2016年11月25日

“日本になかった不幸”(1/2)


 本稿は2007年1月に旧ブログにアップした原稿の再録である。

《1》
 作家・林秀彦さんの『非婚のすすめ』(フォー・ユー社刊1987年刊)というエッセイのなかに、「日本にはなかった不幸」と題した箇所がある。概略は以下である。

     *     *

 明治以前の日本人は、自由の概念も、平等の概念も、博愛の概念ももっていませんでした。これらの言葉は、すべて明治維新後に外国語の対訳としてつくられた日本語です。つまりそれまでの日本人は、こうした考えを持っていなかった。なぜでしょう? 私たちにとって、自由がないこと、平等がないこと、博愛がないことが、彼らのように恐怖の対象にならない環境だったからです。つまり、その反対のもの、不自由、差別、憎しみや嫉妬、といったものが日本の環境には希薄だった、あるいは彼らに比べ、ほとんどなかったのです。

 どれほど当時の一般フランス人が身分制度でがんじがらめになっていたか、どれほど貧富の差が激しく、差別が過酷だったか、どれほど人々の間に優しい気持ちが枯渇し、憎しみが全土を覆い、搾取が度を越し、奴隷的残酷な運命のなかにあったか(つまり極端に不幸だったか)は、日本人には実感としてわかないでしょう。想像を絶する不幸が、彼らにあったのです。私たちにはなかった。なぜ?
 なぜなら日本人は神代の時代から平和で、他民族の侵略もなく、豊かな自然のなかで、繊細な人情をもち合って生きつづけてきたからです。
 (引用終わり)
     *     *

 フランス人は不幸だったから、封建領主を倒す革命を起こしたのだ、というのであるが、ここは教科書に書いてあるような簡単な話ではない。
 フランス革命(1787年)は(ピューリタン革命やのちのロシア革命と同様に)ユダヤ=イルミナティの陰謀によって起こされたものである。民衆が「不自由、差別、憎しみや嫉妬」からの解放を叫んで自発的、自律的に立ち上がったわけでは必ずしもないのである。

 民衆が不幸な境涯に置かれていたことは林さんの指摘のとおりなのだが、虐げられた民衆には革命を起こす実力はない。あると思うのは、サヨクの勘違いである。

 当時のヨーロッパの庶民は、いかにも貧困、差別、搾取が度を越し、奴隷的残酷な運命にあったけれど、それを強いていたのはなんと、革命を計画し実行した闇権力と同じなのである。ここがわかるか、わからないかで、歴史の様相が一変する。

 昔の欧米諸国がアジアやアフリカの国々を奴隷化し、植民地にして虐げてきたが、20世紀後半に植民地体制からいかにも独立国家にさせたかに見えて、実は新たな支配形態を築いただけのことであった。それとフランス革命は同じである。支配形態が(彼らのいう資本主義に)変わった、それだけのことだ。フランス革命は、市民革命とか民主主義革命とか思われるだろうし、さらに社会主義革命ものちに起きることになるが、地球上のトップ(寡頭支配)はずっと変わっていないのである。

 いかにもピューリタン革命でチャールズ1世は処刑され、フランス革命でルイ16世は断頭台の露と消え、ロシア革命でロマノフ王朝は皆殺しにされた。そのおかげで革命は成功し、民衆が権力を握ったというのは大ウソであって、あたかもそう民衆には見えるように、彼ら国王たちが処分されただけである。つまり、支配体制が変わったかに見えるよう、従来の国王を消すことで印象づける役目を果たしただけのことである。


《2》
 民主主義とは何かを簡単にいえば、民衆に幾ばくかのカネを持たせることであった。あるいは主権が民衆にあるかのごとく錯覚させるところにあった。それが資本主義(それも国際金融資本にとっての)に便利だったからである。

 なぜ中世封建体制を続けてきたユダヤ=イルミナティ(黒い貴族)は、それまでの体制を変えようとしたのか。それは民衆にもある程度資産を持たせないと、中世的体制では彼ら闇権力が発展できなくなったからであった。民衆が貧乏なままではもう絞りとるものが限界にきたのである。

 彼ら本当の闇支配者は、民衆をさんざん「貧富の差が激しく、差別が過酷で、人々の間に優しい気持ちが枯渇し、憎しみが全土を覆い、搾取が度を越し、奴隷的残酷な運命」に置いて、搾取しまくったのだが、産業革命で飛躍的な金儲けができる目処がたった(世界規模の資本制が成り立つ目処)ころから、方針を変えるのである。

 例えば、民衆を虐げて貧しいままにしておいたのでは、鉄道や蒸気機関がせっかく発明されても宝の持ち腐れになってしまう。民衆がカネが持っていなければ、鉄道に乗らないし、蒸気機関を使って織物工業を盛んにしようにも衣服を買ってもらえない。だから、あえて革命を起こして、民主主義を導入して、民衆にも幾ばくかのカネを自力で儲ける道をつくって、カネを持たせることにしたのである。

 だから一見すると世界が「ブルジョワとプロレタリアート」という対立図式を抱え込んだかに思わせる働きを民衆に思わせ(実際そうではあるが)、本体であるユダヤの闇支配を隠す宣伝をさせたのが、マルクス主義であり共産主義運動なのだった。この問題はさらに複雑になるので、いずれまた機会を得て述べたい。

 民主主義はまた、民衆も政治にあたかも参加させるかのような幻想を持たせることにも成功した。議会制民主主義なんていう大仰な装置をつくったのも、むろんユダヤ=イルミナティの支配者どもである。
 すなわち、ヨーロッパの封建時代はいわば一重構造での支配形態だったものを、近代以降は二重での支配形態にしたのである。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする