2016年12月22日

寺社はフィナンシャル・グループだった(1/3)


《1》
 京都の常照皇寺には、季節それぞれ何度も足を運んだ。6〜7度は行っているだろう。
 常照皇寺については何度も本ブログで書いてきたが、再度言えば、京都の市街中心部からクルマで1時間ほどの丹波山中、右京区京北にある。北朝の光厳院が創立というか、隠遁され、亡くなった寺である。

 正気(せいき)漂う静謐、高潔な寺である。京都から遠過ぎて人影はいつ行ってもまばらだ。
 京都在住の畏友をともなって最初に行って感動して以来、繰り返し行っても飽きない。京都で一番好きなところ、あるいは感動したところは?と聞かれれば、常照皇寺しかない。

 京都在住の畏友は、東京などから観光に来る友人らに、「京都もいろいろ観光地は巡ったけれど、何か面白い特別な所はないか?」と言われたとき常照皇寺に連れて行く。するとみんなが感動する、と言っていた。
 光厳院と常照皇寺については、本ブログで『風雅和歌集』を検索していただければと思う。

 常照皇寺に行けば、明白にわかるのは、京都で観光地と化した有名寺院とはまったく雰囲気が違うことであろう。京都中の神社仏閣は俗化が激しいが常照皇寺にはそれがない。
 観光地かそうでないかの違い、と思われるだろうが、これはそうとは言い切れない。

 今回はこの謎を考察してみたい。
 皆さんは京都の祗園とか宮川町をご存じだろうと思う。夜の華やかな、庶民には縁遠い一見さんお断りの、舞妓芸妓がはべる超一流茶屋が並ぶ。他にも上七軒にもこの類いの花街はある。
 なぜ、じゃあ祗園のような花街が、京都に集中して存在するのか。

 むろんどの都市にも繁華街はある。色街もあったろう。しかし京都はその規模も高級感も図抜けている。誰でもそれは京都が都だったから、といった程度に片付けることかもしれない。
 
 でもこれは、なぜ京都には神社仏閣がたくさんあるのか、と答えは直接である。「直接」すなわち、切り離せない。
 そもそもの両者の成り立ち、歴史をこれはひもとくしかない。
 今でも、花街の一番の上客というか多いのは、京都の寺の僧侶である。これは、「そもそも」の名残りだからであって、現今の寺社が観光で(入館料・拝観料で)ぼろ儲けしているから、だけではない。

 そもそも仏教は、往時の権力者が持ち込んで広めた(広まった)宗教である。鎮護国家として、そして次には死んで極楽浄土へ行きたい人たちが信仰するようになっていった。
 なにしろ死は怖い、怨霊に祟られるのも怖い、地獄に堕ちるのも怖い、身内に不幸が襲われるのが怖い。天変地異も怖い。病気になったらケガをしたら、病院がないのだから人は簡単に死んだ。

 頼れるものは加持祈祷をしてくれる仏教しかなかったのだ。
 だから人々は、せっせと土地や財産を寺社に寄進した。今もその人間の心理は変わらない。キリスト教だって同じようなものである。
 僧侶どもは、祈るだけでガッポガッポと人々が土地やカネをくれるのである。どんどん儲かっていく。
 
 そうなれば、寺社のほうだってそれを利用して儲けようとなる。法名、戒名を付ければ、あの世で極楽に行けますよだとか、お墓を建てて先祖を祀らないと祟りが…などと人々を誑かす。
 そうやって、寺社はカネまみれになっていった。実に平安時代には全国各地に荘園をもらい受け、カネもあり余るようになって、寺社は金貸しを商売にするに至る。

 寺社が金貸しとして隆盛するのは中世になって、である。
 みなさんは比叡山に行かれたことがあるだろうか。行けばわかるが、ひどい山の中なのに、寺社は巨大で豪華で圧倒される。荘厳といえば荘厳…。これでも織田信長が一度は焼き払ってくれたおかげで、小さくはなっているようだが、なんでただの仏教の寺が? と疑問が湧くであろう。
 それは比叡山が中世最大の金融センターだったからである。

 比叡山に限らず、どの仏教宗派でも本山があり、全国津々浦々に支社(末寺)がある。その田舎の寺社も、とりわけ広大な土地を持ち、立派な建築物を持っている。なんで?と思いませんか?
 現代では、お寺も経営に苦労しているのか、墓地、戒名、法事、あるいは幼稚園、駐車場、仏像拝観料なんかで多角的に稼ぎ、宗教法人の資格で無税にしてもらっている。
 
 だが、近代以前は広大な土地を管理し、巨大な建物を建て、維持していくのも、僧侶を住まわせて食わせるのもバカにならないカネがかかったはずで、その経費はどこから捻出したの? となるのである。ただひたすら、衆生に仏の道を説くために、な〜んて訳がない。
 今でも、新興宗教の創価にせよ立正佼成会にせよ真如苑にせよ、信者のお布施や会費だけで、巨大すぎる建物を維持しいよいよ大きくしていかれるわけがなく、しっかり投資で儲けているのである。

 ところが。
 こういう真実は語ることはタブーである。仏様のことだから、とか、ご先祖のため、とかで、一切語ることはない(許されない)。罰が当たるとでも言うのか。

 日本が核兵器を持ってはいけない、日本はアジアを侵略した、性同一性障害はかわいそう、人権はなにより大事、教育は個性大事、祝日に日の丸を玄関に掲げるのは極右、…こういう「空気」に日本は支配されている。それと同じく、仏教批判はしてはいけないという「空気」がある。
 議論してはいけない、話題にしてもいけない。

 私は、死んでも葬儀はやらないし、墓もいらないし戒名もつけるつもりはない。だが、そういう人間はまだ「変人」扱いされる。
 寺で僧侶と会うと、手を合わせて拝む人がいる。賽銭箱があれば小銭を入れたがる。それを信じるのは勝手だが、私はただ、どうしてどの寺も俗臭に満ち、僧侶の顔つきが卑しくなるのかを問うているのである。

 私の知るかぎり、京都の常照皇寺だけが例外なのである。その訳は、昔から寺社も坊主もカネまみれで汚れきっているからだと言いたいのである。
 以前、本ブログにも書いたが、毎年お盆の季節になると、東京には地方から大挙坊主がやってくる。地方から東京に出てきた人が郷里の坊主を呼んで、法事をやってもらうためにこうなる。
 そうした坊主は、夜になると吉原へ買春に行き、銀座などのクラブで豪遊する。

 みんな知っている。でも黙っている。
 本来、仏教は人のココロ、その清廉さ正しさ高潔さなどを希求する一つの考え方であったものが、広大な土地を持ち、巨大な建物を持つ贅沢をし、法事、戒名、拝観料で稼ぎまくり、坊主は花街へ押し寄せるようになっているから、俗臭ふんぷんなのであって、嫌でもそこが目に入るではないかと言いたいだけのことである。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(3) | エッセイ | 更新情報をチェックする