2017年01月31日

徴兵制を復活せよ(4/6)


《4》
 ここまでの「徴兵制を復活せよ」に関して、いくつか反論をいただいた。それにお答えしていきたい。

 「改憲して徴兵制なんて導入したら、ロックフェラーの金儲け戦争に日本の若者が強制連行される」や、「徴兵制を復活させれば、権力者にとって都合の良い駒が増えるだけ」という批判。それは私もブログで言及してある。おっしゃるとおりの危険性はあるが、それと徴兵制は別問題である。

 だいいち、若者が戦争に引っ張られなくとも、日本人全部、ないし世界中の人がロックフェラー、ロスチャイルド、イルミナティの、あるいは権力者の都合で貧しくされ、病気にされ、働かされているではないか。それはいいのか? その文句を控えておいて、軍隊だけがいけないと?

 国際金融マフィアの金儲け戦争に日本人が利用されると言うが、現在日本にちゃんとした軍隊がないのも、国際金融マフィアの策謀によって、ではないか。あればあったで、なければないで、利用はされる。端的には、軍隊がないから日本人は精神の牙が抜かれた。国際金融マフィアに抵抗しようという気概もなし。癒されることばかり求める。だからいいようにあしらわれる。そういうことを「徴兵制を復活せよ」で縷々述べてきたのだ。

 私が徴兵制や軍隊が国家に必要だと説いたのは、それが国家にとって必然だからで、他共同体との対峙こそが国家の原基形態だからである。国家論を多少なりとも学べば、国家にとって軍事力は必須であることが理解されるのに、再軍備反対、徴兵制復活反対の人は、国家論をまじめに勉強していないようだ。

 家だって戸締まりをして外出するでしょう。現金は金庫にしまうでしょう。警察は必要でしょう。海上保安庁も必要でしょう。税関も必要でしょう。暴漢に襲われたらかなわぬまでも防御しようとするでしょう。
 と、こうした例でわかるように、個人でさえ、あるいは小社会でさえ、他人を100%信用して無防備でいるわけがない。国家もそうである。

 安全保障抜きに国家は成立しない。だから徴兵制であれ志願制であれ、どの国にも軍隊がある。建前上、軍隊がない国は日本だけだ。これを異常といわずして何というのか。ロックフェラーの手駒にされるとか、権力者の都合で戦わされるという以前の問題だと、再三説いてきた。
 
 このことは、われわれが空手をやっているというと、きっと尋ねられることがあって、「暴力はいけないのではないですか」とか「なにも暴漢相手に闘わなくても、逃げればいいし、喧嘩しなければいいんじゃないですか」「危ないことをしなければ、危険な目にはあいませんよ」とか、私に言わせればずいぶんノンキなことを言う人がいる。あきれてモノも言えない。

 新聞の三面記事を毎日賑わす陰惨な事件は、自分には絶対に起きないと思い込んでいる。冗談じゃない。昨日殺された人も、一昨日殺された家族も、自分にだけはそんな目には合わないと信じていたはずだ。もし霊媒者にでも尋ねられるものなら、死者に聞いてみろって。自分はまさか殺されると思っていませんでした、と死者は答えるだろう。

 「徴兵制の資金源はどこから出ると考えているのか?」とか「兵士一人維持するのにも国民の税金が使われます。同じ税金を使うなら教育に使いたい」という指摘もあった。戦後、「日本人は安全と水はタダだと思っている」と名言をつぶやいた人がいた。たしか山本七平氏だったかと記憶している。安全にカネはかかるのだ。それと無駄遣いはやめろ、という話とは別である。それでは反対するあなたは、戸締まりのためのカギ代をケチるのですか? カネがかかるからドアもつけませんか?

 軍隊維持にはたしかにカネはかかるが、言ってみれば必要経費である。敵が(周辺国が)次々に重武装してこちらを攻めようと狙ってくるのだから、対抗上こちらも重武装するしかあるまい。こちらが裸になっていたら、向こう様は気の毒だからとか平和を愛する国民だからと、攻めてこないとでもいうのか? 近年は支那人や韓国人の強盗が入国してくる。北朝鮮は総連をつかって日本をダメにしようと謀り、拉致もしている。

 軍隊があってこそ、それが周辺国にとって脅威にもなるからこそ、平和が保たれているし、外交交渉が成り立つ。私は日本も核武装すべきだと思っている。それが世界の現実である。嫌も応もない。

 堂々、こういう人もいる。
 「私は戦争絶対反対論者です。よい戦争、仕方がない戦争などありません。戦争はどちらの国も国民が苦しむだけなのです。軍隊は持つべきではありません。しかし、攻めてこられたらどうするのか?私は個人武装を提案します。国民全部が武装しておく事です。全員が闘います。全員がゲリラになります。勝ちはありませんが絶対に負けません。究極の軍隊は国民全部が闘う事です」

 この人は、かつてのインカ帝国がどうやってスペインに滅亡されたか知らないのだろうか。インカだけではない、南北アメリカ、アジア、オーストラリア、アフリカなど各地で白人キリスト教徒によって、原住民の共同体や王朝は滅ぼされてきた。みんなまともな軍隊をもっていなかったからではないか。

 時代が違うということはない。今もアメリカやロシア、ヨーロッパの国、それに中国によって世界は好き勝手に痛めつけられているではないか。パレスチナもイラクも、アフガンもチェチェンもスーダンもウイグルも…。
 インカ帝国を例にとれば、彼らは平和俚に穏便にスペインの侵略軍や宣教師を迎えようとしたが、騙され、問答無用で殺戮され、女たちは白人の子を生まされた。戦争絶対反対、の結果はこうなる。チベットは支那に蹂躙されている。

 あるいはオーストラリアの原住民、アボリジニはどうした? 軍事力を持たなかったがために皆殺しにあっている。それでいいのか。日本にもし自衛隊ですらなかったら、アボリジニと同じことになっている。
 だから、現在紛争の耐えないシリアでもスーダンでもチェチェンでもいいから行って現地の人に「戦争をやめなさい。私は戦争絶対反対論者だ。よい戦争、仕方がない戦争などない。戦争はどちらの国も国民が苦しむだけだ。軍隊は持つべきではない。」と、そう言って説得してごらんなさいな。

 自分の同胞、家族、恋人、息子らが白人や中国の侵略者に殺されて、やむにやまれず武器をとって戦っている人たちが、納得して武器を捨てるとお思いか?

 それから他国に攻められたら、ゲリラになって闘う、個人で武装する、とおっしゃるが、何も軍事をご存知ない人がどうやって闘うというのか。ゲリラは便衣兵ともいって、国際法上まったく保護されない。正規軍なら投降することは一応許されるが、ゲリラはどうされても文句はいえない。つまり国際法上は違法な戦い方であり、単なる強盗とみなされる。

 だいいち、どうやって武器弾薬を仕入れるのです? 竹槍で抵抗しますか? 敵は機関銃やら戦車やら、ミサイルやら戦闘機やら、ありとあらゆる高性能の武器弾薬を大量にもち、よく訓練された兵隊がそれをもって侵攻してくる。軍事知識もなく、銃の扱い方すら知らない人が、どうやってゲリラになれるのか? 戦争はそんなに甘くはない。まして日本は島国である。どこへも逃げ場がない。

 かつてはヴェトナムが、今は自称イスラム国やパレスチナがゲリラ戦法をとっているが、それは陸つづきの支援国が周辺にあるからであり、シリアであれば周辺の同じ宗教の組織が支援する。しかし日本にはそういう国はない。仮に支那が攻めてきたら、同情して韓国や北朝鮮、台湾が支援してくれるとでも思うのか? そんなことが起きるわけがない。

 むしろ、日本人名を名乗ってなりすましている朝鮮人が多いだけに非常に危険である。ゲリラ組織に参加したいと言ってきた男が、日本名だから同胞だろうと思ったら、朝鮮人スパイだったという事例が必ず生じるはずだ。ゲリラの組織を維持することも、素人にはできない話である。敵のほうが訓練されているのだから。

 よくナチスの映画なんかでは、レジスタンスがやすやすと敵陣に潜り込んで破壊活動に成功する物語をやっているが、あんなものはフィクションである。敵が黙ってゲリラの跳梁を許すとでも思っているのだろうか。きちんと正規の軍事訓練をやったものでなければ仮にゲリラでもやれるものではない。
 
 何度も八切止夫の日本史を紹介したが、白村江の戦いでやぶれた日本軍は支那進駐軍に占領されたのだ。支那進駐軍が貴族となった藤原氏である。日本の原住民は支配者に従順になって仏教に帰依させられ奴隷にされた。抵抗した者は、山の奥地に逃げ込んだあげくに殺戮されたか、捕虜収容所である「別所」とか「印地」といわれる土地に囲い込まれた(被差別部落)。

 あるいは平安時代の天皇と藤原氏の失政で、地方の国司が過酷な税を取り立てて、困窮した百姓らが各地の寺社に逃げ込み、「無縁」の人となって仏教を盾に、寺社都市を形成し、生き延びたのである。貴族や武士の対抗勢力になった。これが日本の産業、文化、経済を育てたのだ。

 そういう本当の日本史を知っておかなければいけない。本当の歴史は隠されているのだ。なぜだと思いますか? これでも勝ちはないが負けもないなどと言えるのか。
 個人で武装すると夢物語を言う前に、例えばフィリピンではどうだったか、アイルランドではどうだったか、クルド族はどうなったか、アメリカインディアンは…と、世界の(隠された)歴史を勉強されることである。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする