2017年04月21日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第1回)


はじめに

 この小説は、筆者の若かりしころの作品である。一九九〇年に公表した作品なので、筆者はまだ四〇代になりたてのころだった。
 小説とはいいながら、小学校高学年から中学生くらいを念頭に置いた作品である。

 『あのころはそれがプルメリアだった』は、大東亜戦争のころの、南洋のある架空の島(プルメリア)を舞台にしている。プルメリアは美しい白い花をつける南洋の樹木であるが、架空の島の名として借りた。そこは日本が統治していた島だが、戦争末期に戦場になった。その島で人々はいかに暮らし、いかに考えたかを語っている。事がことだけに愉快な話はほとんどない。
 また、「あのころ」のことについて語っているが、これはただ何十年も前の話として終わるものではないと、作者は思っている。
 全部で20話で構成されているが、ブログでは少しずつアップしていく。


〈沈没〉

 ついさきほど出航した輸送船は、アメリカ潜水艦の攻撃を受けて沈没してしまった。
 これが、プルメリア島から日本内地に民間人を帰らせるための、最後のこころみだった。それから三週間ほどして、アメリカ軍が島に上陸作戦を始めたからだ。
 最後の輸送船は、あけぼの丸といった。あけぼの丸は、日本内地からほかの十隻の船とともに兵隊や兵器をぎっしり積んで出航したのであった。けれども、そのうちの七隻がプルメリアに来る途中でアメリカの潜水艦にしずめられ、さらにプルメリアの港に停泊中に別の島へ転送されることになり、あけぼの丸だけが内地に帰ることになったのだった。

 あけぼの丸が出航していって、船の上で手をふる人の姿がわからなくなるほど遠ざかると、島にのこされた人々は、三々五々に桟橋付近から散りはじめた。
 桟橋付近には、あけぼの丸から陸揚げされたばかりの機雷や弾薬などは山積みになっていた。
 それを裸に近いかっこうの兵隊や朝鮮人労務者が汗を流しながら軍用トラックや水牛につないだ荷車へ運び出している。 

 朝鮮人労務者は主に海軍の飛行場をつくるために朝鮮半島からやってきていた。外地でもあり軍の仕事であるので、給料は悪くなかった。
 あけぼの丸が水平線から消えていこうとしているのに、なお浜辺のあちこちに女の人たちがたむろしておしゃべりをしていた。 
 女たちはよれよれの木綿のシャツに汚れた感じのモンペ、足には何もはいていない。顔は日に焼けて黒く、しわは深く、肩は重そうだ。目は熱帯の太陽のまぶしすぎるのを嫌っていた。
 丸裸の子供たちが、母親のまわりですもうをとったり、豆つぶほどの砂ガニを追いかけたりしていた。
 そのうち、ふいに子供たちが立ち上がり、沖のほうを指さして叫びはじめた。

「かあさん、あっちのほう、すごいけむりが出ているよ!」
「けむりだ! けむりだよ!」
 女たちもすぐに気付いてさわぎ始めた。桟橋のあたりではたらいていた兵隊たちもおもわず足をとめて、水平線にひとすじ立ち上った真っ黒なけむりに目をみはった。
 だれかが一声叫んでかけだすと、それにつられて女達はバラバラと砂をけって走りだした。高い所へのぼれば船が見えるかもしれないと思ったのだ。

 でも息せき切って山道をのぼろうとした人たちは、山道のとちゅうの軍の関門所で止められてしまった。山の中には軍の施設がたくさんあるので、そうかんたんには高いところへはのぼっていけなくなっていた。
 女たちはふりかえって海のかなたを見やった。ちいさな船がすさまじい黒いけむりをあげていた。
 関門所の兵隊が女たちに手をふってどなった。

「きさまたち、そんなところでなにをしとる。向こうへ行け。何をもさーっとつったっているんだ。ばかもんが。輸送船の一隻や二隻沈んだのがめずらしのか」
 兵隊のふきげんな声に追い立てられて、しかたなく、みんなぞろぞろ山道をおりていった。

 輸送船に乗れた人々は、これから間もなく戦場になるはずのプルメリア島から、逃げだすことができた幸運をかみしめていたにちがいないのに、今は沈みゆく船のなかや、投げ出されて浮かぶ海の上でどれほどの苦しみや恐怖のなかにいるのか。だれもわかることはできない。悲鳴ひとつ聞こえてこない。
 ただ天をつくけむりがもくもくとあがっているのが見える。

 サンゴ礁の海はあくまで澄んで青く、波しずかであった。
 やがて、あけぼの丸は見えなくなり、船があった付近の上空に、ぽっかりとけむりが残って、船をのみこんだ海面を見おろしているかのようだった。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする