2013年05月06日

大陸移動説の誤り(1/3)


《1》
 4月29日に「地震は予知できない」と題してから、コメント欄でも「プレート理論」なるもの、そしてそれを根拠とした大陸移動説の間違いを指摘してきた。
 こうした説の重要な欠陥の第一は、事実を集めて論理を引き出したのではなく、今唱えられている「学説」から事実を見ようとしている。そのため、その「学説」にあわないとデータがまだ揃っていないなどと言う。だからウソになる。そして地震がおきると、みんなプレートが動くからだと断定する。

 いろいろ「事実=証拠」を挙げる研究者はいるけれど、全部あらかじめ「学説」から見ようとするから、これが「証拠」だと「解釈」する。
 私はこういうことの専門家ではないので、「証拠」全部を研究していない。最初に大陸移動説を間違っていると言い切った方は、それら「証拠」を使って、逆にだからこそ大陸は移動していない、と証明してみせたそうだ。私にはそこまでの力はない。

 例えば古生物学的根拠として、三葉虫の化石の分布が南米とアフリカで共通しているとか、海を越えることのできないミミズや淡水ザリガニが、元は陸続きだったとしか考えられない分布なんだとか、地質構造が一致するとか言われる。

 いかにもその個々は「事実」なのだろうが、だからそれがどうして大陸が移動した根拠になるのか。
 極端な言い方をすると、大きな河、たとえば揚子江とかミシシッピ川の両岸を比べると、形が似ているだろう。ではカーブや直線がぴたり合う形状をしているのは、地殻変動で移動した結果であって、そこに水の流れがやってきた(河ができた)…と妄想するのか? そんなバカな、ではないのか。

 河の流れで削られたり、土砂が運ばれて来たりして、両岸の形状ができあがってきたのだと、誰でもわかっている。ところが、大陸だけは、ゴンドワナ大陸がアフリカとアメリカ大陸に動いていって分かれた? 
 
 三葉虫やらザリガニやらはアフリカにもいたし、南米にもいたってことでしかない。それが「解釈」を入れない「事実」である。なのに、「大陸が移動した」という学説のメガネで見ようとしたがるから、「それ証拠だ!」と色めき立つ。
 事実と解釈の違いが、研究者たちにわかっていないからの混乱である。
 愚かな研究者たちは、自分がこうあってほしいという観念から、説くからこういう不可思議なことを言い出す。
 
 アルフェレート・ヴェーゲナーは、大西洋両岸の大陸の形状が似ている、それも海岸線ではなく大陸棚の端を使ってつなぎ合わせるとうまく一致する、と説く。しかし、それこそ大陸が移動したのではない証拠ではないか。
 あり得ないが、仮に大陸が移動したとしよう。そうなれば地形は崩れるに決まっている。元の形をとどめるはずがない。途中で波に洗われ、海流に流され、強風にあおられ、月や太陽の引力に引っ張られ、地震も起きれば津波も発生する。どうして何千キロ(?)も移動する間、形を留めていられる?

 現代では河川は護岸工事が施されているけれど、昔は台風がくると、河川が氾濫し流れの形が大きく変わってしまった。河川ですらそうではないか、まして海においておや、ではないか。

 ところが地図だけで見るから、アフリカと南米の形が合わさるなどと考え、それにあうような「事実」を探してしまう。
 これがコメントでお話した、1+1=2は正しい、その事実はこれこのとおり無限にあります、というようなものだ。しかし生の現実を知っている者は、1+1が2になることもあるし、1にしかならない、3にも10にもなることがあると知っている。そういう柔軟な捉え方ができる。対象を全的に捉えられている。

 こういうと、大陸移動説を支持する人は、おそらく個々の「証拠」で反論する、または根拠とする姿勢を変えまい。
 問題はその研究態度にある。
 物理でいえば、現在の物理学者たちは地球という大きな流れの中の一部しか研究しない。地震を扱う物理学は本来「地球物理学」であるのだから、いわばグローバルな見方をしなければならない。

 ところがそうはなっていない。あろうことか「地球物理」は、地震学、力学、流体力学、電気学、光学などに分かれ、さらにもうせば大学では理学部と工学部に分かれる。そんなバカな!
 地球全体を見極めるためにこそ弁証法を学ばなければいけないはずではないか。なのに、例えば武谷三男、湯川秀樹などの研究者たちは皆、素粒子なんかの個別事象を研究して弁証法を適用しようとしたではないか。

 例えば海で打ち寄せる波を見ていると、あたかも押し寄せたり引いたりしているように見える。海全体では月や太陽の引力で引っ張られている。これが論理だ。しかし現象的、個別的には波は押し寄せている事実しか見てとれない。
 大陸が移動したにちがいないと言う人は、「事実がこうだから、地球全体の論理は当てはまらない」と思うのだろう。

 大陸移動説も、あっちの個別事象、こっちの個別事象を取り上げて、これが証拠だと叫んでいるにすぎない。地球をいわばグローバルでみなければいけない、という意味で、私は地震の原因には気象とか、海流とか、月の引力とかもみんな関係していると書いたのである。
 だから、地球全体で見ないから、大陸がエッチラオッチラ動いても、形が変わらないなどと思えてしまう。
 
 学者は学とはなにかを踏まえて説く。しかし研究者は学とはを踏まえずに、個別事象を捉えようとする。大陸移動説を唱える者はだから研究者でしかない。
 学者なら、事実の論理に着目するが、研究者は現象的事実論に着目している。
 研究者は事実にあう一般論、ここでいえばプレート論を持ってきてしまう。

 本来、人間は人間として(動物として、でもいい)対象を丸ごと反映させることで成長させなければならない。野生動物は本能でそうなっている。ネコだって全的に対象に関わるが、人間だけが認識だけで対象に関わる。だから人間にだけ肩こりが生じるが、それは置いておいて、学者・研究者ほど個別性になっている者はないではないか。

 物理学一般、すなわち全的に知っている学者はいない。全てで1つなのに、一つ(個別科学だけ)で全部だと勘違いしている。
 私たちは幼少のころから小学校の間くらいは、例えば植物を栽培したり、課外授業に出かけたりして、対象との反映を全的に創るが、中学になると受験一色になって、そんな「悠長な」ことはやっていられなくなる。先に言ったように、1+1=2だけを反映するように強いられる。
 大陸移動説を丸暗記しなければ、高校にも大学にも合格しない。だから全的な反映のあり方なんか忘れてしまう。

 マグマが対流している事実はどこにもない。
 もしもマグマが地球の内部で対流しているとしたら、なぜ対流するようになったかを解かねばなるまい。弁証法で言うなら、ある性質は実体関係で出来るのである。マグマが対流するのなら、地球にどういう実体関係が生じてきた結果なのかが、事実から導き出した論理で説明できなければならない。

 例えば水は、現在われわれがわかっているその性質は、どうやってできたか、なのである。水が誕生した始めからその性質があったわけがない。水は地球以外の「水惑星」からドッと流れ込んだのだとか、もともと水があったのだなどという説ほどナンセンスはない。
 すべてに過程的構造があるというのが弁証法の捉え方である。

 例えば水が流れるという性質は、地球が固まってきたからである。固いところがあるから(できたから)水は流れるようになった。さらに流されることによって、流れるようになり滑らかになったのである。始めから水には流れる性質があったのではない。
 そこを勘違いする、つまり弁証法性を見てとらないから、マグマも(個体だとしても)地球内部で流れ、対流もしていると思ってしまう。

 もしマグマが流れるのなら、どんな実体関係があったから、流れる(対流する)性質ができたかを解かねばならない。液体、または固定なんだから流れるはず、では科学とはいえない。たしかに火山から吹き出たマグマは流れるが…、それは地上が固まっているからである。
 そういう性質が水にできるようになったから、単細胞生物は溺れないため、かつ流されないために多細胞生物(カイメン体)にならざるを得ず、またそこからさらに水が増え、クラゲへ、魚へと進化しないわけにはいかなかったのだ。

 海流にしても始めから海の中に流れがあったのではない。地震や火山の噴火、あるいは気象、気圧、月の引力などなどの実体関係で、海流にならざるを得なかったのである。
 地震でもそういうもろもろの実体関係があって起きると、前回のブログ(地震は予知できない)で説いた。実体関係は複雑であり互いにからみあっているのだから、簡単に地震のメカニズムを解明できないのである。





posted by 心に青雲 at 06:35| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
拝読しました。
どんなことを説くにしても、観察された事実から導き出した論理で、実体関係として説かなければならない。つまり過程の複合体として説くのが弁証法であるから、部分的な事実をもとにした大陸移動説や、大陸移動説ありきで寄せ集めた証拠に何の意味もないし、間違いであるということですね。水の話、生物の話、マグマの話で大変よく理解できました。

「学説」から見ようとするから、これが「証拠」だと「解釈」する、つまり観念論とおっしゃることはよく分かりました。そうはなりたくないものです。
そういった点で、やはり、冒頭にお書きになっている「大陸移動説の証拠とされているものから大陸は移動していないという証明がされたという話」は興味以上のものがあります。というより、そここそ私の知りたいところであります。ぜひその方からお話をうかがいたいと思うのですが、、、。

はばかりながら、その方は恐らくあの方で、私なんかが簡単にはお目にかかれないのでしょうね。残念です。
残りの二回も楽しみにしております。よろしくお願いします。
Posted by ヴェゲナー at 2013年05月06日 12:52
読んでいただきありがとうございます。

>そここそ私の知りたいところ<
     ↓
はい、そうにちがいないと思っていましたよ(笑)
あとはご推察のとおりです。
Posted by ヴェゲナー様へ(ブログ筆者です) at 2013年05月06日 15:58
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