2016年11月18日

日本では何故言葉がダラクするのか(1/2)


《1》
 先週の「鎌倉薪能をより高みに」のなかで、こう述べた。
 「鎌倉薪能はそこそこに鑑賞できる水準ではある。感動もさせられるだろう。だがどこに発展の芽がある? あるいは鑑賞者をして(平俗な言い方をすれば)、「よし、おれもやるぞ!」と奮い立たせるものが出せたのか?
 能は幽玄でござりまする…と言うかもしれないが、その幽玄という言葉、あるいは像を、伸ばし、実らせ、内容が充実していってその重みでそれこそ自然に割れて新しい種や芽が出たわけでもない。

 ただなんとなく「解釈」しているだけ。
 日本人のほとんどが、そんなことには無関心だ。解釈しただけで満足している。藝術、芸能の鑑賞とはそういうものだと思い込んでいる。」
 このことを、もう少し考えたい。

 私があの原稿を書きながら一つの論文を思い出した。それは支那文学者の竹内好が昭和23年に書いた「日本の近代と中国の近代」である。私は高校2年生のときに雑誌『中央公論』昭和39年10月特大号の特集「戦後日本を創った代表論文」の中に収録されていた。
 当時の一級の学者、文学者が書いた論文なるものを、生まれて初めて読んだもので、大きな衝撃を受けた。

 竹内好の「日本の近代と中国の近代」は、現在ちくま文庫『日本とアジア』のなかに収録されている。弁証法や認識論を学んだあとでは私のなかでは色褪せたものはあるが、それでも竹内が提起した問題は今も重いと思う。

 私はたまたま「幽玄」を例にだしたが、彼は日本の言葉全体を批判して、ダメになるのは何故かを解こうとした。
 例えば、「武道」も、創られた当時の概念は決して、伸び、実り、発展することがなく、現今の剣道や柔道に見るごとくの堕落につぐ堕落、スポーツでございと取り繕ってはいるが、もはや名前だけ。
 そんな言葉の現象があらゆるところで起きる。

 だから「幽玄」も同じだと思ったのだった。
 では「日本の近代と中国の近代」なかなら引用したい。少々長くなるが辛抱してください。

     *     *

 ヨーロッパでは、物質が運動するだけでなく、精神も運動する。精神が物質の影であるのでなく、また物質が精神の影であるのでもなく、それぞれに自己運動の主体としての実体であるように見える。たしかに精神の自己運動が認められるように思う。たえず自分を超えていこうとする動きがある。あらゆる概念が概念の場所に止まっていない。それは将棋の駒を進めるように進められていく。駒が進むだけでなく、駒を動かしている盤そのものが、駒が進むにつれて進むように見える。

 駒の進みは一様ではないが、止まった駒は、止まったところからまた必ず動き出す。止まり切りになることはない。理性、自由、人間、社会、どの駒もみなそうだ。おそらく進歩という観念は、このような運動のなかから、自己表象として飛び出してきたのだろう。

 東洋には、このような精神の自己運動はなかった。つまり、精神そのものがなかった。もちろん、近代以前には、それに似たものはあった。儒教や仏教のなかにはそれがあったが、それはヨーロッパ的意味の発展ではなかった。近代以降はそれさえない。

 その証拠には、日本の言葉の歴史を見ればよくわかる。言葉は必ずダラクするか消えてしまう。「文明」はカステラになるし「文化」はアパートや鍋になる。そのアパートだって、鉄筋から木造にダラクする。木造から鉄筋への方向にはけっして進まない。新しい言葉が次々にうまれはするが(言葉がダラクするから新しい言葉が必要になるのだが、同時に新しい言葉が古い言葉をダラクさせている)、それはもともと根がないので、うまれたように見えても、うまれたのではない。

 のび、みのり、内容の重みで自然に割れて、そこから新しい芽が出たという言葉があるだろうか。もちろん、ダラクもせず消えもせぬ言葉がないわけではないが、そのような言葉は、よく見ると、ほかから栄養を与えられているので、栄養がきれぬあいだだけ生きられるのだ。それ自体に生産性があるのではない。

 言葉は意識の表象だから、言葉に根がないということは、精神そのものが発展的でない(したがって文化ではない)ということになるのではないか。もっとも、このような疑問を提出してみても、私に答えがあるわけではない。

     *     *

 竹内好のこの論考は、突っ込みどころが多々あって、今ではおかしなところがあると思うけれども、彼が言葉は(東洋では)ダラクする、ダラクしない言葉は(近代以降)ない。との提言は、今でも重いと思う。竹内は、大東亜戦争の敗北を念頭に置いているのだ。なぜかくもみじめに日本は負け、文化もボロボロになっていくのかを深刻に捉えたのだ。
 
 彼は、精神は運動だと言ったのはヘーゲルの「絶対精神の自己運動」を意識しての展開だろう。その概念の咀嚼が不十分だが、それは無理というべきで、最も欠けているのは、脳への考察である。精神は脳細胞の機能であることが押さえられていない。
 竹内自身がこの論文で、自分は認識論が分かっていない、文学的直感でしたためていると書いているが、そのとおり、彼には認識論の研鑽がなかった。
 
 ヨーロッパが発展的であったのは、認識がそういういわば前進マターであると直接に、実体たる脳までが発展的な構造をもったものになっていったからである。機能も実体も、東洋の停滞的ありようとは質が違ったのだ。

 それはさておき、竹内がこの論文で引用した箇所で言っていることはかなり当たっている。
 ただ、彼は残念なことに南ク継正先生を知らずに没した。竹内が今生きていたら、自分がここで書いたことが南ク継正先生によって嘘にされたことに愕然としたであろう。

 空手という言葉、武道という言葉、あるいは認識、弁証法、論理、哲学、藝術などなどが、ダラクするどころか見事に伸び、実り、発展的にあることを知るだろう。
 けれど、剣道も柔道も、能も、明治の隆盛期からこのかた、ダラクの一途であるのだから、竹内好が説いた現象レベルでは間違いではなかったと言ってよいだろう。

 以前、本ブログで書いたが、鰹節はもう絶滅状態である。毎朝、母親が台所で、削り器でシャカシャカ音をたてて鰹節を削り、それを味噌汁にしてくれる。その高い上品な香りは絶えてしまった。

 鰹節の形あるいは味さえしたら鰹節を見なす社会、これは竹内が指摘したとおりなのだ。先月に書いた醤油の問題もそうである。本物の鰹節や醤油がいいのは分かっているけれど、高いからとか近所で売っていないからとかで断念している人はまだしも、ほとんどは意識すらしていない。多くの日本人は「出汁」は生きていても、インスタントになったことを文化の発展だと信じている。すべてそうなってダラクする。

 「幽玄」にしても、これはダラクする運命にある。極端に言えば、暗闇にろうそくの灯が一つともっているだけで「幽玄」としているようなざまになっている。テレビや新聞はそう言うものだから、大衆もそんなものだという知識で、対象を反映する。
 「幽玄」という言葉を考えた先人は、いったいどれほど苦しんで、努力してこの概念に辿り着いたか、誰も考えない。何度も言うが、誰もが「幽玄」があると思っている。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする