2017年04月26日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第6回)



〈ハガキ〉

 郵便屋さんは、手紙や小包の配達だけでなく、島のポストにたまった手紙を集めるのも仕事だった。しかし、戦争が日本の劣勢になり、内地と郵便の連絡もできなくなった今となっては、やれる仕事がなくなった。
 あの最後のあけぼの丸が撃沈されてからは、だれも内地に手紙を出そうとしないし、内地からも手紙はとどかない。
 といって、ぶらぶらしていてもしょうがないので、郵便屋さんは空襲の合間をみつけては、自転車で島内をまわって、いくつもないポストをのぞいてあるいた。
 ポストといっても、商店の軒先を借りて赤くぬった箱を置いてあるだけ。
 島のいちばん南にあるポストに行ったときのこと。めずらしくポストの中にハガキが一枚はいっていた。
 そこには子供の字でこんなことが書いてあった。

 モウ、半年モ「少年倶楽部」ガ来マセン。ボクハ、イツモ楽シミニシテイマス。「少年倶楽部」ハ、オモシロイデス。デモ、イツニナッタラ「少年倶楽部」ヲ、オクッテモラエマスカ。ソレトモ、モウ「少年倶楽部」は出ナクナッタノデスカ。オシエテクダサイ。

 本当は郵便屋さんは、ひとの手紙を読んではいけないのだが、つい目にはいってしまった。郵便屋さんは仕事ができたので、すこしうれしくなり、ハガキを読んだので悲しくもなった。たった一枚のハガキを郵便袋に入れて、また自転車にまたがった。
 「少年倶楽部」はそのころ、人気のあった子供たちの雑誌だった。それが戦争のためにプルメリアにはとどかなくなっていた。
 郵便屋さんは、この子供が書いたハガキが内地の「少年倶楽部」に届かないことはわかっていた。とうぶん、郵便局の棚の上に置かれたままになるしかないからである。
 ただ一枚のハガキに、なにかとても人の心にとって大切なものにふれた気がして、そのことが郵便屋さんの心をすこしばかり温かくしたのである。


〈キノコ拾い〉
 
 アメリカの戦闘機グラマンは、クマバチとあだ名をつけられていた。そのクマバチがプルメリアにも飛んできて、上空をブンブンとびまわるようになった。
 地上の人をみつければ、兵隊であれ女・子供であれ、みさかいなく、また弾丸を惜しげもなくダダダダダ、ダダダダダーと機銃掃射してくる。
 迎えうつ日本軍は、いちおう機関銃があって、なんとか飛んでいるクマバチを撃ちおとそうとするのだが、もともと弾の数が少ないものだから、よくよくねらってポツポツといった感じで撃つのである。しかも、その機関銃はしょっちゅう故障する。
 クマバチが帰っていくと、兵隊はふきんにころがっているカラの薬莢を拾って数えて、今日は何発撃ったと日誌に書きこむ。毎日、その数字はふえるのだが、クマバチはいっこうに撃ちおとせない。
 撃ちおとされる心配があまりないとなれば、クマバチのほうは好きなように飛びまわる。翼をキラキラさせつつ、ヤシのこずえをかすめるように飛んでくる。だから風防ガラスのむこうにアメリカ人の兵士の顔がまざまざと見えたとか、笑っていたとか、歯が鬼みたいだったとか…、プルメリアの人たちは逃げまどいつつも、クマバチをチラッと見た感想を語りあった。
 戦闘機から撃ちだされるのは機関銃弾だが、どうじに弾をいれていた薬莢も用ずみになって、バラバラと地面に落ちてくる。銃弾は地面の固いものにあたると、とがった先っぽがつぶれて、金属のキノコのようになる。
 こんなものは拾ってみても、なんの役にもたたない。でも、男の子たちにとっては、たとえそれが敵のものであっても、集めるのが好きである。どのあたりでクマバチが機銃掃射をしたのか、見当をつけておいて、敵がいなくなると拾いにいく。
 港の付近は、軍事施設が多く、兵隊も多いので、敵の弾がたくさん落ちていることになる。もちろん立ち入り禁止にはなっているが、男の子たちにしてみれば、そこが一番キノコを拾いやすい場所なのだ。日本兵も、子供たちが敵ではないし、気をつけろよと声をかけるが追い払うことはない。
 よくあることだが……、ここにもガキ大将がいて、ちょうど港のあたりをめぐって二つのグループが反目しあっていた。
 空襲がおわると、さっそく子供たちがやってきて、機銃弾やカラ薬莢を拾いはじめる。

 そこへ遅れてきた(と、はた目には見える)子供たちが、俺たちが先だとかなんとか文句を言って、ケンカになり、棒きれを持って追いかけたり、石を投げ合ったりの騒ぎになってしまう。やがて付近の日本兵に怒鳴られるか、次の空襲のサイレンが鳴れば、子供たちはクモの子を散らすように逃げていく。そのくり返しである。
 プルメリア人の子供たちは、そんな争いのなかには用心して入っていかない。とはいうものの、やはり弾はほしいので、日本人のいないすきにキノコを拾いにいく。
 プルメリア人の子が、焼夷弾からはじけとんだ尾びれを運良く拾った。それを持って帰ろうとしたところへ、今度は運悪く日本人の子供たちに出会ってしまった。そしてお定まりの通せんぼ。
「なんだお前ら。バカヤロ。誰の許しをもらって持って行くんだ」
「許しなんてないよ。落ちていたから拾ってなにが悪い」
「なんだとバカヤロ。それじゃドロボウと一緒だぞ。そんな言い方は」
「ドロボウじゃないよ。アメリカ軍が落としていったものじゃないか」
「バカヤロ。お前らチャモロ族が戦争してるのじゃない。日本人が戦っているんだ。お前らバカヤロは関係ないんだ。さっさと置いてかえれ」
「だってぼくらが拾ったんだ。誰のものでもないだろ」
「なまいき言うな。バカヤロ。びんた食いたいのかよ、このやろ」
 ガキ大将は早くも手がでて、焼夷弾の尾びれを持った子の胸をつきとばした。尾びれが地面にころがったところを、すかさず日本人の子がとりあげてしまった。
「なにすんだよう!」
 チャモロ族の子が一歩前にでたとたんに、ガキ大将のゲンコツがその子の口に命中した。数人のチャモロ族の子供たちは、逃げていきながら叫んだ。
「日本人のバカヤロ! お前たちなんか、みんな、みんな……、みんな」
 あとの言葉は出てこなかった。仕返しが、つまり大人が出てきての仕返しがおそろしくて、子供たちの口からあとの言葉は出てこなかった。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする