2015年09月30日

チェ・ゲバラはヒーローなのか(1/2)


《1》
 映画『チェ 28歳の革命』(2008年 西・仏・米制作)
 2部作の前編にあたる。後編は『チェ 39歳別れの手紙』。いずれもゲバラが主人公で、前編ではキューバ革命を扱い、後編ではボリビアでのゲリラ戦と処刑されるまでを扱う。

 前編『チェ 28歳の革命』はこうなっている。
 アルゼンチン国籍の青年医師エルネスト・ゲバラは、放浪好きでメキシコに旅しているときに、フィデル・カストロと出会う。カストロとともにバティスタ独裁政権下のキューバで革命を目指すことになる。彼が武闘家・革命家として変わっていくさまを描いている。

 映画では、キューバ革命が成ってからゲバラが国連で演説するために訪米し、そこで米国のテレビ局からのインタビューなどに答える様子(モノクロ)と、回想的にキューバのジャングルで軍事行動を行なっていく様子(カラー)とが、交錯しながら進んでいく。

 キューバ革命は、カストロ率いる勢力が首都ハバナに侵攻し、バティスタが海外に逃亡することで成功をおさめる。
 高校くらいでキューバ革命を知った当時もかすかに疑問だったが、最後のほうはあれよあれよとバティスタ軍のほうが負けていき、楽々とハバナが反乱軍によって制圧される(無血入城)のは不思議であった。今はもっとはっきりした疑問がある。

 第二次世界大戦後、支那で蒋介石軍がボロ負けして毛沢東の共産軍が勝って、革命が成功する過程とよく似ている。
 どちらも気が付いたら革命が成功しているのである。
 どこかに八百長の臭いがする。

 カストロの革命運動はそもそもは社会主義革命をめざしてはいなかったとされる。カストロはバティスタ政権を支配するアメリカを憎悪していたから、必然的にソ連に接近し、共産主義国家を目指すことになる。

 キューバはアメリカとは断交し、アメリカによって経済制裁をうけるので、貿易相手を求めてソ連など東側につくしかなかった。売れるものは砂糖しかないのに、最大の輸出相手のアメリカを失った以上は、ソ連だけが頼りになってしまう。

 ソ連など東側は、善意の連中であるわけがなく、足下をみられて砂糖は買い叩かれるし、貧しい東側諸国にとっては砂糖より明日食う食料のほうが喫緊の問題だった。

 武装闘争は成功したものの、財布の中は空っぽ。砂糖の大消費地アメリカがあってこそ成り立ったキューバが…であった。もともと貧富の格差が大きい国だったが、地主階級を打倒しても、かえって貧しくなった。
 こういう事態はカストロ自身も、アメリカもソ連もわかっていたはずなのに、あえて革命をやった。

 これは偶然だったのか…あるいは陰謀か。それとも根源的問題として共産主義の思想に欠陥があったからか。
 共産主義思想の大欠陥は、現在の日本共産党を見ても同じだが、あくまで思想が過剰で、もっといえば道徳論であって、そこに社会がないのである。だから失敗する。

 最近は安倍政権が竹中平蔵あたりに騙されて、日本農業を、農協をつぶして外資の参入できる株式会社化しようと企んでいるが、こういうのは、地に足のついた農村と農協の現実を知らずに、妙なグローバリズムとやらを上からかぶせて農業計画を農水省が立てるようなものである。いわばこれが共産主義社会であった。

 キューバ革命が1959年、キューバ危機が1962年。日本でも60年安保闘争があり、左翼全盛時代と言える喧噪のなかで、革命を成功させたキューバは、左翼でなくとも若者の憧れであり、なかでもルックスも良く、医者の地位を捨ててまで革命に身を捧げたチェ・ゲバラは格好いいと、絶大な人気となった。

 しかも次の革命を目指してボリビアに潜伏したがわずか1年、1967年に逮捕され処刑されたので、いやが上にも「殉教者」とまつられて、「英雄」の仲間入りしたのである。

 いまでもゲバラをあしらったTシャツを着た若者がいる。
 このTシャツ現象が示すところは、いかにもゲバラはスピリットがあった人間ではあるが、その思想が金持ちは悪だとする道徳論であったことに由来している。実務家的実力が持てなかった。

 そのゲバラの人気をもとにして、キューバは善、アメリカは悪と操作されてきたように思う。それは大衆の描く像であって、我々は真実はどうなのかを知りたい。

 キューバで革命を成し遂げた彼らは「7月26日運動」と自称した。共産軍とか解放軍とは名乗らなかった。それはまあ勝手であるが、地主階級を倒したい、アメリカの傀儡バティスタを倒したいとの思いはあっても、革命後の国家運営に関してはズブの素人であった。小作農や農奴などからは圧倒的支持を集めて、人数も増え、資金も得られていったが、それからどうする?がなかった。

 反乱軍、革命軍はそういうものである。明治維新でも、薩長の下級侍どもは、ただ幕府打倒で一気に突っ走ったが、権力を握ってから「さあどうしよう」となった。カネもないし、国家の運営も国民への指導法もわかっていない。税金のかけ方さえわからなかった。
 そこをユダヤ勢力にいいようにつけ込まれたのだった。

 この映画でも描かれているが、カストロやゲバラは最後までジャングルの戦闘に明け暮れ、キューバ内の反政府勢力の各派と離合集散を繰り返しているだけである。国家とはも、政治とはも、経済をどうするかも勉強していない、そんな暇もなかった。
 それで突然、国家運営を任されたって、手におえるわけがない。

 映画の後半、バティスタの崩壊が近くなると、キューバ内の反政府勢力がカストロらと共同戦線を作ろうと、ジャングルのカストロのもとでしきりにやってきて交渉するようになるシーンを描いている。
 革命と言っても、主力勢力は他の政治集団を利用して権力を握ったら、用済みにして斬り捨てるものである。

 前政権の見よう見まねか、アドバイスしてくれる人間に頼るしかどうにもならない。きっとユダヤがカストロらを影で操ったのだろう。
 どうやって統括し、国民を従わせるかといえば、手っ取り早いのは夢をばらまくことと、恐怖で有無を言わせないことである。
 だから革命政権は、反革命を恐れつつ、自由な言論を徹底して弾圧し、前政権のメンバーを粛清して国民の反抗・批判の芽を摘む。

 コミュニストといっても、国民を幸せにしようとか、共産主義の理想国家を創るなどは彼ら自身信じておらず、詐欺である。間抜けなシンパを使い、大衆を熱狂させて権力を握り、テメエたちは一族と豪奢な暮らしをする。ソ連、支那、キューバ、北朝鮮、カンボジアなどなど、みんな同じパターンである。

 革命勢力、革新勢力なるものはみんな実務能力がない。反対ばかり、そして政権奪取ばかりやってきたのだから、できるわけがない。
 日本でも、民主党が政権をとったときに、一応官僚組織があるからなんとかなったが、国家運営に無知なだけに、政治家として振る舞った施策は全部失敗したことからもわかる。

 かつて東大医学部の学生らが、70年の全共闘運動の際に「青医連」などと言って政治運動にのめり込んだために、大事な教育期間が抜け落ちてしまい、その世代の医者がヤブばかりになり、後進の指導にも悪い影響が出て、今や東大病院に行ったら生きては戻れないと揶揄されるザマになっているではないか。

 現在も、安保法制反対を叫ぶ連中は、戦争のない世界をなどと理想というより空想、愚想にひたっていて、それが正しいとだけ思い込んでいるが、実際にどうやって国民の安全保障を担って行くかは何もない。彼らサヨクがもし政権をとったらどうなるか、国家運営ができない現実にただちに直面する。

 革命勢力は、国家権力を握った瞬間に隙だらけになるのである。
 例えば、中学校で非行少年が、先生を追放して学校を乗っ取ったとしても、学校の運営を続けていける実力はなく、途方に暮れるのみ。
 なのに、前政権が簡単に(?)撤収し、敗退してくれるはずがないではないか。

 カストロの軍は、そもそも武器弾薬がないところから始まる。購入しようにもカネはない。だからキューバ政府軍を襲って奪うしかない。映画では政府軍の列車を襲って武器弾薬を奪うシーンが何度か登場する。そういうことも可能であろうが、そもそも国家の軍と少人数の反乱分子では、実力差は圧倒的で、たやすく次々に武器弾薬がカストロ軍に渡っていくはずがなかろう。

 日本でもし、革マル派や中核派が政権奪取をめざすために、自衛隊を襲って武器を奪おうとしたとしても、国家を転覆されるほどの重武装が可能になると思えますか? あり得ないでしょ。キューバだってそうだったのに、カストロ軍が政府軍に勝つのだから、摩訶不思議なのである。

 きっと、裏でアメリカ軍が反乱軍に兵器を渡していたはずなのである。キューバで内戦を引き起こして混乱させるためか、カストロに政権を取らせるためかのどちらかだったのではないか。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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