2013年12月17日

三島由紀夫や あわれ(1/3)


《1》
 以前、本ブログで丸山健二氏と大江健三郎氏の文学を対比して論じたことがあった。
 そこではこう書いた。

 「私は東大出の秀才作家の小説が昔から嫌いだった。三島由紀夫とか大江健三郎とか…。大仰に言えば、紙と鉛筆だけで創ってきた認識=感情で書かれた文学の面白かろうはずがない。
 その点では丸山健二氏は、受験秀才にならずに済んだ人なので、作庭からバラ造りまで自力でやってのけてしまうような「労働」ができ、感性豊かに磨くことができ、それを文学にもしてしまえるのだ。」

 「大江は一度も農業とかサラリーマンとか、外界と格闘する職に就いたことがない。ほとんど運動もしないで、机にかじりついたままと言っても言い過ぎではない。作家は得てしてそうだが、三島由紀夫も同じようなもので、まっとうな外界を反映し損ねているのに、それを周囲が文学だからいいじゃないか、と認めてしまったのが悲劇であった。」

 三島ファン、大江ファンの方には悪いが、その見解は今も変わらない。
 認識の薄い作家でしかない。
 以前から紹介してみたかった丸山健二氏の三島由紀夫批判の文言がある。実に痛快だった。それは丸山氏の『生者へ』(新潮社)にある。
 これほど辛辣で的確な三島批判の文章はなかっただろう。ただし、三島由紀夫の名前は出てこない。

   *      *

 かつて、少女趣味丸出しの、現実を完全に無視した、美学のための美学というデカダンスに執拗にこだわり、波長がぴったりと合う多くの読者の心をつかみ、とうとう大御所になってしまった書き手がいた。鬼才だの天才だのと評され、また、当人もそうした周囲の評価に自分を合わせるように懸命に努め、それを証明してみせるためなのか、自己陶酔のためなのか、しばしば自作の前に踊り出て、埒もない幼稚なパフォーマンスを真顔で演じてみせる彼は、僅か四十歳にして自らライフ・ワークなる長編小説を書き始めたものの、四十五歳にして力尽きてしまった。

 民族主義の思想を飾りに利用し、それが転じて、男の美学と称しながら実はホモ・セクシュアルの女々しい尺度でしかない、自虐の極地の最期を求め、才能と反比例する強い自己顕示欲に振り回されてその虚名を永遠に歴史に刻みつけようとし、辻褄の合わない、時代錯誤なあまりにも性急な行動を自ら引き起こし、世間の注目が一身に集まったところで割腹自殺を遂げてみせた。

 あの風変わりな事件から何十年も経った今でこそ、彼の文学的評価を低く位置づける関係者は多いが、その極めて〈不自然体〉な書き手がまだ生きており、マスコミが放つまだらの脚光をさかんに浴びていた頃は、そんな彼を神さま扱いする者が大勢いたのである。

 本心から彼のことを祭り上げていたのか、あるいは、若くして獲得した大御所の地位そのものにゴマをすっていたのかよくわからないが、いずれにしても私には正気とは思えなかった。彼の家で開かれる新年のパーティーに招待されるかどうかで一喜一憂していた作家や評論家がうじゃうじゃいた。

 まあ、そんなことはどうでもいいことなのだが、ここで彼を引き合いに出したのは、文学的、あるいは芸術的才能という問題に触れておきたかったからである。

     *       *
 
 どうみてもこれは三島由紀夫のことを指して言っている。
 まったく同感である。丸山氏はもっと詳しく説いているが、これくらいにしておく。
 これが要するに、日本の文学界、出版界の現実である。三島が去った今も、変わるはずがない。

 そういえば昔知り合ったある女性が、自分の元カレが三島由紀夫の大ファンだったが…と聞かされたことがあった。その元カレは女性に求婚するに際して「ボクを信じてくれ、必ずキミを幸せにする。ボクがウソをついているか、ボクの目を見ろ、これがウソを言っている目に思えるか」と迫られたそうだ。
 あまりの芝居がかったあざとさにしらけて、振ったと女性は語っていた。
 まあ、傑作なくらい三島由紀夫と相互浸透していた男だったようだ。

 丸山健二氏が「少女趣味丸出しの、現実を完全に無視した、美学のための美学というデカダンス」と言い切っているのは、一つにはあの「楯の会」の軍服もどきの制服のことも言っているのだろう。あれは堤清二がカネを出して誂えてやったものだが、堤清二もしょせんはその程度の少女趣味だったのである。
 そしてこの元カレの台詞のなんと、現実から離れた少女趣味なことよ。ご結婚なさらなかったのは大正解だったろうと申し上げた。

 丸山健二氏は文壇付き合いをしない作家のため、「孤高の」などと評されるが、なんという安直な表現か。むしろ文壇付き合いをしないほうが文学者なら当たり前のありようである。作家どうし仲良くすれば、どうしたって馴れ合う、厳しく評価しない。だからくだらない小説が淘汰されずに今に至る。
 丸山健二氏こそプライドある人間、誇りある作家のあらまほしありようである。

 プライドのある人間(作家)とは、愚痴は喋らない(自己陶酔の私小説を書かない)、人前で愚にもつかぬ自分のことは喋らない(どうでもいいエッセイを書かない)、他人の悪口は言わない、同情は求めない(賞をくれなどとねだらない)、また他人を同情したりしない。親戚づきあいも友達づきあいもしない(文壇を遠ざける)。毅然として相手を近づけない(同業者や編集者と酒を飲まない)ものである。

 人付き合いはなれなれしくしないことであり、人を厳しく選ぶことだ。付き合うならプライドをもった仲良しでなければならない。
 プライドのある人間の一番嫌うことは、べたべたすることではないか。なのに日本の作家どもは「文壇」などを形成し、あろうことか「文士劇」などという猿芝居を作家どもがやり、大勢のファンが観に集まることだった。耳を疑う醜態を作家どもは演じてきた(三島由紀夫も出演したことがある)。

 日本の作家どもは、人格の最高形態がプライドであることすら知らない。
 プライドを持たないことほど悲しいことはない。
 相手を近づけなければ相手も一目置く。それが文学ではないのか?
 プライドを持っている人間は必ずプライドで相手の話を聴くのだから、読者も襟を正して、プライドの固まりたる文学者の書いたものを読むのだ。
 たとえば一流レストランは、客にもきちんとした格好をとらせる。一流とはだらけないことでもある。

 超高級ワインはそれだけでプライドの固まりだろうに。だらけた格好、服装で飲ませることをしない。あれはただ液体を味わうだけではないはずだ。たかが葡萄の絞り汁を発酵させた酒ですら、そのプライドで人をして姿勢を正させる。
 文学と名のつく営為が、ワインにも劣るようでどうする。






posted by 心に青雲 at 07:25| 東京 ☁| Comment(3) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
三島と大江のことを論じてをられるので興味ぶかくよみました。御論の大筋は納得できます。
だいぶまへになりますが、松原正氏が『文學と政治主義』(圭書房から「松原正全集」第二巻として復刊中)のなかで、三島や大江*を論じてをり、これ以上の三島論はなからうと思つてゐましたが、今回おかげさまで、丸山健二氏の所論があることを知り、よんでみようとおもひました。
松原さんの三島論のタイトルは「知行合一の猿芝居」で、一読の価値はいまでも十分にあります。記憶にのこるのは、三島が市ヶ谷から凱旋することを予定してをり、記者会見の手配までしてゐたとの条です。予定記者のうちの一人は、『諸君!』誌「紳士淑女諸君!」欄の隠れ筆者であつた人で、かれは肝心のことを、その後もなんら発表してゐないやうですね。

*なほ、大江に関しては、沖縄裁判以降、意見をかへましたので、全面的には首肯しがたいです。また、大江のフランス語的「悪文」は、文法的に明快であるとの分析もあります。
Posted by ワタン at 2013年12月17日 13:06
私は、高尚なことは何も言えませんが、三島由紀夫さんは昔から気持ちが悪くて、大江健三郎さんは卑怯な感じが嫌いです。

更に、それをもてはやす「進歩的文化人」のふりをしたマスコミが大嫌いです。
Posted by 神戸だいすき at 2013年12月17日 14:55
文学のはじまりはあらゆる地域で「貴族の遊戯」であったという明快な事実を通過していますね。文学があるためには文章が、文章があるためには言語が、言語があるためには大規模な統治構造が必要です。天皇記、国記を奴婢が書きますか?源氏物語(日本文学の直系の祖)は歪んだ権力欲の副次だったことを御存知無い?したがって文学と「知性」「貴族趣味」は分離できない、本質です。丸山は遂に植物人間になりつつありますが、人間性・世界性・自然そういうものを芸術の本質に据える風潮は明治からですね。あなたも丸山も浅い。なにが浅いかと言えば芸術の鋳型に囚われていること。自分の好き嫌いを芸術論(のようなもの)にのせているだけ。それで『直系』の芸術を「傍系」「偽物」と呼ぶのだから滑稽。抱腹ものですよ。三島由紀夫の近代能楽集、豊饒の海などは人間自然の境地、まさしく日本的だと思いますね。もう少し分別をつけたらどうか。
Posted by 芸術家かぶれは誰だか at 2017年08月05日 20:03
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