2017年05月05日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第15回 最終回)


〈そして、それがまた……〉

 プルメリア島から、日本人捕虜を乗せた船が出港しようとしていた。
 アメリカ軍は、捕らえたか投降してきた日本人を、鉄条網を張りめぐらした空き地に、粗末なテントをはって収容した。
 その数が、50,100とまとまると、軍の輸送船に乗せてハワイへ移したのである。その輸送船が、ゆっくりとプルメリアの桟橋をはなれていく。むろん見送る人もない。ドラも鳴らない。
 船からながめると、市街地は砲弾で焼けただれて、見るかげもない。プルメリア名物だった製糖工場の四本のエントツも、かろうじて1本残るのみである。

 捕虜になった日本人たちが、戦争でこわれた建物をかたずけさせられていた。カナカ族はチャモロ族、朝鮮人たちは、ほとんどがすでにハワイに移されていた。
 アメリカ軍の飛行機が、爆弾のかわりにDDTを戦場のあとに降らせていた。

 小雨が降っていた。遠くの山々はけむっていたが、緑は濃いままであった。海鳥が何ごともなかったかのように港の中をとんでいる。波打ちぎわには、米軍の水陸両用戦車や上陸用舟艇が、破壊されたままのこされていた。赤くサビだしているものもあった。
 雨のせいもあって、疲れきった日本人たちは、ほとんどが船の中で横になっていた。

「夏草や つわものどもが 夢のあと・・・」
 デッキに立ってプルメリア島を見ていた初老の男がつぶやいた。
「先生。先生じゃありませんか」
 いつの間にか、となりに来ていた少年が、男に声をかけた。
「先生、ぼくです。」
 と少年は歯を見せて笑い、ぞうきんのようなヨレヨレの帽子をとった。
「おう、君か。生きていたのか」
 先生と呼ばれた男は、少年の肩に手をおいた。

「はい。先生もご無事で!」
 初老の男は国民学校高等科の教師であり、少年はそのかつての教え子だった。
「君は製糖工場に勤めていたんだね」
「そうです。最後は野戦病院の手伝いをしていて……。先生は?」
「私か?島の北へと逃げたんだが、最後は洞くつにいるところを米軍にみつかった」
 ふたりはしばらく、あれが映画館だ。あっちが国民学校だなど指さしあっていた。

 甲板にいたアメリカ兵が、手まねきしている。行って、兵の指す海をのぞく。
「ゼロセン」
 アメリカ兵がポツリと言った。
 白っぽいサンゴ礁の海底に、なにか黒いかたまりがあるのがわかった。零戦が撃ちおとされて、ここに沈んでいるらしかった。船がすぐそこを通過するとアメリカ兵はどこかに行ってしまった。

「先生。この戦争はまちがっていたんでしょうか」
「どうしてかね」
「だって、アメリカはものすごく物資が豊富です。捕虜のぼくらにも、たくさん食べさせてくれたし、チョコレートまでくれました。武器も弾薬の量なんかも日本軍とは比べものにならなかったじゃないですか。戦車も飛行機も、なにもかも日本軍の百倍はすぐれていて、たくさんあります。こんな相手とどうして戦争をしたんでしょう」
「……」

「ぼくらは、精神力で勝てるなんて言われてきましたけど、日本軍はぼくらに何をしたというのです。戦えとも逃げろとも、どこへ行けとも教えてくれない。ただ、食べ物をよこせ、薬はないのか。それだけでした。これで必勝の信念なんて、だれがいうことをきくんですか?」
「なぜ、アメリカと戦争をしたのか。それは国が、つまり国の支配者が必要だったから、としか今は言えない。われわれ国民に必要な戦争ではなかった。負けたから言うのではないが、私は、なぜ国にとって戦争が必要だったのか、疑問におもっていた。アメリカと戦うために必要だったのか、それとも国民を従わせるために必要だったのか、どちらに重点があったのだろうか、とも考えたりしたものだ」

「でも、先生たちは、日本のやり方がすべて正しいと言ってこられたのではないですか」
「そうだね、ちがうとは言えないね。この時代だったから、そのように君たちに教えるしかなかった。しかしね、私は自分の教えていたことが、全部正しかったとは言わないが、全部まちがっていたとも思っていない。なにごとにも絶対ということはないんだ。そこを日本人はまちがえたのではないかと思う」

「おっしゃることがわかりません」
「日本は、この戦争をすすめることや、このままの社会秩序だけが正しいと、思いこみすぎたんだよ。だから、他の国のことや、他の国の人たちのことを虫ケラのように思ってきた。それぞれの国は、正しいこともまちがったことも、あわせ持ちながら生活している。これは欠点も長所もあるということではない。あることは、正しくもまちがいにもなるということだ。どこまで行っても、正しいなんてことは絶対にただしいなんてことはない。海が平らだと主張するのは、今ここで見ている範囲なら絶対に正しいが、地球全体として見ればまちがいになる」

「では、何を正しいと信じたらいいんですか?」
「何が正しいかは条件しだいだ、と考える柔軟性が必要ではないかな」
「そんなこと言われてもこまります」
「これからの日本は、君たち若者が創りなおしていくだろう。だが、アメリカのものの豊富な暮らしを見てしまった君たちは、今度は、このものの豊かなことだけが正しいと思いこまなければいいが、と先生は思うのだ」
「だって、食べられないより、食べられるほうがいいに決まっています」

「それだ。君たちはそういう社会をつくるだろう。アメリカのやり方がすべて正しく、いままでの日本のやり方は全部だめだと、否定してしまうだろう。
 戦争には負けた。たくさんの人が死んだ。しかし、戦争は勝ち負けだけではない。また悲惨な面だけ見ても後世の日本のためにはよろしくない。人間はパンのみにて生きるにあらずと言うように、プライドや名誉を忘れてはいけない。つまり私たちは名誉と誇りのためにアメリカと戦ったのだということを」

「でも、先生。アメリカ兵に写真を見せてもらったのです。アメリカの町には自動車がたくさん走っていて、どの家にもラジオがあって、電気でうごく冷蔵庫もあって、庭には芝生があって、畑をたがやすのだって大きな自動車で……」
「そうだね。日本人は貧しすぎるからね。もうだれも、心の清らかさや、闘う魂を大切だとは言わなくなるかもしれないな。それを教えたかった私は、教師としてまちがっていたとは思わないが……、ただ、闘う魂の問題を度はずれに考えて、それが日本人だけにあって、プルメリア人やアメリカ人にはないと考えだしたのがまちがいなんだよ」

 さきほどのアメリカ兵が寄ってきて、空をあおいでから親指を立てた拳で甲板の下を指さした。雨にぬれるから船室に入れというのであった。
 船はサンゴ礁のリーフを出て、太平洋に入ろうとしていた。
 海の色が変わった。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする