2013年12月19日

三島由紀夫や あわれ(3/3)


《3》
 先日、新聞広告で最年少芥川賞作家になっている綿矢りさの小説『かわいそうだね?』の宣伝文句を見た。「同情は美しい?それとも卑しい?美人の親友のこと、本当に好き? 誰もが心に押しこめている本音がこぼれる瞬間をとらえた二篇を収録。滑稽でブラックで愛おしい、女同士の世界」…だと。これが第6回大江健三郎賞だそうだ。

 これは大江自身が、可能性とか成果をもっとも認めた「文学の言葉」の作品を選び、受賞作とするんだそうだ。大江はこの低度の小説を認めるわけか。
 唖然とするのは私だけではあるまい。小説そのものを読まなくても、その低度が知れる。三島由紀夫も最低だったが、そこからさらにここまで堕ちたのが日本文学である。

 綿矢りさは早稲田大学在学中に芥川賞をもらい、以後、専業作家になっている。大江も東大在学中に賞をもらって専業作家になった共通性がある。つまり先にも言ったが現実の社会を知らずに、言葉の上手な(?)使い方だけで小説家になると、大江みたいになりますよということだ。
 彼女は美人なだけに、より現実の格闘をせずに済んでしまいがちで、惜しいことである。

 丸山健二氏が憤激するような、「既成の文学の側に立つ読み手に調子を合わせ、迎合する」作品、「文学マニアたちが読みたがっている小説」が、現在のほとんどの小説群である。

   *    *

 私が振り向かせたい読み手は、私とほぼ同じ理由で文学に背を向けている、この程度の小説ではとても満足できないと思っている、卓越した眼力の持ち主であるところの潜在的な読者だった。男勝りの女に頼ったりせず、安っぽいダンディズムに憧れたりせず、青春時代に味わった感動の再現などに一切興味がなく、とうに死んでいる古典の遺骸に取りついてすすり泣く自分に酔い痴れたりせず、必要に応じて必要な動きが可能な、そして本質と核心に鋭く迫ることができる者たちは、少数であっても広い世界のどこかにきっといるに違いなかった。

 今はいなくても、将来そういう読み手が出てくるかもしれなかった。かれらは決して文学を必要としない人種などではなかった。かれらこそが真の文学を待ち侘びている真の読み手であるのかもしれなかった。そんなかれらに、この時代の書き手はこれしきの小説しか書けなかったのかと嘲笑されるのはいかにも癪だった。


    *     *

 そう丸山氏は述懐している。この通りだと思う。綿矢りさを始め、昨今の芥川賞作家ごときには、文学に背を向けている人間を振り向かせることはできない。三島由起夫もそうだった。大江も死後しばらくすれば忘れられていくだろう。
 日本各地にそれこそ無数にある大学の「文学部」で、いったい誰がこの丸山氏の発言レベルの講義をなし得ているだろうか? お寒いかぎりではないのか?

 本稿は三島由紀夫のダメさ加減を取り上げるつもりだったのに、いささか脱線した。もう一度、丸山健二氏の『生者へ』に戻って、三島由紀夫批判を紹介して終わりにしたい。

     *         *

 美学とは行動の結果であり、従って行動の後から控え目に付き従うものであらねばならない。そして、行動には全てしっかりとした大義と逼迫した必然性がなくてはならない。その意味において、大石内蔵助や上杉鷹山が取った行動は無理にない大義と必然性に貫かれており、最後の最後まできっちりとやり通した結果がはじめて美学という評価に値するのである。

 その点、半日でけりがついてしまう騒動を起こしてあっさり割腹自殺を遂げたあの小説家の場合は逆だった。あたかも答えを出しておいてから式を作るような不自然さばかりが目立ち、そのせいで彼が命を賭してまで求めた美学の体現は完全に宙に浮いてしまい、グロテスクな事件そのものが放った衝撃も忽ち時の流れに色褪せ、彼自身が大いに期待しており、最大の眼目であった伝説の人物に加えられることにも失敗した。

 小さな成功に酔い痴れて研鑽を怠ったとか、虚名に溺れてしまったとか、芸術家の姿勢の原点であるところの孤独からあまりに離れ過ぎたとか、実力以上に名声を求め過ぎたとか、彼がみるみる衰えていった理由はいろいろあるだろう。
 しかし、本当の理由はほかにあった。才能の欠如がそれだった。元々生涯を文学に捧げられるほど豊穣な才能など持ち合わせていなかったのである。

 憧れの強さが才能の豊かさに比例するという錯覚こそが、彼を作為的に過ぎる悲劇の結末へと追いやったのである。本物の才能の持ち主ならば、真の美が現実の泥の中に隠れていることを最初から見抜いているはずだった。彼は本当は文学マニアとしての立場にとどまっているべき人間であり、そこからははみ出すべきではなかったのである。

 だが、こんなことを言うのはおそらく私ひとりくらいなものであろう。それというのも、彼と似たような運命を辿った書き手があまりにも多く、大半をそのタイプに分類できるからである。そのせいで、世間はかれらこそが芸術家的な資質の持ち主であり、それ以外は違うという誤った答を出してしまっており、残念ながらその答が訂正される気配は今もってないのである。


    *     *

 なかなか圧巻の文学論であり三島批判である。ほとんど同意だが、才能がなかった云々には同調しない。
 三島は東大の秀才であったから、現実をいわば戯れるすべを獲得できなかったのである。丸山氏が挙げている、なぜ三島の「才能」が枯渇したかは、ひとえに秀才だったからの悲劇である。

 丸山健二氏は、「文学的」に三島を捉えて評価を下しているので、それに文句はつけない。見事である。
 ただ、丸山健二氏には認識学がないので、惜しむらくは直感的人間観で捉えるのみである。
 なぜ彼・三島由紀夫が歴史にも残れない作家でしかなかったかの、過程的構造を説くのも文学者の仕事であろうが…。

 三島由紀夫のミニクーデターも、割腹自殺も、精神病のうちであろう。市ヶ谷に乗り込んで、自衛隊を蹶起させたいのであれば、ああいうなんの成算もないことをやりはしない。有名人のオレがアジればなんとかなるとでも思ったとすればやはり精神病なのである。

 本当は、なぜ三島がそうした精神病にならざるを得なかったかの謎解きをしなければなるまい。「憂国忌」などといって、支持者やファンが毎年集うようであるが、三島の「考え」を保守派が共有することをとやかく言うつもりはない。それとは切り離して、三島の愚挙にいたった心の生成過程は、誰かが解き明かすべき問題であろう。
 しかしあの事件から43年も経ってしまえば、興味は薄れる。ただ秀才の悲劇をくり返さないためには、謎解が行なわれるべきではないかと思うのみ。


 





posted by 心に青雲 at 07:36| 東京 ☔| Comment(6) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そういえば、三島さんは夜型人間で、「太陽の光を浴びない」と、あのころ言われていませんでしたか?

だから、肌の色が白いって。

そうかぁ 病気ですか?
なら、よくわかります。相当重い病気だったのかもですね。
Posted by 神戸だいすき at 2013年12月19日 17:43
神戸だいすき様

はい。夜型人間にまっとうな文学ができるはずがないのです。
Posted by 神戸だいすき様へ(ブログ筆者です) at 2013年12月19日 21:15
三島由紀夫の事なんか今更、論評する必要もないだろう。三島の事は何故、得意の陰謀論と結びつけて書かないんだ?
Posted by 大観 at 2013年12月21日 11:12
大観さま

>三島由紀夫の事なんか今更、論評する必要もないだろう。

さうではないでせう!
かれの亡霊は、アベ某のごとく、いつまでも<歴史的>に出てきて世をみだす。いつも三島輩を断固否定する実力をもつてゐなければなりません。
Posted by ワタン at 2013年12月21日 22:22
大観殿 ワタン殿

今さら三島由紀夫のことなんか? そうでしょうかね? 
丸山健二氏が批判したのは、三島個人の「趣味」や主張ではなく、現代日本文学界の宿痾一般を語るために、三島を例に挙げているのです。私も丸山氏のそういう意図を紹介したかったし、同じ見解を抱くものだからです。

今回は「三島事件」を政治的に論評するのはテーマにしていません。それはまた別のことでしょう。むろん、三島事件には陰謀の影はあります。われわれには伺い知れない闇があるのではと推察はしていますが、まだ影が見えません。
彼も東大出でしたからね。たいして面白くもない小説や戯曲がなんで過大な評価を得て「文壇の大御所」になれたかには、きっと裏があると思われます。
思想的に対局にあるかに見える大江健三郎のデビューと大御所への道は、とても似ています。
Posted by 大観殿 ワタン殿 (ブログ筆者です) at 2013年12月22日 09:06
え?
そうだったのですか?
なるほど
Posted by 神戸だいすき at 2013年12月22日 17:19
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