2017年04月30日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第10回)


〈粉みじんの花びら〉

 空襲のすんだばかりの人けない砂浜を、少年がひとり、あおざめて歩いていた。ひざがふるえているのは足元の南洋松の落葉がチクチクするせいではなかった。
 少年は今しがた、二人の友だちを爆撃でなくしてきたのである。
 少年は友だち二人をひきつれて、農家からヤギを失敬しようとたくらんだのであった。空襲警報が鳴って、まさに人々がどこかへ避難したすきをねらって、盗み出そうという大胆不敵。

 かれらはちょうど、あざやかな赤い花を枝一面に咲かせて、南洋桜と親しまれた火炎樹の下をとおりかかっていた。火炎樹もろとも、少年二人は爆破された。
 地面に大きな穴があき、手足をもがれた友だちの体のまわりに、こなごなにちぎれた真っ赤な花びらが、降ってきた。

 少年は海水に首までつかった。それは、友だちの死体を見て、恐怖で思わず足の間を濡らしてしまったから、それを家の人にごまかすためだった。
 全身をぬらしたまま、少年は家に帰る途中、実業学校の前をとおりかかると、軍人がテニスをはじめるところだった。
「さあ、続きだ続きだ。こっちのサーブからだぞ」

 太った軍人がそう叫んでいる。それがプルメリア守備軍総司令官の海軍中将であることを、少年はたしかめもせず、唇をふるわせながらとおりすぎた。
 だれも、次の朝にはアメリカの大艦隊がプルメリア島をとりまいて、上陸作戦を開始することを知らなかった。


〈米艦隊、あらわる〉

 その早朝、山の洞くつに避難していた人々は、あわただしく叫ぶ男の声で目をさました。沖にアメリカ艦隊が浮かんでいるのが発見されたのである。
 大人も子どもも、洞くつから出て、まだ暗い海を見つめた。実に…、実におびただしい敵の軍艦が島をとりまいていた。軍艦の間からすこしだけ海がのぞいている。そんなふうだった。

 人々は声をのんで立ちつくしていた。いつもの当たり前の朝のように、小鳥がさえずりはじめていた。人々はしばらくして、どうなるのだろう、どうしたらいいのだろうと、あてもない心配をはじめたが、結局、わが日本軍をたよりに思うほかなかった。また、日本本土から遅まきながらでも、援軍がさしむけられるのを信じるしか。

「あれだけの大軍をさしむけなければプルメリアは攻めきれないと敵は思っているのだから。日本軍の力もあなどれないかもしれない」
という人もあれば。
「前線の士気は高いというぞ。精神力ではぜったいに負けないからな」
と意気ごむ人もいた。
 山の中の洞くつは、手を加えて平らなところにタタミをしいたり、ふすまで仕切ったりしてある所もあった。出入口は樹木などでかくしてある。直撃弾があたらないかぎりは、こわれないはずだった。

 海岸線の町から、まだ残っていた人々があわてふためいて山へのぼってきた。けれども、洞くつによっては、もう満員になっていて、あとから避難してきた人が入れない場合もあった。
 そこで、前からいた人と、あとからきた人とが、言い争い、ときに殴りあうのであった。洞くつの奥から赤ん坊を背負った女の人が出てきて、あとからきた人に木ぎれを投げつける。かと思うと、一度しりぞいた人たちがもどってきて、入り口のカモフラージュをこわしていく。

 艦砲射撃がはじまった。海岸に集中して砲弾が落ちた。そのうちに山のほうへも砲弾が届くようになった。ジャングルの樹木は倒され、ところどころで木が燃えあがり、地面がえぐられていった。
 日本兵は海岸線へ移動していった。そのため空っぽになった陣地濠に逃げこむ家族がいたが、そこへも砲弾が降ってくるようになったので、あわてて別の安全な場所を求めて逃げるのだった。

 遠くからでも、軍艦の群れの中で、青白い光がパッパッとひっきりなしに閃くのがみえた。砲弾を発射するときの閃光なのだ。
 艦砲射撃は二日間つづいた。三日目の朝、アメリカ軍は上陸用舟艇に兵隊を満載して上陸してきた。


posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする