2012年04月04日

『瀬島龍三と宅見勝「てんのうはん」の守り人』を推す(1/3)


《1》 
 「田中角栄をどうしても逮捕して欲しい。彼は私のファミリーのスキャンダルを種に脅しをかけた。私は彼を赦せないのだ。」
 この発言は昭和天皇であった。
 田中角栄が首相を辞任して、これからロッキード事件が本格化する前、昭和天皇は三木武夫首相を呼びつけてこう言ったのだ。

 三木武夫は「どうすればいいでしょうか」と天皇に尋ねると、天皇は「フォード大統領に私の親書を渡してほしい。そして、『よろしく頼む』と伝えてほしい」と答えた。

 こうして角栄を失脚させるためにロッキード事件が起こされるのである。(ただし高橋五郎氏は、田中角栄が天皇のいわゆる「M資金」、アジア各地から略奪してきた金・銀、財宝に手を出したから、天皇がロッキード事件を仕掛けたと『天皇の金塊』で書いている。)
 このエピソードは鬼塚英昭氏の新著『瀬島龍三と宅見勝「てんのうはん」の守り人』(成甲書房)にあったものだ。つまり、ロッキード事件はヒロヒトが角栄を追い落とすために仕掛けたのである。
 この本は発売前に予約しておいて、届いてすぐ一気呵成に読んでしまった。

 「アマゾンの内容紹介」を以下に引用して概略を示す。
    *      *
 現代史の闇―その原点は、「てんのうはん」の誕生にある。「てんのうはん」とは、長州(現・山口県)で天皇のことをいう。長州の多くの人々は「てんのうはん」が山口県熊毛郡田布施町からの出自を持つことを知っている。この秘密を守るために「田布施システム」が創り出された。瀬島龍三は、この田布施システムの秘密を守るための「守り人」としてその一生を終えたのである。また、田布施システムは明治維新以来、「てんのうはん」の守り人として、ヤクザ組織を大事に育ててきた。瀬島龍三と宅見勝が日本列島暗黒街道の中で出会い、そして交友関係を続けるのは決して偶然ではなかったのである。
 瀬島龍三と宅見勝が日本列島暗黒街道の中で出会い、そして交友関係を続けるのは決して偶然ではなかったのである。大本営元参謀と山口組若頭の黒い関係、日本最大最悪の闇田布施システムの秘密を解き明かす。

   *       *

 「てんのうはん」とは、長州の田布施部落から引っ張りだされて偽の「明治天皇」にされた大室寅之祐を指す。
 ヒロヒトが田中角栄から天皇ファミリーのスキャンダルを種に脅しをかけられたという、その中身はわからないが、おそらくはこの明治天皇のすり替え、もしくはヒロヒトが大正天皇の実子ではないことのいずれかであろう。
 万世一系はもはや破られたのであるから…。

 ヒロヒトは敗戦後国民をあざむくために、政治には直接関与せず、下々の内奏を唯々諾々と形ばかり承認するだけという「神話」を流布させた。またマッカーサーを表敬訪問して自分はどうなってもいいから国民を助けてくれと言ったとされるが、それも真っ赤な偽りである。戦前も戦後も、ヒロヒトは国家元首として、また大元帥として君臨し、権力をふるったのである。

 『瀬島龍三と宅見勝「てんのうはん」の守り人』には、ヒロヒトが皇居に置いた大本営で大東亜戦争を指揮する姿が描かれている。瀬島龍三こそ、ヒロヒト大元帥の忠実なる参謀だった。
 もっとも、大東亜戦争を二人で主導したと言っても、それはアメリカが策定した対日戦争の「オレンジ計画」どおりに兵を動かしただけのことであったが。

 私は「オレンジ計画(War Plan Orange)」はアメリカ海軍がいずれ日本を戦争に引きずり込むために1919年に立案したことは知っていたが、太平洋の戦争自体、開始から集結までのシナリオがあって、それに忠実にヒロヒトと瀬島が軍を動かして敗北させ、将兵をいたずらに殺したとまではこの本を読むまでしらなかった。

 瀬島龍三は、巷間、捕虜のシベリア抑留の責任者であったと非難される。ソ連が天皇を東京裁判にかけようとするのを阻止するために、100万人とも言われる捕虜を天皇免責と交換に差し出したとされるのだが、実はもっと酷い話であったことも、この本で初めて知った。

 昭和45年8月22日に内閣が終戦処理会議を設置した。このとき「在外邦人は現地にて共存」という決定をしている。すなわち帰国させないと決定したのだ。東久邇宮稔彦が総理であり、重光葵、近衛文麿、米内光政、梅津美治郎、緒方竹虎、吉田茂らが関与した。内閣は白洲次郎を使ってGHQと折衝させた。
 在外邦人は満州や中国、朝鮮に定着させよ、置き去りにせよ、という方針であった。まさに「許しがたい行為」である。

 そしてヒロヒトは8月31日に閣議決定を許可している。彼らは一部の軍人だけの復員を考え、当時300万人は居たとされる在外の一般人や兵士を斬り捨てたのであった。
 瀬島もシベリアに11年間抑留された(優遇されたようだが)から、「斬り捨て御免になった天皇の赤子の一人」だと鬼塚氏は説く。

 「敗戦国日本にあって、斬り捨て御免とされた天皇の赤子たちを救ったのは、天皇の御心に反して立ち上がった、一般の船乗りたちだった」と鬼塚氏はしたためている。

 さらに
 「シベリアから帰ってきても、日本政府は彼らに補償しようとはしなかった。瀬島はその生涯にわたって、日本国家が元シベリア抑留兵士たちに補償する必要はないと言い張った。もし、国家が彼らに補償すれば、天皇の犯罪が問われることになるからである。
 しかし、昭和天皇と瀬島龍三があの世へと旅立ってやっとのこと、元シベリア抑留兵士たちが補償金を貰えるようになった。」
 とある。

 その特別給付金は、なんとたった「25万円〜150万円」でしかなかった(平成24年3月末までに請求)。しかも国家がではなく独立行政法人が投げやろうとしたのだった。生存している人の平均年齢が88歳であった。

 「日本人よ、ソ連の横暴を説く前に、瀬島龍三の非人間的行動を説く前に、天皇をはじめとする終戦処理会議の首相、大臣らの非人間的行動を非難せよ」
 
 こういう事実を、売文歴史家どもはなぜ書かないのか。鬼塚氏は秦郁彦、半藤一利、保坂正康らが「天皇無罪論」と「軍人悪人説」を展開しつづけるのを非難しているが、そのとおりだ。ヒロヒトに最も責任はある。





posted by 心に青雲 at 07:04| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
天皇裕仁こそ戦争犯罪人である。ヒトラー、スターリン、チャーチル、ルーズベルトらと組んでビジネスとして戦争を遂行した。天皇財閥こそ日本最大の財閥である。戦争遂行マシンとして天皇の軍隊と天皇の官僚があった。マッカーサーのSCAP,GHQは天皇の官僚を利用して間接統治をした。その官僚制は現在も残り暴威を振るっている。
Posted by 犬伏正好 at 2012年04月04日 13:33
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