2015年10月01日

チェ・ゲバラはヒーローなのか(2/2)


《2》
 カストロはキューバ革命が成功すると、キューバに引きこもって、近隣の中南米に革命を援助することはしなかった。ゲバラはキューバ1国だけが社会主義になってもダメで、中南米がすべて社会主義国にならなければ、アメリカと対抗できない、人民の解放はできないと思っていたから、カストロと袂を分って、ボリビアへ行くのである。それが後編の映画『チェ 39歳別れの手紙』になる。

 「別れの手紙」とは、ゲバラがキューバ政府の要職を投げうって南米革命に身を投じる際の、カストロへの手紙のことである。
 ゲバラはそうして偶像になった。ゲバラはそれほど理想に燃えた人間だったのだろうか? その理想とはなんだったのか。

 カストロはキューバで何をはじめるかと言えば、絶対君主然となって、不満分子や自分の地位を脅かしそうな仲間の粛清をはじめる。

 Wikipedia からの引用をする。

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 キューバ国内ではバティスタ政権下の警官及び兵士が、殺人と拷問を含む人権侵害及び戦争犯罪で裁判にかけられた。殺人で有罪判決を受けた者達500人以上のほとんどが銃殺され、残りは長い懲役刑を宣告され収監された。

 チェ・ゲバラはラ・カバナの最高検察官に任命された。これらはカストロによる反革命活動勢力、バティスタ忠誠者達を浄化する試みの一部であった。他に多くの者が警察及び軍から解任され、旧体制の数人の高官は追放された。これに加えて革命政府は反体制派の追放政策を行った。

 彼らの多くは弁護士、目撃者および参加社会の人々(彼らの多くは検察官の求刑よりも重い刑を頻繁に要求し、しばしば残忍な要求を行った)を交えた裁判の後処刑された。更に超法規的な処刑も行われた。最も悪名高いものは、サンチアゴの占領後にラウル・カストロによって指揮されたバティスタ政権兵士の捕虜70名以上の処刑である。

     *    *    *

 つまりゲバラも、革命後にその手を血で濡らしたのである。峻烈な粛清に参加した。殺さなければ殺されるのだから、こうなるのは理解できるけれど。

 『チェ 28歳の革命』では、主人公はゲバラではあるが、最高指揮官カストロが密林の中でも君臨し、部下をアゴで使う様子が描かれている。指揮官が部下に同情していたら戦争はできないだろうけれど、革命後の粛清を想起させるような人物として描かれている。

 私も若い頃にはレジス・ドゥブレ(フランス人作家)が、キューバ革命について書いた『革命の中の革命』を読んだものだったが、今思えば彼も社会が抜けた革命論をぶっていたように思う。ドゥブレは、ボリビアでゲバラとともにゲリラ闘争に加わり、逮捕、禁固になったがサルトルらフランス知識人らの助命嘆願で釈放された。

 世界中で起きた共産革命の末路はほとんど哀しい。
 ソ連、中共、北朝鮮、北ヴェトナム、キューバなど、理想は掲げはしたが、理想社会を創ることにはすべて失敗している。
 昨日も書いたが、これはマルクスの思想そのものに社会が抜け落ちているからであろう。

 世界史は資本主義社会になる必然があった。そうでなければ社会資本が蓄積できなかったからだ。富の一極集中、すなわち貧富の格差はできたが、大金持ちがそのカネをインフラや技術開発などに投資できたから、社会は大発展し得たのである。
 そういうプラスの面を、マルクスらは見てとることなく、富の一興集中はけしからん、悪党どもだ、打倒しろとする“道徳論”で暴力闘争を起こした。

 ロシアであれば、レーニンが政権を取るのではなく、ケレンスキーが政権を取って、帝政ロシアから資本主義的国家に移行していれば良かったのだが、彼に実力がなさすぎ、またユダヤの陰謀によってレーニンに政権が渡ってしまった。

 キューバにしても、カストロの暴力共産革命ではなしに、米国の支配を脱却し近代資本主義にまずは移行するべきであった。
 カストロは、大地主や買弁資本家、アメリカ人を追い出して、労働者や農民に富を分けてしまった。一時的、国民は熱狂してカストロを歓迎したが、あっという間に富が拡散してしまったために資本の蓄積がなければなし得ないインフラ整備や、産業育成の投資ができなくなって、貧しい農業国でしかなくなった。

 それは共産主義が、やはり道徳論でしかなく、社会をどうするかが抜け落ちていたからである。
 キューバではたまたま(?)共産革命が成功したが、夢よもう一度とゲバラが向かった先、ボリビアはキューバの轍を踏むまいと身構えていたし、農民が貧困に喘ぎながらも食べていけていたのだ。だから革命は共感を呼ばず、ゲバラは食料にも事欠いて消滅して行った。

 ボリビアでのゲバラの活動は、映画『チェ 39歳別れの手紙』に描かれているが、ゲリラ部隊が農村を訪れると農民たちは戸惑う様子が見てとれた。搾取はされていても、暮らせているのだから、革命を望んではいなかったのである。
 コミュニストたちは、社会を知らないくせに、貧乏だけは知っていた。搾取さえなくせば成功すると勘違いした。それがすべての過ちの根源である。

 日本でも、共産党が民青をつかって安保法案反対のデモをやっていたが、根本的に彼らのイデオロギーには社会の概念がないから、ほらごらん、他共同体との対峙という社会の危機にどう対応するかが全く欠落している。彼らには資本家階級の代表である自民党が悪だという認識しかないから、安全保障問題が何も提言できない。

 共産政権が全部失敗したわけを、私たちは本来は学問的に解明しなければならない。現在の日本共産党みたいに、哀れ、他の野党と選挙協力すればもしかして連立政権が取れるんじゃないかと妄想しているらしいが、そんな数合わせでなんとかできると思うところに、彼らの思想の、あるいは学的実力の貧困が見て取れる。

 彼らにはどうやって国家を守るかがなく、社会もないから、自力で革命を起こそうにも、大衆の支持は絶対に得られないのである。
 大衆は生活者なのだから、コミュニストのようにいわば思想が強過ぎてはついていかない。

 北朝鮮は、もともと民族性として国家自立できないところへ、共産党独裁をやらかしたから、ほ〜らごらんナ、「先軍思想」とか「主体性思想」とか今でも叫んでいるではないか。思想は生活を成り立たせてくれないのに、無理矢理思想を掲げれば社会が成り立つと勘違いしている。
 思想だけでは学問にならない。人間がいなければものの生産ができない、つまり社会が成り立たないことを、ゲバラ自身も学べなかったのである。

 ところで、現代では中東シリアやイラクでISが跋扈している。自称革命勢力である。
 ブログ「兵頭二十八の放送形式」9月23日付から引用する。

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 過去700人のアラブ系英国人がISに加わろうと出国したが、うち半分は、幻滅してまた英国に戻ってきた。そこから貴重な情報が取れている。
 彼らの怒っていること。ISはスンニ帝国をつくると標榜していながら、じっさいにはスンニ派の弱者からも搾取の限りを尽している。

 もうひとつ。かれらが現地で与えられた戦場勤務は、非常に退屈なものであった。それにがっかりした。
 ほとんどのIS占領下の街には電力が供給されていない。とても「パラダイス」とは言い難い。

  ※IS占領下のシリア東部のラッカとつながっているエリアだけは、ラッカの火力発電所のおかげで、夜でも町に光があるという。つまりラッカにはどこからか燃料が供給されているわけだ。かたや、かつて殷賑をきわめたイラクのモスルは真っ暗である。

 豪華な自動車を貰って優雅に暮らせるというISのプロパガンダ・ビデオを信じて出かけた阿呆も、すぐに自分が馬鹿だったと悟った。
 大量処刑や大量レイプを手伝えといわれて、これに加わったら、あとでどこかの法廷で訴追されるのは確実だと察して逃げてきたイラク人もいる。

     *    *    *

 これを読むと、ISがならず者の一派であることが見てとれる。そうだろうなあ、と。
 キューバのカストロもゲバラも、今日のISとたいして変わりはなかったのではなかろうかと思えてくる。

 ISの場合は、油田を確保してカネがおそらく潤沢にあるのと、人身売買や身代金などで稼いでいるのだし、その実体は得体が知れないがアメリカやイギリスの民間軍事会社が参画しているはずで、背後にはやはりアメリカなりユダヤなりがいるのであろう。

 ISが宣伝するように、若者がIS軍に参加したら優雅に暮らせるとしたら、それは彼らも石油などの利益を個々人に分配してしまい、富の集約によってインフラを整え、産業に投資する考えがない、つまりそのイデオロギーには宗教はあっても社会が抜けていることを示している。

 それでは仮にISが権力を握り、新国家を立ち上げることができたとしても、必ずや大衆は幸福にはならないことは保障できる。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(4) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。ロシア革命期にちょうど日露戦争がありましたが、当時、日本側の明石元次郎がロシア国内の混乱を扇動するために、共産主義勢力を資金的に支援していますね。
Posted by 歯 at 2015年10月01日 10:41
本題とは関係ありませんがあしからず

「夢講義」終巻に思うこと

 「夢講義」はあまりにも長く続いたものであるから、あらゆる想いがあちらに行き、こちらに行きと、いまだに夢の中を漂っている感がある。
たとえば(「いのちの歴史」の物語)の様なすべてが一点に収斂していくような想いも持たれぬままに終巻を迎えてしまった。

 私の実力からすると、これはあまりにもあっけない終わりかたであった。
確かに花粉症とか、認知症、十七歳の心や心の闇とかその他多くの個々のことについてはわからせてもらったという想いはある。
 
 しかし「いのちのの歴史」の様なそうだったのかという心踊る満足感がまだ得られていない。これは「いのちの歴史」は長いとはいっても一冊である、比べて「夢講義」は全六巻という長さである。そのために読書百編というレベルに達していないためであろうと思っている。

 どうしても、読めた(理解できた)というレベルになりたいので、読書百編を目指してのこれからである。

私と同じような想いにしたっている人がきっといるだろうなと想いながらの一筆です。
Posted by 鴻鵠 at 2015年10月01日 11:50
鴻鵠様

くり返しの熟読が必要、としか言いようがないですね。
Posted by 鴻鵠様へ(ブログ筆者です) at 2015年10月01日 19:15
何でもかんでもユダヤの陰謀だから、「歯」の質問にあるように、明石大佐の扇動工作の事は答えることができないのか? レーニンとて、スイスに潜伏していたのをロシアに送り出したのはドイツ参謀本部だぞ。それともドイツ参謀本部もユダヤのイキガかかっていたというのか?
Posted by 天に代わりて不義を撃つ! at 2015年10月03日 13:19
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