2017年06月28日

毎日記者の浅ましさ


 本ブログを読んでくださるあなたが男性だとして、女性のアパレル店やデパートの婦人服売り場に一人でふらっと入り、そこで服を選んでいる見知らぬ女性に気安く声をかけたりするだろうか?
 女性がラックにかかっている服を取り出したが、なぜか試着もせずにラックに戻したら、つかつかと歩みよって「あなたは何故、服を戻したんですか?」と尋ねる、なんてことをするか?

 私はまず100人が100人、男はそんな行為には出ないと思う。
 ところが毎日新聞の記者はそれができるらしいので、驚いた。

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 ニューヨーク市マンハッタンにある世界最大級の百貨店メイシーズの婦人服コーナー。手にしたドレスのブランド名を見て、すぐにラックに戻す女性に出くわした。エレン・グリーンバーグさん(53)。「トランプ米大統領の長女イバンカさんが手掛けるブランドだからよ」と言う。別の百貨店でもイバンカ商品に気づき、「商品を置かないように文句を言った」と漏らす。

 トランプ一家が経営する企業やトランプに献金した企業に対する消費者の不買(ボイコット)運動が全米に拡大している。
 (6月19日付毎日新聞「現場報告 トランプと世界 〜リベラル派草の根の抵抗」

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 まるで三文小説を読むようで、記者が偶然居合わせた婦人服売り場で、こんなけなげな女性と「出くわした」なんでことがあり得ようか。さすが「百人斬り」を捏造した新聞の末裔記者らしい。話を面白くするためにこのシーンをデッチあげたのは明白である。

 好き嫌いは人の常、自由である。個人がトランプ氏を嫌おうと、どんな政党を支持しようと勝手だ。しかし毎日新聞が、これを草の根の抵抗運動だと言って、称讃するのは、かなり馬鹿げている。
 買わないのは勝手だが、店に対して「イバンカ商品を売り場に置くな」と文句をつけるのは、かなり品が無い行為だし、ガキのヒステリーであり、営業妨害である。

 一橋大学の学園祭で作家の百田尚樹氏の講演を企画したところ、サヨクが妨害して中止に追い込んだ事件が起きた。これなどもサヨクリベラルの仕業で、アメリカのリベラルがトランプが嫌いだから娘のブランドの不買をやらかすのと、共通した稚技に等しい行為だ。

 毎日新聞は庶民もこうして反トランプの“正しい考え”を持ち、それが全米に拡大していると、嬉々として記事にデッチあげるのは、異様というしかない。
 アメリカ民主党支持者のただの未練じみた嫌がらせであり、アメリカマスゴミの反トランプキャンペーンを鵜呑みにしているオバカがいるという話を、大仰に紹介するのだから、やはりアタマが悪すぎだ。記事にするような話ではない。しかも、大の男が婦人服売り場を用もなしにうろついていたら…なんてウソを書いてまでするとは!

 一部を紹介した記事は、なんと一面に掲載してあって、さらに三面には全頁をつかってこの「草の根リベラル」の活動の盛り上がりを記事にしている。アホか。
 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、大統領が嫌ならその娘のブランド服まで嫌う人がいるには相違ないが、逆にトランプ支持でしかも娘のブランドが好きなご仁もいるだろうから、その両方の見解を紹介するのが最低限のスジだろうに。

 こんなくだらないことより、アメリカの政治状況を正しく事実と公平な見方で記事にすればいいのに。そういう取材も勉強もしないで、ストーカーよろしく婦人服売り場をうろつくとは。

 毎日新聞も(その他の反日サヨクメディアも)こうまで狂っているのは、ひとつには、先の米大統領選挙でテメエたちの予想と希望が外れて、ヒラリーが負けトランプが勝ったことが、許せないのであろう。そんなはずがないというのと、何かが間違えている、と、自分たちの考えがダメだったことを傲慢にも認めたがらない。
 その悔しさや不満が、意趣返しに発展している。
 中学生や高校生の不良が、オレは悪くない、学校が、教師が、親が悪いからグレてやったんだ、と他人のせいにするようなものだ。浅ましいったらない。

 作家の門田隆将氏が6月18日付の産經新聞でエッセイを寄せていた(「新聞に喝!」)。
 「本質的な論議もなく、最後まで駄々(だだ)っ子の喧嘩のような低レベルな争いに終始した国会を国民は、どう見たのだろうか。森友問題から加計問題に至るこの不毛の5カ月間を振り返ると、物事の本質を報じない新聞の責任にどうしても行き当たる。
 かつて新聞は、人々を目覚めさせ、教え導く存在として「社会の木鐸(ぼくたく)」を自任していた。しかし、今は誰もそんなものとは考えていないし、新聞人自らもその意識はかけらもない。単に、一定の主義主張に基づき、印象操作や国民の感情を煽るだけの存在になっている。
 (中略)
 自己の主義主張に都合のいい一方の情報だけを伝えて、都合が悪い情報は決して報じない日本の新聞。もはや、そんなものは「新聞」とは呼ばない。」


 「森友問題から加計問題」とあるが、あんなものは「問題」にはならない。安倍首相の揚げ足をとって引きずりおろしたいだけの野党と反日サヨクメディアがバカをやらかしただけだ。
 「物事の本質を報じない新聞」「自己の主義主張に都合のいい一方の情報だけを伝えて、都合が悪い情報は決して報じない」「印象操作や国民の感情を煽るだけの存在」
とあるが、今回取り上げた毎日新聞の「イバンカ商品不買運動」の記事もまさしく、これである。




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2017年06月26日

「サラダは健康に悪い」


 6月23日の虎ノ門ニュースで、科学者の武田邦彦氏が「虎ノ門サイエンス」というコーナーで、「サラダは健康に良い?」と題して、植物を食べる際にどんなリスクがあるかを説いていた。
https://www.youtube.com/watch?v=73qvk_1MIYo
(1:12:06〜1:29:43)
 生野菜(とくに葉もの)は、サラダで食べられることが多い。とくに女性は美容と健康に良いとして、サラダやスムージーでとることを好む。
 しかし、ちょっと待った、というのだ。

 それを説くには、武田氏は「イボタとイボタ蛾の戦い」を例に挙げた。イボタとは白い花を咲かせる樹木であるが、この葉を好んで食べるのがイボタ蛾の幼虫である。
 イボタ蛾幼虫はイボタの葉にたかって、これを食いつくすわけだが、イボタのほうはやられっぱなしでは葉がなくなって死んでしまうので、防御しなければならない。

 そこで蛾の幼虫が葉を食べると毒になる物質を出すようになる。そうすると蛾の幼虫は死んでしまうので、イボタの毒を消す物質を葉を食べるときに吐くようになる。するとまたイボタは葉を食い尽くされるので、新たに幼虫の毒になる物質を葉につくり出す…。という戦いを、それこそ何千年、何万年と続けてきているのだそうだ。

 植物と昆虫など動物の関係は、基本はこのようなもので、動物は植物なしには生きられないが、植物にとっては食べられてしまうリスクがある。一方で植物も動物なしには生きられない、という矛盾を抱えている。鬩ぎあいとも言えるが、調和のとれた矛盾でもある。

 さて、そんなわけで植物は動物に食べられつくされないように自己を防衛しているわけで、人間の場合も例外ではない。最初のテーマに戻れば、生野菜はその点で、葉っぱに多く含まれる毒をそのまま食べることになる。
 一番よく知られるのはホウレンソウで、生のままでは食べてはいけないと言われる。だから茹でるとか高温の油で炒めて、毒性を無くすのである。生で食べられるホウレンソウがあるが、あれは人種改良でホウレンソウの毒性をなくすか薄めたものだから可能である。

 サラダにする葉もの野菜は、長年の品種改良で毒性は薄められてはいるが、それでも植物の動物に対する一般性としてはリスクがあると武田氏は説いている。
 生野菜ばかり食べていると、女性の場合、女性ホルモンに最も影響が出て、不妊症とか生理不順などになる可能性があると。

 油も、植物油はダメで、動物油のほうがいいらしい。世間の“常識”とは180度違うので、戸惑うが…。
 動物は人間より体温が高く、その脂肪は高い体温のお陰でサラサラだが、鳥や豚などの脂肪を人間が食べると人間は体温が低いので固まりやすなると言われてきた。動物性脂肪は人間の血液を流れにくくするんだ、と。
 その見解を信じるか、武田氏の言うように逆の見解を信じるか、が賭けみたいなものだ。
 武田氏は、動物の油を食べたら、少しは植物油を摂ってもよく、それがオリーブ油であって、ヨーロッパでオリーブオイルが盛んに食べられるのは肉をよく食べるからなのだという。

 蛋白質も動物のものが良く、植物の蛋白質は、まあ食べてもいいが、動物よりは良くない。大豆の蛋白より肉がよろしいが、豆腐や納豆にすれば、それは古来日本人が食べてきたものなので、肝臓がそういう仕様になっているし、日本人に備わった触媒があるから問題はない。
 牛乳は日本人は飲んでこなかったもので、肝臓には消化しにくいから難しく、むしろ豆乳のほうが好ましいそうだ。

 要するに、植物は本来的には動物に対しては攻撃的であることを知っていなければいけない。
 日本でも戦前は生野菜はほとんど食べなかった。

 ちなみに、東京の自由が丘に戦前からある居酒屋に行くと、メニューは実に豊富でうまいのだが、生野菜サラダなんかはない。付け合わせでも生野菜はない。野菜はお浸しか煮物だ。
 というように、昔は植物(葉)は生では食べられていなかった名残りである。

 それが戦後、食事が洋風化し、パン食になり、生サラダを食べ、ドレッシング(植物油)をかけるようになって、病気の様相が一変した。武田氏の言うとおりなら、癌が増え、不妊が多くなって、おかあさんの母乳が出にくいなどという事態は関連があるのだろう。
 
 また、三石巖氏は「私は生野菜を食べない」と宣言していた。彼が言うには、生野菜はほとんど水だからだと述べていた(『健康常識100のウソ』)。
 また油についても、
 「植物性油に含まれているリノール酸などは不飽和脂肪酸で、きわめて酸化しやすい。摂りすぎると、それが酸化脂肪酸になり、血液に粘りを与えてしまう。血液の粘りが強くなると、血栓ができ、脳梗塞の原因となる。対して動物性脂肪酸は飽和脂肪酸なので、酸化しにくい。つまり、植物油より動物性脂肪は数段ヘルシーなのだ」

 と述べている。三石氏はステーキを注文するときは「脂身をつけてください」とわざわざ頼むそうだ。
 動物性脂肪は、コレステロールを増やし、脳卒中、心筋梗塞、動脈硬化の原因というのは大間違いなのだ。
 厚労省と食用油の会社、及び医師らが結託してウソの情報を流し、病気をつくらせようとしてきたのであろう。

 …まったく、これまで私も健康常識に騙されてきたわけだ。



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2017年06月19日

エアバッグのタカタ倒産も遠因はマスゴミ


 エアバッグのタカタが、ついに会社更生法を申請し倒産する。

 2017/6/17付日本経済新聞より。
「欠陥エアバッグ問題により迷走を続けてきたタカタが民事再生法の適用申請をすることで最終調整に入った。最初に不具合を把握してから10年余り。日米を中心に約1億個に達するリコール(回収・無償修理)は途上で、不安は払拭されないままだ。安全に関する部品を手掛けながら消費者目線を欠いた経営陣の危機意識の低さ、甘えの構造が問題の抜本解決を遅らせた。」


 タカタが悪いといえば悪い(自業自得)には相違ないのだが、マスゴミの報道姿勢はだいたい似たり寄ったりで、日本企業を叩いて事足れりにしている。
 ことの発端は、アメリカでのリコール騒ぎだった。
 だから、日本のマスゴミはアメリカメディアと同調して、タカタを一斉に罵倒した。タカタが欠陥品をつくってしまった背景なんかは絶対に調べようとはしなかった。

 世界で認められた優秀な商品だったはずが、なぜ失態を招いたかは、ただ単に日経新聞が言うように「消費者目線を欠いた経営陣の危機意識の低さ、甘えの構造」などと言っていれば済む話ではない。
 
 この点に関して、高山正之氏が馬渕睦夫氏との対談本『日本人が知らない洗脳支配の正体』(ビジネス社)で、次のように暴露している。

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高山 2008年から断続的に続いたタカタのエアバッグ問題は、2015年にアメリカの道路安全局が企業の不祥事と位置づけて最大2億ドル(約240億円)の民事制裁金を科すと発表していました。
 実はあの製品はタカタがメキシコに工場を展開してメキシコでつくった製品なんです。
馬渕 メキシコの部品を使っているんですよね。

高山 おまけに工場を監督したのはアメリカ人でめちゃくちゃな労働条件で工場を稼働した結果、10億ドル(約1150億円)の罰金でしょう。
 工場をアメリカに置いて、日本人の監督下でメイドインUSAにしておけば責任も何もかもアメリカ国内の問題になっていた可能性があるのに、メキシコなんかで製造するからあれだけの大不祥事になってしまったわけなんです。あれもNAFTA(北米自由貿易協定)か何かに便乗したことが、そもそも最悪だったわけですよ。

馬渕 それに気づいたらアメリカにむしり取られているんですからね。
 タカタのケースだって、外国製品を使って外国で生産しているからそうなるわけで、それがグローバル企業の大きなリスク面なんですよ。いい面はあるかもしれないけれど、だいたいこうした問題を起こす企業は必ず外国の企業とかかわっているからやられるんです。

 話が飛びますけれど、東芝がそうでしょう。あれはアメリカの原子力産業をGEなどと支えてきたウェスチングハウスの原子力部門を高い金で買ってしまったから、破綻寸前の状況になっているんですね。
高山 東芝は潰れる可能性大で、まさにペテンですよ。


馬渕 潰れるでしょうね。あれはものすごく高い買い物だったんですよ。初めにウェスチングハウスから声をかけられた日立製作所は、あまりに高い価格を提示されたので降りてしまい、そこで手を上げたのが東芝だったわけです。
 だから狙いは東芝潰しですよ。粉飾決算が問題ではなく、それを口実に使っているのでロッキード事件と同じですよ。

 あれは東芝から原子力部門を引き離すという戦略に基づくもので、東芝はまだ原子力部門にしがみついているでしょう。原子力部門を売れば東芝叩きは終わりますよ。そうするとあの東芝問題とは何だったのかがわかるわけです。ところが日経新聞あたりは、そんなことは何も報じないで「粉飾決算」と違うところで攻めています。

高山 そういう意味でアメリカは強敵ですね。

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 かくのごとく、アメリカは性悪で、腹黒く、友人なんかじゃない。それを念頭に置いて付き合うしかないのに、日本の政府も、企業もお人好しである。「おぼこ」である。

 最初にしたためたように、「安全に関する部品を手掛けながら消費者目線を欠いた経営陣の危機意識の低さ、甘えの構造が問題」なのではない。タカタの外国人に対する判断の甘さが根底にあるのだ。
 アメリカばかりではなく、支那へ進出した企業も同様の手痛い仕打ちを被っているではないか。

 背景にはいろいろあるけれど、これもまた日本のマスゴミがずっとやらかし、サヨクが声高に扇動してきた「ポリティカル・コレクトネス」が効いているのだ。
 例えば、人権、自由、友好、反権力、西洋こそ世界のリーダーなどといったキレイ事でものごと全てを割り切り、反する者を反動とか差別だとかレッテルを貼り、言葉狩りをやって、価値の一元化をやらかしてきたことである。

 この洗脳の流れに、例えば「環境に優しい」とか、「弱者重視」とか、「民主主義」とかが乗って、すべてをポリティカル・コレクトネスに仕立てて、異論を封じるから、アメリや支那が邪悪だという目を摘んでしまうのである。




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2017年06月10日

安倍首相が愛想をつかされる日


 日本の首相が政府専用機に乗って外国を公式訪問するさい、機からタラップを降りて来るときに、夫婦で手をつないでみせるのは、安倍晋三が第一次内閣のときからであったと思う。それまでの歴代首相ではなかったことだったから、仰天させられたものだった。「美しい日本」とか「日本を取り戻す」とか言いながら、どうしたってなじまない行為である。

 他事ながら、私の両親は外出する時に生涯一度も手をつなぐことはなかった。母は新婚のときから父に、「道を歩くときは少し離れて後からついてきなさい。一緒にならんではいけない」と言い渡されたそうだ。
 そんなことを私も聴いて育ったし、周囲もそんなものだったから、安倍晋三の「仲睦まじさ」は異様に思えた。

 昭和天皇の場合も、歩くときは皇后は決して並ばず、やや後ろに下がっていたし、大衆に手を振るときも天皇より手を高く掲げることはなかった。これが正しく美しい。
 ところが現今の美智子皇后は、天皇にべったり付き添い、介護するかのように支えあって歩き、ときに天皇より前に出るし、手を振るときは天皇より高くしてお構いなし。

 「女帝」という意識がそうさせるのか…。
 あの皿をアタマに乗せたような妙な帽子はなんとかならないものか。

 今は男女平等だと言いたいのであろうが、この人前で夫婦べたつく風習は日本ではない。これは男尊女卑ではない。古来のありようは男女、夫婦の互いの尊敬の表現であり、実践である。何も西洋のマネをするだけが男女同権ではない。
 西洋の習慣のように、しいて人前でベタベタいなくても夫婦が仲がいいとか、他人に顰蹙されることはないと日本人なら自然に修得している。

 だから安倍首相が、あの夫人の手をとって歩いてくるさまを人様に見せつけるのを見たとき、私は、安倍は取り戻すべき日本文化が実のところわかっていないと思えた。一事が万事であった。

 つまり、夫婦で手をつないで(幼稚園児じゃあるまいし)、人前に出る無神経さが、彼の取る政策の端々に露呈するのだ。
 第一次政権の失敗をどうも深刻には反省していない(できない)らしい。
 一昨年暮れの日韓合意にしろ、天皇譲位の法案にしろ、安保法制にしろ、外国人労働者受け入れ増大策にしろ、農業の根幹たる種苗を外国産に切り替える方針にしろ、TPP参加にしろ、九条に第3項を加える案にしろ、靖国神社参拝の放棄にしろ、安倍は彼の支持基盤のコアをなす層をことごとく裏切ってきた。

 その淵源は些細なことでありながら、されど安倍の甘い認識、主体性のない認識が、あの「夫婦のお手手つないで…」の重大な認識の発露となっているからだ。

 6月7日付の西尾幹二氏のブログ「インターネット日録」より引用させていただく。
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 憲法9条1項、2項を残して3項を新設するという5月3日の安倍発言にはまたしても、ブレーンと称する人々の入れ智恵があったのである。安倍さんは自分で考えたのではない。他人にアイデアを与えられている。「今まったく同じことが始まっている」と私が産經論文の結びに書いた一文は証拠をもって裏付けられた形である。

 森友学園も加計学園もそれ自体はたいした事件ではないと私は思う。けれども思い出していたゞきたい。第一次安倍内閣でも閣僚の事務所経理問題が次々とあばかれ、さいごに「バンソウ膏大臣」が登場してひんしゅくを買い、幕切れとなったことを覚えておられるだろう。野党とメディアは今度も同じ戦略を用い、前回より大規模に仕掛けている。

 同じ罠につづけて二度嵌められるというのは総理ともあろうものが余りに愚かではないだろうか。しかも同じ例のブレーンの戦略に乗せられてのことである。
 憲法改正3項新設もこの同じ罠の中にある。

 安倍さんは人を見る目がない。近づいてくる人の忠誠心にウラがあることが読めない。「脇が甘い」ことは今度の件で広く知れ渡り、今は黙っている自民党の面々も多分ウンザリしているに相違ない。
 保守の核心層もそろそろ愛想をつかし始めているのではないだろうか。櫻井よしこ氏や日本会議は保守の核心層ではない。

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 まったく私も同感である。とりわけ安倍首相に「人を見る目がない」には完全に同意する。
 現在国会で大騒動を巻き起こした、お友だちと称する籠池某や加計某の人間としての質の悪さは目を覆うべきものがある。
 顔つきが悪い。それが見抜けないとは…。

 稲田朋美を自分後継者に育てようというのも、ムチャクチャである。まったく人を見る目が欠如している。
 第一、人さまの女房のことだが、昭恵夫人はスジが悪すぎだ。
 どうしてあんな女と結婚したのか、というのが、多くの日本国民の思いではなかろうか。

 夫の仕事の足を引っ張ってばかり。韓国大好き。週刊誌やテレビにしゃしゃり出る。都内でスナックを経営している。夫の批判をマスゴミでしゃべる。
 青山繁晴氏が紹介していた話では、青山が安倍の家に行ったときに、夫人は客人に挨拶もなければ、水一杯出さなかったという。応接室に勝手に入って来て、大音量でステレオをかけ、青山と安倍が大声で話をしなければならなくなったとか。それでも安倍は夫人に注意もしないし、「おい、お茶」とも言えない。

 この話はショックだった。そんなことがあるのか、と。実にこの夫婦のダメさ加減を象徴している。「それはいけません」と忠告してさしあげる取り巻きが誰もいないようだ。
 こういうダメさ加減が、最後には安倍が行き詰まって政権から追い立てられる羽目になるのではないか。
 西尾氏が書くように「保守の核心層もそろそろ愛想をつかし始めているのではないだろうか」とあるが、そのとおりだろう。

 ただ、他に日本の左傾化をいささかでも防ぎ得るであろう人物が自民党にいないから、しかたなく支持しているにすぎまい。




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2017年06月06日

「地球温暖化」はポリティカル・コレクトネス


 トランプ大統領が、アメリカはパリ協定(気候変動枠組条約)からの離脱を宣言したことで、マスゴミはいっせいにトランプを非難しはじめた。トランプはやっぱり悪い奴だというのだ。
 日本でもそれに同調して、政府もマスゴミもトランプは人類の敵だの、怒りを覚えるなどと最大級の罵詈雑言。

 まったく勉強しないで、良い子になりたがる奴ばっかり。
 実際問題として地球全体としては温暖化していないし、二酸化炭素も多くはなっていない。因果関係もない、と科学の見地からは段下されているのに、温暖化阻止は絶対正義だとか、エコがいいんだとか、マスゴミが煽り、多くの大衆が地球規模で賛同している。
 バカ言ってんじゃないよ〜♪

 昔から、地球温暖化は科学者のあいだでは、こんなものは科学ではなく「政治」だとわかっていた。ところが科学者のなかにその動きに迎合するバカが出てきて、政府の諮問機関の委員になったりして金儲けを企んだ。
 科学者たちが勇気をもって、地球温暖化はウソだと発言すれば、これほどまでに「国際詐欺」が大手をふって跋扈することはなかったろうに。

 マスゴミも地球に優しくなどと言っていれば楽に記事が書け、政府や経済人が渋ると、それっとばかりに攻撃することができる。逆に地球温暖化や「地球に優しい」やエコに逆らえば、テメエたちの新聞が売れなくなる。で、大ウソに迎合してきた。

 トランプはパリ協定から離脱すると言ったが、実際に離脱できるのは3年半後だとかで、「すぐに」の話ではない。離脱が実現するころは、トランプは二期目の大統領選の真っ最中だから、どう転ぶかわかりはしない。
 それに二酸化炭素と地球温暖化の話がウソだと、科学の話はいっさいしないで、アメリカの利益に反するから止める、というのみである。「あんなものはウソだ」と、世界の指導者たちはわかっているだろうに、それを公言しないのは、日本苛めが背景にあるのだ。

 京都議定書のときは、日本だけがバカを見る体制にして、欧州諸国はずるをやった。今度もそんなものだろう。

 パリ協定もポリティカル・コレクトネス(political correctness)の一種である。
 ポリティカル・コレクトネスとは、「日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・障害者・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す」とwikipedia では解説するが、最近では逆差別として批判される。

 人種、民主主義、人権、平等、などのように、誰もが反対できなさそうな概念で、人の意見や行動にレッテルを貼って非難する。地球温暖化だとかエコなどもそうであって、反対する意見は頭から排斥される。
 本ブログでも例えば、同性愛や性同一性症候群なんかは精神病だと断言したことがあるが、山のように「差別だ」非難のコメントが殺到したものだった。

 こういうのをポリティカル・コレクトネスというのである。マスゴミも教育界も政治の場でもこれが跋扈している。科学的検証が許されない。日本では憲法9条がそれになっている。サヨクどもがポリティカル・コレクトネスにしている。

 だからトランプはパリ協定はポリティカル・コレクトネスだから、正気に戻ろうと言えばいいのに、それは言わない。しょせん、彼はビジネスマンでしかなく、科学は考えられず、人類の歴史に残る政治家になる気はないのである。



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2017年06月01日

顔つきからみえるもの


 年をとると、人生経験がつみかさなってくるせいもあって、人の顔つきの好悪、評価がきつくなる。
 顔を見ただけで、どの程度の人間かが容易く見てとれるようになる。

 最近では「これはひどい」と思わされたのが、眞子内親王の婚約予定者として一躍脚光を浴びた小室圭なる青年であった。皇室もここまで落ちたか、と長嘆息せざるを得なかった。
 「海の王子」という江ノ島のイベントで優勝したときの顔つきといったら、ただのチャラ男で、教養のカケラもない顔つきである。性格も良いとはいいがたい顔である。

 いずれ皇籍離脱する女性だから、国民としては知ったことではないにせよ、民進党どもが画策する「女性宮家」案が法律にされると、あろうことか、小室圭は皇族の一人になるのだ。正視に耐えない顔をずっと、なにかにつけ見せられるのはたまったものではない。

 小室は父親が自殺している。圭少年に罪はないけれど、心に受けた傷は深かろう。これはよほど注意しないと、性格になにがしか影響が出かねないものである。心の病い自体が遺伝するわけではないが、心の病いを発症した父親がいたということは、その家庭環境に問題があったのではないかと危惧し得る。

 好きになったんだからどうしようもないけれど、私なら結婚は躊躇するけどね…。
 雅子皇太子妃が心の病いを発症した人間だから、実子の愛子もおかしくなっている。遺伝のせいではないが、心の問題をかかえた親が育てれば、子の認識も無事では済まない。

 そういうことが見て取れないでチャラ男に惚れるのだから、しょせんは知性レベルが知れる。

 しかも韓国人ではないかと言われる。本当にそうなら、眞子さんは結婚してからが大変だ。家庭のなかで、夫から何かにつけて「お前は日本人だから…」と責められ、嫌味を言われかねない。日帝35年、いや千年の恨みの認識を持っているのだから、夫婦ケンカのたびごとにその感情に火がつくのだ。
 新婚時代は夫はネコをかぶっているだろうが、10年、20年経つと本性を現す。そういう恐れを誰か皇族の人は教えてやらないのだろうか。
 
 眞子内親王はそれこそ深窓の令嬢で、世間の荒波を知らない。結婚してもある程度それを理解してくれる夫や親族に囲まれればいいと思う。それにはやはり皇族同士で見合いをして結婚するのが一番良いのではなかろうか。

 次に顔つきの悪さでいえば、ゴルフの宮里藍だ。彼女が引退を発表した。彼女のデビュー以来、顔つきが悪いなあと呆れていた。インタビューの受け答えも実に横柄な印象で、「かわいげ」がない。言葉遣いに、どこか高慢ちきな印象を与える。
 デビューしてすぐ宮里はアメリカに行ってしまったから、新聞に出る頻度が減って、顔を見ること少なくなってまことに良かった。

 アメリカみたいな嫌な国に平気で移れるのは、性格に「やまとなでしこ」の要素がないからだろう。日本よりアメリカが住みやすいと感じるのだから、異様である。




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