のみなさんに勇気を与えただの、被災地域の方々に勇気を与えただのと自慢するのは、思い上がりもはなはだしい。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(3) | エッセイ | 更新情報をチェックする