2017年02月22日

島原の子守歌の魂(1/4)


《1》
 道場で講義をした際に、道場生に『島原の子守歌』を知っているか? と聞くと、誰も知らないという。そこで歌を聞けば思い出すかと、私が歌ってみせたが、一度も聞いたことがないと首をふる。『五木の子守唄』は? と聞くと、これはさすがに知っていた。
 日本人なら『五木の子守唄』と同様に、『島原の子守歌』くらいは知っていなければならない歌なのではないか?

 なぜならば、そこに官許歴史が隠す“本当の日本人の歴史”が隠されているからである。いずれも“子守唄”といいながら、子守りのときに歌ったというより、あまりに悲惨な自身の境涯を嘆くつぶやきに近い。
 『五木の子守唄』は、さまざまな歌詞があって、作詞者は不明である。無名の貧民によって歌い継がれるうちに、改変が進んだものと思われる。それに対して『島原の子守歌』は、作詞・作曲者ははっきりしていて、宮崎康平氏である(1959年作)。宮崎氏については後述する。

 島原の子守り歌は、「おどみゃ島原の おどみゃ島原の なしの木育ちよ…」という歌詞。
 これ以下の歌詞は、「からゆきさんの小部屋」というサイトかをご覧ください。
http://www.karayukisan.jp/no7/index.html
 ここで芹洋子さんの歌声で聴くことができる。悲しい歌を心のこもった優しさで歌い、心にしみる。歌詞は方言なので、意味がとりにくいが、同サイトや、「島原の子守り歌」のサイト
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/8142/lullaby.htmで解説されている。

「からゆきさんの小部屋」からの引用と書いたとおり、『島原の子守り歌』は、からゆきさんを歌ったものである。この「からゆき」についても、私の弟子に尋ねたが、誰も知らず、驚いた。
 からゆきとは、江戸時代末期から昭和20年までのあいだに外国に娼婦として売られていった女性たちである。端的に言えば国に捨てられたのだ。 からゆきは天草や島原が最も多かったそうだ。

 アフリカ西岸に「黄金海岸」という奴隷を運び出した土地に付けられた名前があるが、島原から口ノ津あたりの海岸を「白銀海岸(シルバーサイド)」と呼んだのは、こうした誘拐されたりだまされたりした女たちが密航していった場所だからである。
 歌詞のなかの文言に「鬼(おん)の池の久助どんの連れんこらるばい」とは、鬼池の久助という女衒が人さらいにきて、連れていくぞ、という意味である。

 また3番の歌詞にある「青煙突のバッタンフール」とは、英国貨物船のことで、青煙突がトレードマークだった。この船は北九州で産出する石炭を東南アジアに輸出するために往来していたが、からゆきの密航を乗せた。乗せられた女たちは、真っ暗な船底に押し込められ、飯もろくに与えられず、石炭の中に糞尿垂れながしにさせられ、道中屈強な船員たちに強姦され続けて行ったのだった。

 からゆきが、教科書には載っていなくても、われら同胞がかくも悲惨な目にあっていたことは、常識になっていなければなるまい。

 例えば、からゆきさんについては、森崎和江、山崎朋子、山田盟子、工藤美代子、谷川健一といった人たちの研究書があるし、文学作品としては、円地文子『南の肌』、秋元松代『村岡伊平治伝』、宮本研『からゆきさん』など多数ある。これらの一つ二つくらいは読んでいなければ、われわれが生きているこの日本社会というものがわかるわけがなかろう。

 言っておくけれど、からゆきは決して昔の話ではない。今は逆にフィリピン、韓国、ロシア、支那などなど世界中から「ジャパゆきさん」として身を売る女性が日本へやってきている。チリから来たアニータなる悪辣なジャパゆきさんに、青森住宅供給公社のバカ男が14億も貢いでしまった事件があったが…。

 それに、現代日本の女性にしても、OLだとか派遣社員とかも、基本構造は同じであって、昔のからゆきよりも相対的にカネは入るようになっただけのことである。劇作家・秋元松代氏が書いた『村岡伊平治伝』の村岡伊平治は、からゆき女性の生き血を吸って巨利を得た女衒の親玉である。

 われわれの先祖は天皇族とその配下の権力者によって、部落民とされて、千数百年に渡って虐げられてきたのだ。男は戦争に狩り出されて殺された。女は十代半ばから娼婦とされて世界中にバラまかれ、国にも家族にも捨てられて死んでいった。民衆は税金でしぼりとられるだけ収奪されてきた。だから「産めよ増やせよ」だったのだ。それが日本の本当の歴史である。

 慶応義塾をつくった福沢諭吉が、女性を海外に売り飛ばすことを推奨した。同じく明治の元勲・伊藤博文も女衒・村岡伊平治がゴロツキを集めて女性を誘拐したりだましたりして、海外に連れていき売春させる仕掛け(犯罪)を賞賛し、女郎屋をもっと増やせと言っているのである。こういう福沢や伊藤をわれわれは紙幣(1万円札)の顔にしていた(いる)のだから、日本の恥である。




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2017年02月21日

日本人のココロのルーツ



 ある人から、こう尋ねられた。
 「あなたは自分を唯物論者だと言っている。そして21世紀は学問や芸術なども唯物論で創りなおすのだと説いている。しかし、日本には山川草木すべてに神が宿るという神道の捉え方がある、これについてはどう考えているのか。迷信といって排除するのか。神道の考え方は、日本人であるあなたの心の素養にもなっていると思う。これを否定することはできないのではないか?」

 これは良い質問だ。唯物論では日本人の魂をどう捉えるか詳らかにせよというのだろう。以下に私がどう答えたかを再現してみる。

 日本における神と人の関係は、大きくは祖霊(それい)、御霊(ごりょう)、自然神にわかれる。祖霊は先祖の神様、御霊は先祖神に近いが祟り神、自然神は岩とか植物などの自然物である。「能」はこのいずれにも関わる芸能であり、また神事である。
 この件については、昨年秋に書いた「能」の記述に詳しく述べた。
 今回の質問は主に自然神に関わる質問だとして、先に進もう。

 拙ブログで何度もくり返し紹介したが、エルンスト・ヘッケルが発見した「個体発生は系統発生をくりかえす」は見事な法則である。ある動物の発生はその動物の進化の道筋をたどって行われる、というより辿らなければならない、とするものだ。
 この「個体発生は系統発生を繰り返す」という法則は「個人の成長過程は人類史を繰り返す」ともなる。言い方を変えれば「人間は胎内で生物進化の一般性をたどるが、成長過程でも人類の歴史の一般性を辿るのだ、と。「成長過程でも一般性を辿る」とは、たとえば赤ちゃんのハイハイは両生類段階を経験しているわけで、両生類の運動をしなければ哺乳類になれない。認識の成長でもである。

 『看護のための「いのちの歴史」の物語』(現代社)には、こうある。
 「人間は二重の意味で『いのちの歴史』を歩まされています。一つは生物としての人間歴史として、もう一つは個としての人間の歴史として。このようにして人間は人間になってきているのです…」

 私たちは赤ん坊のころから、“生命体にとっての発生のくり返し”とともに、“人類の文化史のくり返し”をやらなければならない。私たちが幼児から小学校、中学校、高校へと受ける教育は、“人類の文化史のくり返し”なのである。
 端的に言えば、私たちは子どもの頃から、人類の、だけでなく日本人の、原初からの文化史のくり返しを経験しなければならない。

 よって原始人のアタマとココロであった「鳥獣木草すべてに神が宿る」を通過しなければならないのである。
 外国で生まれ育って青年になって帰国した人と接すると、日本語はできるのだが何となく違和感を覚えると思うが、その原因がこれではあるまいか。

 近隣に鎮守の森があり、路傍に地蔵が鎮座し、正月には初詣に行き、寝床の中で祖母や親から昔話を聴き、怖い幽霊の話に震え、お雛様を飾り、先祖の墓参りをし、お盆の行事をやり、(外国の習慣だが)サンタさんを信じ……と、誰でも子どものころに経験した、そういった原初の観念論は、なくてはならないものなのである。

 たしか三浦つとむさんは、自分は子どものころから神様なんか信じていなかった、と書いていたと思うが、それはたぶんウソであり、また本当ならそれではまずいのだ。
 しかし大人になったら、先に言った神に関わる行事を真っ正直に信じるヤツはおかしい人間である。神がいるわけはないと、思わないのは知恵遅れでしかない。大人にもなって正月にこぞって初詣なんかに行き、銭を放り込んでくるのはアホである。本人も神に祈って家内安全大願成就が叶うとは思っていまいに。祈れば願いが叶うなら、全員が宝くじに当たっていいはずじゃないかネ。

 こう書くと猛烈な反発があろうけれど、まちがいはまちがいなのだ。しかし、それは子どもには必要なものである。
 人類は、観念論(宗教)を通過してから、ようやく今、唯物論の世界へと進歩してきたからである。

 宮本武蔵も戦国末期から江戸初期の人だから、片足は宗教に突っ込んでいる。晩年は寺に住んだというが、決闘のさいには「われ神仏をたのまず」と言ったとか。そうやって徐々に我等の先祖は観念論から唯物論へと移行してきたのである。

 原始時代の人間は、稲は太陽や水の神が恵んでくれたのだ、洪水や土砂崩れは神の怒りだと、そう思って当然であろう。だから日本人は「山川草木」すべてに神が宿る、と思い、シンキロウ首相が、日本は神の国だと言ったことに賛同する。それはまあ良しとしても、21世紀になってもまだ宗教かよ、なのである。

 唯物論が正しいとはいうものの、子どもにいきなり唯物論でものを考えさせるのは好ましくない。
 なぜなら、これはどうせ大人になったらセックスするのだから、小学生からだって愛があればいいんだよ、というようなものになる。
 観念論の経験なしに唯物論から出発したら、子どもが生まれたのは親の愛情なんかではなくて、動物的な交尾のせいだ、などという話にもなりかねない。

 ものには順序があり、時期がある。
 いきなり唯物論では、ココロとは何かがわからない。子どもは例えば、神様という捉え方を通じて「優しさ」とか「人に尽くす」とか、怒りとかを学ぶのである。亡くなった先祖が自分たちを守ってくれるから自分も親や兄弟を大事にするんだなとか、小さなアリにも命があって、むやみに踏んづけてはいけない、とかを知るのだ。

 こうも言えるだろう。3歳児までは「即自」でしかあり得ず、そこから「対自」の目覚めていくには、相互浸透の対象として「カミ」のごときものがあったほうが、そこから先に「即自対自」へと量質転化しなければならないけれど、そこで唯物論を教育されるかどうか…であろうか。

 京都や奈良にある神社仏閣は、大人が信仰の対象にするべきものではない。われら先祖が今日の私たちにつながる文化を創ってくれた、過去の生きざまとか文化を偲ぶ対象である。
 あれらは全部幼児語でいえば「ののさま」となるであろう。
 亡くなった人を「ののさま」と言う。お月様も「ののさま」だし、仏さんも「ののさま」。あらゆる霊的なものを認めた場合に、幼児語で「ののさま」なのだ。

 先に能の話をちょっとしたが、能には仏教が日本に入って来る前の日本固有の、いわば国家が出来る前の、日本人のココロのルーツに辿っていけるものがある。以前にも書いたが、能が藝術となったのは、明治以降のことであって、江戸期までは明らかに神事(非業の死をとげた人間による祟りの防止)である。
 根本には人間が神になるという考えがある。死んだ人のことを仏様とは言うものの、本来の仏教では仏様とは悟った人を指す。解脱した人。だが日本人はそれを受け付けない。カミと言う代わりに仏と呼ぶ。西洋人の言うゴッドとは全然ちがう。

 だから死んだ人=神になった人を悪く言わない。支那人は死んだ人間をあしざまに扱って平気である。日本では仏=神の悪口はタブーだ。これが本来の日本人のルーツ、またはハイマート(故郷)なのである。
 ルーツを辿るとは「系統発生をくり返す」ことなのだ。原初からの系統発生を辿らなくては、われわれは21世紀の人間足りえまい。




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2017年02月20日

手形の起源


 たまたま所用あって東京・日比谷のシャンテに行った。ここの1階「合歓の広場」には、美空ひばりや吉永小百合といったタレントたちの手形とサインがはめ込まれている。
 http://www.toho.co.jp/chanter/hot/index.html
 これはハリウッドの真似であって、人気スターの手の形を見たいファン心理に迎合したものだ。
 大相撲国技館のあるJRの両国駅前の歩道上にも有名力士の手形のレリーフが埋めてあった。

 床にスターの手形を埋め込む遊びは、日本古来の手形のありかたとは異なる。
 「手形」は昔は「てぎょう」と言った。今は商業手形(てがた)のほかに、力士が色紙に手形を捺してサイン代わりにすることがある。
 昔の手形(てぎょう)とはどういうものだったかを、八切止夫の“歴史ガラクタ箱”から拾ってみよう。

 戦国時代は、やたら戦争をし、しきりに人が殺し合っていたかに思えるが、平時よりは多かったにしろ、そう一概に敵と見たら必ず首をあげていたわけではなかったようである。足軽ふぜいは虫けらのごとく殺されたようだが、武将どうしの一騎打ちともなると、そこはそれ駆け引きが当たり前にあった。

 八切止夫は『庶民日本史辞典』のなかでこう解説する。
 「昔の武士というのは今でいえばプロです。プロはやたらに、死に急ぐものでは絶対にありません。手傷をおったりしていて到底戦えぬと、自分で見きわめがついた時は、『短間(タンマ)』と叫びます。暫く待て、ジャスト・モーメントの意味です。そして首を落とされる前に話し合いとなります。(中略) (負けそうになっている方が)今は手持ちが銀百匁しかない。ここで(貴殿が)首をはねればそれだけ入手できよう。しかし自分をここで見逃せば、後ではその10倍の銀を払うが如何かといった交渉。命がけの掛け合いの取引なのです。真剣でした。」

 こんな話は、戦記物の小説や映画には出てこない。しかしとてもリアルである。こういう交渉がありうるのが社会だと私は思うから、八切止夫説を信用したい。
 そして戦場での交渉は、「後日の証拠に、これなる料紙にかき申す、と矢立より筆はだしますが『花押』と呼ばれた印形は殿様ぐらいしか持っていなかった時代ゆえ、掌に墨を塗って押したのが手形となったのであります。」

 と、こうなのである。戦国時代の合戦も、なんだビジネスじゃないか、と思える。実際、戦国時代の戦争は(今もそうだが)ビジネスだ。ビジネスだから後に商業手形が誕生するのも、このエピソードからわかる。
 
 紙も筆も持っていない武士はしょうがないから口約束になる。八切止夫はそこから「武士の言葉に二言はない」と、武士たるものはウソをつかないというモラルがここに生まれたのだと説く。
 武士の掟の基盤はここにあったのか。

 これが支那人や朝鮮人なら、ウソをついて命だけは助かろうとしたであろう。だからあれらの国では、ウソをつかれたらウソをつき返す、という全員総嘘つきとなり、また人をみたら騙す、約束は必ず破る国民性となって今日に至る。しかし、日本ではそうはならなかった。
 口約束や、手形のような当てにならないものを、信じる社会を武士たちは創ることになった。命と引き換えの約束の金子(きんす)は確かに届けられたのであろう。そういう無理してでも約束を守る日本人の“ふう”はこうして武士によって創られたのだ。

 これが日本人の今日に続くモラルの高さとなって流れてきている。諸外国の人から、日本人は約束を守る誠実な国民だと高く評価される遠因はここにあった。

 さらに。
 よく時代劇なんかで、侍が敵を斬ったあと、懐から懐紙を出して、刀の血糊を拭いて捨てる場面があるが、江戸時代に今のティッシュみたいに、紙をやたらに汚れとりに使うほど潤沢にあったわけではないだろう。紙は諸外国に比べれば豊富にあったらしく、幕末に来た外国人が驚いているが、それでも貴重品である。

 だいいち、以前のブログでも紹介したが、江戸時代には実際は決闘などはほとんどなかった。武士といえども、刀の鯉口を切っただけで死罪に処せられたのだから、カッとなってもおいそれと刀を抜くわけにはいかなかった。
 その武士の鯉口を無理に切らせる(抜かせる)道具が、あの岡っ引きが持っていた十手である。十手は武器足り得ないのは明らかではないか。

 十手は鋳造品であって、日本刀のような鍛造品ではないから、十手と刀あるいは十手同士がぶつかりあえば、すぐ壊れる。
 だから十手を武器として、刀と張り合うことはできない。
 幕府が侍でもなくチンピラでしかない岡っぴきに刀は持たせない。実用と、誇りゆえである。

 江戸時代に武士が懐紙を持っていたのは、万一、巷で争いに巻き込まれ、自分が殺されそうにでもなったら、カネで命と引き換えにしてもらうために手形(てぎょう)を書かねばならなかったからである。だから「財布」のことを「金入れ」とは言わず「紙入れ」と称して白紙を懐に入れて大切に携行したものであった。
 懐紙は万一の際に手形を押さねばならぬ武士の貴重品だった。

 八切止夫によれば「月賦」という言葉に「武」の字があるのは、命の猶予をくれた相手に差し出した約束手形の額面を一度に払いきれないので、分割払いにしたための名残であるそうだ。

 テレビドラマ「水戸黄門」のクライマックスでは、「この紋所が目に入らぬか!」と大見得を切る場面があるけれど、あの黄門様の印籠は、初めは決して薬入れではなかった。手形に捺す印判入れだったのである。
 角さん、助さんが派手な立ち回りで胸のすく活躍をしているが、実際は「命だけはたすけてちょうだい。おカネは払いますから」というときの手形を発行する用意がしてあったという、お粗末。

 八切止夫も言っているが、「武士道」なんてものは「そう恰好よくない」ものである。われわれがキレイごととして理解している武士の生きざま、主君に仕えるありようは、ほとんどが講談師の創作であろう。武士の決闘の場面も、小説家や講談師の創作である。




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2017年02月18日

田舎も都会も人はへこむ


 山陰地方に住んでいる知り合いの若い女性から、久しぶりに近況を報せるメールをもらった。
 なんでも新年会があったそうで、そこで酔った先輩にからまれたらしい。

 いきなり酒席で同席の女性から「あんたはね、人前ではいつもニコニコしているけれど、自分が気に入らない人への反応はものすごく冷淡なのよね。外面はいいようでも、家ではわがままで、本当は性格が悪いんでしょう」などと面罵されて、びっくりしつつも、当たっている面もあって「へこみました」とある。
 
 「私にも非はありますけれど、人には嫌なことはいうものではありませんね。言われた方は、ずっと忘れませんね。どうしても直してほしいことがあれば、直接、心をこめて言うべきだと思います」
 と書いてきていた。

 この女性がどういう性格なのかはどうでもいい。田舎のジトッとした人間関係の一端をかいま見る思いがする。
 都会が住みやすいわけでもないが、私は田舎は絶対に住みたくない。
 以前にも紹介したが、丸山健二氏の「田舎暮らしに殺されない法」(朝日新聞出版 08年刊)から、田舎暮らしとはどういうものかを取り上げた。

 丸山氏は若者が都会に出て行く理由を、単に職がない、夢がない、男女の出逢いの場がない、刺激がなく退屈、などということではないと言う。
 「かれらは、暗く湿った、息の詰まるような、四六時中監視し合っているような、田舎の重苦しく狭苦しい雰囲気に対して背を向けたのです」と説いている。

 冒頭に紹介した山陰のある小都市に住む女性のいがみ合いの話も、まさに息の詰まるような、表向きは仲良くやっているようでも「四六時中監視し合っているような、田舎の重苦しく狭苦しい雰囲気」を思わせる。

 じゃあ都会はどうかということを、同じ丸山健二氏が自伝的小説ともいうべき『生者へ』(新潮社 2000年刊)で以下のように書いていることは痛烈である。
 これは丸山健二氏が当時としては史上最年少で芥川賞をもらって作家デビューする前の商社勤めの時代を回顧しての文章である。
 少々長いが、みなさんも身につまされるだろう。

     *     *

 だが、企業というところはそう甘くはなかった。八時間勤務で、残りの時間は全て自分のものと考えたのは大きな間違いだった。私のような成績のよくない者をなぜ積極的に採用したのか、その理由はすぐにわかった。配属された電信課の仕事の中身は想像していたよりも大変だった。日本の商取引の慣習として海外の時間に合わせて動くために早出と残業が連日つづいた。

 毎日へとへとに疲れ、余計なことを考える余裕はなく、帰りの総武線の電車の中ではしばしば眠ってしまい、津田沼の駅を乗り越して千葉の駅で目を覚ますということがたびたびあった。
 休日には寮で眠っていることが多く、映画を観る気力もなかった。そして、只生きているというだけの虚しい日々が素早く通り過ぎて行き、そんな暮らしに抵抗する体力がどんどん消耗してゆくのだった。

 最初のボーナスをもらったとき、ささやかな額ではあったが、どうして多くの先輩たちが羊のようにおとなしくそんな生活に耐えているのかわかった。わかったような気がした。1年に二度これをもらえるから何とか我慢していられるに違いないと思った。会社勤めにつくづく嫌気がさした頃に出るボーナスのカンフル注射にも似た効力は大したものだった。勤め人たちを生かさず殺さずの微妙な状態に保つボーナスにつられてずるずると会社に居ついてしまう危険性をひしひしと感じた。
 それは私の思い描くところの真の生者の道に著しく反する道であった。

 一番我慢ならなかったのは、職場の人間関係だった。人間が好きだからこそ堪えられなかった。家庭的と言えば家庭的、日本的と言えば日本的なのだが、公私の区別がない、上辺だけでありながら妙にべたべたした付き合いにはうんざりさせられた。課長が最初にしてくれたアドバイスはこうだった。「会社というところは仕事よりも人間関係のほうが数倍も大切なんだからね」としつこく言われたものだった。

 しかし、私のように生まれながらにして集団に組み込まれることを嫌う人間には心外な忠告だった。私がサラリーマンをしているのはひとえに一文無しの身分だからであって、あくまで口過ぎのための手段にすぎなかった。忠誠を誓ってまで資本家に尽くさなくてはならない義理などひとつもなかった。ましてや、こっちが選んだわけでもない職場の人間と温泉旅行まで共にしなければならないなんて論外だった。

 だが、そんな考えを持つ者はどうやら私ひとりのようだった。周辺にはサラリーマンになるためにこの世に生まれてきたような人間がごまんといた。適応力に富んでいるというか、従順な質(たち)というか、典型的な現実派であるというか。
 万歳突撃を命じられたら即実行に移し兼ねないような「君、よろしくね」と言われた肩をポンと叩かれたら、ビルの屋上から身を投げ兼ねないような、そんなタイプの数のあまりの多さがひどく不気味なものに感じられた。
 本当に自分と同じ人間なのだろうかと疑わずにいられなかった。かれらといっしょに満員電車に詰め込まれるとき、ゲットーに送り込まれる人々の気持を想像しないではいられなかった。

   (中略)
 九分九厘の人々が辛抱していたとしても、私だけはそんな現実をあっさり認めてしまうわけにゆかなかった。たとえ突然成功の道が開けて蒸し風呂のような満員電車にぎゅう詰めにされなくてもよくなり、冷房の効いた高級乗用車で送迎される身分になったとしても、こうした土地では絶対に暮らさないだろうと思った。

 ところが、周囲の人々はいらいらしながらも怒り狂うほどではなかった。己の行く手にどんな人生が待ち構えているのかを百も承知しながら、ささやかな変化に、プロ野球の試合の結果や、競馬の予想や、賭け麻雀の勝敗や、株式の相場といったことに楽しみを見いだし、一喜一憂しながら、半ば諦めの日々をきちんと生きていた。

     *     *

 丸山氏が書いている状況はもう40年前の話だが、今も変わるまい。相かわらず会社勤めは奴隷の日々である。40年前より、女性がこの奴隷仲間に加えられた数が多くなったくらいの違いしかない。
 つい先だっても電通の女性社員が残業の多さに耐えきれず自殺した。

 この丸山氏の『生者へ』、いかがですかみなさん?
 苦い、砂を噛むような思いでこの丸山健二氏の突き刺さってくるような文章を読んだのではないだろうか。そんなこと言ったって、丸山は小説を書く才能があったからサラリーマン地獄から抜け出して成功したんであって、才能がない俺にどうしろと言うのか、耐えて家族のために生活費を稼ぐしかあるまいに…と、怒りを私や丸山氏に向けたくなったかもしれない。

 前回、この書を取り上げた際にも紹介したが、『生者へ』の「腰巻き(広告の帯」には、
 「いかなる権威にも屈することなく、いかなる集団にも頼ることなく、さりとて世捨て人に堕するわけでもなく、そのために支払う代償をものともしないで、どこまでも個人の自由という掛け替えのない精神と権利を求めずにはいられない激しい気性の持ち主こそが、真の創作者であり、真の生者たらんとする生者である。」

 とある。
 多くの奴隷となった日本人には、意味がわからない言葉であろう。ほとんどの大衆は、今の暮らしより「ほんのちょっと」豊かで、楽しければいいのだから、権威がどうたらなんて関心がない。半年に1回のボーナスをもらって得したような気分になって、一つ家電製品を買って、旅行にでも行ければ、従順に働くのみ。
脱却する方途へは絶対に足を踏み出さない。「だって、仕事が忙しいんだもの」と。「空手をやってみないか、だって? 仕事が山のようにあるんですよ。放っておけませんよ」

 そして「 己の行く手にどんな人生が待ち構えているのかを百も承知しながら、ささやかな変化に、プロ野球の試合の結果や、競馬の予想や、賭け麻雀の勝敗や、株式の相場といったことに楽しみを見いだし、一喜一憂しながら、半ば諦めの日々をきちんと生きていた。」となって、はい、おしまい。
 末路は、医者と製薬会社と役人に騙されて、病気をつくられて死んでいくのである。



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2017年02月17日

ホロコーストの“真実”とは(2/2)


《2》
 私は、ナチスによるユダヤ人迫害がなかったと言う自信はない。しかし「ユダヤ人が600万人虐殺された」というのは、誇張された話ではないかと思うのみだ。真実は検証されなければならないと思う。イスラエル=シオニストは、疑惑に対してまっとうに答えなければならない。言論を封じ、弾圧するやり口はあまりに卑劣である。
 人にいっさいの疑問も許さないのは、逆にそれがウソだからであり、バレると都合が悪いからだと疑われる。

 なんで自分たちを悲劇の主人公にし、ナチスを悪魔に仕立てるかは、税金問題だと言ったが、もう一つは、「しかるべき死体の数によって、イスラエルという国家にたいしてドイツが戦後一貫して毎年支払い、いまも支払いつづけている莫大な補償金の額を正当化するため」(ラッシニエ『ヨーロッパのユダヤ人のドラマ』(『ホロコースト物語とユリシーズの嘘』所収)より)なのである。これをイスラエル協定と言う。

 以下は昨日も紹介した「教えて!goo」の「ユダヤ人ガス室大量殺人の真実」にある“解説”である。簡潔にして的を射て見事なので、全文を引用させていただく。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2712606.html?from=recommend

     *     *

[引用開始]
 ラッシニエはさらに、「それは単に、純粋に、そして非常に卑劣なことに、即物的な課題でしかないのだ」という表現をもちいている。一九四八年までは存在していなかったイスラエルという国家にたいして、一九四五年以前の問題についての補償金を支払うという「イスラエル協定」については、その法的矛盾を指摘するとともに、「いかなる言語でも“詐欺”としか表現できない」という告発までしている。
 このラッシニエの告発は、決して突拍子もないものではなかった。永井清彦も『ヴァイツゼッカー演説の精神』のなかで「イスラエル協定」について、つぎのようにしるしている。


「この協定は日本では普通、『賠償』協定と呼ばれているが、実はボツダム協定にいう賠償の枠を越えた、『償い』の協定であった。イスラエルはかねてから、ドイツからの賠償を要求していた。しかし、戦時中には存在していなかったイスラエルに、賠償請求権があるかどうかについては法的な疑問がある、というのが戦勝四大国の立場であった」
(略)

 朝日新聞の特集記事「問われる戦後補償、下」(93・11・14)によると、一九九三年現在で、一九四九年以来イスラエルがドイツからうけとった金額は、九〇四億九三〇〇万マルク[一九九四年現在の交換レートで約五兆七九〇四億五二〇〇万円]に達している。協定の期限の西暦二〇〇〇年までの支払い予定の残額は三一七億六五〇〇万マルクで、あわせて一二二二億六五〇〇万マルク[おなじく約七兆八二四九億六〇〇〇万円]になる。そのほとんどはイスラエル、ユダヤ人組織、ユダヤ人個人向けである。

 イスラエルは、砂漠地帯に給水設備をめぐらせつつ、国際的にも非難されている「占領地域」にまで入植し、いまや三〇〇発以上の核弾頭を保有するという事が公然の秘密とされている超々軍事国家である。人口の増加は、軍事的な意味でも必死の課題だが、移住者をむかえるためにも資金が必要である。イスラエルの経済はもともと、ドイツやアメリカからの資金援助なしには絶対に成り立たなかったのである。

 だから当然、以上のようなラッシニエのきびしい糾弾の言葉は、「イスラエルという国家」、またはシオニストにとって致命傷となりうるものだった。
(略)

 パリで、具体的には一九四五年一二月二一日、ドイツから取りたてる賠償金の配分を決める会議が開かれていた。『移送協定とボイコット熱1933』では、ユダヤ人自身の国際組織、「世界ユダヤ人評議会」が一九四八年にニューヨークで発行した活動記録、『離散の中の統一』の記述にもとづいて、この会議の経過を要約している。

 第一次世界大戦後の高額賠償金請求はドイツの経済を破壊し、ヒトラーの登場をまねいた。だから今度は金額は低くおさえられた。「二五〇〇万ドル」と「中立国でさしおさえたドイツの資産」および「ドイツで発見された金塊」が賠償金の基金となった。最初は、ユダヤ人への賠償という考えは、連合国首脳の頭のなかにはまったくなかった。世界ユダヤ人評議会はアメリカ政府に強力にはたらきかけた。

 その結果、最初の段階では、賠償金の配分を「ドイツの支配下で非常にくるしめられたもの」に優先するという原則が決まった。だが、そのときにはまだ「ユダヤ人」の名はでていなかった。以後、翌年の一九四六年一月一四日にいたるまでの「ユダヤ人組織のきびしい努力の結果、やっとのことで」、「二五〇〇万ドル」と「金塊」の九〇%、「相続者のいない資産」の九五%がユダヤ人に配分されることになった。その使用目的は、ユダヤ人組織の代理人が持ちだしたもので、「ユダヤ人戦争犠牲者の再定住」のための資金にあてるという計画だった。

「ユダヤ人戦争犠牲者の再定住」、すなわちイスラエル国家の建設である。このための資金の獲得こそが、ラッシニエが「純粋に即物的」と表現した具体的な課題だったのである。「六〇〇万人の神話」は、まず最初に「しかるべき死体の数」として提示され、ドイツからの賠償金の配分獲得に役立ったのだ。
  [引用終わり]
 
 これらからお分かりかと思いますが、まず第一に金なんです。戦争の賠償金などというものは、通常では考えられないほど莫大な利権を生みます。
 その為には、歴史を捏造して、自分たちの被害を殊更に強調し続けるのも、自然な事です。

 また一度捏造したら、永遠に嘘はつき続けなければなりません。嘘によって成り立っている利権なのに、嘘と認めてしまうはずがありません。たとえそれがどんなに科学法則に反していて荒唐無稽であってもです。

 そして、欧米においては、少しでも真実を知ろうとする人がいれば、ユダヤ人の団体によって、潰されてしまいます。「知ろう」とした時点で、文字通り犯罪です。ホロコーストに少しでも疑義を唱える本は、児童ポルノと同じように、発禁処分を受けます。

 そのように法律によって、嘘を嘘のままにしておかなければならないのです。

 現在は、嘘をつき続ける事で、得をする人たちが、政治的にも経済的にも優勢で、メディアも支配されています。それが現実なんです。だから現状がそう簡単に変わるわけが無いのです。
 主流メディアとは、政治的に歪められているので、そこにはメディア支配者の見せたい「現実」しかありません。だから、本当の現実を知りたいならば、そこから離れるしかありません。
 そこから離れた場所で、幾多の科学的で自然な「本当の真実」が見えてくるでしょう。その為には、何が正しいのか判断できるメディア・リテラシーを持つ事が必要です。

     *     *

 日本でも、昭和天皇が本当はアメリカとの戦争を望まなかったのに、陸軍が暴走したんだとか、天皇は政治・外交・軍事には介入させてもらえなかった、昭和天皇ほど平和を希求された人もいない、などの話がまかり通っている。小林よしのりが最近そのプロパガンダの片棒を担いでいる。
 あるいは海軍は善玉で、国際的視野を持っていたが、陸軍が頑迷で覇権主義だったために大東亜戦争に突き進んでしまった、などいうウソも、人口に膾炙している。

 これはまさに「嘘をつき続ける事で、得をする人たちが、政治的にも経済的にも優勢で、メディアも支配されています。それが現実」なのである。

 最後にもう一度、ホロコーストに関する“感想”を述べておくと、いかなナチスが悪逆非道だったとはいえ、当時のドイツ人がそれほどのバカであったろうか? むろん騙された面はあろうけれど、市民はふつうの、今とさして変わらない認識を持っていたはずで、国中あげて犯罪集団と化したとは思えまい?
 われわれの祖父や父の代の人たちが、あろうことか南京に赴いて、虐殺のかぎりを尽くすなどということは、信じられないことであろう。

 あなたの周囲に、そんな大阪教育大付属池田小学校に乱入して児童を無差別に殺害しまくったとされる宅間守を、百倍ほども悪くした兵士たちが、南京に押し寄せたのか? 同様に、ナチス時代のドイツとて、国民みんながユダヤ人をいじめぬき、600万人も殺せるわけがなかろう。ましてヘーゲルやベートーヴェンを生んだ偉大なドイツ人が、である。

 600万人も虐殺? そんなバカなことはあるはずがない、という素直な目で、われわれはマスゴミや官許歴史教科書から離れてものごとを見なければならない。
 一方で、昨今のヨーロッパの難民・移民問題は、ドイツが大量に受け入れているが、その拝啓にはほとんど語られない、「イスラエル協定」がからんでいるのではなかろうか? とも疑ってみるべきではないかということなのである。

 未来永劫、ユダヤ(イスラエル)が国家として贅沢をやらかすためにはドイツからの「償い金」がもらえなければならない。イスラエルにとっては、ドイツ人が一生懸命に働いてカネをかせいでくれないと困る。だから中東から安い労働力を送り込んで、ドイツで働かせるのがうまいやり方ではないのか…と。




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2017年02月16日

ホロコーストの“真実”とは(1/2)


《1》
 ナチによるユダヤ人迫害や強制収容所をテーマにした映画はずいぶんと観てきた。最近では、ハンガリーの映画で『サウルの息子』がある。
 サウルはハンガリー系のユダヤ人。ビルケナウ収容所のなかでゾンダーコマンドとして働いている。ゾンダーコマンドとは、収容所に連れてこられたユダヤ人のなかからナチスが選抜した部隊で、ユダヤ人の死体処理に従事させられるが、それもしばらくの間だけで、彼らもいずれガス室に送り込まれる(となっている)。

 2015年製作だから、今日でもホロコーストは(妙な言い方になるが)映画では人気のあるテーマであるらしい。『サウルの息子』は、収容所で働かされる主人公の目の前で、ガス室で殺されたばかりの息子がいた、というところから話がはじまる。
 サウルは何がなんでもユダヤ教で埋葬して、簡略ながらも葬儀をしてやりたいと思って、息子の死骸を隠し、ラビを探し回る。

 収容所のなかで、ナチの監視の下、そんな自分勝手なことが許されるわけがないし、ゾンダーコマンドの仲間たちにも多大な迷惑を被らせても、最後の「人間らしい(?)」埋葬にこだわる主人公に同情的に映画は描かれるけれど、私にはどうもこのテーマは無理があると思えたし、70年以上も昔のナチの収容所を舞台にするあたりも古いのではないかと思えた。

 いささか不謹慎は言い方かもしれないが、ナチの収容所を舞台にしたら、いくらでも映画は創れるではないか。ガス室に放り込まれるユダヤ人一人ひとりにドラマがあるし、ナチの人間にもドラマは考えられる。それが悪いと言うわけではないが、ホロコーストが本当にあったのか? と問い直されている現代において、ガス室があったことを前提とした映画がなお、なお、なお、創られることにはいささかの疑問を呈さねばならない。

 ナチス・ドイツによるユダヤ人へのホロコーストの真相はすこしずつ世間に浸透してきているように思える。ナチスがユダヤ人をいじめた事実はあっても、ガス室に放り込んで600万人もの大量殺人をやらかしたとは、戦後のユダヤ人による作り話だとする見解である。

 しばらく前に、イランのアフマディネジャド大統領が堂々と、ホロコーストはウソだと言って(2005年)、日本のマスゴミをはじめ世界中が驚いていた。
 アフマディネジャドはホロコーストについてこう言った。
 「イスラエルが建国の口実にでっちあげたものだ。西欧諸国はヒトラーが数百万のユダヤ人を殺し、強制収容所送りにしたと主張する。これに疑いを抱く者は、歴史家であれ、評論家であれ、科学者であれ、誰であれ手厳しく非難されるか、牢獄にぶち込まれる。」

 アメリカによるアポロの月面着陸もひどいウソだったが、ホロコーストもきわめて怪しい。
 アフマディネジャドが言うように、ホロコーストに疑念をいだいただけで、欧米では「誰であれ手厳しく非難されるか、牢獄にぶち込まれる」。ドイツでは5年の懲役、オーストラリアでも3年の懲役をくらうそうだ。職も失う。

 欧米では、少しでも真実を知ろうとする人がいれば、ユダヤ人の団体によって、潰される。知ろうとしただけで犯罪にされる。ホロコーストに疑義を唱える本は発禁処分を受ける。

 なぜそんな厳しい法律があるのか? それはユダヤ人がカネを儲けるためであると、斯界の権威たる宇野正美氏(国際時事問題評論家)は解く。
http://www.youtube.com/watch?v=JYBFJ0qHrcY&NR=1
 たとえばドイツでは、ユダヤ人の企業は無税だそうだ。それはユダヤがドイツを支配しているから出来る。もしドイツ人が、ユダヤの企業にも税金を払ってちょうだいな、とお願いすると、「貴様らドイツ人はヒトラーとともに俺たちユダヤ人を迫害して、600万人も虐殺したじゃないか、それを忘れたんか!」
 と、すごむのである。これでドイツ人は参ってしまう。
 問答無用がまかり通る。
 
 600万人という数値はニューヨークのユダヤ人協会なる団体が発表したものである。いささかも科学的裏付けがあるものではない。日本軍の「南京大虐殺」と同じプロパガンダである。
「教えて!goo」にある「ユダヤ人ガス室大量殺人の真実」にある、「疑惑」を並べてみよう。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2712606.html?from=recommend

・死因がガス中毒によるものの死体が一体もみつかっていない。
・当時のガス「チクロンB」では人を死に至るにはかなり難しい。
・死体を焼却するはずの焼却炉が見つかっていない。現在あるのは再現用である。
・焼却すれば当然、煙が上がる訳でありそのような煙を偵察機が捉えた記録は一度も無い。
  しかも、わざわざ場所を教えるような煙の上がる焼却をするとはとても考えにくい。

・死体の死因の大部分は「餓死」と「チフス」によるものだった。
  ドイツ側の言い分は「餓死」させてしまったのは連合軍側が補給路を断った為だからと発言している。
・迫害を受けていたユダヤ人側から「そんなガス室や焼却炉など見たことも聞いたことも無い」と裁判で発言しているがこの発言を一方的に破棄されている。

 一口に600万人を殺したというけれど、宇野正美氏はそれを4年間での仕業とすると、1日あたり5000人も殺さなければ間に合わない。神戸の震災でもおよそ5000人が死んだが、火葬するのに10日間もかかっているそうだ。
 ナチスはこれだけの遺体をどう処理したのか? そんな設備はなかったのである。
 人間一人を火葬するのに重油ベースで180リットルが必要とされる。当時のドイツ軍は日本以上に化石燃料が(アメリカから密かに売ってもらっていてもなお)足りず、モスクワ占領を諦めてまでコーカサスの油田を狙ったほどであった。

 そんな貴重な石油を、たかが虐殺した人間を焼却するのに使うわけがあるまい。 
 大戦中のドイツは人手不足で、実態はユダヤ人さえも工場などの単純作業についていたのだ。殺して処理をするには手間ひまがかかる。カネもかかる。いくらヒトラーがユダヤ人を根絶やしにしたくても、そんな無駄なことをする余裕が、本当にあったのか。
 アウシュビッツ収容所には、人間の脂から石鹸を作ったの、髪の毛で毛布を編んだのというおどろおどろしい“証拠”が展示されているようだが、そんなコストのかかる商売を、世界一合理的な考え方をするドイツ人がやるわけがないじゃないか。 

 フランクルというユダヤ人の心理学者が強制収容所での体験を書いた『夜と霧』という本があるが、あれもプロパガンダの一種だったのではないか。以前にも書いたが、有名な『アンネの日記』もウソっぱちである。ユダヤ人の三流小説家がでっちあげた“騙りもの”である。

 『夜と霧』のなかでフランクルはこう証言する。
 アウシュビッツ到着するとユダヤ人の囚人たちは一列に並ばされ、ドイツ軍将校によって身体検査され2グループに分けられる。一方の人々は石鹸を渡され、毒ガスが撒かれる「浴場」へ行った。別のグループは別の浴場へ行き、そしてそこで裸にされ消毒された。ガスの出る「浴場」へ行った人々はその後姿を見ることはなかった…。

 映画『ソフィの選択』にもあったショッキングな場面だ。映画ではメリル・ストリープ演じるユダヤ人の母親が、ドイツ人将校に連れている二人の子のうち、男の子か女の子かどちらかを選べ、と言われる。母親は男の子の手をひき、下の女の子は引きはがされてガス室送りになるという話である。
 あれは世界中の観客の紅涙を絞ったであろう。まったく…よくやるよ、ハリウッド映画は。これでもかとドイツ人を悪者に仕立てる。というより自分たちユダヤ人をこれでもかと悲劇の主人公に仕立ててきた。そのプロパガンダの役割を担ってきたのがハリウッド映画であった。

 私も昔、フランクルの『夜と霧』を読んで、ナチスはなんとひどい事をすると憤ったけれども、フランクルはその毒ガスとやらを殺人に使ったあとどうしたかを書かなかった。「浴場」で毒ガスを充満させたら、人は殺せるかもしれないが、そのガスの後始末が超困難である。うっかり窓やドアを開けて外気に放出したら、収容所のドイツ人にも被害が及ぶ。煙突から出したことになっているが、 周辺の村人も吸ってしまう。

 だからガス室うんぬんはウソか、もしくは超誇張なのだろう。『サウルの息子』では延々と屍体処理の場面を描くが、死体は重くて1人ではそう簡単には運べない。二人掛かりでやっと持ち上げる。そんな作業を1日5000体も運ぶのはとてつもない重労働である。日にち毎日、それをゾンダーコマンドのユダヤ人にやらせるのは、相当無理がある。



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2017年02月15日

林秀彦『日本人はこうして奴隷になった』を評す(2/2)


《2》
 林秀彦著『日本人はこうして奴隷になった』のなかから、ひとつ選んで論じたい。先ずは、少し長くなるが引用から。

     *     *

 概して、日本人は支離滅裂な人間だと、かねてから思っていた。それは無論、今まで述べたように、論理性が頭の中にないからである。
 おしゃべりの、長話が好きな人の話を聞いていれば、すぐわかる。途中で話題が元からはなれ、とんでもないところに飛んでしまったり、こんがらがったりする。不思議なことに、白ンボにはこれがない。

 まったくちがう話に移ったな、と思って聞いていても、いつの間にはちゃんと元の話に戻り、それが起承転結の役を果たしている。論理性が魔法のように一貫している。これは無意識にも、論理の一貫性が頭に流れる本能的才能が彼らにはあり、こちらにないからだろう。それが彼らのレトリックとなり、弁論術ともなっている。

 この支離滅裂が顕著に現れるのが、演劇における役者の台詞術に見られる。
 台詞はちゃんと前もって作家が作り、作劇としてのレトリックも持たせてある。だから、それをそのまま言えば、役の人物は支離滅裂にならずにすむはずである。ところが、そうならない。こんな不思議なこともない。

 白ンボが、話を飛躍させ、再びいつの間にか戻し、関連付けている手法がマジックに思えるのと同様、この、最初から論理的に組み立てられている台詞の構成どおり演じ、それを話しているにもかかわらず、言っている内容(役者の台詞)が、意味不明、説得力消滅になってしまうのも、マジックみたいである。

 どうしてこのような不思議なことが起こるのか。
 先日、演劇をテーマにしたアメリア映画を見た。(グレース・ケリーがアカデミー主演女優賞を穢多『喝采』。ひとつの芝居を作り上げていく過程が、ドラマになったストーリーである。その中で演出家が、下手な役者の下手な台詞回しに怒り、怒鳴りつける。「Mean it!」と怒鳴るのだ。直訳すれば「意味しろ!」である。

 これでマジックのネタが知れた。
 日本人が日本語を話すとき、その言語自体が持つ意味が希薄(言葉の内容の密度が小さく薄い)なのと同時に、その使用者の使用法が、それにも増して希薄なのだ。

 この「ミーン.イット!」を、私も稽古をつける最中、喉が腫れ上がるほど役者たちに繰り返し言った。これを日本語で言うと「もっと心をこめろ!」という怒鳴りになる。台詞に心がこもっていないのだ。だから下手で、おざなりに聞こえる。
 ところが、この「意味しろ! Mean it!」を聞き、根本問題としての日本人演劇不適格性の謎が氷解した。

 意味−−−。これほど日本人に縁遠いものもないのである。
 意味の追及、これは結局言葉の追求と同じことになる。さらに言えば、論理の追求でもある。なぜなら、どんな事柄にも、概念にも、感情にも、それを表す論理としての言葉があるからだ。論理性を持たない言葉の意味など、存在しない。言葉を持たない意味もない。

 ところが、それは白ンボの世界の真理で、白ンボの意味には言葉がないものが多い。言葉に意味がないものも多い。つまり昇華して言えば禅の世界だ。不立文字というやつ。
 役者は台詞に意味を探していない。台詞のやりとりは、禅問答に近くなっている。お互いにミーンを無視して話しあっている。だからこちらも禅風な言い方で「こころをこめろ」というしかないのだが、「心」という日本語の単語も、実は非常に“意味”が曖昧で、希薄なのだ。

 何とでも解釈ができ、明快な定義ができない。巾は広いが、その分、純度が低い。これは同じように、「心」に当たる英語のスピリットやマインドやハートと比較してもわかる。
 日本語の「心」は、多義にわたりすぎ、定義は散漫になる。そして、少なくとも「心」には、英語で言うところの「論理的意味」は入っていない。

 しかし、台詞は、どれも論理に裏打ちされている「意味」なのだ。その意味には、その台詞を口にする人物のあらゆる意味、レゾン・デートル(存在理由・存在価値)が含まれている。なぜその人物が登場していて、なぜその他の登場人物と関係を持ち、なぜその台詞を言うのか、という一切の意味が登場人物の、レゾン・デートルなのだ。

 レゾンはフランス語だが、英語のリーズンも同じで、「背後の理由、わけ」のほかに「理性、思考力、推理、分別、道理、理屈、考える、判断する」と、「意味」を意味する「意味」がある。
 だから、私が見た映画の中の演出家のこの英語による叱咤は、「人物の背後を考えろ、論理的に表現しろ、もっと深く台詞の意味を考えろ、自分が何を言っているのかの意味を知れ」と言っていると同じになる。

 ドラマとは、必然の集約である。
 現実の人間の生活は、無意味な「余分要素」に彩られている。一組の男女の恋愛は、実生活に無論あることだが、その実生活の中には、お互いの朝の洗面、排便、食事、通勤電車の中の不快感、上司との諍い、などなど秒刻みの「添加物」がある。その添加物をできる限り取り去り、恋愛という一点、即ちテーマに集約する、それがドラマである。

 当然、集約(つまりコンデンス・濃縮、凝縮)は、言葉の濃縮となり、意味の濃縮となる。
 言葉にもなっていない溜息とか、それに近い最も短い「ああ」といった呟きも、意味の濃縮である。意味のない台詞はひとつもなく、意味のない動作もひとつのないのが演劇であり、そこで「人生の濃縮」、つまり意味の完結が可能になる。

 「意味しろ!」
 と、怒鳴れない日本の演出は、結局日本語の限界を意味し、日本人の人間関係の限界を意味し、日本人の人間性の限界を「意味」している。

     *     *

 まだまだ引用しておきたいが、このあたりで打ち切る。
 私のブログの文章も、論理的・論理性でありたいと願いつつ、いつまで経っても自信が持てないままだ。それは私自身の問題でありつつ、日本社会のせいでもあろうかと思う。

 それでも私がブログで懸命に論理的であろうとして書いたものほど、反響が薄いといつも思わされるのは、どういうわけかと長年不思議だった。
 例えば音楽批評は、「誰それの演奏は素晴らしい」と言うのではなく、なぜ素晴らしいといえるのかを論理的に述べるべきだと書くと、まったく無反応なのである。

 それには触れずに、およそ無関係な自分が言いたいことだけをコメントしてくるのが精一杯である。引用した林さんの文の冒頭にあった文句を使わせていただけば、「支離滅裂」、これである。
 あるいは宇宙人なんかいないということを論理的に解いても、無反応であることが多い、反論は「だって、ボクは見たんだもの」になってしまっていささかも論理で反論は来ない。

 それはここで林さんが解いておられる日本人の性向と同じなのではないかと思わざるを得ない。日本人は思索することができないのではあるまいか。それが言いたくて、長々と引用させてもらった。





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2017年02月14日

林秀彦『日本人はこうして奴隷になった』を評す(1/2)


《1》
林秀彦の『日本人はこうして奴隷になった』(成甲書房)が発刊されたことを当時まだご存命だった太田龍氏の「時事寸評」で、知り、さっそく読んだのは2008年のことだった。
 太田氏は「日本民族有志にとっての必読の著作」と持ち上げつつも、「時事寸評」の中では、イルミナティの日本包囲網の中の、もっとも弱い環は、医療、医学の領域である、という問題が林秀彦氏は全く視野に入って居ない、と断じている。

 これはそのとおりであって、林さんはその2年後2010年に亡くなっている。
 もしも林氏が医療・医学の領域に関してイルミナティの策謀が視野に入っておられたら、健康分野でも十全に戦い、僭越ながら氏の抱える病はなかったやもしれないと、当時慨嘆せずにいられなかった。

 私は林秀彦氏のファンで、その著作はほとんど読んできている。だからあのとき『日本人はこうして奴隷になった』が読めることは感謝した。しかしその前の作『この国の終わり』で、「この命、最後の本」とまで言って、二度と本は書かないのかと思わせておいて、また書くと言うのはいかがなものかと思ったものだった。

 『日本人はこうして奴隷になった』は前半がやや具体が不足し、感情的に怒っているばかりのように思えたが、後半の氏の専門であるシナリオ論と日本人論を合わせて論じている部分は、この著作の白眉というべき内容だと思われ、そのあたりから具体もよく説かれ、日本を憂える情熱と真情に圧倒されたものだった。
 太田氏が「日本民族有志にとっての必読の著作」と言うのもむべなるかなだった。

 あくまで林秀彦氏は作家である。作家として日本人のダメになっていくさまを、認識を主たる対象として鋭く見つめる視線に嘘はない。しかし、しきりに岩波の「広辞苑」を引用して言葉の説明をされると、そのたびにしらける。自虐史観を批判している林氏なのだから、「広辞苑」は自虐史観の優等生であって、あれほどデタラメな辞書はないと、もう「定評」になっているのだ。渡部昇一氏と谷沢栄一氏の共著『広辞苑の嘘』くらいは読んでおくべきではなかろうか。もう「広辞苑」は使えない辞書である。

 以前から気になっていたことは、「右脳左脳」の創案者・角田忠信氏を絶賛するのも、どうかと思う。脳機能局在論は間違いであるからだ。やがて「右脳左脳」は嘘だったことがはっきりするだろう。そんな愚論に依拠しなくても、日本人の認識と白人の認識がまったく質が異なることは明らかである。そしてその理由は、認識は対象の頭脳における反映であるという(唯物論の)原理原則から解かれるべきである。林氏に弁証法がないのが惜しまれる。

 計量遺伝学などというニセものにも興味を示されている。知力、知能の80%は親から子への遺伝によって決定されるという説であるが、これも林氏が作家だから(学者でないから)やむを得まいが、誤りである。これでは観念論だ。すべて後天的に、教育されて創られるのだ。厳しい言い方をすれば林氏がオーストラリアに逃亡されている間に、日本では世界最高レベルの学問が形成されたという事情に疎いからである。林氏がオーストラリアに逃亡したくなった心情はよくわかるが、その代償も払わねばなるまい。

 林秀彦氏は日本人が単一民族であると思っておられるようだが、それはいかがなものか。たとえば顔の、鼻なんか実に千差万別で、鍵鼻あり、団子鼻あり、尖っているのありではないか。単一ではないから、としか考えられまい。
 また、八切止夫の〈庶民史〉をご存知ないとみえる。なんどか本ブログで説いてきたが、日本人の80%くらいは奴隷であったし、さまざまな民族がごちゃ混ぜになっているのだ。そうでなければ、何の産業もない江戸に百万もの人口が集中した理由が解けないし、明治以降に大量の移民が海外に〈棄民〉された理由も解けまい。

 最近知ったことだが、伊藤正敏氏の『寺社勢力の中世』(ちくま新書)によると、中世の日本は、天皇・貴族、武士、そして寺社勢力の三つに権力が分かれ、三つどもえの戦いをしていたというのである。そのなかの寺社勢力はほとんどの官許歴史では無視されているけれど、土地、経済(商業、運輸)を握っていたのは、比叡山、興福寺、本願寺などの寺社勢力であった。

 寺社には古代律令制の荘園で奴隷のように扱われていた民百姓が、過酷な生活から脱して多数逃げ込んだところであった。彼ら難民は律令制や武家の統括下と云う“有縁”の世界から“無縁”のアウトローとして(自由人として)寺社境内に巨大な都市を形成するまでになっていたのである。

 日本人の、勤勉さや同胞意識、和などはこうした中世の寺社に暮らした人たちの努力が背景にあって、育った認識ではないかと思われる。

 また林さんの哲学の捉え方も間違いだ。林氏の言う哲学は、せいぜい認識論である。これも南ク継正先生の著作をお読みになられれば良かったのに、残念なことだ。南ク先生の著作を読まれれば、「日本人には人生の意味を問うことがあっても、人間の意味を問わないまま生き続ける」と言わずにすんだであろうに。そこには氏が求めてやまない、本当の生きざまと学問があることが理解できたはずである。

 林秀彦氏の新著の欠点ばかりを書いてしまったが、氏が日本人に絶望するものはまったく同感である。日本人への愛情のゆえに激怒されていることは、痛いほどわかる。作家だけあって、人の認識を捉える鋭さはさすがであり、どんな作家より私は高く評価している。

 とくに前作『この国の終わり』から、果敢にイルミナティの陰謀に言及されるようになったことは、他の作家どもが全員ダメなのと対照的に、私は感動した。イルミナティを告発する立場を取れば、多くの出版社は引いてしまい、氏にとって生活の糧を奪われる事態が出来したかもしれないのに、よくぞ勇気を持って執筆された。

 林さんがまだ御存命のうちから、周辺の弟子筋の方から、だいぶ体調が悪いとお聞きしていた。日本に帰国後も一時入院されたよし。新著に書かれたそのときのご体験も共感できるものであった。日本の病院こそ日本の縮図だという見解に同感である。病院の医者や職員が取る態度が非人道的行為に満ちていると指摘しておられる。そのとおりだ。日本の病院ほど人の尊厳をずたずたにして平気なところもない。

 林さんの小説『老人と棕櫚の木』には最後のほうに感動的な場面がある。それは(林氏自身とおぼしき)主人公が自殺を図ろうとするところに一本の電話がかかってくるところだ。その電話はTS(おそらく言語社会学の鈴木孝夫慶應大学名誉教授)からであった。同氏は林氏の最も尊敬する学者だという。その場面を紹介したい。

     ※     ※     ※
 「夜分大変失礼だと思ったのですが、少しお話ししてよろしいでしょうか」
 「はい」
 「実は先刻あなたがお書きになった、日本の軍歌についての新刊書(『海ゆかば山ゆかば』)を読み終わったのです。すると涙が止まらなくなりましてね、それでお手紙を書こうと、いや、書きはじめたのですが、まどろっこしくなって、どうしてもお電話で直接あなたとお話ししたくなったんです」
 (中略)
 TSは小1時間、神馬(主人公の名)のいままで書いた本のすべてを読んでいること、そのことごとくに感銘を受けたこと、神馬には今後も書き続ける使命があること、それによって祖国日本の役に立てることなどを話した。(中略)涙が止まらず、頬を伝って流れ落ちた。声も出ず、ただ「はい、はい」と電話に向かって頷くよりほかになかった。 TSの真心と誠意に満ちた温かい言葉が続いた。それらはすべて神馬に生き続けるべき勇気を鼓舞するものだった。どのように電話が終わり、切れたかも思い出せぬほどに茫然と神馬は正座を続けていた。

     ※     ※     ※

 こうして主人公は自殺を思いとどまる。
 私も、鈴木孝夫慶應大学名誉教授と同じである。すべての本に感銘を受けた。とりわけ『海ゆかば山ゆかば』(現在は『日本の軍歌は藝術作品である』に変更)にはTS氏と同様に涙が止まらなかった。





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2017年02月12日

野球WBCは愚かしいこと


 まもなく野球のWBC大会が始まる。大谷翔平選手の不参加で、日本チームは戦力ダウンでピンチである。参加する以上は勝ってほしいのはやまやまだが、これで予選敗退になれば選手の健康状態の面ではホッとする。

 私はかねてより3月の時期にああいうスポーツの世界大会をやることに私は疑問を呈してきた。スキーやスケートならまだしも(覚悟のうえだろうが)、野球やサッカーのようなスポーツをやるには、寒い時期は非常にまずいのだ。それを興行上の理由でこの時期に強行するのだから、ひどい話だと思う。

 3月に試合ができないことはなかろうが、そのための準備を選手たちは例年より早くやらなければならないのが、実は深刻な問題になる。
 選手たちは、冬の間カラダを休めつつ次のシーズンへの準備をしなければならない。問題はこの準備運動の捉え方なのである。

 わが流派ではよく言われることだが、準備運動には2つあって、一つは「今日の練習」のための準備運動、もう一つは「1年の練習」のための準備運動である。

 プロ野球では昔は(と記憶しているのだが)オフシーズンはみんなランニングだけやって、2月からのキャンプではじめてバットでボールを打ったり、投手が投げたりし始めるありようだった。ところがたぶん興行的に春は早くから試合をやって儲け、秋は遅くまで試合をやって儲けようとの魂胆から、選手のコンディションを尊重しなくなった。

 だから2月のキャンプイン直後から打撃練習をやり、投手は全力で投げ込みをさせ、なかには最初から紅白戦をやる球団も出てくる。
 だから選手たちも必死に生き残らなければならないので、1月中からグアムやハワイに出かけて温かいところで身体を創り、早々に野球を始めてしまう。

 そのままずっとグアムやハワイにいて、キャンプをやり、公式戦をやって5月ごろ日本に帰って試合を続けるならともかく、1月に温かいグアム、ハワイで練習しても、日本の沖縄や宮崎などのまだ寒いところで全力で野球漬けになるキャンプをやるのだ。

 わが流派では、準備運動とは「準備運動」と称するものをやることではなくて、たとえば息も絶え絶えになってから空手なら空手の練習に入るのが準備運動なのだ。全身が温まった状態を準備運動ができた状態という。
 ところが冬とか春まだ浅い季節では身体は冷えている。沖縄や宮崎でも2月3月ではまだ相当に汗だくにしないと準備運動ができたとは言いがたい。

 選手は監督にアピールしなければと、準備運動もそこそこに、1月のうちから全力投球や全力でバッティングしてみせる。1年間のための準備運動は蔑ろにされて、いかに早い仕上がりかをやって見せることになる。

 冷えた状態で空手(あるいは野球など)の練習をやると、冷えた身体で技を覚えてしまう。冷えた身体で技を覚えると、夏になって身体が温まってきたときに、その技がダルになるというか、崩れてしまうのだと説かれる。
 だから技は身体が温かい状態で覚えなければならない。
 したがってわが流派では、冬の稽古は指導者は神経を使う。あまり技を覚えさせる練習は組まない。

 だから前回のWBCでは、イチロー選手の調子が上がらず、ファンはやきもきしたが、それは当然であった。他の選手も無理してWBCにあわせて、例年より早く(寒いうちから)野球の試合ができる身体にしたことは、今は目に見えなくとも、後々故障したり、選手寿命を縮めたりすることにもなりかねない。

 前回WBSでは中日ドラゴンズの選手がWBCに参加することを拒否したが、もし当時の落合監督が、寒いうちから野球をやる危険性まで見抜いての措置ならたいしたものであったが…。
 実際、前回出場した当時横浜の村田修一選手が故障したのは、寒いなか無理したからであろう。彼のようなホームランバッターは、イチローのような軽打で済む選手と違って、全力で打たねばならないから、寒いうちに身体が温まらないのに力一杯のプレーをするから故障しやすい。

 選手は若いしゲーム中は汗をかいていたではないかと言われるかもしれないが、足腰は冷えていたのではないか。アメリカの球場のベンチは半地下みたいになっていて、あれじゃ地面の冷気がもろに足にあたってたまらんだろうと思われた。

 WBCがあってもなくても、プロ野球が寒いうちから選手に万全の仕上がりを要求し、競争心を煽るようなことをすることは避けるべきことである。2月3月はまだ準備運動の段階であるべきだ。マスゴミもそういう選手の身体のことを毫も配慮することなく、キャンプの練習で今日もホームランを何本打ったの打たなかったのと、大ごとのように騒ぎたてるのは、アホである。

 WBCが3月のまだ寒い時期に興行するのは、非常にまずいことである。日本と韓国だけが国威発揚みたいに頑張って意地になっているようだが、ほかのアメリカや南米の国はまだ野球をやる季節ではないと、力を入れないのではないか。そのほうが正解であろう。
 本気で勝負をしたいのなら、夏にやるべきである。

 メジャーリーグに所属する日本人ピッチャーは全員、ダルビッシュ、田中将大、前田、岩隈らは、WBC参加を取りやめている。賢い選択である。




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2017年02月11日

ビタミンCとビタミンEの正しい摂り方


 ある方から無農薬・無肥料の国産レモンをたくさんいただき、このところ毎日賞味させていただいている。ビタミンCが摂れますから、と。無農薬・無肥料だとレモンの形はやや不揃いだけれど、そんなこと別にどうでもいい。味は抜群である。

 海外での産地がイタリア、スペイン、カリフォルニアなどで、温暖な気候を好む樹木だが、原産地はヒマラヤなのが不思議である。
 昔はなかなか国産レモンは栽培されなかったが、たぶん品種改良がなされて、栽培法も研究されてよく栽培されるようになっている。

 さて、レモンといえばビタミンC、ビタミンCといえばレモンというほどの代表格で、酸っぱさでも女王格というべきか。
 ビタミンCは重要なビタミン類で、動物はビタミン類を自分でつくることができるが、人間だけはビタミンCを自分で生成できない。だから必ず経口摂取しなければならないと教えられる。

 以前ブログに書いたことがあるが、薬局で売っているビタミンCの純粋粉末アスコルビン酸を毎日飲むようわが流派では推奨される。
 レモンはビタミンCの女王であっても、レモン1個程度では1日ぃの必要量は足りない。それで純粋粉末を飲むと良いというわけである。

 風邪は体内のビタミンCの不足でも起きるから、ビタミンCを常にとっていると風邪をひかなくなる。動物は自分でビタミンCをつくれるから風邪を引かないのだ。飼っているペットは人間化するので、もしかして風邪を引く。
 そこで1日に1000ミリグラムを取り、あとは必要に応じて(ちょっと咳がでるなとか、鼻水がでるな、熱っぽいなと感じたとき)1000ミリグラムを2〜3時間おきに飲む。

 ビタミンCは多過ぎると尿として排泄され、またタバコを吸ったりコーヒーを飲んだりすると著しく消費されるので不足する、それで2〜3時間置きに摂ると良いのである。一度に大量に飲んでも排泄されてしまう。
 私はそれを実践して、かれこれ30年以上寝込むような風邪は引いたことがない。

 生田哲著『ビタミンCの大量摂取がカゼを防ぎ、がんに効く』(講談社+α文庫)にはこうある。生田氏のお嬢さんがアメリカ留学中に学友から教わったビタミンCの摂取法である。
 「ビタミンCの錠剤を1回1グラムずつ、30分おきに飲んでみたら、7〜8回の摂取でカゼの症状がすっかり消えてしまったのです」

 それ以来、少しでもカゼの症状があらわれたら、ただちにこの『ビタミンC療法』を実行しているのだそうです。通常でも1グラムのビタミンCの錠剤を朝晩1回ずつ服用して、健康維持に努めているのでした」

 生田氏は、ビタミンCはビタミンの一種だから、みんな微量摂取でいいと思っているら、それは間違いで、むしろビタミンというより一つの食品と思ってたくさん摂取したほうがいい、と。
 それに、ビタミンは水溶性だから過剰に摂取した分は尿と一緒に排泄されるから有害ではない、とも生田氏は説く。

 風邪といえば、分子栄養学の創設者・三石巌氏は95歳で天寿をまっとうされたが、『脳細胞は甦る』(祥伝社)のなかで、ご自分は風邪を引いたことがないと言っていて、それは偏りのない十分な栄養を摂っているおかげと、ものを考えるからだと説いている。
 ものを考えるとは、論理的に思考することで、「思う」レベルではなく「考える」レベルで脳細胞を働かせることだという。

 だから井戸端会議みたいなおしゃべりは、脳に緊張感が生じないから、アタマは良くならないし、風邪を引くのを阻止できない。その難しい分子生物学的機序は、『脳細胞は甦る』を読んでいただくとして、もう少し紹介する。
 三石氏は、脳細胞の活性化や病気にかからないためにはビタミン類をたっぷり摂ることだと説く。メガビタミン主義を貫いたとおっしゃる。

 大量のビタミンを摂るのが健康法なのだが、とりわけビタミンCは重要で、ボケや老化、癌などの原因を創る活性酸素を抑える働きを間接的に果たしている。脳の健康の第一はビタミンCを摂取することだと述べている。

 ただし、いくらビタミンCが良いからとて、それだけを大量に摂るのはかえって害がある。ビタミンCを摂ったら必ずビタミンEを十分摂らなければいけないというのだ。
 ビタミンEは小麦胚芽やアーモンド、大豆、シジミ、落花生などに多い。こういうものを意識して食べればいうことはないが、不足分はサプリメントで摂る。ここがちょっとやっかいである。

 ビタミンEがビタミンCの害を消してくれるには、合成品ではダメなのだ。天然ものでなければいけない。ビタミンEのサプリではカプセル入りと錠剤があるが、錠剤ならまず合成だろうと三石氏は言う。
 また天然とうたってあっても、ほとんどが合成でも天然をちょっと含ませるだけで温泉と謳えるので、安物はダメである。なかには「天然型」と銘打ってあって、まぎらわしいが天然物の型をとって作ったという意味になり、これも失格。

 温泉も、ほとんどが水道水の沸かし湯でも、スポイト1滴天然温泉の湯が入れば「温泉」と称して構わないというから、同じようなことである。それでは詐欺じゃないかと思うが、許可を与える木っ端役人は平然としている。
 ちなみに、三石氏はビタミンCに関しては、合成であってもレモンのような天然ものであっても分子構造は一緒だというが、ビタミンEでは合成と天然では構造がちがうのだそうだ。

     *     *

 天然物のビタミンEの場合、普通の大きさのカプセルには50単位しか入らない。ポーリング(ノーベル賞を2度とった化学者で、三石氏と親交があった)はビタミンEを1日800単位摂ったというから、おそらくこれは合成品だ。普通の合成品は、D型ではなくDL型である。二種の立体型の混合物なのだ。

 天然のビタミンEとして尊重されているものは、Dアルファトコフェロールである。このほかにビタミンEにはDベータ、Dガンマ、Dデルタの4種のトコフェロールがあるけれど、Dアルファ以外のものはいったん肝臓に納まっても、胆汁に混ざって捨てられるという事実が、一九九〇年代になってあきらかになった。

 ポーリングが摂った800単位のビタミンEも、おそらくそのまま排出されたのだろう。私のこの仮説が正しいとすれば、ポーリング夫妻はとんだ落とし穴にはまったことになる。
 ちなみに私は、吸収率を三倍から一〇倍に上げるように加工したDアルファトコフェロールを常用している。
(『脳細胞は甦る』より)
     *     *

 ポーリングは夫妻とも癌で亡くなっているが、友人の三石氏は癌の原因のもとはビタミンCの過剰摂取だろうと推測している。
 ポーリングは、メガビタミン主義で、ビタミンCを大量に摂ると同時に、ビタミンEの日々800単位(合成品1ミリグラムが1国際単位。天然物は0.67ミリグラムが1国際単位)も摂っていたというから、毎日800グラムも合成ビタミンEを(信じて)摂っていたことになる。

 だから、健康のため、美容のためと言ってビタミンCをたくさんとるのはいいけれど、そのビタミンC突出摂取の危険を回避するにはビタミンEをたくさん摂取しなければならず、さらにその質が問題になり、これを間違えると、ビタミンCの摂取がかえってカラダに害になってしまうというお話である。



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2017年02月10日

韓国人は盗人である


 韓国がまたしてもバカをやらかした。対馬の寺から盗みだされた仏像を、裁判所が日本に返還しなくていいという判決を下し、あろうことかあるまいことか…韓国の素性も怪しい寺がそれは昔倭冦によって当寺から盗すまれた仏像だからうちに返せという主張を認めた。

 日本中が呆れ返った。
 倭冦には日本人だけではなく、支那人や朝鮮人も多くいた。だからあり得る話としては、朝鮮人海賊が朝鮮の寺から盗んで、どこかに売り飛ばしたのかもしれない。寺自身が食うに困って仏像を売り払ってしまい、回りまわって別の寺に買われたという事態もあり得る。

 今となっては、誰にもわからない。わからないことをいいことに、韓国の裁判所は、日本にだけは返すなの感情で動いた。
 倭冦が盗んだという確証があるわけでもないのに、とにかく日本には嫌がらせをすればいいという主判断だけで動く。
 この朝鮮人の感情の根底には、儒教思想が抜きがたくあるようだが…。

 それにしても言うに事欠いて、倭冦を持ち出してくるとは驚いた。
 それを言うなら、まず江戸時代の「通信史」どもが、対馬と江戸を往復する間に、民間の宿の備品や農家の鶏まで根こそぎ盗んでいったことの謝罪をしてからにしろ。
 ところで、この「倭」について、その由来を一度紹介したことがあった。

 日本人は古代、自分たち集団を何と呼んでいたかというと、「わ」つまり集団の単位(サークル)としての「環(わ)」と称した。支那人に、お前たちは何だ?と尋ねられて、「わ」と答えたのだが、性悪な中華思想を抱く支那人どもは、「倭」という悪字をあてた。
 支那人がそういう悪字を使っていると知って、われらの先祖は中華思想に反発して、「わ」は漢字に当てはめれば「和」なのだと改めて主張する。
 そして国名としては、列島に分立していた小国家である環(わ)をまとめた大きな「わ」という意味で、大きな和、「大和」となった。

 聖徳太子の一七条憲法の第一条は、ご存じのとおり「和を以て貴しとなす」である。これが日本人の根本原理と言われる。さらに、日本人がなぜこうまで「わ(和)」にこだわるかと言えば、それは霊の存在を認め、その祟りを恐れたからである。だから「わ(和)」という精神を生み出した。日本人は物事の解決を何より「話し合い」で決める。これは和を大切にするからである。

 この説は、作家・井沢元彦氏が『逆説の日本史 古代黎明編』(小学館刊 1993年)である。日本にだけなぜ御霊信仰が強烈にあったのかを大筋でこのように説いていた。
 井沢元彦氏はこの、「わ」と怨霊が、実は裏表の概念であるという捉え方が、ご自分の日本史に対する基本的な見方である、と述べている。

 この論理に従えば、呉善花氏の初期の著書にあった次の挿話は、実に明快に解ける。
  (引用開始)
 何年か前の夏、学生仲間数人が連れ立っての九州旅行の途中で、一人が海に溺れて亡くなった事件があった。私たちは旅行を中断し、急遽かけつけたご両親を迎えた。ご両親は私たちの待機する所へ来るや、「息子の死のために旅行を中断させることになって、ほんとうに申し訳ありません」と、何度も何度も頭を下げるのである。

 若かった私は、悲しみをすぐに見せようとしない親をまじかに見て、死んでいった友がいかにも哀れで、心の底に強い反発を感じていた。いまでも思う、そんなときに、お詫びを言う余裕はどこからくるのだろうかと。(『続スカートの風』一九九一年 三交社刊)
(引用終わり)


 息子を亡くした母親が、自ら悲しむよりも真先に、友人たちに詫びたのは、まさに「和」を重視したからにほかならない。韓国や支那には、こういう「和」の意識はなく、儒教の思想(一君万民のヒエラルキー)が根本にある。儒教は得体の知れない怨霊よりも、「孝」「義」「礼」「信」を尊い概念としている。

 むろん「和」という徳目はない。儒教の国(?)から来た呉善花女史が、だから来日当初は、日本人にしみ込んだ「和」の心が理解できなくて、「心の底に強い反発を感じ」てしまうのも無理からぬことであったと言わねばなるまい。

 仏教はこの日本人の「和」の心、怨霊に恐怖する心にうまく取り入ったのである。寄生木のようなものであった。
 だから、今度の仏像盗難事件に関しては、むろん悪党は韓国人だが、とりたてて対馬の寺を応援するほどの気分にはなれない。
 寺というものは、死に関してのビジネスである。

 やれ、墓を作れだの、法事を欠かすなだの、布施をはずめだのと脅して来る。
 戒名についても、いったん死者には戒名をつけるもの、そうしないと御霊となって祟るかも…、和が乱れるかも…と思わされた日本人は、この奇習を受入れざるを得なかった。

 実際、戒名代は高いと思いつつも、布施として払う理由には、現世の人の間の軋轢を避けたい、しきたりに従って波風をおこさないという心理があってのことではないか。
 もし戒名を付けなければ、もしランクが家柄にあっていなければ、親族や周囲の人間から変な目で見られる。これぞ和を乱すことになる。
 もし戒名を付けなければ、もしランクが家柄にあっていなければ、親族や周囲の人間から変な目で見られる。これぞ和を乱すことになる。

 だからやめられない。
 大東亜戦争末期、連合艦隊すでになく、広島・長崎に原爆を落とされ、満州・樺太にはソ連軍が不法に侵略し来たってもなお、日本陸軍は戦争をやめようとしなかった。
 それは、支那戦線や南方戦線で戦死した英霊に申し訳がない、あるいはまだ一戦も交えずに南の島でシラミをつぶしている将兵に申し訳ない、だから今ここでやめられない、そういう理由が陸軍上層部では大勢をしめたといわれる。

 まだある。金融機関の不良債券は、主としてバブル期に銀行がウラの筋に不正融資し、キックバックをとっていたとすると、債券がこげついても、不正発覚を恐れて金融機関はウラ筋の言いなりに融資を続けるしかない。
 企業の上層部が、スキャンダルを総会屋に握られてゆすられる実態もまた同断である。たかりを拒否できずに、腐れ縁をやめられない。

 やめられない、とまらない♪
 アラ、えっさっさあ♪

 死人に戒名をつける習慣、しきたりは、何百年、何代にもわたって続いている。いまさら、その連綿と続いてきた「和」をこわすことはできない。戒名を続けていさえすれば、先祖との「和」は保たれる。

 墓石や墓誌などは二百から三百年も経過すれば、庶民の場合はわけがわからなくなるものだが、寺には過去帳があって、先祖代々お世話になってきた証が認めてある。

 過去帳も疑いだせばキリはないのだが、自分の代ですっぱり寺と縁を切る気にはなれない。だからずるずる続く。続けば、やがてそれは仏教の既得権益となり、汗水流して労働しなくても、無税の現金収入として、坊主の生活を楽々と支えてくれる。ついには腐敗が始まる。

 坊主は生臭になり、国民は骨の髄まで「事なかれ主義」に侵される。
 ちなみに私は、きれいさっぱり私の代で寺とは縁を切った。墓も親が用意したものはあったが、それを残すと子や孫に維持費を負担させるので気の毒だから、棄てた。私が死んだから海に散骨してもらう予定である。
 葬儀もしないし、戒名もいらないのである。




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2017年02月09日

メディアの傲岸な指導者意識


 トランプ大統領が、就任直後から矢継ぎ早に「大統領令」を出して公約の政策実行を行なっている。これに対してアメリカのメディア、日本のメディアが反発し、トランプと全面対決の様相を呈してきている。
 イスラム圏からの難民や旅行者の入国禁止措置に対しては、それに反対する米民主党系の連中のトランプ抗議デモを大々的に取り上げている。
 毎日新聞はくる日もくる日も、反トランプ一色。

 すさまじい反トランプキャンペーンである。
 世界中、トランプに反対する人ばかりといった報道の仕方。
 日米貿易摩擦が再燃して、経済的にも日本は追い詰められるぞと不安をかき立てている。
 トランプを支持する声とか、公平に見た貿易の見通しは取り上げられない。すさまじい偏向報道だ。

 しかも、マスメディアは、米大統領選挙でヒラリー・クリントンが敗れ、トランプ氏が勝ったのは、フェイク(嘘)のニュースが広がったためだといまだに言い続けている。正しい情報を流している旧来のメディアに大衆が従っていれば、悪いことは起きなかったのにという、傲慢きわまる「指導者意識」のなせる業だ。
 デマ、嘘の情報がSNSで拡散しているからヒトラー再来のようなトランプが世界を破滅に導こうとしていると言い、「ネットを信用するな」と叫んでいる。

 どうやら欧米や日本の旧来のメデイアは、インターネットのすさまじい情報量とその拡散スピードが脅威で、自分たちの立場、利権、“正義”が奪われてしまうと思うようになっている。だからネット社会に対して強い敵愾心を持っている。

 けれど、メデイア自身が言うほど、ネット社会にはフェイクでいっぱいになっているわけではなく、有益な情報がいっぱいある。だから実際に爆発的に広がったのである。みんなが既存の、利権やカネに転ぶメディアの信用ならなさに愛想を尽かしているのである。
 そのことについての旧来のメディアに反省の色はかいもくである。相も変わらず、ろくに勉強もしないで、テメエたちのイデオロギーに適う主張だけが正しいと思い込んでいる。

 ニュース解説にひっぱりだされる大学教授や評論家、ジャーナリスト、タレントどもも、原稿料をくれて意見公表の場を提供してくれるメディアにシッポをふるばかり。サヨク思想でバイアスがかかっているうえに、利権にあぐらをかいて勉強しないものだから、ネット社会ではバカにされ、やつら自身が立ち遅れたのだ。

 そもそも、トランプが大統領になれたのはネットでのフェイク情報のせいだと、既存メディアが声をあげること自体、図々しいにもほどがある。
 就任式が終わってもなお、既存メディアはトランプに対するアンチ・キャンペーンを続け、まさに反トランプなら何をしてもいいような風潮までつくりだし、紙面をかざっている。
 デモが先鋭化し破壊行為をくり返す暴徒を批判することもなく、暴動が起きるのは当たり前のことのように報道する。

 あるいはヒラリー支持だった民主党支持者の主張を全面的に正しいとして紹介する。ヒラリーの闇にはいっさい触れない。対する共和党でも、反トランプ派の見解や動向ばかり取り上げる。
 ヨーロッパ各国の首脳の見解も、反トランプばかりを紹介する。
 見苦しく一方的である。

 メディアは、常に自分だけが正しいとする。長年、正しい報道のみをしてきたんだから、ネット社会は常に扇動的で、ポピュリズムで、デマが横行しているという抜きがたい不信感でいっぱいのようだ。
 宗教はなにしても許され、弱者は常に助けねばならず、権力は常に悪であるというサヨク思想に毒されたまま。

 既存メディアのやっていることは、反トランプと、トランプ大統領おろしなら何しても良い、偏向していたって構わないという姿勢である。
 これは反日なら何をしても犯罪にならない、という中共や韓国の風潮とそっくりだ。
 韓国メディアばかりか、日本のメディアも、欧米のメディアも、自分の決めた正義に逆らうものはきっとレッテルを貼って叩く。

 自分の正義と異なる意見に対して、今回は「フェイク」と呼んで傲慢、執拗な攻撃をくり返すメディアの方がネット社会よりも危険である。
 既存メディアのほうが、利権にしっかり食い込んでいるし、権力に密着しているから汚れはひどい。ネットにはデマも多いし、くだらないものも多かろうが、既存メディアより自由である。

 デマを流し、また扇動的なのは、ネットより既存メディアのほうなのだ。たとえば、地球温暖化などというデマを流し続けたのは既存のメディアどもである。ネットのほうが、いろいろな意見が見られる。

 そも、マスゴミをつくり出したのはユダヤ勢力であり、今もその支配下にあるのだから、ユダヤの利権と安全のためならなんでも許される報道の仕方を確立した、その歴史を知れば、今の反トランプ現象やネットを嫌う性向も首肯できるというものだ。
 ユダヤのやり口は、それぞれに潜り込んだ社会において、自分たちの存在を脅かされないために、その国の社会においてあらゆる分野で傲岸不遜な姿勢で“指導者意識”を前面に押し出してくるものだったと思う。

 ロシア革命は、本当のところユダヤ革命だったとは、欧米では知られたことである。フランス革命もそうだったのだ。ロシア革命=ユダヤ革命のあと、世界中に広められた共産主義思想も、リベラル思想も根っこは同じで、みんな“指導者意識”が強い。

 ここにも「二分法」が貫徹されていて、“正”か“邪”か、“真”か“偽”かと問われ、正しいことは虐げられてきた弱者のユダヤにあり、そうでないものは悪として断罪されて良いとする論法である。
 そこからいつでも、オレが導いてやる、正義を教えてやる、反対意見を封殺するなら何をしてもいい、こういう傾向は、みんなユダヤ革命の流れに合致しているように、私には思える。




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2017年02月08日

「日本出身力士」ってなに?


 初場所で稀勢の里が優勝し、晴れてやっと(!)横綱に昇進した。日本中が喜んだ。
 新聞記事のなかでちょっと気になったのは、「日本出身の力士としては三代目若乃花以来19年ぶりの横綱」という書き方である。各紙みんなそうだった。
 日本出身? そりゃないんじゃないか。モンゴル出身とか、ハワイ出身という言い方はあるが、ここはそも日本なんだから、わざわざ「出身」と書くことはない。

 日本人力士としては若乃花以来、と書くのなら違和感はない。日本人力士と言ったらいけないのか? これはモンゴル人やエジプト人じゃないから、と言いたいのだろうが、日本出身といえば、「外国籍だが、日本生まれ、日本育ち」というニュアンスが含まれてしまう。ザイニチなのか?という疑念を生じさせる書き方なのである。

 メディアの記者どもは、どうもグローバル思想に毒されていて、国境をなくしたいと夢を持っているのだろう。だから、世界はひとつになって、国境はなくすが、それでもある人間がどこの国の出身かは判別することが残るだろうから、当分その表記は残ると考えているはずだ。
 日本人とかアメリカ人とかの概念は過去のものにしたいのだ。

 その愚かな夢が、今度のように「日本出身力士」という表記にさせる。
 グローバルこそ理想だとしているから、反日サヨクは蓮舫の国籍問題をどうでもいいと捉え、問題にする奴は人種差別だとまで言ったのだ。

 あるいは、グローバリズムを否定してアメリカ大統領になったトランプが、憎くてならない、となっている。
 よって、ささいなことながら、稀勢の里を「日本出身」と書きたくてならないのだろう。

 サヨク司馬遼太郎が、『この国のかたち』なる本をだしたあたりをきっかけとして、「わが国」とか「日本」とか表記しないで、「この国」とするのが流行したかに見える。サヨクは司馬の言い方に大喜びしたのだろう。サヨク、グローバリストは「わが国」とか「日本人」と書くのがたまらなく嫌だったにちがいなく、それを司馬が「この国」と言えばいいと教えてくれたから、とびついたのだ。

 それと同時に、自分を育ててくれた国家を棄てられて、世界市民にでもなれたと思ったか。
 ホンマ、サヨクはアタマ悪いなあ。



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2017年02月07日

朝、目覚めたら中共が占領していた


八っつあん:どうもご隠居、正月以来ご無沙汰いたしまして。
ご隠居:おう八か、まあ上がってお茶でも飲んで行け。
八:どうも。ご隠居、先日いやな夢を見やしてね。その話をちょっと聞いていただこうかと、ね。
隠居:どんな夢だい? 宝くじが当たったかと思ったら、夢だった、とか?

八:そんなんじゃねえんで。カフカの『変身』って小説じゃあ、主人公のザムザが、朝起きたら巨大な甲虫になっていたって話ですけど、あっしはね、ある朝目が覚めたら世の中が中共軍に占領されていたって夢なんで…。
隠居:ほう。で、どうなっていたんだ?

八:へえ、朝出勤しようと電車に乗ろうとしたら、駅の表記が全部支那の簡体字になっているんでさあ。それとハングルも残っていたっけ。構内アナウンスも、支那語と朝鮮語だけで日本語はないんでさあ。乗り換えようとしていた婆さんがどうしていいかわからずにオロオロしてたりね。大きな乗り換え駅では、中共軍兵士が銃を持って立っているし、変な制服を着たザイニチが交通整理しながら日本人に怒鳴ったりしている。

隠居:なるほど。ザイニチはすぐに支那にシッポを振ったわけか。
八:どうも日本が中共に降伏して1カ月くらい経ったころらしいんで。電車に乗って、ほかの人の読んでいる新聞を覗くと、日本語の新聞なんですけど、「朝日新聞」の題字は簡体字になっているんです。
 さっそく、昔のGHQに迎合したように、中共迎合満載の新聞になって、「歓迎」「日本は良くなる」とかいう紙面でした。

隠居:そらそうだ。もともとマスメディアは反体制を装っても実際は、既存の体制側に付いて、利得をむさぼるもんだからな。メディアは時の体制を激しく批判しても、一方で体制の枠組みで守られているので、安心して体制を批判することができた。でも中共の支配下になったら、「反体制」はあり得なくなる。

八:その朝日新聞には全国の図書館や書店で、ほとんどの本が発禁にされ、大量に棄てられている写真が載っているんです。図書館前の広場で人民解放軍兵士がわけもわからず焚書の大きな焚き火をたいていて、それを日本人が遠巻きにかこって拍手しているっていう写真でしたよ。
隠居:ま、そうなるだろうな。

八:夢ですからね、脈絡はないんですけど。街中、中共軍兵士と武装警察、それにザイニチが道にゴミや痰を吐くのでムチャクチャ汚くなって臭いんです。公衆トイレなんか目も当てられないくらい汚れ放題で、しょうがなくてみんな公園の中は道ばたでやっちゃう。
 新幹線の料金は一気に倍になってまして。儲けはみんな中共占領軍のお偉方が取るんだって。
 その新幹線や車両やレールまで剥がして、支那本土に持って行くって言ってました。これからは在来線だけになるとか。
 日本の農地の土は良いからって、畑の土を剥がして大量に支那に運んでいるって。

 それから、悩みのタネだった駅前の放置自転車は、きれいに片付けられていましてね。全部ザイニチが持ち主に断りなくさらっていって、本国にもっていってしまった。
 テレビ、ラジオではこれまでどおりのバカ番組、お笑い番組は続いていますが、ニュースは全部支那語。ドラマは、これまで支那で流していた反日の、日本軍が残酷だったというドラアを一日中やってました。

隠居:おやおや、そうかい。クルマはどうなっていた?
八:個人で持っている自家用車は没収で、トラックやバスなんかはこれまでどおりに走ってます。中共進駐軍の偉いさんに鼻薬を効かせた人だけが、クルマの所有を許されるのですと。
 居酒屋とかレストランは営業してますけど、本国から来た支那人やザイニチが食器を持っていったり、ただ食いして踏み倒すから、もう営業できないって嘆いている店主がいっぱいいましてね。

 どこのデパートでも、家電量販店でも。人民解放軍の兵士やザイニチが押し掛けて、略奪しまくり、女性店員は隠れていても見つかっては強姦。
 兵隊が盗んだ商品は、駅前広場でおおっぴらに闇市が開かれて、安値で売られているんです。「闇市の再来だ」と老人が嘆いてました。

隠居:じゃあスマホもケイタイも使えなくなっていた?
八:いえ、それがソフトバンクだけは使っていいことになって、NTTやauの人たちは買い替えるんでショップの前は長蛇の列。
隠居:それでお前さんの夢では、天皇とか国会議員とか、自衛隊はどうなった?

八:夢ではそこまでは見られませんでしたが…、想像するに、天皇一家は監獄入りでしょうかね。国会議員はたぶん、一度は収監されても中共に忠誠を誓えば復帰してやつらの言いなりの議員になるでしょう。でも選挙はすべて否定でしょうから暫定的ですかね。自衛隊は一部技術者を残して皆殺しですかね。

隠居:なかなかリアルな夢だったね。漫画家のやくみつるが、中共が来たらすぐ降伏すればいい、戦争だけはダメだ、戦争で死ぬより、支那の奴隷になるほうがいい、それにうまい支那料理が食えるからいいじゃないかと発言したそうだが、奴には想像力のかけらもないんだな。実際、八っつあんの見た夢よりもっとひどい地獄を見ることになるんだろうね。
 それで八、どうして日本はそんな羽目になったんだい?

八:あっしの夢は占領1カ月後だったんで、くわしいことはわからませんが、なんでも夢のなかでは市民が「なんせ1発も撃たずに降伏して、平和憲法を守ったから良かった。人類史に残る偉業だ。これからは中共の指導の下で世界と協調してやっていける」と政治家もメディアも喜んだって、噂してましたよ。

   ■    ■
 …は〜あ、とっぴんぱらりのぷぅ。どんぴこからりん、すっからりん。



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2017年02月06日

アボリジニ題材の映画を観つつ


 アボリジニを題材にした映画は少ない。オーストラリアの白人が、テメエたちの汚辱の歴史を隠したいからだろう。
 『裸足の1500マイル』(英: Rabit-Proof Fence)は、実話に基づいた2002年作のオーストラリア映画である。原作の小説は、アボリジニの少女だった作家が実体験をもとに描いたものだ。
 
 1931年のことで、当時オーストラリアでは、先住民アボリジニ女性との混血児を家族から引き離して隔離して育て、長じて白人男性と結婚させ、その子をまた白人と結婚させて…しだいに遺伝子を薄くさせ、白人社会に適応させようとしていた。
 その無慈悲な隔離・同化政策が、彼ら白人にとっては善意の発露であり、キリスト教の教えに沿うものと考えられた。

 それ以前の100年間は、イギリスが本国の囚人と移民とを新大陸オーストラリアに送り込んだ。釈放された性悪イギリス人どもは、先住民アボリジニの土地に入植者として侵略していき、アボリジニを狩猟の対象として弄んだ。アメリカに移ったキリスト教徒どもがインディアンにしたことと全く同じ。

 国家を形成せず、軍事力を持たなかった先住民はなす術がなかった。白人はそういう卑劣な野蛮人なのに、我が国の能天気な連中は
憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との文言が、そもそもウソで、公正と信義などあり得ないことを認識しようとしない。白人が「平和を愛する諸国民」だってか?

 オーストラリアに流刑にされた白人は、アボリジニをカンガルーを狩猟するように殺しまくり、犯しまくった。犯した末に、混血の子供たちが大量に出て来ると、強姦の事実を隠蔽するために、保護法を作って、同化(させる)政策をとるようになったのである。保護とは名ばかりで、アボリジニの生活を厳しく規制した。

 この映画の英語の原題はRabit-Proof Fenceであって、訳せば「ウサギを通さない垣根」である。これはオーストラリア全土の張り巡らされたフェンスのことで、白人入植者どもが農地で野菜を栽培するために、荒野のウサギが侵入してこないようにするため、高さ1メートルくらいの金網の囲いである。
 それが南北や東西に何千キロと続く。

 野生の動物にとっても、先住民にとってもこんなフェンスは迷惑この上ないものだったろうが、オーストラリアでは知ったこっちゃなかった。
 
 映画の概略を紹介する。
 オーストラリア政府は、各地のアボリジニ居住区で、男と女を共同で生活させなかった。女たちは子育てをしつつ、それでは食っていけないから、政府は配給所をつくり、配給日を決め、衣服、小麦、砂糖、お茶などを配った。男にはどうしたのかは映画ではわからなかった。
 こうやって「保護」と称して、先住民の古来の生活を壊し、自立できなくして、白人に頼らざるを得ない状態にした。

 第二次世界大戦後の南太平洋の島嶼、戦争前は日本の信託統治だった島は、米軍が占領すると、農地も工場も破壊して、自立した生活を不可能にし、「保護」と称して、衣服や食糧を無償で配り、隷属させた。日本統治時代には、農業漁業などで働くことを覚えさせようとしたが、アメリカは、只で生かしてやることで、反抗できなくさせ、軍事基地を置いた。

 やることが同じである。
 アボリジニ保護局長ネビル(白人)は、西オーストラリア州の監督官として、混血アボリジニの子供を親から引き離し、収容する権限を持っていた。
 アボリジニの女たちは、配給日に配給所に集まってきては野宿し、配給を待っていた。

 ネビルら白人はそこに親と一緒にやってくる混血の子を待っていてさらっていくのである。
 母親も子供も激しく抵抗するが、白人どもは「これは法律で決まっているから」とか「命令だから」といいながら、子供を拉致していく。

 収容された子供たちは、キリスト教に染められ、白人に従順な子に育てられて、やがて女の子は白人のメイドに、男の子は労働者にされてゆく。英語をしゃべるよう強制され、原住民の言葉は禁止される。それを収容所のシスターどもが鬼の形相でやらかす。
 食事のときは、「すべてのものに感謝します」「食べ物に感謝」「やさしい世界に感謝」と唱えさせられる。

 やがて少女たちはメイドにだされた家で白人男に強姦され、何代かそんなことをやれば原住民の特徴的な黒い色は消滅すると信じられ、アボリジニは人種的に消える。よってオーストラリアは堂々、白人国家になる。
 まあ、ナチがユダヤにやったこととたいして変わらない。

 混血児のなかでも色の比較的白い子は選抜されて高等教育を受けさせるため、学校に行かせる。理由は、白い子は黒い子よりアタマがいいからだ、と。
 ネビルは言う。「義務、奉仕、責任、これがわれわれのモットーだ。野蛮は良くない。だから新しい世界の決まり事をアボリジニに教える」と。

 シドニーのオリンピックのときに、オーストラリアは原住民との和解を演出したり、アボリジニ出身の女性を短距離走の選手として出場させたりしたが、あの女性も混血であった。悲しい歴史があったのである。

 映画では拉致された主人公の女の子は、8歳の妹と10歳の従姉妹を連れて収容所を脱出し、ウサギよけのフェンスだけを頼りに2400km離れた母の元に帰ろうと決死の逃避行を始める。それをネビルは嗅覚の優れたアボリジニの追跡官に追わせる。

 現在の世界は、やはり欧米の白人が軍事力で世界を抑え込み、金融で支配してほしいままにしている。これを救うには日本しかないとは思うが、日本にはそうはさせまいとする勢力(反日)が邪魔をする。
 媚中・副島隆彦は日本は世界基準に従えと言うが、その世界基準はかかる白人がアボリジニにやった施策と同じことである。

 また支那や韓国は、白人側について、世界基準を持続させようとしている。世界が待っている日本は、四面楚歌のままである。




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2017年02月04日

マニキュアの恐怖


 以前、テレビのニュースで、明日には大学の入学式に行くという女性を取り上げていて、その娘が手指の爪のネイルアートを美容室でしていた。えらく凝ったネイルアートで一つひとつの爪に立体的な花の模様が微細に描かれていく。当然何時間もかかる。たしか夜の10時ごろからはじめて未明3時4時までかかっていた。ご当人は椅子に座って、爪をいじってもらいながら居眠り。
 そしてめでたく翌日、東海大学に着飾って入学式に臨んでいる映像が映しだされて終わり、だった(東海大のレベルが知れる…)。

 この娘、いったい大学をどういうところだと思っているのか。見た目はまるで銀座のホステスにしか見えない。教授も目のやり場に困るだろう。昔、ミニスカートが流行しはじめた頃、大学では教授たちが太もも丸出しで足を組んで講義を聴く女子大生に困惑していたものだが、すでにそんなことを通り越してしまった。「女子大生亡国論」なる言説も登場したことがあったが、今やそうした勉強する気もない女性に大学が席巻された影響もあって、男子までが途方もなくアホになった。

 さて。今日の話題はこのネイルアートとかマニミュアを爪に塗ることについてである。
 私はどうも変わり者だから、女性の手先にマニキュアが塗られているとゾッとするタチで、むしろ色気を減殺しているとしか思えない。よくあんな気持ちの悪いことができたものだ。
 たぶん西洋の女の真似で始めたことだろうが、心底女はバカだと思う(すみません…)。茶髪、金髪も同じだが。かえって醜くなっているじゃないか。
 茶髪は化学薬品が頭皮から浸透して体のDNAを狂わすと説いたことがあるが、爪とて同じことである。爪に塗った化学薬品が、爪の表面から浸透しないとでも思っているのか?

 別の観点からいえば、爪も外界を反映するものである。例えば冷たいとか痛いとか感じるとは、外界を反映していることなのだ。人体は外界を反映してこそまともに育つし、健康なのであるが、その外界をマニキュアで遮断してしまうのだから、それがどんなに恐ろしいことか。

 例えば、指先にちょっと切り傷ができて、絆創膏を貼ったとする。半日、1日それを付けていると、うっとうしいというか、苦しいというか、ときにはイライラしてはがしたくなるであろう。それは皮膚呼吸ができないとか、外界を反映できないところからくる生理的反応である。

 マニキュアをするとは、そういう体に害になることをやっている。
 ネイルアートとかマニキュアをやれば、爪はボロボロになっていく。若いうちは気がつかないが、じわじわと爪は蝕まれていくし、体も化学薬品が浸透しておかしくなっていくのだ。
 だから不妊になる、生理不順になる、頭が良くならない、腰痛が起きる、体が冷える、不眠…といったような、ご婦人がよく訴える症状が、こういう爪を虐待した結果であるかもしれないのである。

 ネイルアートサロンや化粧品会社の営業妨害を意図しているわけではないが、健康な人生を送りたい人、丈夫な赤ちゃんを生みたい人、頭がよくなりたい人は、爪を塞ぐのはおよしなさい。健康なピンク色したつややかな爪こそ美しいじゃないか。
 それをさらに良く見せたいって…、虚栄心以外の何ものでもない。女心もあるだろうから、まあ年に一度くらいなら良しとしても、毎日会社に塗って行くのは、「あまりに〜も、おバカさん♪」なのだ。

 確かめたことはないが、おそらくピアノやハープ、ギターなどの演奏をするプロはマニキュアはしないだろう。爪がボロボロになったのでは鍵盤は叩けず、弦をつまびくこともできない。
 女子柔道の選手、バレーボールの選手なども、原則的にはマニキュアをできないはずだ。それは激しい運動をするとマニキュアがはがれちゃうから、ではない。爪がボロになったのでは、指先に強烈に力が入れられず、動きも悪くなるはずだからだ。

 学者志望の女性とか医者とかでも、マニキュアをしていたら、その人の実力が十全に発揮されていない、と見るべきである。四六時中マニキュアをしていたら、当然バカになっていく。なぜかはすでに説いたが、爪からの外界を部分的にもせよ反映しないのだからであって、人間の認識は外界の反映で創られるものを、それを意図的にカットするわけだから、認識もボロになっていく。

 外界の反映とは、あくまで実体を通しての反映である。冷たいも痛いも、乾いているも、みな実体の反映である。それで認識が創られるのだ。その実体を反映させる人体の仕組み蔑ろにして、爪なんかどうだっていいとするのは、愚挙、暴挙である。

 会社のOLのレベルなら、あえて意地悪く言うけれど、マニキュアをしてボロになった指先や認識でも、それは務まるレベルだということだ。それでいいなら、別に知った事ではない。
 昔の女性は、雑巾がけなんかをちゃんとやった。あの雑巾を絞る動作が、爪を丈夫にする。それもテキパキをやればなお良い。だから、昔の女性のほうが爪は強かっただろうが、今の女性はみんな爪が弱い。

 室内犬なんかに、マニキュアをする愚かな飼い主がいるようだが、これはもう残酷である。イヌやネコはよく爪を研いでいるが、あれは爪が伸びすぎないようにしているのと、おそらくは爪で木などをひっかくことで丈夫にしているのではないか。本能として。
 こう説いても、女性の方々は爪なんか体のほんの一部なんだからどうってことはない。大げさだ。と思うのであろうか。茶髪も同様に、なにせ髪の毛なんだから、体の一部とはいっても痛みを感じるわけじゃなし、髪が傷んだといってもそこだけの話でしょ、と思うのではないか。
 それはとんでもない間違いである。弁証法を学ばないから、こういうことが平気でできる。
 
 人間の体は脳細胞が、全体として統括しているのである。これは〈生命の歴史〉を勉強してもらいたいが…。単細胞から進化してクラゲになるまでは、脳細胞はなく全体が一体として動いていた。それがなぜ魚類の誕生から脳細胞が現れたか。それは端的に言えば、代謝と運動(手足の)を分離させつつも、同時に統括しなければならなくなったからだ。

 これは例えば軍隊を例に挙げれば、全体としてワーワーと動きながら戦っている分には(クラゲまでは)、脳細胞に相当するものは不要だ。雪合戦を思ってもらえばいい。しかし、近代的な軍隊(魚類以降の動物)ともなれば、砲の陣地があり、左翼から陽動作戦をし、右翼から突撃し、飛行部隊が空から援護するみたいな作戦を取らねばならないのだから、それら別々の活動を統括する「脳細胞」に相当する司令部がなければ機能しない。

 われわれの脳細胞は、かかる軍隊における司令部に相当する。その例でわかっていただきたいが、もし軍隊の作戦中、ある小隊が敵が目の前で油断しているからといって勝手に突撃したり、あるいは逃げたりしたらどうなるか。軍隊全体にとんでもない影響が出る。
 爪にマニキュアを塗るとは、そういうことだ。作戦中の軍隊のなかで、一つの勝手な小隊が突然怖くなって敵前逃亡をするようなものだ。司令部(脳細胞)は、軍隊全体を統括しているのだから、一部の崩れは、それこそ「蟻の一穴」で、全体の統括が狂わされる。

 全体の統括が狂わされると、若いうちはなんとかまとめることができても、年をとるほどに、今度は体の中の最も弱い部分に障害が出てくる。だからマニキュアが原因で、回り回って腰痛だの不妊だのとして発現しないとも限らないのである。




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2017年02月03日

日本式楽観主義の勧め


 チャンネル桜の「平成29年新春特別対談 日下公人氏と語る」(1月3日付)をYouTubeで見た。
 いつもながら、日下氏の話だけを聞けばいいのに、聞き役のはずの水島聡が出しゃばってああだこうだと世界情勢を分析したがるのを聞かされるのは苦痛だった。水島がひっこまないとチャンネル桜はやがて潰れるだろう。

 40分ほどの番組だったが、日下氏の話はあっさりしていて、最初の5分でほとんど言いたいことは尽くしていた。
 面白かったので以下に私がまとめたものを提示する。世界情勢にどんな印象を持っておられますか?との問いに対してだ。

     *     *
 (引用開始)
 今までは、西側と東側の対立とか、先進国と後進国とか軸をとってなるべく世界をまっ二つに切ることが分かりやすいとされてきた。二分法に入れたら後が話しやすいからと。でもそうもいかなくなってきた。
 まっ二つでなければどういうやり方(国家のありよう)があるかと言えば、そのなかから出てきたのが日本とかインドとかだった。あるいはトランプの主張はもっと簡単だった。アメリカ国民は二分法は疲れた、でもこれならいいじゃないかとトランプを選んだ。

 その他は、支那の始末に世界が困っているとか、アメリカにああいう変わった大統領が出てきたとかがあるが…。アメリカ人自身がああいう大統領を支持していることが表に出てきた。これからのアメリカのいくべき方向をアメリカ人自身がわかってきたからではないか。
 EUも訳がわからなくなった。プーチンも世界を見渡して話ができる相手は日本の安倍首相だけになっている。

 そうした変換点にたつ時代にあって、日本はおどおどしてはいけないということだと思う。
 世界中が安倍さんが長期政権になって、世界のリーダーと認めるようになっている。
 以前は日本といえば、日本を卑下するする人が賢い人、日本を褒める人はバカと決めつける、そういう傾向はもう終わるでしょう。

 今年は世界で大戦争が起きると言う人がいるが、私は全然そうは思わない。なぜなら日本がちゃんとしているから。安倍さんは世界中を歩き回っているが、ほとんど「発言」はしていない。いうなれば平和をお祈りしているだけ。実際安倍さんが歩いたあとは静かになっている。安倍さんは余計なことをガチャガチャ言わない。
 
 安倍さんはお祈りして歩けばいい、それは天皇がなさっていることと一緒だ。
 とにかくそれで日本人は安心するし、外国ですら不思議に安心するのだから。安倍さんが悪意を持って外遊しているとは、さすがの支那や朝鮮も本音では思っていない。世界中が日本がまた侵略するとは考えていない。

 日本が世界を救うのだから安心してたらいい。そして世界に言うべきは日本の真似をしろと。そうすれば結局、幸せになれるぞ、と。
 支那が軍事侵出しているが、結局消えていくだろう。なぜなら支那には根本がないからだ。共産主義が根本だったのに、もう何も言わなくなっちゃった。周囲の国から取り上げるだけ。

 だがそうやっているとしだいに支那包囲網ができてしまう。そうなればそれらの国々は日本中心が良いと言い出す。
 (引用終わり)

     *     *

 これが新春特別対談で日下氏が言っていることだ。シンプル、簡潔。言われてみれば、なるほど、と思わされる。なんやかんやと個別の現象にとらわれると、難しいことを言う羽目にはなるが、大づかみに世界を捉えると、こんなものかと思う。
 とにかく、先日も本ブログで書いたが、日本ではマスゴミも評論家も悲観的な見通しだけを言う。卑下する、自虐するのが賢い人とするからみんな暗くなる。

 安倍はバカだの低能だの、やれあれが失敗だ、失政だのとあげつらうことなく、楽観的になってみれば、一番安心できるのは日本であり、経済だって工業技術の面でも実際は日本が世界を牽引する時代になっている。
 それを認めて、今のわれわれの生き方に安心し、世界に日本はいい国です、こうして成功しましたと発信していくことが重要である。

 戦後、ずっと日本はアメリカと軍事同盟を結んでいるから、戦争に引き込まれるぞと、サヨクもメディアも言い続けた。第三次世界大戦に巻き込まれるぞ。財政破綻するぞ、工業力でも世界に負けるぞ、と言われ続けだった。

 媚中・副島隆彦は、明日にも預金封鎖が起きると言い続けてテメエの本を売ったが、大ウソだった。支那が世界覇権を握ると言い続けているが、これも大ウソ。
 そんなことはない日本は優秀だ、大丈夫だ、と言い続けた楽観派が日下公人氏や長谷川慶太郎氏や唐津一氏らごく少数だった。

 あとは悲観派ばかり。悲観論でないと売れない、読まれないというので、本当ならもっと日本も世界も幸せに近づいたはずが、愚劣な悲観論のせいで、遅れをとっている。
 原発一つとっても、もしも原発は危ない、ただちに廃止しろなどと言わずに、みなで知恵を出し合い前向きに原子力で明るい未来を創ろうとなっていたら、技術も今より進歩していて、福島原発のような事故は起きていなかっただろう。
 サヨクの悲観論者に足を引っ張られて、技術開発にブレーキがかけられた面は否めまい。

 歴史に「たら れば」は意味ないかもしれないが、戦前と同様に、日本がアジアで、軍事力も経済力もあるリーダーであったら、朝鮮戦争はなくヴェトナム戦争もなく、満州は独立して繁栄し、支那は共産化しないで済んで、チベットもウイグルもモンゴルも独立して幸せであり、支那自身も失政で何千万人も殺戮しないですんだはずである。

 そのことに次第に世界は気づいてきている。アメリカ主導、白人主導の世界が行き詰まっていることを知るようになった。
 安倍首相が年末に、真珠湾に出向いて慰霊をしてきたとき、日本のメディアは「謝罪するべきだ」と騒いだが、いったいどこまで遅れているんだ?

 世界(特亜以外)は日本がもっと軍事力を持ってくれるのを願っている。経済力も頼りにしている。日本人の精神を学びたいと思っている。
 実際、訪日観光客やビジネス客の数は年々うなぎ昇りである。そして日本人自身も、学校教育で「日本はダメな国だ、悪い国だった」の洗脳を受けても、世界に旅行で出るようになり、それは間違いだったと気づくようになった。

 また、左翼リベラルの連中がメディアを握って日本を貶めていても、ネットの力がその壁を破ってしまった。
 それでも歴史を逆行させようとする勢力がいて、どう転ぶかわからない面はあるけれど、私たちはもっと楽観的に、前向きになるべきだと思う。
 ニコニコ笑って暮らせば、病気も退散すると言うではないか。悲観して苦虫噛んで暮らせば、神も仏も逃げていく。




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2017年02月02日

徴兵制を復活せよ(6/6)


《6》
 前回の最後に「徴兵反対を言う方は、結局自分の感情と問いかけ(的認識)だけを大事にして、反発している」と書いた。ここの説明をより詳しくして本項を終わりたい。

 輸血を拒否することで有名なカルト団体がある。この信者は無知で知的レベルの低い人を集め、主婦サークル、勉強会などを開いていて「子どもたちに戦いのない世界を残すために、まず自分たちが争いごとを止めましょう、日本の一番大きな武力は自衛隊です、これを止めさせて優しい社会を実現しましょう」と話すそうである。

 空手や柔道をやるなぞとんでもない所業らしい。で、それに賛同した人が戦争絶対反対、防衛費削減と言って署名活動をしているそうだ。戦争絶対反対は、社会党だけの専権事項ではないらしい。
 おそらくは支那や韓国あたりが、こうしたカルトを使って日本の軍事力を殺ぎ、大衆をほうけさせる手練手管を駆使していると見られる。
 こいつらの言っていることは100%間違いである。

 話は飛ぶようだが、現代の子は空想の世界を怖がるよりも、実物を怖がる傾向があるようだ。登校拒否や引きこもりがそれである。友達に苛められるから怖い、となって、引きこもる。カルト教団が、世の中から争いごとをなくしましょう、と言っているのは、これである。苛めが怖い、争いごとが怖い、と問いかける。だから争いごとや苛めをなくせば怖くなくなる、と思い込む。逃げである。

 こうなるのは、個性を尊重する教育のせいだ。個性とは自分の感情に見合う像(対象)は取り入れるが、気に入らない像(対象)は拒絶する。それを周囲も許してしまう。嫌いなのも個性よね。と。
 それで戦争絶対反対となる。苛め絶対反対、暴力絶対反対(だから体罰も反対)になる。苛められたら、やり返せばいいのに、それは怖いから、争いごとはいけないと夢物語でごまかす。争いごとが嫌いなのではなく、戦うのが怖いだけのくせに。戦いが怖いと問いかけているのだ。

 それが発展して自衛隊をなくしましょう、になっていく。あるいは昔の軍隊は全部悪かったにしてしまう。要するに腰抜けの自己弁護でしかない。苛められたら戦えよ、ぐじぐじ言ってないで。
 こういう甘ちゃんのもとに、カルトや周辺国の人間が猫なで声で忍びよってくる。また、こういう甘ちゃんをカルトや周辺国は大衆全体に広めようと画策する。それがまたイルミナティや国際金融マフィアの手口でもある。主権にも主体性にも目覚めさせない。
 それゆえ、私は主権と主体性を取り戻すために徴兵制を導入して若者を鍛えるべきだと言っている。

 認識は感情像であることは、本ブログで何度も説いてきた。対象に問いかけることで、われわれは感情像が形成される。それを個性に任せれば(現在の学校教育がそれであるが)自分勝手な感情像ばかり(問いかけて)創るようになる。決して対象の構造にみあった感情像をつくる努力をしない。

 例えば開高健のグルメを批判した(1月20日)が、開高はうまいものをたらふく食いたいという感情像を創り、それで生きてしまった。グルメばかりやっていたら、癌になるぞという学習はしなかった。グルメをやればその対象の構造に規定されて体は癌化していく。彼はそこを慮ることなく、うまいものはいいと問いかけ、それで創った感情にだけ抱きついてしまった。

 戦争反対、体罰反対をコメントで言って来られる方は、私には自分好みの問いかけ方しかしていないように見える。
 戦争はたしかに良い事は何もないように見える。まして日本ではサヨクによって(あるいはカルトによって)戦争はいけないと刷り込まれている人が多い。

 繰り返し言うが、これは対象(この世界)の構造に見合った認識=像ではない。国家の誕生を説いたときに触れたが、他共同体との対峙が国家の誕生になる。人類は共同体なしには生きられない。つまり社会的存在である。その共同体は必ず、他共同体との対峙になる。それが国家というものの構造である。避けようがない。この構造への問いかけは絶対にしないではないか。

 なぜ国家が他共同体との対峙になるかといえば、一つには動物的な縄張りができる必然で捉えてもらっていいし、もう一つは人間は問いかけ的認識になる、つまり感じ方考え方は千差万別になって絶対に一致しないからだ。それで争いになる。
 その「対峙」は必ずしも戦争に結びつくとは限らない。原始時代は即、戦争になったかもしれないが、人類は悲惨な戦争を幾度も経験して多少は賢くなり、交渉を発展させるように知恵がついた。だから現在は何でも戦争にはならず、国家どうしは外交交渉になる。クラウゼビッツが言ったように、外交の延長が戦争なのだ。
 戦争は避けるべきである。だが外交交渉は廃止するわけにはいかない。
 
 私だって、戦争が好きなのかと問われれば、嫌いだ、反対だと答える。それはまあ普通の感情である。誰でも人は殺したくない、殺されたくない、その感情だ。それをいけないとは言っていないが、それだけ主張するのはナンセンスだ。これは汚い譬えで申し訳ないが、ウンチが汚い、嫌だからと言って、飯を食わないというようなものだ。

 学校の友だちとは仲良くしたい、は、わかる。しかし苛めはなくならないのだ。苛めのない社会などあり得ない。それは国家レベルでいえば、外交がない世界があり得ないのと同じである。
 徴兵、兵役はそのことをしっかり学ばせるためにもある。人間は個人では生きていけないのだ、と。国家の一員として生きるしかない。それを実感できる機会が兵役である。

 すなわち兵士として画一的教育を施すのだ。強引に寄宿舎生活で画一教育を徹底させる。同じ服を着せ、同じ飯を食い、同じ歌を歌い、同じ時間に行動する。挨拶をきちんとさせる、掃除を徹底してやらせる。あとはバカみたいな(?)兵器の手入れの繰り返し。それが否定の否定になって、娑婆に出たときに(兵役が終わったときに)、見事な個性が発揮できるように立派な人間に成長できる。

 こういうことは、やってみなければ理解できまい。われわれの流派の空手にはそういうものがある。経験できる。だから良いものなのだと言っている。
 私がもし今、20歳くらいで、2年間徴兵にとられるとなったら、それは個人的感情としては嫌だなと思うだろう。自由がなくなる。恋人とも別れなければならない。人生の中で無駄な2年間じゃないかと思うだろう。しかし、それを超えるものが兵役にはある、と信じられれば、しょうがない2年の辛抱だ、となるだろう。国民の義務だしな…と。それでいい。軍隊に入ればあとはしっかり教育される。
 
 軍隊というところは確かに天国ではない。かつて野間宏が『真空地帯』で、大西巨人が『神聖喜劇』で描いたように、非人間的な生活であったかもしれない。だが、その「人の嫌がる軍隊」のはずが、今やご老体となった80、90のかつての戦士が、「戦友会」といって、今も和気あいあいと集まって、久闊を叙している。あの何と言うのか、友情というのか…心の絆は、軍隊が野間や大西の描く地獄ではないことの証明である。

 私の父は軍隊経験があった。幸い戦地に行かずにすんだから言えるのだけれど、面白かった話しか聞いたことがない。連隊長の印を偽造して、通行証をせしめたなんて話を愉快そうに語ってくれる。一方で私の高校時代の先生は軍隊は嫌なことばかりだったと怨嗟のつぶやきを繰り返していた。どちらが正しく、どちらかが間違いということはないだろう。要は捉え方しだいなのだ。

 私の父は、みんな軍隊に入ることを嫌がっていたけれど、自分ははりきって入隊したと自慢する。入隊初日に上官から「貴様らで、軍人勅諭を暗唱できる者はいるか?」と問われて、父だけがすかさず挙手しすらすらと暗唱してみせたら(普通の人は軍隊が嫌だから暗唱なんかしてこない)、上官にいたく気に入ってもらえ、お前は優秀だと認められて、3か月の教育召集が終わっても軍隊に残されたという。

 当時は3か月の教育召集が終わると半年もしないうちに再招集され、みんな南方戦線に引っぱられ多くが戦死したが、おかげで内地に残され命拾いしたのだった。偶然とは言えるが、父は(嫌なはずの)軍隊を自分の能動的な問いかけを持って捉えようとしたから、軍隊すらが楽しいものとして反映した。その積極さが、命拾いにつながったのだと思う。これを軍国主義者と笑うべきではない。

 私が経験した空手だとて、やっている最中はいわば地獄の練習だったが、振り返ってみればあんなに楽しいことはなかったと断言できる。そういう経験がない人は気の毒としか言いようがない。
 何が言いたいかといえば、自分が関わる対象は客観かつ能動的に関わることであり、前向きに捉えるべきなのだ。それが私が言いたい、まともな問いかけでの認識である。

 だが徴兵は無駄だ、意味がない、悪だと主観で問いかければ、それはそのようにしか反映してこない。
 徴兵制復活も、かくのごとくに前向きに、能動的に捉えなければならない。



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2017年02月01日

徴兵制を復活せよ(5/6)


《5》
 国民皆兵にすれば経済衰退も考えられる、という意見もある。20歳くらいの青年が兵役につくことをもって、労働力が減り経済衰退すると言いたいのかもしれないが、私はかえって青年が健康になるし、組織につくすことを学び、集団力が発揮されるようになるから日本の生産性はあがると思う。「損して得とれ」である。

 「戦争は一部の指導者と財閥が金儲けのためにやるものです。どんな事があろうがやってはいけない」
 これも冒頭に述べたように、言われることはよくわかる。それに限定するならば、私とて戦争に反対である。当たり前だ。

 「アメリカ追従での改憲及び徴兵制は危険すぎる。国防のためですらないのに、とばっちり戦争で日本の若者を死なすなよ」と言う方もいるが、徴兵と言っただけでどうしてそこまで飛躍するのか。私もブログでアメリカ追従での改憲と徴兵制は反対だと言っている。

 だからといって、日本は軍隊を持つべきではないと飛躍するのは、かつての社会党(現社民党)の主張と同じだ。社会党=社民党は北朝鮮や韓国、支那と組んで日本を衰退させようとしてそういう愚劣なキャンペーンを張ってきたのだ。だからさすがに日本人はそんな馬鹿げた主張に耳を貸す人がいなくなった(まだいるが)。

 戦後、戦争絶対反対を主張してきた人たち、なかんずく社会党や共産党、朝日新聞、NHK、岩波書店の連中は、日本国民の利益や主体性よりも共産国(ソ連、中共、北朝鮮)や韓国の利益のために、再軍備反対を言ってきたのだ。彼らはソ連や中共などに指示されて、日本の軍事力や日本人の主体性を殺ぐことを狙いとしてきたのは事実である。日本がまともになり軍事力を持てば、ソ連や中共に不利になるから、脅威になるから、それを阻止するために「戦争反対」「再軍備反対」「旧日本軍が侵略し、悪逆非道をやった」と宣伝してきた。

 なにも平和を望んでのことでも、日本人を戦場に送らないためでもなかった。ただソ連、中共、韓国などが有利になるがため、それが目的だった。それに自衛隊自身も、世の中に戦争絶対反対の声があれば、自分らは危険な戦地に行かずにすみ、のうのうと税金で食っていけると思ってきた。これぞ真相である。その社会党、共産党の宣伝に騙された人がいただけであった。

 「人間形成のための訓練なら別に徴兵ではなくても、学生の社会活動なり方法はいくらでもあるのではないですか」と反論されていることに対しては、これはもうさんざん書いた。しかし「結局、国民が利口になるしかないですね」という意見には賛成である。私にとっては、徴兵で誰もが軍事知識を持ち、銃くらい撃てる実力を持つことを含めて「利口になる」べきだと言っているのだ。利口の中身が問題である。

 一つ二つ補足しておけば、以下のようになる。
 われわれは小学校のときから、知識習得で育てられる。実体にからめて学習する機会はほんのわずかで、それも中学、高校と上級学校へいくほど知識オンリーになる。例えば生物でいえば、対象の例としてアサガオがある。小学校ではアサガオを栽培させて日記をつけさせ、アサガオという実体を生で実感して理解する学習がなんとかなされる。

 それが、中学、高校に行くと、アサガオを見た事もないのにその成長過程を本だけで教えられ、暗記させられるような教育になっていく。アサガオは実体であって、知識ではないのに、いわば本を眺めるだけで生物を味わった気分になって大学へ進学する。これは空手をやったことがないのに、空手の写真だけ見て自分は空手を知っていると思うようなものだ。

 そういう実体抜きの知識習得を勉強だと思って、生の実体を味わえないアタマになる。そうでなければ大学は合格しない。これが「対象の構造に関わることを拒絶するアタマができあがる」とわが流派では解かれる。乾電池を作ったこともないのに、電気がわかったつもりになって、電気抵抗の答えは出せるアタマである。
 こんなアタマのまま大学を卒業して会社に入る。だから新入社員は使いものにならないと、どこの会社でも嘆いているではないか。それも一流大学出ほど使いものにならない。

 現に、私が昨日のブログで、インカ帝国やチベット、イラクなどの歴史を学ぶべきだと説いたけれど、世界史の学習をみんな知識で暗記しただけだから、白人キリスト教徒どもが非道のかぎりを尽くして、世界中の民族を殺してきた歴史が理解できていない。そうやって虐殺されてきた人々の立場に観念的に二重化できない。
 歴史が一方で血なまぐさい死臭を放っていることがわからない。何の事件は何年におきた、そのときの国王は誰で、次の王朝は何で…と暗記しただけではないか。これが人間の歴史を実体的に捉えていない証拠である。長年の知識習得のせいで、対象を実体的に捉えられないアタマになっている。

 それをせめてまともな実体を反映できるアタマに創りかえる人生最後のチャンスが20歳前後での軍隊教練過程だと、私は説いてきた。われわれが関わる対象はアサガオであれ恋人であれ、乾電池であれ、生身なのであり、色もあれば匂いもある、それになにより運動している。すなわち発展したり変化したり、腐ったり、好きになったり嫌いになったり、もろもろ変化(運動)している。その構造を捉えたものが弁証法である。対象の構造に弁証法性があるのだから、われわれが対象の構造にみあったアタマを創るには、弁証法が必須なのはそういうわけがある。

 弁証法などとむずかしいことを言うほどのことはなくても、われわれは外界の生々しさやみずみずしさを捉える教育を受けずにきて、知識ばかりの無味乾燥なものを受け入れるアタマになってしまうのだ。それをまともな脳細胞に変えるチャンスはいったいどこにあるのか? 徴兵制より教育にカネを使えという方には、教えてもらいたいものだ。どこに外界を正しく認識させる教育過程が存在するのか。それは兵役ならば可能ではないかと、私は提案している。

 軍隊ならば非常心の養成にもなる。平常心と非常心の違いについては特に説明しなくてもわかるだろう。詳しくは南ク継正先生の著作を読んでいただきたい。

 12月26、27日にわたって紹介した機長M君の「制服雑感」はその非常心の養成を説いたものである。それにM君が説いたように、自衛隊では外出時に、爪は切ったか、ティッシュは持ったか、身だしなみはいいか、などチェックされるとあったが、あれこそが実体に関わっての学習である。士官たるの精神を本で読むだけではなくて、実体を通して学習しているのだ。ミスをすれば殴られるという緊張感のなかだから、なおさらいいのだと説いている。現今の学校教育ではそれは望めない。なにせ体罰禁止なのだから。

 私の提案に反対するのなら、かかる教育・学習の中身をふまえて反論されるべきではないか。
 私が徴兵制を敷くべきだと言っている中身は、認識の形成過程の構造を踏まえている。弁証法でいえば、物事には必ずプラス面とマイナス面があるのだから、徴兵制にもプラスとマイナスがある。その両方に目配りしたうえで、論を述べているのだ。

 マイナス面だけ見れば、いかにも戦争は悲惨で、人が死に、あらゆるものが破壊される。だが、古今の戦争を見ても戦争があったからこそ人類の歴史が発展したというプラス面がある。とにかく絶対反対で聞く耳は持たぬというあり方は、まさに対象の構造をちっともわかっていない人間の戯言だ。マイナスはできるだけ少なくしてプラスを伸ばすことこそ弁証法活用の要である。
 
 反論ばかり取り上げてきたが、「今回の記事、しびれました。もし実現したらと思うと、どれだけの若者がどれほど立派になり、社会が変わるかと、ドキドキします」と言ってくださった方もいるのだ。きちんと私の文章の主旨を捉えてくださっている。
 私に徴兵反対を言ってきた方は、結局自分の感情と問いかけ的認識だけを大事にして、反発しているように見える。 

 ベンジャミン・フルフォード氏のブログ(12月27日付)に以下の文言があった。
 「先日、外国特派員協会で9.11の記者会見を提案しました。支援するジャーナリストが圧倒的に多かったのですが、中には猛烈に反対した記者も何人かいました。『馬鹿げてる』、『頭がおかしい』という言葉だけで、理由を述べない。「事実をもって議論しよう」というと皆黙って逃げてしまう。」

 9.11の記者会見(アメリカの陰謀だとするものだろう)に猛反対する人に反応は、戦争絶対反対を言う人に似ている。徴兵制なんか馬鹿げている、軍備復活を言うなんて頭がおかしい…そういう反応が返ってくるからだ。9.11がイスラム勢力のテロだと信じている人も含めてこういう人は、自らの「問いかけ的認識」を疑ってみることをしない。自らの問いかけを事実で、論理で検証しない。それでも今回とりあげた方々は、それなりに自分の意見を述べてこられたからお答えした。いくつかの反発はただ「お前は馬鹿か」だけだった。

 戦争反対も結構だが、「何がなんでもいけない」というのでは、議論にならない。知事時代の東国原が一言言っただけで、発言する事自体を封じ込めようとするのは、ルール違反である。東国原発言を軍国主義復活に通じるから撤回しろと言う人も、ルール違反だ、彼はそうはいっていない。言ってないことにまで飛躍、敷衍して罵倒するのはアタマが狂っている。

 相手の意見は十分理解し、論理で反論するべきである。「お前の意見のこういうところは、かくかくの理屈で間違いだ」というように反論はするべきだ。聞く耳は持たぬ式の反発は幼児性である。私は少なくとも、それなりに意を尽くして自分の論を展開している。それを単純にバカ、アホと罵るだけの方には何度も書くが、返事はしない。私と異なる意見でも、きちんと説明してくだされば、対応する。


posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする