2014年12月03日

宇宙空間に水分子はない・再説(3/4)


《3》
 本ブログのごく初期に、「冷たい空気はなぜ重い?」と題して、現在の物理学に少々疑義を呈したことがあった。

 冷たい空気は重く、暖かい空気は軽くなる、これは現象論では認められている。しかし、その説明する理屈が間違っている。
 われわれが習った理科では、冷たい空気は重く、暖かい空気は軽い、その理由は空気の分子(酸素とか窒素とか)が例えば1立方センチ内にたくさんあると重くなり、少なくなると(膨張して)軽くなる、という説明を受けてきたと思う。

 空気は暖まると分子が活発に運動し、そのため膨張し単位体積あたりの個数が少なくなり、結果、軽くなる。冷えると、分子は運動が少なくなり、体積あたりの個数が増えて重くなるんだ…、と。

 理科の教科書では、立方体の図が描かれ、そのなかで分子の粒が動いており、暖かいときは数が少なく、冷えたときは数が多く描かれていたはずだ。あるいは冷えているときは運動が穏やかで、熱くなると粒の運動が活発になる、と。

 こんなこと、信じられるか?
 なぜなら、分子と分子のあいだの空間がある、という前提で説明されているが、そんなもの、誰が見たんだ? その空間って何? 真空か? それとも他の物質(分子)があるのか?

 宇宙空間に水の分子が存在すると主張する人たちは、もしかして、理科の教科書にあった図のごとく、空間をある立方体で区切ってみて、その空間に水の分子が1個とか2個とか浮かんでいる、そういう像をアタマに描いているのではないか?
 その1個の分子が、スペクトルで見つけられた、と?

 分子1個の重さも形状も、元気さもみな同じという形而上学的捉え方をしているから、こういうウソをいうことになる。分子がつねに変化(運動)しない一定の物質であるとするから、分子じたいが何もない空間を歩き回るかのような運動しか想定しないことになっている。

 分子があたかもパチンコ球の見た目のように同一(パチンコ球だって1個ずつ微妙にちがうが)であると錯覚しているのが、物理学者や一般の科学者ではないのか。
 酸素分子ひとつの重さが、酸素3つになったら、重さは3倍にならないのである。

 それゆえ空気(の分子)が冷やされれば、その分子自体が変化する、あるいは運動じたいが変化すると考えるべきではないか。分子自体が重くなる(膨張)とか、軽く(収縮)なるとか。運ばれ方が早くなったり遅くなったり。そう考えれば、分子と分子の空間が広がるなんて苦しい説明をしなくてすむ。

 冷やされるとか暖められるとかの運動によって、分子が運ばれるという運動もするはずなのだ。川の流れでいえば、水の分子が運動して(流れて)いると直接に、分子は運ばれている(流されている)との二重構造がある。
 そもそも分子構造のモデル、というものをわれわれは学校の理科室でみせられたけれど、あれが頭にインプットされるから、現在の分子と分子の隙間を信じてしまうのだろう。

 空気も、高気圧、低気圧で風がおこって空気の分子が動くというのも、空気の分子が運動することと、運ばれる運動との二重構造があるのだろう。
 高気圧、低気圧、上空の寒気、なんて言葉を気象予報士が使っているけれど、いってみればそんな「もの」はない。ただ運動(の二重構造)があるだけでしょ。
 なぜ高気圧になるか、なぜ低気圧がおきるか、正しい説明は誰もしていないのじゃないか。たしかに気圧や温度は観測できていても。

 つまり宇宙空間どころか、私たちの科学は、地球上の現象すらまだわかっていないことだらけなのだ。

 宇宙空間は真空だとされていた時代があった。今はまさかそれを信じている人はいないと思うが…。そこには何か物質がある。
 いや、宇宙空間は物質があっても、薄いんだと言う人がいるだろうが、密度が薄いってどういうことよ? 

 私は水の分子のスペクトルをグラフやスリット図で見たことがないのだが…。
 水は無色透明ということになっているが、海や湖、氷河は青い。これは空の青さの反射だけでなく、水のスペクトルに由来する。
 赤色のスペクトル吸収帯が存在すると言われ、要は水自身がわずかながら青いためだと説かれる。

 光は水のなかに進入すると、いわば閉じ込められる。赤いスペクトルは吸収される、つまり閉じ込められ、二度と出てこない。2008年ごろだったか、光を閉じ込める物質が発見されたとニュースになったことがあったが、そんなことは今さらの大発見じゃない。光は実体でなく機能だからだ。

 機能である以上は、その機能=働きの対象が必要なのである。だから天体から出た光は宇宙空間に存在する光を伝える物質が媒介して、地球まで届くのだ。
 海や湖の水が青いのは、水自体に光を反射する機能があり、そのうち青以外のスペクトルになる光は吸収する機能がある、ということだ。だから反射されるのは青なので、私たちは目の機能でこれを青い海と認識する。

 話を戻して、水のスペクトルを見るとは、平たく言えば、これは光で対象を観測していると言ってよかろう。媒介関係で見ている。
 例えば空気の赤外線吸収を光の波長で見ると、水と二酸化炭素が見える。こんなふうにして宇宙空間を光を媒介に見ると、水が見えるんだと言うわけなんだろうか。

 しかし、天体から出た光が地球に伝わるには、宇宙空間にある光を伝える物質が存在しなければならない。天体から出た光は宇宙空間に存在する物質を媒介にして伝わるのである。決して何もない、もしくは物質の密度が薄いところを、光の実体が通ってくるのではない。
 地球と太陽の間の空間が真空で、そこを実体たる光が直進してくるなんてのは大嘘である。

 光を媒介する粒子に着目すれば「光=粒子説」になり、粒子の運動に着目すれば「波動説」になる。
 ガラスの中を通過する光、水の中を通過する光、空気の中を通過する光、そして太陽と地球の間の物質の中を通過する光、みなそれぞれの機能=働きとして伝わっていく。





posted by 心に青雲 at 06:02| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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